サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 07230「紀子の食卓」★★★★★☆☆☆☆☆

2007年05月07日 | 座布団シネマ:な行

17歳の平凡な女子高生・紀子は、父・徹三、母・妙子、妹・ユカの家族4人で暮らしている、。田舎の生活や家族との関係に苛立ちを感じていた彼女は、「廃墟ドットコム」というサイトで知り合った女の子たちに悩みを打ち明けていた。彼女... 続き

詩人は、世界の皮膜を、剥ぎ取り続けなければ、ならない。

園子温は、17歳で詩人としてデヴューした。
「ジーパンをはいた朔太郎」などと評されていたらしい。
街頭で詩を詠む、ストリートパフォーマンスなどもしていたらしい。

僕たちの時代の早熟な少年あるいは少女たちの一群を、真空装置のように引き寄せたひとつの場所が、寺山修司の天上桟敷であった。
繊細なあるいは夢見る少女たちの多くは、宇野亜喜良
の挿絵に代表される寺山の少女詩集に傾倒した。そこから、たとえば、アンデルセンやグリム童話に潜む、残酷さ、倒錯性の世界に招き寄せられるようにもなった。「明星」や「平凡」などのアイドル誌を裏読みするようにもなった。
言葉というものをたぶん思春期から信奉してきた少年たちは、主に当時隆盛をきわめていた旺文社や学研の学年誌を定期購読していた。雑誌自体はどうでもよく、寺山修司が主宰する詩の投稿欄の結果発表を待ち望むためである。地方都市の早熟な少年たちは、もちろん、クラスで詩の話など出来る人間はほとんどいない。常連の投稿者たちは、いつしか友人でありライバルでありという関係を構築し、寺山修司に評価されるか否かに自分の孤独な自尊心をかけていたのである。



僕の大学時代の友人Tもそうした寺山塾の一人であった。
大学時代から演劇活動をスタートし、自費出版で詩集を上梓し、卒業後エロ雑誌や詩の雑誌の編集の仕事をしながら、天上桟敷に出入りした。
寺山に深く影響された自分の劇団を立ち上げ、30年近く、アングラ劇団を維持し続け、年数回の公演はほとんど満杯であり、海外招待公演もいくつかこなしている。
寺山の葬儀では棺も担ぎ、寺山修司に関する本も、数冊上梓した。
そんなTも、いまでは大学教授という肩書きも手にするようになった。

「書を捨てて街へ出よう!」と寺山修司はアジテーションした。
そして、多くの十代の少年少女が東京に向かい、ひとつのサブカルチャーの担い手となったり、家出して何年かして、虚しく故郷に帰ることになったりした。

園子温はずっと後の世代である。だけど、「自殺サークル」そしてその続編ともいえる「紀子の食卓」という映画作品を見る限りでは、寺山塾の嫡子のような位置にいるように、僕には感じられた。



豊川に住むひとつの家族。なにもない田舎町(園子温が豊川の出身であり本音だろう)。
父は地元新聞の編集長。父にとっては、世界にどんな大事件がおきようが、豊川というローカルでの出来事が全世界であり、それを確認し続けることが自負であり、安心である。
島原家は父・徹三(光石研)、母・妙子、姉・紀子(吹石一恵)、妹・ユカ(吉高由里子)の4人家族であるが、ローカル紙と同じように、退屈で何も変わらないことが家族の擬似的な幸せのように装っている。
タテマエだけが流通する。父と母と二人姉妹が、それぞれの幸せな家族という役割を、「らしく」振舞うことだけが求められている。



紀子は学校でも家でも、もうそうした偽善に耐えられない。唯一、偶然めぐり合った「廃墟ドットコム」というサイトだけが、本音の会話が出来る仲間がいて、自分の居場所だと思えるようになる。
ついに家出をした紀子は、東京でそのサイトの「上野駅54」というハンドルネームのクミコ(つぐみ)と会う。
「廃墟ドットコム」は「決壊ダム」さん、「廃人5号」さん、などさまざまなハンドルネームの少女たちの自殺志願サークルであった。2002年新宿駅8番ホームで起こった、女子高生54人が「いっせいのせ」で手をつないでホームに飛び降りた集団自殺も、そのサークルに起因していた。
また、クミコは「レンタル家族」を主宰しており、紀子もそして姉を追って家出したユカも、レンタル家族のメンバーとして登録されることになる。
母・妙子も自殺し、徹三は娘を取り戻すために仕事を捨て、取材(ひとり捜査)に執念をみせ、ついに友人に依頼し、自分は衣装棚に隠れ、母にクミコ、娘に紀子、ユカをレンタル指名し、対峙することになるのだが・・・。



