雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第十一回

2015-06-30 09:56:51 | 二条の姫君  第一章
          第一章  ( 十 )


東二条院さまが御出産された御子は、この度は姫宮でしたが、祖父の法皇さまは特別可愛がられていらっしゃいました。
この法皇さまと申し上げますのは、第八十八代の後嵯峨天皇のことでございますが、後深草上皇並びに現亀山天皇の御父上で、法皇となられました今も実質的な治天の君でございます。

五夜、七夜のお祝いなどもことさら盛大になさいましたが、七夜の夜、お祝いが終わって御所さまの常の御所でお話などなさっておりました時のことですが、丑の時の頃(午前二時頃)橘の御壺と呼ばれている御庭に、ちょうど大風が吹く時に荒磯に波が打ち寄せるような音が激しくし始めたのです。
「何事ぞ。見て参れ」
との御所さまの仰せに、二条の姫君らが見に行きました。
すると、頭は海坊主とでもいうのでしょうか、盃ほどの大きさのものや、陶器ほどの大きさのものなどが、青みがかった白い色の物が、次々と十ばかりも現れて、尾は細くて長く、おびただしい光を放っていて、飛んだり跳ねたりしているのです。
姫さまたちは、「ああ、怖ろしい」と大声をあげて御部屋に逃げ込みました。

廂の間に控えていた公卿たちは、
「何を見てそれほど騒ぐのか。人魂であろう」
という者がいます。
「大柳の下に布海苔とかいうものを溶いて、まき散らしたかのようなものもある」
などと大騒ぎになりました。

すぐさま御占いが行われました。法皇さまの御人魂であるということを、陰陽師が御所さまにご報告されました。
その夜から直ちに、招魂の御祭(遊離した魂を呼び戻す祭り)が行われ、泰山府君(道教で、人の寿命を司る神)などが祭られました。

そうしているうちに、九月になって、法皇さまが御病気だということが聞こえて参りました。御足など御身体が腫れるということで、御灸を次々と据えたりなさいましたが、これというほどの効果はなく、一日ごとに病は重くなっていくご様子でありました。
やがて、この年も暮れてゆきました。

そして、新しい年を迎えましたが、やはり法皇さまの病状は良くならず、新年の諸行事も湿りがちなものとなりました。
正月の末になると、「もう回復は難しいご様子だ」ということで、法皇さまは嵯峨殿にお移りになられました。
法皇さまは御輿にて参られ、御所さまも御幸されることとなり、二条の姫君もその御車の後部に陪乗なされました。法皇さまの中宮であらせられ後深草・亀山両天皇の御母上でもあられる大宮院さまと東二条院さまのお二人は一つの御車に乗られ、御匣殿(ミクシゲドノ・後深草院の女房の一人)は後部に陪乗されました。

嵯峨殿に向かう途中でお飲みになる煎じ薬を典薬係の種成・師成の二人が、御前にて御水瓶二つに調合して入れ、中御門経任殿・北面の武者信友に命じて持参させたものを、内野にて差し上げようとしましたが、二つ共に露ほども入っていないのです。とても不思議な出来事でした。
「それからいっそう御容態が重くなられたように見えます」などと、姫さまのもとにも聞こえて参りました。

御所さまは、嵯峨殿内の大井殿の御所にお移りになられました。
御所さまのもとへは、ひっきりなしに蔵人や女房、上臈・下臈の区別なく「ただいまのご様子は、このようでございます」と申し上げる御使が夜昼休むことなく中の廊下を行き交っていましたが、大井川の波の音が、ひときわ激しいように思われました。

     * * *

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