ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【漢字忘れ】難波先生より

2014-02-07 18:59:30 | 難波紘二先生
【漢字忘れ】2/2付「朝鮮日報」が「漢字を知らない若者、同音異義語の混乱が深刻」という記事を載せている。
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/02/02/2014020200139.html
<「義士」と「医師」、「陣痛」と「鎮痛」を区別できず
 これまで44年にわたり続いたハングルだけの教育が生んだ、漢字知識の欠落現象。これが最近は社会でのコミュニケーションの食い違いを引き起こし、憂慮の声が高まりつつある。言葉の意味をしっかりと理解できない。
 とりわけ若い人ほど漢字知識の欠落は深刻で、時には世代間でコミュニケーション上の混乱あるいは断絶まで引き起こしている。韓国語で発音・表記が全く同じ「義士」と「医師」を勘違いし、「安重根(アン・ジュングン)義士」について「その人は何科を診療していたのか」と質問してきたり、「靖国神社」の「神社」を、発音の同じ「紳士」と誤って解釈するケースなどがその典型例だ。>

 最近は「読めるが書けない漢字」が増えてきて、手書きの際には「岩波用字辞典」が手放せない。夏目漱石の「門」を読んでいて、主人公の宗助とその妻お米の会話が出てくるのに気づいた。
 「お米、近来の近の字はどう書いたっけね」、
 「近江のおうの字じゃなくって」
 「その近江のおうの字がわからんのだ」
 これは漱石44歳の時に「朝日」に連載した小説だから、まあ自分の体験を元にした1シーンであろう。貝原益軒は「老眼鏡は早めにかけろ」と説いているが、私はもう40代で老眼鏡と用字辞典のお世話になり始めた。用字辞典には用例が載っており、漢字が大きく印刷してあるから、文字だけでなく意味を確かめるのにも役立つ。
 それで思うのだが、「中学校卒業時に覚えていなかった漢字は、読めても書けない」という事実だ。2002(平成4)年に施行された「(小学校)学年別漢字配当表」1,006字を見ると、「近来」の近も来も小学校2年生で習うことになっている。宗助はそれを忘れて細君に尋ねているので、いささか病的である。私も「挨拶」だの「憂鬱」だのという字は読めても書けないから、強いて漢字を書く時には用字辞典のお世話になる。
 韓国は44年前、つまり1970年に「漢字全廃」に踏みきり、従来の「漢字混じりハングル表記」から新聞・雑誌・教科書・書物をハングル単独表記に変え、漢字は学校の「漢文」授業だけにした。それから44年、およそ一世代半が過ぎて、「漢字を知らない世代」が韓国社会の中枢を占めるようになってきた。政府や行政や大手企業の中枢部で同音異義語による誤解が生じたら、場合によっては大変な事件が起きるだろう。
 韓国は朴正煕大統領時代(1969~1972)に漢字を追放し、その後も制限を緩めたり強めたりしながら、「漢字全廃」の今日に至っている。韓国の新聞にはいっさい漢字がないから、ハングルを知らないと読めない。これが中国の新聞との大きな違いである。
 作家の豊田有恒が『韓国が漢字を復活できない理由』(祥伝社新書, 2012)で書いているように、「漢字全廃」と中国外交とは関係がない。日本と違い、李氏朝鮮は公文書や読み物、書物に「漢字ハングル混淆文」を採用しなかった。貴族・両班以外は95%が文盲だった。日本と違い、「やまと言葉」に相当する固有語としての「朝鮮言葉」もほとんどなかった。従って、漢字の訓読がなく、漢音を朝鮮風になまって発音していた。
