吉村青春ブログ『津屋崎センゲン』

“A Quaint Town(古風な趣のある町)・ Tsuyazaki-sengen”の良かとこ情報を発信します。

記事20161202:津屋崎人形の「めんこ」

2016-12-02 12:19:43 | 行楽催事

 

写真①: 女性客に人気の「めんこ」

       =福津市津屋崎3丁目の「津屋崎人形原田半蔵店」で、2016年12月2日撮影

  津屋崎人形は江戸時代中期から作られている土人形で、福岡県指定特産民芸品です。福津市津屋崎3丁目にある「津屋崎人形原田半蔵店」では最近、「めんこ」=写真①=が飾り物として女性客に人気という。貝や鯛、松に太陽など各1個3百円。

  福津市で今年、有名になった人気スポットといえば、「宮地嶽神社」参道の〝光の道〟でしょう。この参道の突き当たりの「宮地浜」に私が所属する「津屋崎千軒 海とまちなみの会」が市民募金で設置した宮地浜「夕陽風景時計」が、きょう12月2日(金)18時10分からNHK総合テレビのニュース番組「ロクいち福岡」で、『夕日の名所に新たなスポット』として放送されます。ご覧いただければ幸いです。

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〈催事〉0468:「相島積石塚群」探訪

2016-11-29 17:19:45 | 行楽催事

 

写真①:「相島積石塚群」の中で最大で、2段構成の「120号墳」

      =福岡県新宮町・長井浜の「相島積石塚群」で、2016年11月29日午前10時35分撮影

 岡県新宮町の「相島積石塚群」を見に行ってきました

  11月29日、福岡県新宮町の玄界灘に浮かぶ「相島」を久しぶりに訪ねました。10月30日、同町上府の「そぴあしんぐう」大ホールで開かれたシンポジウム「相島積石塚群 謎解きの旅」を聴き、福津市・「津屋崎古墳群」の石室に使われていることが分かった「相島」産の玄武岩で築かれた「相島積石塚群」を探訪したくなったからです。

  新宮町・新宮港から町営渡船に乗り、19分後に相島港に到着。ここから徒歩約25分の島北東の長井浜(長さ約5百㍍)に、岩だけで築かれた古墳群「相島積石塚群」は保存されていました。4世紀から6世紀に254基が築かれたとされる西日本最大の積石塚群です。平成13年8月、国史跡に指定。町教委が同18年から10か年にわたり保存と活用のための整備を行ってきました。このうち、全長20㍍の前方後方墳の「120号墳」=写真①=は遺跡の中で最大で、2段構成で立派でした。

 10月のシンポジウムでは、「だれが、積石塚群を造ったのか」の謎解きがテーマになり、パネリストで登壇した宗像族派の重藤輝行・佐賀大学芸術地域デザイン学部教授は「海に面した所に築かれているので、海と密着した人の墓と思う」と、西田大輔・新宮町教委社会教育課学芸員が「長井浜の積石塚は、島の人以外の人が築いたと思う。12号墳の向こうには、津屋崎の町が見える。眼鏡岩の向こうには古賀市、その左に福間の町が見える。自分が生活していた所が見える所に造ったのではないか。相島の志賀島の方にも積石塚を造れる場所はあるが、造っていない」と主張。

  安曇族派の西谷正九州大名誉教授(「海の道むなかた」館長)が「相島は筑前国糟屋郡に属している。『和名類聚抄』にある糟屋郡の9つの郷名のうち阿曇は、志賀島以外のこと。阿曇が海人族だとしたら、糟屋郡が考えられる。阿曇郷は、古賀市の花鶴川河口域が候補に上がるのではなかろうか。相島への渡船場の新宮湊付近も、候補に上がる。相島は、本土部の阿曇郷と、阿曇郷に近い相島は、志賀島とともに、阿曇郷とトライアングルを形成し、安曇族が根拠地としたのではないか」と、宮元香織・北九州市市民文化スポーツ局文化企画課学芸員も「福津市教委が2015年に相島のオパサイト玄武岩を分析したら、『津屋崎古墳群』のうちの『新原・奴山古墳群』の1号墳(5世紀前半の前方後円墳)や、『勝浦峯ノ畑古墳』(5世紀中ごろの前方後円墳)、『宮地嶽古墳』(7世紀前半~中ごろの円墳)の石室の石材と元素構成比がほぼ一致した。相島の石材が、これだけ使われている」と述べ、相島と宗像地域のかかわりを強調しました。

