新潮文庫
1982年11月 発行
2011年11月 44刷
解説・倉本聡
219頁
熊を扱う小説といえば思い出すのは熊谷達也さんのマタギシリーズです
熊谷さんの描く熊は眼前に熊がいるかのような迫力があります
本作の羆は、ラスト近くで猟師に撃たれる場面以外は、読者の眼前にはほとんど姿を現しませんが、山を駆け上るときに起こる風、人家に入り込み襲った人間を食べている「音」、眼前には見えない羆に対する村人の恐怖心など吉村さんの抑えた筆致だからこそ伝わってくる生々しさに自分が現場にいるようで恐ろしさに寒気を感じるほどでした
大正4年12月、北海道の天塩山麓の開拓村で実際に起こった、わずか2日間に6人の男女を殺害という日本獣害史上最大の惨事を題材にしたドキュメンタリー長編
厳しいながらも軌道に乗り始めた開拓村の暮らし
11月下旬のある日、秋に収穫し軒下に吊るされていたトウキビが夜中のうちに食い散らされていた
家人は羆の所業にちがいないとは思ったのだが、トウキビを食い散らかしただけで山に戻った羆に身の危険を感じることはなかった
念のため、猟銃を持った老人に現場を見てもらい、羆が再び現れたら射殺してもらうつもりだったが数日たっても羆は現れず老人は立ち去る
しかし、その直後悲劇が起こった
一家の主人の不在時、羆に襲われた身重の妻と幼い息子
一度、人間の味をしめた羆は再び人を襲うという
それも、最初に襲った女性を狙うらしい
老練な猟師に撃ち殺された羆の肉を村人たちは鍋にして食べます
アイヌの宗教的な儀式の一つですが、人を襲った羆の肉を食べることが仏の供養にもなる、という考えのようです
羆の胃の中には消化されていない人の髪や衣服の切れ端があった、とあります
徹底的に羆を描き切ったと同時に、当時の開拓民の暮らしと大自然との共存の難しさを描いた作品でした
いや全く、そこいらの安直なホラー小説より『恐怖』がいっぱいでした
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