 「漢字ハングル混淆文」は福沢諭吉が支援して朝鮮の首都漢城(現ソウル)で明治19(1886)年に創刊された「漢城旬報」に始まる。このときハングル活字は朝鮮になく、日本で鋳造したものを運んだ。こういう歴史的事実があるから、「漢字ハングル混淆文」は反日愛国主義に馴染まないらしい。さらに「漢字」を復活させると、忠孝愛君敬親の儒教的熟語は中国由来だからかまわないが、近現代につくられた政治・経済・科学の用語は、まず8割方が「日本製」である。(試みに三省堂「デイリー日韓英辞典」を引いてみられよ。日韓共通語に*が付けられているが、それがいかに多いかがすぐわかる。)
 要するに外交、領土、大使、領事、原子、分子、民主主義、議会、憲法、科学、悪性腫瘍、産婦人科といった和製漢字熟語を「朝鮮風音読み」しているだけだから、もし「漢字ハングル混淆文」を復活させると、これらの熟語の「お里が知れる」のである。
 今の朝鮮の公式史観は、三韓時代の新羅が半島を統一した善玉であり、それが腐敗して高句麗の地に立った高麗が新しい朝鮮を築き、それを継承した李氏朝鮮が600年の大平時代を開いた。「倭」、「倭奴(ウェノム)」(今でも平気でそう書いたり、呼んだりしている)は1,300年も前から、百済の地に侵略し、16世紀には秀吉による侵略を行い、日清・日露の戦争を口実に朝鮮を侵略し、果ては李王朝を倒して国土を併合してしまった。日帝支配下の朝鮮は近代植民地のなかで、世界に類例を見ない暴虐悲惨を味わい尽くした。その倭から学んだ事実などないし、これからも学ぶことはない、というものだ。
 こういう「歴史認識」で凝り固まっているから、「漢字ハングル混淆文」を復活させ、国民が漢字を自由に読めるようになると、インターネットで日本語の新聞やブログを読めるようになる。そうなると歴史認識のウソがすぐにばれてしまうから、「ハングルしか知らない、読めない」国民を養成して、情報鎖国状態に保つしかない、のだろう。北朝鮮も同じ手法を採用し、「ここが地上の天国」と国民に信じこませている。
 反日、排日一辺倒の韓国メディアの中で、やはり「朝鮮日報」2/2付が、「<漢字音痴脱出、日本の教育に学べ」という記事も載せている。
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/02/02/2014020200142.html?ent_rank_news
 この記事を書いた記者にお伺いしたい。「岩波現代用字辞典第4版」(1999) p.623に載っている「小学第六学年」用の漢字配当表181字を見て頂きたい。そこにある単漢字のうち、読めるのは何字で、書けるのは何字ですか、と。
 私は「学年別漢字配当」も「常用漢字表」も大旨よくできていると思うが、画数が少なく、重要で間違いやすいもの(爪と瓜、己と已と巳など)は小学生のうちに書き方と読み方をきちんと教え込んでおくべきだと思う。
 「爪にツメなく瓜にツメあり」と覚えるらしいが、いつもどっちがどっちだったか忘れる。爪は熟語が「爪牙」、「爪印」くらいしかなく、瓜も「瓜田に屨を納れず」くらいしか熟語用例がないので、重要度が低いと考えられ、収録されていないのかと思うが、教えるべきだ。
 特に「己」の字はやっかいで、意味は「おのれ」だが、読みは呉音で「自己」のコ、漢音では「克己、知己」のキとなる。私は読むのには支障がないが、書く際には漱石「門」の宗助と同じような状態に陥ることがある。

 話を戻すと、韓国は「漢字ハングル混淆文」を復活させ、小学校からきちんと漢字教育を実施すべきだと思う。利点は二つある。
 第一は、現代韓国語がもとの漢字熟語を朝鮮音読みしている事から来る、同音異義語による混乱の解消だ。ハングルはいわれているほど、どの音でも書き表せる「世界一すぐれた文字」ではない。第一清音と濁音の区別がない。語頭の子音がしばしば欠落して発音される。
 だから「安重根」義士がギシと発音されると技師、義姉と混同されるし、キシと発音されると騎士、季氏、棋士と間違いやすいし、イシと発音されると医師、遺子、李氏と間違われ、「何科の医者ですか」という嘆かわしい質問になるわけである。

