サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 08333「トゥヤーの結婚」★★★★★★★☆☆☆

2008年11月20日 | 座布団シネマ:た行

砂漠化の進むモンゴルの草原でたくましく生きるヒロインの姿を描き、2007年ベルリン国際映画祭金熊賞に輝いたヒューマンドラマ。厳しい現実の中でも凛としたトゥヤーを、コン・リー、チャン・ツィイーに続く中国出身の国際派女優として期待されるユー・ナンが熱演。監督は、脚本家として活躍し、デビュー作『月蝕』で注目を集めたワン・チュアンアン。自身の母の姿をヒロインに重ね、ユーモアを交えて描き出した物語が温かな感動を誘う。[もっと詳しく]

もう草原を疾走する民の誇りは、現実にはその場所を喪っていくとしても・・・。

外蒙古に位置し、ソ連の影響下でモンゴル人民共和国となった「モンゴル」には、「モンゴル人」が200万人ほどいる。モンゴル相撲で御馴染みの朝青龍などは、こちらの出身である。
一方、内蒙古に位置し、中華人民共和国との関係の中で「内蒙古(モンゴル)自治区」となった「モンゴル」には400万人ほどの「蒙古(モンゴル)人」がいる。中国でもっとも早く成立した「少数民族」自治区である。
同じように内陸ユーラシア地方であるのだが、もともといくつかの放牧民族の部族の対立・連合の歴史の中で、チンギス・ハーンが統一をなしとげ、何代にもわたって騎馬民族として「モンゴル帝国」の版図を世界史の中で拡大していった。
その「蒼き狼」の末裔らは、いまやひっそりと地政学的には存在している。



「モンゴル人」は、また中国国内に数百万人が拡散している。
「元」の時代からの覇権の流れもあろうし、草原の民を捨てて、各地に流出せざるを得なくなった人々もいるだろう。
逆に、「内モンゴル自治区」でいえば、(他の少数民族自治区とおなじように)中国政府の「同化政策」もあり、漢民族が侵入してくることになる。
現在で言えば、当然、漢民族の圧倒的な支配権にあるわけだから、経済的にも文化的にも自治区内であろうと、漢民族が大手を振ることになる。
「内モンゴル自治区」の人口に占める漢民族の割合は、90%にあたる。
もちろん、チベットであろうが、ウィグルであろうが、同化政策は同じように進んでおり、それが政治的緊張を孕むことにもなる。
いわゆる中国の少数民族問題である。



中国政府は、21世紀に入ってからは「内モンゴル自治区」に対しては、そのことを「生態移民」政策と命名している。
もう豊かで広大な草原を駆け巡る放牧の民の悠々とした姿は、一部の限定された地域で、まるで野生動物の自然保護区のように存在するしかないところまで急速に変貌している。
第一に草原の砂漠化の問題であり、水の枯渇化ということが大きな問題として横たわっている。
これには、人為的なことも自然生態系的なことも、両方が関与しているのだろう。
自然要因としては、降水量の低下、旱魃、強風といったことなどがあげられる。
人為的要因としては、漢族の移住による人口増加、草原の農地転換政策、羊の過剰放牧といったことなどがあげられる。
どちらにせよ、草原の民たちは、中国政府(漢民族)の政策により徹底して管理され、そのライフスタイルをも変えていかざるを得ない。
現実には、漢民族が支配する経済構造下における単純な「労働力」として、「都市」に移民するしかないということになる。
その「労働力」がどのような産業に収斂するとしても、もう、草原を自在に駆け巡る姿は、保護区のような場所でしか、成立しなくなる。



「トゥヤーの結婚」も、喪われゆくモンゴルのスタイルが、半ば記録映画のような想いを込められながら、制作されている。
ベルリン国際映画祭で金熊賞グランプリを受賞しているが、監督のワン・チュアンアンの初監督作品である。
ワン監督は、自分の出自であるモンゴル地区の失われてゆく光景を、もういましかフィルムに押さえておくことはできないという想いで、映画化に向かったのである。
監督が自分の母と重ね合わせたヒロインのトゥヤーを演じるユー・ナンは、審査委員でもあった「マトリックス」のウォシャウスキー兄弟によって、「アジア最高の女優」と絶賛されているが、それ以外の主要な登場人物は、すべて地元の素人である。
黒澤明監督作品の常連であった千秋実とどこか似ているトゥヤーの夫であるバータルは、監督が偶然出あった放牧民である。
また、お笑いトリオネプチューンのホリケンとどこか似ているトゥヤーと再婚することになるセンゲーは、地元の遊牧民であり騎手である。



モンゴル自治区の首府フフホト市から西南に8000キロ離れたアラシャ盟が舞台となっているが、物語の軸となっているのは「水不足」である。
水を得るための井戸を掘ろうとして、大黒柱であるバータルはダイナイマイトの爆破で下半身麻痺となり、日がな一日幼い息子と娘につきあったり、あやしたりすることしか出来ず、憂鬱な顔をしている。
それでも、夫を愛しているトゥヤーは、水を汲むために毎日何十キロも往復し、羊を育て、という生活をしている働き者である。
トゥヤーとは幼馴染のセルゲイは、都会が好きな女房の尻に敷かれながら、何度も金遣いの荒い女房に逃げ出されている情けなくも素朴な男である。
親戚からは、バータルと別れて、再婚を勧められるトゥヤー。バータルも家族のことを思えば、寂しいが、そのことを了解している。
トゥヤーは気立てがよく、人気者でもあるのだろう、噂をききつけて求婚の申し出がいくつか。
同級生で昔からトゥヤーに懸想しており、いまや石油成金となったボロルも、求婚する。
ここで、トゥヤーは、再婚は承知だが、ひとつ難問を突きつける。
バータルも家族として一緒に引き取って欲しいと・・・。
求婚者たちは、その条件に怯むことになる。
結局、わがまま女房に(捨てられたように)離婚したセルゲイが、トゥヤーの一家に入り込むことになる。



