ターザンが教えてくれた

風にかすれる、遠い国の歌

「はじめまして」

2010-02-05 07:27:52 | profile
一生懸命にがんばる とかさ

何も振り返ることなく 先を生きるとかさ

そんなことなど知っているよと 

物知り顔をしていても

本当はさ 何もわかっちゃいなんだ


どんな言葉をかけてくれたら

この僕は満足して 

そして安心顔で眠ることが出来るのか

そんなことさえ

ぼくは ちっともわかっちゃいなんだよ



世の中を生きるみんな誰もが

うまくやってやがって

つまずいて転んでいるのはこの自分だけなんて

そう 少し無理して思うこともあれば

この世の中を生きるみんな誰もが

あたたかくて 同じ匂いがして

だから 何も怖いものなどないのだと

そんな風に 強気で生きる一日もある



思い出は汚してもいいんだと思う

後生大事に磨きあげるよりも

汚れてしまうのであればそれでいいのだと思う

それで、自分が泣かなくなって

もう一度歩き出すことができるのならば

思い出もなんでも

汚れてしまうのであるなら

いっそのこと汚してしまってもいいんだと

そんな風に思うことがある



たとえ忘れても、ずっと憶えていること

たとえ汚しても、ずっと変わらずにいること

自分の力なんてこんなものなのだと

この自分の知恵なんてちっぽけなものなんだと

そう思えることで

ぼくはがんばれる気がするんだ

そう、少しはがんばれる気がするんだ



宝物を探さなくちゃと

そう言って人の気持ちを量ったり

美しいものを見つけなくちゃと

そう言って人の言葉を覗いてみたりする


でも、 さ、

そうやって「努力」すること自体が

そうやって何かの中から「いいもの」を

懸命に探し出そうとすること自体が

もうすでに目の前に居る相手を「わるいもの」と

認識していることだと気付かないか

なあ、この自分よ、それに気付かないか



いい歳をして そんなことさえ気が付かないか

と、少しずつ、泣いてしまわない程度でもって

そんなことを思ったりする



こうやって このぼくが 裸になるのは

ほんとは ものすごく 怖いから

こうやって この自分が

いい歳こいて この身体を鍛えるのは

ほんとは 今にも泣き出しそうに 怖いから



誰かが この自分を忘れてしまうだとか

誰かが この自分を見失ってしまうだろうとか

そんなことよりも もっと もっと恐ろしいのは

この僕が この自分自身を 見限ってしまうこと


だから ほんとは とても怖いから

泣かないように 喚いてしまわないように

ぼくは こうやって 裸になるのだと思う



正直にならなくちゃ ってそう思うけど

なんに対して そうなればいい

正直に生きなくちゃ ってそう思うけど

誰に対して そう生きればいいんだろ


誰かをこころから信じることも

何かを掛け値なく信用することも

おそらくどちらも 自分は出来るのだとは思う

思うけど さ

どこでそれを頷けばいいのかが 

いつだってわからないんだ

誰に対して それを頷けばいいのかが 

てんでわからなくなったりするんだ



もっと上手い生き方とかがさ

もっと懸命な生き方とかがさ

多分 何処かには あるのかもしれないと思う


昨日よりも 少しだけ今日が

いい一日になっているのなら それだって十分だろ

って、そんな風に 思うこともあれば


明日の日は もっと もっと がんばって

そうして 納得できる自分にならなくちゃって

そんな風に願うこともある



オトコだから 泣かないとか

オトコだから 泣いてもいいだとか

いろんなことを いろんな人が 言うから

僕は ちっとも わからない

わからないから とりあえず 我慢してみる



昨日だったら やり直すことが出来るのに

明日だったら 笑うことができるのに

そんなことを いろんな人が ぼくに言うから

だから とりあえず ぼくは 黙ってみたりもする



掛け値なく 大事なものなど 

何処にもありはしないんだと

そんなことを ほざいてみたりもするし

掛け値なく 愛することのできるものは

いつだってこの自分はここに持っているんだと

そんな意地を張ってみたりもする



憂いを忘れて

「はじめまして」 って言うことがが出来るなら

どんなにかいいだろうと そう思う


疑いを何も忘れてしまって

「はじめまして」って

そういうことが出来るなら

どんなにか嬉しいだろうと 

どんなにか幸せなんだろうと

ぼくは 今 そう思う


こころから そう思う
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ブルースを歌いてえ

2010-01-29 13:13:13 | 物語という昨日
「この前さぁ、会社の同僚に、
 おまえは黙って立ってるとポン引きに見えるな、
 なんて言われっちまったよ」

水谷浩介は煙草の煙を顔の前で燻らせながら
少し困った顔でそう言った。

「はぁ?ポン引きだって?おまえがか?」

高橋英司は思わず大きな声で聞き返した。

「そう、煙草でもくわえて黙っていると、
 まるで夕暮れの街角に立って
 助平なおやじ相手に客引きしてるみたいなんだってよ。
 俺ってそんな風にみえるか」

「ああ、そうだ、そうだ、言われると確かにそうだな、
 その髭とその短い髪にダークなスーツでも着てれば
 おまえは立派な夜の客引きに見えるよ」

英司はそう言いながら声を上げて笑い出した。

「なんだよ、それは。
 この俺がポン引きに見えるだなんてさあ、
 それちょっとマジに勘弁だよな。
 ついこの前も、新しくうちの会社に入ったやつに
 水谷さんは黙ってても怖いって
 言われたばっかなんだよなあ」

