杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

プランクトンの未知なる世界

2014-09-12 08:05:59 | 環境問題

 1週間経ってのご報告ですが、9月4日(木)、上野の国立科学博物館日本館講堂で開かれた【生き物文化誌学会シンポジウム~プランクトンの未知なる世界】を聴講しました。パネリストはNHKスペシャルの“ダイオウイカ”ハンターとしても知られる科博のコレクションディレクター窪寺恒己氏、水中写真家の中村宏治氏、作家の荒俣宏氏、北海道大学特任教授の福地光男氏。門外漢の自分には、このメンツの凄さがすぐにはピンと来なかったのですが、お話をじっくりうかがって、百科事典をまるごと読破したような知の充実感にしみじみ浸りました。

 

 プランクトンって海の中を浮遊する微生物、程度の認識しかなく、このシンポジウムを受講したのも、地酒ライターとして“微生物”というキーワードに引っかかっただけだったんです(苦笑)が、窪寺氏がまずプランクトンのイロハを解説してくれました。

 

 

 人間の肉眼では直接見ることはできない数μmのものから、貝やクラゲやイカやタコの赤ちゃんになるものまで多種多様のプランクトン。大きく、植物プランクトンと動物プランクトンに分けられます。植物プランクトンは文字通り植物なので、太陽光をエネルギーにして光合成を経て有機物を生み出す「生産者」。対して、動物プランクトンは、植物プランクトン・他の動物プランクトン・動植物の死骸や排泄物などを餌にする「消費者」なんですね。

 

 島国の日本は豊かな海や河川や湖沼を持っています。水中には有機物を蓄えた植物プランクトンがいて、これを食べる動物プランクトンがいて、動物プランクトンを食べる魚類、髭鯨類がいて、これをまた餌にする大型の魚類、頭足類、海鳥類、鰭脚類、歯鯨類が、食うか食われるかの争いを繰り返しながら連鎖する。窪寺氏はプランクトンを「海洋においては、食う―食われるの第一歩となる基礎生産を支える重要な生き物」と定義します。ダイオウイカのハンターが定義する基礎生産の第一歩・・・すごく説得力を感じました。

 

 

 中村氏は、高性能デジタルカメラを駆使し、ミクロの浮遊生物を見事に可視化してくれました。今回披露された写真の主な撮影地は、山口県長門市・日本海に面した青海島(おうみじま)。なんでも水面近くの中層域で、3cm四方でスキャニングしながら異物を見つけてはライトをあてて、ファインダーの中に招き入れて何百枚も撮るという根気の要る撮影だったとか。それでも「毎週、新種を10数種と発見する。40数年の水中撮影体験でこんな経験は初めて」「新しい海の入口を見つけた気分」とワクワクしたそうです。中村氏ほどの著名な水中写真家が、はるか遠くの外洋ではなく、日本のお膝元を「新しい海の入口」と定義されたことに新鮮な感動を覚えました。

 

 

 

 肉眼では塵か埃にしか思えないプランクトンも、こうして見ると、まさに絵に描いたような美しさ。プログラム表紙の上に掲載された中村氏撮影のエビに似た端脚類のプランクトンは、映画【エイリアン】のモデルになったそうです。

 荒俣氏はプランクトンの姿かたちが文化芸術に影響を与えた具体例を解説してくれました。19世紀末に初めてプランクトン研究を手掛けた博物学者のエルンスト・ヘッケルは、「エコロジー」という概念の生みの親でもありますが、彼が放散虫類(大きさ1mmほどの単細胞生物)をデッサンした図鑑「自然の美的造形」は当時の造形デザイナーに多大な影響を与え、建築デザイナーのルネ・ピネは1900年開催のパリ万博の正門デザインを放散虫のカタチにしたんだそうです。また宝石のデザインにも数多く取り入れられ、実際にヘッケルのスケッチを3D化したグラスフラワーも制作されました。荒俣氏はスイスのジュネーブ自然史博物館で常設展示されたグラスフラワーに出合い、大いに感激されたそうです。

 

 「見るテクニックが発達すれば、海の生物への理解は進む」と窪寺氏も力を込めます。確かにダイオウイカがあんなビジュアルだったなんて、映像でハッキリ観たおかげでダイオウイカという生物の輪郭が理解できましたよね。荒俣氏は「“巨大”の次は、“微小”の時代が来る」と明言し、「重力やエネルギー問題がほとんどなくなるナノ・スケールの微小世界では、生物は奇想天外なカタチや色を、ほとんど自由にとることができる。自然の真の造形美は、微小生物の細部にこそ宿る」と説きます。

 

 北大特任教授で南極観測隊隊員でもあった福地光男氏が加わってのパネルディスカッションでは、荒俣氏の「タローとジローはオキアミ(動物プランクトン)を食べて生きながらえたのでは?」との質問に、「昭和基地に残していくとき、餌はたくさん置いていったが、いっさい手をつけていなかった。後に、アザラシの脱糞を食べていたことが判った。昭和基地周辺の食物連鎖に2頭だけがうまくマッチしたのでは」と福地氏。プランクトンのおかげで生き残ったのであれば“新たな伝説”が生まれたかもしれません(笑)。

 

 

 自ら水中撮影に挑んだ経験があるという荒俣氏は「ほとんどのプランクトンは透明で、しかも宇宙生物のような姿をしていた。得体の知れない霊体のようだった。陸上でも透明体(=霊体)が存在するんじゃないか」と、らしい?発言で聴衆を沸かせました。透明ということは光を反射せず発光もせず、電磁波を吸収することもない。体の構造は実にシンプルな、究極の水晶ともいうべきものです。ヘッケルが活躍した19世紀末のドイツでは、すでに透明水晶(液晶)の研究が始まっていて、ヘッケルはのちに鉱物学者となってクリスタルの研究にも没頭したそうです。

 

 

 個人的に「おおっ!」と思ったのは、荒俣氏お気に入りのプランクトン「ノープリウス」は目が単眼で、モノのかたちや色は識別できないそうですが、やがてかれらは二つ目になり、脳機能が加わって、「ホウネンエビ」になるんだとか。藤枝の松下明弘さんの田んぼで毎年お目にかかるホウネンエビが、進化系プランクトンの代表選手だなんて、言われてみればそうか・・・とナットクですが、今回のシンポジウムでその名が登場するとはビックリでした。

 

 

 

 荒俣氏がプログラム要旨に書かれた一説が、プランクトンの見方を指南してくれます。

「植物プランクトンのうち藍藻類のような生物が、ある日海の中へわずかに届きだした太陽光をエネルギーとして、光合成を開始したことから、地球の運命は変わる。自力で栄養を生産し、分裂、増殖する中で、酸素と水を産みだし、地球の環境を激変させる。酸素は海中の鉄分を結合させて固体に変え、酸素呼吸をすることで運動することもできるような「動物」も生みだした。いまの地球環境は、藻類が創った。そうした極小浮遊生物の「位相」をたとえて言うならば、「地球原初の生物が経験した世界」の生き残り、ということかもしれない」

 

 21世紀は「微小」に光があたる時代・・・になるのかな。

 


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