日本は津波による大きな被害を受けるだろう UFOアガルタのシャンバラ

エーテル界の人類の源郷か?神の国か?天上のエルサレムか?
チャネラーとコンタクティの情報を集めています。森羅万象も!

先ほどの八咫烏(やたがらす)ですが、彼らは普段、それぞれの立場で諜報活動に従事します。役割に応じて「草」「犬」「歩」の3つの部隊に分かれます。(11)

2024-05-19 21:26:29 | 森羅万象

 

それぞれの影武者

・イギリス空軍の情報将校フレッド(フレデリック)・ウィンターボーザムは、ベルリンでは誰もが運転手付きの車から走り出てくると直角に曲がり、急ぎ足で建物に入っていく様子に興味をそそられた。SSの1人が言った。「我々がこうするのは共産党の暗殺者、スワローズのせいだ

 1930年代半ばになると彼らもこれに疲れ果て、突撃隊員の兵隊の中で重要人物のそっくりさんコンテストを行った。各地区つまり「大管区」ごとに判定が行われ、最終選考まで残ると史上最大級に風変わりな「ガウ(大管区)・生き写しコンテスト」、要はヒトラーのそっくりさんコンテストのため本部に送られた。候補の数名は整形手術を施され、さらに似通った容貌になった。出場者はもちろんこんな言葉を口には出したりはしない。

「私は世界平和を求める」

 

ゲーリングの生き写しもいればヒトラーの生き写しもいた。ゲシュタポはそれから候補者の素性を調べ、子どもを愛する大家族の父親を優先した。子を十分に愛していない人物は賄賂が通用しないので落とされた。影武者はナチの行状に目をつぶり、何も聞かなかったことにするように求められるのだ。

 

軍幹部、突撃隊指導者、「大管区指導者(地区司令官)」には全員影武者がいた。いなかったのは内反足で足が不自由だったヨーゼフ・ゲッペルスだけだった。このため、ゲッペルスと彼の妻子は終戦時にソ連へ差し出された。総統官邸の地下壕に残っていた本物の遺体は彼らのものだけで、ヒトラーとエヴァとされた遺体の本物感を醸し出すのに一役買っている。ソ連軍はゲッペルス一家を全員特定し、他も全部想定通りの人物の遺体だという結論に誤って飛びついてしまった。不運にも、彼らはスターリンにこれを伝えてしまったので、策略と気づいた後もその話に固執していた。

 著書『私はヒトラーの女中だった(I am Hitler’s Maid』(1940)で、パウリーネ・コーラーは、ヒトラーの影武者5人が彼女の台所のテーブルを囲んで座っていた様子を回想している。それぞれ貧しい労働者階級の出で、自分の子どもについて話す優しい男たちだった。彼女はいつも彼らに同情して、近くにいても気が許せたという。ヒトラーと一緒のときにはあり得なかったことだ。彼ら父親たちはヒトラーの命令を受けており、自分の家族に対してと同じようにヒトラーに忠誠を誓っていた。

 

 この中には、グスタフ・ウェーバー、俳優アンドレアス・クロンシュタット、ヒトラーがお気に入りの運転手のユリウス・シュレックと、1944年7月20日にクラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐がヒトラーのテーブルの下に仕掛けた爆弾で殺されたハインリヒ・ベルガーがいた。

 

・「古プロイセンの国家的フリーメイソンから人道主義者を明確に区別する境界がある。我々、古プロイセン・グランドロッジは、世界の人々の間の一般的かつ人道的な親交活動への参加を拒否する」

 

 これを古プロイセン・グランドロッジ・フリーメイソンを保護していたナチが認識すると、人道的フリーメイソンは軽視されるようになった。

 1933年3月28日、正式に認められていなかった「秘密の」フリーメイソンが解散することが決まり、休止状態となった。最後の決議で彼らも国のマザーロッジ(最古のロッジ)である「3つの地球」と同様、ヒトラーを支持することを決めた。1933年3月下旬、3つのグランドロッジが帝国のヒトラー首相に祝辞を送り、ドレスデンのグランドロッジは博士号を持つゲッペルスへの忠実な支持を伝える電報を送った。1933年3月31日までに、ドイツのフリーメイソンはすべてヒトラーを支持するようになった。