浩介はほんとうに嘆いているのか
それとも、酒の席での軽い冗談で友人を笑わせようと
大袈裟に振舞っているのだろうか、
テーブルに肘を付きながら自分の頭を抱えて見せた。

「俺はもう慣れてるんで全然平気だけどさ、
 おまえのそのしゃべり方、
 初めての相手だったらちょっと引くぞ。
 どこのガラの悪い親父だよって」

英司が笑いの収まらない顔で言った。

「だってさぁ俺、小さい時から職人に囲まれて育ってんだろ、
 もう染み付いてんだろうねこういうのがさ、
 柄わりーのは仕方ねーじゃん」

浩介は浅黒いよく日に焼けた肌に笑い皺をいくつも作りながら
大きな瞳を細めて笑って言った。

おそらくイイオトコという類に入っているのだろう。
誰に対しても気さくで人懐っこく
また何事も暗く考えないさっぱりとした性格で
周りの友人たちにも受けが良かった。

こうやってスーツを身につけている姿は
いっぱしの出来るサラリーマンなのだが、
その男臭い風貌の奥には
どこかしらにいつかはこの一般社会から
少しずつ崩れ出ようとするような危うさがあった。

「この前もさぁ実家の親父から年賀状作ったからお前の分とか言って
 送ってきやがったんだけどさ。
 その年賀状ってでっかく水谷組って書いてあんだよな」

「いいだろ、おまえんち鳶一家の水谷組じゃん」

「だって俺、鳶じゃねえし、水谷組じゃねえし。
 今さら組の家紋とか見たくもねーんだよなあ」

浩介はそう言って
自分の唇を半分歪めて笑って見せた。

英司は浩介の目の前にあるグラスに
ボトルから酒を注ぎ足すと、

「まあ、まあ、飲んで下され水谷組の若旦那」とおどけた調子で言った。

「やめろって、マジに、俺、実家を継ぐつもりねえから」

浩介は友人の注いだ酒のグラスを片手で持ちながら
本心から困惑した顔をして英司を見た。


店内はふたりが店に入った時刻よりも
次第に混んできたらしく、
壁際に並んだ隣のテーブル席にも
仕事を終えたばかりの連中が数人座った。
居酒屋の店員が持ってきた人数分のおしぼりを
その客の中で一番年かさらしい男がまとめて受け取ると
それを仲間のひとりひとりに手渡しで配っていた。


「うちの叔母がさあ、この前倒れたんだよな。
 今はなんとか落ち着いたらしいんだけど、
 お袋が電話でうるさいんだよ、
 一度見舞いに帰って来いって」

手に持ったグラスを左手に持ち替えながら浩介がそう言った。

「叔母って?」

「お袋の姉貴」

「帰るのか?」

「ああ、一度来週にでもな」

「そうか。」

「なんか、土産欲しいか」

「いらねよ。
 それよか、今頃はお前の田舎はお花畑だな。
 電車のポスターで見たぞ。
 観光客がわんさか来てんだってよ。
 いいぞ、綺麗で、楽しんで来い。」

「馬鹿言えよ、
 俺が観光客と一緒にお花畑を眺めてどうすんだよ」

「決まってるだろ、まあ綺麗、って言うんだよ。」

「なんだよそれ。
 お前の女にでも言わせとけよ、そんな事は。
 なんつったっけ、ユキちゃんか?まだ続いてんのか」

「ああ、順調だよ、すげーいい感じ。お前と違って」

「うるせえ。俺はひとりがいいんだよ。ひとりが。」

「あはは、夕闇のポン引き兄ちゃんだもんな、寂しいもんだ」

「るせえよ、マジに」

「じゃあ、鳶の兄貴だ」

「おまえなぁ、俺はポン引きでも鳶のあんちゃんでもねえって」

そう言って抵抗する浩介の声につられて、
隣の席にいた若いサラリーマンが
ふたりを興味深そうにちらちらと眺めていた。

英司が自分のグラスに入った酒を全部飲んでしまうと、
浩介はテーブルの脇に置かれた
酒の入ったボトルを手で英司の目の前に滑らせた。

「いや、もう今夜はこの辺にしとくわ」

「そうか、じゃ俺も。明日早ええしな」

「じゃあまた来週にでも」

「おお、そうだな」

浩介はそう言うと自分の鞄を
座っていたテーブルの下の棚から引っ張り出して持ち
店の入り口へ向かって歩いた。

その後ろをコートを羽織ながら英司が続き、
ふたりでレジでの会計を済ませると店を出て
緩やかに登った階段を上がると夜の表通りに出た。

通りは左右に向かって四車線の道路がゆるやかな勾配で伸びていて
春先のまだ夜浅い時間の風が
走って行く車の流れを追い越して吹き二人の男のコートを撫ぜた。

「じゃあな、おやすみ」

そう言って英司はタクシーを捕まえるとひとりで乗り込んだ。
勢いよくドアが閉まり
英司を乗せたタクシーはそのまま車の流れにすぐにまぎれた。

英司の乗ったタクシーを見送った後、
浩介は横断歩道の信号が青に変るのを待って
4車線の大通りを向こう側へ渡ると歩道の端に立ち
ちょうどスピードを落として近づいて来た
空のタクシーに向かって片手を挙げて止めた。

