音の向こうの景色

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モーツァルト 「コシ・ファン・トゥッテ」より 二重唱「どちらかといえば、黒髪の彼のほう」

2007-10-06 02:04:45 | オペラ・声楽
 前月のつづき。芸祭学生オペラの「コシ」の話だ。いよいよ、本番。私は上手に配置されて、舞台袖の階段の下にうずくまっていた。オケピットの向こうに、満杯のお客さんが見える。ホールの電気が消え、指揮者が登場して、お辞儀。いざ。
 ところが。
 オーケストラの譜面台に付いている小さな電灯が、つかないのだ。ピットからひんやりとした空気が流れてきた。舞台監督のDちゃんが、暗闇の中で敏速に動き出す。照明セットは、ホールの設備ではなく、外から持ち込んだものだったので、ブレーカーが落ちていたら一大事なのだ。真っ暗なまま、音楽がいつまで経っても始まらないので、お客さんがざわつき出す。
 どうなることやら、と思った瞬間、ぽっと灯りがついた。が、オケの左半分だけ。もう半分がつかない。まさか公演中止になるのでは、という不安を抱いたまま、みんな落ち着かなく待つしかない。もう20分も経ったのではないかと感じる頃、とうとう全部の譜面灯がついた。どうやら、お客さんが電気系統の線を踏んで、接続が一部外れていたらしい。そこで、指揮者がもう一度お辞儀をして、とうとう序曲が始まった。というわけで、私の手元にある録画映像は、チューニングの後の5~6分、画面が真っ黒だ。
 学生の手作りの楽しいオペラだった。セッコの部分(しゃべる感じの部分)は日本語のセリフで、アリアは原語。科白の言い回しも、それぞれ個性的で愛らしかった。もちろん、生の舞台だから、ハプニングはいくらでもある。たとえば、4番のデュエット冒頭で、舞台をうっとり眺めていたクラリネットが入らなかった(この件は一生言われるでしょう、Mちゃん)。先頭に立って行進していた合唱隊の男の子は、退場する出口を間違って、明るく歌いながら、一人だけ主人公の女性達の部屋の扉に入って行った。あれはかなり怪しかった。
 「コシ・ファン・トゥッテ」は、2組のカップルのお話だ。男性たち2人が変装して、自分の相手でないほうの女の子を口説くという、いたって不埒な話である。道徳的にはよろしくない内容だが、モーツァルトの音楽はとことん素晴らしい。まあ、人間って、こういうとこあるんだよねえ、と言わざるを得ない説得力がある。だいたい、恋の「駆け引き」はみんなの関心事なのだ。それが、美しい音楽で絶妙に描かれている。特に、テノールがソプラノを口説き落とす場面などは、「もう、そこまで言われたら絶対落ちるだろう」、という音楽なのだ。
 さて、恋人たちの変装に騙された女の子2人(姉妹)が、「じゃあ、ちょっと浮気っぽいことでもしちゃおうかな」という段になって歌う二重唱が「Prendero quel brunettino どちらかといえば、黒髪の彼のほう」である。「遊んじゃおうかな」という悪戯心と色気にあふれた楽しい歌だ。二人はこの歌で、それぞれ自分の恋人でない相手を、それとは知らずに選ぶことになる。しかし不謹慎ながら、最高に楽しくなってしまう二重唱である。女の子2人に悪意はないのだ、悪意は。(だから女ってこわい?)
 芸祭のオペラは、大学3年生が中心となって作るので、E年オペラと呼ばれている(1年はC、二年はD、ドレミになっている)。私がこの「コシ」を手伝ったとき、学校は違うながらも、実は私もE年だった。心から尊敬できる同じ学年の仲間達に出会って、本当にうれしかった。刺激を受けたし、自信も湧いた。しかし、私が初めて出会うキャストさんも、スタッフさんも、なぜか私のことを知っている人が多かった。
 うわさ。男女のうわさは速い。私が大道具に入る前から、うわさがあったらしい。このオペラのプロデューサーだったバスのTくんなど、私が名乗るなり、いきなり「で? 付き合ってるの?」と、小声で訊いてきた。予想だにしなかった話で、正直面食らったものだ。それにしても、あの「コシ」を取り巻く人たちの間で、どれだけ小さな恋心の矢印が錯綜していただろう。いったい何角関係が張りめぐらされていたのだろう。今思うと、きゃぴきゃぴと騒いでいた私たちの様子は、まさにPrenderoの二重唱のような可愛らしさだった。二幕の名科白を思い出す。「だって、私たち、女でしょ~!」

2 コメント

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Unknown (yohhin)
2007-10-07 00:22:05
あははは。懐かしい話だ。
譜面灯が点かなかったのとか読んで思い出したよ。

女でしょ~。か。あったね。確かに名言。
参加出来なかったのが悔やまれます(笑)。
Cosi fan tutte 最高! (M.N)
2009-09-10 21:31:14
Cosi fan tutte が三度の食事の次くらいに好きな私ですが、Youtubeでこんな「どちらかといえば、黒髪の彼のほう」を見つけました。

http://www.youtube.com/watch?v=wv7VoSUgLP4

やっぱり、モーツァルトのオペラは最高!

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