 ヒトラーは実際、P2ロッジのグランドマスター、リーチオ・ジェッリから崇拝されており、他のフリーメイソンの主宰者であるファン・ペロンやトゥーレ協会のカルト的設立者、ルドルフ・グラウアーも同様であった。

 

・『オメガファイル』によると「フリーメイソンのスコットランドでの慣習はフランスのイエズス会系のクレルモン学院に由来し、主体とするのは世界政府の提唱と全国境、主権、文化の打破である。伝統的『家族』構造がすべて崩壊することで、すべての子どもたちが世界州の保護下に置かれる。そして人に魂がある、という考えを破壊し、むしろ人間は単に進化した動物で精神的な性質はなく、神は不要だとするつまり、個人の表現を許容しない均質化した共同社会だが、その代わりに管理された秩序への絶対的な服従を強化する」という。

 

世界大戦すら計画・実行するフリーメイソン    船瀬俊介

“黒い教皇”パイクの予言

世界大戦まで計画通りに起こす

■第3次大戦:パイクは、こう記している。

「(中東で)シオニスト(イスラエル)とアラブ人との間に、イルミナティのエージェント(工作員)によって引き起こされる」。さらに、こう続ける。「それによって紛争が世界的に拡大し大衆はキリスト教に幻滅し、ルシファー(堕天使)に心酔するようになる」。つまりは、ユダヤ人にアラブ諸国のど真ん中に建国させたのも、次なる第3次大戦への“仕込み”だった……!

 

「金融」「兵器」で巨大暴利

ヒトラーにロスチャイルドの血

・ヒトラーの家系は、それほど杜撰なものだった。そして、その血脈ルーツにはロスチャイルド家が登場する……。一族の祖マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドはこう書き記している。「財産を一族の中で保持するため、いとこや、またいとこ同士で結婚すること――

 さらに、彼らは“戦闘要員”を多く生み出すため使用人の女を輪姦した。彼らは、その夜を“種まきの日”と呼んでいた。

 アロイスの母マリア(ヒトラーの祖母)はネイサン・ロスチャイルド男爵宅で使用人として雇われていた。しかし、家族に妊娠が知られると、すぐ自宅に戻された。そこでアロイス(ヒトラーの父)が生まれた。ちなみにネイサンはマイヤーの息子である。結論はこうだ

……ヒトラーの祖父はライオネル・ネイサン・ロスチャイルドで叔父は初代ロスチャイルド男爵、いとこは第2代ロスチャイルド男爵である」「ヒトラーがロスチャイルド家のために金を紡ぎ出し、彼らが第2次大戦だけでも財をなしたのも間違いない」(本書、要約)

 ヒトラーの中に流れるロスチャイルド一族の血……。であれば若きヒトラーが英国諜報員の1人にスカウトされたのも自然な流れだ。

英国こそ王族以下、要員はすべてフリーメイソンという秘密結社の“王国”だったからだ。

 

空白の9カ月、英スパイ養成機関にいた!

・1912年2月から1913年5月まで……これが、若きヒトラーの空白時期である。「ヒトラーに関して最も信頼がおける書籍にも、この期間の情報や写真はない」のも、当然である。

 彼は、英軍極秘機関「心理作戦学校」でスパイ養成の特訓を受けていたからだ。

 

究極の家畜社会“アジェンダ21”の戦慄

<“かれら”の目指す“理想社会”>

・具体的に表すのが「ジョージア・ガイド・ストーン」だ。1979年、米ジョージア州エルバート郡の小高い丘に突然、謎の巨大石碑が出現した。そこには、主要8カ国語で来る21世紀の理想像が銘記されていた。そこに「21世紀、地球の理想人口は5億人」とある。石碑の設立者は不明だが、研究者はフリーメイソンによるメッセージと結論づける。“かれら”が理想とする未来世界が「新世界秩序(NOW:ニュー・ワールド・オーダー)」だ。

 それを具体的に示すのが“アジェンダ21”だ。

 これは1992年、ブラジルのリオで開催された国連環境サミットで採択された「21世紀行動計画」に潜まされていた

 それは10カ条あり、NOWの正体が明白だ。

①  国家の廃止 ②人口大幅削減 ③全宗教の禁止 ④私有財産の否定

⑤居住自由の否定  ⑥職業自由の禁止  ⑦子どもは国家没収

⑧教育は最低限に ⑨反対は一切禁止 ⑩資源・企業は国家管理

 