タクシーの後部のドアが大きく開くと
浩介は腰を折って車の中に入り
運転手に住所を告げた後白いシートに深く座った。

タクシーはゆるやかに走り出すと
道路を走る車の流れに上手く乗り、
途中で2度ほど信号待ちで停車した以外は
そのまま走り通して、
明るい照明の灯ったマンションの建物の前でまで来ると
滑らかな制動を利かせて止まった。

浩介はメーターに表示されている
料金ちょうどを支払ってタクシーを降りた。

アスファルトの歩道に降りた浩介の肩を
背中から月が照らして、
まるで自分の物ではないように思える
輪郭のはっきりした影を作った。

階段を上がりマンションの入り口を入って
集合ポストから自分宛の郵便物を取り出してそれを片手に持つと
ちょうど1階で停止していたエレベータに乗り込み7階まで上がった。

7階のエレベーターホールから右へ延びている通路を歩いて
フロアの一番端にある自分の部屋のドアの鍵を開けて中に入ると
浩介は靴を脱ぎ、壁にある照明のスイッチを片手で押した。

短い廊下を歩いてリビングに入ると大きなテーブルがあった。
先ほど灯した廊下の照明から洩れ入るぼんやりとした明るさの中に
今日の朝、浩介がそこで朝飯を食べ身支度を整えた気配が
まだはっきりと残っていて、
今日という一日が確実に過ぎ去ったんだという感覚を
浩介に強く感じさせた。

リビングを通り抜けた奥にある
小さなベッドルームで着ていた服を脱ぎ
そのまま風呂場へ行くと時間をかけて
丹念に熱いシャワーを浴びた。

シャワーを終えたあと
洗濯したてのトランクスを身に着けると
キッチンへ入りグラスと酒の入ったボトルを持って
そのあと再びベッドルームへ戻った。

ベッドカバーの上に投げ出したままになっている
ジーンズやシャツを片手で払い除けて
心持ち広くなったベッドの端に腰を下ろすと
手に持ったグラスにボトルから透明の酒を注いだ。
酒のいっぱいに入ったグラスを左手に持ち替えると
金属のキャップを閉めた後
酒の入ったボトルを手探りで床に置いた。

裸のままベッドに入り
上半身だけをヘッドボードへ預けながら
浩介はグラスの中の酒を飲んだ。

部屋の中は裸でいるには少し冷んやりとしていて
それが浩介の酒に酔った身体に心地良かった。

ベッドの反対にある大きな窓からは
白い月が覗いていて
浩介の部屋の壁を明るく照らしていた。

浩介がこの部屋に住むようになった当初は、
この窓にカーテンを付けようと思い
何軒かの家具屋へ出向いて見たりもしたが、
どの色のカーテンも自分には不釣合いに思えて、
結局は何も買わずに
今でも窓はそのままになっていた。

浩介はゆっくりとグラスの中の酒を飲み終えると
グラスを床に置いたあとベッドの中にもぐり込んだ。
ベッドのシーツはひんやりと冷たい感触がしたが、
火照った身体から温度が伝わると
それは瞬く間に裸の皮膚を心地よく包んだ。

浩介は、頭を窓の方へ向けて
窓の外の空に登った月を眺めていた。

まだ月は空の低い位置へ留まっていて、
あんなに遠くにあると言うのに
それはまるでこのすぐ先にある
近所のビルの上に浮かんでいるかのように見えた。

やがて東の方からぼんやりとした煙のような雲が
いくつかの固まりになって流れて来ると、
丸い月を淡く覆っていった。

これがおぼろ月と言うのだろうか。
などと、考えているうちに
段々と目を開けていられなくなり
浩介は身体を丸めて寝返りを打つと、
ほどなくして大きな寝息を立て始めた。



             つづく予定(笑)
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定刻通り、羽田着。

2010-01-05 21:05:42 | 日々



あのさ、僕は思うんだ。
人の気持ちなんてものは、他の人間にはわからないって。
それぞれの人の体験や経験、そして洞察力や想像力でもって
「多分、今のあの人はこんな気持ちなんだろうな」と
それぞれに推し量ることは出来ても、さ、
でも、それが本当にその相手の人の気持ちなのかどうかなんて
そんなこと他人にはわからないんだよね。

そのことは、
ある人にとっては非常に認めたくないほどに寂しいことであり、

そして、また別のある人にとっては、
それはたいへんに自由だということなんだと思う。


「この自分は誰かの気持ちを、
 そっくりとわかっているわけではないんだ」


そのことを心の底からとことん思い知るということって、
すごく意味のあることだと思う。

そのことに初めて気付くことで、
この世の中にどうして、
芸術や、文学や、そういったものがあるのかということを、
そんなことを僕はなんとなくだけども
少しだけ理解できたような気がしたんだよね。