 コーディネーターの赤司善彦・福岡県教委文化財保護課長は「海人の墓と決めつけてよいのか」と疑問を提示。シンポジウムで「日本の積石塚」について基調講演した土生田純之(はぶたよしゆき)・専修大学文学部教授は、「積石塚を海岸に造ったのは、場所を意図した積石塚といえる」と指摘していました。

オパサイト玄武岩

:細長い粒状の不透明な鉱物結晶(オパサイト)を数多く含む玄武岩(地球上で最も多量にある火山岩で、カンラン石,輝石,磁鉄鉱などの有色鉱物の割合が多いので暗灰色のものが多い)。

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2016年11月26日:〈津屋崎の四季〉1166:津屋崎の空に変な雲

2016-11-26 11:06:15 | 風物

 

写真①:初冬の空を二分した感じの妙な雲

         =福津市・「宮地浜」で、2016年11月26日午前9時35分撮影

 

  初冬の寒さが戻った福津市津屋崎は11月26日朝、曇の多い天気。「宮地浜」で南の空を見上げると、空を二分した感じの妙な雲が広がっていました=写真①=。

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〈催事〉0467:「夕陽風景時計」に脚光

2016-11-24 16:26:23 | 行楽催事

 

写真①宮地浜「夕陽風景時計」を見学する人たちを撮影するNHKカメラ・スタッフ(向こう中央)

         =福津市宮司4丁目で、2016年11月21日午後3時20分撮影

 NHKテレビが宮地浜「夕陽風景時計」取材

「貝寄せ館」もカメラに収録、25日放送予定を来週放送へ延期

   NHK福岡放送局が11月20日と21日、24日、福津市津屋崎3丁目にある「津屋崎千軒 海とまちなみの会」の観光ガイド拠点事務所・「貝寄せ館」や、宮地浜「夕陽風景時計」をカメラで取材。25日(金)午後6時10分からのローカル・ニュース番組「ロクいち!福岡」で、「夕陽風景時計」活用の観光町興し景観保全活動として放送される予定でしたが、編集の都合で来週放送に延期になりました。

  20日午後、「貝寄せ館」で来館の観光客に「海とまちなみの会」・ボランティアガイド委員会委員長の志垣幸枝会員が、〈津屋崎千軒〉の賑わいをもたらした「津屋崎塩田」の歴史や、〝筑豊の炭鉱王〟・伊藤伝右衛門が渡半島の海辺に活洲場を建設して〈津屋崎千軒〉の町興しに貢献、「宮地嶽神社」には石の鳥居を寄贈したことなどをガイドし、喜ばれる様子がNHKテレビのカメラに収録されました。

  21日午後には、「福岡県美しいまちづくり協議会」第1回会員交流会の視察団51人が見学に訪れた宮地浜「夕陽風景時計」(福津市宮司浜4丁目)前で、同時計の考案・設計者の緒方義幸・「海とまちなみの会」景観デザイン委員会委員長が説明する姿もカメラマンに撮影されました=写真①=。

  24日午後は、小野清巳・「海とまちなみの会」世話人や松井元興会長代行、正岡功副会長らが「夕陽風景時計」の汚れを落とすメンテナンス活動がカメラに納められ、宮地浜を訪れた観光客も見学し、興味深そうでした。

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〈催事〉0466:漱石の宿を訪ねて

2016-11-16 21:21:44 | 行楽催事

 

写真①:小天温泉「那古井館」の玄関

     =熊本県玉名市天水町小天8277で、2016年11月15日午前8時45分撮影

 熊本県・小天温泉の漱石ゆかりの宿を訪ねました

  文豪・夏目漱石ゆかりの宿・熊本県玉名市天水町の小天(おあま)温泉「那古井館」=写真①=に11月14日、家族でドライブ旅行して1泊し、15日まで漱石の足跡をしのぶ文学散歩を楽しみました。

