カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ガラスド の ウチ 1

2018-03-06 | ナツメ ソウセキ
 ガラスド の ウチ

 ナツメ ソウセキ

 1

 ガラスド の ウチ から ソト を みわたす と、 シモヨケ を した バショウ だの、 あかい ミ の なった ウメモドキ の エダ だの、 ブエンリョ に チョクリツ した デンシンバシラ だの が すぐ メ に つく が、 その ホカ に これ と いって かぞえたてる ほど の もの は ほとんど シセン に はいって こない。 ショサイ に いる ワタクシ の ガンカイ は きわめて タンチョウ で そうして また きわめて せまい の で ある。
 そのうえ ワタクシ は キョネン の クレ から カゼ を ひいて ほとんど オモテ へ でず に、 マイニチ この ガラスド の ウチ に ばかり すわって いる ので、 セケン の ヨウス は ちっとも わからない。 ココロモチ が わるい から ドクショ も あまり しない。 ワタクシ は ただ すわったり ねたり して その ヒ その ヒ を おくって いる だけ で ある。
 しかし ワタクシ の アタマ は ときどき うごく。 キブン も タショウ は かわる。 いくら せまい セカイ の ナカ でも せまい なり に ジケン が おこって くる。 それから ちいさい ワタクシ と ひろい ヨノナカ と を カクリ して いる この ガラスド の ウチ へ、 ときどき ヒト が はいって くる。 それ が また ワタクシ に とって は おもいがけない ヒト で、 ワタクシ の おもいがけない こと を いったり したり する。 ワタクシ は キョウミ に みちた メ を もって それら の ヒト を むかえたり おくったり した こと さえ ある。
 ワタクシ は そんな もの を すこし かきつづけて みよう か と おもう。 ワタクシ は そうした シュルイ の モンジ が、 いそがしい ヒト の メ に、 どれほど つまらなく うつる だろう か と ケネン して いる。 ワタクシ は デンシャ の ナカ で ポッケット から シンブン を だして、 おおきな カツジ だけ に メ を そそいで いる コウドクシャ の マエ に、 ワタクシ の かく よう な カンサン な モンジ を ならべて シメン を うずめて みせる の を はずかしい もの の ヒトツ に かんがえる。 これら の ヒトビト は カジ や、 ドロボウ や、 ヒトゴロシ や、 すべて その ヒ その ヒ の デキゴト の ウチ で、 ジブン が ジュウダイ と おもう ジケン か、 もしくは ジブン の シンケイ を ソウトウ に シゲキ しうる シンラツ な キジ の ホカ には、 シンブン を テ に とる ヒツヨウ を みとめて いない くらい、 ジカン に ヨユウ を もたない の だ から。 ――カレラ は テイリュウジョ で デンシャ を まちあわせる アイダ に、 シンブン を かって、 デンシャ に のって いる アイダ に、 キノウ おこった シャカイ の ヘンカ を しって、 そうして ヤクショ か カイシャ へ ゆきつく と ドウジ に、 ポッケット に おさめた シンブンシ の こと は まるで わすれて しまわなければ ならない ほど いそがしい の だ から。
 ワタクシ は イマ これほど きりつめられた ジカン しか ジユウ に できない ヒトタチ の ケイベツ を おかして かく の で ある。
 キョネン から オウシュウ では おおきな センソウ が はじまって いる。 そうして その センソウ が いつ すむ とも ケントウ が つかない モヨウ で ある。 ニホン でも その センソウ の イチ ショウブブン を ひきうけた。 それ が すむ と コンド は ギカイ が カイサン に なった。 きたる べき ソウセンキョ は セイジカイ の ヒトビト に とって の タイセツ な モンダイ に なって いる。 コメ が やすく なりすぎた ケッカ ノウカ に カネ が はいらない ので、 どこ でも フケイキ だ フケイキ だ と こぼして いる。 ネンチュウ ギョウジ で いえば、 ハル の スモウ が ちかく に はじまろう と して いる。 ようするに ヨノナカ は たいへん タジ で ある。 ガラスド の ウチ に じっと すわって いる ワタクシ なぞ は ちょっと シンブン に カオ が だせない よう な キ が する。 ワタクシ が かけば セイジカ や グンジン や ジツギョウカ や スモウキョウ を おしのけて かく こと に なる。 ワタクシ だけ では とても それほど の タンリョク が でて こない。 ただ ハル に ナニ か かいて みろ と いわれた から、 ジブン イガイ に あまり カンケイ の ない つまらぬ こと を かく の で ある。 それ が いつまで つづく か は、 ワタクシ の フデ の ツゴウ と、 シメン の ヘンシュウ の ツゴウ と で きまる の だ から、 はっきり した ケントウ は イマ つきかねる。

 2

 デンワグチ へ よびだされた から ジュワキ を ミミ へ あてがって ヨウジ を きいて みる と、 ある ザッシシャ の オトコ が、 ワタクシ の シャシン を もらいたい の だ が、 いつ とり に いって いい か ツゴウ を しらして くれろ と いう の で ある。 ワタクシ は 「シャシン は すこし こまります」 と こたえた。
 ワタクシ は この ザッシ と まるで カンケイ を もって いなかった。 それでも カコ 3~4 ネン の アイダ に その 1~2 サツ を テ に した キオク は あった。 ヒト の わらって いる カオ ばかり を たくさん のせる の が その トクショク だ と おもった ホカ に、 イマ は なんにも アタマ に のこって いない。 けれども そこ に わざとらしく わらって いる カオ の オオク が ワタクシ に あたえた フカイ の インショウ は いまだに きえず に いた。 それで ワタクシ は ことわろう と した の で ある。
 ザッシ の オトコ は、 ウドシ の ショウガツ ゴウ だ から ウドシ の ヒト の カオ を ならべたい の だ と いう キボウ を のべた。 ワタクシ は センポウ の いう とおり ウドシ の ウマレ に ソウイ なかった。 それで ワタクシ は こう いった。――
「アナタ の ザッシ へ だす ため に とる シャシン は わらわなくって は いけない の でしょう」
「いえ そんな こと は ありません」 と アイテ は すぐ こたえた。 あたかも ワタクシ が イマ まで その ザッシ の トクショク を ゴカイ して いた ごとく に。
「アタリマエ の カオ で かまいません なら のせて いただいて も よろしゅう ございます」
「いえ それ で ケッコウ で ございます から、 どうぞ」
 ワタクシ は アイテ と キジツ の ヤクソク を した うえ、 デンワ を きった。
 ナカ 1 ニチ おいて ウチアワセ を した ジカン に、 デンワ を かけた オトコ が、 きれい な ヨウフク を きて シャシンキ を たずさえて ワタクシ の ショサイ に はいって きた。 ワタクシ は しばらく その ヒト と カレ の ジュウジ して いる ザッシ に ついて ハナシ を した。 それから シャシン を 2 マイ とって もらった。 1 マイ は ツクエ の マエ に すわって いる ヘイゼイ の スガタ、 1 マイ は さむい ニワサキ の シモ の ウエ に たって いる フツウ の タイド で あった。 ショサイ は コウセン が よく とおらない ので、 キカイ を すえつけて から マグネシア を もした。 その ヒ の もえる すぐ マエ に、 カレ は カオ を ハンブン ばかり ワタクシ の ほう へ だして、 「オヤクソク では ございます が、 すこし どうか わらって いただけますまい か」 と いった。 ワタクシ は その とき とつぜん かすか な コッケイ を かんじた。 しかし ドウジ に バカ な こと を いう オトコ だ と いう キ も した。 ワタクシ は 「これ で いい でしょう」 と いった なり センポウ の チュウモン には とりあわなかった。 カレ が ワタクシ を ニワ の コダチ の マエ に たたして、 レンズ を ワタクシ の ほう へ むけた とき も また マエ と おなじ よう な テイネイ な チョウシ で、 「オヤクソク では ございます が、 すこし どうか……」 と おなじ コトバ を くりかえした。 ワタクシ は マエ より も なお わらう キ に なれなかった。
 それから ヨッカ ばかり たつ と、 カレ は ユウビン で ワタクシ の シャシン を とどけて くれた。 しかし その シャシン は まさしく カレ の チュウモンドオリ に わらって いた の で ある。 その とき ワタクシ は アテ が はずれた ヒト の よう に、 しばらく ジブン の カオ を みつめて いた。 ワタクシ には それ が どうしても テ を いれて わらって いる よう に こしらえた もの と しか みえなかった から で ある。
 ワタクシ は ネン の ため ウチ へ くる 4~5 ニン の モノ に その シャシン を だして みせた。 カレラ は ミンナ ワタクシ と ドウヨウ に、 どうも つくって わらわせた もの らしい と いう カンテイ を くだした。
 ワタクシ は うまれて から コンニチ まで に、 ヒト の マエ で わらいたく も ない のに わらって みせた ケイケン が ナンド と なく ある。 その イツワリ が イマ この シャシンシ の ため に フクシュウ を うけた の かも しれない。
 カレ は キミ の よく ない クショウ を もらして いる ワタクシ の シャシン を おくって くれた けれども、 その シャシン を のせる と いった ザッシ は ついに とどけなかった。

 3

 ワタクシ が H さん から ヘクトー を もらった とき の こと を かんがえる と、 もう いつのまにか 3~4 ネン の ムカシ に なって いる。 なんだか ユメ の よう な ココロモチ も する。
 その とき カレ は まだ チバナレ の した ばかり の コドモ で あった。 H さん の オデシ は カレ を フロシキ に つつんで デンシャ に のせて ウチ まで つれて きて くれた。 ワタクシ は その ヨ カレ を ウラ の モノオキ の スミ に ねかした。 さむく ない よう に ワラ を しいて、 できる だけ イゴコチ の いい ネドコ を こしらえて やった アト、 ワタクシ は モノオキ の ト を しめた。 すると カレ は ヨイ の クチ から なきだした。 ヨナカ には モノオキ の ト を ツメ で かきやぶって ソト へ でよう と した。 カレ は くらい ところ に たった ヒトリ ねる の が さびしかった の だろう、 あくる アサ まで まんじり とも しない ヨウス で あった。
 この フアン は ツギ の バン も つづいた。 その ツギ の バン も つづいた。 ワタクシ は 1 シュウカン あまり かかって、 カレ が あたえられた ワラ の ウエ に ようやく やすらか に ねむる よう に なる まで、 カレ の こと が ヨル に なる と かならず キ に かかった。
 ワタクシ の コドモ は カレ を めずらしがって、 まがなすきがな オモチャ に した。 けれども ナ が ない ので ついに カレ を よぶ こと が できなかった。 ところが いきた もの を アイテ に する カレラ には、 ぜひとも センポウ の ナ を よんで あそぶ ヒツヨウ が あった。 それで カレラ は ワタクシ に むかって イヌ に ナ を つけて くれ と せがみだした。 ワタクシ は とうとう ヘクトー と いう えらい ナ を、 この コドモ たち の ホウユウ に あたえた。
 それ は イリアッド に でて くる トロイ イチ の ユウショウ の ナマエ で あった。 トロイ と ギリシャ と センソウ を した とき、 ヘクトー は ついに アキリス の ため に うたれた。 アキリス は ヘクトー に ころされた ジブン の トモダチ の カタキ を とった の で ある。 アキリス が いかって ギリシャ-ガタ から おどりだした とき に、 シロ の ナカ に にげこまなかった モノ は ヘクトー ヒトリ で あった。 ヘクトー は ミタビ トロイ の ジョウヘキ を めぐって アキリス の ホコサキ を さけた。 アキリス も ミタビ トロイ の ジョウヘキ を めぐって その アト を おいかけた。 そうして シマイ に とうとう ヘクトー を ヤリ で つきころした。 それから カレ の シガイ を ジブン の チャリオット に しばりつけて また トロイ の ジョウヘキ を 3 ド ひきずりまわした。……
 ワタクシ は この イダイ な ナ を、 フロシキヅツミ に して もって きた ちいさい イヌ に あたえた の で ある。 なんにも しらない はず の ウチ の コドモ も、 ハジメ は ヘン な ナ だなあ と いって いた。 しかし じきに なれた。 イヌ も ヘクトー と よばれる たび に、 うれしそう に オ を ふった。 シマイ には さすが の ナ も ジョン とか ジォージ とか いう ヘイボン な ヤソキョウ シンジャ の ナマエ と イチヨウ に、 ごうも クラシカル な ヒビキ を ワタクシ に あたえなく なった。 ドウジ に カレ は しだいに ウチ の モノ から モト ほど チンチョウ されない よう に なった。
 ヘクトー は オオク の イヌ が たいてい かかる ジステンパー と いう ビョウキ の ため に イチジ ニュウイン した こと が ある。 その とき は コドモ が よく ミマイ に いった。 ワタクシ も ミマイ に いった。 ワタクシ の いった とき、 カレ は さも うれしそう に オ を ふって、 なつかしい メ を ワタクシ の ウエ に むけた。 ワタクシ は しゃがんで ワタクシ の カオ を カレ の ソバ へ もって いって、 ミギ の テ で カレ の アタマ を なでて やった。 カレ は その ヘンレイ に ワタクシ の カオ を トコロ きらわず なめよう と して やまなかった。 その とき カレ は ワタクシ の みて いる マエ で、 はじめて イシャ の すすめる ショウリョウ の ギュウニュウ を のんだ。 それまで クビ を かしげて いた イシャ も、 この ブン なら あるいは なおる かも しれない と いった。 ヘクトー は はたして なおった。 そうして ウチ へ かえって きて、 ゲンキ に とびまわった。

