濱の風

新極真空手木元道場的「日々の発見」

あなたの知らない全く釣れない世界(大腸検査を乗り越えて編)

2019年04月23日 13時38分09秒 | 藤本指導員
……………全く釣れませんでした。
完全ボウズです。
日曜日から絶食をして月曜日に午前には先日健康診断で引っ掛かった大腸の検査をしなければなりませんでした。

空腹の中、下剤を2リットル飲んで検査に望みます。

内視鏡が入り込む瞬間「はうあ!!!」と叫びたくなります…

そして、翌日朝4時半に起床して釣り場に行くと何と先行者が!!

「はうあ!!!」

ご挨拶して近くでやらして貰えましたが………全く釣れない………

この方は大きなクロダイを釣り上げてましたが(-.-)

その後は二人で全く釣れず時間だけが流れていきます。

でも、大腸の検査で異常なしだったので機嫌はいいです!

さて、これから武山道場の昇段祝いを夕方から行います。

帰って仕度してまたお会いしましょう!



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なんとなくヨコスカ?…⑩

2019年04月23日 10時08分23秒 | 職員

こんにちわ

 

今日も、さしてネタがあるわけでもないのですが、

また、このへんでやっとかなきゃ、て感じで・・・

今月の2回目。

好きな飛行機(個人的に)・・・その③

紫電改

日本海軍機で零戦の次に知られているのがこれかと思います・・・?

そんで、紫電改で思い出すのがこの人

武藤 金義

1945年2月17日、厚木基地上空に飛来したグラマン編隊の内12機にオレンジ塗装の紫電改単機で挑み2機の撃墜を報告。敵を集団から一機ずつ誘い出して撃墜する様は宮本武蔵 (小説)の一乗寺下り松の決闘を思わせる戦いぶりで、その時から海軍内で「空の宮本武蔵」の異名で知られるようになった。そうです。

紫電改で有名なのが、343空

1944年12月25日横須賀基地で第三四三海軍航空隊を編成、

のちに松山基地に移る。

1945年7月24日、武藤を含む21機で10倍以上の米機動部隊艦載機を迎撃するため出撃。豊後水道上空の交戦で武藤は敵編隊に攻撃を加え激戦の中、この戦闘で武藤は未帰還となった。そうです。

むかし、TVで紫電改を海から引き上げるドキュメンタリーがありましたが、

たしか、この飛行機が武藤中尉の機体である可能性も高いと言われていました。

紫電改は形が米軍のF6Fに似ていて、陸軍機に攻撃されたり味方の対空砲で撃墜されてしまったりした事があったとか・・・!?

なっわけで、この辺でおわり・・・

BAY BAY

PS:誰かこの本ください

 

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