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白い空、緑の田圃、紅い河~2007年夏ベトナム鉄道漂流 その1

2007-08-25 | 旅行
(写真:ハノイ駅出口の踏切を通るラオカイ行き列車)

猛暑の日本を出て、もっと暑い国へ行こうと思う。
目指すはベトナム。
特に理由があった訳ではない。「ディープなアジアの、板張りベッドの寝台車(硬臥)に乗ってみたいな~」とか考えながらネットで東南アジア方面の格安航空券を物色していたら、たまたま台湾経由ホーチミンシティ行きの手頃な物件を見つけたので何も考えずその場で予約してしまった。
さて、チケットを押さえてからベトナムについてあれこれ泥縄で調べたのだが中々面白そうな国だ。
共産主義国でありながら積極的な経済発展を目指すエネルギッシュさ、路傍の屋台の魅惑のB級グルメ、対日感情も概ね良好。
そして何より国土を縦断して走る「南北統一鉄道」。
ベトナムの鉄道に乗りに行こう!

2007年8月11日
出発前にインターネットでベトナムの現地情報を最終チェックしていたら、何と「大雨で統一鉄道は寸断され麻痺状態」という最悪のニュースが飛び込んできた。
「列車はすべて運休、水が引いてから点検終了するまで運転できない」とのこと。
しかし今更どうする事もできない。明日までに水が引けば運行は再開される、とも取れる記事だし、ええ~いこのまま行ってしまえ、何とかなるさ!!

気を取り直して福岡発台北行きのEVA航空2105便に乗るべく、熊本駅から特急リレーつばめ号で出発。
EVA航空の出発時刻は昼過ぎなので、博多駅から新幹線博多南線に乗って暇つぶし。

旧「グランドひかり」の100系こだま号に乗って、10分間の新幹線ショートトリップ。
終点の博多南駅の側面では新八代駅まで延びる九州新幹線延伸工事の真っ最中。

「あと4年したら、福岡空港に向かう時はここを新幹線つばめ号で通ることになるんだねぇ」

EVA航空2105便はお馴染みの「キティちゃんジェット」。
福岡離陸後は熊本市上空まで南下してから右旋回し、そのまま雲仙普賢岳上空を飛び越えて天草経由で東シナ海に抜ける航路を取った。ちょうど左舷側の窓側席だったので、数時間前に出発した自宅周辺がよく見える。しかし…わざわざ早起きして福岡空港まで行ったのに、離陸後数分で出発地上空に戻ってしまうのは何だか悲しい。


到着した台湾・桃園空港はしとしと雨。
今日はこのまま台湾で乗り換え待ちで1泊となる。
せっかくなので台湾高速鐡路(台湾新幹線)に乗車。前回ゴールデンウィークにもロンドンへ向かうキャセイパシフィック航空を途中降機して台湾新幹線に乗ったが、今回は南下列車の普通席に乗ってみる。
きっぷ販売窓口が長蛇の列だったので、自動券売機に台湾元の紙幣を突っ込もうとしていたら、案内役の女性職員が親切に買い方を教えてくれる。

台湾新幹線700Tは相変わらず車体の洗浄が手抜きで泥んこ状態だったが車内は綺麗。
とりあえず、1日のうちに日本と台湾の新幹線を乗り比べられて満足。
台北を出発して南下するにつれて空模様はどんどん凶悪そうな雨雲に覆われ、終点の高雄左榮駅に到着する頃には土砂降りになった。
高雄からはそのまま台鐡在来線を乗り継ぎ、東部幹線経由で台北に戻る。
雨で列車が遅れないか心配だったが、定刻に台東駅での乗り継ぎを成功させ翌朝5時10分に台北駅に戻ってきた。
さあベトナム・ホーチミンシティに出発だ。雨が上がって統一鉄道の線路から水が引いていますように!

