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妄想武侠小説 【蹴撃天使RINA ~硝子のハートに鋼のボディ~】

2015年11月11日 | Novel
 曇天の秋空の下、じっと上を向き空を仰ぎ見るひとりの少女。
 黄色く色づいた街路樹の銀杏の葉がひらひらと一枚、象牙色のセーターに舞落ちるが何の反応もなく、時折彼女から聞こえてくるのは、重く力ない溜め息だけだった。

 ――リナ、リナったらぁ!
 ――一体どうしちゃったのさぁ?

 何度も何度も、遠くで自分の名を呼ぶ同級生の声が聞こえたけれど、声の主の方を向く気力が今の彼女にはなかった。RINAはちょうど小一時間ほど前に、自分の身に降りかかった《悲劇》を思い出しては、途方に暮れていたのであった。

 年少の頃から親の影響で武道を習い始め、以後ひたすらに肉体と精神を自己鍛錬し続けてきた、《武道ひとすじ》の彼女が突如――恋をした。相手は同じ高校に通う、ひとつ年上の男子生徒。
 彼は生徒会に所属し顔はまあまあ、これという目立った特徴は無いものの、誰とでも分け隔てなく接する事が出来る《いいひと》振りはそれまで、武道の稽古や試合などでの身体の接触(ボディコンタクト)による、どこか男性的なコミュニケーションが主だったRINAにとって、他人に不快感を与えず更に安心させる事の出来る、生まれ持った《コミュニケーション能力》の高さで友人関係を築いていく、彼の存在は新鮮な驚きだった。
 いくら武道漬けの毎日とはいえ彼女だって、ひとたび稽古を終えればドラマや漫画などのラブストーリーや、クラスメイト同士の恋バナを聞いて《恋愛》に憧れを持つイマドキの女子高生。自分なりの《理想の恋愛像》をイメージしては、にやにやしたり赤面したりして来たるべき時

 だが《恋》は突如に始まるもの――

 廊下での鉢合わせという、古典的すぎる《偶然》の出逢いから生まれた恋の萌芽は、RINAの心を混乱させる事となった。先輩との間に生まれた《感情》がただの《憧れ》なのか? それとも《恋》なのかをハッキリさせるためにある時は授業中に、またある時は稽古中にと、何度も何度も自己否定と自己肯定を繰り返した。
 「違う」と思うと急に悲しくなったり、その逆の場合は「えへへ」と表情を緩め、締まりのない顔になって慌てて元に戻したりと、自分自身が「恋愛物語の登場人物」と化している事を客観的に眺めては楽しんでみた。

 ――どうも私は先輩(センパイ)の事が好きみたいだ。

 熟考の末、やっと自分の心に《結論》が出た。だがその事をどう本人に伝えるか……?
 “ええい、当たって砕けろ!”
 最後の最後で、胸の奥でずっと抑え込んでいた《男性的感性》が、とうとう顔を出してしまった。


 RINAはさっそく放課後、生徒会室がある棟で彼が来るのを、まるで果し合いのように廊下の真ん中に立って待つ。
 チャンスはすぐにやってきた。男同士による親しげなトーンの会話が、奥の方で聞こえてきた。

 ――先輩だ!

 唇を咬んではやる鼓動を必死に抑える。

「ん……たしか君は?」

 意中の彼が眼前に現れた。友人と思われる男子生徒ふたりと一緒だった。

「一年のタケダ リナと申します、先輩」

 一礼して顔をあげるRINA。真っ直ぐに自分を見つめる黒い瞳が、他の二人を暗に「邪魔」と言っているように感じた彼は、友人二人に謝って先に帰ってもらう。このフロアのこの廊下には誰一人いない――RINAと彼のふたりだけだ。

「タケダさん、僕に何の用かな?」

 あぁ、いつもの優しそうな笑顔だ――RINAはそんな事を思いながら自分の思いの丈を、眼前の先輩にぶつけてみた。 

「……最初に出逢った時からずっと気になっていました。それで胸の奥で生まれたもやもやがただの憧れなのか、それとも恋心なのか考えて考えて……やっと昨晩答えが出ました。先輩、大好きです!私をあなたの《恋人》にしてくださいっ!」

 ど直球なRINAの《告白》を前に、彼の顔から《笑顔》が消える。そして一度もRINAの顔を振り返る事なく、全速力で彼女の横を走り去っていった。

 ――きらわれた、私嫌われたの……?

