雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

彰子難産に苦しむ ・ 望月の宴 ( 110 )

2024-05-19 08:00:00 | 望月の宴 ③

      『 彰子難産に苦しむ ・ 望月の宴 ( 110 ) 』


さて、こうしているうちに九月になった。
九月九日の節句も昨日暮れて、千代の栄えを込めた籬(マガキ・竹などで粗く組んだ垣根。)の菊は、行く末はるかに頼もしげな風情であるが、昨夜より中宮(彰子)の御心地が苦しげでいらっしゃったので、夜半頃から、やかましいほどの大騒ぎとなる。
十日の朝がほのぼのと明けようとする頃、白い御帳台にお移りになり、御座所の御設えがなされる。
殿(道長)をはじめとして、君達(公達)、四位、五位の者たちが立ち騒いで、御几帳の帷を掛け替え、御畳などを大騒ぎしながら運び込むなど、たいそう騒がしい。

中宮は、その日一日苦しそうにお過ごしになる。御物の怪をあれこれと寄りましに駆り移し、その移された御物の怪をそれぞれ僧が受け持って大声で加持をしている。
この数か月、殿の御邸内に大勢伺候されている僧たちはもちろんのこと、言うまでもなく、山々寺々の僧で少しでも験力があり修行していると耳になさると、残らず尋ねて召し集められている。
帝(一条天皇)におかれては、たいそうご心配なされて、どのようなご様子なのかと思われて、常日頃こうしたお産のことをよく知っている女房たちを、一つの車で参上させた。
寄りましに乗り移った御物の怪を、それぞれ屏風で囲っては、験者たちがそれぞれ分担し大声を挙げて加持している。そのやかましさ、騒がしさといったら、想像していただきたい。
そして、今宵もこのようにして過ぎた。

いつまでも出産がないのを恐ろしく思われて、大変ゆゆしきことになりはしないかと、殿の御前(道長)はお考え続けていらっしゃって、何かの際に紛れさせて、御涙をうち拭いうち拭いされながらも、さりげないかのようになさっている。
少しは物が分る年配の女房たちはみな泣き合っている。
「同じ御邸内であっても、場所を変えるという方法もあります」などと申し出る者があり、中宮は北の廂の間にお移りになる。長年お仕えになっている年配の女房たちは、みな中宮の御前近くに控えている。
今となっては、いったいどうなるのかと、お側に控えている人たちは皆途方に暮れて、とても堪えられないような様子の者が大勢いる。

法性寺の院源僧都(インゲンソウズ・法性寺の座主。説法に勝れ道長の信頼が厚かった。)が安産を祈る願文を読み、法華経がこの世に広まったゆえの功徳などを、涙ながらに申し続けている。しみじみと悲しく感じられるものの、たいそう尊く頼もしくもある。
陰陽師もこの世にいる限りの者を召し集めていて、その祈りは、八百万の神々も耳を振り立てておき気にならないはずはないように見えもし、聞こえもする。
御誦経を寺々に依頼する使者たちの出立などで騒がしく、その夜も明けた。

そして、中宮が御戒をお受けになられる間などは(彰子は、難産のため仏の加護を祈って、形式的に出家をした。)、殿などは、まことにゆゆしきことと途方に暮れていらっしゃる。そうしたなかで、殿が一緒になって法華経を念じ奉っていらっしゃるのが、何よりも頼もしくご立派に思われた。

     ☆   ☆   ☆



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