2007年8月12日
台北発EVA航空391便のジャンボジェットは南シナ海上空を3時間ほど快適に飛行し、ホーチミン・タンソンニャット国際空港に向けて降下を始めた。
窓の下に初めて見るベトナムの風景が広がる。いかにも東南アジアらしい明るい緑に覆われた大地を、土砂をたっぷり溶け込ませた赤茶けた大河が流れる。所々、その土の河が平野を飲み込み、家々が水中に孤立しているように見えるのが気がかりだ。
「やはり大雨が降って洪水状態みたいだな…」
滑走路近くに線路が延びていて、長い編成の旅客列車が見えたが、駅でもないところに停車したままのようだった。
「やっぱり鉄道のダイヤは混乱しているのかな…予定では今夜からハノイ行きの統一鉄道縦断列車に乗ることになってるんだが…」かくして不安を抱えたまま、ベトナムの地に第一歩を印す事になった。

空港内の両替所でとりあえず手持ちの米ドルをベトナム通貨のドンに替え(レシートも何もくれない。既にぼったくられてる?)到着ロビーを出ると、途端にタクシーの客引きに取り囲まれる。
ここで連中のなすがままにタクシーに乗せられると、まあ間違いなくぼったくられる訳で、しつこくまとわり付く客引きの誘いを華麗にスルーして市内行きのバスを探すが、バス停がないなぁ。
空港関係者か軍人かよく分からないけどカーキ色の制服を着た人に「バスはどこですか?」と聞くと「あと2時間はバスはないよ」とのこと。何ー!?某歩き方ガイドブックには5分間隔で出てるなんて書いてあったが…仕方がない、タクシーに乗るぞ。空港内ではぼったくりの心配がないタクシーチケットを売っている筈なので、それらしきカウンターに行って「市内までのチケット下さいな」と言うと「ハイハイ、10ドルですよ」とにっこり。「嘘付け!チケットは一律5ドルだろ!それ位前もって調べて知ってるぞ!」と抗議すると悪びれもせず「ハイハイ、5ドルね」とチケットを切って寄越す。「何て国だ。。。手ごわい!」

ともあれ、チケットタクシーで無事にホーチミンシティの中心部、デタム通りに到着。ここで南北統一鉄道の列車の寝台券の手配を依頼していた日系の旅行会社オフィスへ立ち寄り、きっぷを受け取る。
流暢な日本語で対応してくれるベトナム人スタッフに「大雨はどうなりましたか?」と聞くと「はあ?何の事ですか?」
「いや、大雨で洪水になって列車が止まってるって聞いたんですけど。もう復旧してますかね?」
「はあ~?よく分かりません」
「今夜の、私が乗る列車は予定通り発車するんでしょうか?」
「大丈夫大丈夫ですよ」
何だかうまく話が伝わらない。本当に大丈夫なんだろうか。

さて、列車のきっぷは入手出来たが発車時刻までまだ半日ある。昨夜の車中泊明けとぼったくりとの闘争、そして街を覆い尽くす喧騒と暑さと湿気でさすがに疲れた、駅近くのホテルにデイユースでチェックインして一風呂浴びて休憩する。ホテルのコンシェルジュに「今夜のハノイ行き列車に乗るんですが、大雨で止まっていませんか?」と聞くと親切に駅に電話して聞いてくれた。その結果「大丈夫、今夜の列車は時間通りです」とのこと。やれやれ、良かったぁ~

安心して風呂に入ってそのまま昼寝。
目が覚めるとだいぶ陽が傾いている。さて、そろそろサイゴン駅に行くか!

ベトナム南北統一鉄道の南の終着駅は、街の名前がホーチミンに変わった今でも旧市名のサイゴンのままである。駅前には電飾をまとった蒸気機関車が展示されているが、ご丁寧にも空に向かって飛び立っていくかのように傾斜をつけて置かれているので、懐かしの某アニメのワンシーンを彷彿とさせる。

統一鉄道サイゴン~ハノイ間には毎日数往復の直通列車が設定されており、いずれの列車も2晩かけて全長1726キロを走破する。今から僕が乗るのは速度が遅くて、寝台車以外にエアコンなしハードシートの座席車も連結した「TN8」。庶民的な鈍行的列車だが、それ以外にも速度が速くて所要時間が短く、エアコン付き車両のみで編成を組む優等列車「SE」も走っている。
丁度、「TN8」を先行する「SE2」の発車時刻が迫っており、サイゴン駅構内はごった返していた。





今夜から2昼夜に渡って乗車する「TN8」との対面を果たす。
DOI MOIのロゴが誇らしげな大型車体のディーゼル機関車に牽かれた客車11輌と荷物車と有蓋貨車という堂々たる長大編成。機関車と荷物車は軽快なトリコロール塗装だが、客車はすべてダークグリーンで車体にビードの入った無骨な共産圏標準スタイル。


編成の端に連結された1輌だけのエアコン付きソフトベッド車輌、日本式に言うとA寝台が僕の指定席。4人部屋のコンパートメントの下段が僕のベッドだが、同室の客は小学校に入ったばかり位の女の子を連れた若いお母さんと、初老の男性2人連れ。
互いにちょっと挨拶を交わすと、皆それぞれ自分のベッドに横になる。
19時40分、「TN8」は定刻にサイゴン駅を出発した。

