玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

お客様目線の「代理出産」議論

2008年08月10日 | 代理出産問題
インドで日本人の「代理出産」依頼者によるトラブルが起きている。

代理出産の女児、帰国できず…父母が離婚、国籍なし : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
 日本人夫婦が、インド人女性に代理出産を依頼して女児が生まれる前、離婚したため、子供の母親や国籍が不明になっていることが7日わかった。

 離婚した元夫は子供を引き取る意向を示しているが、外務省は、出産女性を母とする日本の民法の判例に従い、日本人としての女児の出生届は受理できないという判断を元夫に伝えている。

 元夫が、子供を引き取るにはインド、日本国内の養子縁組に関連する法律の手続きを踏む必要があり、子供は現在、インドを出国できない状態だという。

 代理出産の是非については、日本学術会議が途上国への「代理出産ツアー」を問題視し、「代理出産は新法で原則禁止とすべき」との報告書を今年4月にまとめたが、その懸念が現実化した形だ。


私は「代理出産」(個人的には寄生出産と呼んでいる)には反対しているけれど、今回の事件に特別な関心はない。
記事にも書かれているように「日本学術会議が途上国への『代理出産ツアー』を問題視し、『代理出産は新法で原則禁止とすべき』との報告書を今年4月にまとめたが、その懸念が現実化した」のが今回の事件だ。すでに予想されたことであり、遅かれ早かれトラブルが起きるのは目に見えていた。驚くようなことは何もない。
依頼者の元夫婦がインドでの「代理出産」を選んだ経緯はよくわからない。

インド代理出産:元妻が反論「代理出産には不同意」 - 毎日jp(毎日新聞)
 日本人の男性医師がインドで代理出産を依頼し生まれた女児が日本に帰国できなくなっている問題で、男性医師の元妻が毎日新聞の取材に応じ「代理出産に同意していなかった」などと話した。

 元妻によると、インドで代理出産の書類に署名させられたが、読む時間を与えられないまま署名を迫られ、後で同意書と知らされた。その後、子供が男性医師と自分との子であるよう装う出生証明書の偽装のため再渡航を求められたが断ったという。元妻は離婚の際「代理出産は私の意思とは無関係」と医師に書面で誓約させたと話している。【石原聖】


元妻によれば医師である元夫の強引なやりかたに問題があったようである。とはいえ、片方の言い分だけで判断することはできない。「2ちゃんねる」などで不確実な情報()をもとに議論が行われているが、どうも危なっかしい。
男性医師が帰国して、元妻とともに事情を明らかにしてくれることを望む。

インドの事件については今のところ「関係者と日印両政府が子供の幸せを第一に考えてくれることを望みます」というほかないのだが、この事件をめぐる世論には注目している。
「インド 代理出産」をキーワードにブログ検索すると多くの記事が並ぶ。そのほとんどが依頼者に批判的だ。

人生は面白い: これでは女の子がかわいそうだ
Matimulog: news:泥沼化する代理出産後始末
身勝手な代理出産 - SALT OF THE EARTH - 楽天ブログ(Blog)
無責任な代理出産 - ラビットらむのひとりごと - 楽天ブログ(Blog)
身勝手な大人たち - 雀千声

向井亜紀・高田延彦夫妻による裁判のときのような「依頼者は悪くない、依頼者の希望を踏みにじる政府・裁判所が悪い」という意見は見つからなかった。依頼者夫婦が離婚したことを無責任と責める声が多いようだ。
世論は流されやすいな、センチメンタルだな、と思う。
私自身は「代理母」の健康・人権が最も重い問題だと考えているので、依頼者側のトラブルにはそれほど関心をもてない。強く批判する気もない。むしろ「そりゃ生身の男女なら離婚することもあるだろう」と思う。
依頼者のどちらも子供の受け取りを拒否するようなら問題だが、今回は元夫が引取りを望んでいる。世論が本気で「代理出産」自体を肯定するのであれば、向井夫妻の場合と同じく「依頼者は悪くない、パスポートを出さないインド政府と戸籍を認めない日本政府が悪い」という意見が多くてもよさそうなものだ。
「依頼者夫婦の離婚」という、「代理出産」の本質(借り腹・寄生)とは無関係な部分で賛否が逆転するのは、多くの人が依頼者側の幸せしか考えていないことの表れだろう。

  ・ 向井夫婦のように依頼者が幸せ(本当はどうなのか知らないが)ならば「代理出産はいいことだ」
  ・ インドの事件のように依頼者がトラブルを起こすと「代理出産は問題だ」