 〈山路を登りながら、かう考えた。智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい〉の名文句で始まる漱石の小説『草枕』の舞台になった小天温泉。自由民権運動家で知られる熊本の名士・前田案山子(かがし)の故郷で、その三女槌(つち)が清朝政府に追われた中国革命の孫文を支援した宮崎滔天に嫁いだことでも知られています。また、私の古里・津屋崎の町興しに貢献した〝筑豊の炭鉱王〟・伊藤伝右衛門の妻柳原白蓮が滔天の息子龍介と失踪事件を起こしたこともあり、一度は訪ねたい所でした。

  「那古井館」は明治元年、田尻勢八氏が温泉宿「田尻温泉」として創業。当時第五高等学校教授だった漱石が同30年(1897年)の大晦日、熊本市から小天温泉を訪れ、案山子の温泉付き別邸・「前田家別邸」の離れに数日宿泊、この温泉旅行をモチーフに同39年(1906年)に名作『草枕』を発表したことから、戦後、屋号を小説の中で描かれた小天の架空の地名「那古井」にちなみ、「那古井館」に改名したという。落ち着いた和風旅館で、敷地入り口には小天温泉での作という漱石の〈温泉や水滑らかに去年の垢〉の俳句が刻まれた石碑=写真②=が設置されています。

  

写真②:「那古井館」、敷地入り口にある〈温泉や水滑らかに去年の垢〉の句碑

  案山子の二女卓(つな)が、『草枕』に登場するヒロイン・志保田家の姫様那美さんのモデルとされており、15日に「那古井館」近くに残る「前田家別邸」=写真③=も見学。建物の半地下に、明治時代では珍しい人造石(セメント)仕上げの浴場(男湯、女湯)が設けられていました。

  

写真③:建物の半地下に浴場が設けられている「前田家別邸」外観

  「前田家別邸」見学後、近くの「草枕交流館」=写真④=を訪問。 「前田家別邸」の管理と観光客案内を兼ねた「草枕」の歴史資料館施設で、入館無料です。映像ホールで「草枕」と小天・前田家との関わりのビデオを視聴したあと、前田家の歴史を説明した展示資料を見ました。

  

写真④:「前田家別邸」の管理と観光客案内を兼ねた「草枕」の歴史資料館施設「草枕交流館」

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〈催事〉0465:「第12回環境フォーラムinふくつ」

2016-11-14 08:38:53 | 行楽催事

 

写真①:「第12回環境フォーラムinふくつ」のチラシ表面

 12月17日(土)、イオンモール福津店で

「第12回環境フォーラムinふくつ」開催

  世界遺産登録を目指して「第12回環境フォーラムinふくつ」~ともに守り育てよう!! 世界遺産と有千潟(ありちがた)が奏でる豊かな環境~(主催・福津市環境フォーラム企画運営委員会、共催・福津市、後援・イオンモール福津)=写真①=が12月17日(土)、「イオンモール福津店」で開催されます。

  福津市には2017年の世界遺産登録を目指している「新原・奴山古墳群」や、16年「日本の重要湿地500」に認定された「津屋崎干潟」(古くは「有(在)千潟」と呼ばれ、『万葉集』巻12   3161番の歌=作者不詳=にも〈在千潟 あり慰めて 行かめども 家なる妹い おほほしみせむ〉と詠われています)など、豊かな自然環境に恵まれています。先人たちが守り育ててきた豊かな自然環境を干潟潮汐の流れのように、未来の人たちへと繋いでいくことを環境フォーラム開催のサブテーマにしています。

  私が所属している「津屋崎千軒海とまちなみの会」も、環境フォーラム会場の「イオンモール福津店」2階・イオンホールで、午前10時から午後5時まで宮地浜「夕陽風景時計」と「津屋崎里歩きフットパス」による福津市の景観と自然環境の保全活動の取り組み紹介の展示をします。入場無料。主な展示は、同時計解説パネル(A1判)、同フットパス解説パネル(同)をはじめ、同時計考案者・緒方義幸会員の取り組みを紹介した西日本新聞記事(A3判)、同時計版面(同)、「宮地嶽神社」参道を照らしながら相島の向こうに沈む夕陽のカラー写真(同)=写真②=、同フットパス・コースで観察できる海鳥・ミヤコドリや、海浜植物のハマゴウ、スナビキソウ、〝海を渡る蝶〟・アサギマダラなど動植物のカラー写真(A4判)で、同時計の見方と同フットパスの見所を説明します。

 

