音次郎の夏炉冬扇

思ふこと考えること感じることを、徒然なるままに綴ります。

今でしょ!先生かく語りき

2014-01-26 08:28:25 | 本・雑誌
「いつやるの?今でしょ!」のフレーズで 2013年の顔となった、飛鳥涼似の予備校講師が活躍の場を広げています。受験界の中だけでいえば他にも著名な存在はいるのでしょうが、一般大衆への浸透度は 80年代に金ピカ先生として一世を風靡した佐藤忠志をも上回るかも。決め台詞以外に人気の秘密を考えてみましたが、日本人はなんだかんだ言って「先生」が好きで、育ちの良い「エリート」というのもポイントが高い。それにいつの世の大人も「若者のことがわからない」と感じているので、仕事柄トップ層の受験生を定点観測してきたのは強みでしょう。

東進ハイスクールの林修先生は、古くは松本清張、最近では内田樹、斎藤孝といった遅咲きの多筆家と同様、不遇(無名)時代に溜めこんだストックとエネルギーを爆発させているように見えます。競馬や野球への造詣だけに留まらず埋蔵量豊富なようで、当分は枯渇しない感じです。元々サービス精神旺盛、言葉の選択が確かで頭の回転と反射神経もテレビの世界から重宝される理由でしょう。

本書が出た時は「予備校講師の本で『受験必要論』というのは当たり前すぎて捻りがなさすぎるようなあ」と思ったのですが、その後、情熱大陸など幾つかの動画や対談番組を見て林修という人に興味を持ちました。そんな折、書店で長男の学参を物色中に前掲書を見つけ購入した次第。タイトルはストレートすぎて若干損していますが、優秀な編集者を聞き手に、教育改革論、来歴、予備校講師、現代文などのテーマを縦横に語っており、教育に関心のある人にとっては面白く読めるものになっています。あの声と喋り方が苦手な人も、テキストは冷静さと聡明さが前景に出るのでオススメです。

・受験勉強は「創造」と「解決」という2つの能力を高めるもの

・浪人はお勧めしない

・合格の挨拶に来る生徒はあまり好きではない

・教えすぎること、わかりやすく教えてしまうことのデメリットが大きい

・現代文に時間を使いすぎないようにというアドバイスを常々している

・友達は少なくていい

などなど、禿同というか非常に共感する内容が多いのですが、予備校講師・林修の誕生秘話ともいうべき、20年ほど前に東進ハイスクールの門を叩いた時のくだりが白眉です。

東大法学部を卒業後に入社した長銀を半年で退社。いくつかのビジネスに手を出すも悉く失敗し 1800万円もの借金を抱えた彼は、学生時代から得意だった「教える仕事」に活路を見出すことになります。塾講師として夕方~夜にかけての仕事には不自由しなかったものの、昼間の時間を埋めるのは浪人生を相手にするしかありません。それでアルバイト情報誌の『フロムエー』で見つけた東進ハイスクールの学習アドバイザーに応募し採用されます。朝から夕方までで1万6千円くらいになるので、悪くない条件でした。しかしここで、受験期が大浪人時代だったと思しきインタビュアのエディター氏が当然の疑問を先生にぶつけます。

「ところで、なぜ三大予備校じゃなかったんですか?」

教育関係で求職する者は、定番である「朝日新聞」日曜求人欄をチェックするのが常道ですが、バイト情報誌の『フロムエー』で当時マイナーだった東進とはこれ如何に? 

東進ハイスクールの勢いが圧倒的な今と違い、往時は予備校といえば駿台・代ゼミ・河合塾の時代。しかし林先生は、名古屋の私立中高一貫の東海高校から苦労せずに現役で東大の文1に合格した秀才でしたから、そもそも予備校というものに疎かったんですね。当時金ピカ先生が週1で講義に来ていたのですが「あの人っていつも恰好が派手だねえ」と云って、「えっ!金ピカ先生を知らないの?」と驚かれたという逸話を披露しています。

英語科の学習アドバイザー(河合塾におけるチューターのようなものか)の仕事で林青年は頭角を現します。浪人生へのホームルームやミニ授業の様子が責任者の目に留まり「授業やってみないか?」と声がかかるのですが、勿論そのまま講師に自動昇格するわけではなく、公開授業という関門が待っています。ここで彼は一計を案じます。英語よりも小中高通じて最も得意だった数学の方がベターではないかと。

