日々是好日

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ゲオルギューとアラーニャのメトロポリタンオペラ「つばめ」 迫真演技の謎?

2010-02-08 12:55:08 | 音楽・美術
2月5日、前の金曜日であるがNHKハイビジョンでメトロポリタンオペラ、プッチーニの「つばめ」を観た。主役を演じるロベルト・アラーニャ(T)とアンジェラ・ゲオルギュー(S)の夫婦コンビに酔いしれた。二人の歌声を初めて聴いたのはCDの「Roberto Alagna & Angela Gheorghiu Duets & Arias」(EMI)で、日本語版では{アラーニャ&ゲオルギュー/愛のデュエット集}となっており、何故かその2枚が私の手元にある。ミミとロドルフォの二重唱「愛らしい乙女よ」がとくに評判になっていたようで、二人の若さとリリシズムに満ちあふれた歌声にうっとりとしたものである。私の好きなのはドニゼッティ「ドン・パスクワーレ」からの二重唱「もう一度、愛の言葉を聞かせて」で、聴くたびに夢心地に引き込まれる。1995年の録音で63年フランス生まれのアラーニャが32才、65年ルーマニア生まれのゲオルギューが30才、まさにこれから歌の世界に羽ばたくその首途の時期であったのだろう。アラーニャはこれが2枚目のCDであるがゲオルギューにとっては最初のリリースであった。初々しさが満ちあふれた姿がその写真から感じ取られる。前妻をガンで1994年に喪ったアラーニャがゲオルギューとステージやレコーディングで一緒に歌う機会を重ねるうちに恋に陥り96年に結婚したので、このCDはその記念盤にもなっている。


この「つばめ」でお二人に久しぶりにお目にかかった。15年の歳月を経て、アラーニャはこれが?と思うほどの変貌を遂げていたが、ゲオルギューの容姿からは女性ならではの節制が感じ取らた。

プッチーニの「つばめ」は私はこれがはじめてである。歌劇 「つばめ」に物語の概要が述べられているが、パリでも指折りの銀行家ランバルドの愛人であるマグダをゲオルギューが、田舎出の若者ルジェーロをアラーニャが演じ、恋に落ちた二人が南仏ニースの瀟洒な別荘で愛の巣を営むことになる。しかし増える一方の請求書に二進も三進も行かなくなったルジェーロは親に金の無心をし、その上マグダとの結婚を認めさせるなど道楽息子ぶりを発揮する。そのルジェーロにマグダの心は深く惹きつけられるが、自分の過去を思うと結婚はできないものと思い定め、すべてを告白してルジェーロから離れてランバルドのもとに帰って行く。「椿姫」と相通じる筋立てで、美しい旋律の流れていくところもなんとなく似ている。仲むつまじいマグダとルジェーロは絶えず抱き合っては歌の合間に濃厚な口づけを交わす。この程度なら今や驚くに当たらないが、別れの愁嘆場を演じるアラーニャの迫真の演技には度肝を抜かれてしまった。涙が滂沱と流れ落ち水っぱも派手に垂らして、それでいて歌っているのである。そこまで出来る歌手が、またそれをやらせる演出家が日本にいるのだろうか、と、超えることの出来ない力の差を感じて圧倒されてしまった。これでは日本人の演じるオペラは所詮学芸会のレベルを脱しえないのではないかと思ったからである。

しかし話はそれほど単純ではないようなのである。つづきがあった。ゲオルギューとアラーニャの近況が知りたくてネットを訪ねてみたところ、なんと昨年の10月に二人の離婚が報じられているのである。ゲオルギューの母国、ブカレストの新聞は次のように伝えている。


そして彼女の公式サイトではその前日2009年10月10日付けの声明があり、彼女がアラーニャとすでに2年間も別居生活をしており、その間、結婚生活をそのまま続けようと試みたものの、その試みが失敗に終わったことを述べている。

2月5日に放映された映像は2009年1月10日のマチネーのもので、この舞台は2008年12月31日から始まった、メトではこの70年間ではじめての公演だそうである。とするとこの時のゲオルギューとアラーニャはすでに別居生活に入っており、しかし結婚生活を続けるための努力が稔らず、家庭生活を愛するアラーニャにとっては耐え難い破局への予感が高まりつつあるころの舞台であったことになる。あの迫真的な演技が、去っていこうとするゲオルギューをどうしても引き留めることのできない己の無力さへの涙であったとすると、日本人歌手ならずともそこまでの演技に肉迫できる歌手はほかにいなかったのかも知れない。人生とドラマ、表裏一体を感じてしまった。2009年8月11日にゲオルギューが年末にメトでアラーニャと共演するはずの「カルメン」への出場を個人的な理由と言うことで取り消したので、この「つばめ」が二人の最後の共演舞台となったのだろうか。