音次郎の夏炉冬扇

思ふこと考えること感じることを、徒然なるままに綴ります。

『学歴の耐えられない軽さ』

2010-01-11 06:34:18 | 本・雑誌
私の受験期は18歳人口がピークになる寸前だったので、大学・予備校がウハウハの黄金時代でした。で、その頃たびたび耳にした噂というのは、「早稲田大学は毎年結構な数でコンピューターの採点ミスが発生し、当日休んだ受験生のもとにも合格通知が来ることがあるらしい」というものでした。

傍証として必ず「知り合いの先輩で実際そういうケースがあった」というお話がつくことになっています。その「受験しなかったのに早大生になっている」人たちは、自分がモグリだと公言することは憚られるので、決して表には出てこない闇の存在です。まあ10万人以上が受ける試験自体が藪の中で、マークシート式で採点結果が受験生に返却されないわけですから、この噂を誰も真っ向否定できないのです。インターネットも発達してませんでしたからね。

東大や一橋も受けるだけなら誰でも受けられると思いきや、難関国立大学はセンター試験の点数による足切りというものが存在しました。私学のもう一方の雄である慶應は、当時、経済・商学部の試験科目に中級数学があり、法学部も小論文が必須なのでハードルが高かったのです。そうなると、ほぼ全編マークシートで誰もが答案用紙を完全に埋める達成感を味わえて(5択は誰でも20点以上はとれる)、しかも受けてもいないのに合格通知が来るほどの素晴らしい採点精度を誇る早稲田は極めて大衆的で、多くの受験生に夢を振り撒きました。そう、“記念受験”が流行ったのです。

この都市伝説を大学当局は否定しないどころか、利用していたふしがあります。受験者が殺到するというのは、赤本も青本も願書も売れて、受験料が3万5千円の時代(割引もなかった)、複数学部併願であれば1人10万円以上落としてくれるわけですから、もしかしたら経営戦略に長けた早稲田大学自らが、この都市伝説を創り出した可能性すらあるなと。

海老原嗣生著『学歴の耐えられない軽さ』が面白くて、ついこんな昔話を思い出してしまいました。著者は『ドラゴン桜』の続編ともいえる『エンゼルバンク』(週刊モーニング連載の転職エージェント漫画)の登場人物で、キャリアコンサルタントの海老沢のモデルとなった人物であり、そのエッセンスは漫画でもいくつか披露されています。同書は楠さんのエントリーで発見し、東浩紀の処女小説とともに購入し、最初に読み始めたのです。

今や早稲田大学政経学部の一般入試経由者は39.3%というキャッチ―なつかみで始まる同書は、リクルートワークス研究所でマーケッター・雑誌編集長として鳴らした著者の経験と豊富なデータに裏付けられ、印象論に陥らない緻密さと読者サービスも忘れない構成で、読んでいて飽きない仕上がりになっています。
この本は3章構成ですが、内容を大きく2つにまとめると以下のようになります。

○学歴のインフレーション(学力の低下)
早慶の巧みな経営戦略、偏差値のトリック、入試科目減、事実上の無試験枠拡大、高校未履修問題

○人気企業の陥穽(過去企業へ憧れるナンセンス)
インターンシップの実態、不況期就職勝ち組、大手志向是正の必要性、玄田論文批判、就社より就職の嘘、「総合職」の意外な利点、

「誰でも20代に2回チャンスがある」という著者の説は、城さんなどの識者からは批判もあります。第二新卒の市場はそもそも大きくないし、第一そこでリベンジできるのは、新卒時にそれなりの会社に入れた一握りだけであるからという意見です。しかし、本書をよく読めば、若者被害者論への疑問の提示だけでなく、大学教育や雇用のマッチングについて建設的な提言もなされています。

転職経験が2度ある私には、「会社は社風で選べ」という論考が非常に納得できるものでしたが、受験や就活について、今までの常識を覆すという意味で、なかなか面白い本です。

ちなみに田中秀臣氏のブログにも著者が降臨してコメントしています。




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4 コメント

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子供の将来・・ (meici)
2010-01-13 10:46:04
先のエントリでの「過保護」についてもそうですが、親として子の学校について考えさせられますねー。

私自身私学に通ったことがないのですが、子供は転校で2年ほど私立小中に通い、「私立ってこんなに手取り足取りなのかー」と感心させられました。

ただ、ひとつの見方として、下からの私学の場合の費用対効果はどうなんだろう?なんて思ってしまいます。子が質の良い環境で学べるならよし、ということでしょうが、「質」の定義が私は違うのかもしれません。

実体験を基にするならば、社会人になってから行った大学院で東大名誉教授の先生の講座をいくつも取りましたが、「東大ってすげー」。「質のよい教育は東大にある」んだ、と納得。(自身にはもう遅い結論ですが)

「過去企業にあこがれるナンセンス」
私が大学卒業時に内定を取りに行った企業5社は、揃いも揃ってこの20年で経営破たん・合併統合などで、無傷だったところはありません。
あの流通大手も、通信会社も、金融機関も、運輸関連会社も・・。(笑)
売り手市場だったし、業界分析・経営分析をして選んだところがこれですから。(株価も高かったなあ)

つまり、自分の20年であっても先の予測が立たないのに、子供の将来に口を出すなんてもう暴挙です。

ですが、本当に心配ですね、子供の将来は。
20歳前後で社会全体を理解し、先を見通して就職活動できるなんて言う人は孫正義さんクラスの傑物でしょう。ウチの子たちには、無理です。
市場理論でいけば「需要のあるところへ行きなさい」ですかね。何のアドバイスにもなりませんわ、これじゃあ。

最後に
安全地帯7年ぶりの再結成シングル『蒼いバラ』」をYouTubeで聴きました。
玉置さん、お元気そうで歌唱力に心打たれました。そしてまたバックの音がいい!
この前はDoobieBrothersのツインギター(3人だけど)に改めて感動しましたが、バンドの一体感と厚みのある音がいいですねー。


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私学は (音次郎)
2010-01-13 23:22:48
>meiciさん、毎度ありがとうございます。

私学がお得と感じるかexpensiveと捉えるかは、その人の価値観によるでしょうね。

安全地帯のエントリーは、既に3本くらいドラフトが出来ているのですが、万感の思いゆえにUPできないでいます。
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著者です! (海老原嗣生)
2010-02-05 16:23:28
拙著へのコメント、本当にありがとうございます。次回作もよろしければ、献本させていただきたいと存じております。もし、よろしければ、下記アドレスまで、送付先等ご指示いただけないでしょうか。
ebitsugu@yahoo.co.jp
初めての連絡で、大変厚かましいお願い、失礼いたしました。
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お気持ちだけで (音次郎)
2010-02-06 06:12:01
海老原さん、ご丁寧に恐縮です。
『雇用の常識「本当に見えるウソ」』の方も興味深く拝読しました。次回作もきっと購入させていただくと思いますので、お気持ちだけ有難く頂戴します。ありがとうございます。
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