 4

 ひならず して、 カレ は 2~3 の トモダチ を こしらえた。 その ウチ で もっとも したしかった の は すぐ マエ の イシャ の ウチ に いる カレ と ドウネンパイ ぐらい の イタズラモノ で あった。 これ は キリスト キョウト に ふさわしい ジョン と いう ナマエ を もって いた が、 その セイシツ は イタンシャ の ヘクトー より も はるか に おとって いた よう で ある。 むやみ に ヒト に かみつく クセ が ある ので、 シマイ には とうとう うちころされて しまった。
 カレ は この アクユウ を ジブン の ニワ に ひきいれて カッテ な ロウゼキ を はたらいて ワタクシ を こまらせた。 カレラ は しきり に キ の ネ を ほって ヨウ も ない のに おおきな アナ を あけて よろこんだ。 きれい な クサバナ の ウエ に わざと ねころんで、 ハナ も クキ も ヨウシャ なく ちらしたり、 たおしたり した。
 ジョン が ころされて から、 ブリョウ な カレ は ヨアソビ ヒルアソビ を おぼえる よう に なった。 サンポ など に でかける とき、 ワタクシ は よく コウバン の ソバ に ヒナタボッコ を して いる カレ を みる こと が あった。 それでも ウチ に さえ いれば、 よく うさんくさい もの に ほえついて みせた。 その ウチ で もっとも モウレツ に カレ の コウゲキ を うけた の は、 ホンジョ ヘン から くる トオ ばかり に なる カクベエジシ の コ で あった。 この コ は いつでも 「こんちわ オイワイ」 と いって はいって くる。 そうして ウチ の モノ から、 パン の カワ と 1 セン ドウカ を もらわない うち は かえらない こと に ヒトリ で きめて いた。 だから ヘクトー が いくら ほえて も にげださなかった。 かえって ヘクトー の ほう が、 ほえながら シッポ を マタ の アイダ に はさんで モノオキ の ほう へ タイキャク する の が レイ に なって いた。 ようするに ヘクトー は ヨワムシ で あった。 そうして ソウコウ から いう と、 ほとんど ノライヌ と えらぶ ところ の ない ほど に ダラク して いた。 それでも カレラ に キョウツウ な ひとなつっこい アイジョウ は いつまでも うしなわず に いた。 ときどき カオ を みあわせる と、 カレ は かならず オ を ふって ワタクシ に とびついて きた。 あるいは カレ の セ を エンリョ なく ワタクシ の カラダ に すりつけた。 ワタクシ は カレ の ドロアシ の ため に、 イフク や ガイトウ を よごした こと が ナンド ある か わからない。
 キョネン の ナツ から アキ へ かけて ビョウキ を した ワタクシ は、 1 カゲツ ばかり の アイダ ついに ヘクトー に あう キカイ を えず に すぎた。 ヤマイ が ようやく おこたって、 トコ の ソト へ でられる よう に なって から、 ワタクシ は はじめて チャノマ の エン に たって カレ の スガタ を ヨイヤミ の ウチ に みとめた。 ワタクシ は すぐ カレ の ナ を よんだ。 しかし イケガキ の ネ に じっと うずくまって いる カレ は、 いくら よんで も すこしも ワタクシ の ナサケ に おうじなかった。 カレ は クビ も うごかさず、 オ も ふらず、 ただ しろい カタマリ の まま カキネ に こびりついてる だけ で あった。 ワタクシ は 1 カゲツ ばかり あわない うち に、 カレ が もう シュジン の コエ を わすれて しまった もの と おもって、 かすか な アイシュウ を かんぜず には いられなかった。
 まだ アキ の ハジメ なので、 どこ の マ の アマド も しめられず に、 ホシ の ヒカリ が あけはなたれた イエ の ナカ から よく みられる バン で あった。 ワタクシ の たって いた チャノマ の エン には、 ウチ の モノ が 2~3 ニン いた。 けれども ワタクシ が ヘクトー の ナマエ を よんで も カレラ は ふりむき も しなかった。 ワタクシ が ヘクトー に わすれられた ごとく に、 カレラ も また ヘクトー の こと を まるで ネントウ に おいて いない よう に おもわれた。
 ワタクシ は だまって ザシキ へ かえって、 そこ に しいて ある フトン の ウエ に ヨコ に なった。 ビョウゴ の ワタクシ は キセツ に フソウトウ な クロハチジョウ の エリ の かかった メイセン の ドテラ を きて いた。 ワタクシ は それ を ぬぐ の が メンドウ だ から、 そのまま アオムケ に ねて、 テ を ムネ の ウエ で くみあわせた なり だまって テンジョウ を みつめて いた。

 5

 あくる アサ ショサイ の エン に たって、 ハツアキ の ニワ の オモテ を みわたした とき、 ワタクシ は ぐうぜん また カレ の しろい スガタ を コケ の ウエ に みとめた。 ワタクシ は ユウベ の シツボウ を くりかえす の が イヤサ に、 わざと カレ の ナ を よばなかった。 けれども たった なり じっと カレ の ヨウス を みまもらず には いられなかった。 カレ は タチキ の ネガタ に すえつけた イシ の チョウズバチ の ナカ に クビ を つきこんで、 そこ に たまって いる アマミズ を ぴちゃぴちゃ のんで いた。
 この チョウズバチ は いつ ダレ が もって きた とも しれず、 ウラニワ の スミ に ころがって いた の を、 ひっこした トウジ ウエキヤ に めいじて イマ の イチ に うつさせた ロッカクガタ の もの で、 その コロ は コケ が イチメン に はえて、 ソクメン に きざみつけた モンジ も まったく よめない よう に なって いた。 しかし ワタクシ には うつす マエ イチド はっきり と それ を よんだ キオク が あった。 そうして その キオク が モンジ と して アタマ に のこらない で、 ヘン な カンジョウ と して いまだに ムネ の ナカ を オウライ して いた。 そこ には テラ と ホトケ と ムジョウ の ニオイ が ただよって いた。
 ヘクトー は ゲンキ なさそう に シッポ を たれて、 ワタクシ の ほう へ セナカ を むけて いた。 チョウズバチ を はなれた とき、 ワタクシ は カレ の クチ から ながれる ヨダレ を みた。
「どうか して やらない と いけない。 ビョウキ だ から」 と いって、 ワタクシ は カンゴフ を かえりみた。 ワタクシ は その とき まだ カンゴフ を つかって いた の で ある。
 ワタクシ は ツギ の ヒ も トクサ の ナカ に ねて いる カレ を ヒトメ みた。 そうして おなじ コトバ を カンゴフ に くりかえした。 しかし ヘクトー は それ イライ スガタ を かくした ぎり ふたたび ウチ へ かえって こなかった。
「イシャ へ つれて ゆこう と おもって、 さがした けれども どこ にも おりません」
 ウチ の モノ は こう いって ワタクシ の カオ を みた。 ワタクシ は だまって いた。 しかし ハラ の ナカ では カレ を もらいうけた トウジ の こと さえ おもいおこされた。 トドケショ を だす とき、 シュルイ と いう シタ へ アイノコ と かいたり、 イロ と いう ジ の シタ へ アカマダラ と かいた コッケイ も かすか に ムネ に うかんだ。
 カレ が いなく なって ヤク 1 シュウカン も たった と おもう コロ、 1~2 チョウ へだたった ある ヒト の イエ から ゲジョ が ツカイ に きた。 その ヒト の ニワ に ある イケ の ナカ に イヌ の シガイ が ういて いる から ひきあげて クビワ を あらためて みる と、 ワタクシ の イエ の ナマエ が ほりつけて あった ので、 しらせ に きた と いう の で ある。 ゲジョ は 「こちら で うめて おきましょう か」 と たずねた。 ワタクシ は すぐ クルマヤ を やって カレ を ひきとらせた。
 ワタクシ は ゲジョ を わざわざ よこして くれた ウチ が どこ に ある か しらなかった。 ただ ワタクシ の コドモ の ジブン から おぼえて いる ふるい テラ の ソバ だろう と ばかり かんがえて いた。 それ は ヤマガ ソコウ の ハカ の ある テラ で、 サンモン の テマエ に、 キュウバク ジダイ の キネン の よう に、 ふるい エノキ が 1 ポン たって いる の が、 ワタクシ の ショサイ の キタ の エン から あまた の ヤネ を こして よく みえた。
 クルマヤ は ムシロ の ナカ に ヘクトー の シガイ を くるんで かえって きた。 ワタクシ は わざと それ に ちかづかなかった。 シラキ の ちいさい ボヒョウ を かって こさして、 それ へ 「アキカゼ の きこえぬ ツチ に うめて やりぬ」 と いう イック を かいた。 ワタクシ は それ を ウチ の モノ に わたして、 ヘクトー の ねむって いる ツチ の ウエ に たてさせた。 カレ の ハカ は ネコ の ハカ から ヒガシキタ に あたって、 ほぼ 1 ケン ばかり はなれて いる が、 ワタクシ の ショサイ の、 さむい ヒ の てらない キタガワ の エン に でて、 ガラスド の ウチ から、 シモ に あらされた ウラニワ を のぞく と、 フタツ とも よく みえる。 もう うすぐろく くちかけた ネコ の に くらべる と、 ヘクトー の は まだ なまなましく ひかって いる。 しかし まもなく フタツ とも おなじ イロ に ふるびて、 おなじく ヒト の メ に つかなく なる だろう。

 6

 ワタクシ は その オンナ に ゼンゴ 4~5 カイ あった。
 はじめて たずねられた とき ワタクシ は ルス で あった。 トリツギ の モノ が ショウカイジョウ を もって くる よう に チュウイ したら、 カノジョ は べつに そんな もの を もらう ところ が ない と いって かえって いった そう で ある。
 それから 1 ニチ ほど たって、 オンナ は テガミ で じかに ワタクシ の ツゴウ を キキアワセ に きた。 その テガミ の フウトウ から、 ワタクシ は オンナ が つい メ と ハナ の アイダ に すんで いる こと を しった。 ワタクシ は すぐ ヘンジ を かいて メンカイビ を シテイ して やった。
 オンナ は ヤクソク の ジカン を たがえず きた。 ミツガシワ の モン の ついた ハデ な イロ の チリメン の ハオリ を きて いる の が、 いちばん サキ に ワタクシ の メ に うつった。 オンナ は ワタクシ の かいた もの を たいてい よんで いる らしかった。 それで ハナシ は おおく そちら の ホウメン へ ばかり のびて いった。 しかし ジブン の チョサク に ついて ショケン の ヒト から サンジ ばかり うけて いる の は、 ありがたい よう で はなはだ こそばゆい もの で ある。 ジツ を いう と ワタクシ は ヘキエキ した。
 1 シュウカン おいて オンナ は ふたたび きた。 そうして ワタクシ の サクブツ を また ほめて くれた。 けれども ワタクシ の ココロ は むしろ そういう ワダイ を さけたがって いた。 3 ド-メ に きた とき、 オンナ は ナニ か に カンゲキ した もの と みえて、 タモト から ハンケチ を だして、 しきり に ナミダ を ぬぐった。 そうして ワタクシ に ジブン の これまで ケイカ して きた かなしい レキシ を かいて くれない か と たのんだ。 しかし その ハナシ を きかない ワタクシ には なんと いう ヘンジ も あたえられなかった。 ワタクシ は オンナ に むかって、 よし かく に した ところ で メイワク を かんずる ヒト が でて き は しない か と きいて みた。 オンナ は ぞんがい はっきり した クチョウ で、 ジツミョウ さえ ださなければ かまわない と こたえた。 それで ワタクシ は とにかく カノジョ の ケイレキ を きく ため に、 とくに ジカン を こしらえた。
 すると その ヒ に なって、 オンナ は ワタクシ に あいたい と いう ベツ の オンナ の ヒト を つれて きて、 レイ の ハナシ は この ツギ に のばして もらいたい と いった。 ワタクシ には もとより カノジョ の イヤク を せめる キ は なかった。 フタリ を アイテ に セケンバナシ を して わかれた。
 カノジョ が サイゴ に ワタクシ の ショサイ に すわった の は その ツギ の ヒ の バン で あった。 カノジョ は ジブン の マエ に おかれた キリ の テアブリ の ハイ を、 シンチュウ の ヒバシ で つっつきながら、 かなしい ミノウエバナシ を はじめる マエ、 だまって いる ワタクシ に こう いった。
「コノアイダ は コウフン して ワタクシ の こと を かいて いただきたい よう に もうしあげました が、 それ は ヤメ に いたします。 ただ センセイ に きいて いただく だけ に して おきます から、 どうか その おつもり で……」
 ワタクシ は それ に たいして こう こたえた。
「アナタ の キョダク を えない イジョウ は、 たとい どんな に かきたい コトガラ が でて きて も けっして かく キヅカイ は ありません から ゴアンシン なさい」
 ワタクシ が ジュウブン な ホショウ を オンナ に あたえた ので、 オンナ は それでは と いって、 カノジョ の 7~8 ネン マエ から の ケイレキ を はなしはじめた。 ワタクシ は もくねん と して オンナ の カオ を みまもって いた。 しかし オンナ は おおく メ を ふせて ヒバチ の ナカ ばかり ながめて いた。 そうして きれい な ユビ で、 シンチュウ の ヒバシ を にぎって は、 ハイ の ナカ へ つきさした。
 ときどき フ に おちない ところ が でて くる と、 ワタクシ は オンナ に むかって みじかい シツモン を かけた。 オンナ は タンカン に また ワタクシ の ナットク できる よう に コタエ を した。 しかし タイテイ は ジブン ヒトリ で クチ を きいて いた ので、 ワタクシ は むしろ モクゾウ の よう に じっと して いる だけ で あった。
 やがて オンナ の ホオ は ほてって あかく なった。 オシロイ を つけて いない せい か、 その ほてった ホオ の イロ が いちじるしく ワタクシ の メ に ついた。 ウツムキ に なって いる ので、 たくさん ある くろい カミノケ も しぜん ワタクシ の チュウイ を ひく タネ に なった。