 意中の彼が逃亡する、という予想だにしなかった《結末》に、出ると思っていた涙すら一滴も落ちる事もなく、彼の体臭の香りが残る廊下の真ん中で、じっと立ちすくむRINAであった。


 いつ校舎を出て今いる場所へたどり着いたのか、彼女は全然記憶になかった。勇気をだして告白したにもかかわらず結果《振られ》てしまった哀しさや、自分が《恋人》として選ばれなかった怒り。そしてあんな大胆な行動に出てしまったという気恥ずかしさで頭の中が真っ白になり、本能だけで帰路に就いていたというのだ。

 ――失恋、なんだろうなぁ……何だか呆気ない気もするけど。

 いつしか陽が沈みかけ、少し肌寒く感じ始めた頃自分の今いる場所や、市街地の喧騒が鮮明に感じられるようになり、それは同時にようやく普段の《自分》を取り戻した証拠でもあった。

 ――これはきっと、自分には恋愛事なんて向いていないに違いない。うん、絶対そうだ!

 慣れない事はするもんじゃない、自分はこれから武道一筋で生きていく。そう勝手に結論付けたRINAはプレッシャーから解き放たれた開放感からか、急に身体を動かしたくなって自分の知る一番近くで汗を流せそうな場所……学校にある武道館へ向かうため急いで走り出した。


 先程まで頻繁に聞こえていた部活動に励む生徒たちの声も、洛陽と共に校庭や体育館から少なくなっていた。RINAは校舎の裏側にある木々が生い茂る場所に建っている、彼女の所属する《武道部》の練習場所である小さな武道館へ足早に向かう。
 明るい時間帯にはさほど思わなかったが、こうして周りが暗くなると学校創立当初から建っていたと聞く、歴史と風格を感じさせる木造建築物の武道館が、少ない照明灯や生い茂る木々と相まってどこか不気味さを漂わせていた。RINAは部員の誰かしらが残っているか期待して来てみたのだが、窓から見えるのは警備用の光量の少ない照明だけ。きっとみんな帰ってしまったのだろう。
 ここで彼女は不審な点をみつける。

 ――あれ……扉が少し空いている?

 部員が一人もいないはず(・・)なのに、扉がきちんと施錠されていない事を不思議に思ったRINAは、確認のために中に入ってみる事にした。
 ぎぎっ……ぎぎっ……
 稽古場の木張りの床を、静かにゆっくりと歩き周りを見渡す。壁に設置された青白く薄暗い照明の光だけでは視界が狭く状況判断は難しい。だが――

「……誰かいるの?」

 RINAは感じていた。自分以外の誰かが、この稽古場に息を潜め隠れている事を――それも複数の人間が。
 急に視界が明るくなった。
 すべての照明が点けられ普段の見慣れた稽古場の風景が戻ってきた。が、そこにいたのは白い道着姿の部員ではなく、黒い衣装を着た、見た事もない屈強そうな数人の男たちであった。

「ようこそリナくん……いや、《蹴撃天使》RINA!

 金色に染めた髪に無精髭を生やした、リーダー格と思われる男がアクション映画の悪役の如く、両手を広げ大袈裟にRINAの《通り名》を口にした途端、彼女の顔色は変化した。

「その名前……あなたたち《武林(ぶりん)》の人間ね?」

 《武林》とは日々生活する一般社会とは違う、武芸者・格闘家たちのみで構成されたもうひとつの社会(コミュニテイー)。日常社会的には無名でも、この裏社会ではかなりのビッグネームな人物も存在する特殊な世界である。RINAは若干16歳にして、この《武林》で大の大人たちに混じって多くの好漢・英雄たちの口にその名が上る“女侠”なのであった。

「その通り。申し遅れたが俺は《制御不能(インゴベルナブレ)》NAITOという者だ。我ら《黒装幇(こくそうほう)》の名は聞いたことがあるかな?」
「……ここ最近出現した暗黒格闘集団。残念ながら悪い噂しか聞かないけどね」

 悪い噂――それは集団でひとりの武芸者に襲いかかるという、チンピラまがいな彼らの邪な行動はもちろんの事、これまで絶対に口外無用であった武芸者たちとの決闘の様子を、彼らはビデオカメラに収めて動画サイトへ公開していたのだ。嘘とハッタリに僅かながらの真実(リアル)でこの特殊な社会が成り立っていたのだが、好漢たちの敗北する様子をネットに流す事により、《武林》はもちろんこれまで影響のなかった表社会までにも晒され、各人の信用問題に関わりかねない事態が起きていたのだ。