どちらにしても、代理出産のいちばんの当事者である「代理母」への視線はない。あくまでも「お客様」の立場でしか見ていない。


「代理出産を原則的に禁止すべき」とする日本学術会議の答申が出たことで「代理出産」をめぐる世論は大きく流れを変えた。
これまでの「なぜ反対するのかわからない」「認めて当然」というお気楽な容認論は影を潜め、「代理出産には問題があるらしい」「慎重に考えるべきだ」と考える人が増えている。今回の事件でさらに慎重論・反対論は広がるだろう。
「代理出産」に反対する私にとって望ましい展開のはずだが、どうもモヤモヤしたものが残る。相変わらず世論が「お客様目線」で依頼者の側ばかりに感情移入する点は変わってないからだ。
仮にインドの事件が「代理母」側のトラブルだったら、「心優しい」日本国民は簡単に切り捨てそうな気がする。
たとえば「出産時の事故で代理母に障害が残った。依頼者に多額の損害賠償請求される」とか「代理母が子供の受け渡しを拒否した」といった事件が起きたときに「自己責任だろ」「契約を守れ」という声が多数派を占めるのではないか。そうでないことを望むが、私にはまだ「代理出産」について理解が広まったとは思えず、世論を信用できない。


私の知る限りネットにおけるもっとも熱心な「代理出産」肯定論者である "Because It's There" 春霞氏がまた無理やりな印象操作をしていた。

Because It's There 代理出産児、インドから出国できず~日本人夫婦が誕生前に離婚したことが影響
2.代理出産の是非については議論がありますが、海外に行って代理出産を依頼する日本人医師夫婦が少なくないと聞いていました。この報道を聞いて、やはり代理出産を行う日本人医師夫婦は少なくないという証左になったと思いましたし、医療情報に詳しい医師であるからこそ、米国での代理出産は費用の点から困難なので(米国在住の日本人は別。かなり多いと聞いています)、やはりインドでの代理出産を行ったのだろうと思いました。

注目すべき点は、代理出産の医学的妥当性がよく分かっている医師が、代理出産の当事者であるということです。自分の子を持ちたいという人としての願望は誰しも同じであることは根底にあるとはいえ、医師が代理出産の当事者である以上、医師も代理出産の医学的妥当性を暗に肯定した行動を行っていることをよく認識しておくべきです。

これこそまさに「お客様目線」の代理出産肯定論の見本である。
仮に「代理出産を行う日本人医師夫婦は少なくない」としても(本当かどうか知らない)、「医師が代理出産の当事者である」とは言えない。「代理出産」のいちばんの当事者は生命のリスクを負って出産する「代理母」とその家族だ。アメリカやインドに行って「代理母」を利用する日本人医師夫婦はあくまでも「代理出産サービスの利用者」でしかない。
「代理出産」が合法的な国で仮に(あくまでも仮定の話だと念押ししておく)女性医師・医師の妻・看護婦など医療関係者が率先して「代理母」を志願しているとしたら私も「代理出産の医学的妥当性」とやらを認めてもいい。だがそんな事実はないはずだ。私は何も調べていないけれど断言できる。
「代理母」をやらされ子宮を利用されるのは弱い立場の女性たちである。「代理出産」の本質は欲望に取り付かれた男女が妊娠・出産リスクを弱者に押し付ける寄生出産だ。

・ 代理母には貧しい女性がなるケースが多く、65万~162万円の金を手に入れることができるという。 (読売新聞

・ 代理母について10数年間ぼくがやってきた取材から浮かび上がった構図と今回もまったく同じだった。裕福な日本人と貧しいアメリカ人である。 (大野和基コラム 代理母インタビューの真実

お客様目線の「代理出産」議論にはもううんざりだ。


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1 コメント

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文芸の世界では (てんてけ)
2008-08-10 22:21:50
新潮社の販促雑誌「波」2008年4月号にて、海堂尊という人の書いた「ジーン・ワルツ」という本についての対談が掲載されているのですが、海堂氏は堂々と
「今の日本学術会議の答申が受け入れられれば、理恵の行為は「悪」ですよね。では何を害したかゆえの罪なのか。罪とは必ず何かに対して不利益をもたらすものです。泥棒は相手の財産権を侵害するから罪を問われる。代理母出産を罪とする最大の根拠が非常に曖昧なまま、議論もほとんどなされていないんです。」
(略)
「ところがこういう先鋭的な病院ができると、国はこれを的として排斥しようとするんです。実際に代理母出産を推進している諏訪クリニックの根津八紘医師の病院には国税局の査察と保険診療の審査が立て続けに入ったというし、病気腎移植を手がけていた万波誠医師は保険医の指定を取り消されそうになっている」
と語っておりまして、現実に産む人のことについては言及されておりません。
また玄倉川さんの意見とは別に、官は弾圧をちらつかせているように読めます。
この「ジーン・ワルツ」の売れ行きとか情報の発信力、どれくらいありますかね。
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