 7

 オンナ の コクハク は きいて いる ワタクシ を いきぐるしく した くらい に ヒツウ を きわめた もの で あった。 カノジョ は ワタクシ に むかって こんな シツモン を かけた。――
「もし センセイ が ショウセツ を おかき に なる バアイ には、 その オンナ の シマツ を どう なさいます か」
 ワタクシ は ヘントウ に きゅうした。
「オンナ の しぬ ほう が いい と おおもい に なります か、 それとも いきて いる よう に おかき に なります か」
 ワタクシ は どちら に でも かける と こたえて、 あんに オンナ の ケシキ を うかがった。 オンナ は もっと はっきり した アイサツ を ワタクシ から ヨウキュウ する よう に みえた。 ワタクシ は しかたなし に こう こたえた。――
「いきる と いう こと を ニンゲン の チュウシンテン と して かんがえれば、 ソノママ に して いて さしつかえない でしょう。 しかし うつくしい もの や けだかい もの を イチギ に おいて ニンゲン を ヒョウカ すれば、 モンダイ が ちがって くる かも しれません」
「センセイ は どちら を おえらび に なります か」
 ワタクシ は また チュウチョ した。 だまって オンナ の いう こと を きいて いる より ホカ に シカタ が なかった。
「ワタクシ は イマ もって いる この うつくしい ココロモチ が、 ジカン と いう もの の ため に だんだん うすれて ゆく の が こわくって たまらない の です。 この キオク が きえて しまって、 ただ まんぜん と タマシイ の ヌケガラ の よう に いきて いる ミライ を ソウゾウ する と、 それ が クツウ で クツウ で おそろしくって たまらない の です」
 ワタクシ は オンナ が イマ ひろい セカイ の ナカ に たった ヒトリ たって、 イッスン も ミウゴキ の できない イチ に いる こと を しって いた。 そうして それ が ワタクシ の チカラ で どう する わけ にも いかない ほど に、 せっぱつまった キョウグウ で ある こと も しって いた。 ワタクシ は テ の ツケヨウ の ない ヒト の クツウ を ボウカン する イチ に たたせられて じっと して いた。
 ワタクシ は フクヤク の ジカン を はかる ため、 キャク の マエ も はばからず つねに タモトドケイ を ザブトン の ワキ に おく クセ を もって いた。
「もう 11 ジ だ から おかえりなさい」 と ワタクシ は シマイ に オンナ に いった。 オンナ は いや な カオ も せず に たちあがった。 ワタクシ は また 「ヨ が ふけた から おくって いって あげましょう」 と いって、 オンナ と ともに クツヌギ に おりた。
 その とき うつくしい ツキ が しずか な ヨ を のこる くまなく てらして いた。 オウライ へ でる と、 ひっそり した ツチ の ウエ に ひびく ゲタ の オト は まるで きこえなかった。 ワタクシ は フトコロデ を した まま ボウシ も かぶらず に、 オンナ の アト に ついて いった。 マガリカド の ところ で オンナ は ちょっと エシャク して、 「センセイ に おくって いただいて は もったいのう ございます」 と いった。 「もったいない わけ が ありません。 おなじ ニンゲン です」 と ワタクシ は こたえた。
 ツギ の マガリカド へ きた とき オンナ は 「センセイ に おくって いただく の は コウエイ で ございます」 と また いった。 ワタクシ は 「ホントウ に コウエイ と おもいます か」 と マジメ に たずねた。 オンナ は カンタン に 「おもいます」 と はっきり こたえた。 ワタクシ は 「そんなら しなず に いきて いらっしゃい」 と いった。 ワタクシ は オンナ が この コトバ を どう カイシャク した か しらない。 ワタクシ は それから 1 チョウ ばかり いって、 また ウチ の ほう へ ひきかえした の で ある。
 むせっぽい よう な くるしい ハナシ を きかされた ワタクシ は、 その ヨ かえって ニンゲン-らしい いい ココロモチ を ヒサシブリ に ケイケン した。 そうして それ が たっとい ブンゲイジョウ の サクブツ を よんだ アト の キブン と おなじ もの だ と いう こと に キ が ついた。 ユウラクザ や テイゲキ へ いって トクイ に なって いた ジブン の カコ の カゲボウシ が なんとなく あさましく かんぜられた。

 8

 フユカイ に みちた ジンセイ を とぼとぼ たどりつつ ある ワタクシ は、 ジブン の いつか イチド トウチャク しなければ ならない シ と いう キョウチ に ついて つねに かんがえて いる。 そうして その シ と いう もの を セイ より は ラク な もの だ と ばかり しんじて いる。 ある とき は それ を ニンゲン と して たっしうる サイジョウ シコウ の ジョウタイ だ と おもう こと も ある。
「シ は セイ より も たっとい」
 こういう コトバ が チカゴロ では たえず ワタクシ の ムネ を オウライ する よう に なった。
 しかし ゲンザイ の ワタクシ は イマ マノアタリ に いきて いる。 ワタクシ の フボ、 ワタクシ の ソフボ、 ワタクシ の ソウソフボ、 それから ジュンジ に さかのぼって、 100 ネン、 200 ネン、 ないし センネン マンネン の アイダ に ジュンチ された シュウカン を、 ワタクシ イチダイ で ゲダツ する こと が できない ので、 ワタクシ は いぜん と して この セイ に シュウジャク して いる の で ある。
 だから ワタクシ の ヒト に あたえる ジョゴン は どうしても この セイ の ゆるす ハンイナイ に おいて しなければ すまない よう に おもう。 どういう ふう に いきて ゆく か と いう せまい クイキ の ナカ で ばかり、 ワタクシ は ジンルイ の 1 ニン と して タ の ジンルイ の 1 ニン に むかわなければ ならない と おもう。 すでに セイ の ナカ に カツドウ する ジブン を みとめ、 また その セイ の ナカ に コキュウ する タニン を みとめる イジョウ は、 タガイ の コンポンギ は いかに くるしくて も いかに みにくくて も この セイ の ウエ に おかれた もの と カイシャク する の が アタリマエ で ある から。
「もし いきて いる の が クツウ なら しんだら いい でしょう」
 こうした コトバ は、 どんな に なさけなく ヨ を かんずる ヒト の クチ から も ききえない だろう。 イシャ など は やすらか な ネムリ に おもむこう と する ビョウニン に、 わざと チュウシャ の ハリ を たてて、 カンジャ の クツウ を イッコク でも のばす クフウ を こらして いる。 こんな ゴウモン に ちかい ショサ が、 ニンゲン の トクギ と して ゆるされて いる の を みて も、 いかに ねづよく ワレワレ が セイ の イチジ に シュウジャク して いる か が わかる。 ワタクシ は ついに その ヒト に シ を すすめる こと が できなかった。
 その ヒト は とても カイフク の ミコミ の つかない ほど ふかく ジブン の ムネ を きずつけられて いた。 ドウジ に その キズ が フツウ の ヒト の ケイケン に ない よう な うつくしい オモイデ の タネ と なって その ヒト の オモテ を かがやかして いた。
 カノジョ は その うつくしい もの を ホウセキ の ごとく ダイジ に エイキュウ カノジョ の ムネ の オク に だきしめて いたがった。 フコウ に して、 その うつくしい もの は とり も なおさず カノジョ を シ イジョウ に くるしめる テキズ ソノモノ で あった。 フタツ の もの は カミ の ウラオモテ の ごとく とうてい ひきはなせない の で ある。
 ワタクシ は カノジョ に むかって、 スベテ を いやす 「トキ」 の ナガレ に したがって くだされ と いった。 カノジョ は もし そう したら この タイセツ な キオク が しだいに はげて ゆく だろう と なげいた。
 コウヘイ な 「トキ」 は ダイジ な タカラモノ を カノジョ の テ から うばう カワリ に、 その キズグチ も しだいに リョウジ して くれる の で ある。 はげしい セイ の カンキ を ユメ の よう に ぼかして しまう と ドウジ に、 イマ の カンキ に ともなう なまなましい クツウ も とりのける シュダン を おこたらない の で ある。
 ワタクシ は ふかい レンアイ に ねざして いる ネツレツ な キオク を とりあげて も、 カノジョ の キズグチ から したたる チシオ を 「トキ」 に ぬぐわしめよう と した。 いくら ヘイボン でも いきて ゆく ほう が しぬ より も ワタクシ から みた カノジョ には テキトウ だった から で ある。
 かくして つねに セイ より も シ を たっとい と しんじて いる ワタクシ の キボウ と ジョゴン は、 ついに この フユカイ に みちた セイ と いう もの を チョウエツ する こと が できなかった。 しかも ワタクシ には それ が ジッコウジョウ に おける ジブン を、 ボンヨウ な シゼン シュギシャ と して ショウコ-だてた よう に みえて ならなかった。 ワタクシ は イマ でも ハンシン ハンギ の メ で じっと ジブン の ココロ を ながめて いる。
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ガラスド の ウチ 2

2018-02-19 | ナツメ ソウセキ
 9

 ワタクシ が コウトウ ガッコウ に いた コロ、 ヒカクテキ したしく つきあった トモダチ の ナカ に O と いう ヒト が いた。 その ジブン から あまり オオク の ホウユウ を もたなかった ワタクシ には、 しぜん O と ユキキ を しげく する よう な ケイコウ が あった。 ワタクシ は たいてい 1 シュウ に イチド くらい の ワリ で カレ を たずねた。 ある トシ の ショチュウ キュウカ など には、 マイニチ かかさず マサゴ-チョウ に ゲシュク して いる カレ を さそって、 オオカワ の スイエイジョウ まで いった。
 O は トウホク の ヒト だ から、 クチ の キキカタ に ワタクシ など と ちがった ドン で ゆったり した チョウシ が あった。 そうして その チョウシ が いかにも よく カレ の セイシツ を ダイヒョウ して いる よう に おもわれた。 ナンド と なく カレ と ギロン を した キオク の ある ワタクシ は、 ついに カレ の おこったり げきしたり する カオ を みる こと が できず に しまった。 ワタクシ は それ だけ でも じゅうぶん カレ を ケイアイ に あたいする チョウシャ と して みとめて いた。
 カレ の セイシツ が オウヨウ で ある ごとく、 カレ の ズノウ も ワタクシ より は はるか に おおきかった。 カレ は つねに トウジ の ワタクシ には、 カンガエ の およばない よう な モンダイ を ヒトリ で かんがえて いた。 カレ は サイショ から リカ へ はいる モクテキ を もって いながら、 このんで テツガク の ショモツ など を ひもといた。 ワタクシ は ある とき カレ から スペンサー の ダイイチ ゲンリ と いう ホン を かりた こと を いまだに わすれず に いる。
 ソラ の すみきった アキビヨリ など には、 よく フタリ つれだって、 アシ の むく ほう へ カッテ な ハナシ を しながら あるいて いった。 そうした バアイ には、 オウライ へ ヘイゴシ に さしでた キ の エダ から、 キイロ に そまった ちいさい ハ が、 カゼ も ない のに、 はらはら と ちる ケシキ を よく みた。 それ が ぐうぜん カレ の メ に ふれた とき、 カレ は 「あっ さとった」 と ひくい コエ で さけんだ こと が あった。 ただ アキ の イロ の クウ に うごく の を うつくしい と かんずる より ホカ に ノウ の ない ワタクシ には、 カレ の コトバ が ふうじこめられた ある ヒミツ の フチョウ と して あやしい ヒビキ を ミミ に つたえる ばかり で あった。 「サトリ と いう もの は ミョウ な もの だな」 と カレ は その アト から ヘイゼイ の ゆったり した チョウシ で ヒトリゴト の よう に セツメイ した とき も、 ワタクシ には ヒトクチ の アイサツ も できなかった。
 カレ は ヒンセイ で あった。 オオガンノン の ソバ を マガリ を して ジスイ して いた コロ には、 よく カラザケ を やいて わびしい ショクタク に ワタクシ を つかせた。 ある とき は モチガシ の カワリ に ニマメ を かって きて、 タケ の カワ の まま ソウホウ から つっつきあった。
 ダイガク を ソツギョウ する と まもなく カレ は チホウ の チュウガク に フニン した。 ワタクシ は カレ の ため に それ を ザンネン に おもった。 しかし カレ を しらない ダイガク の センセイ には、 それ が むしろ トウゼン と みえた かも しれない。 カレ ジシン は むろん ヘイキ で あった。 それから ナンネン か の ノチ に、 たしか 3 ネン の ケイヤク で、 シナ の ある ガッコウ の キョウシ に やとわれて いった が、 ニンキ が みちて かえる と すぐ また ナイチ の チュウガク コウチョウ に なった。 それ も アキタ から ヨコテ に うつされて、 イマ では カバフト の コウチョウ を して いる の で ある。
 キョネン ジョウキョウ した ツイデ に ヒサシブリ で ワタクシ を たずねて くれた とき、 トリツギ の モノ から メイシ を うけとった ワタクシ は、 すぐ その アシ で ザシキ へ いって、 イツモ の とおり キャク より サキ に セキ に ついて いた。 すると ロウカヅタイ に ヘヤ の イリグチ まで きた カレ は、 ザブトン の ウエ に きちんと すわって いる ワタクシ の スガタ を みる や いなや、 「いやに すまして いる な」 と いった。
 その とき ムコウ の コトバ が おわる か おわらない うち に 「うん」 と いう ヘンジ が いつか ワタクシ の クチ を すべって でて しまった。 どうして ワタクシ の ワルクチ を ジブン で コウテイ する よう な この アイサツ が、 それほど シゼン に、 それほど ぞうさなく、 それほど こだわらず に、 するする と ワタクシ の ノド を すべりこした もの だろう か。 ワタクシ は その とき トウメイ な いい ココロモチ が した。

