HIMAGINE電影房

《ワクワク感》が冒険の合図だ!
非ハリウッド娯楽映画を中心に、個人的に興味があるモノを紹介っ!

大韓アニメ

2017年10月03日 | 韓国映画
9月初頭に韓国アニメを紹介した書籍が出版された時、「先にやっておくべきだった……」と正直思いましたね。それだけ衝撃が大きかったって事です。それで昔に動画サイトからDVDに焼いた諸々の作品から、なるべくオリジナリティのある作品をチョイスして(“パクリもの”はネタ要員で、いくつか入れましたが) 韓国アニメの面白さを堪能できるラインナップにしたつもりです。
《韓国アニメ》=《日本アニメのパクリ》だけでない事に気が付いてもらえばいいなぁ(願望)

◎収録作品
ラッキー歯磨 CM 1956
ネズミを捕まえろ 1959
眞露 CM 1959
バッカスドリンク CM 1960年代
虎皮と石英岩 / 호피와 차돌바위 1967
黄金鉄人 / 황금철인 1968
電光アトム / 번개아톰 1971
怪獣大戦争 / 괴수대전쟁 1972
ロボット テコンV / 로보트 태권 V 1976
テコン童子 マルチアラチ / 태권동자 마루치 아라치 1977
電子人間337 / 전자인간337 1977
走れ!マジンガX / 달려라마징가X 1978
飛べ!ワンダープリンセス / 날아라원더공주 1978
宇宙黒騎士 / 우주 흑기사 1979
宇宙少年キャッシュ / 우주소년 캐시 1979
ロボットキング / 로보트킹 1980
ヘドリ大冒険 / 해돌이 대모험 1982
黒龍王と庇護童子 / 흑룡왕과 비호동자 1982
スペースガンダムV / 스페이스 간담 V 1984
ロボット王 サンシャーク / 로보트왕 썬샤크 1985
ブルーシーガル / 블루시걸 1994
侠客 紅い鷹 / 협객 붉은매 1995
帰って来た英雄ホン・ギルドン / 돌아온 영웅 홍길동 1995
アルマゲドン / 아마게돈 1996
鉄人四天王 / 철인사천왕 1999
                   
                   ↑クリックすると鑑賞できます
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

【女子プロレス小説】小さいだけじゃダメかしら?~後篇~

2017年06月16日 | ARTWORK & NOVEL

 メインエベントを今まさに裁かんとするレフェリーによって、女神像をイメージした金色のプレートが貼られた紫色をしたベルト――東都女子プロレス認定王座《プリンセス・オブ・メトロポリタン》が高々と掲げられ、会場天井からのライトに照らされ《団体の象徴》は眩いばかりの輝きを放っていた。そして彼を挟んで両サイドではその光り輝くベルトを我が物にせんと、じっと見つめるふたりの女。
 《唯我独尊》浦井冨美佳と、《能天気ダイナマイト》小野坂ユカだ。
 観客の「本気の」ブーイングを浴び憎々しく笑う浦井は、紫色のワンピース型コスチュームに黒のロングシューズという女子プロレスの“王道”ともいえる出で立ちで、ふてぶてしい態度と相まって威圧感を周りに漂わせ、自分こそがリングの女王であるという事を無言でアピールしていた。
 一方のユカは二年半ぶりの浦井とのシングル戦に加え、タイトルマッチという環境からくる緊張なのか、普段なら入場時に観客からの声援に対して、入場通路やリングサイドを周回しながら明るくハイタッチなどをする彼女だったが、今日は入場ゲートに登場するや否や一目散にリングへ向かって駆け込んだので、彼女とのスキンシップを楽しみにしていたファンたちは少々戸惑った。それにコスチュームも自らが「チンドン屋」と称するレインボーカラーでなく、親友・赤井七海のイメージカラーである赤でコーディネートされており、彼女の覚悟の程が窺い知る事ができる。
 昨夜リリースされた、突然のPOM王座返上と、それに伴うユカの決定戦出場のインフォメーションは、今夜の興行にも少なからず影響をおよぼし、カードの不満を訴えチケットの払い戻しを求める客が数十人もいたという。それに昨日の浦井の例の件もあって試合会場も、八百人の定員のところが六割程度しか席が埋まっていないのが現状だった。だからこそ、ユカは大先輩であり強敵である浦井を下し、東都女子のエースの証であるチャンピオンベルトを奪取する事こそが使命であり、カード変更にも拘わらず足を運んでくれたファン達へのお礼なのだと、そう考えていた。
 リングの中央で、レフェリーがふたりに対し握手をするよう求めた。しかし浦井は手をひらひらと振り、埃を払いのける様なゼスチャーを見せこれを拒否。それを受けてユカも舌を出しあかんべえをして応戦する。《王座決定戦》だというのに普段通りな両者のコミカルなやり取りに、場内は明るい笑い声に包まれ、肩に力が入っていた観客たちもリラックスする事ができた。そしてリングサイドに設営されている本部席では団体代表の元川が、その隣りには「怪我の為」今大会を欠場した前チャンピオンの七海が着席して、リング上における事の成り行きを、息を飲んでじっと見守っている。
 試合開始を告げる、甲高いゴングの音色が会場中に響き渡った。

「よっしゃぁぁぁぁぁ!」
「来いっ!」

 両者はそれぞれ、自分を奮い立たせるために、そして己という存在を会場中にアピールするために大声で叫んだ。腹の底から吐き出した気合は、そのまま活力源となって身体中にみなぎっていくのが自分自身でも分かる。浦井が右手を高く掲げる。ユカに対して「力比べ」を要求しているのだ。それに応えて彼女も右手を差し出すが身長差が大きいので組む事が出来ない。余裕の笑みを浮かべる浦井とどうしてもコンタクトしたいユカは、ジャンプをしたりといろいろ試みるが、彼女の右手が自分の手の届くところまで下りてくる気配もない。いらいらの募ったユカはマットに仰向けに寝そべり足をバタバタとさせて、小さい子供のように駄々をこねてみた。彼女の《王座決定戦》を争っているとは思えないこの可愛らしい動作に、観客たちはついつい笑ってしまう。

「あいつは何をしてるんだ?」

 いつものコミカルテイストの試合と変わらないじゃないか――リング上でのパフォーマンスに対し、苦虫を潰したような顔で元川は呟いた。静寂の中で行われる、緊張感に満ちた序盤の攻防を想像していた彼には、ふたりが神聖なタイトル戦を馬鹿にしているとしか思えなかった。しかしこれが彼女の普段通りの闘い方であり、決してふざけているわけではない。
 完全に相手を見下した浦井が腰を屈め、駄々っ子状態のユカを覗きこむ。彼女はこの瞬間を待ち構えていたように素早くヘッドスプリングで跳ね起きると、自分の目の高さにいる浦井に大きなスイングで顔を一発張った。突然の「反撃」に、打たれた頬を押さえ呆然とする浦井の周りを、ぐるぐると腕を回して笑顔で走り回るユカに「子供かっ!」とファンのひとりから突っ込まれると、それに呼応するように発生した拍手と爆笑が会場中を覆った。

「この野郎っ!」

 怒りがこみ上げてきた浦井は、叫びと共にクローズラインをユカの喉元へ叩き込もうとするが、動作の大きな彼女の攻撃はユカにはお見通しで、すぐさま身体を捻りこれを回避する。攻撃目標を失い空を切った腕の下を潜り抜け正面のロープに向かい駆け出したユカは、反動を付けて加速し再び浦井の元へと舞い戻り、背面式ドロップキックの体勢で彼女の胴へ跳び付いた。更に自分の上半身をバウンドさせ勢いをつけ体を反り起こすと、腕を取り浦井をリングの外へと投げ飛ばす。【カサドーラ】というルチャリブレの技だ。勢いのついた彼女の身体はリングを被うキャンバスの上を滑らせて、リングの周りを囲むように敷かれた、青い保護用マットの上へ落ちた。
「来いっ!」リングの上では、ユカが膝をつき手招きをして浦井を挑発する。
 大喜びの観客たちは「ユカ」コールの大合唱で彼女を全面的に支持した。この居心地の悪さにマットを叩いて不快感を表した浦井は、あろう事かレフェリーが場外カウントを数え続ける中、ユカが待つリングに背を向けて控室へ帰ろうとするではないか。
 最初は誰もが彼女の、いつもの「客いじり」だとそう思い込んでいた――普段だと観客に自分へのコールを要求し、発生すると満足してリングへ戻っていく「お約束」だがそれもしない。白けた表情の浦井と、リング上で平然を装うがにじみ出る焦りの色は隠せないユカから、観客たちはこれが「アクシデント」である事を察し、皆の顔から“笑い”が消える。
 試合開始からまだ幾分も経っていないにも拘わらず、さっさと「試合放棄」を決めこんだ浦井の自分勝手な行動に、席から立ち上がり口ぐちに怒りの声をあげた。
 こんな試合を見に来たんじゃないぞ。何度俺たちを裏切るつもりだ? もう辞めちまえ――思い付くままの罵詈雑言が通路を歩く浦井に浴びせられるが、そんな事は意に介しない彼女は下を向いたまま進んでいく。このまま順調にカウントが進むと浦井の「リングアウト負け」でユカの勝利が確定するが、観客の誰もがそんな「負け方」を望んではいないし、ユカ自身もそんな「勝利」は欲しくない。何よりもそんなメイン戦を――王座決定戦を行えばファンやマスコミからは茶番と非難され、団体の評価は取り返しのつかない程底に落ち、今後の運営が厳しくなる事は明らかだ。

 あいつ、とんでもない事をしやがる。

 本部席の元川は額に手を当て目を閉じる。まさか今日に限って試合放棄はしないだろう、と高を括っていたが見事に裏切られて彼はパニック状態に陥った。そんなに東都女子ここが嫌いなのか? じゃあ何故オファーを受けた? 処理できない疑問が元川の頭の中をぐるぐると駆け回り、真っ青な顔からは脂汗が滝のように滴り落ちた。
 誰か、助けてくれ! と心の底から、救いを求める声が喉元まで出かかったその時、隣りで座っていた七海が目の前の、テーブルに誇らしげに置かれているPOM王座のベルトを持って立ち上がった。

「浦井さんっ! このベルトが欲しくないんですか?!」

 七海の、悲痛なる叫びを聞いた浦井は、ぴたりと立ち止まるとゆっくり後ろを振り返る。彼女は今にも泣き出しそうな表情だったが、それでも必死に歯を食いしばり、金色に輝くベルトを高々と掲げ挑むような視線で睨みつけていた。

「このベルトは――あなたが突然いなくなった後に私やユカ、それに残った者たちが必死になって団体を盛り上げ、回復の兆しが見え始めた頃に設立した、私たち東都女子に関わる者全ての想いが詰まったベルトなんです。途中で逃げたあなたには、何の思い入れの無いタイトルかも知れませんが、最後まで私たちを馬鹿にする気ならばこのベルト、綺麗にかっさらって格好つけてから去って下さい!」

 心底嫌いなはずの浦井だったが、思いの丈を言葉にし吐き出していく途中に、心の何処かでは彼女を慕っていた事に気が付き、七海は三年前のあの日――プロレス界での生き方・・・を導いてくれると思っていた矢先、まだ右も左も分からない自分たちの前から突然彼女が退団してしまい、恐怖と不安で一杯だった頃の記憶が、幾度となく繰り返し再生され涙が止まらなかった。

「浦井さん、お願いします!」「浦井さんっ!」

 セコンドとしてリングの周りを囲んでいた、所属選手たちが一斉に浦井の方を向き、ひとりひとりが彼女の名を叫び懇願する。かつて一緒に汗を流した当時の練習生、それに自分がここを去ってから入ってきた若い選手――知ってる顔も知らない顔も、みんな私の事を慕ってくれている。浦井は彼女たちの熱い想いを受け、かつて自分が、この団体を牽引する“長女”の立場であった事を思い出した。
 団体代表の元川よりも更に立場が上である、“プロレス”をよく知らない経営陣たちとの軋轢によって「方向性の違い」という“言い訳”を用い道半ばで離脱してしまったが、十六歳でプロレスラーとして誕生デビューして以来、初めて“リーダー”として迎えてくれたこの団体を、ここに残ってくれた選手たちを嫌いである筈など無い。浦井は再び、ユカの待つリングへと歩み出した。かつての“長女”としての責任と、ベルトを狙う「侵略者」としての誇りを胸に抱いて。

「子憎たらしいったらありゃしない……七海もすっかり皆の“お姉さん”ね、安心したわ」

 顔を涙でぐしょぐしょにして、それでも本部席で自分を睨み続ける七海を、横目で見ながら呟いた。今の浦井には東都女子に対する恩讐の念などない。あるのは故郷に帰ったような懐かしさと心地好さ。リングの上では、ユカが笑顔で浦井の“帰還”を待っていた。