「十分だ。さっそくだが我々とお手合わせ願おうか? もちろんご高名なRINAさんの事、我々の申し出を断るという無粋な真似はしないだろうね?」

 NAITOが指をぱちんと鳴らすと、彼女の周りを《黒装幇》の構成員たちが一斉に取り囲む。

「ここまでお膳立てしてもらって、無下に断るなんて出来ないわね。もっとも……泣いたって許してくれそうもなさそうだけど」
「ははっ、面白い冗談だ! “少女の涙”に心動かされない男なんていないからな。何なら試しに泣いて許しを乞うてみたらどうかな?」
「やなこった」

 RINAは可愛らしく舌を出して、金髪の男を挑発した。
 NAITOはくいと首を傾け、まるで冷蔵庫のような体格をした巨躯の男に、闘うよう指示を出す。
 ずん、ずん、と地響きが鳴るような重量級の足取りで、彼女に近付いた男は眼前のRINAを見るなり薄気味悪い笑いを口元に浮かべた。
「へへへ……こんな可愛いコとヤッちゃっていいんスか、ボス?」
 下品極まりない男の言葉に嫌な表情をみせながらも、踏ん張りの利くように長く白い脚から、紺色のハイソックスを剥いでいくRINA。ぽてっとした彼女の裸足が現れると、男はひゅうと歓喜の口笛を吹いた。
 脱いだばかりのハイソックスを男に放り投げるRINA。思わず助平心で受け取ってしまった巨漢は、気持ち悪さ倍増でソックスに付いた《女子高生》の匂いをぐっと鼻孔に注ぎ込んだ。
 ばしっ!
 目視で追えないほどの速さで、剥き出しの素足から放たれたRINAのハイキックが巨漢の下顎にヒットし、哀れな男はゆっくりと床に崩れ落ちていった。一部始終をNAITOの隣りで、ビデオカメラでこの闘いを《記録》していた細身の男がごくりと息をのむ。
 歩幅を広げ、ぐっと腰を落とし構えるRINA。静かに《怒り》を湛えた瞳は、自分の周りで跳ねまわる敵の行動を注意深く追っていた。
 やぁぁぁっ!と 誰かが奇声を発したその瞬間、男どもは一斉にRINAへ飛び掛かっていく。

「やぁっ!」

 勇ましい掛け声と共に彼女は身体を捻り、後ろ回し蹴りを連続で繰り出し周りを取り囲む邪魔な《人の壁》を蹴散らしていく。男たちは顔面に硬い踵の直撃を喰らい、次々と木張りの床へと倒れていった。
 鬼神のようなRINAの攻撃を目の当たりにした、後ろに控える構成員たちはあまりの激しさに一瞬たじろいだ。

「お前ら男だろ?! あんな女子高生ひとりに何ビビッてるんだよ! 墨流会體術(ぼくりゅうかいたいじゅつ)の恐ろしさ、あいつに見せてやれって!」
「お……押忍っ!」

 怒るNAITOに急かされ《黒装幇》の猛者たちが次々と彼女に立ちはだかるが、一旦《格闘スイッチ》の入ったRINAの前では最早《敵》ではなかった。
 ある者は肋骨に拳の直撃弾を喰らい粉砕され、またある者は頭部に蹴りを入れられ昏睡した。拳脚の違いはあれどもひとつ言えるのは、彼女に向かっていった者は全てその場に倒れ呻き声をあげている――という事だ。

「がっ……はぁぁ!」

 鞭のようにしなるRINAの脚が男の首へ巻きつくと、そのまま体重を預けられて後頭部から硬い木の床へと叩き付けられ、彼女の健康的なふくらはぎと太腿に挟まれたまま彼は気を失った。
 敗戦の色が深まるにつれ困惑の色を隠せないNAITO。
 だがビデオカメラを持つ《記録》担当の男と目を合わせると、意を決したようにふたりは無言で頷き合った。どうやらまだ《秘策》があるようだ。

「はぁ……はぁ……《黒装幇》ってこんなもの? 全く話にならないわね」

 肩を上下させ息をしながら、ひとり残ったNAITOを見据える。先程までの怯えたような表情は嘘みたいに消えて、最初の頃のような自信満々な態度で対峙した。

「焦るなよ。さすがは《蹴撃天使》RINAだけの事はある……だがこれを見ても《自分》を貫けるかな?」

 パチンと指を鳴らし合図すると、それまでビデオカメラを持っていた細身の男が、腕を背中のあたりで縛られタオル製の猿轡を咬まされた別の男性を連れてきた。殴られたのだろうか痛さで顔を下げている彼を見た途端、RINAは叫びに似た声をあげた!

