とね日記

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悩めるみんなの統計学入門:中西達夫

2010年11月27日 16時04分20秒 | 理科復活プロジェクト
悩めるみんなの統計学入門:中西達夫

科学ブログ友達のrikunoraさんこと中西達夫さんが今月ユニークな統計学の入門書を出版されたので、読後感想と本の宣伝、そして自分と統計学の関わりについて書かせていただいた。

彼は「悪魔の妄想」というとても楽しい科学ブログの管理人である。会社員や家庭人をしながら本を出版するというのは並大抵のことではない。「突然ですが、統計学の本を出すことになりました。」とブログで発表したとき、「EMANの物理学」の広江さんに続き、彼もとうとうデビューしたんだ!」と喜んだものだ。物理や数学を楽しみながらそれを世の中に発信して科学ファンを増やしたいという中西さんの初出版は、同じ志を持つ僕にとってもうれしいニュースだった。

対象とする読者は「レポート・論文を書く学生さん、ビジネスマン必読!」であり、カバー裏には「あなたにもきっと身に覚えのあるお悩み問題を、少女たちとともに、統計学の知識ですっきり解決!6つのキーワードにしぼり、統計学の全体を見渡せば、むだなくむりなく基本を身につけることができます。」とある。

本全体をとおして計算式は「算数」の範囲に抑えてあり、xやyなどの英文字を含んだ数式はでてこない。「算数」であることは広く一般の人に読んでもらうためには重要なポイントなのだ。世に出ている「統計学入門書」はたいてい数式が書いてあり、数学が苦手な一般読者を遠ざけてしまっている。

中西さんが取り上げた「お悩み問題」とは次の6つ。それぞれ統計学上で大切なキーワードの解説とともに具体的に計算して見せてくれている。以下の各章の短い説明は僕が書き足したものだが、日常さもありそうで興味をひきつけるようなテーマばかりだ。

第1章 普通って、どういうのが普通? - 分布
「平均」って「普通」っていうことなのだろうか?という素朴な疑問を解決してくれる章。実は違う場合があるんだよね。

第2章 先生、それって、えこひいき? - 分散
学校対抗の駅伝に出場するクラス代表選手を決めるとき、先生の選んだ人はえこひいきしているように思えるんだけど、どうしてだろう?先生はどういう戦略で決めたの?

第3章 人気ブログの秘密はどこに?  - 相関
キーワードをたくさん含めればいいのか?長い記事を書けばいいのか?写真をたくさん載せればいいのか? ブログのアクセス数とこれらのことは関係あるのか分析してみよう。

第4章 私はほんとにテレビの見過ぎ? - 標本
優衣は1日平均2時間半テレビを見る女の子。お母さんから「あなたはテレビの見すぎ!」と言われたけどそうは思えない。だって全国平均は3時間40分なのだから。でもそれはたった3000人にアンケートをとった結果だというからちょっと怪しく思えてしまう。果たして優衣はお母さんを納得させることができるかな?

第5章 血液型占いってホントに当たる? - カイ2乗検定
O型はおおらかだとか、A型は几帳面って言うけれど本当にそうなのかな?宿題をやってこなかった人数を血液型別に集計して、確かめてみることにした。

第6章 彼氏ができるとメールが増える? - t検定
彼氏ができると、その人は彼氏以外の友達にもたくさんメールを送るようになるらしい。彼氏ありの女の子と彼氏がいない女の子のメールの数を調査して本当にそうなのか調べてみよう。

本書の第2のポイントは中西さんの文章力。長年のブログ活動で鍛えられた「易しく、面白く紹介する力」が存分に発揮されている。6つのキーワードをあえて数式抜きで手書きの絵と語りかけるような文章で説明することで、感覚的なイメージとして数学嫌いの人にも(国語力さえあれば)理解させることに成功している。

中西さんからは「とねさんには内容が薄いのでは。」と言われた。そしておそらくそのとおりかもしれないと思いながら読み始めたのだが、実際のところ読んだ価値が十分あったことを白状しておこう。特に第5章のカイ2乗検定、そして第6章のt検定にはハッと目覚めさせられたから。

僕は大学で数学を専攻していたにもかかわらず、実を言うと統計学は苦手分野なのだ。告白になるが教養課程の必修科目として履修した統計学の授業は単位が取れず、とうとう4年生まで持ち越してしまい僕の卒業を危うくしていた「頭の痛い科目」だった。(かろうじて成績Cで単位がとれて卒業できた。)

これには理由(言い訳)がある。立派過ぎた担当教官と難しすぎた教科書についていけなかったのだ。

大学1年生の4月から統計学を担当いただいた教授は増山元三郎というこの分野で超一流の先生だった。1970年に日本最初の薬害事件訴訟となった「サリドマイド裁判」で、サリドマイドという薬と人体におきた障害との因果関係を統計学的に証明し、「和解」という形で事実上被害者勝訴の判決に導いたという功績は、教科を担当していただくようになって間もなくクラス全員が知ることとなった。当時の厚生省と製薬会社が提出した統計資料のウソを証明したのが増山先生だったからだ。日本における症例はせいぜい300ほど、薬の投与の時期や状況もさまざまという難しい条件のもと、因果関係を証明することは至難の業だったはずだ。(このあたりの経緯の詳細は「ありがままの自分日記」というブログの「増山元三郎さんを悼む」という記事をお読みいただきたい。)