写真②:「宮地嶽神社」参道を照らしながら相島の向こうに沈む夕陽

      =平成26年(2014年)2月23日6時6分、正岡功会員撮影

  このほか、「海とまちなみの会」会報ニュース・『はちがめ通信』(A3判)の13号(2014年12月発行)=宮地浜「夕陽風景時計」設置と「津屋崎里歩きフットパス」開設の記事掲載=や、同14号(15年12月発行)=うみがめ課と津屋崎浜、宮地浜に海浜植物保護掲示板を設置の記事掲載=も展示しますので、お持ち帰りください。

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2016年11月12日/〈津屋崎千軒・町歩きスポット〉62蒙古戦没者供養塔

2016-11-12 15:06:19 | 津屋崎まちなみ散策

 

写真①:「宮地浜」に建てられた蒙古戦没者供養塔

      =福津市宮司浜4丁目で、2016年11月11日撮影

 〈津屋崎千軒・町歩きスポット〉 62

 蒙古戦没者供養塔

 「宮地浜」ひっそりと建つ

 福津市宮司浜4丁目の「宮地浜」に、蒙古戦没者供養塔=写真①=が、ひっそりとした佇まいで建っています。国道495号線に面した歩道のそばにあり、旧宗像郡福間町との境になる「今川」河口右岸の旧津屋崎町に入ってすぐの場所。

  中国大陸を支配していた元が日本に侵攻してきた蒙古襲来(元寇)は、肥前・筑前に上陸した文永11年(1274年)の〈文永の役〉と、筑前・長門に襲来した弘安4年(1281年)の〈弘安の役〉の二度ありました。このうち、〈弘安の役〉で宗像沖に襲来した元軍を宗像長氏(ながうじ)が率いる日本軍が迎え討ち、日本軍の死者は奴山(旧津屋崎町奴山)に、元軍の死者は在自海岸(旧津屋崎町在自)に葬られ、元軍の死者が打ち上げられた「今川」の河口付近には後に供養塔が建てられたと伝えられています。

 福間では「今川の河口近くに蒙古の土坊主(どぼうず)が海から迷い出て来た」という伝説が残されており、宮司地区では「今川」に架かる「今川橋」は忌地とされ、陰暦八のつく日は通らない。風に当たったら病気になると言われているという。石の供養塔の表には、「那無阿弥陀仏」の文字が読み取れます=写真②=。

  

写真②:「那無阿弥陀仏」の文字が刻まれている供養塔

     =福津市の「宮地浜」で、11月11日撮影

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2014年11月6日/〈福間・町歩き〉017・「畦町天満宮」の夕陽風景時計

2016-11-06 10:04:01 | 福間・町歩き

 

写真①:「畦町天満宮」の参道石段わきに設置された夕陽風景時計

      =福津市畦町で、2016年11月6日撮影


〈福間・町歩きスポット〉17

:「畦町宿天満宮」の夕陽風景時計

 福津市畦町(あぜまち)にある「〈唐津街道〉・畦町宿場跡」を11月6日、久しぶりに訪れました。畦町宿の上町にある「畦町天満宮」境内に2月設置された夕陽風景時計=写真①=を見るためです。

  「畦町天満宮」=写真②=は、畦町宿の街道の「東構口」跡近くの丘陵にあり、江戸時代の建立。拝殿裏にある祠の菅原道真公像は、江戸中期・明和2年(1765年)の作という。街道から参道の急勾配の石段は108段あり、手すりをつたって上りました。

  

写真②:菅原道真公を祀る「畦町天満宮」

  夕陽風景時計は、石段最上部近くの踊り場に櫓風に手づくりされた木枠の展望所の平板台(標高約50㍍)上に設置=写真③=された簡便な作りです。時計の版面は、考案者の「津屋崎千軒 海とまちなみの会」会員・緒方義幸さんが、「唐津街道畦町宿の街並みを保存会」の要請でA3判で印刷、ラミネート加工。「海とまちなみの会」が福津市の「宮地浜」に設置している夕陽風景時計のステンレス製版面は、本格的な造りですが、製作費は市民募金約40万円を要しました。畦町宿の夕陽風景時計は、本格的な造りを目指されるのでしょうか。

  

写真③:夕陽風景時計が木枠の平板上に設置された展望台(中央。向こうは畦町宿の街並み)