 あなたは息が止まるだろう。そして、あなたの頭に1人の男の顔が浮かんだはずだ。

 アドルフ・ヒトラー……。そう、“闇の支配者”たちが夢見る未来社会とは、ヒトラーが唱えた第三帝国と重なってくる。戦慄のファシズム体制。

 さらに、その究極に待つのは、奴隷社会より劣る“家畜社会”である。

 

稀代の極悪人アドルフ・ヒトラー ――彼も、その“闇の勢力”の操り人形の1つに過ぎなかったのだ。

 

マルクスとヒトラー、2人の“工作員”

イルミナティ工作員と告発書

・ヒトラーは英国工作員だった……。本書で、その衝撃事実が赤裸々となった。読み終えて、ふと、もう1人の“工作員”の存在が思い浮かんだ。その名は――カール・マルクス。

 

・そのマルクスをヒトラーと同等に論じる。そんなことなど、マルキシストの方々からすれば、論外……というより、憤激を招く所業であろう。 

 しかし――、マルクスは“闇の勢力”つまりイルミナティの工作員であった、と告発する歴史家がいる。

 ユースタス・マリンズ氏。その著書『カナンの呪い』は、歴史の暗部を抉る名著である。

 

背後にロスチャイルド財閥

・そこに、次のような一節がある。「……『共産主義インターナショナル』は、英国ロスチャイルド商会のライオネルと詩人ハインリッヒ・ハイネ、そしてカール・マルクスというたった三人が当初の構成員だった」これは衝撃的というしかない。

『共産主義インターナショナル』(コミンテルン)は、国際組織として1919年に正式に設立され、1935年まで7回の大会を開催している。つまりは、世界の共産主義者たちにとっての“総本山”だ。その世界共産主義運動の発起人に、ロスチャイルド一族が名を連ねていた……。これは、ただ仰天の一言だ。

 

「金融」「兵器」の“市場創造”

闇の支配者の底知れぬ悪意と正体

・つまりは「金融」「兵器」の実に狡猾巧妙な“市場創造”である。カール・マルクスの思想は、そのマーケティング思想に他ならなかった。世界のコミュニストは、唖然呆然だろう……。

 

・マルクスとヒトラー…20世紀の歴史を動かした二大立役者。それを闇から操ったイルミナティ。その現代の別名は、ディープ・ステート(影の政府)。

 2020年末、トランプvs.バイデンの米大統領選挙で、その正体は露となった。史上空前の不正・犯罪選挙……。それは、闇の支配者の最期の悪あがきのようにも映る。マルクスとヒトラー、つまりコミュニズムとファシズム………いずれのリーダーも、“駒”として操った“やつら”が、果たして生き残れるのか? 衰退するのか?その最終戦争ハルマゲドンこそ、米大統領選なのだ。正義と悪魔の戦い――。それをいま、世界の目覚めた市民たちは、固唾を呑んで見守っている……。

 

 

 

『ヒトラーとUFO』  謎と都市伝説の国ドイツ

篠田航一   平凡社  2018/6/15

 

 

 

<グリム童話>

グリム童話を生んだドイツは民間伝承の豊かな国。街やインターネットには今も都市伝説が溢れかえる。ヒトラー生存説、ナチスと宇宙開発、フリーメーソンとイルミナティ、ハーメルンの笛吹き男、ドイツ版「オルレアンの噂」、人狼伝説……。

 元ベルリン特派員が、自己増殖するドイツの都市伝説を追った異色のルポ。

 

・ドイツ人にとって「不気味なアラブ人」に対する警戒は、こうして潜在意識の中に刷り込まれる。「人間は、不安を一人で抱え込むことに耐えられない生き物です。そして、その不安を他人に伝える時、往々にして具体例を持ち出します。今回の場合、漫然としたアラブ人への不安がさも『具体的な話』に形を変え急速に広まったのです」

ドイツの都市伝説研究の第一人者でデュースブルク・エッセン大学のヘルムート・フィッシャー名誉教授は、「感謝するアラブ人」の話が広まった背景をそう説明する。

 