ともかくこんな素晴らしい先生の授業を受けられる。なんて運がいいと思ったものだ。

しかしその期待は裏切られてしまった。当時の先生はすでにご高齢になられていたのと、もともと物静かな方だったので、小教室にもかかわらずお言葉がほとんど聞き取れない。。。いつもボソボソ何かをつぶやいていらっしゃるという感じ。それじゃ、自力で頑張るしかないということで指定された教科書を読んでもさっぱりわからない。教科書というのが先生ご自身の著書である「少数例のまとめ方(1976年版)」という本。1953年版は鹿児島大学のHPで内容がすべて公開されている。

少数例のまとめ方:1953年版
http://ebsa.ism.ac.jp/ebooks/ebook/176

「サリドマイド裁判」という側面に立ってみれば(事実上の)被害者勝訴の理論的裏づけとなる本、学術的にもそしてわが国の薬害訴訟の歴史に名を残す貴重な教科書である。そして後日購入したのが「購入報告:少数例のまとめ方(1964年):増山元三郎」である。

副題に「特に臨床医学に携わる人達の為に」とあるように大学初年度の学生が読めるような入門書ではない。自力で学ぼうとする試みはあえなく打ち砕かれた。

このように恵まれすぎたカリキュラムが災いし、統計学は僕の(そしてクラスメートの)トラウマとなってしまったわけ。(言い訳おしまい。)

大学卒業後20年経って、再び物理学や数学の面白さ、奥深さに目覚めて僕は勉強を再開したわけだが、統計学は手付かずだった。実験系物理学ならば必須科目なのだろうが、僕のように理論系物理学志向の人には「必要性」がほとんどないからである。トラウマは依然として残ったままだった。

そのような中で中西さんの「悪魔の妄想」や本書に出会い、学生時代のトラウマを払拭するきっかけとなったのである。僕にとっては科学ブログ友達の成功以上の意味があるのだ。

長々と個人的なことを書いてしまったが、統計学に苦手意識を持っているすべての人に読んでほしい。

そしてもしできれば、中西さんには続編として同じノリで「演習書」を横書きの大判で出版してほしいと思った。きっと彼なら日常よく経験し、関心を引きつけるテーマをまだまだ思いついてくれることだろう。

中西さんは最近も「小沢検察審議会の平均年齢」という社会的にも意味のある記事をお書きになっている。統計学が日ごろの生活に役立っている好い例だ。また統計学の面白系記事として僕のイチ押しは「フラクタルビスケット、ポアソンスパゲッティ」である。これは傑作だと思う。

最後に中西さんに一言。初出版おめでとうございます!たくさん売れることを僕も願っています。


悩めるみんなの統計学入門:中西達夫



統計学をネットで学んでみたい方はこちらからどうぞ。

無料で学べる統計学入門サイトのリンク集
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bbc07d148199e963ac8a7ec60de2e7e1


関連記事:

中西さんは次のような素晴らしい記事をお書きになっている人である。

フラクタルビスケット、ポアソンスパゲッティ
http://d.hatena.ne.jp/rikunora/20091213/p1

噛み砕いた破片の分布
http://d.hatena.ne.jp/rikunora/20140909/p1

水滴・油滴に見るべき乗則
http://d.hatena.ne.jp/rikunora/20140922/p1

カロリーメイトと団子と豆腐
http://d.hatena.ne.jp/rikunora/20091229/p1

夏休みの虫の数
http://d.hatena.ne.jp/rikunora/20110903/p1


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2 コメント

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ご紹介ありがとうございます! (rikunora)
2010-12-04 21:41:23
ご紹介ありがとうございます。
とねさんのような方が読むに耐えるところまでたどり着けたようで、何だか安心しました。

> 物理や数学を楽しみながらそれを世の中に発信して
> 科学ファンを増やしたいという中西さんの初出版は、
> 同じ志を持つ僕にとってもうれしいニュース

この言葉が私にとって一番うれしかったです。
この志を、これからも続けていきましょう!

ところで、ブログに紹介のあった「少数例のまとめ方」を見てみました。
今の時点で振り返って見れば、名著だと思います。
しかし、最初のとっかかりがこれでは、確かにきつい。

かくいう私も学生時代の記憶を掘り起こせば、堅い感じの教科書に、
授業内容はさっぱりだったことを白状しておきましょう。
おぼろげながら最初に実感が掴めたのは、実験で使った最小二乗法でした。
その後、仕事上の縁で統計を実務に用いるようになり、現在に至ります。

そんな経験上、どうやら統計は習うより慣れろ、という面が大きいように思います。
最初にわからなかったからと言って、いつまでもわからん、わからんと毛嫌いせずに、
そのうちなんとかなるさ、と思っていると、案外何とかなるものです。
・・・あっ、そういう風に本に書いておけばよかったかもですね。
Re: ご紹介ありがとうございます! (とね)
2010-12-04 22:30:33
rikunoraさん

いえいえ、どういたしまして。本当に良い本だと思いましたよ。アマゾンでのランキングを見ると確率・統計の分野で発売早々ランキング20位以内に入っていますね。たいしたものです。

最新記事の「Jarzynski等式とは何か」も素晴らしいです。熱力学をあそこまで深く掘り下げて記事にされるとは。。僕には理解しきれない箇所も多かったです。この分野でも本が書けそうですね。入門者向けの内容にするのは難しい分野ですけれども。

rikunoraさんの書かれた記事はときどき会社で(理系の)同僚に紹介しています。これからもユニークなブログの記事を楽しみにしています。

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