知性とは、泣かずに乗り越えてゆくために使うもの。

わかってんだよ、それは、わかってんだよねー



正月ってさ、楽しみでさ、
特別なことなんて何もないとしてもさ、
でも、やっぱり、年の初めは特別な空気が感じられて、
家族ってやつが自分にもちゃんといるんだなぁって感じ、
親の家の中にこの自分の居る場所が
いつでもちゃんとあるんだなぁって、そんな感じ。

子供の頃にはそれが当たり前だと、
なんの疑いもせずに思っていたこと。

ありがたいなぁって今更ながらに思うよね。

自分がこうやってもういい歳を取るならば、
家族だって同じように歳を重ねるわけでして
そんなこと、そんな当たり前のことなんて
十分知っているのに、十分知っているつもりなのに、
実際はそんなことなんてなーんにもわかっていない
この自分がいることを思い知る。

年に一度、こうやって自分の田舎に帰る度に
そのことを真正面から突きつけられる思いがして
いろんな思いが自分の中でせめぎあって少し混乱してしまう。

あのさ、思うんだ。

自分のことだけで悩めるということの贅沢さを。

ずっと以前、それこそ20代の頃とかには、
仕事のことだとか、恋人のことだとか、
何か欲しいもののことだとか、
そんな「自分」だけのことで悩むことができる。

それは、今思えばなんと気楽なことなのだろう。

親がもっと歳を取れば、
その先の生活はどうするのだろうとか、
誰かが病気になったり、家のこと、経済のこと、
自分の周りの家族のことが、そんないろんなことが、
否応なしに自分に関わって来て、僕は正直うろたえる。

わかってんだよ、わかってんだよ。
わかってはいるつもりなんだよ。

でも、リアルな現実というものは
もっと大変で、もっと困難だったりして、たじろぐ。


昔と違って、親も気が弱くなったりして、
久しぶりに戻ってくる自分の息子をもてなそうと、
自分だって普段は滅多に買わないような
食事の材料を買い込んでいたりして、
僕は精一杯の笑顔でそれらをたいらげ続ける。

自分さ、考えれば、もう、
親元で暮らした時間よりも、
ひとりになって過ごす年月の方が
そろそろ長くなってるんだよね。

自分の生活のリズムとスタイルがそれなりにあって、
食事にしたって、筋トレをしていることもあって
ちょっと特殊だったりするわけでさ。

ものすごく贅沢で、ものすごくわがままなことを
そんな事を承知で言うならば、
特別なことなんて何にもいらないんだよ、
僕が帰ることで、日頃と違うことをしなくてもいいんだよ。
息子にサービスはしなくていいよ。

これがね、将来、親が居なくなった時には
2度と体験することの叶わないことなんて
よくわかってんだよ。
絶対に、思い出すと思う。

でもさ、今、それをかわっていても、
正直に思うことをここに書いている。

家族の中でそんなサービスはいらないよ。
特別なことをしないというやさしさがあるのだということを
自分は今、誰かと共感したくてたまらない。

あなたが、今までどんな気持ちで生きてきたのかとか、
何を見て何を思って、毎日を過ごしているのだとか、
そんなことを、僕は親に訊いてみたい。
そういったことを、僕に話して欲しいと思う。

それが僕の欲しいものということを
今の自分の親に気軽に言えないということが、
たまらなく、ちょっとだけ「寂しい」ことだと思うね。

やはり、
親というものはいつでも子供と一緒に暮らしたいものだよ。
それは当然のことだと思う。

でも、僕はそれに応えてあげることができない。
いつも遠くで暮らしている。

悪いことだとは思ってはいないんだけれども、
でも、この自分の気持ちのどこかに、
「ごめんなぁ〜」って思うことがあって
それがこの自分を
どこかで素直に甘えさせない理由かなとも思ったりする。

自分のちからではどうしようもないこと。

そう言ったものが自分の身の回りに次第に重なって行く。

それがこの自分がこれまで生活して来た証だと思うには
これが思いの他しんどかったりして、
思わず僕は立ち止まる。


自分がこんなにも親切にしてあげているのに
こいつはちっとも喜ばない。と、
訝しがって相手をなじることよりも、

どうして素直に喜んでくれないのだろうか?と、
その理由を相手の中に見出そうとする行為。

僕はそれこそがやさしいということなのだと、
ふとそんな事を思う。

それこそが、人と人がいて
話しをするということなのだと、
そんな事を思う。

人ってさ、わからないものだよ。
なかなかさ。

自分が考える予想した行動を相手がとるとは限らない。

いつだって、思いもよらないことばかりだよ、
いつだって、意外なことばかりだよ。

その思いもよらないことの理由がわかれば
もうそれだけでも儲けもの。

わからなくても、わからないままだとしても、
その先を進んでいかなくてはならないわけでさ。

そうやってさ、そうやって過ごしてゆくのかなってさ。


こんなとき、
この自分自身に家庭があって
それこそ子供の一人や二人いたりしたらどうだろうって思う。

経済的には大変かもしれないけれども、
でも、さ、
どうしようもないことでもさ、
愚痴のひとつでもこぼして、
一緒に慰めあったりできる自分の家庭があるということは
それこそすごく強力なちからになるのかなぁ
などとも思ってみる。