・確かにこの話はよくできている。外国人への漫然とした不安。誰にでも起こりえる日常の行動。そこから一気に謎めいた予言を告げられた驚き。こうした要素が、短い噂話の中に結晶している。

「忘れてはならないのは、噂は往々にして差別感情と表裏一体だということです。ドイツでは14世紀ごろから誰かが井戸に毒を入れるという噂が頻繁に流行し、その度に犯人とされるのは決まってユダヤ人でした」

 フィッシャー名誉教授はそう話す。 

 

・勤勉なイメージのあるドイツ人も一皮むけば実に噂好き、ゴシップ好きの人たちで、インターネット上で使用される国際言語としてドイツ語は上位を占めるとの調査もある。ドイツ人は世界に冠たるおしゃべり民族だ。

 

ヒトラーは生きている?

脱出した独裁者

ヒトラーの伝説の中で比較的よく知られているのが、「ヒトラーは自殺せずに生き延びた」という噂だろう。逃亡先としてはアルゼンチン、ブラジルなどの「南米説」は特に人口に膾炙している

 ヒトラーは1945年4月30日、ベルリンの総統地下壕で自殺し、世を去った。この歴史的事実は揺るがない

 だが長年、その死については憶測が飛び交った。

 

・10分後の午後3時30分ごろ、銃声が響いた。兵士が部屋に入ると、ヒトラーは血まみれでソファに倒れていた。頭部に引き金を引いたとみられる姿で、即死状態なのが分かった。妻エヴァもその脇で死亡していた。彼女は青酸カリを飲んだことが判明している。

 

・兵士たちは二人の遺体を毛布にくるみ、庭に運び出した。そして用意されたガソリンをかけて焼却した。ソ連軍がベルリンを占領したのは、その2日後の5月2日だった。

 地下壕の現場に踏み込んだソ連軍は、炭化して判別のつかない遺体を発見した。やがて燃えずに残っていた歯型からヒトラー本人と「確認」した。

 ここまでが、史実として残るヒトラーの最後だ。

 

・戦後、英国がヒトラーの死因を調査した。その結果、ヒトラーは口の中でピストルの引き金を引いた「拳銃自殺」が死因と断定された。だが銃声を聞いて部屋に入った兵士は、ヒトラーが撃った箇所は「左のこめかみ」と証言した。一方で「銃声は聞こえなかった」との証言まである

 証言が食い違うのも無理はない。実は、誰もヒトラーの死の瞬間を見ていないのだ。ヒトラーと妻の二人だけが部屋に入り、その後、銃声を聞いた側近が部屋に向かったため、全てがいわば「密室」での出来事だった。さらに最初に地下壕が踏み込んだソ連軍が遺体を回収し、多くの目撃者を捕虜として連行してしまっている。このため、英国による現場検証が十分とは言えないのも事実だ。

 こうした中、1968年にソ連の元赤軍将校レフ・ベジュメンスキー(1920~2007年)が従来の調査に異議を唱える。

「死因は青酸カリだ」

 拳銃での自殺説を否定する内容だったが、このようにヒトラーの最期を巡っては死因さえ特定できない状況が長く続いた。このため、怪しげな説も国際社会に流布することになった。

 

FBIの追跡

根強く語られたのが、ヒトラーは自殺しておらず、妻エヴァとともにベルリンを脱出したという説だ。オーストリアの歴史学者ヴォルフディーター・ビールの『ヒトラーの死』によると、ヒトラーが自殺したとされる4月30日の早朝、男3人、女1人を乗せた小型飛行機がベルリンのティーアガルテン飛行場を飛び立ち、ハンブルク方面に向かった。その後、ハンブルクから潜水艦Uボートが出港したが、この中にヒトラーの一行が潜んでいたとの説があるという。

 ヒトラーの死について調査した米陸軍情報将校W・F・ハイムリヒはこう述べている。「ヒトラーの遺体の一部でも発見することはできず、遺体が焼却されたとの証拠もない。1945年4月22日以降、ヒトラーの死の直前を知る目撃者も見つかっていない。私が下した最終結論として、4月22日以降のヒトラーがたどった運命については。ミステリーと言わざるを得ない

 