「待たせてしまってごめんなさい。さぁ続けましょうか?」

 深々と謝罪する浦井の前に、ユカは両手を差し出した。

「今度こそ――握手、してくれますよね?」

 彼女の「お願い」に、浦井は照れ臭そうに微笑むと、無言で――力強く両手で握り返しこれに応じた。彼女たちや、その一部始終を静かに傍観していた、周囲の観客ひとりひとりの心の中で、再び試合開始のゴングが打ち鳴らされた。
 どちらからともなく前に踏み出すと、二本の腕を互い同士絡みつけロックアップの体勢に入る。全身の筋力を駆使し自分に有利なポジションを確保しようと、どちらも表情は険しく、組み合ったまま硬直した状態がしばらく続く。観客たちはじっと固唾を飲んで、両選手の次の一手を見守った。
 先に動いたのは浦井だった。
 彼女は素早くユカの腕を取り後ろに回ると、L字に曲げてハンマーロックの体勢に入った。腕を逆方向に捻りあげられ、肘や肩の関節にかけて激痛が走る。しかし身体を前方や半身に屈ませユカは必死に“逃げ道”を探り、ホールドが緩んだ隙をみて逆に体を入れ換え同じ技で返してみせた。先程とは逆に、次は浦井が脱出経路を思考する番だ。腕の痛みに喘ぎながらちらりと目線を配り相手の隙を探ると、素早く股の下からユカの脚を引っ張り、強引にマットへ引き倒し技を解除させるとそのままグラウンド式の爪先固め(トーホールド)へと移行する。またしてもユカは“振り出し”に戻されるが、キャリアの浅い新人選手とは違う彼女は慌てふためく事もなく、落ち着いて身体をずらし自分の足を攻めている浦井の、腕を掴むと空いている方の脚を相手の首に乗せ、ぐっと腰を突出し腕を引っ張って彼女の肘靭帯を伸ばさんとする。腕ひしぎ十字固めの体勢にとられた浦井は極められてなるものかと、今にも伸ばされそうな腕を掴んで必死にブロック、近くにあるサードロープに足を掛けてロープブレークをし事無きを得た。
 ふたりによる基本的ベーシックなレスリングの攻防に、観客たちは暫し声をあげるのも忘れて見入っていたが、レフェリーによる「ブレーク!」の声と共に両者が再び距離を取った瞬間、「おおっ!」というどよめきと拍手が一斉に湧きあがる。浦井の真面目なレスリングには勿論だが、普段は《コミカル担当》で派手な動作で笑わせ驚かせているユカが、堂々と彼女と重厚なレスリングで渡り合っている事の方が、彼らにしてみれば大変な驚きであった。
 場の空気を一転させるような、乾いた破裂音がざわつく会場内に響き渡った。試合は地味な関節技の攻防から一気に激しい打撃戦へと、ふたりの闘いは次の展開へと移り変わる。何十発という張り手の嵐が両選手の間を飛び交い、それら全てがスルーされる事なく確実に、そして的確に頬を張っていく光景に観客は戦慄を覚えた。
 浦井から、強烈な張り手をもらったユカの顔が圧力で歪む。
 身長の足りないユカは、浦井へ腹部蹴り(ガットショット)を叩き入れ身体を屈ませると、お返しとばかりに彼女の首筋に向け、鋭角な肘打ちエルボースマッシュを何度もぶち込んだ。ユカの見た目とは違い、意外に衝撃の重い肘打ちは浦井の体力を確実に削っていく。そして浦井の手首を掴むと、ユカ自身が転倒しそうな勢いで対角線上のコーナーへと彼女を振り投げた。リングを囲むロープを固定している金具を被う、協賛企業の名前が印刷されているコーナーポストへ浦井は背中から強く激突し、その衝撃によりロープが上下に揺れる。
 いくぞぉ! と腕を上げて叫び、拍子を付けてリングを踏み鳴らし観客たちを煽ると、今度は自分自身が、浦井のもたれ掛かっているコーナーポストへ全速力で駆けていき、彼女の顔目掛けてドロップキックを撃ち込んだ。ユカの両足は綺麗にヒットし、ダメージを受けた浦井は崩れるようにずるずると腰を落とした。

「攻めろユカ!」「浦井を休ませず畳み掛けろ!」

 自分の目下で荒い呼吸をして座っている、浦井の長い黒髪をユカは強引に掴み、引き起こして頭を脇に抱えフロントヘッドロックのような体勢を取ると、大きく円を描くようにロープを一気に駆け上がり、マットに浦井の頭を突き刺そうと真下へ体重を掛けた。身長のないユカがロープを利して、旋回による遠心力プラス重力によって相手の頭部を叩き付けるスイング式DDTを敢行したのだ。技は見事に成功し、顔からマットに落ちた浦井はうつ伏せのまま動かなくなった。
 ユカは彼女の身体を仰向けにセットし、上半身に覆い被さりフォールの体勢に入った。レフェリーは力一杯マットを叩きカウントを取るが、ツーカウントを数えた所で、浦井が必死の形相で肩を上げ惜しくもフォール勝ちとはならなかった。残念そうな表情をみせるユカだが落ち込んでいる場合ではない。彼女は頭部を持って浦井を無理矢理起こすと自ら背後のロープへ向かい走る。腕を下げふらふらと立っている浦井に対し、ロープの反動により勢いの増したユカは彼女の首に跳び付き、再び頭部をマットに突き刺さんとする。
 しかし二発目のDDTは浦井がきっちり予測していた。首をホールドされ真下に向かい引き込まれるのを、浦井は軽量であるのユカの身体を掴みこれを阻止。そのままブリッジし彼女の頭部を、今度は逆にマットへ叩き付ける。可愛い後輩に対し先輩の意地をみせた反撃だ。痛む頭を押さえながら自力で立ち上がるユカ。
 ショートヘアを振り乱し怒りの形相で向かってくる、小さくも強力な敵に対し浦井は、待ち構えていたかのように胴を掴み、大きく横に回転させると自分の膝へ彼女の腰を叩き付けた。風車式背骨折り(ケブラドーラ・コン・ヒーロ)がベストなタイミングで決まり、腰を押さえて七転八倒するユカへ今度は浦井がフォールの体勢に入る。片足を持たれ海老反りの状態で体重を預けられているので、フォールを返し辛い体勢であるにも拘らず、ユカは意地と気合でカウントワンでこれを跳ね返した。驚きと苛立ちの表情をみせる浦井。彼女の頭の中では既に《小野坂ユカ》は後輩である、という感傷に浸る余裕などはなく、倒すか、倒されるかの選択詞しか存在しない、ベルトを懸けて争うに相応しい強敵だと認識していた。だから起き上がり再び自分の前に立ちはだからんとする憎き相手に対し、容赦ない張り手や蹴りを休みなく加えていく――二度と相手が自分に歯向えないように!
 ユカの腹に浦井の膝蹴りが突き刺さり、小さな身体が真上に浮いた。吐き戻しそうな苦しみに襲われるが、それでもユカは彼女の目から視線を外さず、反撃の肘打ちを顎へ何度も何度も叩き込む。言葉にならない声をあげながら、汗で濡れた頬に髪を貼り付け一心不乱に、相手へ攻撃を加える姿は決して格好良いものではないがおんなたちの、互いの意地と意地のぶつけ合いを期待する観客たちには、それが十分に美しく感じられた。
 気迫のこもったユカの打撃に押されて、マットを踏ん張る足が次第に後方へと退いていき、定位置をキープする事が厳しくなってきた浦井は、ぐっと歯を噛みしめ力を入れ、僅かな間をついて形勢逆転を狙った平手打ちをユカの顎に目掛けて叩き入れた。
 ――――!
 目が覚めるような破裂音が会場中に響き渡るや観客たちは、騒ぎ立てるのを止め、まるで時間が停止したかのように静まり返る。この強烈な一撃でユカの両足から力が抜け、体重を支えられなくなった彼女はまるで操り人形の糸が切れたように、その場にぐしゃりと倒れてしまう。
 リングサイドの本部席から七海が親友の名を絶叫する。しかし意識朦朧として座り込んだままユカは動かない。
 浦井は、金色に染められたユカの髪の毛を掴み、強引に身体を引き起こすと自分の方に首を向けさせた。しっかりと目は対戦相手を捉えているユカだったが、その瞳の奥には輝きが無かった。浦井はまだユカに“闘う力”が残っているかどうか確かめたく、ロープへ向けて彼女の身体を振ってみた。力が残っていればきちんと背中でロープを受け、自分の所まで走って戻ってくるはずだからだ――しかし、やはりというべきか、ユカは身体を押された途端、数歩前に動いただけで膝をかくんと折り、再びマットへ倒れてしまう。
 激しく呼吸をし、四つん這いとなりながらも必死に起き上がろうと努力するユカ。
 浦井はふぅと息を吐き残念そうな表情をすると、大きく足を振り上げ彼女の背中にストンピングを叩き入れ、再びマットへ這いつくばらせゴミを扱うかの如く、彼女の身体をリングの外へ蹴落とした。
 レフェリーによる場外カウントが無情にも数えられる中、青色のセーフティマット上にくの字になって倒れているユカの周りに、雑務でリング周辺に待機していた選手たちが集まり囲んだ。各自それぞれが、彼女の名を口に出して励まし奮い立たせようとするが、ただ腹を上下させて大きく呼吸するだけで、ユカからの反応は返ってこなかった。

「ユカ、もういいよ。動かないで!」

 先程まで本部席に座っていた盟友・七海が、気が付けばユカの側までやってきて彼女の身体を起こすと、自分の膝に座らせて強く抱きしめていた。七海の目からは止めどなく涙が溢れ、泣き濡れて眼球が赤く充血している。
 試合とは全く関係ない七海が、試合権利のあるユカに触れた事を問題視したレフェリーは注意しようとするが、浦井はそれを遮り事の成り行きをリング上から見守った。仮に七海がユカを無理矢理リング内に、押し戻したとしても文句は言わないつもりでいた。そうなれば戻ってきた事を心底後悔させるほど、激しい攻撃を加えてやろうと思っていたからだ。
 七海の涙交じりの呼びかけに、ようやくユカは反応した。まだ表情の固さは残るものの、それでも笑顔を七海にみせて安心させた。

「――行かなきゃ。浦井さんが待っている」

 ダメージが完全に癒えておらず、おぼつかない足取りで立ちあがりリングへ戻ろうとするユカの手を、七海は掴んで離そうとしない。

「何故? あれだけ対等に渡り合えれば、もう十分じゃない?」
「駄目よ。わたしはまだやれる、闘えるの! それに――」じっと七海の瞳を見つめ、ユカは語り続ける。

「あの人に勝ちベルトを奪取して、あなた……赤井七海という《絶対的な存在》を超えたいのよ!」

 初めて耳にするユカの「欲望」。今まで笑顔と冗談だらけの発言で決して、己の胸の内を明かす事のなかった彼女の、熱く燃える情念や自分に対する嫉妬など、見てはいけないものを目の当たりにしてしまった七海は嫌悪感よりも、親友の自分に感情を全てさらけ出してくれた事を、何よりも嬉しく思った。
 ユカの手首から、七海の手が力なく解けていく。「ごめんね」と小さく口の中で呟くとユカは、剥き出しの腿をぴしゃりと叩き気合を入れ直し、床をしっかり踏みしめて下半身に力が入る事を確認すると、ロープを握り自分の身体をリングへ滑り込ませる。
 リングの中では厳しくも――どこか安心したような表情で、浦井が腰に両手をあてて待ち構えていた。