そりゃ、気心の知れた友人なんかにも
日頃たくさん助けられたりするし
ありがたいなぁって思うことはいっぱいある。

でも、人生を共有している自分の家庭があるというのは
これまた違うものだろうなぁって。

そう言った意味で、
自分が作った家族が一緒に居るということは
生活していくという中で強力なちからになるのだと思う。

でも、実際にはそんな無いものねだりなんかしていても
仕方の無いことだからさ、
自由に独りでいるということの弱さとして
しっかりと認識しているということが大事なのだと思う。


何かあった時のために準備をすることと、
何かに怯えて取り越し苦労をすることは、
姿こそ似ているけど、まったく違うこと。

何かに怯えて身をすくめて立ち止まることは
この自分の足元のちからを奪うことば。


あの人はいいなぁと、
あの人はうらやましいなぁと、
そんな目で自分を眺めすかす行為。

こんなちっぽけな自分なんてと
己の非力を嘆く行為。
どうしてこの俺は、
どうしてこの僕は、と、
声を殺して嘆く行為。

それは、

いつしか自分のこの息を詰まらせる呪文。
自分のこの眼をつぶしてしまう暗闇。
この自分のこころを閉ざしてしまう罪。

泣かずに乗り越えろ。
と、なんとかなんとか自分自身に声をかけつつさ
今日をがんばって行くしかないんだよなぁー。

その結果が、
この先どこかで絶対にわかる時があるんだと、
そう思って先を行くのが「オトナ」ってやつなんだろうかね。

なんか、自分でこんなこと書いていても
わかったような、わからないような、そんな感じ(笑)



でもさ、

わからないから、

相変わらず、ちっとも僕はわからないから、

だから

明日をがんばれるような気がするんだ。


がんばれるような気がするんだ。
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アイのホンでございやす! 01

2009-12-25 14:01:46 | 日々
わたくし遅ればせながら
先頃、ようやくiPhoneユーザーになりまして、
それからというものこの魔法の電話機に夢中で、
日毎夜毎にさまざまなアプリを入れては試して
ああでもいない、こうでもないと
散々遊んだ結果(といいますかまだその最中なんですけどね)
おそらく現時点での最高クオリティの神アプリ、

その名も、「Air Video

これは、
自分の家にあるPC内の動画を
外出先から自由に見ることの出来るアプリでして、
つまりPCをサーバーに仕立てて
3G携帯回線もしくはWiFi(無線LAN)を通して
自分のiPhoneからそのPCへアクセス、
例えばうちのPCにはおよそ2TB(2テラバイト)分の
動画が格納してあるので(笑)
そこへ繋いだiPhoneは
言わば、
2TB(!)のiPodへと変身してしまうわけですな。

おまけにこのアプリは、
様々なビデオファイルをiPhoneで観ることの出来る形式へ
高速変換しながら配信してくれるものだから、
見られないビデオファイルというものがほとんど無い。

昨晩PCで録画したテレビ番組を
変換してiPodへ入れて、なんていう面倒な作業も何もしなくても、
朝の通勤電車の中から自分家のPCに直に繋いで
その録画した番組を自由に見ることが出来るなんて
夢のような環境がいとも簡単に手に入るわけですね。

すげぇーよ、これマジに。

そして、ここがこのアプリの真骨頂なんだけども
その変換した後の画質がおそろしく高画質だということ。
他の動画変換ソフトに比べて、
このアプリの画質は飛びぬけてハイクオリティ。

もちろんそんな高画質で変換した動画は
そのサイズも大きなものになるんだけども、
つまり送信に時間がかかるわけです。
そこはこれまた大変うまく考えられていて、
自分のiPhoneを繋いでいる回線によって
その動画変換クオリティを
iPhoneから随時カスタマイズできるようになっている。

街中にあるホットスポットなどを利用して
高速なWiFiで繋がるときには、
ハイクオリティビデオ変換によって
最高画質の映像を心行くまで堪能。
電車の中など、通常の携帯回線を利用するときには
少し動画変換のクオリティを落とし配信を楽にして
その分サクサクとストレス無くビデオを見る。

そんなことが非常にわかりやすい
洗練された操作手順でもって提供されている。

あのさ、

こんな凄いアプリケーションが¥350-で手に入るわけで、
このアプリの存在を知るか知らないかで
日常の生活が一変してしまうんじゃないかと思うほど驚いている。

ただ、ひとつだけ気になるところは
自宅のPCをサーバーにしている関係で
そのPCを常時稼動させておかなくてはいけないんだよね。

せめてスリープ状態でスタンバイさせておいて
動画を処理したり配信するときだけPCが働いてくれたら
これはもう鬼に金棒なんだけどな。

(実は、この要望はこのアプリのフォーラムでも
 散々リクエストされていて、最近出ている
 このアプリの最新ベータバージョンでは
 そのスリープ待機が出来たりもするらしいのだけど、
 残念ながらうちのPC環境では上手く働かなかったです)

だから、実はこのAir Video サーバーとしての専用PCを
今度作ってみようか、などといま密かに思ってる。

HDDを増設したらそれこそ容量は無限大だよ!
ポケットに入れた電話の中に無限大の膨大なビデオを
持ち歩いているのと同じことがいとも簡単に実現してしまう。


と、いう、今。


毎朝の通勤電車の中では、
この一年録り溜めた「5時に夢中」のビデオ、
一週間に5本、それが一年で200本ちょっと。
その中から今朝はどの回を見ようかなと、
ほくそえみながらiPhoneを操るワタクシ。