・チリの新聞「ジグザグ」は1948年1月、ドイツ空軍の操縦士ペーター・バウムガルトの証言を掲載した。内容は、彼がベルリン陥落の直前、ヒトラーと妻のエヴァ、その他の忠実な部下数人を飛行機に乗せ、ベルリンの空港からデンマークまで脱出させたというものだ。そこからさらに別の飛行機に乗り換え、ノルウェーまで逃がし、ドイツのUボートと合流させたという

 

米国もヒトラーの死に関して疑念を抱き、ひそかに生存の痕跡を追っていたのは事実だ2014年に開示されたFBIの文書を読むと、その内容が分かる、1945年11月3日付で、情報員がFBIの当時のエドガー・フーバーにこんな文書を書き残している

ヒトラーはアルゼンチンにおり、大農場の地下壕に住んでいる。場所はブエノスアイレスから450マイル北西だ。そこには2人のダブル(影武者)がヒトラーとともに住んでいる。ヒトラーが死んだと主張する英国人のウソを信じてはいけない

 どこまで根拠のある話なのかは分からない。とはいえ、少なくともFBIが当時「ヒトラー生存説」について決して無視していなかったのは事実だろう。

 数多くの脱出説は次から次へと語られた。ドイツと戦った欧州の連合国軍総司令官を務め、後に米国の第34代大統領となるアイゼンハワーは、大統領就任前年の1952年に「我々はヒトラーが死亡したという明白な証拠を発見することができなかった。多くの人々は、ヒトラーがベルリンを脱出したと信じ込んでいる

 アイゼンハワー自身、生存説の流布を認めていたのだ。

 

頭蓋骨の謎

・東西冷戦終結後の1993年、ロシア政府は「ヒトラーの頭蓋骨」をモスクワで保管していると発表した。

 ドイツ西部ケルンに、この骨を実際に鑑定した人物がいる。警察の鑑識作業などにも協力しているドイツの犯罪科学者マーク・ベネッケ博士だ。博士は骨相などの生物学的な特徴から遺体の状況を調べる犯罪生物学を専門としている。「法医昆虫学者」としても有名で、遺体に群がるハエなどを分析し、死後の経過時間や死因を推定する調査を得意とする

2014年2月、筆者はケルンにある博士の研究所を訪れた。

 博士がモスクワの国立文書館に保管されていた頭蓋骨を鑑定したのは、2001年のことだった。

骨はヒトラーの歯型と完全に一致していました。確かに本人です。銃弾の跡から考えても、口の中から撃ったとみられます。一方、青酸カリを飲んだ後に銃を発射した可能性も残ります

 戦後、ヒトラーの死因についての説は結局はっきりしなかった。それが「生存説」を広める要因になった。

 

・ベネッケ博士は頭蓋骨そのものに加え、歯列、そして自殺時にヒトラーの部屋にあったソファの一部などを徹底的に調べた。さらに生前の1944年にヒトラーの歯列を撮影したレントゲン写真も調査した。

歯型はヒトラー本人のものと一致しました。ヒトラーのかかりつけ医だった歯科医が、歯型の石膏を残していたことが幸いしました

 

ソ連のプロパガンダ

・こうして多くの証拠を集め、博士は頭蓋骨がヒトラー本人のものと断定した。

 

・つまり、それはソ連によるプロパガンダだった。1953年にスターリンが死亡した後も、こうして「ヒトラー服毒説」は長くソ連・ロシアで生き残った。

 長年の「死因論争」には続きがある。米コネチカット大学の研究チームは2009年、「この頭蓋骨は40歳以下の女性の可能性がある」との新説を発表した。ヒトラーの頭部から下の遺体は戦後、ソ連が駐留する旧東ドイツのマクデブルクで灰にされ、川にまかれた。だが一体この頭蓋骨の「主」は誰なのか。今も新説が現れては消える。

 こうした経緯が「ヒトラーは逃亡し、復活を企んでいる」という陰謀論として語られる要因ともなった。

 

南極への野望

・ヒトラー生存説のバリエーションとして「南極に逃げ延びた」という都市伝説もある。だがこれも根も葉もない作り話というわけではなく、伝説と基となった史実は存在する。それがナチス政権下で国家を挙げて行われたドイツの南極開発だ。

 