 10

 むかいあって ザ を しめた O と ワタクシ とは、 ナニ より サキ に タガイ の カオ を みかえして、 そこ に まだ ムカシ の まま の オモカゲ が、 なつかしい ユメ の キネン の よう に のこって いる の を みとめた。 しかし それ は あたかも ふるい ココロ が あたらしい キブン の ナカ に ぼんやり おりこまれて いる と おなじ こと で、 うすぐらく イチメン に かすんで いた。 おそろしい 「トキ」 の イリョク に テイコウ して、 ふたたび モト の スガタ に かえる こと は、 フタリ に とって もう フカノウ で あった。 フタリ は わかれて から イマ あう まで の アイダ に はさまって いる カコ と いう フシギ な もの を かえりみない わけ に いかなかった。
 O は ムカシ リンゴ の よう に あかい ホオ と、 ヒトイチバイ おおきな まるい メ と、 それから オンナ に てきした ほど ふっくり した リンカク に つつまれた カオ を もって いた。 イマ みて も やはり あかい ホオ と まるい メ と、 おなじく ほねばらない リンカク の モチヌシ では ある が、 それ が ムカシ とは どこ か ちがって いる。
 ワタクシ は カレ に ワタクシ の クチヒゲ と モミアゲ を みせた。 カレ は また ワタクシ の ため に ジブン の アタマ を なでて みせた。 ワタクシ の は しろく なって、 カレ の は うすく はげかかって いる の で ある。
「ニンゲン も カバフト まで ゆけば、 もう ユクサキ は なかろう な」 と ワタクシ が からかう と、 カレ は 「まあ そんな もの だ」 と こたえて、 ワタクシ の まだ みた こと の ない カバフト の ハナシ を いろいろ して きかせた。 しかし ワタクシ は イマ それ を みんな わすれて しまった。 ナツ は たいへん いい ところ だ と いう こと を おぼえて いる だけ で ある。
 ワタクシ は イクネン-ぶり か で、 カレ と イッショ に オモテ へ でた。 カレ は フロック の ウエ へ、 トンビ の よう な ガイトウ を ぶわぶわ に きて いた。 そうして デンシャ の ナカ で ツリカワ に ぶらさがりながら、 カクシ から ハンケチ に つつんだ もの を だして ワタクシ に みせた。 ワタクシ は 「ナン だ」 と きいた。 カレ は 「クリマンジュウ だ」 と こたえた。 クリマンジュウ は さっき カレ が ワタクシ の ウチ に いた とき に だした カシ で あった。 カレ が いつのまに、 それ を ハンケチ に つつんだろう か と かんがえた とき、 ワタクシ は ちょっと おどろかされた。
「あの クリマンジュウ を とって きた の か」
「そう かも しれない」
 カレ は ワタクシ の おどろいた ヨウス を バカ に する よう な チョウシ で こう いった なり、 その ハンケチ の ツツミ を また カクシ に おさめて しまった。
 ワレワレ は その バン テイゲキ へ いった。 ワタクシ の テ に いれた 2 マイ の キップ に キタガワ から はいれ と いう チュウイ が かいて あった の を、 つい まちがえて、 ミナミガワ へ まわろう と した とき、 カレ は 「そっち じゃ ない よ」 と ワタクシ に チュウイ した。 ワタクシ は ちょっと たちどまって かんがえた うえ、 「なるほど ホウガク は カバフト の ほう が たしか な よう だ」 と いいながら、 また シテイ された イリグチ の ほう へ ひきかえした。
 カレ は ハジメ から テイゲキ を しって いる と いって いた。 しかし バンサン を すました アト で、 ジブン の セキ へ かえろう と する とき、 ダレ でも やる とおり、 2 カイ と 1 カイ の ドアー を まちがえて、 ワタクシ から わらわれた。
 おりおり カクシ から キンブチ の メガネ を だして、 テ に もった スリモノ を よんで みる カレ は、 その メガネ を はずさず に とおい ブタイ を ヘイキ で ながめて いた。
「それ は ロウガンキョウ じゃ ない か。 よく それ で とおい ところ が みえる ね」
「なに チャブドー だ」
 ワタクシ には この チャブドー と いう イミ が まったく わからなかった。 カレ は それ を タイサ なし と いう シナゴ だ と いって セツメイ して くれた。
 その ヨ の カエリ に デンシャ の ナカ で ワタクシ と わかれた ぎり、 カレ は また とおい さむい ニホン の リョウチ の キタ の ハズレ に いって しまった。
 ワタクシ は カレ を おもいだす たび に、 タツジン と いう カレ の ナ を かんがえる。 すると その ナ が とくに カレ の ため に テン から あたえられた よう な ココロモチ に なる。 そうして その タツジン が ユキ と コオリ に とざされた キタ の ハテ に、 まだ チュウガク コウチョウ を して いる の だな と おもう。

 11

 ある オクサン が ある オンナ の ヒト を ワタクシ に ショウカイ した。
「ナニ か かいた もの を みて いただきたい の だ そう で ございます」
 ワタクシ は オクサン の この コトバ から、 アタマ の ナカ で イロイロ の こと を かんがえさせられた。 イマ まで ワタクシ の ところ へ ジブン の かいた もの を よんで くれ と いって きた モノ は ナンニン と なく ある。 その ナカ には ゲンコウシ の アツサ で、 1 スン または 2 スン ぐらい の カサ に なる タイブ の もの も まじって いた。 それ を ワタクシ は ジカン の ツゴウ の ゆるす かぎり なるべく よんだ。 そうして カンタン な ワタクシ は ただ よみ さえ すれば ジブン の たのまれた ギム を はたした もの と こころえて マンゾク して いた。 ところが センポウ では アト から シンブン に だして くれ と いったり、 ザッシ へ のせて もらいたい と たのんだり する の が ツネ で あった。 ナカ には ヒト に よませる の は シュダン で、 ゲンコウ を カネ に かえる の が ホンライ の モクテキ で ある よう に おもわれる の も すくなく は なかった。 ワタクシ は しらない ヒト の かいた よみにくい ゲンコウ を コウイテキ に よむ の が だんだん いや に なって きた。
 もっとも ワタクシ の ジカン に キョウシ を して いた コロ から みる と、 タショウ の ダンリョクセイ が できて きた には ソウイ なかった。 それでも ジブン の シゴト に かかれば ハラ の ナカ は ずいぶん タボウ で あった。 シンセツズク で みて やろう と ヤクソク した ゲンコウ すら、 なかなか ラチ の あかない バアイ も ない とは かぎらなかった。
 ワタクシ は ワタクシ の アタマ で かんがえた とおり の こと を そのまま オクサン に はなした。 オクサン は よく ワタクシ の いう イミ を リョウカイ して かえって いった。 ヤクソク の オンナ が ワタクシ の ザシキ へ きて、 ザブトン の ウエ に すわった の は それから まもなく で あった。 わびしい アメ が いまにも ふりだしそう な くらい ソラ を、 ガラスド-ゴシ に ながめながら、 ワタクシ は オンナ に こんな ハナシ を した。――
「これ は シャコウ では ありません。 おたがいに テイサイ の いい こと ばかり いいあって いて は、 いつまで たったって、 ケイハツ される はず も、 リエキ を うける わけ も ない の です。 アナタ は おもいきって ショウジキ に ならなければ ダメ です よ。 ジブン さえ ジュウブン に カイホウ して みせれば、 イマ アナタ が どこ に たって どっち を むいて いる か と いう ジッサイ が、 ワタクシ に よく みえて くる の です。 そうした とき、 ワタクシ は はじめて アナタ を シドウ する シカク を、 アナタ から あたえられた もの と ジカク して も よろしい の です。 だから ワタクシ が ナニ か いったら、 ハラ に こたえ べき ある もの を もって いる イジョウ、 けっして だまって いて は いけません。 こんな こと を いったら わらわれ は しまい か、 ハジ を かき は しまい か、 または シツレイ だ と いって おこられ は しまい か など と エンリョ して、 アイテ に ジブン と いう ショウタイ を くろく ぬりつぶした ところ ばかり しめす クフウ を する ならば、 ワタクシ が いくら アナタ に リエキ を あたえよう と あせって も、 ワタクシ の いる ヤ は ことごとく アダヤ に なって しまう だけ です」
「これ は ワタクシ の アナタ に たいする チュウモン です が、 そのかわり ワタクシ の ほう でも この ワタクシ と いう もの を かくし は いたしません。 アリノママ を さらけだす より ホカ に、 アナタ を おしえる ミチ は ない の です。 だから ワタクシ の カンガエ の どこ か に スキ が あって、 その スキ を もし アナタ から みやぶられたら、 ワタクシ は アナタ に ワタクシ の ジャクテン を にぎられた と いう イミ で ハイボク の ケッカ に おちいる の です。 オシエ を うける ヒト だけ が ジブン を カイホウ する ギム を もって いる と おもう の は まちがって います。 おしえる ヒト も オノレ を アナタ の マエ に うちあける の です。 ソウホウ とも シャコウ を はなれて カンパ しあう の です」
「そういう ワケ で ワタクシ は これから アナタ の かいた もの を ハイケン する とき に、 ずいぶん てひどい こと を おもいきって いう かも しれません が、 しかし おこって は いけません。 アナタ の カンジョウ を がいする ため に いう の では ない の です から。 そのかわり アナタ の ほう でも フ に おちない ところ が あったら どこまでも きりこんで いらっしゃい。 アナタ が ワタクシ の シュイ を リョウカイ して いる イジョウ、 ワタクシ は けっして おこる はず は ありません から」
「ようするに これ は ただ ゲンジョウ イジ を モクテキ と して、 ウワスベリ な エンカツ を シュイ に おく シャコウ とは まったく ベツモノ なの です。 わかりました か」
 オンナ は わかった と いって かえって いった。

 12

 ワタクシ に タンザク を かけ の、 シ を かけ の と いって くる ヒト が ある。 そうして その タンザク やら ヌメ やら を まだ ショウダク も しない うち に おくって くる。 サイショ の うち は せっかく の キボウ を ム に する の も キノドク だ と いう カンガエ から、 まずい ジ とは おもいながら、 センポウ の イウナリ に なって かいて いた。 けれども こうした コウイ は エイゾク しにくい もの と みえて、 だんだん オオク の ヒト の イライ を ム に する よう な ケイコウ が つよく なって きた。
 ワタクシ は スベテ の ニンゲン を、 マイニチ マイニチ ハジ を かく ため に うまれて きた もの だ と さえ かんがえる こと も ある の だ から、 ヘン な ジ を ヒト に おくって やる くらい の ショサ は、 あえて しよう と おもえば、 やれない とも かぎらない の で ある。 しかし ジブン が ビョウキ の とき、 シゴト の いそがしい とき、 または そんな マネ の したく ない とき に、 そういう チュウモン が ひきつづいて おこって くる と、 じっさい よわらせられる。 カレラ の オオク は まったく ワタクシ の しらない ヒト で、 そうして ジブン たち の おくった タンザク を ふたたび おくりかえす こちら の テスウ さえ、 まるで ガンチュウ に おいて いない よう に みえる の だ から。
 その ウチ で いちばん ワタクシ を フユカイ に した の は バンシュウ の サコシ に いる イワサキ と いう ヒト で あった。 この ヒト は スウネン-ゼン よく ハガキ で ワタクシ に ハイク を かいて くれ と たのんで きた から、 その つど ムコウ の いう とおり かいて おくった キオク の ある オトコ で ある。 その ノチ の こと で ある が、 カレ は また シカク な うすい コヅツミ を ワタクシ に おくった。 ワタクシ は それ を あける の さえ メンドウ だった から、 つい ソノママ に して ショサイ へ ほうりだして おいたら、 ゲジョ が ソウジ を する とき、 つい ショモツ と ショモツ の アイダ へ はさみこんで、 まず ていよく しまいなくした スガタ に して しまった。
 この コヅツミ と ゼンゴ して、 ナゴヤ から チャ の カン が ワタクシ-アテ で とどいた。 しかし ダレ が なんの ため に おくった もの か その イミ は まったく わからなかった。 ワタクシ は エンリョ なく その チャ を のんで しまった。 すると ほどなく サコシ の オトコ から、 フジ トザン の エ を かえして くれ と いって きた。 カレ から そんな もの を もらった オボエ の ない ワタクシ は、 うちやって おいた。 しかし カレ は フジ トザン の エ を かえせ かえせ と 3 ド も 4 ド も サイソク して やまない。 ワタクシ は ついに この オトコ の セイシン ジョウタイ を うたがいだした。 「おおかた キチガイ だろう」 ワタクシ は ココロ の ナカ で こう きめた なり ムコウ の サイソク には いっさい とりあわない こと に した。
 それから 2~3 カゲツ たった。 たしか ナツ の ハジメ の コロ と キオク して いる が、 ワタクシ は あまり ランザツ に とりちらされた ショサイ の ナカ に すわって いる の が うっとうしく なった ので、 ヒトリ で ぽつぽつ そこいら を かたづけはじめた。 その とき ショモツ の セイリ を する ため、 イイカゲン に つみかさねて ある ジビキ や サンコウショ を、 1 サツ ずつ あらためて ゆく と、 おもいがけなく サコシ の オトコ が よこした レイ の コヅツミ が でて きた。 ワタクシ は イマ まで わすれて いた もの を、 まのあたり みて おどろいた。 さっそく フウ を といて ナカ を しらべたら、 ちいさく たたんだ エ が 1 マイ はいって いた。 それ が フジ トザン の ズ だった ので、 ワタクシ は また びっくり した。
 ツツミ の ナカ には この エ の ホカ に テガミ が 1 ツウ そえて あって、 それ に エ の サン を して くれ と いう イライ と、 オレイ に チャ を おくる と いう モンク が かいて あった。 ワタクシ は いよいよ おどろいた。
 しかし その とき の ワタクシ は とうてい フジ トザン の ズ など に サン を する ユウキ を もって いなかった。 ワタクシ の キブン が、 そんな こと とは はるか かけはなれた ところ に あった ので、 その エ に チョウワ する よう な ハイク を かんがえて いる ヒマ が なかった の で ある。 けれども ワタクシ は キョウシュク した。 ワタクシ は テイネイ な テガミ を かいて、 ジブン の タイマン を しゃした。 それから チャ の オレイ を いった。 サイゴ に フジ トザン の ズ を コヅツミ に して かえした。

