音次郎の夏炉冬扇

思ふこと考えること感じることを、徒然なるままに綴ります。

宗教と子ども

2009-06-20 12:48:08 | 時事問題
高校時代、体育で柔道がありました。合同で受講する隣のクラスの生徒の中に、エホバの証人の信者が一人いたのですが、教義上の理由から武道はNGだそうで、授業に参加しませんでした。その件で両親もたびたび来校し、教師と話し合いの場が持たれていましたが、授業時間をランニングして過ごすというのが、単位を認める妥協案になったようです。講堂の窓から見える、肩を落としてひたすら校庭を走る彼の後姿が印象に残っています。たしかこの宗教の信者が、自分の子の手術で輸血拒否をして世間を騒がすことになる前だったと思います。

エホバの彼とはクラスも違ったし、ちょっと話し掛けづらい雰囲気をもった生徒だったので、心境などを聞く機会はありませんでした。友達の家に遊びに行って、茶の間の一角に仏壇と池田大作全集といったお約束の定番セットを見つけた時に、「お前、ちゃんと毎日お経あげろよ」とか「聖教新聞って面白れーか?」などと軽口を叩いたりしたことはありますが、一般的には宗教問題はタブーという雰囲気があり、余程近しい間柄であっても、正面きっては話題にしないものです。

村上春樹の新作を読んでから、信者が自分の子に信仰を強要してよいものなのかというテーマについて思いを巡らせています。信仰の自由は憲法で保障されていますから、大人は自己責任においてどうぞ勝手にやってくださいで良いのですが、判断力が十全でない未熟な子どもを、宗教に引きずりこんでよいのかという問題は難しい。自分が子どもを持つ前には、信仰と子育ては峻別しなければならないと思っていたのですが、そう単純なものでもないんですよね、これが。

我が家は一見無宗教ですが、妻子はランドとシーの年間パスポートチケットを駆使して、昨年は40回ほど舞浜に行っています。(旦那は0回) 幼児期から母親に連れられている子どもたちは、まさにディズニーランドの申し子であり、二人とも将来はそこでバイトしたいとまで言っています。オリエンタルランドの取締役くらいまで昇進できれば文句はいわないぞと、俗なことを口にする私は「お父さんは夢がない」と非難の対象となります。完全にウォルト・ディズニーという爺さんが作り上げた妄想ワールドの信者ですよね。これは親による洗脳以外の何物でもない。

また、週末ごとに家族で赤いユニを着て全国のスタジアムを行脚するレッズサポーターがいますが、彼らのお子さんというのは、本当にサッカーが好きなのでしょうか。親が狂信的になっているので仕方なく合わせているだけなんじゃないのかなあとも思ったりします。また、小学校低学年のうちから、ピアノにバイオリンにスイミングに英会話etc.と息つく間もないほどに習い事のスケジュールを組み込んで、「小さいうちから色んなものを経験させたい」とかのたまう近所のママさんがいますが、その娘さんはなんか疲れ果ててげっそりしています。これなんかも、親が間違った早期教育信仰にとらわれたために、子どもを事実上虐待しているようなものじゃないかと。当然ながら中学受験に狂奔するでしょうしね、こういう親は。つまり、「宗教」の形でなくても、子どもに強制したり、鋳型にはめようという行為はあるのです。

子育てはテクニカルなものではなく、全人格的に伝承をするものなのだから、親の価値観や信ずるものを横に置いておくわけにはいかない。でも子どもにしたら、好むと好まざると、幼少期に親から刷り込まれたことからは生涯逃れられないのですよ。

宗教に限らず、子の欲求を無視した親の支配権の行使というのは、線引きが非常に難しいのですが、親が守るべき最低限は「出家しない」ということになろうかと。子どもはあちら側の囲いの中に道連れにされると、ひとたまりもないからです。

この重いテーマには決定版というべき本がありますので紹介しておきます。

『カルトの子』(文春文庫)米本和広著
この本は村上春樹もたぶん参考にしているはずです。というのも同種の文献がほとんど存在しないからです。オウムやエホバ、統一教会、ヤマギシなどカルト教団の二世は消息が掴みにくいのはもちろんですが、あまりに苛酷な体験を心の奥底に凍結・封印する傾向があり、取材しても話を聞くことが困難だからです。私は本書を単行本で1度読み衝撃を受け、文庫本で再読して身につまされました。宗教やカルトに興味がなくても、すべての子育て世代に必読です。

元エホバ証人2世のメモ
先日検索でみつけましたが、非常にまとまった良サイトで参考になります。自分自身を冷静に分析しておられ、普遍的な内容も多く含んでいます。カルトは家庭崩壊など様々な問題を引き起こしますが、カルト信者2世が精神に深刻なダメージを受けているのが恐ろしい。思考停止、二極志向、現実逃避と、終末思想を植えつけられるので、非常に厭世的になるのですね。その歪みは容易に回復せず、3世4世にも影響が出てしまうようです。

『1Q84』に出てくる「証人会」というのはエホバの証人がモデルですが、もうひとつ「タカシマ」という団体が出てきます。これは明らかにヤマギシを意識して描かれているのですが、この知る人ぞ知るカルトコミューンには、私にもいささかの因縁があります。次回は個人的な体験から、このヤマギシについて書こうと思います。

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3 コメント

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Unknown (滑稽本)
2009-06-25 06:38:07
>村上春樹の新作を読んでから、信者が自分の子に信仰を強要してよいものなのかというテーマについて思いを巡らせています。


しかし、普通、宗教というのはそうやって受け継がれていくモノではないでしょうか?
殆どの場合、「生活規範」を神様に決めてもらってます、という感じですから、「強要」に至らずともディズニー信者よろしく(笑)、親の信じる宗教に子は自然と入り込んでいくと思います。
アブラハムの宗教しかり、日本の仏教の宗派しかり、まぁ日本の場合は宗教の縛りが薄いという、比較的特殊なケースだからこそ、そういう「テーマ」が生じるような気がします。
出家はいけない (音次郎)
2009-06-26 00:53:30
>滑稽本さん、毎度です。
家庭の中だけにいれば、それが自然なものだと思い込んでしまうのでしょう。しかし社会との接点があれば、そうはいかない場面に直面します。エホバ信者は教義上許されないことを忌避するときに、みんなの前で「証し」という宣言をしなければなりません。私の子どもも、あまり頻繁にTDLに行くので、クラスで「あいつの家はとんでもなく金持ちだ」という評判が立ったことがあったようですが、年間パスポートというものの仕組みについて説明してようやく理解を得たということがあります。だからこそ一般社会から隔離してしまうことになる出家は、親として許されないと考えているのです。
興味深い考察 (reon)
2011-02-16 20:37:05
大変興味深く読ませていただきました。
宗教にハマり子供を巻き込む親、
親の趣味趣向で子供をディズニーワールドに
連れまわす親など・・・
なるほど・・・
確かに大差はないように思いますが
宗教の場合は特にカルトと言われている教団や組織はマインドコントロールされて
教祖や組織の言いなりになり
親が常識的判断を逸するところが問題になりますよね
ディズニーワールドには
「反社会的な教え」はないですからね
ディズニーで働きたい、なんて
可愛いじゃありませんか・・・

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