天命を知る齢に成りながらその命を果たせなかった男の人生懺悔録

人生のターミナルに近づきながら、己の信念を貫けなかった弱い男が、その生き様を回想し懺悔告白します

”手を出した”を反省中の独善的応援教義信奉する親衛隊首魁に、深い反省と陳謝が見て判るよう明確な行動を

2012-06-01 20:48:41 | 日記
今日の日記は、ストリップ客専門の某ネット掲示板に、独善的な応援教義を信奉する親衛隊首魁が自身スレッドに投稿した書き込みのことです。
以下に、その書き込みを掲示板から引用・掲載します。
『2012/05/30 20:18[か●みん]私が書くときは名乗ります。手を出したのは反省しています。この件について私からは以上です。友人らからは忠告もいただきました。感謝しています。今後も何かご意見があれば劇場でもここでもいいので伝えてください。ここだとお返事しないと思いますが、心に留めておきます。』
首魁が、”今後も何かご意見があれば、劇場でもここでもいいので、伝えてください”と掲示板で言っていることは、この暴力事件後も、何事もなく今まで通りに、劇場通いを続行するつもりで、また、現に首魁はそうしているみたいです。
彼との深き因縁のあるストリップ劇場から放逐された私は、劇場や掲示板では彼に意見を伝えることが出来ないので、自らの日記ブログで、自身の思いを率直に述べます。
親衛隊首魁は、自身スレッドで自己が匿名で投稿しているとの疑惑に対して、”私が書くときは名乗ります”と回答して、その疑惑を強く否定しています。そして、首魁は、劇場で暴力事件を引き起こした事(私注:彼の言葉によると”手を出した”)を、自ら素直に認めてもいます。けれども、当事者の首魁は、”反省しています”と、ただ一言のうわべだけの弁解で済ませてしまっています。
また、彼に言わせると、自分の起こした暴力行動は、友人らからの『強い叱責』ではなく、”忠告”をいただいたとの感謝の念を抱かせるものと、あえて善意に考えています。
でも、自身ブログに名乗って自ら投稿する気があるならば、その暴力事件の経緯を詳細に報告するべきです。その報告が、虚偽や間違い・勘違いであって、その掲示板で目撃者から強く批判を受けることになっても、首魁は事実を公開するべきでした。
また、首魁から、”手を出した”被害者の方には、何も陳謝の言葉がありません。だから、この投稿を読んだスト客から、『自分は渋谷の英雄だ位で思ってそうだな。ただの暴力男で、社会人としては最低な行いをしておいてな。』と批判されるのです。
私も、この投稿したスト客と全く同じ意見です。首魁の投稿には、心から反省した態度が伺えません。やはり、独善的な応援教義を信奉する親衛隊のリーダーを勤める腐った性根だけは、逆に言えば、とても立派なものです。
でも、今からでも遅くないですから、この暴力事件を起こした応援隊首魁に、私は深い反省と陳謝の態度を、見て判るような明確な行動(具体的には、頭を丸めて坊主になり劇場通いを一定期間中止し自宅にて謹慎)で、劇場内外の皆さんに示してほしいです。
でも、首魁は、私のこの意見を、完全に抹殺することでしょう。自浄能力のないこの劇場社会に、私は今、まったく絶望しています。
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大往生の新藤兼人さんに”長い間映画界に御尽力されお疲れ様、天国で待つ乙羽信子さんと映画談義楽しんで”