「せ、先輩っ!どうして……?」

 つい先程まで一緒だった、そして呆気なく勝手に抱いていた恋心を散らされた――その彼が今この場に、《黒装幇》の人質としているのだ。突然の事で気持ちの整理がつかず困惑するRINAの、隙を突いたNAITOは重いボディブローを彼女の腹に叩き込み、身体がくの字に折れ曲がると今度は顔に膝をぶち込んだ。
 鼻血を吹き出し仰向けに倒れるRINA。肉体ではなく精神的なダメージが大きく、普段ならすぐに立ち上がれるところが今は全然起き上がる事ができない。NAITOの狡猾な《罠》にはまったのだ。

「~~~~~~!」

 猿轡で言葉が話せず、うなり声で叫ぶ男子生徒。

「お前たち知り合いか? それは丁度良かった。その辺をうろうろしていたガキを捕まえたんだが……ここまで役に立ってくれるとは計算外だったぜ」

 NAITOは腹を上下させ息をするRINAの側に近付くと、腰を屈めて顔を二度三度と張った。攻撃というよりは、動けない彼女に対して《小馬鹿》にする意味合いの強い行動である。

「小狡くても何でも《勝てば》文句ねぇんだよ、この世界ではよぉ……残念だったな《蹴撃天使》ちゃん? ちゃんと切り札は最後まで取って置かなきゃな! ギャハハハハハ!!」

 RINAの口元まで垂れた鼻血を、掌で拭うとNAITOは自分の頬に塗りたくって笑った。こんな変態的な行為をされても何一つ反撃できない彼女の瞳に涙が浮かんだ。

「泣いてるの? かわいいねぇ~、でも許してあげない。おいお前、ちゃんとRINAの泣く所撮っとけよ!」

 《記録》係の持つビデオカメラのレンズが、頭を振って「いやいや」するRINAにズームする。NAITOは彼女の腹や胸にストンピングの嵐を浴びせ、更に追い打ちを掛けた。一発、また一発と蹴りが当たる度にRINAの身体がびくん!と跳ね上がる。もはや彼らの行為はレイプ以外の何物でもなかった。
 目の前の《惨劇》に我慢が出来なくなった男子生徒は、腕を後ろで縛られバランスが保てないまま前に駆け出し、盾となるべくRINAの身体に覆い被さった。

「邪魔だ、どけっ! 素人を痛めつけても何の得にもなりゃしねぇ……くっ、このガキがぁ!」

 何発も何発も足蹴にされても決して、自分の側から離れない男子生徒の姿を見て、RINAは小さく呟いた。

「……何で? センパイお願いだから逃げてよぉ、私は平気だから……ねぇ」

 ごそっ
 彼の制服のジャケットの下に、何やら雑誌らしきものが見えた。
 RINAはぼんやりする視界を必死に戻し覗き見る。そこに写っていたのは今年の夏に行われた大会で優勝した時に、道着姿でトロフィーを横にピースサインをして笑っている、彼女が表紙の武道雑誌だった。
 彼はRINAの事を出逢う前からちゃんと知っていたのだ。
 「信じられない」という彼女の視線に気が付いた男子生徒は、身体中を巡る痛みを堪えて――優しく、そして安心させるように笑顔で応えた。

 ――ありがとう、先輩……大好きっ!

 胸の奥で再び闘志の炎が燃え上がる。それは同時に彼女の腕や脚に、人間を破壊しうるだけのパワーが再び補てんされたという事だ。
 これが最後とばかりに、NAITOは大きく足を振り上げる。

「先輩、離れてっ!」

 RINAの声と共に、男子生徒は彼女の側からぱっと離れる。そして踏み付けられる寸前の所でNAITOの足を両手で捕まえた彼女は、立ち上がると踵や膝の靭帯を極めたまま、彼の足を捻って床に倒した。膝に走った激痛で顔を歪ませるNAITO。
 あと一歩で《蹴撃天使》の完敗する姿を動画に収める事ができたのに!
 悔しさと怒りで混乱するNAITOは金髪を振り乱し、痛む脚を引きずりRINAに迫った。力ない前蹴りを出してみるが、カウンターで軸足の膝関節を蹴られ再び床に這いつくばる。
 着ている黒のジャケットのぐっと襟を掴まれ、無理矢理彼女に立たされ今度はボディに、重い拳打を連発で叩き込まれた。もうNAITOは立っているのが精一杯だった。

