MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯500 ハーメルンの笛吹き男

2016年03月29日 | テレビ番組


 3月14日の日本経済新聞の「春秋」に、「ハーメルンの笛吹き男」にまつわる逸話が掲載されていました。

 ハーメルンの笛吹き男は、中世の街にまだら模様の服を着た不思議な男が現れ、彼の吹く笛の音につられて街中の子供たちが山の洞窟の中に消えていったという、ドイツに伝わる古い言い伝えです。

 この物語は、明治20年代に「グリム童話」のひとつとして日本国内にも紹介され、絵本や紙芝居などによって市井の人々にも広く知られるようになりました。

 また、その後ドイツで行われた様々な調査の結果から、ハーメルンで起きたこの事件が(一定の信憑性が担保できる)歴史的な事実であることも次第に明らかにされてきています。

 1284年、ハーメルンではネズミが大繁殖し、(病気を媒介するなど)人々を大いに悩ませていました。そんなある日、色とりどりの布で作った派手な衣装を着て笛を手にした一人の男が街に現れ、報酬をくれるなら巷を荒らしまわるネズミを退治してみせると持ちかけたということです。

 ハーメルンの人々は(「どうせできっこない」と高をくくって)男に高額な報酬を約束しネズミ退治を依頼しました。ところが、男が笛を吹くと町中のネズミが男のところに集まってきて、彼の導くままに残らずヴェーザー川に飛び込み死んでいったということです。

 一方、こうして男のネズミ退治が済むと、ハーメルンの人々は笛吹き男と約束したお金が急に惜しくなり、(なんだかんだと難癖をつけて)約束を破り報酬を払わなかったということです。

 怒った笛吹き男は、いったんハーメルンの街から姿を消しました。しかし、ある日再び街に現れ笛を吹きながら通りを歩くと、家々から子供たちが出てきて男の後をついていったということです。

 男に導かれるままに街を出て、山腹にあるほら穴の中に入っていった130人の少年少女たちは、結局、二度と街の親たちの元には戻ってこなかった。街には、足が不自由なため他の子供達よりも遅れた2人の子供、あるいは盲目と聾唖の2人の子供だけが残されたというのが、この物語が伝えるストーリーです。

 異様な姿の男が吹く笛の音に踊らされ、自ら進んで破滅に導かれるネズミの群れ。そして、その後に続いて楽しげに踊り狂う子供たち。700年にもわたり語り継がれてきた物語や絵本のイメージに、私たちが言いようもないリアリティや恐ろしさを感じるのは一体何故なのでしょうか。

 閑話休題。

 3月11日のテレビ朝日「報道ステーション」の震災特集で放送された、福島県で行われている子供たちへの甲状腺がん調査の結果に関する報道を、先日たまたま目にする機会がありました。

 チェルノブイリの原発事故後に明らかになった健康被害として、放射性ヨウ素の内部被ばくによる小児の甲状腺がんがあることは広く知られています。

 このため福島県では、東京電力福島第一原発事故を踏まえ、子どもたちの健康を長期に見守るため事故当時0~18歳であった福島県民を対象に、世界的にもこれまでに例のない規模で甲状腺(超音波)の検査を実施しているところです。

 そうした中、放射線やがん治療の専門家等で構成される県の検討委員会は、2月15日に4年間にわたる調査の「中間とりまとめ案」を発表しました。

 報告書によると、事故直後に開始した甲状腺がんの先行検査を受けた約30万人のうち、1巡目となる2011年10月~2014年3月の調査で113人に、2巡目の調査(2014年4月~)では51人(2015年末現在)に甲状腺の異常が見つかり、「悪性または悪性の疑い」と判定されたということです。

 この結果について報告書は、わが国の地域がん登録で把握されている甲状腺がんの罹患統計などから推定される有病数に比べ、「数十倍」のオーダで多い甲状腺がんが発見されていると説明しています。そしてその理由として、将来的に臨床診断されたり死に結びついたりすることがないがんを多数診断しているという、いわゆる「過剰診療」の可能性を指摘しているところです。

 発見された甲状腺がんと放射線との因果関係について報告書は、
(1) これまでに発見された甲状腺がんついては、被ばく線量がチェルノブイリ事故と比べてはるかに少ないこと、
(2) 被ばくからがん発見までの期間が概ね1年から4年と短いこと、
(3) 事故当時 5歳以下の者からの発見がないこと
(4) 地域別の発見率に大きな差がないこと(放射線量の多寡との関係性が見られないこと)
などから、現時点では(福島第一原発事故に伴う)放射線の影響とは考えにくいと評価しています。