2012-05-30 21:15:17 | 日記
今日の日記は、昨日100歳で逝去された映画監督・脚本家の新藤兼人さんのことです。以下に、その訃報を伝える産経ニュースの一部を引用・掲載します。
『<映画監督 新藤兼人さんが死去 100歳>日本映画界の現役最長老監督で、文化勲章受章者の新藤兼人氏(詳細は省略)が29日午前9時24分、老衰のため、東京都内の自宅で死去した。100歳。・・昭和25年、吉村監督、俳優の殿山泰司らとともに独立プロの先駆けとなる「近代映画協会」を設立。翌年、乙羽信子主演「愛妻物語」で監督デビュー。「縮図」「第五福竜丸」など社会性の強い作品を発表した。35年、瀬戸内海の小島で暮らす貧しい一家を題材に、小人数スタッフでロケ撮影した無言劇「裸の島」がモスクワ映画祭グランプリを獲得。以降「人間」「鬼婆」「裸の十九歳」「竹山ひとり旅」「ある映画監督の生涯・溝口健二の記録」などの秀作を送り出した。80歳を超えても創作意欲は衰えず、平成7年には新藤作品のヒロインを務め続けた妻、乙羽の遺作「午後の遺言状」を発表、日本アカデミー賞最優秀作品賞などを受賞。昨年公開された「一枚のハガキ」は、第23回東京国際映画祭審査員特別賞、キネマ旬報ベストテン1位などに輝いた。昭和47年から日本シナリオ作家協会理事長を長く務めた。平成9年に文化功労者、14年に文化勲章受章。』
添付した写真は、そのネット掲載されたものです。「第54回ブルーリボン賞」東京・内幸町のイイノホール(撮影・春名中)【撮影日:2012年2月14日】の授賞式で監督賞を受賞し悠然とした姿の在りし日の新藤兼人監督です。
私は、新藤さんの監督作品を、申し訳ないですが、今まであまり鑑賞したことがなかったです。初期の作品「愛妻物語」だけ、昔、NHKでテレビ放映(記憶が定かではないが)した際、お茶の間鑑賞し感動した微かな思い出が、私に残っているだけです。やはり、メジャーでなく独立プロの近代映画協会の作品だったから、私には疎遠になって見る機会を多く失した為でした。
しかし、脚本家として映画製作に携わって作品は、今でも私は良く覚えています。その作品は、1972年製作『軍旗はためく下に』(原作:結城昌治 監督:深作欣二)と1978年製作『事件』(原作:大岡昇平 監督:野村芳太郎)の二本です。
二本とも戦後の映画界を代表する監督の名作で、その原作も有名作家のものでした。私はその名作を映画鑑賞する前に、その原作を既に読んでおり、その内容をよく知っていました。そして、その原作の持ち味を生かす新藤さんの脚本に、その当時、私がとても感服した思い出を今でもよく覚えています。
だから、この内の一本の『事件』の脚本で、新藤さんは、始まったばかりの日本アカデミー賞の最優秀脚本賞を受賞しています。
産経ネットニュースで、『昭和47年(1972年)から日本シナリオ作家協会理事長を長く務めた。』 と紹介したこの時期は、新藤さんが脚本家としても最も充実していて、日本映画界に大いなる功績があったのです。
その脚本家の功績を、産経ネットニュ−スでは、何も触れていません。だから、私はこの映画監督の業績だけを多く紹介したネット報道を読んで、少し残念な気持ちになりました。
でも、大往生した新藤兼人さんに、”長い間、日本映画界の発展に御尽力されて、お疲れ様でした。これからは、天国で待っている乙羽信子さんと昔の映画談義を楽しんで下さい。”と労いの言葉を、私は衷心より差し上げたたいです。
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10月劇場公開の辻村深月著2010年新潮社刊『ツナグ』を直木賞候補にしなかった文藝春秋に選考の猛省を

2012-05-27 09:15:19 | 日記
今日の日記は、今読んでいる10月より劇場公開される映画の原作小説の辻村深月著『ツナグ』(2010年・新潮社刊)のことです。添付した写真は、その著書の表紙です。
私は、昨日の日記で”芥川賞受賞作・田中慎弥著「共喰い」は絶対に映画化はされない”と書きました。その一方で、直木賞候補にもならず(注:2011年第32回吉川英治文学新人賞は受賞)、今年10月6日より全国東宝系にて劇場公開される辻村深月氏(1980年生まれで、学部は違うが私と同じ大学卒)著『ツナグ』を思い出して、今興味深く自宅で読んでいます。
辻村深月氏は、2010年・講談社刊『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』2011年・集英社刊『オーダーメイド殺人クラブ』で、2回ほど直木賞候補になっている若手人気実力派の女流作家です。私はその作品群の中で、私は初めてこの著書『ツナグ』を読みました。
この著書は、出版された新潮社のネット著書紹介によると、
『もしOKしてくれたら、絶望的な孤独から私を救ってくれた「あの人」に、ただ一言、お礼が言いたいんです――。たった一人と一度だけ、死者と生者を再会させてくれる人がいるらしい・・。大切な人を失った後悔を抱えながら、どう生きればいいのか。誰もが直面する苦悩に真っ正面から挑んだ、著者渾身の連作長篇ミステリ!』
とあります。その紹介文に違わず、とても着想力や構成力に富んだ良質の作品でした。特に、失踪した婚約者と再会した男性が「大切な物入れ」を発見するエピソードに、私は読んでいて、不覚にも落涙しました。だからこそ、出版されて間もない本著が、読み手に深い感動を与えて、即映画化されたのだと、私は今思っています。
そして、本著が出版されたその前後の辻村深月氏作品が、直木賞候補になっているにも関わらず、本著(吉川英治文学新人賞受賞作:講談社が後援する賞)が直木賞候補作に選ばれなかったこととに、私は今、主催している日本文学振興会(注:実質は出版社の文藝春秋社が管理)に、とても強い不信感を抱いています。
何故、直木賞候補作にもならなかったのか?これには、出版されたのが新潮社であったからと、私見ながら私は強く推測しています。芥川賞と直木賞を実質主催している文藝春秋社に対抗する為、1988年に創設された山本周五郎賞(注:純文学は三島由紀夫賞)を新潮社が後援している事実が深く影響していると思っているからです。
だから、この新潮社が出版した作品『ツナグ』は、直木賞候補作(注:辻村深月氏の他候補2作は、他社出版)にもならなかったと、私は推測しています。
そして今、私は、芥川賞と直木賞を実質主催している文藝春秋社に、その候補作選別に関して、不明瞭な選別過程に、深く猛省をしてほしいと思っています。
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「文藝春秋」三月号田中慎弥著『共喰い』を鬱積した怒り具現せず生理的受忍出来ないとの宮本輝氏講評に共感