すぐに車掌氏が周って来て車内検札。しかし、僕のベッドに腰を下ろした車掌氏は大学ノートに乗客の乗車区間をゆっくり記帳した後もしばらくそのまま世間話をしたりして何とも悠長。
やがて毛布が配られ、同室の乗客は皆早々に眠りに入った。僕も今日は早めに寝て明日以降のハードな鉄道漂流に備えるとしよう。

2007年8月13日

まだ薄暗いうちから車内放送で大音量のJポップが流され叩き起こされた。
統一鉄道の旅の最初の夜が明け、列車は南ベトナムの田園地帯を快走している。ベトナムの鉄道の軌間はちょうど1メートル、いわゆるメーターゲージと呼ばれる規格で、狭軌の日本のJR在来線よりさらに狭い。その狭い線路の上を列車はかなりの速度で走っていく。時速100キロは出ているのではないだろうか?
僕の宿であるエアコン付きソフトベッド車は、列車の最上級クラスの車輌なのに随分と年期の入った車体で、窓には頑丈な鉄の網まで被せられている。監獄にいるようで実に気持ちが良くないが、車窓にはいかにも東南アジアらしい萌え上がるような緑の平野と大気にたっぷり含まれる水蒸気のせいか白く霞んだ空が広がる。

車窓に南シナ海が見えてきた。
インドシナ半島の沿海州の国であるベトナムの、その海岸沿いに国土を縦貫する統一鉄道の車窓には終始南シナ海が見え隠れする。
列車から見える海はいいなあ。。。


デッキについている小さな流し台で顔を洗ったりして身繕いを済ませると、ワゴンサービスで朝食が配られる。統一鉄道のTN8列車では行程中のすべての食事が提供される。ただし食堂車はない(昨夜サイゴン駅で乗車前に確認したところ、荷物車の一部にビュッフェのようなコーナーがあったがおそらくワゴンサービスの準備室と思われる)。
今朝のメニューはクリームパンとミネラルウォーターのミニボトル。
「せっかくベトナムの列車に乗っているんだから、フォーや生春巻きが食べたいなぁ」と思っていたら、後から串焼き肉や天ぷらを売りに来た。でも朝から食べるにはこってりし過ぎなので遠慮する。

朝食を食べてしまうと、後は何もやることがない。夜行列車特有の、気だるい午前の時間が車内に流れる。
このまま二度寝を決め込んでしまうのも乙なものだが(実際、大半の乗客はそうしているが)、せっかくなので今のうちに列車の編成を一通り観察して回ることにする。

編成の最後尾に連結された、僕のベッドがあるエアコン付きソフトベッド車の隣は、エアコン付きハードベッド車。クッションのない硬いベッドの3段式寝台車だった。その隣が、エアコンなしハードベッド車。

冷房の効いた車輌からエアコンなしハードベッド車に移ると、身体を湿った熱い風が包み込んで気だるさが増す。
それでもこの車輌のインテリアデザインは素晴らしい。優雅な飾りの施された風通しの良い仕切りと、ゴザの敷かれたベッドの車内には、旧き良きインドシナの時間が流れているようだった。


3輌の寝台車の隣は延々と座席車が連なる。
こちらはエアコン付きソフトシート車。日本のムーンライト夜行快速とよく似た雰囲気だ。


そしてこれがエアコンなしハードシート車。
文字通り、木のベンチの座席。この座席で一夜を過ごすのはさすがにつらそうだ。

列車内の探検を終えて自分のベッドに戻る。しばらくヘッドフォンで音楽を聴いたり文庫本を読んだりして自分だけの時間を過ごす。活字を追うのに疲れたら、隣のハードベッド車輌との境のデッキに行って、金網の嵌っていない通路窓からインドシナの景色を堪能する。



正午前に、昼食が運ばれてきた。
今度は本格的なホットミールで、ご飯とおかずが2品とスープ。
おかずは煮た豚肉と、ザーサイのような高菜のような酸味のあるものを煮たもの。スープは木の葉っぱのような形の野菜が入っている。煮物汁物ばっかりだがポロポロしたタイ米のご飯によく合ってとてもおいしい。
車内食を平らげると、向かい側で食事を終えたオジサンがベッドの下の荷物入れからセロハン紙に包まれた小振りなみかんを取り出し、同室の乗客に配った。有難く頂戴したそれは皮が硬くて、素朴で懐かしい味がした。