「場外カウントは止めておいたわよ。迷惑だったかしら?」

 あくまでも己のキャラクターを崩さず、上から目線な浦井の発言にユカは思わず苦笑いする。こうでなくては面白くない!ユカは頬を数度張り気合を注入すると、大きく振りかぶって浦井の胸にチョップを叩き込んだ。強烈な音と共に、被弾した部分の肌が瞬時に真っ赤になり、抉られるような痛みが彼女の身体に走る。浦井も負けずに膝を鋭利な武器と変化させ、ユカの腹に突き刺し身を屈ませると追い撃ちとばかりに首筋へ肘を落とす。頸椎に電流が走るがユカは意地でもマットへ這いつくばろとしない、必死になって全身に力を入れ体勢を持ちこたえさせ、下から浦井を睨みつける。
 突然、互いが申し合わせたかのように、反対側のロープへ走り出した。
 どちらも反動を利してスピードを加速させ、打撃技の威力を倍増させる事を考えていたようだ。ショルダータックル合戦か、ドロップキックの相討ちか?――観客たちは定番のムーヴを予想していたが、ユカの動きは彼らの予想を遥かに超えていた。クローズラインを狙っていた浦井の胸を蹴ると、相手の補助無しにそのままバック宙したのだ。普通ならばコーナーポストで行う威嚇技の空中回転(サルト・モルタル)を、人体で行うウルトラC級の技に観客たちは信じられない!と驚嘆の声をあげ、技を受けた浦井本人も自分の身に何が起こったのか理解できずにいた。
 相手の隙を突いてユカは、顔面へめがけて打点の高いドロップキックを敢行する。思考停止して反射神経が鈍っていた浦井は、防御する事を忘れ目の高さまで舞い上がった彼女が放つ飛び蹴りを、もろに喰らいリング下まで勢いよく転がり落ちていった。
 「行くぞぉ!」リング中央で四方の観客に叫ぶとユカは、場外へ向かって駆け出していく。
 頭を振りダメージの回復に努めていた浦井は、リングの周りを照らしている照明が一瞬、暗くなった気がしたのでふと天井を見上ると、そこには鳥の翼のように大きく手を広げた、人間らしき物体が自分の方へ落下してくるのが見えた――ユカだ。彼女はリング内外を仕切るロープを階段のように駆け昇り、真上に跳び上がると眼下の敵を標的に飛び込んでいった。ユカの体重と落下で加わった重力が、衝撃となって一気に浦井の身体に襲いかかり、耐えきれない彼女は、ユカの身体もろともセーフティマットに激突してしまった。
 地鳴りのような、驚愕と歓喜の低い叫び声が会場いっぱいに響き渡り、観客ひとりひとりは目の当たりにした光景に対し、湧き上がる興奮を押さえられずに打ち震えた。
 先に起き上がったユカは、仰向けに倒れている浦井の腕を掴み、無理矢理起こすとリングの中へ身体を押し入れた。ルール上ではリングアウト勝ちでもベルトの移動はあるものの、どうしても彼女と「完全決着」を付けたいユカは敢えて危険を犯してまで、この思い切った行動に出たのだった。膝をつき、四つん這いになって呼吸を整えている浦井を、リングのエプロンステージでトップロープを固く掴み、じっと見つめ攻撃のチャンスを窺うユカ。
 リングに垂れ下がる長い黒髪を蠢かせ、浦井が顔を上げた。「今だ!」ユカは意を決してトップロープへ跳び乗り深く腰を落とす。スワンダイブ式ドロップキックを狙っている様子だ。しかしチャンスを窺っていたのはユカだけではなかった。突然浦井は立ち上がると、ユカの乗っているロープの方に向かって走り出し身体を衝突させたのだ。黒く硬いロープが前後に揺れバランスを崩した彼女は前方へ回転しマットへ落ち背中を強打してしまう。やはりユカには“メイン”という舞台は荷が重すぎたのか? キャリアも試合経験も豊富な分、浦井の方へ少しだけ有利に事が運んだようだ。
 この僅かな勝機を逃がしてはなるものかと、浦井はユカの両手首を掴むや巴投げ(モンキーフリップ)で後方へ投げ、もう一度ダメージを負わせるとすぐさま相手の腕を曲げ、自分の脚を交差させた腕の間へ通して、足四の字固めの要領で一気に締め上げた。普段は相手への屈辱と観客を煽るための「見せ技」として使用している【熟女式グラビア固め】と表される技だが、いざとなれば立派にギブアップを奪える拷問技(サブミッション)と化す。裏返った肘と肘とが重なり合い、絞り上げられる事で鋭い痛みが脳天まで突き刺さり、ユカは思わず悲鳴をあげた。
 観客たち全てが、この小さく勇敢な女闘士に声援を送る。
 リング下の七海も、エプロンステージを両手で叩いて彼女の名を叫び続けた。
 彼らの声援によって生まれた“見えない力”が、エンプティーランプの点っていたユカに注ぎ込まれた。浦井に腕を極められたまま、疲労で重くなった身体を引き摺りどうにか左足をサードロープへと乗せて、ロープエスケープに成功するのだった。そんなユカに、観客たちは「よく頑張った」と割れんばかりの拍手を送り労った。
 「そんな……」浦井がぼそりと呟いた。この技で勝負を決めるべく全身全霊を込めて放っただけに、仕留めきれず逆に逃げられたという“現実”を正直受け入れられない。浦井の気持ちがマイナスへと傾いた、僅かな瞬間を見逃さないユカではなかった。素早く彼女の腕を掴みロープへと振ると、自らも反対側へと走り加速を付けた。三本のロープを大きく揺らし、リング中央付近に浦井が返って来た所へユカは、ロンダート(側転からの1/4捻り)で高く跳び後ろ向きに彼女の肩に乗ると、右腕を持ったまま身を捻り後ろに反って宙ぶらりんになった。首に留まったままの太腿と自分の右腕が頸動脈を圧迫し、浦井の意識は次第に遠退いていく。サブミッションにはサブミッションをと、ユカもオリジナル技である【ミステリオ・ラナ式三角締め】で応戦した。
 血流が遮断され徐々に視界がぼやけていく中、浦井は残っている力を振り絞り叫び声と共に、ユカの身体を高く持ち上げ、鉄製のワイヤーが中に入っているリングを取り囲むロープへと、彼女の後頭部を強く打ち付けた。割れるような頭の痛みに、決して離すまいと必死で絞めていた太腿が外れてしまい、ユカはマットへと落下してしまう。
 双方が死力を尽くし“魂の削り合い”を繰り広げてきた結果、どちらも体力は残り僅かとなり、あとは気力と意地と見栄だけで彼女らはリングに立っていた。

 あとひとつ、大技が決まれば勝負はつく――攻守の入れ替わりが激しく息つく暇もない、最高の“王座決定戦”を本部席から見守っていた元川は、ペットボトルの水を喉へ流し込み喉の乾きを癒すと、テーブルに手を付いて身を乗り出し、リング上でどちらが勝負の女神から寵愛を受けるのか注目した。

 浦井はユカの背後を素早く取ると、腰に腕を廻し後方へのスープレックスを狙い持ち上げる。しかしこれを読んでいたユカは足をばたばたとさせ重心をかけ、絶対に投げられまいと必死になってこれをディフェンスする。力を入れ過ぎた浦井の手が一瞬緩むやこの期を逃すまいと、今度はユカが背後に回った。同じく彼女もスープレックス狙いだったが、これも肘打ちによる抵抗により不発に終わっってしまう。最後のチャンスを掴むべく浦井は、ユカの足を踵で踏みつけ隙を作ると再度バックに回った。

 ――今度こそ、今度こそは絶対に。

 呪文を唱えるように、ひとり口の中で浦井は呟いた。何をしても、どんなに攻撃を加えても次には必ず立ち上がり反撃をしてくる《小野坂ユカ》というレスラーにどうしても勝って、彼女ら東都女子プロレスの選手たちが渇望する《団体の象徴》POM王座を手中に収めたいという、その一念が浦井を突き動かしていた。マットを踏みしめる両足に力を込め、胴に回した腕をしっかりと握り直し再びユカを持ち上げる――だが腕に重量が掛かるだけで彼女の身体は一向に上がる気配がない。ユカは浦井の脚に自分の脚を絡め、投げられないように防御していたのだ。
 自分の胴を掴んで離さない、浦井の腕を強引に剥がすとユカは素早く体を廻し、彼女と正面に向き合った。突然の事で何がどうなっているのか状況が理解できず、混乱気味の浦井の脇に頭を入れ両腕を胴体ごとしっかりとホールドすると、ユカは低い軌道を描いて彼女ごとブリッジをする。北斗原爆固め(ノーザンライト・スープレックス)が決まったのだ。両腕を固められており受身を取る事が出来ず、浦井は頭からマットに突き刺さった。レフェリーがマットを叩きフォールカウントを数える声がぼんやりと耳に入る中、彼女はどうにかして肩を上げこれを停止させたかったが、マットにめり込んだ首から身体中に広がるダメージが酷く、もう指一本すら動かす事も出来なかった。三つ目のカウントを叩き終えた瞬間――小野坂ユカは遂にこの試合の勝者となった!
 観客たちの祝福の歓声と拍手が一斉に、リング上で膝をついて呆然としているユカに贈られた。大の字になって側で寝そべっている浦井の姿と、お客さんからの祝福の声を耳にした事で彼女は、やっと「自分が勝ったのだ」と実感しユカは、拳を握りしめた両腕を天に突出して、観客たち全員に歓びの感情を表現するとその瞬間、会場は今夜一番であろう凄ましい程の湧きあがり方をみせた。彼女は敬愛する先輩・浦井冨美佳に勝てた事の喜びと、他団体へ王座を流出させる事無く自らが奪い取り、そして無事東都女子の至宝を守り抜いたという安堵感で胸がいっぱいになっていた。
 改めてレフェリーから勝ち名乗りを受けた後、ユカは団体代表の元川から《至宝》メトロポリタン王座のベルトを授与された。親友・赤井七海の腰で輝いていたこの《エースの証》をずっと隣で、またはリングの下で羨望の眼差しで見つめていた彼女にとって念願の戴冠だ。これまで自由奔放な性格ゆえ《エースの責任》という重圧を押しつけられるのを恐れ、しっかり者の七海に任せっぱなしだったが今では違う。団体の危機を目の当たりにし覚悟と責任が芽生えたユカにはもう怖いものなどなかった。

「悔しいけど――最高にカッコいいよ、ユカちゃん」

 浦井が握手を求め手を差し出す。結果には若干悔いが残るものの、試合内容には大変満足しておりその表情は晴れ晴れとしていた。ユカは彼女からの握手の申し出を受け、両手で握ると深々と頭を下げ感謝の意を表した。実は彼女の目には感謝と感激の涙が浮かんでおり、浦井に見られるのが恥ずかしく顔を上げられないのだ。

「ありがとうございます。浦井さんが対戦相手で本当良かったです!」

 涙声で感謝の弁を述べるとユカは浦井に抱きついた。環境の変化で変化せざるを得なかったユカの、浦井に対する“気持ち”は根っこの部分では全く変わっておらず、彼女の体温を直に感じた瞬間三年前の、団体旗揚げに向けてみんなが切磋琢磨していたあの頃の自分に還ってしまうのだった。それは浦井も同じで、試合中はどうしても倒したい好敵手ライバルだった彼女が今では、デビューを夢見て自分の後を付いて回っていた可愛い後輩に戻っていた。そして誰かひとり自分の側にいない事に気が付く――七海だ。彼女は親友の勝利の瞬間、祝福をしようと無意識にリングに上がってきたが、浦井とふたりで健闘を讃えあっているのを見て声を掛けるタイミングを失い、リングの中をうろうろと歩き回っていたのだった。

「七海――」

 そんな彼女にユカは声をかけ手を握る。

「ここでいうのはちょっと照れくさいけど……ありがとう、応援してくれて」
「親友でしょ、あたりまえじゃない。それに今のユカ、何だか別人に見えるよ?」
「今だけだよ――明日になればまた普段のわたしに戻るわ」

 ユカは自分の元へ、七海を手繰り寄せると感謝のハグをした。なかなか“男前”な行動だがふたりの身長差が妙な違和感を生み出し何処か可笑しい。そして彼女は何も言わず、掴んだ手をそのまま浦井へと渡した。七海は無言になり表情に緊張が走る。今まで嫌いだ、許さないと言ってきた相手を目の前にし、恐怖と嫌悪が入り混じる複雑な感情が彼女の心を支配する――しかし初めて彼女に本音をぶつけ“対等”に向き合えた今日、そんな“負の感情”は以前よりもずっと薄まった感じがした。元の関係に戻るまであと一歩だ。

「七海……昨日はごめんね、感情的になって私が上手く試合をリードしてあげられなくて。そして、これまで東都女子を支えてくれて本当にありがとう」 

 浦井からの謝罪と感謝の言葉――彼女が退団した後も、この狭い業界内で顔を合わせる機会は幾度とあった。しかし頑なにそれを拒み続けていた七海だったが、「あの頃」のようなリラックスした雰囲気で彼女から直接言葉をかけられ、長年自分の心を縛り付けていた不信感が音を立てて瓦解する。
 七海は浦井の胸に顔を埋め号泣した。思いの丈を言葉にしようとするが口が上手く動かず、ただ泣き続けるばかりの彼女を浦井は、かつての“長女”の役目として黙って抱きしめた。これこそが最高のハッピーエンドじゃないか!――ユカは抱き合うふたりを間近で見ながらそう思った。

