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アラブの大義

2009-02-20 21:23:37 | 世相(外国)
 イスラエルの元首相で、先の総選挙後も再び首相となる、と豪語したネタニヤフは、何年か前の日本人ジャーナリスト(名は失念)とのインタビューで、「アラブの大義など、ちっぽけなものだ」と嘲ったという。タカ派で対パレスチナ強硬派のこの人物がアラブ蔑視をしているのは書くまでもないが、アラブの大義なるものがスローガンと裏腹に、パレスチナ問題ひとつとってもアラブ諸国の対応はまちまちであり、大同団結どころか対立している始末なのだ。しかし、日本人含め非アラブ人にも、アラブの大義を支持する人々もいる。

 いささかでも中東に関心を持つ方なら、アラブ諸国内の内ゲバのような対立は知っており、黒い九月事件のような同じアラブ人がPLO(パレスチナ解放機構)虐殺、掃討を行うこともあった。一般にこのような出来事は日本人には知られておらず、何年か前、私も某掲示板で黒い九月事件を取り上げた際、反応は2通りだった。ひとつは「なんだ、パレスチナ人って、他のアラブからも嫌われていたのか」。大抵の日本人はアラブ人同士は団結していると思い込みがちなのだ。もうひとつこそ、典型的な中東知らずの“親アラブ”、つまりサヨクである。
「ぼけー!アラブの大義はちゃんとある。珍米ポチ(※親米派への蔑称)工作員め」。

 イラク戦争開始の2003年、米軍が首都占領後シーア派住民よるパレスチナ人迫害も起きている。サダム・フセインに優遇されていたパレスチナ人への日頃の鬱積が爆発した結果だが、同じことは湾岸戦争終結後、クウェートでも起きていた。日本の新聞ではベタ記事扱いゆえ、中東に関心のない方は忘れているだろう。某掲示板でも「アラブの大義は何処にいったのか」との書込みもあったが、「そんなものは端からない。アラブの指導者達が民衆への不満をそらすため、アラブの大義や反イスラエルを掲げている」と書いた人もいた。

 非アラブの「アラブの大義」支持者も2種類おり、私は戯れに「実利派」と「純情派」に分けている。前者はイランなどが典型で、「純情派」は前回記事にもした日本のNPO法人「地球のステージ」のような組織。イランがパレスチナ人を支援するのは同じムリスムのよしみより、ヒズボラ(神の党の意)などを使っての勢力拡大であり、覇権の確立目的がある。イラン型の神権政治体制を打ち立てるのが目標で、「革命の輸出」政策でもある。映画『ハーフェズ、ペルシャの詩』のイラン人監督も、「日本人は革命を起こさなければいけないね(笑)」と笑えない冗談を言っていた。民主主義の布教を掲げる超大国もまた、ある意味「革命の輸出」が国是であるが。

 イスラム革命以前のイランは親米国家で、民族主義が濃い教育を行っていたため、パレスチナ問題には距離を置いていたが、革命後は一変、積極的に肩入れするようになる。通りの名もパレスチナに因んだものに変えられ、対イスラエル闘争を讃える。このため、一層アメリカ、イスラエルに敵視されることになり、それを危惧するイラン政治家もいる。ヒズボラにせよ、ハマスにしても、貧者への医療、教育、福祉活動を積極的に行うため、厚い支持層がある。
 だが、タダくらい怖いものはないのは中東も同じだ。これらの組織の活動資金は何処から出ているのか、組織が躍進することでトクするのは何処か想像すれば、必ずしも善意だけではないのは分るだろう。

 中東でも「至誠、天に通じる」主義を貫きたがるのが「純情派」日本人支援者の特徴。何年か前、パレスチナでの日本人活動家を報道していたNHKの番組を見た時、その能天気さに苦笑した。クリスマス時期に相応しく子供達のコーラスを企画、曲目にジョン・レノンの「イマジン」を使おうとし、宗教否定の歌として現地から却下され、途方にくれたとのことだった。歌詞を邦訳したサイトもあり、こちらを見れば、「Imagine there's no Heaven/想像してごらん、天国なんて無いんだと」「And no religion too/そして宗教も無い」なら、ユダヤ、キリスト、イスラムのような一神教には到底受け入れられないではないか!仕方ないので、このNPO女性活動家は歌詞を変えたそうだが、レノンにはさぞ不本意だったことだろう。

