新潮文庫
2011年6月 発行
解説・長山靖生
437頁
明治~大正~昭和を生きた天才建築家・笠井泉二をめぐる物語
明治14年、洗濯屋の次男として生まれ、東京帝国大学の建築科に学んだ人物で、幼い頃から絵画に抜きん出た才能を示し、大学を卒業してからは一流企業で建築家として活躍する
天才にはよくあることで、泉二も風変わりなところがあり、多くを語らず自分の世界に閉じこもりがちだったが、一人の女性との出会いと別れの後には、会社を退職、周囲の人間を遠ざけた暮らしをしていた
そんな彼を再び表舞台に引きずり出したのは大学で同級だった矢向で、彼は泉二の能力を高く評価していたのだった
泉二の設計した建物にまつわる物語が3編
生きている者と死んだ者が一緒に暮らせる建物を作って欲しいと願う老子爵夫人
永久に住めるという家で行方不明になった探偵作家
小学生だったとき泉二の家の近所で暮らしており、デッサンしてもらった絵を長い間大切に持っていた女性
大学時代の逸話
天才に接したことで自らの能力に限界を感じ自殺した同級生の思いを受け止めた泉二が設計した邸宅
幼い頃の逸話
偶然中に入りこんでしまった鹿鳴館を描いた泉二の絵画が展覧会に飾られたことが、副館長を悩ませることになる
結婚と死別
泉二の結婚と妻の死、笠井泉二とは一体全体いかなる人物であったのか、妻の死とその後の泉二の変化が説明される
明治~昭和初期の洋館建設ラッシュの時代
天才の設計技術だけでは説明がつかない、設計を依頼する人物たちの精神世界、死の世界までを取り込んだ建物を創り上げることが出来る泉二その人はこの世の人ではないのかもしれません
その建物は半分は地上に、半分はどこか別の世界に建っているのかもしれません
完成した建物に入って、依頼者が心の平安を得るところなどはミステリアスでファンタジック
天才を受け入れ、常に見守る同級生がいる反面、世の常で天才の能力に嫉妬し非難し、財力で無理やり名声を勝ち取ろうとする同級生もいます
俗っぽい彼らと泉二を対比させながら、彼らが生きた時代の日本人の心性を描いているのも面白く読みました
ラスト
泉二は満州に渡り新京のずっとさきのほうで町をひとつつくっているらしい、ということになっています
新京のずっとさき、きっとその町では人は心安らかに暮らしていたことでしょう
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