「何だか、旗揚げ当時に戻った感じだな?ユカ。さて、僕も冨美佳と――」
「元川さんはダメだと思いますよ」
「そうかぁ……残念だ」

 ユカと近寄ってきた元川とが談笑する。観客たちが一部始終を見ている事もすっかり忘れ、リング上は和やかな雰囲気に包まれていた。自分たちは蚊帳の外であるにも拘わらず、東都女子の現役選手とOGによる謝罪と修復のドラマを目の当たりにできた彼らはそれでも満足だった。
 浦井にチャンピオンベルトを締めてもらい、七海が肩車でユカの身体を担ぎ上げてリング上をひと回りし、会場にいるひとりひとりに《新チャンピオン》のお披露目をする。東都女子と浦井との関係が最悪だといわれていた頃には、とても想像できなかった光景がいま観客たちの目の前に広がっているのだ。
 親友でライバルの七海は、必ず彼女のタイトルに挑戦してくるはずだ。
 浦井だってこのまま負けっぱなしで終わるとは思えない。
 小野坂ユカはこの先に待ち構えているであろう、更に激しくなる闘いに胸躍らせるのであった。この試合で新たに芽生えたエースとしての誇りと責任を胸に抱いて――

 終

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

【女子プロレス小説】小さいだけじゃダメかしら?~中篇~

2017年05月18日 | ARTWORK & NOVEL

 一週間後――
 試合は既に終了したにも拘わらず、怒り冷めやまぬ観客から発せられる、失望と落胆の怒号がいつまでも止まない《東都女子プロレス旗揚げ三周年記念大会》会場の、選手控室はまるで通夜のように重い空気が漂っていた。闘い終えたばかりの赤井七海は顔に手を当て、声を殺しながらずっと泣いたままで選手たちは誰ひとり声を掛けられず、彼女を囲むように距離を置き、下を向いて呆然と立ち尽くしていた。いつもはどんな事があっても努めて明るく振る舞っているユカでさえも、口を震わせて泣く大親友に冗談など言えるわけもなく、ただ側に寄り添い優しく肩を抱いて、彼女の気持ちを落ち着かせようとするのが精一杯だった。
 この日のメインエベントは東都女子のエースである七海と、約三年ぶりに古巣に“里帰り”した元エース浦井との《遺恨清算マッチ》と銘打たれた三十分一本勝負のシングル戦で、積年の恨みを晴らそうと七海は相当に気張っていた。対する浦井も、彼女の想いを理解し場の空気を読んでいれば、熱の入った激しい試合になる――はずであったがそうはならなかった。
 浦井は序盤から七海の、怒りのこもった激しい攻撃に一切付き合う事なく、ことごとくスルーし彼女や観客たちを苛立たせた。

「何やってるんだ、赤井!」「浦井、ちゃんと試合しろ!」

 セミファイナルまではユカや他の選手たちの頑張りもあり好勝負が続き、メインに向けて観客たちの興奮も上がりっぱなしだった会場だったが、開始五分も経過しない内に場内の空気が急に冷めていくのが分かった。この日の観客は、過去と現在のエースによる激しいぶつかり合いや意地の張り合い、願わくばふたりの“和解”までを期待していたのだが、一方的に浦井が七海の代名詞である打撃技を避けまくり、時折帳尻合わせとばかりに組み合うもののそれ以上の進展はなく、無駄な時間が刻々と過ぎていくだけだった。一方的な七海の熱い想いとは裏腹に、極力彼女との接触を避けまくり“逃げ”のレスリングに終始する浦井――視察に来たオーナー他役員たちは三周年記念興行の目玉として、大きな期待をもって招聘した彼女の、あまりの身勝手さに頭を抱えるしかなかった。結局試合は残り時間が僅かに迫った所で、神経をすり減らしすっかり集中力の落ちた七海を、いとも簡単に丸め込みスリーカウントを奪って試合終了とした。
 結局七海は、必殺技の二段回転蹴りはもちろん、尻餅(シットダウン)式パイルドライバーであるファルコンアローも一度たりとも出せず、只々退屈なだけの試合に観客たちは当然怒り狂った。怒りの捌け口を求めて投げるごみがリング上を飛び交う中、力なく若手に肩を担がれ退場していく七海を尻目に、満足そうに薄笑いを浮かべる浦井は、リングの中央で大きく両手を広げその存在を誇示するものの、誰のひとりも彼女を支持する者などいなかった。堕ちた女王――彼らはこう呼んで元エースを罵った。

 いつもは女子選手たちを憚って、滅多に控室へ入る事をしない元川も、七海の様子をスタッフから聞いて慌てて駆け付けた。

「ちくしょう、こんな事になるのが分かっていながら……すまない、僕にオーナーや役員たちを説き伏せるだけの力が無かったばかりにっ!」

 いつまでも下を向いてすすり泣く七海を前にして、膝を折り床に頭を擦りつけんばかりに謝る元川。こんな重苦しい試合後の控室は初めてだ――ユカには大親友と信頼する“仲間”が沈んだ顔で、ネガティブな修羅場と化したこの場の空気にとても耐えられなかった。彼女はリングコスチュームを着たまま控室を飛び出し、自然と足は会場地下の駐車場へと向かっていた。確証はなかったがまだこの場所に浦井冨美佳がいる、そんな気がしたのだ。どうしても彼女にひと言文句が言いたいユカは、埃と排気ガスの残り香が漂う地下駐車場を隈なく捜してみた。
 浦井はすぐに見つかった――彼女は、退団後新たに立ち上げた自身の団体の、男性スタッフに誘導されながら、エンジンをかけて待機する黒色のワゴン車へと向かう最中だった。

「こんな試合で満足ですか、浦井さんっ!」

 約百メートルも離れた場所から、ユカは腹の底から思いっきり叫んだ。自分の名を呼ぶ声に気付いた浦井は、ふと足を止める。そしてユカの姿を見つけると試合後から、ずっと硬かった表情を崩しリラックスした表情で笑みを浮かべた。それは相手を小馬鹿にしたような嘲笑ではない、懐かしさから出た自然な笑顔だった。

「――久しぶりね、ユカちゃん」

 移動を促す複数の男性スタッフを制し、浦井はコスチューム姿のユカに話しかける。怒りで頭に血が上っていた彼女だったが、大先輩に声を掛けられた途端に気持ちは過去の自分に戻ってしまい、思わず会釈をしてしまう。団体と親友に対する“仕打ち”には心底腹が立ってはいるが、「浦井冨美佳」個人に対してユカは七海や元川のように、「顔も見たくない」ほど嫌悪しているわけではないのだ。

「ご無沙汰しています。だけどわたし今、穏やかに話せる状態じゃないですよ?」
「知ってる。だけど逢えて嬉しいわ――これは私の嘘偽りのない気持ちよ」

 ふたりの間にはかなりの距離はあるが、彼女たちの意識の中では無いに等しく、互いの感情が直接心にびんびんと伝わってくる。

「七海の……七海の気持ちを踏みにじるような試合を何故? あれじゃお客さんだって納得いかないですよ!」

 しばらく浦井は、銀色のダクトが縫うように走るコンクリートの天井を仰ぎ、ユカへの返答をいろいろと頭の中で探し出してみる。

「確かに七海はいいレスラーになったわ。だけど私だって“殺る気満々”な相手に付き合う程馬鹿じゃない。ぼろぼろになってひと時の名声を貰うよりも、貶されても次もその次も試合に出られる方を、私は選んたのよ――間違ってるかしら?」

 浦井の出した答えは、プロレスラーとして至極当然な発言だ――ユカは思った。だからといってキャリアも技術のある彼女の事、もう少し《試合》として成立させる術があったのではないか? 全部が七海のせいにされてしまっては、親友として納得がいかない。

「分かります……だからって仮にも“プロ”を名乗る以上、もう少し違った方法があったんじゃないんですか?」
「笑わせないでよ。わたしは高額のギャラを頂いた見返りとして、ここのリングに上がっただけの事。それだけでも“プロフェッショナル”の義務は十分に果たせたんじゃなくて?」

 まるで、リングに登場するまでが今日の“仕事”で、後は相手任せのような言いぶりにユカは遂に怒り出した。

「……そうやっていつも自分の事だけ考えて、周りの事なんて一切気にしない。みんながどれだけ浦井さんに振り回され、苦労させられてると思ってるんですかっ! わたし、あなたの事絶対に許せませんっ!」
「へぇ、じゃあどうしてくれるっていうの? 《旗揚げ三周年記念大会》はあと一戦残っているわ。今日の敗戦ですっかり心の折れた甘ちゃんを、また私にぶつけるつもり? それとも――」

 会話の途中で、それまでじっと待機していた男性スタッフが、助け舟を渡すかのように彼女に急いで車へ乗るよう催促する。クラクションを何度も鳴らして急かす車の方へ、やや強引に連行され離れていく浦井の後ろ姿に、ユカは構わず叫び続けた。彼女が聞いていてもいなくても知った事ではない。今ここで自分の“意見”を伝えなければ後悔すると思ったからだ。

「わたしが浦井さんと闘いますっ! まだ《格》じゃないかもしれないけど……愛する団体が舐められたままで終わりたくないっ!」

 叫ぶユカの目は少し潤んでいた。自分の本心を曝け出す事が怖かったのかもしれない。しかしその“心の叫び”は浦井の耳に十分届いたようで、取り囲む男性スタッフたちの隙間から覗く、彼女の顔はどこか嬉しそうで、それまで表に立つ事を極力避け、自分の“欲”など二の次だったユカの、初めての“自己主張”に喜んでいるかに見えた。
 浦井の乗せた車が排気ガスを吹かせ走り去っていく音が駐車場から、完全に聞こえなくなるまでユカは、その場で呆然と立ち尽くしていた―― 

「もし七海が、このショックから立ち直れない場合、明日のタイトルマッチは中止するしか――」

 《旗揚げ三周年記念大会》第二戦では、現在チャンピオンである赤井七海の持つ、東都女子プロレス認定のプリンセス・オブ・メトロポリタン(POM)王座を懸けて、浦井冨美佳とのタイトルマッチが組まれていた。自団体の看板を懸けて闘う、という只でさえプレッシャーの掛かる試合は“団体”としても危険であるが、何よりも今日の“失態”で観客の前で闘う事に、自信を失いかけている七海が昨日の今日で普段通りのファイトを見せてくれるとは、元川には到底思えないのだ。《プロレスラー》のプライドで「絶対にタイトルマッチは行う」と、間違いなく彼女は言い出すだろう。しかし団体の長としてタイトルよりも何よりも、七海を守ってやる事が最も重要である――彼はそう決めた。覚悟を決めて、虚ろな目をして首を垂れたままの七海にその旨を伝えようとした瞬間、吹き飛ばさんばかりの勢いで控室の扉を開けてユカが入ってきた。

「待って、元川さんっ!」

 控室にいる全員が、一斉にユカの方を向く。

「ユカ? 今までどこへ行って――」

 元川は彼女に尋ねようとするが、手を前にかざしてそれを強く拒否するユカ。

「タイトル戦中止だけは止めてください。これ以上お客さんの期待を裏切れば、取り返しのつかない事になるわ」
「しかし、七海の事を考えればとても闘える状態じゃ」
「わかってます。七海は闘わなくていいんです」
「……どういう事だ?」

 ユカの発言が理解できない元川や、七海の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。

「七海がベルトを一旦返上して、《王座決定戦》を行えばいいんですよ!」

 その発想は頭になかった―― 元川はなるほど!とばかりに手を打った。これなら無理をしてまで七海を、もう一度浦井冨美佳と闘わせなくても済む。しかし問題は、七海に匹敵する程の実力を持つ選手が東都女子に存在するかだった。実力の見合わない選手が決定戦に出場した場合、それもまた非難の対象となってしまう恐れがある、と元川は考えていた。

「いい《代案》だと思う……だが、誰が浦井と闘うというんだい?」
「わたしです!」 

 不安げな彼の質問を、ずばっと断ち切るように即答したユカの瞳には、自信だけが満ち溢れ迷いなど一切ない――団体を背負って闘う覚悟を決めた彼女の、全身から漂う威圧感に元川は思わず腰が引けてしまうと同時に、遂に覚醒した《実力者》小野坂ユカをこれほど頼もしく思った事はなかった。彼は意志確認の為、もう一度彼女に問うてみる。

「本気なんだな、ユカ?」
「やります! 絶対勝ちますっ!」

 ユカの揺るぎない意志に、満足そうに口角を吊りあげ微笑む元川。
 バシッ!
 突然、ユカの頬に張り手が飛んできた。それまでずっと沈黙していた七海が、彼女の発言を聞いた途端咄嗟に反応したのだ。平手打ちの乾いた音がまだ耳に残る中、再び場の空気が凍りつく。

「――遅い、覚悟を決めるのが遅すぎるよ。いつだってユカはそう」

 目を見張り顔を強張らせたまま、暫く睨み合うふたり。だがすぐに七海の方が先に表情を崩し、目に涙を溜め再び泣き顔へと変化させた。それはさっきまでの悔し涙ではなく、ユカに対しての感激と感謝の嬉し涙であった。

「ごめん七海……あの時の約束、いま果たすよ」
「うん。明日の王座決定戦、必ず勝ってね。東都女子のため――ううん、私のために」

 自分よりも小さなユカに、大きな身体を折り曲げ彼女の胸に顔を埋める七海。ユカは上を向いたままで、一向に彼女の顔を見られずにいた。それは今下を向くと絶対に、大粒の涙がこぼれ落ちそうだったからだ。