 但し、報告書では、放射線の影響可能性は小さいとはいえ現段階でまだ完全に否定できず影響評価のためには長期にわたる情報集積が不可欠であること、さらに子供たちへの配慮として、検査を受けることによる不利益(例えば緊急の必要がない「がん」が見つかることなど)についても丁寧説明しながら、今後甲状腺検査を継続していくべきことなどを併せて指摘しているところです。

 一方、こうした検討委員会の慎重な姿勢を全く考慮せず、3月11日の報道ステーションでは、(「現時点では放射線の影響とは考えにくい」とした)中間報告の評価に強く疑問を投げかけ、「甲状腺がんが多発している」として検査結果をセンセーショナルに伝えていました。

 番組では、甲状腺に異常が見つかった子供(本人)や親たちの姿をカメラの前に映し出し、「どうして私が(私の子どもが)がんにならなければならなかったのか?」と、テレビの前の視聴者の感情に直接訴えかけます。

 辛い状況にある人々の(誰かのせいでないなんて「納得がいかない」という)やり場のない声を梃にして、古館キャスターは番組中で「この子たちはこれから先、結婚して幸せな家庭を築けるのでしょうか…」と福島の子供たちの将来への強い同情の念を語っていました。

 この番組を貫いている視点が、原発事故による放射線の影響と甲状腺がんの診断には「因果関係がある」という予断であることは言うまでもありません。少しでも疑わしいのならば「誰か」に責任があるはずで、責任のある者を断罪するのがジャーナリズムの責務であるという、邪悪と正義の論理がそこにあるのは言うまでもありません。

 子供たちの甲状腺の手術を行った医師が、「甲状腺異常の発症例が多いことについては、過剰診療により炙り出された疑いがある」と説明すると、番組のレポーターは「それでは手術を受けた子供は、する必要のない手術をさせられたということか?」と(当然、彼が答えられないような、きわどい)質問を投げかけます。

 さらに、医師が「手術は必要だった」と回答すれば、それでは「手術が必要な甲状腺がん患者が、日本中に現在の何十倍もいると理解してよいのか」と、さらにインタビューを畳み掛けていきます。

 こうした一方的な追求型の報道姿勢は、一見、権力や専門家の不正を許さないという強い立ち位置のように見えます。しかし実際は、視聴者の感情的な動きを助長するための意識的な誘導であり、科学的なものの見方を否定しようとするある種の作為に満ちていると言わざるを得ません。

 福島県で多く見つかっている子供たちの甲状腺の異常については、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の先例から、原発事故との因果関係を疑う見方と、被曝状況の違いなどから可能性は低いとする見方が対立しているのは事実です。

 しかし、細かな実証は他の文献や検討委員会の報告書に委ねるとして、「多発とは考えにくい」と考える専門家もいれば「多発であるから早く手を打つべきだ」とする専門家もいて、結局、放射線の低線量被ばくによる影響は現時点では「よく分からない」というのが真実だということでしょう。

 そうした状況の中、影響力が大きな在京キー局が、自局の看板報道番組において、あたかも福島県内で放射線の影響による子供のがんの発生が(それも数十倍の勢いで)増加しているかのような主張を強くにおわすことは、子供や親たちの不安を募らせるばかりでなく、福島県の子供に対する差別を助長する危険性を強くはらんでいるとの懸念を表さざるを得ません。

 実際、放射線の人体への影響については良く分かっていない部分がまだまだたくさんあって、番組内で古館キャスターも指摘しているように、良く分からないからこそ、報道も含めた取扱いには細心の注意を払う必要があると考えられます。

 さて、冒頭に触れた日本経済新聞の「春秋」では、世界的に知られている「ハーメルンの笛吹き男」は、世の中の(漠然とした)不満や不安を吸い上げ「怒り」の行動へと導く「扇動者」(アジテーター)のシンボルだと解説しています。

 人々の不安を煽れるだけ煽り、「敵」を定めて国民を扇動するアジテーターは、歴史上も後を絶たちません。(今回のアメリカ大統領選におけるトランプ氏躍進の例からも分かるように)正体も知らず、どこへ行くのかも分からないまま、人々はただただ「怒り」に駆られ踊りながら彼についていくことになるということです。

 人々は笛の音につられ、これまでもたびたびに非合理的で不条理な行動をとってきました。結局のところ、私たち人類は「ハーメルンの笛吹き男」の教訓を、なかなか活かせていないということなのでしょか。

 科学的な根拠のないままに福島の人々の不安をいたずらに煽り、復興に向けた地域社会の分断や人々の間の緊張関係を助長し続けるテレビ朝日の報道マンは、福島の人々や子供たちを一体どこに連れて行こうとしているのか。

 いつか機会があれば関係者からぜひ直接話を聞いてみたいと、テレビを見ていて感じたところです。



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