デザートを済ませてしまうと、気だるい午後の時間が続く。車内は完全にお昼寝モードで静かな時間が流れていく。

時々、駅に停まるのだが、11輌編成+荷物車・貨車の最後尾近くに繫がれた車輌に乗っているせいで停車位置が駅の端っこになる上に、窓には金網があるので見晴らしが利きにくくて駅名が確認できず、どこの駅に着いたのかよく分からない。
ベトナム語と英語の案内放送はあるけど、駅名はよく聞き取れないから自分が今どの辺りを走っているのかよく分からなくなってきた。同室のベトナム人のおじさん達と母娘連れはお昼寝中だから聞く事もできないし。
それに、鉄道が水害で寸断されたという割には車窓には雨の降った痕跡もない。
よく分からないまま列車は坦々と北に向かって走って行く。

それにしてもいい天気だ。のんびり列車に揺られる気だるい午後、明るい日差しとよく効いたエアコンと隣近所から聞こえる気持ち良さそうな寝息に、僕も眠くなってきた。
ちょっと昼寝しよう。。。

突然、枕もとのテーブルに食事を載せたトレイが置かれて目が覚めた。
「あ~あ、もうご飯なの?」
感覚的に長距離飛行の飛行機に乗ってる感覚に近いな、食事攻め…
さて今日のディナーは…わはは、昼ご飯と全く同じメニューだ。
豚の角煮みたいなおかずをぱく付きながら隣のオジサンの方を何となく見ていて一つ気がついた。「車内食」には竹箸とプラスチックのレンゲが添えられているのだが、僕は日本人的感覚で「箸でご飯を掻き込み、レンゲでおかずを掬って」食べるのだが、ベトナムの人は「レンゲでご飯を掬い、箸でおかずを挟んで」食べているようだ。更に僕はおかずの汁をレンゲで丹念にすすったりご飯にかけ回したりしてきれいに平らげてしまったのだが、オジサンは汁は残してるみたいだ。
「う~ん、きっと僕の食べ方はベトナム的には行儀が悪いんだろうな…」でも煮物の汁がおいしいんだもん、残すのは勿体ない!


食事が済んでもまだ日は暮れず車窓は明るい。そのうち段々人家が増えてきて、列車は結構大きな駅に到着した。駅構内には露店が並び、売り子や乗客で賑わっている。同室のオジサン達と母娘も降りて買い物に行ったようだ。僕もちょっと降りてみよう。

停車中のTN8は給水ホースを繫がれたりゴミ袋を降ろしたりしている。この駅は統一鉄道の中間補給基地的なんだな。

駅構内の露店を覗いたりしていると、TN8の編成の最後尾の有蓋貨車に機関車が連結されている。ここで列車は進行方向を変えるらしい。サイゴンからハノイまで一直線に敷かれたベトナム南北統一鉄道の中間点にスイッチバック駅があるのは不思議な感じだ。旧宗主国フランスの影響だろうか?
「ガッチャーン!」という感じで荒っぽく機関車を連結した列車は逆向きに発車。

車内で某歩き方ガイドブックの地図を見ると、ベトナム中部の商業都市ダナンで鉄道がスイッチバックしていることから列車の現在位置が分かった。ダナンは人口90万、港町の商業都市だそうだ。そしてダナンを出た列車はもうすぐ統一鉄道最大の難所にして見所であるハイヴァン峠を山越えする筈なのだが、もう日が暮れてしまった。山越えの車窓は見えないな、残念。

ダナンを発車したTN8は美しい夕暮れの海を見ながら走る。暫くすると列車の速度が極端に遅くなり、窓から曲がりくねって走る編成後部の車輌の窓明かりが見る程の急カーブを描きながら山越えにかかる。ハイヴァン峠だ。日中なら車窓に海と空を望む素晴らしいパノラマが展開するらしい魅惑の山越えだが、日も落ちすっかり暗くなったので喘ぐ機関車のエンジン音と車輪のフランジがレールを擦る音でその嶮しさを想像するしかない。
ハイヴァン峠を境に列車は北ベトナムへと入る。明日の昼には列車はいよいよ終着駅・首都ハノイへと入る…筈だ。

(→白い空、緑の田圃、紅い河~2007年夏ベトナム鉄道漂流 その2 に続きます)

小惑星探査機「はやぶさ」情報:提供 JAXA宇宙科学研究本部
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