園子温の方法は、ありえないようなシーンの設定のようにも思えるが、すぐに、単に現実の誇張に過ぎないことに思い至る。
レンタル家族も、(役割を設定してプレイする)イメクラも、ネットでの集合による知らないもの同士の集団自殺も、「上野駅54」というハンドルネームのつぐみは実はその番号のコインロッカーに置き捨てられた「コインロッカベイビー」であったことも、すべて、現実に起こった似たような不可思議な事件、社会現象の模倣であることに思い至る。
園子温は詩人らしく、過剰とも思えるセリフや幻想的なカット映像を散りばめ、虚構と現実の境目を融解しようと目論んでいる。
「この世界は虚構(ニセモノ)の楽園」とみなし、映画という文法も不安定化させるような演出で、「メタ・ライフ」「メタ・映画」という半ば実験的な試行を追求している。

僕には、園子温が試みたかったことがよくわかる気がするし、専門家たちの評価がきわめて高いことも頷くことはできる。
しかし、それほど、この脚本が目新しい現象を切り取っているわけでもなく、そこから新しい価値を切り開いているようにも見えない。
映画的な手法としても、なにも、驚くようなことはない。
ただ、園子温の詩人としての資質が過剰に発散されている作品であることだけは、痛いほど伝わってくる。だがそのことも、たとえば多くのアングラ劇団の手法と、それほど異なるわけではない。



しかしながら、こういう映像作家が出てくることは、十分に予想されることであり、必然なのだ。
たぶん、現実の奇妙な現象や事件性をもった出来事は、もう小説家たちの想像力をある意味で超えてしまっているからだ。
ましてや新聞やテレビや週刊誌が、仰々しく驚いて見せることなど、なにをいまさら、という時代となっている。
多様化する価値の中で真実を見つけようと「漂流」していた時代から、主体というものも拡散し無意識に「浮遊」する時代へ、そしてもうたぶん園子温もよく感受しているように、オウム事件や9.11事件を経て、ある日突然僕たちの地盤そのものが「底割れ」する時代へと、世界は向かっているのではないか。
だから、園子温はさかんに、自殺サークルあるいはレンタル家族の主宰者に、こんなセリフを吐かせている。
「あなたはあなたの関係者ですか?」


もちろん、寺山修司がなにをアジテーションしようが、友人Tが30年も地下演劇を仕掛けようが、園子温がホームドラマのような偽装で悪意を映画に仕込もうが、なにもかわらない日常は強靭だ。
表層的な幸せごっこ、生きがい幻想、つながり志向で、この世界は強固に皮膜が張られ、なかなか真実は口にされないということはある。
しかし、表現者というものは、あえて、そうした皮膜を剥ぎ続けるという、徒労のような作業を強いられるのだと思う。
それは、苦渋に満ちたことだが、また、表現者の持つ宿命でもあるのだから・・・。



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6 コメント

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TBどうもです (hirohiro)
2007-10-26 22:55:22
RM軌跡ブログへのTBありがとうございます。
hirohiroといいます。

アングラ演劇ーとは違うと思いますが、
小演劇というものが好きでたまに見に行っています。

園監督が詩人というのはあんまり知らないのですが、
そういわれるとそうなのかもしれないと思いました。

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hirohiroさん (kimion20002000)
2007-10-27 00:46:56
はじめまして、かな?
園監督は、うっとおしくなるような資質もあるけど、結構、前衛で頑張っていると思いますね。
もともとの資質は、詩人だと思います。
映画の製作では、危なっかしいけど、冒険心があるところは評価したいです。
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Unknown (あるきりおん)
2008-03-30 15:35:15
いつもお世話になっています。
TB強襲失礼しました。
園子温さんは詩人なんですね。なるほど。
前作を見てみたくているんですが、
お近くのレンタル屋さんでは扱っていないみたいで、
がっかりしつつもうずうずしている、
そんな感じです。
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あるきりおんさん (kimion20002000)
2008-03-30 20:06:26
こんにちは。
「自殺クラブ」含め、精力的に発表していますね。
宅配DVDの方が、いいかもね。
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映画史上一番 (オカピー)
2008-04-07 14:50:46
台詞が多いのではないかと思わせる第一章は、映画的な面白味が見い出せずどうなることかと思わせましたが、<レンタル家族>という存在がはっきりしてからは興味深い内容でした。
後半は、同じ人物が別の人物を演ずる面白味は文字では限界がありますからね。

僕自身は極めて健全な家族生活を営んでいる(と思っている)ので、テーマにはピンと来ないところもありますが、つぐみは怖かった。
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オカピーさん (kimion20002000)
2008-04-07 21:04:37
こんにちは。
つぐみは、整った顔立ちなんですが、ちょっと壊れた役柄を演じるのがうまい人なんですよね。
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