 上述の豊田有恒は以下の例をあげている。(同書, p.50)
 「상 상 상」というハングル文字列がある。
 「サング・サング・サング」と発音する。韓国人留学生の誰一人して読解できなかったという。
 漢字で書けば簡単で「想像上」となる。朝鮮語では想も像も上もすべてサングと発音する。
 日本語の場合、わからなければ「その字はどう書くのですか?」という質問をすれば、行き違いは避けられる。韓国もぜひそうすべきだと思うが、漢字を知らないとできない。漢字の持つ造語能力とそれが生みだす抽象的思考能力は高く評価すべきだ。高度の思考は具体言語ではなく、抽象的記号による概念操作によって行われる。数学がまさにそうだろう。

 漢字をハングル表記することは容易だが、逆にハングル表記された固有名詞を元の漢字に復元するのは困難である。いま、梶村秀樹訳で金九『金九自伝:白凡逸志』(東洋文庫)を読んでいるが、戦前に「漢字ハングル混淆文」で書いた箇所は問題ないが、戦後に固有名詞をハングルで書いた部分には特に人名の漢字への転記ができていない箇所がある。

 これはアルファベット表記された日本の固有名詞を漢字に転記するのが困難なのと同様だ。
 1543年8月、支那の海賊船に乗った3人のポルトガル人が種子島に上陸し、島主種子島直時の求めに応じて火縄銃を売った。このひとりが後に『アジア放浪記』1)を書いたメンデス・ピントーである。一行はその後大友義鑑の豊後にわたり、1547年1月に鹿児島からマラッカに向けて出帆した。その時、頼まれて二人の日本人を乗船させた。そのひとりが「アンジロー」である。マラッカでピントーはザビエル神父に会い、日本行きを計画している神父にアンジローを紹介した。
 アンジローはザビエルの弟子となり、インド・ゴアの神学校に入り、ポルトガル語を学びキリスト教徒となった。1549年11月にザビエルが日本布教の目的で鹿児島に上陸した時、アンジローは通訳兼秘書であった2)。このAnjirooも正確な漢字がわからない。安二郎か安次郎か安治郎か。三省堂「日本人名辞典」によると「日本最初のクリスチャン」とある。ピントーによると、坊主に迫害され、後に中国寧波に渡り、そこで盗賊に殺されたという。
 この重要な日本人の名前はフロイスの著書3)にもAnjiroとしか記されていない。
1)F.M.ピントー:「アジア放浪記」, 河出書房新社, 1978
2)ピーター・ミルワード:「ザビエルの見た日本」, 講談社学術文庫, 1998
3)ルイス・フロイス:「日本史」, 東洋文庫, 1963

 漢字を用いる第二の利点は、文章の大部分は名詞によって成り立っているから、韓国が漢字を使用するようになれば、ハングルが分からなくても韓国文をじかに読むことができるようになることだ。文法的には朝鮮語も日本語もSOV構造をしており、文末に動詞や否定詞が置かれる。したがってわずかな朝鮮語知識があれば、「漢字ハングル混淆文」なら日本人も読むことができる。
 逆に、漢字を知る韓国人なら、日本文の末尾の「である」と「でない」の区別がつけば、漢字を頼りに文の大意を知ることができる。これは日本人と韓国人の相互理解に大いに役立つだろう。
 専門用語の80%が日本語由来だとしても、別にそれを卑下する必要はないし、隠す必要もない。ブリトン島はシーザーの時代にローマ帝国の支配を受けたので、英語にはラテン語由来の語彙が沢山ある。ガリア(フランス、ライン川以西のドイツ)も同様だった。ブリトンはさらに「ノルマン征服」を受けているので、フランス・ノルマンジー地方のフランス語が沢山入った。
 ブタのケルト語(固有ブリテン語)はホッグhogまたはピッグpigだが、ノルマン征服以後はブタ肉をポークporkというようになった。ドイツ語、フランス語、英語の間には60~80%の語の共通性がある。「英語は間違って発音されたフランス語だ」という俚諺もあるくらいだ。
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