先週19日土曜日、仙台で作家・塩野七生氏の講演会があった。“ナナミスト”(塩野ファン)で、『ローマ人の物語』を愛読した私には絶対見過ごせない催しである。4月10月付けの河北新報では「震災復興で作家塩野七生さん囲む」「東北大艮陵同窓会 140周年で鼎談」の見出しで、以下のように紹介していた。
-東北大学は艮陵同窓会140周年を記念、東日本大震災復興プロジェクトの一環として、「鼎談 塩野七生さんを囲んで 瓦礫と大理石:廃墟と繁栄」を5月19日(土)午後4時から仙台市青葉区の勝山館(しょうざんかん)で開催する。出演者は作家塩野七生さん、東北大学電気通信研究所教授の大野英男さん、東北大学大学院医学系研究科教授の山本雅之さん。艮陵同窓会長の大内憲明さんが司会を務める。
塩野さんはイタリア在住。1999年、司馬遼太郎賞を受賞。2002年、イタリア政府より国家功労賞を授与される。07年には文化功労者に選ばれた。著書に『塩野七生ルネサンス著作集』『ローマ人の物語』『ローマ亡き後の地中海世界』(上・下)など。
入場無料で誰でも聴講できる。事前申し込みは不要で、当日直接来場を。ただし満席に達した際は入場できない…
「仙台時間」という言葉がある。仙台では何事も定刻通りに始まらないことを意味し、講演会でも少なくとも10分くらい遅れて行われるケースが多い。いかにも時間にいい加減な東北の町らしい習慣であり、私は行かなかったが3年前の2月末に開催された曾野綾子の仙台講演会に出た知人の話では、彼女は10分以上遅れて来場したという。そのため今回の鼎談でも10分は遅れて始まると思っていたが、予想に反し時間通りだった。大震災関連という背景もあるかもしれないが、これだけで好印象だった。
司会者の話では会場には5百人くらいが集まったそうで、会場はふたつに別けられていた。東北大艮陵同窓会の人々は会議用の机と椅子が用意され、当然席は前方。一般来場者は後方でパイプ椅子のみ。それでも塩野氏のような作家の講演会を仙台のような地方都市、しかも無料で聴講出来るとは、これも震災のおかけなのだ。被災者には不謹慎だが、これがなければ氏は来仙しなかっただろう。
前方の来場者はやはり医療関係だけあり、働き盛りの男性が大半で女性は至って少なかったが、後方となれば男女比は完全に逆転する。若い方もいたが、やはり中年以上の女性が多く、高齢者も結構見かけた。これだけ幅広い年齢層にナナミストがいたのは一ファンとして嬉しかった。
鼎談の前日、塩野氏は宮城県入りし、仙台市若林区荒浜や石巻市、女川町のような海に面した被災地を視察したという。鼎談は司会者が質問を出演者に問うかたちで進められた。やはり塩野氏には現代日本に比べ古代ローマの震災復興はどうだったのか?といった質問が始めに出た。
これまで見たТVトークショーなどでもイタリア滞在が長いためか、塩野氏はあまりお喋りが上手くない。この質問への答えが出るのに暫くかかったのは印象的だった。言葉に詰まったのかとさえ思った後に出た一言もよかった。
「千年、2千年前のことを書いているので、たった1年前の出来事をそう簡単には結論づけられない…」
塩野氏の言葉で最も憶えているのは、自然災害だけで滅んだ都市はないというもの。古代ローマも数多くの自然災害に見舞われたが、都市が滅んだ直接の原因はそれではなかったと言うのだ。住む必要がないと住民が判断、そのため町が滅んでいったとか。言われてみればその通り。住むメリットのない都市が衰退していくのは自然の流れだし、中央がいくらあれこれ命じても無駄なのだ。結局はその町の住民が判断 しなければならない。
「環境と場所さえ用意すれば自然と学者は集まってくる」という氏の言葉も頷ける。これは学者に限らないと思うし、人が集まれば投資する人も現れるが、集まらない所に投資する人はなかなかいない、と。
その二に続く
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わたしはローマ人の物語の1巻がでたときのサイン会にいったことがあります。20年前のことですが。
会場に来ていた一般女性も言っていましたが、東京にでも住んでない限り生塩野の鼎談を聞けることはなかったでしょう。東北大艮陵同窓会の企画は本当によかった。
20年前にせよ、サイン会に出られたとは羨ましい。実は仙台でも20日にサイン会はありましたが、先着60人限定で、その日は私は用事があり出られませんでした。
ニーチェはローマ人・ギリシャ人が長年かけて築き上げてきた高潔さ、高貴さ、品性、趣味、組織の優秀さがキリスト教の導入によって一夜にして葬られたと述べています。
ローマの偉大な様式が吸血鬼によって辱められた。打ち壊されたのではなく吸い尽くされたと。塩野氏はユリアヌスの死は教会の陰謀という説も載せておられましたが、ユリアヌスは孤軍奮闘し多神の神々に殉じた恰好なのか、教会なら神の名によってやりかねません。
貴方も塩野氏がユリアヌスの早すぎる死を悔やんでいると思われましたか。私も明らかに氏がユリアヌスに肩入れしていると感じられました。キリスト教会ならば、このような皇帝を葬るのは朝飯前だし、不審死した法王さえいました。欧米人インテリには未だにローマの文明を「ローマの退廃」と見る者が少なくない。キリスト教史観はかくも根強いのです。
『ローマ人の物語 ⅩⅣ』で私は初めてシンマクスという人物の名を知りました。以前記事にも書きましたが、4世紀の人物とは思えない理性ある意見に驚きました。
「人間には誰にでも各人各様の生活習慣があり、各人の必要に応じての信仰する対象がある。…また、理性といえども限界がある。それを補うのに自分たちの歴史を振り返る以上に有効な方法はあるだろうか…」
ミラノ司教アンブロシウスはこれに対し、次のように反論しています。
「世界の秘密の探求は、それを創造した唯一神に任せるべきで、自分自身のことにさえも無知な人間に託してよいことではありません」
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/860b163c60d4cf85124fa68a4d476618
