年に数回、ソプラノさんと一緒に横浜市立の小学校へ行っている。もう6年めになる。横浜市教育プラットフォームの取り組みで、プロのアーティストが授業をするプログラムの一環だ。もともとソプラノの鈴木慶江ちゃんから、「小学校でワークショップをすることになったから、ちょっと手伝って」と声をかけてもらったのがきっかけだった。翌年からは、ソプラノの山口佳子ちゃんとも学校へ訪れるようになった。授業自体は完全に歌い手さんが行い、全体のコーディネートと、ピアノの伴奏が私の役割だ。
NHKの番組「ようこそ先輩」をイメージしていただくとわかりやすいかもしれない。普段は教育とはまったく関係ない現場で働いている「プロ」が教室にやってきて、学校の先生とは違う形で授業をする。1人の歌い手さんが、基本的に3日間学校へ行く。最初の日は、まずコンサートの時間を設け、その後、音楽室でクラスごとに授業。2日めはさらに授業。1週間ほど空けて、3日めは全校生徒や親御さんを招いて成果発表会。主に変声期前の5年生が対象だ。
本格的なオペラ・アリアを聴いた子どもたちの感想は面白い。大人からは決して聞かれないコメントがたくさん寄せられる。「窓が割れるかと思いました。」「防犯ベルのようでした。」「人間じゃないと思いました。」コロラトゥーラは即座に笑いを取るし、レチタティーボは怪訝な顔を生む。低学年の中には、上のB♭を超えると耳をふさいで怖がる子もいる。もしかしたら、大人には聞こえない倍音も聞こえているのでは、と私達は想像している。いずれにしても、パニエの入ったドレスにうっとりし、歌声に唖然として口を開けている子どもたちの顔が、いつも新鮮だ。
授業に入れば、もっと面白い。準備体操をして体をほぐし、呼吸の練習、発声練習、歌の練習へと進む。5年生だったら、課題曲は教科書に載っている文部省唱歌「冬景色」。文語の歌詞の意味を説明して、みんなで情景を想像した後、日本語を大切に歌う方法を練習する。元気な子どもたちとはいえ、普段使わない筋肉と集中力を使うので、かなりの体力勝負だ。授業が終わった後に、「疲れた〜」と床に転がる子をよく見かける。
2人のソプラノさんの授業は、それぞれ個性的で本当に素晴らしい。慶江ちゃんの授業には有無を言わせぬ勢いがあって、いつの間にかそのペースに子供たちが巻き込まれていく。初日に、参加した子どもたち全員が列になって、順番に彼女のおなかを触るというコーナーがある。歌手の呼吸を自分の手から感じた子どもたちは、「すげえ、バケモンみてーだ!」と騒いだ後、必死で真似をしようとする。彼女はひたすら子どもたちのイメージ力を引き出す。彼女の指先に集中しているうちに、いつの間にか美しい響きが広がっている。それはほとんど、宗教的な儀式のような時間だ。
佳子ちゃんの授業は、子どもと対話をしながら進む。ひとつひとつのプロセスを子どもたちが「理解」して学ぶことに重点が置かれている。ご両親の血か、昨日まで小学校で教えていたのではないかというぐらいに慣れた様子で、初めは私が仰天した。「歌を歌うときは、○○呼吸です。さあ、何呼吸でしょう?」というくだりは、毎回、クラスが大喜利状態だ。子どもたちは、さっと手を挙げて大真面目に答える。「えら呼吸!」「皮膚呼吸!」「人工呼吸!」「過呼吸!」新しいことを覚えて挑戦する空気にあふれた教室は、最後にはのびのびとした歌声でいっぱいになる。
お昼は子どもたちと一緒に、教室で給食だ。「今まで何回失恋しましたか」とか「好きな音符は何ですか」とか、とんでもない質問が飛び出す。せっかくの取材チャンスなので、私は「今、理科で何を習ってる?」と、まわりの子どもたち訊ねてみる。なんだ、みんな結構理科が好きなんじゃないか、と思いながら、給食を終えて立ち上がると、歌い手さんが私を探している。どうやら私は小学生に完全に紛れてしまうらしい。
課題曲にする「冬景色」は、唱歌のコンサートではよくリクエストがかかる人気曲で、今でも教科書に残る理由がある名曲だ。恥ずかしながら、私が「冬景色」を覚えたのは大人になってからだが、このワークショップのたびに「なんてよくできた歌だろう」と感嘆する。確かに文語が難しいので、歌詞を説明する段になると、子どもたちから驚くような発言が出る。「『げに』って平安時代みたいだねー」「『それとわかじのべのさと』は…野辺が火事!」さらにそこに描かれている情景も、今の子どもたちには少々縁遠い。「麦を踏んで小麦粉をつくる」という発言が出たこともある。
それでも、「一番大事なことは、何を歌っているのかちゃんとイメージして歌うこと」。歌手の真剣なメッセージは、子どもの心に届くようだ。子どもたちは必死になって想像力をはたらかせ、やっと意味がわかった言葉を一生懸命に唱える。はじめは暴れていた子どもが、夢中になって顔を真っ赤にして歌っている。静まり返った寒い朝、ぽかぽかとのどかな昼、嵐が来る夕方、そして暗い中に見つけた人里の灯り。子どもたちの表情に、それが見えたとき、私は思わずぐっときてしまう。歌の持つ力は、限りない。