変更の申し出が通った林先生は入念に公開授業の準備をします。そして授業が評価され講師採用を告げられた晩につらつら考えます。もともと数学に自信はあるものの、所詮は文系です。本職とした場合、大学院の数学科を出たような連中相手では分が悪いのではないか。それに塾や予備校の花形は英語と数学だから、この 2科目は人材が揃う激戦区。勝てる場所で勝負することをモットーにする彼は、東進のパンフを繰りながら大いに悩みます。そして「国語の現代文は数少ない空白区だ」と方向転換を決め、翌日に「現代文をやらせてください!」と訴えたのです。校舎長は当然ながら「なんじゃそりゃ(☆`Д´)」とばかりに怒ります。「お前が英語じゃなく数学でやらせろというからそうしたんじゃないか!」と。それでもめげない林先生は、数学よりも現代文の方がうまく出来ることを力説します。すると、校舎長は林先生に再び現代文で公開授業をする機会を与えたのです。

今度は前回よりもさらに入念に、後にも先にもあれだけ準備に時間をかけた授業はないというほど練り上げ、林先生は渾身のプレゼンに臨みました。モニターでじっと授業を見つめていた校舎長、自らも教壇に立ち講義をしていた経験を持つがゆえに「わかった」のでしょう。終わって降壇してきた林青年に向かって開口一番「林クン、現代文でいこう! 来年は何曜日が空いているんだい?」

この箇所は、就職や転職の活動をしている人だけでなく、採用関係の仕事に従事している方にも是非読んで欲しいと思うんです。なぜ私がここまでこのエピソードに感じ入ったかというと、受験する者と人材を獲得せんとする者双方の、良い意味でのしつこさです。

まず林先生の側から考えてみます。本人はそれまでに色々やらかしたとは云っていますが、年齢からしたら第二新卒みたいなもので、なんといっても東大法学部卒というブランドの持ち主です。まして教える仕事には生来のセンスがあるわけですから、職には困らないはず。たとえ5科目のどれを担当しても成功したでしょう。何も追い詰められていたわけじゃない。

唸らされるのは、予備校講師という仕事に格別な思い入れや愛着もないといいながら、それでも決して「舐めてない」ことです。猛烈に考え抜いているわけです。自信家だけど細心というか、考えることや準備することに手を抜かない。彼の学歴やポテンシャルからすれば、新興予備校講師がゴールと思えないんですが、それでも勝負どころでの真剣さが半端ない。仮に学習アドバイザーからの「英語」という流れに逆らったとしても、一旦評価された「数学」でとりあえず進んでいくと思うんですよ、普通は。でも本当にそれでいいのか?と悩み抜く。この粘っこさは非凡というしかない。結果的に、汎用度の低い「数学」では今日のマルチな活動は考え難く、キャリアを本格スタートする際のマーケティングは間違っていなかったことになります。

この南浦和校の責任者も粘っこくかつ柔軟です。何も大物を招聘して条件交渉しているわけじゃない。自分が見出してテストしている若手の一人にすぎない林青年に向き合い、チャンスを与えることを厭いません。早いところ来年の時間割も作りたいだろうし「まあ数学でいいじゃないか」となりがちです。でも、相手のこだわりに対して面倒くさがらずに根気強く付き合い、結果的に稀少な現代文の名講師を発掘したのです。後に会社の声価を大いに高める空前のスターにも化けるわけですが。

東進ハイスクールは「東進ヤンキース」と称されるほどに、昔から大手予備校のスター講師を高給で引き抜いて打線を組んでいました。現在も英語の福崎悟郎は駿台の人気者だったし、物理の苑田尚之は河合塾の看板でした。かつての金ピカ先生も代ゼミから移籍したわけで。その東進の中で、林先生は数少ない生え抜きです。 NYヤンキースでいえばデレク・ジーターみたいなもんです。林先生は南浦和校の責任者だった Aさんに今でも感謝しているわけですが、この方は本当に名伯楽というにふさわしい。
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1 コメント

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買おうかしら (すみれ)
2014-02-06 18:28:09
お久しぶりです。覚えていらっしゃらないと思いますが。
私も愚息に読ませようかと立読み(拾い読み)をしました。
私は大いに共感しましたし大人にとっては当たり前の内容だったのですが、たぶん愚息は読まないだろうと思い買いませんでした。
愚息のために読んだので、林先生の東進に入る下りのあたりは全く読みませんでしたが興味深いエピソードがあったのですね。
素晴らしいお二人ですが、そういった資質は生来のものであり、すでに高校生の息子に読ませても獲得できるものではないでしょう。それに、遺伝的にも期待できないし。
やっぱり買うのは止めようかな…。
立読みでそのあたりを再読してみようと思います。

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