音次郎の夏炉冬扇

思ふこと考えること感じることを、徒然なるままに綴ります。

福田和子を思う

2006-08-19 12:00:23 | 本・雑誌
何故だかわかりませんが、私は「逃亡モノ」が好きです。先日亡くなった作家の吉村昭氏の小説も随分読みましたが、一番のお気に入りは『長英逃亡』-蛮社の獄で捕らわれるも脱獄し、薬品で顔を焼いて全国を逃亡した悲劇の蘭学者・高野長英の物語ですね。

だからなんでしょうか、毎年夏になると「現代の高野長英」こと、松山ホステス殺人事件福田和子を思い出してしまいます。今日8月19日は、全国指名手配されながら15年近く逃げ続けた彼女が件の事件を起こした日です。

福田和子については、おびただしいほどの著作や記事が出ています。評伝やノンフィクションは対象を好きにならなくては書けないものでしょうから、彼女がヒューマンインタレストに富む人物であることは疑いようがありません。かくいう私も大いにそそられるものがあって、一時期文献を読み漁っていました。CXのドラマ「実録 福田和子」も何回か再放送されたので、大竹しのぶの怪演を記憶されている方も少なくないでしょう。

福田和子は四国の愛媛県に私生児として生まれ、売春宿を経営する母親に育てられました。弱冠17才で男友達と2人で起こした強盗事件で松山刑務所に収監されますが、そこで舎監の手引きで招き入れられた暴力団の組長にレイプされるという、とんでもない事件に遭遇します。(このトラウマが絶対刑務所には入りたくないという逃亡のモチベーションになったという説があります)後に国会でも取り上げられた一大スキャンダルは、囚人と刑務官の癒着が明るみとなり、自殺者まで出したことで有名です。(今日のニュースでも大阪拘置所の職員と暴力団の癒着が報じられていますが、今でもまだまだあるんですね)この件が酌量され減刑になった彼女は、その後2回の結婚で4人の子供をもうけましたが、松山の高級クラブで同僚だったホステスを殺害してしまいます。家財道具と金品を盗み出し、挙げ句、夫まで動員して死体を遺棄した後、5459日にも及ぶ長い長い逃亡生活に突入します。時効まで残り僅か3週間で電撃逮捕され、その後最高裁まで争いますが、結局無期懲役の刑が確定します。服役中に脳梗塞で倒れ、そのまま還らぬ人となります。享年57才、最後和歌山の病院で息をひきとったのが平成17年3月10日ですが、それが明らかになったのは5ヶ月半後の8月で、ちょうど去年の今頃でした。

整形で顔を変えながら、15年近くも逃亡生活を送った彼女の軌跡を辿ると、一人の女性の凄まじい生命力に驚嘆せざるをえません。自分に置き換えて考えても、全国指名手配されて、無一文で戸籍も住民票もとれない根無し草の身で生きていくことなど、たとえ1ヶ月でも自信がありません。高野長英は、学識と人望、当時稀少だった医者としての技術が逃亡を助けましたが、福田和子の場合は、己の肉体と才覚のみで時効直前まで逃げおおせたのです。

彼女の逃亡は、大きく前半の6年と後半の9年に分けることができますが、やはり痛快ですこぶる面白いのは前期です。

殺人・死体遺棄を犯した後、大洲から大阪まで船で渡り、そこから遠く青森まで向かうつもりが、金沢止まりの列車に乗ってしまったため、かの地に降り立ち、飛び込みで市内のスナックに転がり込みます。そこのスナックのママは善人で、小野寺華代こと福田和子の得体の知れなさを感じつつも(水商売を営んでいれば目利きのはずなのだが)すぐに知り合いのアパートを格安で紹介したり、毎日自宅のシャワーを使わせるほどになります。松山で小料理屋を経営していたこともある彼女にとっては、つまみを手際よく作るのは朝飯前でしたし、ホステスとしては年季が入っていますから、接客はプロです。たちまち彼女目当ての客も増え、いつのまにか店に居ついてしまいます。そんな風にして拾われたのに、入店早々無断欠勤して音信不通になります。実は全国紙をとり事件の速報をしっかりチェックしていたのです。危険を察知した彼女は、東京新橋にある十仁病院で整形手術を受けていたのです。術後の腫れも引かない顔で、ひょっこり戻ってきた彼女を、ママは詰りますが、いつの間にかうやむやになってしまいます。この一件だけでも相当に胡散臭いと思うのですが・・・。天性のキャラクターというのでしょうか、何となく憎めないのですね。ママの客を寝取ったり、客を連れて同じ市内の店にいったん移籍するなど、散々煮え湯を飲まされたはずなのに、このママは、その後もずーっと福田和子のサポーターであり続けます。

