とね日記

理数系ネタ、パソコン、フランス語の話が中心。
量子テレポーテーションや超弦理論の理解を目指して勉強を続けています!

トポロジー:柔らかい幾何学:瀬山士郎

2010年03月04日 20時35分07秒 | 物理学、数学
トポロジー:柔らかい幾何学:瀬山士郎

いつものように(話の正確さは犠牲になるが)数式を使わずに高校生、一般読者向けの紹介を試みてみよう。言葉だけによる説明には限界があるので「ホモロジー理論」についての正確な説明はウィキペディアの記事などを参照していただきたい。

昨年放送された「リーマン予想についての番組」がきっかけで、現代物理学の最前線と現代幾何学の最前線に密接な関係があることを知り、数学の素養も深めなければということで年初から現代数学と呼ばれている分野の勉強をはじめた。そもそも多様体論から派生した微分幾何学は第2レベルの物理数学と言っていいほど相対性理論やゲージ理論に必要な分野であるわけだし。その方向で勉強を進めている最中、微分幾何学の教科書で挫折してしまい、そのヒントにでもなればと読んだのが今回の「トポロジー:柔らかい幾何学:瀬山士郎」である。

入門書とはいえ僕には十分難しく、じっくり読んだのだが全体の理解度は90%くらいだった。それでも読んだ甲斐は十分あったと思う。本書は「くだけた数学の教科書」というスタイルで、教科書である以上「定理の証明」の手も抜かれていない。とはいえ図も多く、多くの例で具体的に計算を示して丁寧に説明しているので、一般の教科書にくらべてはるかにわかりやすい。数式(群論)を使う本格的なトポロジーの入門書として、特にお勧めしたい1冊だ。「形」の研究がどのようにして群論という数学の分野に結びついていくのかを知りたい方は是非お読みになっていただきたい。

トポロジー(位相幾何学)も多様体論から派生した分野で、物の「形」がもつ普遍的な性質を研究する分野だ。メビウスの輪やクラインの壺、トーラスなどと呼ばれる物体のイメージで知られている。大学では数学科の3年で学ぶ内容である。

本書は入門書なので1次元と2次元のトポロジーを学ぶ。1次元のトポロジーは点と線で構成される物体で、たとえば四面体などがこれにあたり、これをトポロジー的に伸縮させると球になる。これら2つを同じ(同相)とするのがトポロジーの流儀だ。

2次元のトポロジーは球面やドーナツ(トーラス)、メビウスの輪、クラインの壺など閉曲面であらわされる形のことだ。これらは必ずしも3次元空間に存在できるわけでなく、たとえばクラインの壺が本来の姿で埋め込まれる空間は4次元だ。これら2次元の形も同相な点と線を物体間で対応させることから理論が展開しはじめる。

これら1次元、2次元の形が持つ共通な性質のうち大切なのがベッチ数とオイラー標数と呼ばれる数だ。ベッチ数は多面体の連結成分の個数をあらわす。点と線で構成される多面体として物体をあらわしたとき点の個数を0-単体のベッチ数、線の個数を1-単体のベッチ数と定義する。(ちなみに2-単体とは三角形、3-単体が四面体のことだ。)オイラー標数はベッチ数の単純な加算と減算で計算される数で、この数を基にして多面体を(ある程度まで)分類することができる。

オイラー標数とベッチ数の関係をあらわすのが「オイラー-ポアンカレの定理」と呼ばれている公式で、物体の連結性を表す公式として多次元にまで拡張して成り立っている美しい定理だ。多次元でもオイラー数は各ベッチ数の加算と減算を繰り返すことによって求めることができる。

この段階ではトポロジーをまだ算数的に扱っているにすぎないのだが、第5章のホモロジー論の章以降、トポロジーは群論という道具、大学で学ぶレベルの数学を使って「形」を分類する段階に進む。群論と聞くとひるんでしまう読者もいるだろうが、トポロジーで必要になる群論については第5章のはじめで説明されているので他の本を読まなくても大丈夫だ。トポロジーでは群論の「同型」や「準同型」、群から群への写像などの考え方を使って「形」と群との間の関係をを明らかにして形を分類していく。本書で必要になる群論の手法も初歩的なものだけで足りる。

ホモロジー理論と聞くと難しそうに聞こえるだろうが、複体(多面体)の一部を切断してその複体が分離するかどうか見ることでその複体の「連結性」を計算することからはじまる手法だ。切断する対象が2次元の閉曲面の場合、その曲面上の閉曲線で切断することになる。閉曲線はぐるりと回っているから「サイクル」となっていて、閉曲線の取り方も切断する複体を構成する単体の数だけある。そのひとつひとつを鎖複体 C_r(K) と呼ばれる群で定義する。鎖複体は幾何と代数(群論)の中間的な概念だ。さらに鎖複の系列で隣同士の鎖複体は準同型な関係の群であることがわかる。(文章だけで説明するのは無理を承知で書いてしまったが。)

詳細は省くがKという多面体にある鎖(チェイン)、サイクル、境界サイクルというそれぞれの概念に対応した群をそれぞれ C_r(K)、Z_r(K)、B_r(K) として求めることができ、そのとき商群 Z(K)/B(K) で定まる群のことをホモロジー群と呼び H_r(K) であらわす。ホモロジー群は多面体ごとに計算され具体的な計算値は0、Z(加群=整数と同じ要素をもつ群)、Z+Z、Z+Z+Z、...のような群となる。(+の部分は丸の中に+記号)

