哲学とワインと・・ 池田晶子ファンのブログ

文筆家池田晶子さんの連載もの等を中心に、興味あるテーマについて、まじめに書いていきたいと思います。

『いま哲学とはなにか』(岩波新書)

2008-10-22 05:23:23 | 哲学
 今回は池田晶子ファンには大変お薦めの本である。もし池田晶子さんが存命であったなら、この本をきっと担当されていた書評コーナーで取り上げていたことだろう。講壇哲学に手厳しい池田さんだが、この本の内容は池田さんの考えの筋道に近いところが多く見受けられる。


 この本の中で取り上げている主な哲学者は、ソクラテス、プラトン、アリステトテレス、デカルト、ハイデガー、カント、レヴィナス、ロールズである。他にヘーゲルなども出てくるが、ごくわずかである。


 前半はギリシャ哲学に関して基本的な考え方をトレースし、「人はいかに生きるべきか」や、デモクラシーなどについて、上述した哲学者の考え方を述べている。この辺りは池田さんが書いている考え方とほぼ同じで違和感がなく、池田晶子ファンにとって、しっくりくる論調が多い。

 中盤のデカルトからハイデガーのところも、前半と同様に池田晶子ファンにとって、しっくりくる論調が多いといえる。難解になるのはレヴィナスのところである。テーマとしては自己と他者ということで、ハイデガーの論議を深めていくようだが、もとのレヴィナス自体が難解だそうだから、理解するのが難しいのはやむをえないそうである。ここはさらりと読み進んだ方がいいのだろう。


 この本のもっとも特徴的で重要なテーマが「終章 差別と戦争と復讐のかなたへ」という、まさに現代の問題を扱った章である。ここで正議論で有名なロールズを主に取り上げている。著者の結論は、国際連合政府に軍事力を委託集結させるべきというものであり、池田さんが著者の意見に賛成するかどうかはわからないが、そこに至るまでの論調には池田さんの考え方に親和性があるものも結構多い。


 現代の国際的な問題を哲学的に考える材料として有用な本である。

『刑法入門』(岩波新書)

2008-10-16 23:46:10 | 時事
 刑法第一人者の学者が書いた新書版の入門書である。もうすぐ裁判員制度が実施されるということもあるのか、この類の万人向け刑法本の出版も多いようである。


 ところで、池田晶子さんが裁判員制度について書いたものはちょっと見当たらなかったが、もし池田さんが裁判員に選ばれたらどうなっていただろうか。意外と興味をもって参加したあげく、そこで行われる議論の不毛さにはがゆい思いでもしたかもしれない。あるいは、正・不正とは何かなどと議論をリードしたかも。


 さて、この本の内容は、いわゆる刑法総論と言われる分野で、違法性や責任論など、全ての犯罪に共通するテーマを扱っており、個別の犯罪の話はあまりない。新書版らしく極めて平易に書いてあるのが、かえってまどろっこしいかもしれないが、読み終えてみると、理解しやすさは抜群であり、結構お薦めである。ただ、これを読んだら裁判員に選ばれても大丈夫、とは思えないが。例えて言えば、刑法という建物の入り口に立ったくらいだろうか。


 著者には是非、『続・刑法入門』で刑法各論も平易な内容にして出してもらいたいものである。

『不可能性の時代』(岩波新書)

2008-10-04 20:01:20 | 時事
 題名が、あのアローの不可能性定理をもじったものかと思いきや、読んでみるとアローの不可能性定理とは何の関係もなかった。しかし、この本がタイムリーだと感じたのは、(決して著者は意図はしなかったのだろうが)最近報道で話題になったべシャワール会のことが末尾に触れられているからだ。


 この本の内容をあえて一言で紹介すると、現代日本における社会現象を精神分析的に著述したもの、とでもいうのだろうか。オタクの分析など、冗談ぽく感じられるが、実際には徹底的に真面目な社会学の本である。むしろ新書にしては、多くの情報を短い文で圧縮して書いているような、難しい言い回しが多くて、やや理解を難しそうにしているような内容であった。

 さて、著者の論旨の大まかな流れを端的に整理すると、戦後の「理想の時代」は60年代がピークであったが、70年を境に「虚構の時代」となり、90年代以降から現代を「不可能性の時代」とする。「理想の時代」とはアメリカ(もしくはソビエト)を理想とした戦後民主主義の時代であり、「虚構の時代」とは高度成長の終わりよって、求め得なくなった理想の代わりに虚構を作り出した(家族ゲームや東京ディズニーランドなど)時代であり、「不可能性の時代」とは携帯メールを用いて密接に他者を求めながら、引きこもりのように他者を避けるといった矛盾した志向の時代を表現している。

 著者は、殺人事件や映画、文学など様々な社会現象を挙げて、各時代の精神性を分析しており、大変面白い内容である。


 また、この本の中には、池田さんの言葉と共通するフレーズがいくつか見られ、結構親しみやすいものを感じた。例えば、いきなり冒頭で「現実は、意味づけられたコトやモノの秩序として立ち現れている」とある。現実とは意味以外の何ものでもない。また、丸山真男氏の考えの紹介ではあるが「理想は現実の一局面である」という。理想を志向することこそ現実的なことであるわけである。