逃亡にはどうしてもスポンサーが必要です。経済的なこともありますが、男性の庇護下にいれば身を隠すことが出来るからです。同時進行で何人もの男を手玉にとっていくのですが、その間サラリーマンと勤務先の会社に住み込み、工場のラインで働きますが、その職場でも彼女は人気者になります。(どこでも人気者になる)

そして前半の最大の見せ場は、彼女目当てに遠方から足繁く店に通ってきていた和菓子屋の若旦那を籠絡し、前妻を追い出し内縁の妻におさまったことです。石川県根上(ねあがり)町といえば、NYヤンキースの松井秀喜の故郷として有名ですが、彼女のいた100年3代続く老舗の和菓子屋には少年時代の松井がしょっちゅうお菓子を買いに来ていたそうです。後に彼は「綺麗な奥さんで憧れていた」とコメントしています。

陰気で内向的な菓子職人だった主人と違って、彼女は陽性で快活でしたから、客ウケもよく評判になります。洋菓子とパンをメニューに加え、店のディスプレーや包装紙をリニューアルする積極的な展開が奏功して、商売は大いに繁盛し、3F建てのビルに建て替えるまでになります。そればかりでなく、子供の送り迎えや両親の世話、家事や町内の付き合いなど八面六臂の大活躍を見せた彼女は、やがて店にはなくてはならない存在となっていきます。でもそこでいささか調子にのったのか、最愛の長男を最も危険な愛媛まで行って連れ帰り、甥っ子として店の見習い職人にするという大胆不敵な行動に出てしまいます。たとえ一時でも息子と一緒に暮らしたかったのですね。この時代が最も平穏でした。しかし、その「甥っ子」を溺愛するあまり、連れ子とはギクシャクすることになり、「そろそろ正式な結婚を」という両親や夫の要請をはぐらかすのももう限界にきていました。そして彼女の存在を怪しみ、活躍を妬んだ親戚の通報により、再び流浪の民となりますが、この逃走劇も名場面です。

警察は夕方に店に踏み込む段取りでしたが、たまたま配達に出ていた彼女は、そのまま近所のお通夜の手伝いをするために公民館へ直行していました。炊き出しの最中に、入り口で見慣れぬスーツ姿の2人組を見て危機を察知。咄嗟に裏口から脱出して、サンダルのまま公民館備え付けの自転車にまたがり疾走します。通夜の手伝いだったので、常に携行していたハンドバックも財布も指輪も家に置いてきています。コートもない着の身着のままで、小松市の知人宅までたどり着き、動揺を悟られぬよう悠然とタバコを一服した後に、上手いこといって2万円を借りることに成功します。配達で集金した3万円と合わせた計5万円の所持金で、全国を転々とすることになります。

それから逮捕までの約9年間は、今もって謎が多いのです。公判でもその全容は明らかになっていません。石川の和菓子屋は一時期マスコミの取材攻勢で大変だったようで、そのため彼女は「1カ所に3ヶ月以上はとどまらない」ことを自分に課して、アンダーグランドに潜ることになります。その時代の足取りは函館にまで及びますが、やはり大阪市内の「その手の地域」が多い。「小料理屋に住み込みで働く」と記録されている時期は、実際は街娼をしたりチョンの間や売春宿にいた時期だと思われます。やくざの食い物にだけはなるまいとダーティーワークからすんでのところで逃がれたり、大阪でホームレスをしていたこともあったといいます。こういうことは恥ずかしくて裁判では証言できなかったようですが、最後の最後、最終陳述でその一端を明かして、血を吐くような逃亡生活の悲哀を語っています。

そして福井のなじみのおでん屋で、女将と常連客に通報され、あえなく御用となってしまうのですが、何とも波瀾万丈、劇的な人生です。


「福田和子は何故モテるのか」

これを分析するのは非常に示唆に富むことです。逃亡中も付き合う男はそろって彼女に求婚したといいます。多くの男性を虜にしたのは、勿論彼女が上客の匂いを嗅ぎ分け手錬手管で落としていった手腕のなせるわざですが、いかに整形した華やかな顔とグラマラスな肉体を持っていても、彼女は決して美人ではありませんでした。

金沢のスナックのママが、福田和子と寝た常連客に感想を聞くと、一様に「凄い」としか言わなかったそうです。テクニックがどうのこうのでなく「とにかく凄い」と。作家の佐木隆三氏も彼女と関係した複数の男性にインタビューしていますが、「どんなに疲れていても、たとえ朝でも昼でも夜でも求めれば拒否せずに、すぐに臨戦体制になってくれた」そうです。まあ、えもいわれぬ抱擁感があるのと、男のつぼを知悉しているんでしょうね。そのような武器のみならず、陽気で世話好き、人をそらさないキャラクターも魅力の源泉です。着飾るのが大好きな見栄っ張り、コケティッシュで甘え上手、それでいて料理の腕は抜群。漁師町出身だから魚扱いはお手の物、一緒に暮らした人は皆「実に上品な薄味」と絶賛しています。浮気性で男性は振り回されるのですがね。