この類は21世紀にも少なくないのだから、耶蘇はガン細胞より恐ろしい。
私が子供の時、知人が福音派系の雑誌を私の所に定期的に送ってくれましたが、これにはとんでもないことが書いてありました。「古代ローマ帝国は物質文明に溺れたので、神の怒りにより、滅亡した。」とか「ポンペイは、住民がみな神を信じずに享楽的な生活を送っていたので、神が火山を噴火させて滅ぼした。」といった原始人的な発想の記事です。こんな物を子供に読ませてはいけないと思います。大人ならば、余程お目出度い人でもない限り取り合わないでしょうが。(しかし、牧師が語ったり、機関誌の記事となっている、こんな滅茶苦茶な与太話を本気で信じるのが、福音派狂信者なのです。もちろん、大人にもその手の人は少なくありません。)
さて、私が子供の時、知人が福音派系の雑誌を私の所に定期的に送ってくれましたが、これにはとんでもないことが書いてありました。「古代ローマ帝国は物質文明に溺れたので、神の怒りにより、滅亡した。」とか「ポンペイは、住民がみな神を信じずに享楽的な生活を送っていたので、神が火山を噴火させて滅ぼした。」といった原始人的な発想の記事です。こんな物を子供に読ませてはいけないと思います。大人ならば、余程お目出度い人でもない限り取り合わないでしょうが。(しかし、牧師が語ったり、機関誌の記事となっている、こんな滅茶苦茶な与太話を本気で信じるのが、福音派狂信者なのです。もちろん、大人にもその手の人は少なくありません。)
*申し訳ありません。ひとつ前の投稿は、タイプミスがありました。
今回のコメントでも、キリスト教狂信者の異常性には言葉もありません。意外だったのは貴方が福音派の信者ではなかったこと。にも拘らず、「異端」「悪魔の使い」呼ばわりされ、宗教裁判とは…現代日本で暗黒の中世そのままの行動や発想が続いているとは、本当に信じられません!
彼らが信者が歴史書を読むことを妨害する理由も、貴方のコメントでようやく分かりかけてきました。古代ローマはキリスト教にとって未だに「悪の帝国」であり、コメントに見るキリスト教史観など滅茶苦茶もよいところ。ポンペイはソドムと同一視しているのですね。こうなると原始人よりも始末が悪い。
少し前、クッキングホイルさんのブログにリンクされていたサイトを見たことがあります。ズバリ「情報操作」という題で、マインドコントロールの手法にそれが使われているそうです。ここから一部引用しますと…
「たとえば、「インターネットは有害な情報ばかりで、サタンのものだから見てはいけない」とか、「新聞を読むより、聖書を読んだ方が終末に起こることがわかる。」とか、「教会から出た人たちはサタンに支配されているから、話をしてはいけない。」と言います。
信徒がインターネットに触れて、カルト化教会の情報を見ないように操作したり、新聞や雑誌から様々な情報を得て、教会で行われていることに疑問を持ち始めるのを阻止したり…」
http://hp.kutikomi.net/sheep70162/?n=column5&no=16
これでは信者が狂信者になっても不思議はない。一旦洗脳されると、自分たちの教会若しくは宗派を批判する者すべて「悪魔の使い」に見えてくるのでしょうね。そしてどこかの御婦人のような振舞いをするようになる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%97
この映画はDVD化されてもいますが、こんなのは氷山の一角です。アメリカでは、学校教育がキリスト教信仰の妨げになるという理由で、子供を学校に行かせない馬鹿親が少なくないそうです。
学生時代の私の身近にいた福音派狂信者たちは、若干名の手引き者を別にして、あとは全員他の学校(偏差値が私の大学よりも数十低いところ)の学生でした。彼らは、学校教育を全面否定しているので、偏差値の差など怖くないようで、大学での学業も含めて、他人様のやることなすことすべてに口出ししてきました。「あなたが神の目で見て正しい道を歩むように導いてやっている。」と言っていましたが、本当に余計なお世話でした。
「ジーザス・キャンプ」なら、youtubeでUPされた動画で一部見ました。太目で眼鏡をかけた女牧師が子供たちを説教しているシーンは異様でしたが、異教徒には何このおばさん?でも、信者から見れば神の使いになるのでしょうか?キャンプでは信仰強化のためロックが使われるのも巧妙です。
「あなたが神の目で見て正しい道を歩むように導いてやっている」の言葉だけで、傲慢というより狂っているとしか思えません。例え貴方が聖書全てをそらんじていても、彼らは敬意を払うどころか、聖書を正しく理解していない等と因縁をつけてきたと思います。それこそが「神の目で見て正しい道」なのだから。
オウム幹部のように詐欺師に入れ込んだ偏差値は高い愚者もいますが、そうでない者は学校教育を全面否定して溜飲を下げているとしか思えません。根底にあるのは嫉妬?
イースト・プレス社から興味深いマンガが出版されていました、是非ご覧ください!
http://www.eastpress.co.jp/manga/shosai.php?serial=1538
http://www.eastpress.co.jp/manga/shosai.php?serial=1539
http://www.eastpress.co.jp/manga/shosai.php?serial=1413
http://www.eastpress.co.jp/manga/shosai.php?serial=1361
http://www.eastpress.co.jp/manga/shosai.php?serial=1237
http://www.eastpress.co.jp/manga/shosai.php?serial=1181
http://www.eastpress.co.jp/manga/shosai.php?serial=1060