「やぁっ!」

 この死闘に終止符を打つために、最後の力を振り絞ってRINAは駆け出す。そしてNAITOの前で短いスカートをひらりと舞わせ跳び上がると、脚を伸ばして彼の顔面に足裏をめり込ませた。スピードと体重の乗った彼女の飛び蹴りを喰らったNAITOは、そのまま稽古場の壁に突き抜けそうなほど強く身体を打ちつけ――そして失神した。
 もうひとり、残っているはずの《記録》係の男にも鉄槌を喰らわせたいと、RINAは稽古場をさんざん捜しまわったがあるのは記録媒体であるビデオカメラのみ。どうやら彼は恐れをなしてこの場から逃げ去ったようであった。


 縛られている男子生徒の縄や猿轡を解き、無事を確認したRINAは安堵感からか急に力が抜け落ち、ぺたんと床に尻餅をついた。

「ありがとう、リナちゃん……そして強いね」

 久しぶりに耳にする先輩の声。それだけでもう涙が出そうになる。

「ありがとうございます。用事も済んだ事ですので私はこれで……」

 一度《振られた》身としてはこのシチュエーションはたまらなく苦痛であった。また同じ胸の痛む思いはしたくない――そう思った彼女は必死に腰を持ち上げてこの場から逃げ出そうとする。
 が、腕が力一杯彼に握られて、RINAはその場から立ち去る事ができなかった。もし力一杯振りほどけば逃げ出せたかもしれない、だけど心の何処かでストップがかけられ動く事もできずにいた。

「まだ僕の話は終わってないよ」
 ――何で? もう結果は出てるじゃない。これ以上私を苦しめないで……
「あの……年上の僕からいうのも何だけど……」
 ――やめて、聞きたくないっ!
「友達に……なってくれませんか?」
「え?」

 前回の《体当たり告白》とは異なる結果に、RINAは素っ頓狂な声を上げた。

「ななな、何故? あの時先輩に逃げられて……私てっきりこの事は終わったものだと」
「ごめん、違うんだ。実は……」

 RINAは冷や汗を流しながら話す彼の《釈明》を聞いた。実は彼は武道雑誌の表紙を飾る凛々しい女の子が、自分のいる学校の生徒だとは知らなかったのだ。それで廊下で鉢合わせになった時、実物を目の当たりにして大変驚いたという。

「それであの時、何で逃げたんですか? 何のひとことも言わずに。すご~くショックだったんだから」
「うん……リナちゃんから告白を受けた時、あまりに突然すぎて気が動転しちゃって……それで気が付いたら走り出していた、と。本当にごめん!こんな頼りない僕で済まないと思っている。だから……気に障るようならこの話は……」

 ばしっ!
 言葉を濁そうとする彼に、RINAは平手打ちを喰らわせた。力強いが決して相手に致命傷を与えるまでの力量ではない。それでも十分に痛い、頬も――そして心も。

「男なら自分の言葉に最後まで責任取って下さいっ! 先輩は私の事好きなんですか? 嫌いなんですか? もし答えが《嫌い》でも構いません、それが先輩の出した答えなら私は尊重します。だから……聞かせてくださいっ!」

 頬を張られて我に返った彼は、真剣なRINAの言葉に《決着》を付けるべく、穏やかにゆっくりと口を開いた。

「好きだよ……もっと君の事をよく知りたいし、僕の事も知ってほしい。だからもう一度言う……友達になってくれないか?」
「……《恋人》に一番近い友達、ですよ?」

 彼女の顔は涙で濡れていた。だがそれは悔しさから流れる涙ではない、これ以上ない悦びから湧き出た涙であった。
 RINAは彼の胸に顔を埋めた。身体から発する男性特有の匂いが、彼女の鼻孔を突き抜ける。
 そして――彼女の髪をかきあげて額に小さくキスをする。RINAの紅潮した頬をつぅーっと涙が流れ落ちた。


「センパーイ、何か食べていきましょうよぉ。目一杯闘ったんでお腹空いちゃって」
「そうだね、緊張が解けたら途端に腹が減ったなぁ」

 時計は十九時をまわり、すっかり暗くなった街の歩道を《彼氏彼女》となったふたりが歩いていた。初々しいが他のどのカップルにも負けないほどのアツアツぶりが、街歩く人たちの目を引いた。

「これからイッパイ一緒にいましょうね?」
「もちろんさ」
「あ、果し合いの時も一緒ですよ、当然」
「それはちょっと……だって僕弱いから……あっ?」

 ちゅっ!
 不意打ち気味に彼の頬にキスをするRINA。

「大丈夫です! 誰にも先輩を傷つけさせませんし、絶対に負けませんから、私!」

 こうしてふたりは、多くのファストフード店が建ち並ぶ繁華街へと消えていった。ラーメンと牛丼のどちらがお腹に溜まるかの論議が、未だにふたりの間で続けられながら……


                                                                  終


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