傍から眺めてみると、
新しい玩具を与えられて夢中になる
おこちゃまさながらであります。

ひとつ気になるのは、
ソフトバンクがこの12月から始めた
大量データ受信者に対しての速度制限通告。
一ヶ月におよそ1万パケットだっけ?
以上データを使った場合には
回線にリミッターがかけられてしまうわけで。

そんな事を横目で眺めつつも、
この無限大iPodはやめられそうにない
今日この頃なのであります。





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今夜も風呂が待ってるぜ

2009-12-02 13:33:45 | 日々
うちのマンションはとても古い建物なので
風呂場は床がタイル張りになっている。

浴室の床全面が大小の楕円形した
小さなタイルで敷詰められていて、
そこにバスタブがでんと置いてある。
おまけにほんの3年ほど前までは
このバスタブのすぐ横にバランス式内釜っていう
浴室内で使うための風呂釜が設置してあって
その眺めはなんとも懐かしい
昭和の団地の風呂場を思わせるような感じだった。

実は、数年ほど前からうちのマンションの大家から、
天井裏のアスベスト除去工事をやるので
どこかに空き部屋が出たらそこへほんのちょっとだけ
避難してねって言われていたんだけども、
同じマンションの中にようやく空き部屋が出たのが
3年前ほどの7月31日。
何故そんな真夏の真っ只中に引越しなんてするかよ!?
と思ったんだけど、こうなれば仕方がない、
8月に入った1週間かけて7階の我が家から
空き部屋のある4階まで引越ししましたよ。

どうしてもひとりでは持てない
ベッドやソファーなんかは工事の人に頼んで
一緒に手伝ってもらったんだけども、
あとはひとりで少しずつエレベーターで往復する日々、
しかしこれはもう2度とやりたくないと思うほどに大変だった。

つーか、工事が終わったおよそ1ヵ月後には
また7階まで同じ引越しをやるわけで・・・

勘弁して〜〜〜!(泣)

って泣きの入る自分を察してか
大家さん予定以上にがんばってくれたみたいで
本来はアスベスト除去のための工事なんだけど、
これを機会にと、古くなっている設備を
可能な限り改修して新しくしてくれた。

キッチンもがらりと綺麗なものになり、
部屋の中もそれまで純粋な和室仕様だったのが
すべてフローリングになって、
そして何と言っても一番の変わり様が風呂場だったね。

全自動給湯になって
あの古く懐かしい内釜はどこにも無くなった。
システムのパイプを通すために
浴室の床や壁を盛大にぶっ壊したのだけど
表面がタイル張りなのは変わらず。

それどころか、
大家さんからバスタブの色のリクエストまで許してもらった。
結局は淡いアイボリーの浴槽に
これまた同じアイボリーのタイル壁と
個人的には非常に落ち着く
どこか懐かしい匂いのする浴室が完成。

それからは、
一日のうちで一番の楽しみと言うのが
この風呂場で過ごす時間と言うことになった。

浴室には小さいけれども外気に面した窓があって
浴槽のお湯に浸かりながら見上げると
その窓から空や雲やちょうど夜半には
東の空にに登る月も見える。

天井に付いている照明は消して
そこにキャンドルを何本も燈すとすごく雰囲気が出るので、
ダイソーで購入した柄の長い着火マンで
マーサスチュワートの大きなキャンドルに火をつける。

このでかいキャンドルは、
数年前にそれまで西友が展開していたブランドのマーサスチュワートが
例のインサイダー取引の影響で国内から撤退した時に
近所の西友スーパーで投売りされていたのをまとめ買いしたやつだ。

直径が8cm高さが25cmくらいあるかな。
白やアイボリーモスグリーンにクランベリー、
どの色にも香料が混ぜてあり火を燈すとすごくいい香りが漂う。
中でも自分はモスグリーンのフィグ(いちじく)が好きで
そればっかり使っていたので
今では最後の残り一本になってしまった。

このフィグって香り
欧米では芳香剤から香水までとても人気のある香りなんだけど、
なぜか日本国内ではいまひとつ馴染みの薄いような気がする。
ずっと以前にザ、ボディショップのアロマオイルで
このフィグってやつがあって、なんていい香りなんだろーと
夢中になり、それからことあるごとにこのフィグという香りを
探したんだけど、なかなか見つからないんだよね。

植物の青い香りとちょっと化粧品チックな独特の粉っぽさ、
花の香りとは違う少し変わった丸っこく甘い香りは
くちなしや薔薇の香りは何だか気恥ずかしいなぁと感じる
この自分にはまったくもってうってつけの香り。

だからさ、
しばらくはこのフィグの香りの香水なんかも随分探したよ。

おそらく小さなメーカや限定品なんかでは
いろいろと発売されているんだろうけど、
わりとはっきりとこのフィグ自体をメインとして使った香水は
自分の知ってる限りでは、
「マークジェイコブス・メン」と
エルメスの「地中海の庭」がかなりいちじくっぽい香りがするね。