自己増殖する都市伝説

・だがこの時の南極観測が一つの都市伝説を生んでいく。リッチャー探検隊の南極探検から70周年の2008年12月、独紙ヴェルトはこう記した。

「リッチャーとその探検隊メンバーがこの時点では予想もできなかったことがある。それは、南極探検が戦後、奇妙な伝説や噂の舞台となることだった。その噂は、何十年も語り継がれることになるのだ」

 これこそが、ヒトラーが南極でナチス復活を画策していたという「ヒトラー南極逃亡説」だ。実際、ドイツ降伏直後の1945年7月には、ドイツの潜水艦Uボートがアルゼンチン沖に浮上し、ナチス幹部が逃亡していたことも判明した。

 

・戦後、根強く「ナチス南極潜伏説」が語られた理由の一つとして、米国の海軍が1946年から翌47年にかけて南極で実施した「ハイジャンプ作戦」という軍事演習がある。目的は寒冷地での人間や機械の適応度、そして基地建設について調査することだった。ドイツの有力週刊誌シュピーゲルによると、米国はリチャード・バード海軍少将の下、作戦に4700人を動員し、13隻の艦船も参加した。多くの航空機も南極上空を飛行し、広範囲な空撮も実施した。南極観測史上、最大規模の作戦だった。

 ただ、当時からこの作戦を巡っては一つの疑問がささやかれていたという。そもそも、なぜこれほど大規模に行われたのか。

 それが「ナチスの残党を探し出すのが目的だった」との都市伝説を生む。ナチスは南極で「空飛ぶ円盤」の製造を試みたとの説もあり、米軍の大規模な軍事作戦は、こうしたナチスの脅威を取り除くことが目的だったという筋書きだ。

 ヒトラーに関する伝説は無数に存在する。その多くはいわゆるガセネタで、学術的な裏付けに乏しいものばかりだ。

 

UFOを追え

本気の人たち

・米国の宇宙飛行士は度々、地球外生命体の存在を示唆する見解を発表する。それはUFOなど信じない「まとも」な市民にとっては荒唐無稽な話に聞こえる。有名なのがエドガー・ミッチェル博士の話だ。マサチューセッツ工科大学で航空学の博士号も取得し、1971年にはアポロ14号の宇宙飛行士として人類6人目の月面歩行をした人物だ

 この高名なミッチェル博士も2008年に英国のラジオ番組に出演した際、「異星人はすでに地球を訪れている」と発言した。米政府はその事実を60年も隠し続けているが、情報は徐々に漏れつつあるという。そしてミッチェル博士ら数人だけは、すでにこの事実について説明を受けていると明かした。

 

・だが、今も次から次へと暴露話は世に現れる。近年はCIA(米中央情報局)やNSA(米国家安全保障局)の元職員だったエドワード・スノーデンが「1954年に当時のアイゼンハワー大統領がエイリアンと会談した」という「機密事項」を暴露したことが伝えられている。

 

・もちろんUFO伝説は世界中に広く分布しており、ドイツも例外ではない。

 筆者はベルリン特派員在任中、UFOを巡る奇妙な騒動に出くわした。2011年以降、まさにこうした「UFO陰謀論」を地で行くような法廷闘争がドイツで繰り広げられたのだ。裁判の争点はズバリ「UFO情報の開示」だ。ドイツ連邦議会(下院)が非開示にしているUFO情報の分析資料について、市民が「開示せよ」と訴えたのだ。

 

軍事機密が飛び交う最前線

・2011年12月1日、ベルリン行政裁判所の判決にドイツ中が沸き立った。

「ドイツ連邦議会は、文書を開示せよ」。

 ここで「開示対象」となったのはUFOについて議会が調査した文書のことだ。UFO文書といっても、オカルトでもなんでもない。1978年に国連が大真面目に採択した決議文のことだ。1978年10月、カリブ海に浮かぶ中米の島国グレナダのゲーリー首相は、国連総会で演説した。

「UFOの目撃情報は1ヵ所や2ヵ所ではない。目撃報告は今や世界中から寄せられている。地球の繁栄のため、そして私たち自身が地球での存在意義をよりよく理解するため、詳細な調査が必要と信じる国も増えている」

 