 東都女子プロレスはこの日の夜、公式ホームページ及びSNS上にて「赤井七海が怪我の為、本人の申し出によりPOM王座を返上し、当初予定されていた防衛戦を中止。代わりに浦井冨美佳と小野坂ユカのふたりによる王座決定戦を行う」と発表した。

 普段であれば、誰もいないはずの真夜中の道場。
 昼間はうら若き所属選手たちの、活気に満ちた声でいっぱいなこの場所も、道場外の廊下に設置されている自動販売機のモーター音だけが響き渡るだけ――明日の王座戦を前に、神経が高ぶってなかなか眠れないユカは気持ちを落ち着かせるべく、ひとりこの場所にやってきたのだった。
 彼女はリングの上にのぼり、紫色をした東都女子のジャージの上着を脱いだ。そして黒のショートタンクトップ一枚になると、普段のイメージとは大きくかけ離れた、厚みのある「プロレスラーの証」ともいうべき、筋肉で覆われた身体が現れる。日ごろの鍛錬で作られたその鋼の肉体はユカの、プロレスラーとしての誇りをひと目で表していた。
 彼女はふぅと息を吐くと、おもむろにリングに向かって垂直に前方回転した。背中とマットが接触するとリングは揺れ、大きな音を道場内に響かせる。間髪入れず続いて後方や時には捻りを加えたりと様々な入り方で何度も受身(バンプ)を取った。どんな体勢から投げられ落とされても、肉体への負担を最小限に抑え怪我を防ぐために、プロレスラーにとって受身の習得は重要視される。特に身体の小さなユカにとっては、周りのほとんどの選手が自分より身長が高く、怪我をするリスクが最初から大きかったので、自分の身を護ると共に相手から受ける技の衝撃を、見た目と音で試合会場にいる隅々の観客に分からせる受身は絶対に必要だった。そしてユカは最後の仕上げとばかりにコーナーポストへ駆け上がり、リングの中央へ目掛けてふわりと前転ダイブした。水平に落下した身体がリングに沈むと、自分ひとりしかいない道場に今夜一番大きな衝撃音を響き渡らせる。

 はぁ、はぁ、はぁ……

 裸の腹を上下させ、LED照明が取り付けられている天井を仰ぎ見たまま、ユカはマットの上で大の字に寝そべっていた。そして瞳の中では、かつての先輩である浦井との、練習中でのやり取りがリプレイされていた――

 それはユカが東都女子の旗揚げ前、“エース”浦井冨美佳をコーチに自分や七海を含めた練習生たちが、デビューに向けてトレーニングを受けていた時期。初めてコーナーからの前方受身が成功した時の事だった。

「痛かった、ユカちゃん?」

 マットに着地し寝たままのユカに向かって、浦井が声を掛けた。コーナーポストのあまりの高さに、落ちるのを何度も躊躇し、決心するまでかなりの時間が経過した後のチャレンジで、身体に伝わる衝撃の強さに目を丸くするユカ。

「痛かった……というよりビックリしました」
「よしよし。これがスムーズに出来るようになれば、すぐにでもお金を取れるようになるからね」

 浦井はユカをマットから立たせ、背中を優しくさすって激励する。ユカはそんな彼女の心遣いがとても嬉しかった。普通ならスター選手であれば後輩など――ましては入門したての練習生には自分の威厳を誇示するため厳しく接するものだが、浦井に限っていえはそれはなかった。それは彼女自身の人柄なのかもしれないが、昔ながらの“師従関係”ではなく“トレーナーと生徒”という、結びつきがそれほど深くない関係を、新しく入門した女の子たちに望んでいるようだった。
 
「浦井さん。どうして七海たちにはもう技を教えているのに、いつまでもわたしだけ受身や、マットレスリングの基礎ばかりを指導するんですか?」

 別の場所では同期入門の七海や他の子たちが、別のトレーナーから本格的にプロレス技の指導を受けているのを見て、ユカは恐る恐る浦井に尋ねてみた。もしかしたら怒られるかもしれない――そう思っていたが浦井はその理由を分かりやすく彼女に説いてみせた。

「小さい子は小さいなりのレスリングをしないと、せっかくの個性が埋没しちゃうからね。じゃあ聞くけど、同じだけの格闘スキルを持った大柄の選手と小柄な選手、予備知識なしに見てどちらが強そうに見える?」
「お、大きい方です……」
「そうよね。仮に相手がデクの棒でもそう見えちゃうよね? だから小さい方は大柄の選手と同じ事をやっちゃダメだと思うの、身体の大きさの違いで“表現”も変えなくちゃね。だから小さい選手はいっぱい動いて相手の技をいっぱい受けて、自分という存在をお客さんの目に止まらせる。これが理想よね」

 浦井が身振り手振りを交えて語る、彼女自身の考えるプロレスリング理念に、ユカは次第に引き込まれていく。

「それには、どんな攻撃にも耐えきれる受身の習得は必須科目だし、関節技を中心としたマットレスリングは“自分が一番強い”と勘違いして、舐めてかかる相手のために覚えておいた方がいい。試合ごとによって戦士(ウォリアー)と道化(クラウン)の顔を巧みに使い分けられる選手こそ、最も理想的なプロレスラーだと私は考えているの――その才能のあるユカちゃんにはそれが出来ると信じてる。迷惑だったかしら?」

 ユカには断る理由なんてなかった。たとえそれが嘘でも“雲の上の存在”であるスター選手が、自分の事を気に掛けてくれている、いう事が堪らなく嬉しかった。彼女は以後しばらく――浦井が自己都合で退団するまでの僅かの間、全体練習が終わった後にマンツーマンで、プロレスリングのイロハを教わったのだった。
 この浦井による《プロレス教室》は実際デビューした時に大変役に立ったし、彼女が去った東都女子で残った若手同士やロートル選手を相手に、退団前と変わらず熱の入った試合を観客に見せる事が出来たのは、全て浦井の教えのおかげだった。だから今でも彼女の事は元川や七海とは違い、心底嫌いになれずにいる。

「――それでね、さんざん〝小さい、小さい”って馬鹿にしてた相手をボコボコにした後、上から見下ろしてユカちゃんはこう言ってやるの、“小さいだけじゃダメかしら?”って。これはウケるよ~!」

 そういって笑っていた、かつての浦井の顔が未だに脳裏に焼き付いて離れない――

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

【女子プロレス小説】小さいだけじゃダメかしら?~前篇~

2017年05月10日 | ARTWORK & NOVEL

 小野坂(おのさか)ユカはふわりと宙に舞った――

 自分よりも倍以上あろう体躯を持った対戦相手から、重量感のあるタックルを真正面で喰らった彼女は、まるで交通事故の如く軽々と吹き飛ばされたのだ。リングの四方からその“惨劇”を目撃した観客たちは、その「飛びっぷり」の良さに驚きの声をあげる。まだ二試合目だというのに、三百人も入れば超満員マークの付く小さな公営体育館では、大柄の対戦相手よりも小さいながらも技の受けっぷりがよい、女子プロレスラー・ユカへ注目が集まり、既に熱狂の渦に包まれていた。
 ユカは歯を食いしばりふらふらと立ち上がると、壁の如く立ち塞がる目の前の敵に向かって、ありったけの力を込めエルボーバットを何度も叩き込んだ。肘を相手の胸元へ打つ度に彼女の、脱色したショートヘアーが実年齢よりも幼い顔を隠すほど大きく揺れ、その小さな身体からは信じられない程強い“圧力”に対戦相手は、圧倒されてしまいポジションをじりじりと後退させていった。
 「頑張れ!」「攻めろ!」叫ぶような観客たちの声援がユカに集中する。
 いける!と踏んだ彼女は大きく叫び気合を入れると、自ら反対側のロープへ向かい走り出す。背中全体で硬いロープを受けて反動をつけスピードアップさせ、敵の顎へ目掛け“肘爆弾”を叩きつけるべく腕をフルスイングさせた。だがこのユカの攻撃を既に読んでいた相手は、身を屈めて難なく回避すると今度は自分がロープへと走りリバウンドした後、一撃必殺のクローズラインを逆に彼女の喉元へヒットさせる。
 加速プラス、ウェイトの十分に乗った相手選手の攻撃を、再び喰らったユカの身体は、着衣しているコスチュームに附属するフリルを波打たせて木の葉のように回転し――そのまま頭からマットへ落下した。意識が朦朧とする中、自分の上半身にずっしりと重くのし掛かる、対戦相手の体重を感じながらユカは肩を上げることも出来ずに、黙って敗北へのスリーカウントを聞くのであった。

 今夜の大会も何のトラブルもなく無事に終了し、決して大きくはない会場内の控室では、帰り支度をする選手たちで一杯になっていた。リング上を彩っていた窮屈なコスチュームも脱ぎ、すっかりリラックスした彼女たちは下着姿である事も気にせず、まるで修学旅行での旅館のように騒ぎながら、シャワーの順番待ちや差し入れのつまみ食い、そしてスマートフォンを使ってのツイッターやブログ更新の《情報発信》など個々に忙しく活動している。控室の外では唯一の男性である団体代表の元川瑛二(もとかわえいじ)が中にも入れず、廊下に掛かっている壁時計を見ながら泣き顔で、迫る体育館の撤収時間を気にしていた。

「ユカさん、今日はありがとうございました」

 薄い青色の下着姿のままくつろいでいたユカに、大柄の女性が礼儀正しく挨拶をする――先ほどの対戦相手だった。どうやら彼女はユカの後輩らしく、リング上ではあれほどパワフルなファイトを見せていたにもかかわらず、第三者からは見えない“上下関係”の壁なのか、身体を縮ませてユカに接している姿が何だか可笑しい。

「今日のファイトも最高だったね! この調子で臆せずどんどんいけばきっとすぐトップを張れるよ、わたしが保証するって!」

 数分前に自分を“負かした”相手だというのに、ユカはそんな事も関係なく目の前の後輩を褒め称え励ます。彼女にとっては勝ち負けなどは大した問題ではなく、自分たちの試合を見て、会場にいる観客が喜んでいるかどうかの方に関心があるのだ。

「ほらぁ、みんな早く着替えて着替えて! 遅くなると追加使用料が発生するから、外で待ってる元川さん涙目だよぉ!」
 
 控室中に響き渡るほど大きく掌を打って、遅々として進まない帰り支度を催促するのは、本日の興行でもメインを務め上げたこの団体のエースである《レッド・ストライカー》赤井七海(あかい ななみ)だ。170㎝近い高身長という恵まれた身体に加え、格闘技の経験もあり正に《女子プロレスラー》になるべくしてなった“逸材”である。ここにいる他の誰よりも、選手歴の長い七海の言葉に誰も反論するわけはなく、皆スイッチが入ったようにてきぱきと身支度のスピードを早めだした。

「ユカ、あんたも急ぐの! みんなより年上なのにいつも一番遅いんだから全く」

 急に“お小言”が自分の方に向いてきて、すっかり意表を突かれたユカは長椅子から立ち上がると、急いでTシャツを羽織りだした――七海の話はまだ終わらない。

「それで支度が終わったら、いつもの店で集合ね。待ってるから」

 そう言い終えると彼女は足早に控室を後にする。ひとり残されたユカは七海の去った方向を見つめたまま、黙々と着替えを進めるのであった。

 「三ツ星」「行列のできる」という女子受けしそうなキーワードとは縁遠い、何の変哲もないごく在り来たりな、商業ビルの一階に設置されている古ぼけた小さなレストラン――ここが彼女たちふたりの“集合場所”だ。団体が管理する彼女らの住む選手寮から一番近く、あまりお金の無かった練習生の頃から、自由に使えるお金がちょっとだけ増えた現在に至るまで事あるごとに利用する、地方出身者であるふたりにとっては《実家》のような安心感のある店なのだった。 
 最寄りのバス停から走ってきたのか、息を切らせてユカが入店すると壁側の一番隅っこの席に座っていた七海が、大きく手を振って彼女を呼んだ。

「お疲れぇユカ。ささ、水でも飲んで」

 差し出されたコップ一杯の水を、ユカは立ったまま一気に飲み干すと、ふぅ~っと大きく息をつき七海の正面の席へ座った。ふたりの顔に笑顔が宿る。
 頃合いを見計らってテーブルに料理が並べられていく。七海は大根おろしが雪のように肉の表面を覆う和風ハンバーグ、ユカは具が大きなビーフシチューだ。料理から発生する熱と匂いが試合後でお腹の空いた彼女たちの食欲をそそる。欲に負けたユカは備え付けのロールパンを少し千切ると、熱々のシチューに浸し口いっぱいに頬張った。シチューに溶け込んだ牛肉の旨みが、口から鼻へと抜け彼女は幸福感に浸る――と同時に、急いで口に入れた為に料理の熱で、少し舌を火傷してしまった。