どちらの香水もちょっと他にない変わった香りなので
その分うまく香らせるとすごくお洒落な感じになると思う。

逆にフィグという名前自体を香水に名付けた、
ジョーマローンの「ワイルドフィグ&カシス」や
ラルチザン・パフュームの「青いいちじく」なんかは
んんん?ちょっと想像したのとは違うかもって思った。

名前自体にいちじくって付いてる分
自分の鼻が「いちじくはどこだ?いちじくはどこだ?」って
一生懸命に探そうとするので
自ずと評価が厳しくなるのかなって感じ。

日本の香水メーカーで「武蔵野ワークス」っていうのがあって
ここは「沈丁花」と「金木犀」という
そのものずばりの香りの香水で有名なんだけども、
その二つの香水対しての香水マニアの評価のまぁ厳しいこと。

どちらの香水もほんといい香りだしよく出来てると思うんだけども、
名前がその花の香りということもあって、
皆さんがその植物そのままの香りを求めるんだよね。

花に顔を突っ込んだようなスーパーリアルな香りを求めるかと思えば、
秋晴れの下散歩の途中でふっと風になって香る花の香りを期待する人もいて
もうどうしたんだよってくらいに要求が高度で厳しいわけ。

それにこの状況をさらにややこしい状況にしている要因に
自分の記憶の中にある香りを求めるってこともあるのだと思う。

香りって面白くて、
たとえばずっと昔に付き合っていた相手の
髪の香りや服の匂いなんていうものは
何年たってもちゃんと憶えているもんだよね、
と言うよりも、実はもうその香りを確かめるすべがないので
記憶があいまいになった分許容範囲も広がって、
なんだかそれっぽい香りがすると
すぐにその印象深い自分の思い出にアクセスしやすくなるんだよ。
だから、
街中で人とすれ違いざまにふっと同じような香りが鼻をくすぐって
その頃の記憶が鮮明に蘇るなんてことあるもんね。

それに対してこの花の香りなどの普遍的な香りこそ
あまりにいつでももどこにでもある分、
この花の香りはこれだ!とも言うべきイメージが新鮮で、
その自分のイメージとほんの少しでも違っているだけで
許容できないような思いになってしまうのかなと感じるね。

だからね、花の香りの名前の付いた香水は
ものすごく難しいのだということ。

これがバストイレタリー商品になると話が違って、
入浴剤ひとつにしてもさくらや蜜柑など
植物そのままのネーミングってのがあるんだけど、
それが実際の香りとはかなり違っているものだよね。

バスクリンとかバブの香りって
実際の植物の香りとは違うもん。

でもそれに対してユーザーがあまり文句を言わないのは
おそらく「それっぽい」というような
ある意味曖昧な余地のある香りというものが
日常の使用においては都合が良いということなのだと思う。

香水のように非常に芸術的な香りは
幾重にも香りの成分が重なっていて
それが複雑で奥行きのある香りを作っているのだけども、
そんなあまりにアーティスティックな香りが
自分の浸かった湯船から立ち登っていたら
それは驚きはするだろうけど
逆にゆったりとリラックスは出来そうにないもんね。

あくまでも、
「それっぽい」アッサリとした香りでいいんだよ。

時間が経つにつれて香りが移り変わったりしたら
それは逆に迷惑、みたいな(笑)

オレンジの香りのする入浴剤を買ってきたんだから
これはもう始めから終わりまで
新鮮でおいしそうなオレンジの香りがしてくれればいいんだよね
それ以上の小細工は要らないわけで。

じゃあさあ、
そのオレンジや花の香りそのものを取り入れてみたらいいじゃん、
ってことになり、

だからそう言う様に考えていくと、
やはり天然の植物芳香成分である
エッセンシャルオイル「精油」とかいいんじゃね、
と言うことになる。
香り自体はどれも当たり前だけれどもシングルノートで
途中から他の香りになんか変化しないし、
おまけにその精油の持つ様々な薬効成分も期待できるしさ。

例えば「ラベンダー」。
これの名称自体がなんでも「洗う」という意味の
ラテン語に由来するそうで、
確かに非常に爽やかで清潔感のある植物の香りは
湯船に数滴落とすだけでそれはもう極上の入浴剤となるよね。

この精油自体にも保湿効果があるんだけど
やはり冬場にはそれだけではちと心許ない感じがするので
そこへオイルを小さじ半分ほど投入。
オイルは何でもいいんだけど自分はマカダミアナッツのオイルが好み。
テクスチャーもさらっとしてるし
ナッツ独特の香りがして、
自分なんかはこの香りを湯船で嗅ぐと、
「あ〜、今年も冬が来たんだなぁ・・・」って思う。

よく温まったら湯船からザブンとあがり
そのまま軽くタオルで身体を拭くだけで
薄いオイルの膜が皮膚をほどよく覆って
あとは何にも必要なしだからね。

でも、そうやって自然派!自然派!とばかりに
あまりにこだわりを持ち過ぎてしまうと、
これは逆に非常に不自然で窮屈な思想に成りかねないわけでさ、
だから、時にはさ、
ぐっとカジュアルに先ほどの人工香料をたっぷり使った
スーパーで売っている「入浴剤」を使うのも十分ありなわけで。

十分ありって言うか、
そのような入浴剤でないと味わうことの出来ない楽しさってあるよね。

例えば、
バスロマンBihadaシリーズのプレシャス・ホワイト(旧)