 13

 ワタクシ は これ で イチダンラク ついた もの と おもって、 レイ の サコシ の オトコ の こと を、 それぎり ネントウ に おかなかった。 すると その オトコ が また タンザク を ふうじて よこした。 そうして コンド は ギシ に カンケイ の ある ク を かいて くれ と いう の で ある。 ワタクシ は そのうち かこう と いって やった。 しかし なかなか かく キカイ が こなかった ので、 つい ソノママ に なって しまった。 けれども しつこい この オトコ の ほう では けっして ソノママ に すます キ は なかった もの と みえて、 むやみ に サイソク を はじめだした。 その サイソク は 1 シュウ に イッペン か、 2 シュウ に イッペン の ワリ で きっと きた。 それ が かならず ハガキ に かぎって いて、 その カキダシ には、 かならず 「ハイケイ シッケイ もうしそうらえど も」 と ある に きまって いた。 ワタクシ は その ヒト の ハガキ を みる の が だんだん フユカイ に なって きた。
 ドウジ に ムコウ の サイソク も、 イマ まで ワタクシ の ヨキ して いなかった ヘン な トクショク を おびる よう に なった。 サイショ には チャ を やった では ない か と いう コトバ が みえた。 ワタクシ が それ に とりあわず に いる と、 コンド は あの チャ を かえして くれ と いう モンク に あらたまった。 ワタクシ は かえす こと は たやすい が、 その テカズ が メンドウ だ から、 トウキョウ まで とり に くれば かえして やる と いって やりたく なった。 けれども サコシ の オトコ に そういう テガミ を だす の は、 ジブン の ヒンカク に かかわる よう な キ が して あえて しきれなかった。 ヘンジ を うけとらない センポウ は なお の こと サイソク した。 チャ を かえさない なら それでも よい から、 キン 1 エン を その ダイカ と して おくって よこせ と いう の で ある。 ワタクシ の カンジョウ は この オトコ に たいして しだいに すさんで きた。 シマイ には とうとう ジブン を わすれる よう に なった。 チャ は のんで しまった、 タンザク は なくして しまった、 イライ ハガキ を よこす こと は いっさい ムヨウ で ある と かいて やった。 そうして ココロ の ウチ で、 ヒジョウ に にがにがしい キブン を ケイケン した。 こんな ヒ-シンシテキ な アイサツ を しなければ ならない よう な アナ の ナカ へ、 ワタクシ を おいこんだ の は、 この サコシ の オトコ で ある と おもった から で ある。 こんな オトコ の ため に、 ヒンカク にも せよ ジンカク にも せよ、 イクブン の ダラク を しのばなければ ならない の か と かんがえる と なさけなかった から で ある。
 しかし サコシ の オトコ は ヘイキ で あった。 チャ は のんで しまい、 タンザク は なくして しまう とは、 あまり と もうせば…… と また ハガキ に かいて きた。 そうして その ボウトウ には いぜん と して ハイケイ シッケイ もうしそうらえど も と いう モンク が キソク-どおり くりかえされて いた。
 その とき ワタクシ は もう この オトコ には とりあうまい と ケッシン した。 けれども ワタクシ の ケッシン は カレ の タイド に たいして なんの コウカ の ある はず は なかった。 カレ は あいかわらず サイソク を やめなかった。 そうして コンド は、 もう イチド かいて くれれば、 また チャ を おくって やる が どう だ と いって きた。 それから コト いやしくも ギシ に かんする の だ から、 ク を つくって も いい だろう と いって きた。
 しばらく ハガキ が チュウゼツ した と おもう と、 コンド は それ が フウショ に かわった。 もっとも その フウトウ は クヤクショ など で つかう きわめて やすい ネズミイロ の もの で あった が、 カレ は わざと それ に キッテ を はらない の で ある。 そのかわり ウラ に ジブン の セイメイ も かかず に トウカン して いた。 ワタクシ は それ が ため に、 バイ の ユウゼイ を 2 ド ほど はらわせられた。 サイゴ に ワタクシ は ハイタツフ に カレ の シメイ と ジュウショ と を おしえて、 フウ の まま センポウ へ ギャクソウ して もらった。 カレ は それ で 6 セン とられた せい か、 ようやく サイソク を ダンネン した らしい タイド に なった。
 ところが 2 カゲツ ばかり たって、 トシ が あらたまる と ともに、 カレ は ワタクシ に フツウ の ネンシジョウ を よこした。 それ が ワタクシ を ちょっと カンシン させた ので、 ワタクシ は つい タンザク へ ク を かいて おくる キ に なった。 しかし その オクリモノ は カレ を マンゾク させる に たりなかった。 カレ は タンザク が おれた とか、 よごれた とか いって、 しきり に カキナオシ を セイキュウ して やまない。 げんに コトシ の ショウガツ にも、 「シッケイ もうしそうらえど も……」 と いう イライジョウ が ナナ、 ヨウカ-ゴロ に とどいた。
 ワタクシ が こんな ヒト に であった の は うまれて はじめて で ある。

 14

 つい このあいだ ムカシ ワタクシ の ウチ へ ドロボウ の はいった とき の ハナシ を ヒカクテキ くわしく きいた。
 アネ が まだ フタリ とも かたづかず に いた ジブン の こと だ と いう から、 ネンダイ に する と、 たぶん ワタクシ の うまれる ゼンゴ に あたる の だろう、 なにしろ キンノウ とか サバク とか いう あらあらしい コトバ の はやった やかましい コロ なの で ある。
 ある ヨ 1 バンメ の アネ が、 ヨナカ に コヨウ に おきた アト、 テ を あらう ため に、 クグリド を あける と、 せまい ナカニワ の スミ に、 カベ を おしつける よう な イキオイ で たって いる ウメ の コボク の ネガタ が、 かっと あかるく みえた。 アネ は シリョ を めぐらす イトマ も ない うち に、 すぐ クグリド を しめて しまった が、 しめた アト で、 イマ モクゼン に みた フシギ な アカルサ を そこ に たちながら かんがえた の で ある。
 ワタクシ の オサナゴコロ に うつった この アネ の カオ は、 いまだに おもいおこそう と すれば、 いつでも メノマエ に うかぶ くらい あざやか で ある。 しかし その ゲンゾウ は すでに ヨメ に いって ハ を そめた アト の スガタ で ある から、 その とき エンガワ に たって かんがえて いた ムスメザカリ の カノジョ を、 イマ ムネ の ウチ に えがきだす こと は ちょっと コンナン で ある。
 ひろい ヒタイ、 あさぐろい ヒフ、 ちいさい けれども はっきり した リンカク を そなえて いる ハナ、 ヒトナミ より おおきい フタエマブチ の メ、 それから オサワ と いう やさしい ナ、 ――ワタクシ は ただ これら を ソウゴウ して、 その バアイ に おける アネ の スガタ を ソウゾウ する だけ で ある。
 しばらく たった まま かんがえて いた カノジョ の アタマ に、 この とき もしか する と カジ じゃ ない か と いう ケネン が おこった。 それで カノジョ は おもいきって また キリド を あけて ソト を のぞこう と する トタン に、 1 ポン の ひかる ヌキミ が、 ヤミ の ナカ から、 シカク に きった クグリド の ナカ へ すうと でた。 アネ は おどろいて ミ を アト へ ひいた。 その ヒマ に、 フクメン を した、 ガンドウ チョウチン を さげた オトコ が、 バットウ の まま、 ちいさい クグリド から オオゼイ ウチ の ナカ へ はいって きた の だ そう で ある。 ドロボウ の ニンズ は たしか 8 ニン とか きいた。
 カレラ は、 ヒト を あやめる ため に きた の では ない から、 おとなしく して いて くれ さえ すれば、 ウチ の モノ に キガイ は くわえない、 そのかわり グンヨウキン を かせ と いって、 チチ に せまった。 チチ は ない と ことわった。 しかし ドロボウ は なかなか ショウチ しなかった。 イマ カド の コクラヤ と いう サカヤ へ はいって、 そこ で おしえられて きた の だ から、 かくして も ダメ だ と いって うごかなかった。 チチ は ふしょうぶしょう に、 とうとう ナンマイ か の コバン を カレラ の マエ に ならべた。 カレラ は キンガク が あまり すくなすぎる と おもった もの か、 それでも なかなか かえろう と しない ので、 イマ まで トコ の ナカ に ねて いた ハハ が、 「アナタ の カミイレ に はいって いる の も やって おしまいなさい」 と チュウコク した。 その カミイレ の ナカ には 50 リョウ ばかり あった とか いう ハナシ で ある。 ドロボウ が でて いった アト で、 「ヨケイ な こと を いう オンナ だ」 と いって、 チチ は ハハ を しかりつけた そう で ある。
 その こと が あって イライ、 ワタクシ の イエ では ハシラ を キリクミ に して、 その ナカ へ アリガネ を かくす ホウホウ を こうじた が、 かくす ほど の ザイサン も できず、 また クロショウゾク を つけた ドロボウ も、 それぎり こない ので、 ワタクシ の セイチョウ する ジブン には、 どれ が キリクミ に して ある ハシラ か まるで わからなく なって いた。
 ドロボウ が でて ゆく とき、 「この ウチ は たいへん シマリ の いい ウチ だ」 と いって ほめた そう だ が、 その シマリ の いい ウチ を ドロボウ に おしえた コクラヤ の ハンベエ さん の アタマ には、 あくる ヒ から カスリキズ が イクツ と なく できた。 これ は カネ は ありません と ことわる たび に、 ドロボウ が そんな はず が ある もの か と いって は、 ヌキミ の サキ で ちょいちょい ハンベエ さん の アタマ を つっついた から だ と いう。 それでも ハンベエ さん は、 「どうしても ウチ には ありません、 ウラ の ナツメ さん には たくさん ある から、 あすこ へ いらっしゃい」 と ゴウジョウ を はりとおして、 とうとう カネ は イチモン も とられず に しまった。
 ワタクシ は この ハナシ を サイ から きいた。 サイ は また それ を ワタクシ の アニ から チャウケバナシ に きいた の で ある。

 15

 ワタクシ が キョネン の 11 ガツ ガクシュウイン で コウエン を したら、 ハクシャ と かいた カミヅツミ を アト から とどけて くれた。 リッパ な ミズヒキ が かかって いる ので、 それ を はずして ナカ を あらためる と、 5 エン サツ が 2 マイ はいって いた。 ワタクシ は その カネ を ヘイゼイ から キノドク に おもって いた、 ある コンイ な ゲイジュツカ に おくろう かしら と おもって、 あんに カレ の くる の を まちうけて いた。 ところが その ゲイジュツカ が まだ みえない サキ に、 ナニ か キフ の ヒツヨウ が できて きたり して、 つい 2 マイ とも ショウヒ して しまった。
 ヒトクチ で いう と、 この カネ は ワタクシ に とって けっして ムヨウ な もの では なかった の で ある。 セケン の トオリソウバ で、 リッパ に ワタクシ の ため に ショウヒ された と いう より ホカ に シカタ が ない の で ある。 けれども それ を ヒト に やろう と まで おもった ワタクシ の シュカン から みれば、 そんな に アリガタミ の フチャク して いない カネ には ソウイ なかった の で ある。 うちあけた ワタクシ の ココロモチ を いう と、 こうした オレイ を うける より うけない とき の ほう が よほど さっぱり して いた。
 クロヤナギ カイシュウ クン が チョギュウカイ の コウエン の こと で みえた とき、 ワタクシ は ハナシ の ツイデ と して ひととおり その リユウ を のべた。
「この バアイ ワタクシ は ロウリョク を うり に いった の では ない。 コウイズク で イライ に おうじた の だ から、 ムコウ でも コウイ だけ で ワタクシ に むくいたら よかろう と おもう。 もし ホウシュウ モンダイ と する キ なら、 サイショ から オレイ は いくら する が、 きて くれる か どう か と ソウダン す べき はず でしょう」
 その とき K クン は ナットク できない と いった よう な カオ を した。 そうして こう こたえた。
「しかし どう でしょう。 その 10 エン は アナタ の ロウリョク を かった と いう イミ で なくって、 アナタ に たいする カンシャ の イ を ひょうする ヒトツ の シュダン と みたら。 そう みる わけ には ゆかない の です か」
「シナモノ なら はっきり そう カイシャク も できる の です が、 フコウ にも オレイ が ふつう エイギョウテキ の バイバイ に シヨウ する カネ なの です から、 どっち とも とれる の です」
「どっち とも とれる なら、 この サイ ゼンイ の ほう に カイシャク した ほう が よく は ない でしょう か」
 ワタクシ は もっとも だ とも おもった。 しかし また こう こたえた。
「ワタクシ は ゴゾンジ の とおり ゲンコウリョウ で イショク して いる くらい です から、 むろん フユウ とは いえません。 しかし どうか こうか、 それ だけ で コンニチ を すごして ゆかれる の です。 だから ジブン の ショクギョウ イガイ の こと に かけて は、 なるべく コウイテキ に ヒト の ため に はたらいて やりたい と いう カンガエ を もって います。 そうして その コウイ が センポウ に つうじる の が、 ワタクシ に とって は、 ナニ より も たっとい ホウシュウ なの です。 したがって カネ など を うける と、 ワタクシ が ヒト の ため に はたらいて やる と いう ヨチ、 ――イマ の ワタクシ には この ヨチ が また きわめて せまい の です。 ――その キチョウ な ヨチ を フショク させられた よう な ココロモチ に なります」
 K クン は まだ ワタクシ の いう こと を うけがわない ヨウス で あった。 ワタクシ も ゴウジョウ で あった。
「もし イワサキ とか ミツイ とか いう ダイフゴウ に コウエン を たのむ と した バアイ に、 アト から 10 エン の オレイ を もって ゆく でしょう か、 あるいは シツレイ だ から と いって、 ただ アイサツ だけ に とどめて おく でしょう か。 ワタクシ の カンガエ では おそらく キンセン は もって ゆくまい と おもう の です が」
「さあ」 と いった だけ で K クン は はっきり した ヘンジ を あたえなかった。 ワタクシ には まだ いう こと が すこし のこって いた。
「オノボレ か は しりません が、 ワタクシ の アタマ は ミツイ イワサキ に くらべる ほど とんで いない に して も、 イッパン ガクセイ より は ずっと カネモチ に ちがいない と しんじて います」
「そう です とも」 と K クン は うなずいた。
「もし イワサキ や ミツイ に 10 エン の オレイ を もって ゆく こと が シツレイ ならば、 ワタクシ の ところ へ 10 エン の オレイ を もって くる の も シツレイ でしょう。 それ も その 10 エン が ブッシツジョウ ワタクシ の セイカツ に ヒジョウ な ウルオイ を あたえる なら、 また ホカ の イミ から この モンダイ を ながめる こと も できる でしょう が、 げんに ワタクシ は それ を ヒト に やろう と まで おもった の だ から。 ――ワタクシ の ゲンカ の ケイザイテキ セイカツ は、 この 10 エン の ため に、 ほとんど メ に たつ ほど の エイキョウ を こうむらない の だ から」
「よく かんがえて みましょう」 と いった K クン は にやにや わらいながら かえって いった。