・グレナダのゲーリー首相の演説から2ヵ月後の1978年12月、国連は「UFOその他の類似現象の研究の実施・協力・宣伝普及を行う国連部局の設置」(国連決議A/33/426)を採択した。そもそも存在が「未確認」であるはずのUFOを大真面目に調査対象とするということ自体が奇妙でもあるが、とにかくUFOをただのオカルトと見るのではなく、その研究の必要性を説くという極めて「真面目な」国際社会の意思表示だった。

 

・2010年、ベルリン在住の男性がこのUFO文書の閲覧を求めて提訴した。官公庁が持つ公的な情報に、国民はいつでもアクセスできるというドイツの情報公開を根拠に、文書を開示するよう訴えたのだ。もちろん法律には、高度な軍事機密や個人情報など公開対象とはしない例外規定もある。UFOはどう判断されるのか。

 

・2015年6月25日、ライプチヒの連邦行政裁判所は2審の判断を覆し、結局「開示せよ」となった。これを受けて連邦議会はその後、文書を公開した。

 だが中身は素っ気なかった。ドイツ政府は、地球外生命によるドイツ領内への着陸について「現在の科学的見地から見て、ありえない」と考えているという内容だ。

 あまりに夢のない文書に、ドイツのメディアは「悲しいニュース」などと一斉に伝えた。

 

英国はUFO調査の情報公開先進国

・たとえば英国だ。国立公文書館は2012年7月に公開した6700ページに及ぶUFO資料の中で、「UFOが存在するという確かな証拠はない」と指摘しながらも、国防省にUFOを分析する担当官を2009年まで置いていた事実を明らかにした。

 

・フランス国立宇宙研究センター(CNES)も2007年3月、UFO関連資料を公開した。1954年以来、研究センターに寄せられた写真やビデオ、録音資料など1600件の記録と、6000件に上る証言の数々だ。

 有名なのは、1981年に南仏プロヴァンス地方に降り立ち、すぐに立ち去ったとされる中華鍋のような形の飛行物体の目撃証言だ。

 

・また1994年にはエール・フランス機の乗員がパリ近郊で、空中を漂う赤茶色の巨大な円盤を目撃した。その物体は定期的に形を変えていたという。

 

・信頼できる証言や質の高い情報があるにもかかわらず、どうしても原因が分からないのが28%なのだという。つまりこの数字は、正真正銘の「UFO」の可能性があるということになるのだ。

 

日本の国会でも質疑

・実は日本も過去に政府見解を出している。

 2007年12月、当時の福田康夫内閣がUFOについて「存在を確認していない」とする答弁書を閣議決定した。UFOに関する政府としての初の公式見解だ。

 

・だがそもそも、ドイツは国家としてUFOの研究自体を実施したのだろうか。

政府機関のドイツ航空宇宙センターに聞いてみると、「ドイツのUFO研究については一切知りません」との回答が返ってきた。もちろんこれはあくまで「公式」回答であり、真相は不明だ。

 結局、UFOについては世界中のどの当局も「ない」「存在しない」という断定回答はできない。

 

空の専門家たちは何を見たか

・一般市民によるUFO目撃情報と違い、空の専門家である軍人やパイロットがUFOを見たと公言するのは、微妙な問題でもある。人名や国家の安全を預かる立場上、あまり荒唐無稽な話を言いふらせば、組織の信用にも関わり、自身の職業人としての出世にも影響しかねない。このため「空のプロ」たちは、現役を退いた後に自身の体験談を公表する場合が多い。

 

・「英国上空をジャンボ機で飛行中、同僚が『気をつけろ、何かが近づいてくる!』と叫びました。外を見てみると、巨大なタバコのような物体が機体に向かってきました。ジャンボ機はものすごい速さで飛んでいたので、よけることはできませんでしたが、ぶつかると思った瞬間に消えたのです。オランダ・マーストリヒトの管制センターに連絡し、レーダーに何か写っているかをたずねました。何も映っていなかったとの返事でした

 ウッターは晩年、こうした目撃談を頻繁に語った。おそらく現役時代には制約があって口にできなかった内容を、引退後ようやく公にしたのだろう。

 

ドイツ人はUFO好きな国民

・ドイツのメディアはUFO情報を大きく扱う。筆者のドイツ在任中のUFO騒ぎで記憶に残っているのは、2014年1月6日、ドイツ北部ブレーメン上空に出現した謎の飛行物体だ。

 