これ最近リニューアルされて香りが変わってしまったんだけども、
この旧バージョンは何と言っても、「くちなし」つまり
ガーデニアの香のするお湯だったんだよね。
真っ白な湯船からむせるようなくちなしの香りと、
おそらく成分に高分子ゲルが入ってんだろうね
お湯に少しだけとろみが付くんだよ。

この風呂は女の子が喜びそうだよなぁと思いながら、
それでも毎回オトコ独りだったり、オトコ二人だったりと
どちらの状況でもかなり楽しめました。

風呂場の電気を消すんだよ、
そして窓からの薄明かりの中でもって
くちなしの香りのする湯に浸かるなんてさ、
なんかすごく官能的でいいじゃん。

ただ、この製品の本来の効能である「美肌」については
正直あんまり実感は無いと思う。
これはあくまでその香りを楽しむためのお遊び、お遊び、ってことで。



例えば、
ツムラライフサイエンスの「きき湯」シリーズ





自分はこのシリーズの中では
グリーンの「きき湯・マグネシウム炭酸湯」が好きだなぁ。
カボスの香りって書いてあるけども、
実際はそれとはちょっと違う感じ、
でもその爽やかな青い柑橘の香りがすごくいい。

湯上り後も身体の冷えるのが明らかに遅くなるしね、
身体が膜で覆われた感じで熱を逃がさない。

自分は筋トレをした日の夜にはこの風呂に入るのがお気に入りで
疲労した筋肉がよく暖められて気持ち良い。
これを湯船に入れると一気に薬剤が発泡して
まるでソーダ水の風呂みたいになるのがいいよねー。

実は、世間ではこのきき湯シリーズの中では
オレンジの食塩炭酸湯がよく温まると圧倒的な人気なんだって。
いや、そーでしょ、そーでしょうよ、塩だもんね。
塩ってひとつかみいれるだけでほんと身体が温まるからね。

しかし、この自分がどうしても敬遠してしまうのがその「香り」。

パッケージには「気分やすらぐ潮騒の香り」って書いてあるんだけど、
ん〜・・・確かに海のようなマリン系の香りはするけども
どこか遠くにトニック臭というか床屋の整髪料の匂いが混じっていて、
それだから自分的にはこのオレンジは「親父(オヤジ)の海」って感じかな。

この香りが気になってあんまりリラックスできないものだから、
安売りでどんなにお得になっていてもこのオレンジは買わない。




そして、真打。
先ほどと同じツムラの「バスハーブ」。

実はバスクリンやきき湯などの入浴剤は、
ツムラライフサイエンスっていう
ほんとはちょっと別の会社から発売になっているんだけども、
このバスハーブだけは、
漢方薬で有名な津村順天堂直系の株式会社「ツムラ」の
取り扱いになっている唯一のバス製品なんだよね。

ずっと以前、巷で「薬湯」の銭湯がまだ珍しい時分にさ、
その評判の薬湯に行ってきたよ、と、
友人からのインプレを聞いたことがあるんだけど。

なんでも、その薬湯は身体の悪いところへ浸透するので
その部分に薬が沁みてちょっと痛いんだそうで。

で、その友人がまったりと湯に使っていると
薬の刺激で次第に痛くなってきたのは「先っちょ」。

しばらくは我慢していたみたいだけど
段々とその痛さは増してきて堪らずにに湯から出る友人。

「・・・俺の身体の悪いところって、
 もしかして、アソコかよ・・・」

と非常に不安になってしまったその友人は
番台の親父にその状態を訴えたんだそう。

「あ、敏感な人はちんこ痛くなるよ」って、
こともなげに言い放つ親父だったそうで。

だから、お前も今度一緒に是非その銭湯へ行こう!
って誘われたんだけども、
嫌だし、そんなチ○コが痛くなる銭湯なんて。と、
頑なに誘いを断ったんだけどさ。

なぜかね、そんな事を思い出すバスハーブ。





何もさ、このバスハーブ自体がそうやって
身体に沁みて痛いとかでは全然ないんだよ。

でも、この入浴剤はさすがに漢方のツムラが出しているだけあって、
生薬成分が濃厚に配合されていて、
風呂に入れるとまるで漢方薬に浸かってるみたいな香りなんだよ。

それにこう湯の温かさが身体の中に浸透してくる感じが本当にして、
寒い冬にはマジ手放せない一品だもんね。
とにかく何も入れない湯に比べて
身体の温まり方のスピードがむちゃくちゃ速い。
あまりに早くて自分、湯あたりで気分悪くなったことが
何度あったことか!(笑)

とにかくそれほどに生薬は効くよね、ってことなんだけど。

ただその分、おばあちゃんの漢方薬の香りなので
ロマンチックなものとはほど遠いわけで、
だから、うちの風呂場にはいろんな入浴剤のボトルが並んでいて
いろんな状況にも対応できる準備はできているわけですよ。

そう、いろんな状況にね(笑)


入浴剤のソムリエとかあったら
自分はもっと勉強して是非にその資格をものにしてみたいなぁ
などと思う今日この頃、

寒い冬の夜になればなるほど
このいい香りのする風呂が恋しくなるわけですよ。

是非、どなたか、今度、ご一緒にどうですか?


・・・(笑)
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