 16

 ウチ の マエ の ダラダラザカ を おりる と、 1 ケン ばかり の オガワ に わたした ハシ が あって、 その ハシムコウ の すぐ ヒダリガワ に、 ちいさな トコヤ が みえる。 ワタクシ は たった イチド そこ で カミ を かって もらった こと が ある。
 ヘイゼイ は しろい カナキン の マク で、 ガラスド の オク が、 オウライ から みえない よう に して ある ので、 ワタクシ は その トコヤ の ドマ に たって、 カガミ の マエ に ザ を しめる まで、 テイシュ の カオ を まるで しらず に いた。
 テイシュ は ワタクシ の はいって くる の を みる と、 テ に もった シンブンシ を ほうりだして すぐ アイサツ を した。 その とき ワタクシ は どうも どこ か で あった こと の ある オトコ に ちがいない と いう キ が して ならなかった。 それで カレ が ワタクシ の ウシロ へ まわって、 ハサミ を ちょきちょき ならしだした コロ を みはからって、 こっち から ハナシ を もちかけて みた。 すると ワタクシ の スイサツドオリ、 カレ は ムカシ テラマチ の ユウビンキョク の ソバ に ミセ を もって、 イマ と おなじ よう に、 サンパツ を トセイ と して いた こと が わかった。
「タカタ の ダンナ など にも だいぶ オセワ に なりました」
 その タカタ と いう の は ワタクシ の イトコ なの だ から、 ワタクシ も おどろいた。
「へえ タカタ を しってる の かい」
「しってる どころ じゃ ございません。 しじゅう トク、 トク、 って ヒイキ に して くだすった もん です」
 カレ の コトバヅカイ は こういう ショクニン に して は むしろ テイネイ な ほう で あった。
「タカタ も しんだ よ」 と ワタクシ が いう と、 カレ は びっくり した チョウシ で 「へっ」 と コエ を あげた。
「いい ダンナ でした がね、 おしい こと に。 イツゴロ おなくなり に なりました」
「なに、 つい コノアイダ さ。 キョウ で 2 シュウカン に なる か、 ならない くらい の もの だろう」
 カレ は それから この しんだ イトコ に ついて、 いろいろ おぼえて いる こと を ワタクシ に かたった スエ、 「かんがえる と はやい もん です ね ダンナ、 つい キノウ の こと と しっきゃ おもわれない のに、 もう 30 ネン-ぢかく にも なる ん です から」 と いった。
「あの そら キュウユウテイ の ヨコチョウ に いらしって ね、……」 と テイシュ は また コトバ を つぎたした。
「うん、 あの 2 カイ の ある ウチ だろう」
「ええ オニカイ が ありましたっけ。 あすこ へ おうつり に なった とき なんか、 ホウボウサマ から オイワイモノ なんか あって、 たいへん ごさかん でした がね。 それから アト でしたっけ か、 ギョウガンジ の ジナイ へ オヒッコシ なすった の は」
 この シツモン は ワタクシ にも こたえられなかった。 じつは あまり ふるい こと なので、 ワタクシ も つい わすれて しまった の で ある。
「あの ジナイ も イマ じゃ たいへん かわった よう だね。 ヨウ が ない ので、 それから つい はいって みた こと も ない が」
「かわった の かわらない の って アナタ、 イマ じゃ まるで マチアイ ばかり でさあ」
 ワタクシ は サカナマチ を とおる たび に、 その ジナイ へ はいる タビヤ の カド の ほそい コウジ の イリグチ に、 ごたごた かかげられた シカク な ケントウ の おおい の を しって いた。 しかし その カズ を カンジョウ して みる ほど の ドウラクギ も おこらなかった ので、 つい テイシュ の いう こと には キ が つかず に いた。
「なるほど そう いえば タガソデ なんて カンバン が トオリ から みえる よう だね」
「ええ たくさん できました よ。 もっとも かわる はず です ね、 かんがえて みる と。 もう やがて 30 ネン にも なろう と いう ん です から。 ダンナ も ゴショウチ の とおり、 あの ジブン は ゲイシャヤ ったら、 ジナイ に たった 1 ケン しきゃ なかった もん でさあ。 アズマヤ って ね。 ちょうど そら タカタ の ダンナ の マンムコウ でしたろう、 アズマヤ の ゴジントウ の ぶらさがって いた の は」
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ガラスド の ウチ 3

2018-02-04 | ナツメ ソウセキ
 17

 ワタクシ は その アズマヤ を よく おぼえて いた。 イトコ の ウチ の つい ムコウ なので、 リョウホウ の モノ が デハイリ の たび に、 カオ を あわせ さえ すれば アイサツ を しあう くらい の アイダガラ で あった から。
 その コロ イトコ の イエ には、 ワタクシ の 2 バンメ の アニ が ごろごろ して いた。 この アニ は だいの ホウトウモノ で、 よく ウチ の カケモノ や トウケンルイ を ぬすみだして は、 それ を ニソク サンモン に うりとばす と いう わるい クセ が あった。 カレ が なんで イトコ の イエ に ころがりこんで いた の か、 その とき の ワタクシ には わからなかった けれども、 イマ かんがえる と、 あるいは そうした ランボウ を はたらいた ケッカ、 しばらく ウチ を おいだされて いた かも しれない と おもう。 その アニ の ホカ に、 まだ ショウ さん と いう、 これ も ワタクシ の ハハカタ の イトコ に あたる オトコ が、 そこいら に ぶらぶら して いた。
 こういう レンジュウ が いつでも ヒトツトコロ に おちあって は、 ねそべったり、 エンガワ へ コシ を かけたり して、 カッテ な デホウダイ を ならべて いる と、 ときどき ムコウ の ゲイシャヤ の タケゴウシ の マド から、 「こんちわ」 など と コエ を かけられたり する。 それ を また まちうけて でも いる ごとく に、 レンジュウ は 「おい ちょいと おいで、 いい もの ある から」 とか なんとか いって、 オンナ を よびよせよう と する。 ゲイシャ の ほう でも ヒルマ は ヒマ だ から、 3 ド に 1 ド は ゴアイキョウ に あそび に くる。 と いった フウ の チョウシ で あった。
 ワタクシ は その コロ まだ 17~18 だったろう、 そのうえ タイヘン な ハニカミヤ で とおって いた ので、 そんな ところ に いあわして も、 なんにも いわず に だまって スミ の ほう に ひっこんで ばかり いた。 それでも ワタクシ は ナニ か の ヒョウシ で、 これら の ヒトビト と イッショ に、 その ゲイシャヤ へ あそび に いって、 トランプ を した こと が ある。 まけた モノ は ナニ か おごらなければ ならない ので、 ワタクシ は ヒト の かった スシ や カシ を だいぶ くった。
 1 シュウカン ほど たって から、 ワタクシ は また この ノラクラ の アニ に つれられて おなじ ウチ へ あそび に いったら、 レイ の ショウ さん も セキ に いあわせて ハナシ が だいぶ はずんだ。 その とき サキマツ と いう わかい ゲイシャ が ワタクシ の カオ を みて、 「また トランプ を しましょう」 と いった。 ワタクシ は コクラ の ハカマ を はいて しかくばって いた が、 カイチュウ には 1 セン の コヅカイ さえ なかった。
「ボク は ゼニ が ない から いや だ」
「いい わ、 ワタシ が もってる から」
 この オンナ は その とき メ を やんで でも いた の だろう、 こう いいいい、 きれい な ジュバン の ソデ で しきり に うすあかく なった フタエマブチ を こすって いた。
 ソノゴ ワタクシ は 「オサク が いい オキャク に ひかされた」 と いう ウワサ を、 イトコ の ウチ で きいた。 イトコ の ウチ では、 この オンナ の こと を サキマツ と いわない で、 つねに オサク オサク と よんで いた の で ある。 ワタクシ は その ハナシ を きいた とき、 ココロ の ウチ で もう オサク に あう キカイ も こない だろう と かんがえた。
 ところが それから だいぶ たって、 ワタクシ が レイ の タツジン と イッショ に、 シバ の サンナイ の カンコウバ へ いったら、 そこ で また ぱったり オサク に であった。 こちら の ショセイ スガタ に ひきかえて、 カノジョ は もう ヒン の いい オクサマ に かわって いた。 ダンナ と いう の も カノジョ の ソバ に ついて いた。……
 ワタクシ は トコヤ の テイシュ の クチ から でた アズマヤ と いう ゲイシャヤ の ナマエ の オク に ひそんで いる これ だけ の ふるい ジジツ を キュウ に おもいだした の で ある。
「あすこ に いた オサク と いう オンナ を しってる かね」 と ワタクシ は テイシュ に きいた。
「しってる どころ か、 ありゃ ワタクシ の メイ でさあ」
「そう かい」
 ワタクシ は おどろいた。
「それで、 イマ どこ に いる の かね」
「オサク は なくなりました よ、 ダンナ」
 ワタクシ は また おどろいた。
「いつ」
「いつ って、 もう ムカシ の こと に なります よ。 たしか あれ が 23 の トシ でしたろう」
「へええ」
「しかも ウラジオ で なくなった ん です。 ダンナ が リョウジカン に カンケイ の ある ヒト だった もん です から、 あっち へ イッショ に ゆきまして ね。 それから まもなく でした、 しんだ の は」
 ワタクシ は かえって ガラスド の ウチ に すわって、 まだ しなず に いる モノ は、 ジブン と あの トコヤ の テイシュ だけ の よう な キ が した。

 18

 ワタクシ の ザシキ へ とおされた ある わかい オンナ が、 「どうも ジブン の マワリ が きちんと かたづかない で こまります が、 どう したら よろしい もの でしょう」 と きいた。
 この オンナ は ある シンセキ の ウチ に キグウ して いる ので、 そこ が テゼマ な うえ に、 コドモ など が うるさい の だろう と おもった ワタクシ の コタエ は、 すこぶる カンタン で あった。
「どこ か さっぱり した ウチ を さがして ゲシュク でも したら いい でしょう」
「いえ ヘヤ の こと では ない ので、 アタマ の ナカ が きちんと かたづかない で こまる の です」
 ワタクシ は ワタクシ の ゴカイ を イシキ する と ドウジ に、 オンナ の イミ が また わからなく なった。 それで もうすこし すすんだ セツメイ を カノジョ に もとめた。
「ソト から は なんでも アタマ の ナカ に はいって きます が、 それ が ココロ の チュウシン と オリアイ が つかない の です」
「アナタ の いう ココロ の チュウシン とは いったい どんな もの です か」
「どんな もの と いって、 マッスグ な チョクセン なの です」
 ワタクシ は この オンナ の スウガク に ネッシン な こと を しって いた。 けれども ココロ の チュウシン が チョクセン だ と いう イミ は むろん ワタクシ に つうじなかった。 そのうえ チュウシン とは はたして ナニ を イミ する の か、 それ も ほとんど フカカイ で あった。 オンナ は こう いった。
「モノ には なんでも チュウシン が ございましょう」
「それ は メ で みる こと が でき、 モノサシ で はかる こと の できる ブッタイ に ついて の ハナシ でしょう。 ココロ にも カタチ が ある ん です か。 そんなら その チュウシン と いう もの を ここ へ だして ごらんなさい」
 オンナ は だせる とも だせない とも いわず に、 ニワ の ほう を みたり、 ヒザ の ウエ で リョウテ を すったり して いた。
「アナタ の チョクセン と いう の は タトエ じゃ ありません か。 もし タトエ なら、 マル と いって も シカク と いって も、 つまり おなじ こと に なる の でしょう」
「そう かも しれません が、 カタチ や イロ が しじゅう かわって いる うち に、 すこしも かわらない もの が、 どうしても ある の です」
「その かわる もの と かわらない もの が、 ベツベツ だ と する と、 ようするに ココロ が フタツ ある わけ に なります が、 それ で いい の です か。 かわる もの は すなわち かわらない もの で なければ ならない はず じゃ ありません か」
 こう いった ワタクシ は また モンダイ を モト に かえして オンナ に むかった。
「すべて ガイカイ の もの が アタマ の ナカ に はいって、 すぐ せいぜん と チツジョ なり ダンラク なり が はっきり する よう に おさまる ヒト は、 おそらく ない でしょう。 シツレイ ながら アナタ の トシ や キョウイク や ガクモン で、 そう きちんと かたづけられる わけ が ありません。 もし また そんな イミ で なくって、 ガクモン の チカラ を かりず に、 テッテイテキ に どさり と オサマリ を つけたい なら、 ワタクシ の よう な モノ の ところ へ きて も ダメ です。 ボウサン の ところ へ でも いらっしゃい」
 すると オンナ が ワタクシ の カオ を みた。
「ワタクシ は はじめて センセイ を おみあげ もうした とき に、 センセイ の ココロ は そういう テン で、 フツウ の ヒト イジョウ に ととのって いらっしゃる よう に おもいました」
「そんな はず が ありません」
「でも ワタクシ には そう みえました。 ナイゾウ の イチ まで が ととのって いらっしゃる と しか かんがえられません でした」
「もし ナイゾウ が それほど グアイ よく チョウセツ されて いる なら、 こんな に しじゅう ビョウキ など は しません」
「ワタクシ は ビョウキ には なりません」 と その とき オンナ は とつぜん ジブン の こと を いった。
「それ は アナタ が ワタクシ より えらい ショウコ です」 と ワタクシ も こたえた。
 オンナ は フトン を すべりおりた。 そうして、 「どうぞ オカラダ を ゴタイセツ に」 と いって かえって いった。