2012-05-26 19:48:41 | 日記
今日の日記は、今年の「文藝春秋」三月特別号で、受賞作・田中慎弥(注:前の日記で弥→”矢”と、私は間違って表示し、作者に大変失礼な事をしました)著『共喰い』を、”生理的に受けつけられない”と講評した宮本輝氏(1947年生まれ、1978年「螢川」で芥川賞を受賞した小説家)のことです。
その彼の講評の一部を、以下に引用・掲載します。
『田中慎弥さんの「共喰い」は一回目の投票で過半数を得て、票数だけならこの作品が受賞作と決まったようなものだった。小説の構成力、筆力は、候補作中随一であることは、私も認める。しかし、私はこの「共喰い」という小説を生理的に受けつけることができなかった。17歳の少年が、父と義母の性行為を盗み見る。自慰にひたりつづけ、一つ年上の女友だちとはただ性交のみ。田中さんは、そんな描写によって何を表現したかったのか。何物かへの鬱積した怒りのマグマの依って来る根をもっと具体的にしなければ、肝心なところから腰が引けていることになるのではないのか。そういう不満もあって、私ひとり、最後まで受賞に反対した。』
全く、正論の講評です。私は宮本輝氏の作品を、今までに読んだことはないです。でも、映画化された彼の作品の一部は、過去に見ています。彼の小説の持つ文学的魅力が、多くの作品が映画化された理由だと、私は思っています。だから、ある程度、私は宮本輝氏の作風は知っているつもりです。
その先輩の”川”を描いた叙情豊かな作風(注:私が見た映画で知っている)とは、全く正反対の田中氏の主人公少年が住む近くの、エゲツナイ”川”描写でした。だから、この「共喰い」は、今後、絶対に映画化はされないと私は思っています。
最近の芥川賞選考が、出版社の商売を考慮して「選考作なし」を避けて、無理やり多数決で、相応しくない駄作を選び出しているような傾向を、私は今強く憂慮しています。だから、私は最後まで反対した宮本輝氏に強く共感しました。
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「文藝春秋三月号」山田詠美氏は芥川賞受賞の田中慎矢著『共喰い』を生理用品の心配される筋合いはねえ!と

2012-05-23 20:55:33 | 日記
今日の日記は、第146回芥川賞受賞作・田中慎矢著『共喰い』のことです。
私は、昨日の日記で、読売新聞の『よみうり堂』での岡田温司氏の書評を批判しました。やはり、真摯な気持ちで正しく評価するのが、読む手に対する礼儀だと私は思ったから、厳しいことを言いました。ましてや、文芸作品の著名な賞を選別する選考委員の任務は重大です。
私は、その「芥川賞」の選考委員の一人、山田詠美氏(1959年生まれ、1987年「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」で直木賞を受賞した女流小説家:私は彼女の著作を未読)が、今年の「文藝春秋」三月特別号で、受賞作・田中慎矢著『共喰い』を辛辣に講評していたのを、今思い出して再読しています。添付した写真は、その著書の目次の一部です。以下に、この山田詠美氏の私が強く共感した講評を引用・掲載します。
『「共喰い」の作者の文章には、遠近法があると感心した。しかし、それは、世にも気の滅入る3D。それなのに、何故だろう。時折、乱暴になすり付けられたように見える、実は計算されたであろう色彩が点在して、グロテスクなエピソードを美しく詩的に反転させる。でも、息子のおまえになんぞ生理用品の心配をされる筋合いはねえ!(獄中のお母さんを代弁してみました)』
この最後の指摘”息子のおまえになんぞ生理用品の心配をされる筋合いはねえ!”は、この著書を読んだ人しか理解できないので、この『共喰い』のラストの文章を引用・掲載します。
『俺が継いじゃる、と言いたかった。擁護施設から高校へ通うことになった、という話をしたところで、決められた時間が来た。
「差し入れ、出来るみたいやけど、ほしいもん、ない?」
「なあんもない。」
生理用品は拘置所が出してくれるのだろう、と遠馬は思った。(了)』
私は、このページを読み終わってから、次のページをめくってしまいました。まだ、小説は続いていると思ったからです。でも、実際にはこれで”ジ・エンド”となりました。この(了)表示は掲載された雑誌にはなかったのですが、よく分かるように私の日記では、あえて記載しました。
そして、何て突飛な小説の終わり方?と、私はとても驚きました。詩的情景など微塵もないこの小説の終末です。山田詠美氏が”心配をされる筋合いはねえ!”と歎くわけが私にはよく分かります。
何故、こんな詩的な文章が欠如した一人よがり(彼は無職で仕事をしたことない人間)の私的小説が今年の芥川賞を受賞したのか?まったく理解できないです。そして、40歳にもなって、全く人生経験のない人間が描く世界に、私は何も共感するものがないです。
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