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たちずさむ時間

2009-12-31 | 私のギリシャ物語
一年の最後の陽が地平線に沈む。
暮れなずめば、掃除の手を停めて
私は空を見上げずにはいられない・・・・

1974年の大晦日 私はミコノス島行きのフェリーの甲板にいた。
暮れても真っ黒にならない濃い紺色の夜空と
それを映し出す群青の海のふれあうあたり、
煙をなびかせてフェリーは進んでいた。

満月ではないおおきな月が出ていた。
まるでバースデーケーキのように真っ白な小島が
見えたときは、心が躍った。

濃い群青の海の上、遠くを行く大型船は 
すべての照明を灯し、準備の整ったオペラ劇場のようだった。

フェリーは湾の外に碇を下ろし、私たち乗客は甲板に並んで
小型船が迎えにくるのを待っていた。当時のミコノス港は水深が
浅く、大型船は着岸できなかったのだ。

やってきた迎えの船は驚くほどに小さい。私たちはこれから
風の穏やかな・.とはいえ 冬の夜の海に揺れる小舟めがけて
飛び降りるのだ。

小舟には 旅客や投げ下ろされる荷物を受け止めようと
屈強な船員が身構えている。しかし、
飛び降りるのが若い女性の時と、太ったおじさんでは
受け止める船員側の意気に明らかな違いがあるように見えた。

大晦日の夜中の船旅をする人は、帰郷する兵士や地元出身者が
ほとんどで、迎えにきた家族に抱きかかえられるように家路についた。

船着き場に残されたのは私とオーストリアから来た少年たちの
グループ。なかに少女のようにかわいらしい男の子がいた。
インゴーという名が、バラ色の頰をした彼にふさわしくない
ように思えて、私は彼をウィーン少年合唱団と呼んでからかった。

黒ずくめの小柄なおばあちゃんが近づいてきて
「ユー・ズリープ?カム、マァーイ、ハウズ。」といったので
泊まるところあるよ、うちにおいでという意味だろうと、
私たちは「ネー、ネー(はい、はい)」と真っ黒なカラスのような
いでたちのおばあちゃんの後ろにくっついていった。

迷路のような細い道をくねくね行ったところにあったのは
おばあちゃんも腰を屈めるくらい小さな青いドアがついた、
でも中は暖かくて居心地のよいペンションだった。

荷物をおろすと早々に、
「少年合唱団」と一緒に冒険に出かけた。大晦日の真夜中、
静まり返った中で、奇跡的に空いているカフェニオンを見つけ
みんなで乾杯した。といってもそれぞれ一杯だけ。
若くて貧乏というのが、私たちの唯一の財産で共通点だった。

カフェニオンを出て はたと立ち止まった。
周囲は真っ白な建物ばかり、目印など見当たらないのだ

私たちはカンで歩きはじめたが、すぐに同じところを
ぐるぐる回っていることに気がついた。

壁も道も真っ白な世界、薄い青の空気と影。
まるで氷河でできた街のようだ。

インゴーが「おばちゃんちは青いドアの建物だったよ」と
役に立たないことをいう。
ここは青でないドアの家のほうが少ないのに・・

でもそんなに遠いわけないよ
私たちは思いつく限りの、ありとあらゆるジョークを
小声で話しながら青い氷でできたような世界を歩き回った。

どのくらい歩いたのだろう。迷って困っているはずなのに
心から楽しくて、私は一生ずーっと、このまま歩いてても
いいなぁと思っていた。

遠くからスニーカーの私たちとは違う、
コツコツという靴音が聞えてきて、曲がり角から、
ちっちゃなエレニおばあちゃんが姿を現した。

迎えにきてくれたおばあちゃんと家に戻り、新年を祝う
バシロピタをごちそうになった。幸運をもたらすという
コインが当たったのは、あのインゴーだった。

たちずさむ時間を私たちは記憶と呼ぶのだろうか。

もしあの時、エレニおばあちゃんが探しにきてくれなかったら
私たちはあの青く透き通るミコノスの迷路を笑い声を上げながら
いまも歩き続けているのかもしれない。

記憶はいつも時間の流れの中に立ちずさんで、
あなたが思い出して、迎えにきてくれるのを待っている。

真っ白な碧い影のミコノスの迷路、角をまがると
あのときの私が、今の私がくるのを待っているのかもしれない。
そう思って、毎年大晦日の夜空を仰ぐ。
今夜は どうやら 満月らしい








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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (toko)
2009-12-31 17:41:14
満月。
そして、部分月食だそうですね。
寝入ってる頃ですけれど…。

今年はニューオリンズじゃなかったんですね?

今年も大変お世話になりました。
来年もまた、ときどき遊んでくださいませ。
よろしくお願いします
返信する
tokoさん (lesvosolive)
2009-12-31 18:53:30
アメリカの空港で また
怖いことが起りそうだったようで
今年は旅行中でなくてよかった・・と
Rさんと話してたところです。

どうして、こんな危険な世界に
なってしまったのかしら、
2010年はどうか平和で
良い年になりますように

こちらこそ来年もどうぞよろしく
返信する
Unknown (チマキ)
2010-01-01 04:35:28
あけましておめでとうございます〓

いつも温かい言葉、本当にありがとうございます

懐かしく、遠い、記憶。
でも記憶はこうして、その持ち主が人生の中でふとたちずさむのを、待っていてくれるのですね。

新年を迎えた今。
自分の記憶ではないのに、ゆっくりと文章を読んでいると、何かわーっと感情が沸き上がってきました。。

年の始めにこんな気持ちになれて良かったあ。Mytileneさんありがとう!

今年ギリシャで会えたら!素敵ですね。
返信する
チマキさん (lesvosolive)
2010-01-01 08:45:41
新年おめでとうございます。

「命」とは「時間」で
「自分」とは「記憶」で
できてるんだなぁって思います。
 
チマキさんがあのときの私に
出会ってくれてうれしいです。

ことしもよろしくお願いします。
返信する
Unknown (Jupoi)
2010-01-13 15:37:15
明けましておめでとうございます。

とても素敵な言葉がちりばめられたlesvosoliveさんの文章を読んで、どこかで今も私を待ち続けている幼い自分がいるようで、とてもセンチメンタルな気分になりました。

今年もどうぞよろしくお願いします。
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jupoiさん (lesvosolive)
2010-01-13 17:06:43
幼い時の自分と今の自分、繋がっているような、いないような・・、でも思い出して探しに行ってあげると
きっと待っててくれますよ。

こちらこそ
今年もよろしくお願いします。

和食とニューオリンズ料理と
ギリシャ料理というメニューを日常的に食べてる家って、珍しいと思います。

うちとjupoiさんのところくらいかもしれませんね。

 
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