 かつて日本国際ボランティア・センターで重要な地位にあった者と議論した体験を持つブロガー氏によれば、この人物はノルマン・コンクエストを知らなかったという。活動が主にパレスチナやカンボジアなので、イギリス史に無知でも差し支えないが、イマジン愛好家の活動家同様、下手するとイスラムも浅学だったのではないか。イマジンなど持ち出した時点で、現地人は日本人活動家をカーフィル(不信仰者)と改めて侮蔑しただろう。たとえカーフィルでもカネを持ってくるのはよい異教徒だ。なお、イマジンの最後の歌詞にはこうある。「And the world will live as one/そして世界はきっと1つになるんだ」。やはり、レノンはキリスト教徒の発想から自由になれなかった。

 日本人現地スタッフは概ね「純情派」だろうが、彼らの背後にいるのはむしろ「実利派」と私は見ている。医療、教育施設建設には利権も絡んでいる。ボランティアという名でただ働きをしてくれるなら、これほど有難い存在もないし、国家間の紛争の尻拭いには便利な集団…と書けば意地悪か。

◆関連記事:「パレスチナ
 「アラブ人操縦方

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2 コメント

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アラブの大義 (加藤 順)
2009-07-31 16:46:21
イラクのフセイン政権崩壊後死語になりつつある。イランは本当はイスラエルと戦う理由がなく、閣僚に親イスラエルである事が分かって解任された奴がいたくらいだ。アフマディジャネの過激な論調は国内の不満をそらすため。そもそもアラブの大儀なるものはいい加減なもの。第一次中東戦争の真実が最近明らかになってる。ベングリオンの日記が公開されたからね。ヨルダンのアブドゥーラ国王はシリアを自分のものにしようとイスラエルを巻き込んだ。ヨルダン川西岸含めトランスヨルダンはベングリオンと分割する話がついていてパレスチナ人の運命は決まっていた。イギリスの良い子だったヨルダンの覇権を防ぐためアラブ諸国はイスラエルを攻撃した。確かに映画アラビアのロレンスでもイギリス軍アレンビー将軍とファイサルは一緒にダマスカスに行ってた。ヨルダンはイスラエルにシリアを攻撃させて、そのどさくさにシリアのイスラエルからの防衛という目的でダマスカスを支配しようとした。これはイスラエルに手を焼いていたイギリスの思惑に一致した。イギリスの中東間接統治に繋がってしまうとアラブ諸国は恐れていた。ヨルダンがシリアを諦めればアラブは戦争を続ける気がない。第一次中東戦争はイスラエルを海に追い落す戦いではなかった。所詮これはアラブ諸国の王侯達の勢力争いでそこをイスラエルが善戦したため何も手を出せなくなったアラブの犬の遠吠えがアラブの大儀なるもの。はじめからパレスチナ人なんか目じゃない。
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Re;アラブの大義 (mugi)
2009-08-01 21:03:23
>はじめまして、加藤 順さん

 アラブとイランは事情が異なりますし、中東諸国で最もユダヤ人が多いのが後者で、アラブほど反ユダヤ感情はないはずです。ベングリオンの日記の詳細は知りませんが、アラブ諸国も一致団結には程遠い状況だったのは確か。ただ、あのモサドに代表されるように情報戦に長けたイスラエルのこと、「ベングリオンの日記」に何処まで信憑性があるものやら。映画「アラビアのロレンス」もかなり脚色があり、映画をそのまま史実と見るべきではありません。映画でアレンビーは狡猾な人物に描かれていましたが、実は政治は苦手、巻き込まれることを嫌い引いていたそうです。

 国境を決めたのは英米ですが、ヨルダンにせよシリアにしてもアラブ諸国で隣国の間で国境をめぐる争いがない国は皆無とか。アラブの大義なるものは中韓の反日キャンペーン同様に統治者が民衆の不満をそらすための手段であり、民衆もストレス発散のようなところがある。パレスチナ人も当初はアラブ民衆から同情されましたが、後に移住先で我が物顔に振舞うようになり嫌われるようになりました。PLOを弾圧したのもヨルダンのフセイン国王。遊牧社会の伝統が強く、部族血族中心のアラブは、未だに大同団結できないのです。
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