雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

酒が蛇に変わる ・ 今昔物語 ( 19 - 21 )

2023-01-23 10:12:53 | 今昔物語拾い読み ・ その5

       『 酒が蛇に変わる ・ 今昔物語 ( 19 - 21 ) 』


今は昔、
比叡山にいた僧が、山ではそれほど良いこともなかったので、山を去って、生まれ故郷である摂津国 [ 欠字。郡名が入るが不詳。] 郡に帰り、妻を娶って暮らしていたが、その郷でも何かの法事などが行われ、仏や経典などを供養する時には、多くはこの僧に声がかかり、講師などを勤めていた。
特別才能に恵まれた者ではないが、この程度のことは心得ていて行ったので、修正会(シュウショウエ・正月の初めに三日間から七日間行われる法会。)などを行う時も、必ずこの僧を導師にしていた。

そうした法会のお供えの餅を、この僧は人より多く貰い、人には与えず家に取り置いていたので、この僧の妻は、「このたくさんの餅を、無駄に子供や使用人に食べさせるより、長く置いて固くなった物を細かく砕いて酒を造ればいい」と思いついて、夫の僧に「こうしようと思う」と言うと、僧は「それは良い考えだ」と賛成したので、酒にすることにした。

その後、しばらくしてその酒が出来上がると思う頃、妻が行って、酒を造っている壺の蓋を開けてみると、壺の中で何かが動いているように見えた。
「変だな」と思ったが、暗くてよく見えないので、火を灯して壺の中に差し入れてみると、壺の中には大小さまざまな蛇が壺いっぱいに、鎌首を持ち上げてうごめいていた。
「ああ、怖ろしい。これはどうしたことか」と言って、蓋をかぶせて逃げ去った。夫にこの事を話すと、夫は「とんでもないことだ。見間違いではないのか」と言い、「わしが行って見てみよう」と思って、火を灯して壺の中に差し入れて覗いてみると、本当にたくさんの蛇がいてうごめいている。そこで夫も、おびえてその場を離れた。
そして、壺に蓋をかぶせて、「壺ごと遠くに棄てよう」と言って、広い野原にそっと棄てた。

その後、一両日して、男三人がその酒の壺を棄てた辺りを通りかかったが、この壺を見つけて、「あれは何の壺だ」と言って、その中の一人が近寄って、壺の蓋を開けて覗いてみると、まず、壺の中からすばらしい酒の香りがただよってきた。
驚いて、あとの二人に「酒らしいぞ」と言うと、二人の男も近寄って一緒に覗くと、壺に酒がいっぱい入っている。
三人の男は、「一体どういう事だろう」などと言い合っているうちに、一人が、「わしはこの酒を呑んでみよう」と言った。すると、あとの二人は、「野原の真ん中にこのように棄てられている物なので、まさか、ただ棄てただけではあるまい。きっと、何か曰くがある物だろう。気味が悪い。呑まない方がいい」と言ったが、先に呑もうと言った男は、格別の酒好きなので、酒の誘惑に堪えられず、「では、お前たちは呑まなくてよい。わしは、たとえどのような物が棄て置かれているとしても、どうしても呑む。命など惜しくもない」と言って、腰につけていた器を取り出して、それですくって一杯呑んだところ、実にすばらしい酒だったので、三杯呑んだ。
あとの二人は、その様子を見て、その二人ももともと酒好きなので、「呑みたい」と思って、「今日はこうして三人連れなのだ。一人が死のうとしているのに、我等が見棄てることなど出来ない。たとえ人に殺されるとしても、一緒に死のうと思っているのだ。さあ、わしたちも呑もう」と言って、二人の男も呑んだ。
この世の物とは思われないほど美味い酒だったので、差しつ差されつつ「しこたま呑もう」と言って、大きな壺なので酒の量も多かったので、棒で担いで家に持ち帰り、数日飲み続けたが、全くどうということもなかった。

ところで、かの僧は少しは分別があったので、「自分は仏への供物を取り集めて、邪見(ジャケン・仏教語で、煩悩が強く、因果の理法を悟り得ないこと。)が深いが為に、人に与えることもなく酒を造ろうとしたので、罪深くして蛇になったのだ」と悔い恥じていたが、その後ほどなくして、「どこそこの男三人が、どこそこの野原で酒の壺を見つけ、家に持ち帰って存分に呑んだが、実にすばらしい酒だったらしい」という噂を、いつしか僧も耳にして、「さては、蛇ではなかったのだ。わが罪が深いが為に、自分たちの目にだけ、蛇に見えたのだ」と思い、いよいよ恥じて悲しんだ。

これを思うに、仏への供物を勝手に使うことは、極めて罪が重いことである。とはいえ、確かに蛇に見えてうごめいていたというのは、めったにない不思議なことである。されば、やはりそのような仏の供物は、むやみにむさぼらず、人にも与え、僧にも食べさせるべきである。
この話は、かの酒を呑んだ三人の男が語ったものである。また、僧も語ったが、それを聞き継いで、
此く語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 供物を私物化するなかれ ・... | トップ | 銅の湯を呑む ・ 今昔物語 ... »

コメントを投稿

今昔物語拾い読み ・ その5」カテゴリの最新記事