 19

 ワタクシ の キュウタク は イマ ワタクシ の すんで いる ところ から、 4~5 チョウ オク の ババシタ と いう マチ に あった。 マチ とは イイジョウ、 そのじつ ちいさな シュクバ と しか おもわれない くらい、 コドモ の とき の ワタクシ には、 さびれきって かつ さむしく みえた。 もともと ババシタ とは タカタ ノ ババ の シタ に ある と いう イミ なの だ から、 エド エズ で みて も、 シュビキウチ か シュビキソト か わからない ヘンピ な スミ の ほう に あった に ちがいない の で ある。
 それでも クラヅクリ の ウチ が せまい チョウナイ に 3~4 ケン は あったろう。 サカ を あがる と、 ミギガワ に みえる オウミヤ デンベエ と いう ヤクシュヤ など は その ヒトツ で あった。 それから サカ を おりきった ところ に、 マグチ の ひろい コクラヤ と いう サカヤ も あった。 もっとも この ほう は クラヅクリ では なかった けれども、 ホリベ ヤスベエ が タカタ ノ ババ で カタキ を うつ とき に、 ここ へ たちよって、 マスザケ を のんで いった と いう リレキ の ある イエガラ で あった。 ワタクシ は その ハナシ を コドモ の ジブン から おぼえて いた が、 ついぞ そこ に しまって ある と いう ウワサ の ヤスベエ が クチ を つけた マス を みた こと が なかった。 そのかわり ムスメ の オキタ さん の ナガウタ は ナンド と なく きいた。 ワタクシ は コドモ だ から ジョウズ だ か ヘタ だ か まるで わからなかった けれども、 ワタクシ の ウチ の ゲンカン から オモテ へ でる シキイシ の ウエ に たって、 トオリ へ でも ゆこう と する と、 オキタ さん の コエ が そこ から よく きこえた の で ある。 ハル の ヒ の ヒルスギ など に、 ワタクシ は よく うっとり と した タマシイ を、 うららか な ヒカリ に つつみながら、 オキタ さん の オサライ を きく でも なく きかぬ でも なく、 ぼんやり ワタクシ の イエ の ドゾウ の シラカベ に ミ を もたせて、 たたずんで いた こと が ある。 その おかげ で ワタクシ は とうとう 「タビ の コロモ は スズカケ の」 など と いう モンク を いつのまにか おぼえて しまった。
 この ホカ には ボウヤ が 1 ケン あった。 それから カジヤ も 1 ケン あった。 すこし ハチマンザカ の ほう へ よった ところ には、 ひろい ドマ を ヤネ の シタ に かこいこんだ ヤッチャバ も あった。 ワタクシ の ウチ の モノ は、 そこ の シュジン を、 トンヤ の センタロウ さん と よんで いた。 センタロウ さん は なんでも ワタクシ の チチ と ごく とおい シンルイ ツヅキ に なって いる ん だ とか きいた が、 ツキアイ から いう と、 まるで ソカツ で あった。 オウライ で ゆきあう とき だけ、 「いい オテンキ で」 など と コエ を かける くらい の アイダガラ に すぎなかった らしく おもわれる。 この センタロウ さん の ヒトリムスメ が コウシャクシ の テイスイ と いい ナカ に なって、 しぬ の いきる の と いう サワギ の あった こと も ヒトギキ に きいて おぼえて は いる が、 まとまった キオク は イマ アタマ の どこ にも のこって いない。 コドモ の ワタクシ には、 それ より か センタロウ さん が たかい ダイ の ウエ に コシ を かけて、 ヤタテ と チョウメン を もった まま、 「いー やっちゃ いくら」 と イセイ の いい コエ で シタ に いる オオゼイ の カオ を みわたす コウケイ の ほう が よっぽど おもしろかった。 シタ から は また 20 ポン も 30 ポン も の テ を イチド に あげて、 ミンナ センタロウ さん の ほう を むきながら、 ロンジ だの ガレン だの と いう フチョウ を、 ののしる よう に よびあげる うち に、 ショウガ や ナス や トウナス の カゴ が、 それら の フシブト の テ で、 どしどし どこ か へ はこびさられる の を みて いる の も いさましかった。
 どんな イナカ へ いって も ありがち な トウフヤ は むろん あった。 その トウフヤ には アブラ の ニオイ の しみこんだ ナワノレン が かかって いて カドグチ を ながれる ゲスイ の ミズ が キョウト へ でも いった よう に きれい だった。 その トウフヤ に ついて まがる と ハンチョウ ほど サキ に セイカンジ と いう テラ の モン が こだかく みえた。 あかく ぬられた モン の ウシロ は、 ふかい タケヤブ で イチメン に おおわれて いる ので、 ナカ に どんな もの が ある か トオリ から は まったく みえなかった が、 その オク で する アサバン の オツトメ の カネ の ネ は、 イマ でも ワタクシ の ミミ に のこって いる。 ことに キリ の おおい アキ から コガラシ の ふく フユ へ かけて、 かんかん と なる セイカンジ の カネ の オト は、 いつでも ワタクシ の ココロ に かなしくて つめたい ある もの を たたきこむ よう に ちいさい ワタクシ の キブン を さむく した。

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 この トウフヤ の トナリ に ヨセ が 1 ケン あった の を、 ワタクシ は ユメウツツ の よう に まだ おぼえて いる。 こんな バスエ に ヒトヨセバ の あろう はず が ない と いう の が、 ワタクシ の キオク に カスミ を かける せい だろう、 ワタクシ は それ を おもいだす たび に、 キイ な カンジ に うたれながら、 フシギ そう な メ を みはって、 とおい ワタクシ の カコ を ふりかえる の が ツネ で ある。
 その セキテイ の アルジ と いう の は、 チョウナイ の トビガシラ で、 ときどき メクラジマ の ハラガケ に あかい スジ の はいった シルシバンテン を きて、 ツッカケ ゾウリ か ナニ か で よく オモテ を あるいて いた。 そこ に また オフジ さん と いう ムスメ が あって、 その ヒト の キリョウ が よく ウチ の モノ の クチ に のぼった こと も、 まだ ワタクシ の キオク を はなれず に いる。 ノチ には ヨウシ を もらった が、 それ が クチヒゲ を はやした リッパ な オトコ だった ので、 ワタクシ は ちょっと おどろかされた。 オフジ さん の ほう でも ジマン の ヨウシ だ と いう ヒョウバン が たかかった が、 アト から きいて みる と、 この ヒト は どこ か の クヤクショ の ショキ だ とか いう ハナシ で あった。
 この ヨウシ が くる ジブン には、 もう ヨセ も やめて、 シモウタヤ に なって いた よう で ある が、 ワタクシ は そこ の ウチ の ノキサキ に まだ うすぐらい カンバン が さむしそう に かかって いた コロ、 よく ハハ から コヅカイ を もらって そこ へ コウシャク を きき に でかけた もの で ある。 コウシャクシ の ナマエ は たしか、 ナンリン とか いった。 フシギ な こと に、 この ヨセ へは ナンリン より ホカ に ダレ も でなかった よう で ある。 この オトコ の ウチ は どこ に あった か しらない が、 どの ケントウ から あるいて くる に して も、 ミチブシン が できて、 イエナミ の そろった イマ から みれば ダイジギョウ に ソウイ なかった。 そのうえ キャク の アタマカズ は いつでも 15 か 20 くらい なの だ から、 どんな に ソウゾウ を たくましく して も、 ユメ と しか かんがえられない の で ある。 「もうし もうし オイラン え、 と いわれて ヤツハシ なん ざます え と ふりかえる、 トタン に きりこむ ヤイバ の ヒカリ」 と いう ヘン な モンク は、 ワタクシ が その ジブン ナンリン から おすわった の か、 それとも アト に なって ハナシカ の やる コウシャクシ の マネ から おぼえた の か、 イマ では コンザツ して よく わからない。
 トウジ ワタクシ の ウチ から まず マチ-らしい マチ へ でよう と する には、 どうしても ジンカ の ない チャバタケ とか、 タケヤブ とか または ながい タンボミチ とか を とおりぬけなければ ならなかった。 カイモノ-らしい カイモノ は たいてい カグラザカ まで でる レイ に なって いた ので、 そうした ヒツヨウ に ならされた ワタクシ に、 さした クツウ の ある はず も なかった が、 それでも ヤライ の サカ を あがって サカイ サマ の ヒノミヤグラ を とおりこして テラマチ へ でよう と いう、 あの 5~6 チョウ の ヒトスジミチ など に なる と、 ヒル でも いんしん と して、 オオゾラ が くもった よう に しじゅう うすぐらかった。
 あの ドテ の ウエ に フタカカエ も ミカカエ も あろう と いう タイボク が、 ナンボン と なく ならんで、 その スキマ スキマ を また おおきな タケヤブ が ふさいで いた の だ から、 ヒノメ を おがむ ジカン と いったら、 イチニチ の うち に おそらく ただ の 1 コク も なかった の だろう。 シタマチ へ ゆこう と おもって、 ヒヨリ ゲタ など を はいて でよう もの なら、 きっと ひどい メ に あう に きまって いた。 あすこ の シモドケ は アメ より も ユキ より も おそろしい もの の よう に ワタクシ の アタマ に しみこんで いる。
 その くらい フベン な ところ でも カジ の オソレ は あった もの と みえて、 やっぱり マチ の マガリカド に たかい ハシゴ が たって いた。 そうして その ウエ に ふるい ハンショウ も カタ の ごとく つるして あった。 ワタクシ は こうした アリノママ の ムカシ を よく おもいだす。 その ハンショウ の すぐ シタ に あった ちいさな イチゼンメシヤ も おのずと メサキ に うかんで くる。 ナワノレン の スキマ から あたたかそう な ニシメ の ニオイ が ケブリ と ともに オウライ へ ながれだして、 それ が ユウグレ の モヤ に とけこんで ゆく オモムキ など も わすれる こと が できない。 ワタクシ が シキ の まだ いきて いる うち に、 「ハンショウ と ならんで たかき フユキ かな」 と いう ク を つくった の は、 じつは この ハンショウ の キネン の ため で あった。

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 ワタクシ の イエ に かんする ワタクシ の キオク は、 そうじて こういう ふう に ひなびて いる。 そうして どこ か に うすらさむい あわれ な カゲ を やどして いる。 だから イマ いきのこって いる アニ から、 つい こないだ、 ウチ の アネ たち が シバイ に いった トウジ の ヨウス を きいた とき には おどろいた の で ある。 そんな ハデ な クラシ を した ムカシ も あった の か と おもう と、 ワタクシ は いよいよ ユメ の よう な ココロモチ に なる より ホカ は ない。
 その コロ の シバイゴヤ は みんな サルワカ-チョウ に あった。 デンシャ も クルマ も ない ジブン に、 タカタ ノ ババ の シタ から アサクサ の カンノンサマ の サキ まで アサ はやく ゆきつこう と いう の だ から、 タイテイ の こと では なかった らしい。 アネ たち は ミンナ ヨナカ に おきて シタク を した。 トチュウ が ブッソウ だ と いう ので、 ヨウジン の ため、 ゲナン が きっと トモ を して いった そう で ある。
 カレラ は ツクド を おりて、 カキノキ ヨコチョウ から アゲバ へ でて、 かねて そこ の フナヤド に あつらえて おいた ヤネブネ に のる の で ある。 ワタクシ は カレラ が いかに ヨキ に みちた ココロ を もって、 のろのろ ホウヘイ コウショウ の マエ から オチャノミズ を とおりこして ヤナギバシ まで こがれつつ いった だろう と ソウゾウ する。 しかも カレラ の ドウチュウ は けっして そこ で オワリ を つげる わけ に ゆかない の だ から、 ジカン に セイゲン を おかなかった その ムカシ が なおさら カイコ の タネ に なる。
 オオカワ へ でた フネ は、 ナガレ を さかのぼって アズマバシ を とおりぬけて、 イマド の ユウメイロウ の ソバ に つけた もの だ と いう。 アネ たち は そこ から あがって シバイ-ヂャヤ まで あるいて、 それから ようやく モウケ の セキ に つく べく、 コヤ へ おくられて ゆく。 モウケ の セキ と いう の は かならず タカドマ に かぎられて いた。 これ は カレラ の ナリ なり カオ なり、 カミカザリ なり が、 イッパン の メ に よく つく ベンリ の いい バショ なので、 ハデ を このむ ヒトタチ が、 あらそって テ に いれたがる から で あった。
 マク の アイダ には ヤクシャ に ついて いる オトコ が、 どうぞ ガクヤ へ オアソビ に いらっしゃいまし と いって アンナイ に くる。 すると アネ たち は この チリメン の モヨウ の ある キモノ の ウエ に ハカマ を はいた オトコ の アト に ついて、 タノスケ とか トッショウ とか いう ヒイキ の ヤクシャ の ヘヤ へ いって センス に エ など を かいて もらって かえって くる。 これ が カレラ の ミエ だった の だろう。 そうして その ミエ は カネ の チカラ で なければ かえなかった の で ある。
 カエリ には もと きた ミチ を おなじ フネ で アゲバ まで こぎもどす。 ブヨウジン だ から と いって、 ゲナン が また チョウチン を つけて むかえ に ゆく。 ウチ へ つく の は イマ の トケイ で 12 ジ くらい には なる の だろう。 だから ヨナカ から ヨナカ まで かかって カレラ は ようやく シバイ を みる こと が できた の で ある。……
 こんな はなやか な ハナシ を きく と、 ワタクシ は はたして それ が ジブン の ウチ に おこった こと かしらん と うたがいたく なる。 どこ か シタマチ の フユウ な チョウカ の ムカシ を かたられた よう な キ も する。
 もっとも ワタクシ の イエ も サムライブン では なかった。 ハデ な ツキアイ を しなければ ならない ナヌシ と いう チョウニン で あった。 ワタクシ の しって いる チチ は、 ハゲアタマ の ジイサン で あった が、 わかい ジブン には、 イッチュウブシ を ならったり、 ナジミ の オンナ に チリメン の ツミヤグ を して やったり した の だ そう で ある。 アオヤマ に デンジ が あって、 そこ から あがって くる コメ だけ でも、 ウチ の モノ が くう には フソク が なかった とか きいた。 げんに イマ いきのこって いる 3 バンメ の アニ など は、 その コメ を つく オト を しじゅう きいた と いって いる。 ワタクシ の キオク に よる と、 チョウナイ の モノ が ミンナ して ワタクシ の イエ を よんで、 ゲンカ ゲンカ と となえて いた。 その ジブン の ワタクシ には、 どういう イミ か わからなかった が、 イマ かんがえる と、 シキダイ の ついた いかめしい ゲンカンツキ の イエ は、 チョウナイ に たった 1 ケン しか なかった から だろう と おもう。 その シキダイ を あがった ところ に、 ツクボウ や、 ソデガラミ や サスマタ や、 また ふるぼけた バジョウ-ヂョウチン など が、 ならんで かけて あった ムカシ なら、 ワタクシ でも まだ おぼえて いる。