  2月28日、緒方さんが畦町宿で開いた住民向けの夕陽風景時計の説明会では、「畦町天満宮」からは2月12日前後と10月30日前後に博多湾の玄界島に沈む夕陽が見られるという。

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2016年11月5日/〈貝寄せの浜・「貝寄せ館」物語〉109:〝光の道〟写真を展示

2016-11-05 15:54:29 | 「貝寄せ館」物語

写真①:「貝寄せ館」に展示の「宮地嶽神社」参道を照らし相島の向こうに沈む夕陽の写真  

     =平成26年(2014年)2月23日午後6時6分、正岡功・「津屋崎千軒 海 とまちなみの会」会員撮影

貝寄せの浜・〈貝寄せ館〉物語 109

〝光の道〟写真を展示

 「貝寄せ館」に夕陽絶景の〝光の道〟写真を展示

 人気アイドルグループ「嵐」のテレビCM〝光の道〟影像が2月に放送され、全国的に有名になった福津市・「宮地嶽神社」参道石段からの神秘絶景。「津屋崎千軒 海とまちなみの会」の観光ガイド拠点事務所・「貝寄せ館」(同市津屋崎3丁目)に11月5日、〝光の道〟の写真((A3判ラミネート加工)=写真①=が展示されました。

 この写真は、正岡功・「海とまちなみの会」会員が、「宮地嶽神社」参道石段から平成26年(2014年)2月23日午後6時6分に撮影。〝光の道〟の夕陽絶景は、「宮地嶽神社」参道石段最上部から10月18日ごろと、2月23日ごろの年に2度しか見られません。 10月18日の〝光の道〟の夕陽絶景は、TBSテレビの全国放送番組「あさチャン」で同月10日、秋にしか見られない日本で3か所のおすすめ絶景の一つとして、過去のビデオ映像や観光客のインタビーを交えて事前告知されましたが、当日の天候不良で絶景は見られませんでした。

 この結果、次の〝光の道〟の夕陽絶景を観賞出来るチャンスは、2017年2月23日ごろに持ち越しです。11月13日(日)、27日(日)の開館日に「貝寄せ館」にお越しの方は展示中の正岡会員の夕陽写真を参考にご覧ください。

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記事20161102:福岡県美しいまちづくり協議会会員交流会の参加会員募集

2016-11-02 06:09:35 | 行楽催事

 

写真①「宗像・沖ノ島大国宝展」(宗像大社主催)のパンフ表紙

21日、「福岡県美しいまちづくり協議会」第1回会員交流会

世界遺産登録の取り組み学習や「宗像・沖ノ島大国宝展」見学

  自治体職員やまちづくり団体などで組織している「福岡県美しいまちづくり協議会」の第1回会員交流会が11月21日、「海と世界遺産を活かした景観まちづくり」をテーマに宗像・福津両市で開かれます。

  午前9時に宗像市のJR東郷駅前に集合し、貸切バス2台で同市の「メイトム宗像 市民活動交流館」に移動。午前中は研修会を行い、九州大学名誉教授で「海の道むなかた」館長の西谷正・国指定史跡津屋崎古墳群整備指導委員会委員長が、県と両市が2017年の世界遺産登録を目指している「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の世界遺産登録に関する取り組みについて講演、宗像・福津両市職員が両市の連携による景観に関する取り組みを説明したあと、地元団体の活動紹介があります。

  午後1時半からの現地視察では、宗像市世界遺産推進室職員の案内で宗像大社・「神宝館」で開催の「宗像・沖ノ島大国宝展」=写真①=を見学後、福津市世界遺産推進室職員の案内で世界遺産構成資産の一つの「新原・奴山古墳群」を視察します。会員は参加無料ですが、福津市・「華杏」での昼食代1,620円は各自負担。「津屋崎千軒 海とまちなみの会」からも4会員が参加を申し込み済みで、希望会員は14日までに事務局・吉村へメールE-mail:yosi3019@sage.ocn.ne.jpでお申し込みください。

 世界遺産登録活動は、2017年5月にユネスコ(国連教育・科学・文化機関)から調査を委託されたイコモス(国際記念物遺跡会議)の調査報告の発表、7月にはポーランドで行われる世界遺産委員会で登録の可否が決定する予定。

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