最初と最後のシーンが重なっている。
トゥヤーとセルゲイの結婚の宴。
一族の人たちが、祝いに駆けつける。
セルゲイはバータルに酒を勧める。セルゲイはバータルのことを尊敬もしているし、子供たちとも仲がいい。
バータルは美しい妻を「性」的には喪うことになるが、もう下半身付随で性愛を営めなくなって久しい。
セルゲイとバータルは、相互に相手を気遣うかたちで、逆に揉みあっているように知らない人には見える。
外では、息子が同じぐらいの背丈の子どもと取っ組み合いをしている。
からかわれたのかもしれない。
「お父さんが二人いたっていいじゃないか」と、息子は相手に、叫んでいる。
「勝手にしなさい」と言い放ち、トゥヤーは一人、誰もいない天幕に入り込む。
宴の場所から、トゥヤーを呼ぶ声が聞こえてくる。
トゥヤーは誰にも見せなかった涙を、止めることが出来ない。
束の間の幸せかもしれない。いつまで、放牧の生活を続けられるのかはわからない。
子どもたちも、いつか家を離れるだろう。
けれど、今日ぐらいは、思うように感情を出せばいい・・・。



トゥヤーはモンゴル語で「光」。バータルは「英雄」。センゲルは「獅子」。
世界がグローバル化し、ワンワールドになっていくことは、必然なのかもしれない。
けれども、その名の由来のように、光に照らされて、英雄や獅子は大地に立つ。
そのことは、遺伝子に刻まれた記憶のように、何代も何代も、引き継がれていくのだと思いたい。

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11 コメント

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TBありがとうございました。 (sakurai)
2008-11-21 08:40:39
女性のたくましさと、母の強さが見えましたが、草原の民の女性は、いつも大地に足をしかと据えてますよね。
「白い馬の季節」もなかなか興味深い作品でした。
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sakuraiさん (kimion20002000)
2008-11-21 08:58:50
こんにちは。
本当は「白い馬の季節」の女性とふたりをとりあげようとしましたが、別稿にすることにしました。
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国際結婚@COM (宣伝)
2008-11-21 10:59:37
平成12年の国際結婚の総数は36,263組と、国際結婚は、割と珍しいことではなくなってきています。
宣伝失礼しました。
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TBありがとうございます (HIROMI)
2008-11-21 21:59:13
トゥヤーはモンゴル語で光なんですか。本能的な大きな愛情で家族を包む主人公は、まさに光のようでした。
映画の風景が消えていく、というのは、現代とは思えない過酷な労働からの解放になるのかな、と思う反面、文化の破壊なんだろうかとか、複雑な感じがします。
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HIROMIさん (kimion20002000)
2008-11-22 00:26:52
こんにちは。
名前の由来を知ると、親近感がわきますよね。
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お久しぶりです。 (hyoutan2005)
2008-11-30 22:52:43
TBありがとうございました。
お返しが遅くなり申しわけありません。
この作品は、今年観た中でも印象に残る作品のひとつです。
トゥヤーを演じたユー・ナンの自然体の魅力に、今でも心惹かれています。
でもここで描かれている世界はもう今は存在しないのですよね・・・。
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hyoutanさん (kimion20002000)
2008-12-01 00:22:28
こんにちは。
そうですね、どんどん都市に移住させられていますからね。ユー・ナンはとてもいい女優さんですね。
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こんにちは (ゴブリン)
2009-01-04 11:32:28
 コメントを頂きありがとうございました。本格レビューを書くつもりではいるのですが、書けない可能性もあるので短評をTBさせていただきました。
 昨年は注目すべき中国映画が少なからず公開されました。そのうち観たのはごく一部ですが、「トゥヤーの結婚」は中国映画の水準の高さを示す優れた映画だと思います。
 これからDVDで順次中国映画を観てゆこうと考えていますが、今から楽しみでわくわくしまています。 
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ゴブリンさん (kimion20002000)
2009-01-04 15:43:27
こんにちは。
韓国映画は結構届くのですが、あたりはずれが大きすぎますからね。
中国映画は、もっともっと新作DVDが出て欲しいな、と思います。
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弊記事までTB&コメント有難うございました。 (オカピー)
2012-02-17 21:23:34
この間イタリア生まれのクルド人が作り「息子を殺す祖国(イラクのこと)へ」という献辞のあった「クルドの花」という映画の内容についてこの献辞をベースに論議するうちに、アイヌ人の祖国は日本か、といった論議に至ったのですが、僕は日本だと思います。
kimionさんはどう思われます?

いずれにしても、モンゴル人はクルド人と違ってモンゴルという国家を持ちつつ、一方でクルド人同様国を超えて散らばっています。
一つの民族が一つの国家を持つ絶対的必要性はないと思いますが、毛沢東の写真とジンギス・カンの絵が飾られてあるのを観て不思議な気持ちにはなりました。

中国映画は、変な検閲がなくなったら、きっともっと凄い映画が続々出てきますね。
他方、制限があるから作家たちは苦労して良いものを作り出す、という持論もありますが(笑)。
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