職場ではとても能天気で悩みひとつなさそうで幸せそうに見えるらしい私。
衣食住、収入、コミュニケーション、欲を言わなければ全て揃っている。
雨風凌げる住む場所があり、高価ではないが季節を味わうささやかな食があり、
寒さから身を守る衣類があり、日々生きて生活していけるだけの収入があり、
挨拶を交わしお互いを思いやることの出来る隣人がいる、
見る基準をそこに於けば十分幸せだろう。
それを基準に見たら世の中の人は殆どが幸せなはずだ。
なのに、明らかに私以上に贅沢な環境と財産があり、
贅沢なものに囲まれているはずの人達が、私を幸せだと言い、
何らかの不幸を感じている。
そう、『欲を言わなければ』このキーワード、これが重要。
何を基準に、どのレベルを基準にするかで、人の中に不満と不幸が生まれる。
常に自分の意識を高め上を目指す事は必要だけれど、
自分が選択したレベルでの不幸を他と比べるのはおかしい話だ。
そういう人たちに限って、生活に不満を並べ、世の中がつまらないといい、
悲劇のヒロインのように不幸を口走る。
受け取り方によっては、ただの嫌みか優越感に他ならない。
そもそも、その不幸は自分が選んだ不幸なのだから、
為るも為らぬも自分次第でしょう。
「私にだって、それなりに悩みはありますよ。」そう返したら、
「あら、そうなの?」と不思議な顔をされた。
そういう人に別の基準を伝えたところで、物質面的な見方しか出来ない人には、
説明するのも理解を求めるのも無理な話。
そういう人に限って自分が一番不幸で、人には「贅沢な悩みだ」という。
人に対してではなく、自分自身に対して「贅沢な悩みだ」と言わなければ。
そうして強くなっていかなければ、と、自分に言い聞かせる。
でも難しくて、しょっちゅう酸欠金魚みたいになるんだけどね。
ぷしゅ~って気力が抜けるし、人生の歩みにふらつく…。
そんな私を職場の人たちは知らない。
そして、絵やブログで悪いものを振りまく(笑)
来訪者や読者がトバッチリをくらう。…すみません。
悪いもののトバッチリにお付き合い頂きありがとうございます。
今後とも懲りずによろしくです。