若いとき、学校にろくすっぽ行かず毎日毎日音楽を聴いていた。今再び、家事のかたわら昔のように音楽にのめりこみはじめた。こんな音楽もあったのかと新たな出会いがあり、くだらない悩みに費やしてた時間が悔やまれるようになった。なるべく足手まといの煩悩に足をすくわれないようにしようと思う。しかし、この引きこもりのような生活に埋没する危険を感じることもあり、当市の大学で開かれている国際版画講演会に行ってきた。やはり、どの世界でも時代が動いているというのを感じた。
タイトルはIMAGINARIUMというもので、イマジネーションについて4人の招待客によるスライドやパワーポイントを使っての講演。おとといのことであり、今も印象に残った講演者の台詞を思いつくままにメモ。
1 イマジネーションは理性にとって危険である。
例えば、ユートピア(イマジネーション)を頭に描く人間は体制にとって危険である。だが、このイマジネーションが歴史を動かしてきた。イマジネーションは思想でもある。現実と非現実が、ひっくり返るということがありうる。(CLAUDE THERIENという美学哲学者の先生の講演)
2 アートに彫刻とか、絵画とか、版画とかの国境はない
このアーチストは生徒に大人気の先生とのことで、イマジネーションの赴くままに製作していたら、アートの世界の国境を自由自在に行き来するようになったとか。ご自身製作のベルトを集めてつくった人間の頭(ベルト彫刻)を持参しました。それがセリグラフィーになり、パフォーミングアートになりと、イマジネーションの展開を語ってくれました。公務員タイプのアーチストがあふれるケベックで、コンコルデイア大学の先生でありながらアートの力を感じさせてくれる、生命力にあふれた魅力ある方でした。「イマジネーションが枯渇することないんですか」と質問すると、次から次と湧き、身体がついてゆけないとのお返事でした。大拍手。(FRANCOIS MORELLI というアーチストです)
以下、彼の作品 (ベルト頭とベルト頭版画)
3 デザインを通じて、どのように社会運動にかかわってゆけるか、それを一番先に考えました。
去年の学生運動のプラカードやロゴを担当したモントリオール大学デザイン科の二人の学生による講演。学生ストライキに入ると決まったときからのプロセスを紹介しました。デモに参加するだけが社会運動のありかたではない。自分たちはデザイン科の学生だ。そこを原点とし、3段階のつぎのような計画をたてたのこと。
- アトリエを開く。このアトリエはすべての人に開かれたオープンアトリエで、学費値上げをめぐって討論の場を設けるのが目的。文学部や社会学部、その他あらゆる学部や市民が参加し、他分野交流となり、ブレインストーミングになった。
- サービス。デザイン科の学生として、どのような社会サービスができるか考える。60年代の学生運動を研究し、あのような小汚い運動はしたくなかった。インテリジェンスとユーモアのセンス、ぷらす強いメッセージを伝えるデザインにする。
- 実践。いかに安く、大量に仕上げるか、どこに配布するか、いろいろな人の協力があった。大学の先生、そして、夜間、大学は鍵をかけられるのだが、守衛さんがそっと鍵を開けてくれ朝まで製作できた。
新しい若者世代が生まれているのを感じさせられた。大拍手だった。
以下、彼たちの展覧会をアナウンスするYOU TUBE
http://www.youtube.com/watch?v=kU_6PR72c1Y
4 イギリス人のRICHARD NOYCEというアーチストの講演。次から次と世界の第一線で活躍する版画家をコメントつきで紹介したのですが、アーチストが多すぎて、終わってから何も残らなかった。
感想として、参加して良かった。去年から、自分はいつのまにか時代遅れになっているという感が強く、イマジネーションも激減し、ともすれば自分の殻に閉じこもりがちなので、そのような殻からときどき抜け出すのも大事と思いました。