でも、これはある意味で男性の理想像といえなくもない。突き詰めていくと、世の男の大半は、馬鹿で単純で根暗でおたくなマザコンで甘ったれでしょうから、百戦錬磨の彼女が男を落とすのは、赤子の手を捻るより簡単なことだったでしょう。

それから、これは愛媛県人の県民性なんだろうと思いますが、働き者なんですね。どこに行っても熱心に仕事する気性を持っています。ホステスをやればきっちり売り上げを伸ばすし、ラブホテルの客室清掃員のようなルーティンワークにしても、仕事ぶりはとても丁寧だったそうです。私事ながら、妻の母親が今治の同郷出身で、この辺の気質が失礼ながらすごくかぶるなあと感じていました。義母も正社員・パート関係なく、担当した仕事は給料以上のパフォーマンスをきっちり上げてきた人で、家事も手際よく料理も上手です。福田和子フリークの私としては、色々聞いて見たかったのですが、いまいち乗ってこなかったです・・・。今治出身のスーパースターといえば、建築家の丹下健三さんのようなんですね。


「親子の情愛」

「時効成立直前なんだから、おでん屋なんかにふらふら出没せずに、山の中でひっそりしていればよかったのに」という書き込みが掲示板にありました。でも山の中にこもっていたら彼女は15年の長きに渡って逃げ続けることはできなかったでしょう。その前に発狂していたと思います。彼女は無類の人間好きで情が濃いのです。他人とのコミュニケーションなくしては生きていけない人だった。ましてや肉親、特に子供への思いは深く、逃亡中も常に片時も忘れることはなかったといいます。お陰で長男・長女はいい大人に育ち、それぞれ家庭も持ち、拘置所へもしょっちゅう面会にきていたそうです。この長男は裁判でも「母が犯した罪はどうしようもない。被害者や遺族の方には大変申し訳なく思っています。でもぼくにとって大好きな尊敬できる母です。将来出所後は一緒に住みたいと思っていて、妻もそのことは了解しています。」と堂々と証言しています。この長男も「福田和子の息子」として相当な辛酸を嘗めたことは想像に難くないのですが、「最高のおかんやった」と言っているわけです。これは息子に「子供の頃はいい思い出しかない」と証言させるほどに、彼女が育児にも全力投球していたことを窺わせます。


昨今の痛ましい事件を見ていると、なんか引きこもり系というか、世間にひたすら背を向けて虐待やネグレクトに走ったり、あげく子供を殺す主婦とか、監禁オタクとか・・・そんな輩が多くて、不世出の犯罪者・福田和子とは、だいぶ趣が違うなあと思ってしまいます。合掌。


~福田和子に興味のある方におすすめの順でテキスト紹介~

『悪女の涙-福田和子の逃亡十五年』 佐木隆三

著者が7回も拘置所で面会をして、本人取材しているのが大きい。裁判ではいえないことも引き出しているのが貴重。


『魔性・整形逃亡5459日 福田和子事件』 大下英治

他の2冊がかなり公判記録と傍聴レポートに紙幅を割いているのに比べ、事件と逃亡の全容をテンポよく知りたい方には最適な1冊。


『福田和子はなぜ男を魅了するのか』 松田美智子

タイトルは秀逸ですが、著者の肩に力が入りすぎていて筆致が硬い。同性にはこのテーマはちょっと難しかったかもしれない。一通り網羅されている労作なので、データ集としてはよいと思う。


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11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
4566 (123)
2011-02-13 16:41:51
 ちょっとこわい・・・。
123様へ (わいお)
2011-02-13 16:43:31
 うん。私もそう思います。
000 (名無し)
2011-02-13 16:44:26
 もも
?? (rty)
2011-02-13 16:45:40
15年も??????????????????????
ばかっじゃん (89)
2011-02-13 16:49:09
 ↑の人たち
89様へ なにが? (名無し)
2011-02-26 12:45:09
 なにが、馬鹿なの?
意味不ーーーーーーーーーーーなんでスケドー
その理由教えて。
 絶対に。
穴し様へ (89)
2011-02-26 12:47:16
どうしてえ?
っは? (名無し)
2011-02-26 12:51:47
 穴しじゃなくて名無し!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ういおういお (88)
2011-02-26 12:52:25
、p、p、p





 
刑務所入りたい (成田功)
2012-05-04 15:16:11
しゃばにいても 仕事ないし 生活保護うけられないし すぐ死にたい気分
Unknown (Unknown)
2012-09-12 20:59:23
とても興味深く読ませていただきました

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