「バカね、急いで食べるからよ。水いる?」

 七海から渡された水を飲み口の中を冷やすユカ。ころころと変わる彼女の表情を見ていると、同期であり親友である七海はいつも癒されるのであった。

「七海、今日もメインご苦労様」
「いやね、ユカがしっかりと身体を張ってお客を沸かせているからこそ、こんな私でもどうにかカッコついてるのよ。礼を言うのはこっちよ」

 謙遜し合うふたり。それはお互いが真にそう思っているからこそ、自然と口から感謝の言葉が出る。「私が一番」な個人主義的なレスラーの多いなか、彼女たちのような《立場》に対して欲がない選手というのは珍しいかもしれない。それはふたりが必死になって、ゼロの状態から団体を盛り立てていったから他ならない。
 メジャー団体を退団した元スター選手を担ぎ出して旗揚げした、ふたりが所属する団体《東都女子プロレスリング》だったが、数カ月も経たないうちに「方向性の違い」を理由に彼女ほか数名のスタッフが離脱、最大の《目玉商品》を失った団体はいきなりピンチを迎えてしまう。そこでデビューして間もないユカと七海はいろんな団体へ《出稼ぎ》を行い、そこでふたりは闘ったり組んだりして自団体の知名度と自分たちの《商品価値》を高めていき、「半年で潰れる」と揶揄されていた東都女子もなんとか三年目を迎え、ようやく彼女たちの頑張りが女子プロレスファンの間にも認められ、団体にも固定客が付くようになったのだ。

「ただね――ユカの“本当の”実力も、そろそろ見せていい頃じゃないかと思うの。いつもいつも有望な選手の“引き立て役”やコミカル路線ばかりで本当に満足?」

 今夜初めて見せる七海の浮かない表情。彼女とは長い付き合いだからこそ、自ら進んでやっているとはいえ、現在のユカのポジションにはあまり納得がいかない様子だ。彼女の繰り広げるコミカルな試合は決して嫌いではない。生真面目な自分には出来ないからこそ、彼女に尊敬の念を抱いてもいる。だからその情熱を少しだけ、トップ盗りにも向けて欲しいなぁと七海は思うのである。

「うん? 楽しいよ。下の子がどんどん試合数を重ねて上手くなっていく姿を見てるとね、こっちもすごくやりがいを感じるんだ。トップに上がりたくないわけじゃないけど、小っこいのが団体のチャンピオンってカッコつかないじゃない? 在るべき人が在るべきポジションに付く。それが筋ってもんでしょ」

 しかし何度説得してもいつもユカの“答え”は同じ。欲が無いのか自信が無いのか、東都女子の“広告塔”には喜んでなれども、看板を背負う気などこれっぽっちも無いようだ。

「でも、もし七海がピンチになった時――その時は“助太刀”させてもらうから、それまでエースのお努め頑張ってね」 
「また調子のいい事を……本気にしちゃうわよ?」

 一瞬だけ真剣な表情に変わった彼女に、七海は淡い期待を寄せてみた。だがユカはやっぱり楽天家のままだった。

「いいよ。下の子が伸びてきたらその子に全部任せちゃうから」
「もーっ、そうやって責任から逃れようとする!」

 したり顔のユカを前に、七海は呆れて笑い出してしまった。だけどちゃんと分かっている、決して彼女は逃げたりはしない事を。それは長年の付き合いと実際に、練習や試合で肌を合わせた彼女だけが持てる“自信”だった。
 ふたりだけの楽しい夕食会は、料理の皿が空になっても一向に終る気配は無かった――


 東都女子の道場には、大きな悲鳴が響き渡った。
 「何事か?」と遠巻きに恐る恐る見つめる者もいれば、「あぁ、またか」と“惨状”を知っていても見向きすらしない者もいる。両極端な態度の違いがそのまま、この団体におけるキャリアの差となっているのだった。フロアの真ん中付近に設置されているリングの上では、寝技中心のスパーリングが延々と行われていた。悲鳴を上げたのはデビューを目指している練習生で、上げさせているのはあの小野坂ユカだ。まだ線が細いとはいえ長身の彼女を、いとも簡単にテイクダウンさせ、押え込み動けなくして関節を決める一連の動作には、一切の無駄がなく美しくすら感じる。スパーリングが開始されてからまだ三分も経たないうちに、練習生の彼女は既に汗まみれで疲労困憊となっているのに対し、ユカの顔にはまだまだ余裕の笑顔が浮かんでいた。マットレスリングの強さ――これが《能天気ダイナマイト》小野坂ユカの隠し持っている“実力”だった。

「わかったでしょ? レスリングの強さは身体の大小に関係ないって事を――ユカもそろそろ止めてあげなって、大人げないわよ」

 リングに上がり両者を分ける七海。手も足も出せないまま、ひたすらユカの餌食となっていた練習生は、体力を奪われてしまい「稽古」を付けてもらった礼も言えず、どうにか頭だけ下げると同じ年頃の子に肩を借りてリングを降りて行った。いつも笑顔で誰とでも公平に接している彼女なだけに、この「もうひとつの顔」は入門して間もない練習生にすれば“恐怖”以外何物でもないだろう。“遊び相手”がいなくなり、リングを囲む黒いロープを蹴ってつまらなそうにしているユカに、七海が声を掛けた。

「私で良ければ相手になるわよ、どう?」

 彼女の提案を聞いた途端、ぱあっとユカの表情が明るくなる。

「うん、やろうやろう!」

 余程嬉しかったのか、茶髪のショートヘアを浮かせて跳ね回る元気娘。そんな彼女を正面にして、拳を軽く握りアップライトで構える七海。道場内に緊張感が走り、各々練習していた他の選手や練習生たちがリングを囲むように集まった。
 七海の隙のない立ち姿に、興奮を隠せないユカはぺろりと舌を出すと、低い姿勢で彼女の周りを移動しテイクダウンを奪おうと隙を窺った。対する七海も縦に横にとフットワークを使いながら、時折蹴りを出し威嚇してユカを自分の間合いへ入れないようにする。
 突然、それまで細かく動いていたユカが仰向けになって寝転がった。驚いた七海の足が一瞬止まると、ユカの脚が下から這い上がるように絡みつき、気が付けばマットに倒されていた。そのままユカは相手の足を脇に挟み固めると、関節が曲がらない方向へと一気に捻る。踵固め(ヒールホールド)を完全に決められた七海は、最早痛みから逃れる術もなく、ユカの腿を叩いてギブアップせざるを得なかった。ユカは得意気な表情で人差し指を一本突き出し、七海に対し「一本先取」した事をアピールした。
 親友とはいえ、先にギブアップを奪われて面白くない七海は、もう一度構え直しユカとのスパーリングを再開した。一本先取している事で気持ちに余裕のあるユカは、意地悪にも七海の痛めた方の脚に向かってタックルを仕掛け、もう一度関節技で一本勝ちを狙う。マットを這うような低い片足タックルが彼女の脚を捉えるが、七海は逆にユカの身体に覆い被さり彼女の動きを止めた。背中の上からは重圧がかかり、胸の下には腕が回され固定されてしまい逃げる事が出来ない。焦るユカをよそに七海は、彼女の背中の上で体勢を変えると、足を股に引っ掛けて四つん這いの体勢を崩し、空いていた首筋に素早く腕を巻き付け締め上げた。
 べたんと腹這いに寝かされ尚且つ裸締め(スリーパーホールド)を決められてしまっているので、力の入れ処も無いユカは無念にも、マットを叩いてギブアップを宣言する。これで両者は1体1のイーブンとなった。

「うぉぉぉっ!」

 悔しさで一杯のユカは立ち上がると、七海の腕を掴むと思いっきり正面のロープへ振り飛ばした。バウンドして戻ってきた彼女に高く鋭いドロップキックを放ち、七海は胸元に被弾し大きく後方へ倒れる。胸を押さえ痛がる大親友の髪を掴んで無理矢理立たせると、今度はそこへエルボーバットを二発三発と叩き入れる。
 押されっぱなしでたまるか! と七海は四発目のエルボーを腕でブロックすると、逆に肘をユカの顎へと思いっきりぶち込んだ。体重の乗った、彼女のエルボーバットはたった一発でユカの動きを止める。ダメージを受けふらふらと左右に揺れるユカのどてっ腹へ向かて、今度は七海が連続でミドルキックを叩き入れていく。一発また一発と打ち込まれる度にユカの身体が浮き上がる。そして止めとばかりに七海は、彼女の頭部へ目掛けてハイキックを発射した。だが彼女の技を読んでいたユカは体勢を低くして、大きく弧を描く七海の蹴り脚を避けた――はずだった。実はこのハイキックはフェイントで、かわされた七海は顔色一つ変える事も無く、身体を捻ると今度はニールキックを中腰の状態でいたユカの顔へヒットさせた。《レッド・ストライカー》赤井七海の必殺技のひとつ、二段回転蹴りだ。
 顔を両手で押さえ痛がるユカの元へ七海が駆け寄った。

「大丈夫、ユカ?……えっ」

 七海が側へ近寄った途端、ユカはヘッドスプリングで起き上がると、状況が把握できず棒立ち状態の彼女に跳び付き、太腿で頭部を挟み後ろへ反り返ってそのままマットへ突っ込ませた。今度はユカによる縦回転の脳天杭打ち(パイルドライバー)ともいうべき難度の高い技、フランケンシュタイナーがずばりと決まった。ユカと七海による、試合さながらの激しいスパーリングは、リングの外で見ている後輩や、まだデビューも決まっていない練習生たちの心を熱くさせていき、次第にふたつの陣営に分かれ声援を送りはじめる。さながら道場は小さな試合会場と化していた。

「そこまでだユカ、七海。ホラみんなも練習に戻って戻って」

 “女の園”に闖入するひとりの男性――団体代表である元川だ。彼は手を叩いて選手や練習生に注意を促しながら、ユカと七海のいるリングへ歩んでいく。
 まだ年齢も四十台と若いがプロレス団体のスタッフ歴は長く、チケット売りから移動バスの運転手にリングアナウンサー……出来る事は何でもやった。その熱意が認められた結果、三年前に複数のプロレス団体を運営するマネージメント会社から、新しく設立した東都女子の代表に任命されたのであった。旗揚げ三ヶ月目でスター選手やスタッフの大量離脱という憂き目にあったが、それでも安易に団体を畳む事なく、新人の中でも頭角を現してきた赤井七海と小野坂ユカに未来を託し、二人三脚――いや三人四脚で東都女子の名を世間に知らしめるために奔走した、「選手と代表」という枠を超え彼女たちの《同志》ともいえる人物だ。元川の姿を見て、それまで激しく闘っていたふたりが、どちらからともなく手を離しスパーリングを中止した。

「どうしたんですか、元川さん? 珍しいですね道場まで来るなんて」
「あっ、もしかしてスパーリングの相手になってくれるとか? それとも夜の方かな?……なんちゃって」
「ユカ、そういう冗談はシャレにならんから言うな。仮にも女子プロ伝統の『三禁』を謳ってるんだから、練習生たちに示しが付かないじゃないか――ってそうじゃなくて」

 真面目な話をしようにも、七海はともかくユカにいつも冗談ではぐらかされ、なかなか本題に入っていけない元川であるが、今度ばかりはそうもいっていられない様子だ。ユカの顔にトレードマークの笑顔が消える。

「マジっすか」

 こくりと首を縦に振り返事をすると、彼はふたりの間に入り話し始めた。

「――今度の」

 幾度もあった経営危機の時にも、自分たち選手の前では決して見せなかった元川の苦々しい表情に、七海たちは只事でない事を直感する。

「《旗揚げ3周年記念シリーズ》に彼女の参戦が決定した……」

 ――!!