NHKの番組「ようこそ先輩」をイメージしていただくとわかりやすいかもしれない。普段は教育とはまったく関係ない現場で働いている「プロ」が教室にやってきて、学校の先生とは違う形で授業をする。1人の歌い手さんが、基本的に3日間学校へ行く。最初の日は、まずコンサートの時間を設け、その後、音楽室でクラスごとに授業。2日めはさらに授業。1週間ほど空けて、3日めは全校生徒や親御さんを招いて成果発表会。主に変声期前の5年生が対象だ。
本格的なオペラ・アリアを聴いた子どもたちの感想は面白い。大人からは決して聞かれないコメントがたくさん寄せられる。「窓が割れるかと思いました。」「防犯ベルのようでした。」「人間じゃないと思いました。」コロラトゥーラは即座に笑いを取るし、レチタティーボは怪訝な顔を生む。低学年の中には、上のB♭を超えると耳をふさいで怖がる子もいる。もしかしたら、大人には聞こえない倍音も聞こえているのでは、と私達は想像している。いずれにしても、パニエの入ったドレスにうっとりし、歌声に唖然として口を開けている子どもたちの顔が、いつも新鮮だ。
授業に入れば、もっと面白い。準備体操をして体をほぐし、呼吸の練習、発声練習、歌の練習へと進む。5年生だったら、課題曲は教科書に載っている文部省唱歌「冬景色」。文語の歌詞の意味を説明して、みんなで情景を想像した後、日本語を大切に歌う方法を練習する。元気な子どもたちとはいえ、普段使わない筋肉と集中力を使うので、かなりの体力勝負だ。授業が終わった後に、「疲れた〜」と床に転がる子をよく見かける。
2人のソプラノさんの授業は、それぞれ個性的で本当に素晴らしい。慶江ちゃんの授業には有無を言わせぬ勢いがあって、いつの間にかそのペースに子供たちが巻き込まれていく。初日に、参加した子どもたち全員が列になって、順番に彼女のおなかを触るというコーナーがある。歌手の呼吸を自分の手から感じた子どもたちは、「すげえ、バケモンみてーだ!」と騒いだ後、必死で真似をしようとする。彼女はひたすら子どもたちのイメージ力を引き出す。彼女の指先に集中しているうちに、いつの間にか美しい響きが広がっている。それはほとんど、宗教的な儀式のような時間だ。
佳子ちゃんの授業は、子どもと対話をしながら進む。ひとつひとつのプロセスを子どもたちが「理解」して学ぶことに重点が置かれている。ご両親の血か、昨日まで小学校で教えていたのではないかというぐらいに慣れた様子で、初めは私が仰天した。「歌を歌うときは、○○呼吸です。さあ、何呼吸でしょう?」というくだりは、毎回、クラスが大喜利状態だ。子どもたちは、さっと手を挙げて大真面目に答える。「えら呼吸!」「皮膚呼吸!」「人工呼吸!」「過呼吸!」新しいことを覚えて挑戦する空気にあふれた教室は、最後にはのびのびとした歌声でいっぱいになる。
お昼は子どもたちと一緒に、教室で給食だ。「今まで何回失恋しましたか」とか「好きな音符は何ですか」とか、とんでもない質問が飛び出す。せっかくの取材チャンスなので、私は「今、理科で何を習ってる?」と、まわりの子どもたち訊ねてみる。なんだ、みんな結構理科が好きなんじゃないか、と思いながら、給食を終えて立ち上がると、歌い手さんが私を探している。どうやら私は小学生に完全に紛れてしまうらしい。
課題曲にする「冬景色」は、唱歌のコンサートではよくリクエストがかかる人気曲で、今でも教科書に残る理由がある名曲だ。恥ずかしながら、私が「冬景色」を覚えたのは大人になってからだが、このワークショップのたびに「なんてよくできた歌だろう」と感嘆する。確かに文語が難しいので、歌詞を説明する段になると、子どもたちから驚くような発言が出る。「『げに』って平安時代みたいだねー」「『それとわかじのべのさと』は…野辺が火事!」さらにそこに描かれている情景も、今の子どもたちには少々縁遠い。「麦を踏んで小麦粉をつくる」という発言が出たこともある。
それでも、「一番大事なことは、何を歌っているのかちゃんとイメージして歌うこと」。歌手の真剣なメッセージは、子どもの心に届くようだ。子どもたちは必死になって想像力をはたらかせ、やっと意味がわかった言葉を一生懸命に唱える。はじめは暴れていた子どもが、夢中になって顔を真っ赤にして歌っている。静まり返った寒い朝、ぽかぽかとのどかな昼、嵐が来る夕方、そして暗い中に見つけた人里の灯り。子どもたちの表情に、それが見えたとき、私は思わずぐっときてしまう。歌の持つ力は、限りない。
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