・ドイツ人はUFO好きな国民だ。週刊誌シュピーゲルによると、2015年に約1200人に実施した世論調査では、地球外生命の存在を信じていると答えた人が56%に上ったという。

 

中世の目撃談

・歴史をひもとけば、ドイツでは中世にもUFO情報が記録として残されている。ドイツのメディアから探した代表的な話を以下に紹介したい。

 最も古いものの一つとしては、1561年4月14日の明け方、ニュルンベルクの上空に現れた謎の物体が挙げられる。数え切れないほどの球形や円盤状、巨大な鎌や槍のような形の物体が空中に現れ、激しく飛び交じったという。1時間ほどして物体はどこかに落ちていくように消えていったらしく、UFO同士の戦いだったとも評されている。

 

また1665年にはバルト海沿いの港町シュトラールズランドでも、謎の物体を多くの漁師たちが目撃したとの記録がある。

 午後2時ごろ、鳥の大群が北の方角から海にやって来たかと思うと、それは戦艦に姿を変えた。空中に浮かぶ戦艦に漁師たちは度肝を抜かれたが、この船団は何時間も空中で闘っていたという。男性がかぶる帽子のような巨大な円盤も飛来し、聖ニコライ教会の真上に夕方まで浮かんでいた。この円盤は明け方の月のようなオレンジ色だったという。漁師たちは震えが止まらず、体調不良を訴える者も続出したらしい。

 中世には、空の異常現象は戦争や災害の前兆と思われていた。実際、シュトラールズンドに謎の円盤が出現した後に、プロイセンとスウェーデンの間で戦争が起きている。

 

怪物ワンダーランド

吸血鬼伝説

・まず吸血鬼伝説は、死者が復活して人間の血を吸いに来るという民間伝承が広まったものだ。欧州では火葬ではなく土葬が中心で、遺体が一定の形を保っていることも伝説の流布に関係している。たとえば1755年にはオーバーシュレジエン地方(現在のポーランド南部)で、魔女の疑いをかけられた女性が死後に吸血鬼となって復活し、他の人々をも吸血鬼にしたという話がドイツの新聞に取り上げられている。このため女性の遺体は再び掘り起こされ、死刑執行人の手で改めて斬首されたという。

 吸血鬼伝説の本場は東欧やバルカン半島だ。特にルーマニアでは古くからの伝承が根強く残り、15世紀には北西部トランシルヴァニア地方の領主だったヴラド3世はそのモデルとされている。彼は人の血を吸ったわけではないが、敵を串刺しにして処刑するという残虐な一面があった。この話が西欧にも伝わり、アイルランドの作家ブラム・ストーカーが19世紀に書いた吸血鬼ドラキュラ伯爵のモデルとなった。

 

・実際、ルーマニアには21世紀の今も吸血鬼を信じる人々が存在する。2004年1月には南部ワラキア地方の村で、前年に76歳で死去したペトラ・トーマという男性の遺体が埋葬後に掘り起こされ、心臓が焼かれる事件があった。これはトーマの死後、親族が次々に病気になったため、親族が「トーマがまだ死に切れず、吸血鬼になって親族を病気にしている」と信じたためだ。遺体から取り出して焼いた心臓の灰を親族が飲んだところ、病気は回復したという。とはいえ、もちろん遺体損壊は現代ではれっきとした刑事罰の対象であり、ルーマニアの検察当局は親族数人を起訴した。おぞましい事件だが、実は欧州では親族が病気になった時、その一因は親族の死者にあると考える伝承が広く残っている。

 

世界中に伝わる人狼伝説

・そして最後にオオカミ男だ。これはドイツ語圏を中心に語り継がれてきた典型的な怪物だ。北欧や東欧・バルト海地域では、人間がオオカミに変身する、または強制的に変身させられるという伝説が昔から語られてきた。

 一般的にオオカミ男とは、昼間は人間の姿をしているが、夜になると猛獣の本性を現し、オオカミに戻る怪物を指す。

 

・人狼信仰は世界中に伝わる。優れた戦闘能力を持つオオカミのイメージは古来、為政者の強さを誇示するために使われた。たとえばモンゴル帝国を築いたチンギス・ハンの祖先はオオカミだったとか、ローマ建国者ロムルスとレムスの双子もオオカミに育てられたといった伝説だ。


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