 “彼女”という単語ワードを発する時の、彼の嫌そうな表情を見てふたりは即座に誰だか理解した。浦井冨美佳(うらい ふみか)――団体設立当時の看板選手であり、この東都女子に最大の危機をもたらした、三人からすればあまり良い感情を持っておらず、出来れば関わりを避けたいくらいの忌まわしき人物であった。

「何でですか? 何故自分で見限って捨てた、この団体にあの人が上がるんです?」

 信じられない、と言わんばかりの表情で七海は元川に喰ってかかるが、返答に窮していた彼は黙って彼女に身体を揺すられる他なかった。

「お、オーナーからの指示なんだ。アニバーサリー・ゲストと言う事らしい……感情よりも観客動員を優先する、という事で僕の反対意見は無視されたよ」

 何も言わず、黙ってリングから飛び出し道場を後にする七海。
 “正義感”の強い彼女には未だ三年前の、冨美佳による身勝手な行動を許せずにいた。頼るべきリーダーが突然、自分たちの前から姿を消すという出来事は、当時まだ駆け出しだった七海には心身的なショックが大きく、その衝撃は今でも深く心に刻みついたままだった。
 リング上に取り残されたユカは、七海の行動に対しどう対処すればよいか分からず、彼女の消えた方向を元川とふたりでただ黙って眺めているしかなかった。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

蹴撃天使RINA 〜おんなだらけの格闘祭 血斗!温泉の宿?!〜  【最終回】

2017年04月30日 | ARTWORK & NOVEL

「明日、とうとう帰っちゃうんだね。ちょっと寂しいなぁ」

 手に持ったグラスの中の僅かに残ったビールを、ぐるぐると揺らしながら目の前のRINAに呟く、ちょっぴり感傷的な気分の絵茉。
 《角力祭》が終了したその夜、初居大人をはじめこの祭に参加した選手やスタッフなどが集まり、祭の成功と参加者たちの労をねぎらう《打ち上げ会》が繁華街にある居酒屋にて開催された。初居による挨拶と乾杯の音頭の後、闘いの重圧から解放された女武芸者の面々は思いのまま飲み、テーブルに並べられた美味しい料理を食したりして、この楽しい“束の間の休息”を十二分に味わっていた。グラスを片手に彼女たちは武芸やプライベートなどを話題に、熱の入ったガールズトークを繰り広げ、話す側も聞く側も皆笑顔になって心地の良い時間を過ごしている。

「はい。そろそろ冬休みも終わっちゃいますし……」

 絵茉の言葉に、控えめに笑うRINAだったが、本当の所はまだ絵茉や遥たちと一緒にいたいと思っていた。だけど自分は此処の住人ではなく余所から来た只の旅行者に過ぎないし、地元へ帰れば高校生活や大好きな“彼氏”との日常が待っている――彼女たちとの別れを“大人”であるふたりよりも、恐れ寂しがっているのが実は彼女であった。

「でもまぁ、学生だから仕方ないよね。もし機会があったら――そうだ、春休みにでもまたおいでよ!今度はあたしん家に泊めてあげるからさ」

 絵茉はRINAの方へ、ぐいっと身体を密着させ自分の妙案をまくし立てた。しこたま飲んでいるのか、彼女の息がちょっと酒臭い。
 RINAが苦笑いを浮かべ返事に窮していると、横から絵茉の視界を遮断するようにビアンカが現れた。絵茉はつまらなそうな顔をしてRINAの側から一時退却する。

「よぉ、スクールガール! 目一杯飲んでるかい?……ってソフトドリンクをだけどね」
「あ、はいビアンカさん。十分に楽しんでいます」

 ふたりは互いに手にしているグラスを重ね合わせる。ビアンカはレモン割りの焼酎、RINAはコーラだ。

「――それで大丈夫なんですか、旦那さん?」
「ああ、リナが心配する事じゃないって。みんなダーリンが悪いんだ――女の恨みは鬼より怖いのよん」

 満面の笑顔のビアンカを、あの時の光景がフラッシュバックし複雑な想いのRINAは、只々彼女に“同意”するしかなかった。
………………

 祭が終わりすぐの事――ビアンカは傷の手当てもそこそこに、参加したRINAをはじめとする女性集団の前に、既にボロボロとなっているケンジを引き摺って連れてきた。顔は青痣だらけ、目は死んだ魚のように虚ろな彼は恐怖に顔を引きつらせ“最強の嫁”の側で小さくなって、女武芸者たちの蔑んだ視線に晒されていた。

「や、やめろよビアンカ。昨夜だって散々伯父貴に搾られたんだ、もう……勘弁してくれよぉ」

 情けない声で懇願する旦那にビンタを食らわす《装鋼麗女》。試合でも十分決定打となりうる彼女の平手打ちをもろに受け、意識を“此処ではない何処かの世界”へ飛ばすケンジ。

「ダメよ! リナに全身全霊をもって死ぬ気で謝罪しなさいっ!! ひとりの少女の人生を狂わせかけたって自覚、ちゃんとあるの?!」

 そういうとビアンカは、ケンジを強引に跪かせると足で頭を押さえつけ、額をぐりぐりと地面に擦り付けた。擦れる痛さと彼女の重さに耐え切れない彼は、目の前のRINAに泣き叫ぶように許しを乞うた。

「うぅっ、ごめんなさい……ゴメンナサイ……ごめんなさいぃぃぃっ! 」

 これが自分の“貞操”を奪わんとした男の末路なのか――殺しても殺し足りない程憎い相手のはずなのに、この醜態ぶりを見せつけられると馬鹿負けするというか、何だかこんな輩を相手にする事自体無駄なような気がしてきたのだった。だからRINAはすうっとケンジの視線まで下りていき

「……わかりました、あなたの謝罪を受け入れます。だから――二度と私の前に姿を現さないでください」

と冷たく言い放ち、くるりと背を向けてその場を離れた。
 許された――と安堵するケンジだったが、意外な所から“第二波”が襲ってこようとは夢にも思わなかった。

「わたし、この人にエッチな事されそうになったよ」

 《旋風夜叉》ソンヒだった。話を聞けば数年前に町で声を掛けられ、強引にラブホテルに連れ込まれかけたとの事で、もちろんビアンカとは結婚済みの時期である。わなわなと口を震わせているケンジに更なる余波が直撃する。

「それだったら私もよ。ジムでトレーニングしてる時に彼が寄ってきて、“練習見てやるよ、こう見えても俺格闘技やってんだぜ”なんて言って、ひとの身体をべたべたと触ってさ。あまりにもしつこいんでチョークスリーパーで締め落として逃げてきたけどね」 

 今度はジェシカの“爆弾発言”だ。たて続けに露にされるケンジの“悪事”に、奥方であるビアンカの顔色が徐々に変わっていった。

「それじゃあ“犯罪者予備軍”じゃなくて、正真正銘の“犯罪者”じゃない。ダメじゃん!」

 絵茉が叫んだ。怒りと蔑みの視線がおんなたち全員から、一斉に向けられるケンジ。我慢ならなくなったビアンカは軽々と彼の身体を、頭の上までリフトアップすると力一杯地面に叩き落とした。身体を強く打ち付け苦悶の表情を浮かべるケンジに、休む間もなくRINA以外の女武芸者たちからは蹴りが降り注がれる。痛みと恐怖で動く事の出来ない彼は悲鳴を上げ、ただ蹴りの雨嵐を受け続けるしかなかった。

「女の敵!」
「この変態っ!」

 家にはこの鬼より怖い《装鋼麗女》が、そして地元の名士である最強の伯父貴が常に自分を監視しており、仮にこの土地を逃げおおせても伯父貴の一声で、武林の好漢たちとその弟子たちが草の根を分けて追ってくるという絶望的な状態にケンジは、自分の軽率な行動を悔やみ涙と鼻水で顔を濡らし泣いた――

………………

「それでビアンカさん、これからどうするんですか?」

 RINAが尋ねる。《装鋼麗女》はグラスの中身を一気に飲み干すと淡々と語り始めた。

「ん? 離婚は――しないよ。これまでも、そしてこれからもダーリンと一緒に生きていく。確かにダメな旦那だけどいい所だってちゃんとあるし、そこに私は惹かれたの。だからちゃんとダーリンを叱り、時々なだめて“真人間”にみえるよう上手くコントロールし、彼の妻として生きていくのよ」

 恥ずかしさか飲み過ぎか、原因は分からないけど頬を赤らめて嬉しそうに語るビアンカに、彼への愛情を十分に感じ取ったRINAは、地元にいる“彼氏”の事をふと思い出してちょっぴり妬けた。

「リナぁ、もう帰っちゃうの~? センセイは寂しいぞぉ」

 ビアンカがこの場を離れると、入れ替わるように今度はジェシカとソンヒが現れた。すっかり出来上がっている彼女たちはお互い肩を組んでけらけらと笑っている。誰から見ても“別嬪さん”なこのふたりだが、武林では《旋風夜叉》《碧眼魔女》という恐ろしい通り名で知れ渡る、女武芸者である事が俄かには信じ難い。

「はい。名残惜しいですけれど……」
「うん。あなたとの試合はとってもエキサイティングだった。この先の格闘人生に於いても二度と経験できないようなね。これからは今日の試合で味わった、スリルや興奮を求めて闘っていくんでしょうね、きっと私は」

 RINAの手を両手で包むように握り、興奮ぎみに語るジェシカ。試合時に施していた、ゴスロリ風の隈のようなアイメークを落とした彼女は、“善人丸出し”なとても穏やかな顔をしていた。

「リナ、今回貴女とは闘う機会がなかったけど、来年こそは対戦出来るよう初居センセイにお願いしておくからね!」

 いや、来年の事はわからないんですけど――そう言おうとしたRINAだったが、ヤル気満々のソンヒに何言っても聞かないだろうなぁ、と思って口に出すのを止めた。

「それでね、今日絵茉と闘って決めたんだ。私――もっと外に敵を求めようと思うのよ。だから、ジェシカが所属するチームに入って総合格闘技に挑戦するんだ。今の私よりもっと強くなるために!」

 《目標》を定めたソンヒの目は輝いていた。誰が何処で自分と同じく、女性で武芸を修練している人物がいるのか分からず、孤独感を感じていた彼女が同じ地域に、しかも複数人存在している事を知り、実際に拳を交し合った今、目先が内から外へと向くようになり、もっといろんな武芸者たちとボディ・コミュニケーションを取ってみたくなったのだという。

「そうですか! 頑張ってください、ソンヒさん。私も陰ながら応援しますね」

 RINAはソンヒの手を取り、笑顔で握手を交わす。《旋風夜叉》はそんな彼女の優しさがたまらなく嬉しくてつい、ほろりと一粒涙をこぼした。

「――お疲れ様、リナちゃん」

 ソンヒを強引に引き連れ、何だかよく分からない奇声を発して“次の標的”に向かうジェシカの後、RINAの“本命”であった遥が側にやってきた。彼女はあの全員が集まった舞台上を最後に、一度も会話をしていない。だからあの時、何故自分に対し“敵意”のような熱視線を向けたのか? その真相を聞きたかったのだ。だが遥は、無言でビールを飲み、皆が楽しく騒いでいる様子を眺めているだけで何も言わない。自分で見えない“壁”を作ってしまい、誰からの干渉も寄せ付けないようなムードを漂わせている彼女に、RINAはなかなか話しかける事が出来ないでいた。
 ふたりの間にだけ、重く気まずい時間が流れていく――この硬直状態を打開すべくRINAが口火を切った。

「なんで……ですか? 私、遥さんの気に障るような事しましたか? 至らない所があれば――」
「全然そんな事ない。むしろリナちゃんは十分すぎる程出来た子よ」

 彼女が話を終える前に、割り込むように遥がこれに応える。だがRINAは彼女の言葉をそのまま受け取ってよいのか、と考える――“答え”はまだまだ見つからない。

「でも若いのに大したものだわ、こっちが発信した“ラブコール”にちゃんと気付いているもの。武林の評判は伊達じゃないって事ね」

 やっぱり彼女は私に闘いを挑んでいる!――ようやくRINAの頭の中で、全ての情報の欠片(ピース)が繋ぎ合わさった。
 遥がすっと《蹴撃天使》の耳元へ口を近付ける。

 …………っ

 誰にも聞こえないような小さな声で語りかけた。
 RINAはこくりと首を縦に振り、「了解」の意思表示をするともう一度だけ遥と睨み合った。何が彼女を突き動かしているか知る由もないが、この闘いだけは避けるわけにはいかなかった。特に尊敬する“先輩”からの申し出であれば尚の事、だ。
 離れた場所にいる妹分の絵茉から声が掛かると、遥は何事も無かったかのように周りに笑顔を振りまき、普段通りの様子で彼女の方へ向かった。一方、重く圧し掛かるプレッシャーから解放されたRINAは、大きく安堵のため息をつき、グラスに残ったコーラを乾いた喉へ一気に流し入れる。手の中で温められ、すっかり炭酸が抜けたグラスの中のコーラは、只の砂糖水へと成り果てていた。

 

 早朝九時――
 温泉旅館『白鶴館』の駐車場に、一台の軽トラックが止まった――絵茉だ。彼女は、温泉街の中心部にある、高速バスが発車する大型バスターミナルまでRINAを送っていく為、投宿先であるこの旅館へとやってきたのだ。
 外気に触れ冷たくなった手を擦りながら、旅館の待合室ラウンジに入るとさっそく彼女の姿を捜した。しかしそこには他の客もおろか、部屋の掃除をしている数名の仲居さんしかいなかった。
 絵茉の姿に気付き、旅館の女将が小走りで近付いてきた。

「あら絵茉さん、おはようございます。どうなさったんですか? こんな朝早くに」
「ええ、リナちゃんを町のバスターミナルまで送っていこうかと――彼女、まだ部屋ですか?」

 女将は、彼女の言葉に不思議そうな顔をする。

「リナちゃん……? 今朝早々――三十分ほど前ですかね、チェックアウトされて既に出て行かれましたけど。てっきり彼女、絵茉さんと何処かで落ち合うとばかり」

 絵茉の顔が蒼白となる――もしやあの娘、また“トラブル”に巻き込まれたのかも? 不安が胸の中で大きくなり抑えきれなくなった彼女は、居ても立ってもいられなくなり、慌てて旅館を飛び出していった。

 ――リナちゃん、一体何処へ行ったのよ?!

