あぁ、湘南の夜は更けて

腱鞘炎やら靭帯断裂やら鎖骨骨折やら…忙しいッス。
自転車通勤往復100kmは、そんなこんなで自粛してました。

『聖なる地・ヴァラナシ (2)』 印度旅行記-その14

2005年01月03日 | 印度旅行記
インドの心臓、ヴァラナシのガンジス河。

河に没っしていく石段の上に腰を掛けていると、
対岸の何もない地平線から朝陽が昇ってきた。
ガンジスの東岸は不浄の地とされ誰も住まない。
空は真っ赤になり、振り返るとこの干し煉瓦造りの街並みも紅く染まっていた。
強烈過ぎる夜明けだった。
スピーカのマントラ(真言)は一層がなりたてる。
人々が石段に降り、ガンジスに身を清める。両手で水を掬い、
目の高さまで上げ、掌から流れ落ちる水を飲む。
まるで祈っているようだった。多分祈りながら飲んでいるのだろう。
ある者は故郷に待つ家族に持ち帰るための聖水を真鍮の器に汲む。
ある者は座禅を組んで小さく真言を唱える。
ある者は小さな祠に向かって一心不乱に祈る。
河の中ほどに舟を出す者。
相も変わらずインド的商売をする者。
ここには一つの宇宙(コスモス)がある。3000年変わることなく続いてきた。

太陽がすっかり地平線から姿を現した。
その時、僕の中にスッと入ってきたものがあった。

何かが廻っている、その音が聞こえた。きっと宗教的な音。
輪廻転生をも直感が受け入れたのだ。
全てのものは「廻ッテイル」。
銀河系、太陽系、地球、地球の周りの月、原子核の周りの電子…。
食物連鎖や大気の循環…。
血液。歴史。みんな廻っている。
だから僕の生も廻っているんだろうって、
何の脈絡もないけど、その時思ったのはそんなことだった。
理屈じゃない。そして、それについては一切の懐疑もなかった。

マントラ(真言)が流れ、敬虔な人々の祈りに満ちているこのヴァラナシで、
大きな真っ赤な太陽を見た僕は気が変になっていたのかも知れない。
ただ、良かった。

世界は良かった。

何かが廻っている音、
それは僕の知らぬところで廻り続ける大法輪の音だったのかも知れない。
宇宙のバランスを理解した(ような気がする)。
僕の心の中でその音を聞いたことで、
僕の中にも宇宙があることを理解した(ような気がする)。
僕の小さな杞憂もすべて、宇宙の大きなバランスなんだって思えた。
ヒンドゥ教を理解した。この思い宗教はこの大地で生まれたのだ。


朝陽がすっかり昇り空気が白くなった頃、やっと僕は立ち上がった。
ガート沿いのバザール(市場)にある安食堂でカリーを食った。
それから僕は下流へ向かって歩いた。
300mほど行ったところがマニカルニカガートだ。

マニカルニカ、

このガートは沐浴場ではない。ヒンドゥ教徒の火葬場なのだ。
白い煙が上がっていた。
井桁に組んだ薪の上で死体が燃えていた。
その横には順番を待つ死体が白い布に包まれていた。
ヒンドゥ教徒は事故死以外は焼かれ、灰はガンジスに流される。
このマニカルニカは最高の火葬場。
灰は流され、巡り巡って次の生へ…。運がよければ次の生から開放される。
衝撃的だった。
人間の死体を、その焼かれる様をこんな形で見ることに準備がなかった。
しんどかった。

死体が炎の中で原型を失いつつある頃、
焼き場の男が長い棒で、頭骨だろうか、かたまりを叩き割る。
焼け方を均すためだろう。
時々火をいじり、具合を変える。
約1時間、煙が燻りはじめると、そこには薪の燃えた炭と灰だけが残った。
その灰がほうきで河に流され、水煙が上がる。

それで終わりだった。

彼はどこへ行ってしまったのだろう。
生きて生活をしていた男は焼かれ、そのほとんどが大気やガスになり、
残ったものはガンジスの流れの中にジュッという音と共に消えた。
本当に後には何も残らなかった。
彼らには墓はない。どこへ行ってしまったのだろうか。強烈だった。

だけど、考えてみると、それは良いことだと思えた。
素敵なことだと思えた。
死体は焼かれ物になってしまった。そして一層“自由”になった。
四角い地面に埋められ、いつまでも花や物を供えられ縛られている、
それよりもいいかなぁ、なんて思った。
自分の死ではないが「死」をこんなに身近に考える機会を、僕は良いことだと思った。
死ねば死んだ者にとって、体面も金も地位も残されたものの悲しみも、
何の関係もないということが、言葉や想像ではなく理解できた。
何もなくなってしまった焼き場を見ることで、彼の死を通して理解できた。

ヴァラナシは衝撃的な街だった。
ここには何でもあるのだ。
ここには無数の啓示があるのだ。


僕はこの街に長く留まろうと思った。
その日の夕方、僕は宿の屋上に上がり、
世界各国の旅行者と一緒にヴァラナシの街に沈む夕陽を見た。
街は再び真っ赤に染まっていた。
輪廻転生と死ぬことと…。
素晴らしく啓示に満ちた1日が終わった。
(wrote in 1990)

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