たまちゃんから・・・日々思うこと

みずほののたまちゃんです。趣味は絵手紙 
本業は主婦&手話通訳者。猫が好きです。
若い人が好きです(笑)

あーいい匂い!

2016-11-30 14:58:44 | 日記
新しい畳が入りました

イグサのいい香りが家中漂っています。

部屋が広くなった気がします


少し前にふすまも張り替えておいたので まるで新築の時のように

いい感じです


息子の機材も使いよくかたずけて

良い感じになりました


イグサは完全に乾燥するまで約2年もかかるそうで

それまではカーペットなど敷物は使わないで!と注意がありました


サバちゃん ハーこ が爪とぎをしないか?と心配はありますが

よーく言って聞かせましょう?


しばらくは新鮮なイグサの香りに癒されて

よく眠れそうです



畳替え

2016-11-29 10:34:58 | 日記
やっと思い切って畳の表替えを実行した

いつの間にか荷物が増え この荷物のかたずけを考えた時点で

あきらめていた畳替えだったが もう限界だ

私の体力を考えても 今がいいと思った

昨日14枚の畳を持っていき

乾燥と防虫の手当をして 今日帰ってくる

で、とりあえずかたずけた荷物や小物類を

もどすことになるのだが・・・・


どうせなら家具の位置を変えようと思う

畳屋さんにお願いして 少しの移動を試したい


昨夜は寝る場所がなくて居間のこたつではー子を抱えて寝たのだが

今夜は新しい畳の上で ゆっくり眠れるか?な??


新築したときこんなに荷物はなかったのに・・・

たぶん半分は必要のないものだと推察するが

私の所有物でないから 捨てようにも捨てられず

いつも間違って捨てては怒られたりしながらも

ゴミ?の処分は大変だ

しかし!今がチャンス 間違って捨てよう!(^_^;)

元気でいてね!

2016-11-27 18:26:47 | 日記
かれこれ20年近く教会のお知らせをお届けしているHさん

なぜか趣味も興味も共通して 友達感覚のお付き合いが続いている

と、とんでもない思い違いをしている私なのだ

彼女が経験体験した事実は 誰もわからないところでいっぱい蓄えている

宝物があるからだ

対等なんて 友達なんて おこがましい言葉を使っている自分が恥ずかしい


今日は久しぶりに12月の予定表をお届けさせていただいた

「これから健康のために散歩するところだったんだよ 大切な家族のために寝たきりになったら

申し訳ないからね。歩くとどんどん体調がよくなって

足腰の痛みも亡くなったの。それにね 神様の教えを学んでから

心の中がいつもさっぱりしていて 人の悪口や不平不満 愚痴泣き言を

言わなくなったから 誰にあっても笑顔で話せる。もし昔の私だったら

近所中に、親戚中に 嫌な話を振りまいて 結局自分の居場所がなくなっていたと思う

娘や孫に尊敬される生き方をしなくちゃね。」と語ってくれた。


88歳になってもまだまだ謙虚に自分を見つめ続けている彼女を

私はいつもすごいと思うし あんな風に生きていきたいと思う

特別な偉人伝を読むのも悪くないが 身近にこんな人がいることを

その人と生きた話ができることを誇りに思う


帰りには私が大好きな干し柿を 袋にさっと入れて

お土産に持たせてくれた


こんな出会いが少しでも長く続くように神様に願おう


また来るから元気でいてねと握手した

何とかせねば(^_^;)

2016-11-23 00:43:24 | 日記
70歳にもなれば もう少し落ち着いて

ご近所さんとお茶のみしたり 温泉に入ったりして

悠々自適的な生活を夢見ていたわけだったが

なんで?ますます忙しくなる


まず夫が免許証を返納したから 運転は全部私の担当になった

息子二人のお弁当を作り 掃除 洗濯アイロンをかけ

最近は聾啞者も年を取った人が増え 手話通訳の仕事も増えた

大したこともできないが この年が役に立つらしい


絵手紙も書きたいし 教会にも行きたいし

花は次々咲いてしまうし サバちゃんはタチションするから・・・


のんびりした時間はほとんどないが

もしかしたら私の元気の源は 半端なく忙しい毎日にあるのかもしれないと?

自分に言い聞かせている


時々 若い気を出してライブに行くが迷惑をかけていないかと

一寸 心苦しい(^_^;)


月末には何年振りかで畳替えをするので 掃除が大変だなー

床もそろそろ張り替えないと 鴬張りになってきた


あー何とかせねばいけないよね



法事

2016-11-20 17:02:13 | 日記
57歳の若さで神様のもとへ行った兄の23回忌の法事が終わった

オサケとギャンブルが大好きで 棺桶に競輪新聞を入れてくれたほど

こよなく自転車を愛し肝硬変になって腹水がたまるほど

それでも大好きなオサケだった 兄だったが

35歳で起業し 亡くなるまでの頑張りは半端なかった


大手の新聞社や 今はもうなくなったが赤坂のプリンスホテルなどの清掃を

一手に引き受け その頃はあまり取り扱っている業者がなかった

ブラインドの手入れや

床のじゅーたんをはがさずにクリーニングできる方法を次々と考えて

社員もたくさん育てたらし

子供がいなかった兄だったが 信頼できる社員が後を継ぎ

今では更に成長を続けているらしい



道楽は半端なく35歳まで質屋と闇金に縁が切れず

母の苦労は並大抵ではなかったのだが

母の老後は兄からの仕送りと父の年金で

のんびりと暮らせた 

家族には心配や迷惑をかけたが

仕事場では社員にも 自分の損得は一切考えず

丸投げで尽くしたことを 兄が亡くなった時 社員のみなさんが

泣きながら語ってくれた


亡くなって23年過ぎた今でも

命日には必ず墓参りに来てくれる人もいて

そんなことを4人姉妹で話しながら

無事に法事は終わった


人生50年と織田信長の謡が大好きで

自分に正直に生きてこの世からおさらばしていった


ある意味すごい人生だったねと

若い日の兄の写真を見ながら

昔をしのんだ いい法事だった。