 山と木々に囲まれた辺りの景色を、慌ただしく目で追いRINAの姿を捜すが、既にこの場所にはいないと感じた絵茉は、アテはないがとにかく広範囲を捜索してみようと、逸る気持ちで軽トラックを疾走させた。

 冷たい雪がちらつく中、山間にある野原へ黒い軽自動車が進入してきた。こんな早朝に、しかも観光地でもないこの場所に人がやって来る事自体異状であった。降り積もる粉雪で白く染まった枯れ草の上に、轍を描いて車が停まると中から女性がふたり降りてきた。
 遥とRINAだ。
 彼女たちは横並びになり、白い息を口から吐き出しながら野原の中央付近へ向かい歩いていく。その間一切無言で視線も合わさない。鉛色の寒空の下、ふたりしかいない山間の景色は何処か“異世界”を感じさせずにはいられなかった。
 遥がぴたりと歩みを止めた。
 RINAは側を離れると、2m程の距離を取った後彼女と向かい合う。
 互いの、鋭い眼光がばちばちっと交錯する。

「――リナちゃん、覚悟はいい?」

 遥の問いに、目の動きだけで返答するRINA。
 着用していた上着を脱ぎ、地面へと放り投げ戦闘に備える両者。地面に積もった雪を踏み固めながら、じりじりと間合いを詰めていく。
 彼女たちの頭の中で、“試合開始”の号令が聞こえた瞬間、ふたり同時に胸部へ向けて前蹴りを繰り出す。防御など一切考えていなかった彼女たちは、相手の蹴りをもろに喰らい、大きく後ろへと転倒した。
 患部を押さえ苦々しい表情の両者。
 相手より、一歩でも優位に立ちたい彼女らは表情を元に戻し、背筋力を使って跳ね起きると今度は、顔を狙っての回し蹴りだ。これも高く上がった脚同士が交差しダメージを与える事が出来なかった。
 一度ならず二度までも、攻撃に失敗し苛立つ女武芸者ふたり。《蹴撃天使》の通り名を頂く彼女たちらしく、蹴りを中心とした攻撃のロジックが似通っているので、“合せ鏡”のような展開となっていた。
 遥は停滞する闘いの流れを変えるべく、相手にない技術――レスリングで勝負を決めようと、地面を蹴ってダッシュするとRINAに、矢のような胴タックルを敢行した。スピードと体重差による衝撃の強さで、人形のように宙に浮いたRINAは、そのまま落下し雪原へ身体を激突させる。
 背中を押さえ悶絶する《蹴撃天使》。突破口を開いた遥は間髪入れず、彼女の腕を取ると腕ひしぎ十字固めの体勢に入る。しかし極められまいと上体を起こして、必死で腕を掴みこれを防御する。だが遥の「引く力」は異常に強く、最強女子高生といえども、命綱ともいえる腕のグリップも保つ事も厳しくなってきた。このままだと確実に、肘の靭帯が伸ばされ自ら「敗北」を口にしなければならない――想像しただけでも我慢ならないRINAは、技が掛かっている状態ながら無理矢理立ち上がると、真下となった遥の顔を力一杯踏みつけ“関節地獄”から脱出した。
 技からは逃れられたものの、極められていた方の腕に力が入らず苦悶の表情のRINAに、遥は追い討ちを掛けるべく患部を容赦なく蹴り続け“潰し”にかかった。片腕が利かないとなると拳打による攻撃はおろか、防御にも支障をきたしてしまう為彼女にとっては死活問題だ。遥の蹴りが腕を直撃する度に骨まで響くような痛みに襲われ、無事な方の腕のみで必死で防御するもののどこか心許ない。相手の猛攻にRINAは次第に追い詰められていく。
 がつっ!
 ガードを固めていた腕を、力で押し切って遥の蹴りが側頭部へヒットする。とうとう腕一本での防御にも限界が来た。 RINAはダメージを受けよろよろと身体を揺らすが、意地と気合で何とか踏み止まり地面へ倒れる事を拒否する。遥はもう一度――今度は確実にダウンを奪うべく渾身の一撃を放った。
 RINAのポニーテールが宙を舞ったと同時に、遥の腹部に激痛が走る。彼女の目にも止まらぬ速さ後ろ蹴りが、ずばりと肚に突き刺さったのだ。蹴り脚を廻り切る途中でストップさせられ、耐え難い痛みで身体をくの字に曲げる遥に、休む暇なくRINAの黒いタイツで覆われた膝頭が襲い掛かる。突き上げるような飛び膝蹴りは無防備の顎へヒットし、推進するRINAの身体と一緒に遥は、雪に覆われた大地へと転倒した
 身体を重ね合い、胸を上下に動かし苦しそうに呼吸するふたり。
 止む事なく降り続く雪が、彼女たちの身体を白く染めていく。RINAは痛む身体を起し、遥の身体から身を剥がすと横並びになって大の字に寝転がり、天から舞い落ちる粉雪を仰ぎ見た。

 ――何やってるんだろ? わたしたち

 興奮で熱くなっていた頭の中が、雪の冷たさと外気の寒さでクールダウンされて、次第に冷静さを取り戻していくと、RINAは闘っている事が馬鹿馬鹿しくなってきた――何もかも無意味なのだと、そう思えたのだ。遥との闘いには何の“テーマ”があるのか? この闘いの果てに達成感なんてあるはずがない、あるのは相手に対する失望と後悔だけだ。どちらが勝っても負けても!

「もう……やめません? こんな事」

 《闘い》は一方が闘争心を失った時点でそれは《暴力》となり、「対戦相手」から「加害者と被害者」という関係へと移り変わる。だからRINAは闘いの中止を求めた――遥とはいつまでも好敵手ライバルでいたいから。
 黙ったままの遥。はぁはぁとリズミカルに発せられる呼吸音だけが、この《ふたりの世界》で唯一聞こえる音だった。
 そして――ようやく口を開いた。

「――どうやらここが“武芸者”と“獣”との境目のようね。わかったわ、この勝負“無し”にしましょう」

 彼女もこの重圧から解放され安堵したのか、上体を起こし胡坐をかいてリラックスした体勢を取る。厳しかった表情から一転、いつもの温和な遥の顔に戻り、それを見てRINAは安心する。
 再び沈黙が続く――だが居心地はそんなに悪くない。遥が次に口を開くまで少女はじっと待つ事にした。

「上手く説明はできないけど感覚的に“何かが足りない”って気がしたのよ」

 天を仰ぎ見ながら、ぽつりぽつりと語りだす遥。

「《角力祭》でビアンカと闘った事で、ある程度の手応えは掴めたと思う。だけど――再び闘いの世界へ身を投じるには“もうひと押し”が必要だった。ぽんと私の背中を押してくれる人が」

 彼女の言葉に、黙ってこくりと頷くRINA。

「それがわたし――だと。それで遥さんの期待に応えられたのでしょうか?」

 RINAに問われると、遥はいろいろな感情が入り混じる微妙な笑顔を見せた。

「まぁね。こちらの一方的な“ラブコール”を受けてくれた事は本当、感謝している。実際にリナちゃんとの闘いは、十分すぎる程私にいろんな事を思い出させてくれたわ。闘う歓びもダメージを受けた時の痛みも――相手への嫉妬心もね」
「…………」
「闘っていてね、気付いたの。あの時私をトップの座から蹴落とそうとした、同期の子と自分はいま同じなんだ、って。自分を超える“才能”を持つ、一番近くにいる人物に嫉妬し憎み、己の能力の限界を認めず自分の前へ歩んでいく事を良しとしない――自分が一番嫌っていた、なりたくないと思っていた人間に成り果てようとしていた――ありがとう、リナちゃん。大事な事を思い出させてくれて」

 遥の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
 格闘家として純粋に闘える歓びとは逆に、相手への憎しみや嫉妬という相反する感情がせめぎ合い、暴走する一歩手前で自ら退いてくれたRINAには感謝してもしきれない

「遥さん……あなたと闘えた事は正直嬉しかったし、同時に怖かったです。途中で致命傷を負い、“一生闘えなくなるんじゃないか?”と思うぐらい厳しい攻めでした。わたしから闘いを降りたのは、そうする事が後輩としての役目だと思ったから――間違っていましたか?」

 遂に感極まった遥は、RINAを力一杯抱きしめた。
 ごめんね、ごめんね、ごめんね―― 
 感謝、謝罪、後悔、慙愧――あらゆる感情が涙の粒となって頬を伝い流れる。彼女の腕の中に包まれながらRINAは「これでよかったんだ」と安堵の表情をみせた、目には薄らと涙を溜めて。
 土手の上を白い軽トラックが、軽快なエンジン音を響かせて走ってきた。――絵茉の車だ。彼女は慌てて停車させるとドアを開け、雪原にいるふたりに大声で叫んだ。

「遥姉ぇ! リナちゃんっ!」

 一刻でも早く彼女たちに接近したい。絵茉は逸る気持ちで土手を下っていくが、途中で雪に足を取られ転倒。そのまま真下まで雪煙をあげて転がり落ちていった。
 あまりにも突然の事で、抱き合ったままぽかんと口を開け唖然とする遥とRINA。
 しばらくして身体の回転は止まり、ベージュ色のロングコートに貼り付いた雪を払い落すと、絵茉は立ち上がり雪原のふたりに腕を広げて飛びついた。
 彼女の勢いに押されて、一緒に雪の上へ大の字に倒れる遥とRINA。自分たちの、あまりにも滑稽な姿についおかしくなって、RINAが声をあげて笑い出した。見栄や虚勢も張っていない、あまりにも自然で年相応な、女の子らしいRINAの姿に、“姉”ふたりもつい釣られて笑ってしまった。痺れるような寒さの中、雪原の上は暖かい笑い声で溢れ返った。

「あー可笑しい……でも絵茉、よくここが判ったわね?」

 遥は不思議そうな顔で絵茉に尋ねた。彼女に言わせれば別に難しい事ではなく、幼い頃から自分たちはこの野原を遊び場や練習場としていたし、遥が多感な時期には、何か心配や不安等があるといつもひとりでここに来て、何時間も考え事をしているのを見ていたので今回ももしかして――と思い、自然とここへ車を走らせたというわけだ。

「まったく――行動パターンが昔っから変わんないね、遥姉ぇは。それで結論は出たの?」
「うん……もう一度プロレスラーに戻ろうかな、って。無理を言ってリナちゃんと闘ってみて、やっぱり私は“闘う側の人間”なんだって気付いたの」

 再び“修羅の道”へ歩み出す事を決意した、遥の表情は心底明るかった。絵茉がこんな吹っ切れた遥の顔を見たのは、プロレスラーを目指して上京する前にふたりで会った時以来だった。

「頑張ってください遥さん!わたし、応援しますから――」

 RINAが言いかけた途中、悪寒と共に鼻の奥から、むずむずと耐え難い生理現象が湧き上がってきた。こうなると出来る事といえば、口に手を当て身体を縮ませるしかない。
 はくしょんっ!
 小さな身体からは想像できないくらい、大きなくしゃみが勢いよく飛び出した。驚いた“姉ふたり”の視線を一手に浴びて、RINAは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに下を向いた。

「あはははは! それじゃあ私ん家に戻ろっか?このままだと皆風邪引いちゃいそうだしね。リナちゃん、高速バスの時間までまだ大丈夫だよね?」

 遥の問いに、RINAはこくりと首を振って返事をする。

「遥姉ぇ、あたしカフェラテ飲みた~い」
「はいはい。リナちゃんは?」
「わたしは……ミルクティーをお願いします」

 絵茉とRINAは遥を挟むように寄り添うと、彼女は大きく両手を広げ嬉しそうな顔で、ふたりの肩を抱き自分の方へ引き寄せる。遥や絵茉、そしてRINAもこの幸福な時間がいつまでも続けばいいな、と蕩けんばかりの空気の中で願った。しかしもうしばらくすれば彼女たちも――そして自分も、忙しい“現実”の世界へ戻っていかなければならない。ならば一瞬だけでも、目一杯この素敵な時間を楽しもうじゃないか。RINAは自分の頬に、遥の体温を感じながらそう考えていた。

                                                                                                                            終


                           

コメント
この記事をはてなブックマークに追加