複体のホモロジー群の間にも準同型写像となる関係があり、その連鎖は「ホモロジー群の完全系列」と呼ばれている。系列を構成しているそれぞれの群の間の写像が、多面体を切断したり境界をとったりする前後での多面体間の構成要素の対応関係になっているのだ。本書ではホモロジー群の計算で使われる「マイヤービートリスの完全系列」についても詳しく説明と証明がされている。マイヤービートリスの完全系列についての英語版ウィキペディアの記事はこちら。)

第5章や第6章の前半で群論を駆使したホモロジー理論の定理と証明が集中するため、理解に苦労する読者がいるかもしれない。けれども第6章の後半で球面やトーラス、ハンドルなど代表的な閉曲面を複体(多面体)に置き換え、実際にホモロジー群を計算してみせてくれている。群論による定理や証明の理解が不十分でもやもやとしていた読者も、学んでいることの意味がはっきりとイメージできるようになると思う。6章の最後の数ページは脱落しかけた読者にとって救いとなるだろう。

1次元や2次元の図形を分類しようとするとき、ホモロジー理論による手法は強力な道具となるのだが、3次元以上になると十分な分類が得られないことがわかっている。3次元以上でも分類できるようにと考えられたのがホモトピー理論なのだが本書ではあつかわれない内容だ。

ホモロジー理論は日常的な言葉で言い換えれば、トーラスなどの曲面を二つに分離しないようにぐるっとひと廻りで切る方法が何通りあるかで穴の個数を数えて分類する方法だ。

それに対しホモトピー理論は、トーラスなどの曲面上に描いたループ(閉曲線)をその曲面上で1点に縮めることができるかどうかという視点で穴の個数を数えて分類する方法である。

瀬山先生は本書と同じようなレベル、スタイルでホモトピー理論を中心に解説した本も書かれている。
トポロジー―ループと折れ線の幾何学:瀬山士郎」(レビュー記事


中学生でも理解できるレベルの本をお望みならば、新書サイズのこの本がいいだろう。ホモロジーとホモトピーも36ページに渡って解説されている。
はじめてのトポロジー:瀬山士郎



今日の記事で紹介したのはこちらの本。

トポロジー:柔らかい幾何学:瀬山士郎


目次:

第1章:トポロジー、柔らかい幾何学
- トポロジーの感覚
- ユークリッド空間、図形の容器
- 言葉の用意

第2章:1次元のトポロジー
- ケーニヒスベルクの橋
- 連結性とオイラー-ポアンカレの定理(1)
- ユークリッド空間への埋め込み(1)
- 多角形のジョルダンの定理

第3章:2次元のトポロジー
- 閉曲面
- 閉曲面の展開図
- 閉曲面の分類
- 連結性とオイラー-ポアンカレの定理(2)
- ユークリッド空間への埋め込み(2)

第4章:複体と多面体
- 複体と多面体
- 連結性とオイラー-ポアンカレの定理(3)
- ユークリッド空間への埋め込み(3)
- 埋蔵次元と球面

第5章:ホモロジー理論
- 群と準同型
- 鎖複体
- ホモロジー群
- 0次元ホモロジー群と1次元ホモロジー群
- 連結性とオイラー-ポアンカレの定理(4)

第6章:ホモロジー群の計算
- 完全系列
- 簡約ホモロジー群
- ホモロジー群の計算
- ホモロジー群の応用
- 終りに

補遺
- 重心細分の性質
- ホモロジー群の位相不変性の証明

進んでトポロジーを学ぶ人のために(参考書籍紹介)


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2 コメント

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瀬山士郎さん (271828)
2010-03-06 08:53:39
とねさん こんにちは

著者の瀬山士郎さんには2度お目にかかったことがあります。地元ですからね。
詳しいことは忘れてしまったのですが、一つだけ覚えているのは、『曲線と曲面の微分幾何』が好きだと言ったら「あれは名著なんですよ」と教えてくれたのです。

トポロジーはとりあえず仕事には使えそうにないので、敬遠しております。またリーマン予想のTV番組も見逃しております。
ですがHHKスペシャルで放映されたポアンカレ予想の番組は見ております。この番組に登場するギリシャ人数学者Christos Papakyriakopoulos をモデルにした小説『ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」』のことを書いたことがあります。
http://blog.goo.ne.jp/slide_271828/e/403e786838f1c57c8b4c349965dd86a3

http://blog.goo.ne.jp/slide_271828/e/403e786838f1c57c8b4c349965dd86a3

ペトロス伯父はパパキリアコプーロスをモデルとしたことを知ったのは記事を書いた後のことです。
小説に登場するコンスタンディノス・カヴァフィスのことも書きました。
Re: 瀬山士郎さん (とね)
2010-03-06 12:34:35
271828さんへ

2度も瀬山先生にお会いになられたのですね。うらやましい限りです。
『曲線と曲面の微分幾何』は僕も読んでみてよかったと思っています。(注文ミスしてしまい2冊持っています。(笑))

> トポロジーはとりあえず仕事には使えそうにないので

もし271828さんがトポロジーだけを使って設計をなさったとしたら、構造解析を無視したとんでもない建築物が出来上がってしまうでしょうねぇ。(笑)

ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」の記事を読ませていただきました。数学者が俳優をしたり、演劇の世界に身を投じると(まだ見ていませんが)このように質の高い作品を生み出すことができるのですね。『博士の愛した数式』(映画)は僕も見ましたが、あれはどうもねぇ。。。(笑)

ところで2月13日にgooのほうにメールをいただいていることに今日やっと気がつきました。返信が大変遅くなり申し訳ございません。僕の個人のメールアドレスのほうから271828さんのgooのメールアドレスに返信させていただきましたのでお読みになってください。

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