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 この 2~3 ネン-ライ ワタクシ は たいてい ネン に イチド くらい の ワリ で ビョウキ を する。 そうして トコ に ついて から トコ を あげる まで に、 ほぼ ヒトツキ の ヒカズ を つぶして しまう。
 ワタクシ の ビョウキ と いえば、 いつも きまった イ の コショウ なので、 いざ と なる と、 ゼッショク リョウホウ より ホカ に テ の ツケヨウ が なくなる。 イシャ の メイレイ ばかり か、 ビョウキ の セイシツ ソノモノ が、 ワタクシ に この ゼッショク を よぎなく させる の で ある。 だから ヤミハジメ より カイフクキ に むかった とき の ほう が、 よけい やせこけて ふらふら する。 1 カゲツ イジョウ かかる の も おもに この スイジャク が たたる から の よう に おもわれる。
 ワタクシ の タチイ が ジユウ に なる と、 クロワク の ついた スリモノ が、 ときどき ワタクシ の ツクエ の ウエ に のせられる。 ワタクシ は ウンメイ を クショウ する ヒト の ごとく、 シルク ハット など を かぶって、 ソウシキ の トモ に たつ、 クルマ を かって サイジョウ へ かけつける。 しんだ ヒト の ウチ には、 オジイサン も オバアサン も ある が、 ときには ワタクシ より も トシ が わかくって、 ヘイゼイ から その ケンコウ を ほこって いた ヒト も まじって いる。
 ワタクシ は ウチ へ かえって ツクエ の マエ に すわって、 ニンゲン の ジュミョウ は じつに フシギ な もの だ と かんがえる。 タビョウ な ワタクシ は なぜ いきのこって いる の だろう か と うたがって みる。 あの ヒト は どういう ワケ で ワタクシ より サキ に しんだ の だろう か と おもう。
 ワタクシ と して こういう モクソウ に ふける の は むしろ トウゼン だ と いわなければ ならない。 けれども ジブン の イチ や、 カラダ や、 サイノウ や―― すべて オノレ と いう もの の オリドコロ を わすれがち な ニンゲン の 1 ニン と して、 ワタクシ は しなない の が アタリマエ だ と おもいながら くらして いる バアイ が おおい。 ドキョウ の アイダ で すら、 ショウコウ の サイ で すら、 しんだ ホトケ の アト に いきのこった、 この ワタクシ と いう ケイガイ を、 ちっとも フシギ と こころえず に すまして いる こと が ツネ で ある。
 ある ヒト が ワタクシ に つげて、 「ヒト の しぬ の は アタリマエ の よう に みえます が、 ジブン が しぬ と いう こと だけ は とても かんがえられません」 と いった こと が ある。 センソウ に でた ケイケン の ある オトコ に、 「そんな に タイ の モノ が ぞくぞく たおれる の を みて いながら、 ジブン だけ は しなない と おもって いられます か」 と きいたら、 その ヒト は 「いられます ね。 おおかた しぬ まで は しなない と おもってる ん でしょう」 と こたえた。 それから ダイガク の リカ に カンケイ の ある ヒト に、 ヒコウキ の ハナシ を きかされた とき に、 こんな モンドウ を した オボエ も ある。
「ああして しじゅう おちたり しんだり したら、 アト から のる モノ は こわい だろう ね。 コンド は オレ の バン だ と いう キ に なりそう な もの だ が、 そう で ない かしら」
「ところが そう で ない と みえます」
「なぜ」
「なぜ って、 まるで ハンタイ の シンリ ジョウタイ に シハイ される よう に なる らしい の です。 やっぱり アイツ は ツイラク して しんだ が、 オレ は だいじょうぶ だ と いう キ に なる と みえます ね」
 ワタクシ も おそらく こういう ヒト の キブン で、 ヒカクテキ ヘイキ に して いられる の だろう。 それ も その はず で ある。 しぬ まで は ダレ しも いきて いる の だ から。
 フシギ な こと に ワタクシ の ねて いる アイダ には、 クロワク の ツウチ が ほとんど こない。 キョネン の アキ にも ビョウキ が なおった アト で、 3~4 ニン の ソウギ に れっした の で ある。 その 3~4 ニン の ナカ に シャ の サトウ クン も はいって いた。 ワタクシ は サトウ クン が ある エンカイ の セキ で、 シャ から もらった ギンパイ を もって きて、 ワタクシ に サケ を すすめて くれた こと を おもいだした。 その とき カレ の おどった ヘン な オドリ も まだ おぼえて いる。 この ゲンキ な クッキョウ な ヒト の トムライ に いった ワタクシ は、 カレ が しんで ワタクシ が いきのこって いる の を、 ベツダン の フシギ とも おもわず に いる とき の ほう が おおい。 しかし おりおり かんがえる と、 ジブン の いきて いる ほう が フシゼン の よう な ココロモチ にも なる。 そうして ウンメイ が わざと ワタクシ を グロウ する の では ない かしら と うたがいたく なる。

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 イマ ワタクシ の すんで いる キンジョ に キクイ-チョウ と いう マチ が ある。 これ は ワタクシ の うまれた ところ だ から、 ホカ の ヒト より も よく しって いる。 けれども ワタクシ が イエ を でて、 ホウボウ ヒョウロウ して かえって きた とき には、 その キクイ-チョウ が だいぶ ひろがって、 いつのまにか ネゴロ の ほう まで のびて いた。
 ワタクシ に エンコ の ふかい この マチ の ナ は、 あまり ききなれて そだった せい か、 ちっとも ワタクシ の カコ を さそいだす なつかしい ヒビキ を ワタクシ に あたえて くれない。 しかし ショサイ に ヒトリ すわって、 ホオヅエ を ついた まま、 ナガレ を くだる フネ の よう に、 ココロ を ジユウ に あそばせて おく と、 ときどき ワタクシ の レンソウ が、 キクイ-チョウ の 4 ジ に ぱたり と であった なり、 そこ で しばらく テイカイ しはじめる こと が ある。
 この マチ は エド と いった ムカシ には、 たぶん ソンザイ して いなかった もの らしい。 エド が トウキョウ に あらたまった とき か、 それとも ずっと ノチ に なって から か、 ネンダイ は たしか に わからない が、 なんでも ワタクシ の チチ が こしらえた もの に ソウイ ない の で ある。
 ワタクシ の イエ の ジョウモン が イゲタ に キク なので、 それ に ちなんだ キク に イド を つかって、 キクイ-チョウ と した と いう ハナシ は、 チチ ジシン の クチ から きいた の か、 または ホカ の モノ から おすわった の か、 なにしろ イマ でも まだ ワタクシ の ミミ に のこって いる。 チチ は ナヌシ が なくなって から、 イチジ クチョウ と いう ヤク を つとめて いた ので、 あるいは そんな ジユウ も きいた かも しれない が、 それ を ホコリ に した カレ の キョエイシン を、 イマ に なって かんがえて みる と、 いや な ココロモチ は とくに きえさって、 ただ ビショウ したく なる だけ で ある。
 チチ は まだ その うえ に ジタク の マエ から ミナミ へ ゆく とき に ぜひとも のぼらなければ ならない ながい サカ に、 ジブン の セイ の ナツメ と いう ナ を つけた。 フコウ に して これ は キクイ-チョウ ほど ユウメイ に ならず に、 タダ の サカ と して のこって いる。 しかし このあいだ、 ある ヒト が きて、 チズ で この ヘン の ナマエ を しらべたら、 ナツメザカ と いう の が あった と いって はなした から、 コト に よる と チチ の つけた ナ が イマ でも ヤク に たって いる の かも しれない。
 ワタクシ が ワセダ に かえって きた の は、 トウキョウ を でて から ナンネン-ぶり に なる だろう。 ワタクシ は イマ の スマイ に うつる マエ、 ウチ を さがす モクテキ で あった か、 また エンソク の カエリミチ で あった か、 ヒサシブリ で ぐうぜん ワタクシ の キュウカ の ヨコ へ でた。 その とき オモテ から 2 カイ の フルガワラ が すこし みえた ので、 まだ いきのこって いる の かしら と おもった なり、 ワタクシ は そのまま とおりすぎて しまった。
 ワセダ に うつって から、 ワタクシ は また その モンゼン を とおって みた。 オモテ から のぞく と、 なんだか モト と かわらない よう な キ も した が、 モン には おもい も よらない ゲシュクヤ の カンバン が かかって いた。 ワタクシ は ムカシ の ワセダ タンボ が みたかった。 しかし そこ は もう マチ に なって いた。 ワタクシ は ネゴロ の チャバタケ と タケヤブ を ヒトメ ながめたかった。 しかし その コンセキ は どこ にも ハッケン する こと が できなかった。 たぶん この ヘン だろう と スイソク した ワタクシ の ケントウ は、 あたって いる の か、 はずれて いる の か、 それ さえ フメイ で あった。
 ワタクシ は ぼうぜん と して チョリツ した。 なぜ ワタクシ の イエ だけ が カコ の ザンガイ の ごとく に ソンザイ して いる の だろう。 ワタクシ の ココロ の ウチ で、 はやく それ が くずれて しまえば いい のに と おもった。
「トキ」 は チカラ で あった。 キョネン ワタクシ が タカタ の ほう へ サンポ した ツイデ に、 なにげなく そこ を とおりすぎる と、 ワタクシ の イエ は きれい に とりこわされて、 その アト に あたらしい ゲシュクヤ が たてられつつ あった。 その ソバ には シチヤ も できて いた。 シチヤ の マエ に まばら な カコイ を して、 その ナカ に ニワキ が すこし うえて あった。 3 ボン の マツ は、 みる カゲ も なく エダ を かりこまれて、 ほとんど キケイジ の よう に なって いた が、 どこ か ミオボエ の ある よう な ココロモチ を ワタクシ に おこさせた。 ムカシ 「カゲ しんし マツ サンボン の ツキヨ かな」 と うたった の は、 あるいは この マツ の こと では なかったろう か と かんがえつつ、 ワタクシ は また イエ に かえった。

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「そんな ところ に おいたって、 よく コンニチ まで ブジ に すんだ もの です ね」
「まあ どうか こうか ブジ に やって きました」
 ワタクシタチ の つかった ブジ と いう コトバ は、 ナンニョ の アイダ に おこる コイ の ハラン が ない と いう イミ で、 いわば ジョウジ の ハンタイ を さした よう な もの で ある が、 ワタクシ の ツイキュウシン は カンタン な この イック の コタエ で マンゾク できなかった。
「よく ヒト が いいます ね、 カシヤ へ ホウコウ する と、 いくら あまい もの の すき な オトコ でも、 カシ が いや に なる って。 オヒガン に オハギ など を こしらえて いる ところ を ウチ で みて いて も わかる じゃ ありません か、 こしらえる モノ は、 ただ オハギ を オジュウ に つめる だけ で、 もう げんなり した カオ を して いる くらい だ から。 アナタ の バアイ も そんな ワケ なん です か」
「そういう わけ でも ない よう です。 とにかく ハタチ すこし-スギ まで は ヘイキ で いた の です から」
 その ヒト は ある イミ に おいて コウダンシ で あった。
「たとい アナタ が ヘイキ で いて も、 アイテ が ヘイキ で いない バアイ が ない とも かぎらない じゃ ありません か。 そんな とき には、 どうしたって さそわれがち に なる の が アタリマエ でしょう」
「イマ から ふりかえって みる と、 なるほど こういう イミ で ああいう こと を した の だ とか、 あんな こと を いった の だ とか、 いろいろ おもいあたる こと が ない でも ありません」
「じゃ まったく キ が つかず に いた の です ね」
「まあ そう です。 それから こちら で キ の ついた の も ヒトツ ありました。 しかし ワタクシ の ココロ は どうしても、 その アイテ に ひきつけられる こと が できなかった の です」
 ワタクシ は それ が ハナシ の オワリ か と おもった。 フタリ の マエ には ショウガツ の ゼン が すえて あった。 キャク は すこしも サケ を のまない し、 ワタクシ も ほとんど サカズキ に テ を ふれなかった から、 ケンシュウ と いう もの は まったく なかった。
「それ だけ で コンニチ まで ケイカ して こられた の です か」 と ワタクシ は スイモノ を すすりながら ネン の ため に きいて みた。 すると キャク は とつぜん こんな ハナシ を ワタクシ に して きかせた。
「まだ シヨウニン で あった コロ に、 ある オンナ と 2 ネン ばかり あって いた こと が あります。 アイテ は むろん シロウト では ない の でした。 しかし その オンナ は もう いない の です。 クビ を くくって しんで しまった の です。 トシ は 19 でした。 トオカ ばかり あわない で いる うち に しんで しまった の です。 その オンナ には ね、 ダンナ が フタリ あって、 ソウホウ が イジズク で、 ミウケ の カネ を セリアゲ に かかった の です。 それに ソウホウ とも ロウギ を ミカタ に して、 こっち へ こい、 あっち へ ゆくな と ギリゼメ にも した らしい の です。……」
「アナタ は それ を すくって やる わけ に ゆかなかった の です か」
「トウジ の ワタクシ は デッチ の すこし ケ の はえた よう な もの で、 とても どうも できない の です」
「しかし その ゲイシャ は アナタ の ため に しんだ の じゃ ありません か」
「さあ……。 イチド に ソウホウ の ダンナ に ギリ を たてる わけ に いかなかった から かも しれません が。 ……しかし ワタクシラ フタリ の アイダ に、 どこ へも ゆかない と いう ヤクソク は あった に ちがいない の です」
「すると アナタ が カンセツ に その オンナ を ころした こと に なる の かも しれません ね」
「あるいは そう かも しれません」
「アナタ は ネザメ が わるか ありません か」
「どうも よく ない の です」
 ガンジツ に こみあった ワタクシ の ザシキ は、 フツカ に なって さびしい くらい しずか で あった。 ワタクシ は その さびしい ハル の マツ の ウチ に、 こういう あわれ な モノガタリ を、 その ネンガ の キャク から きいた の で ある。 キャク は マジメ な ショウジキ な ヒト だった から、 それ を はなす にも、 ほとんど つやっぽい コトバ を つかわなかった。
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ガラスド の ウチ 4

2018-01-20 | ナツメ ソウセキ
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 ワタクシ が まだ センダギ に いた コロ の ハナシ だ から、 ネンスウ に する と、 もう だいぶ ふるい こと に なる。
 ある ヒ ワタクシ は キリドオシ の ほう へ サンポ した カエリ に、 ホンゴウ 4 チョウメ の カド へ でる カワリ に、 もう ヒトツ テマエ の ほそい トオリ を キタ へ まがった。 その マガリカド には その コロ あった ギュウヤ の ソバ に、 ヨセ の カンバン が いつでも かかって いた。
 アメ の ふる ヒ だった ので、 ワタクシ は むろん カサ を さして いた。 それ が テツオナンド の 8 ケン の フカバリ で、 ウエ から もって くる シズク が、 ジネンボク の エ を つたわって、 ワタクシ の テ を ぬらしはじめた。 ヒトドオリ の すくない この コウジ は、 スベテ の ドロ を アメ で あらいながした よう に、 アシダ の ハ に ひっかかる きたない もの は ほとんど なかった。 それでも ウエ を みれば くらく、 シタ を みれば わびしかった。 しじゅう とおりつけて いる せい でも あろう が、 ワタクシ の シュウイ には なにひとつ ワタクシ の メ を ひく もの は みえなかった。 そうして ワタクシ の ココロ は よく この テンキ と この シュウイ に にて いた。 ワタクシ には ワタクシ の ココロ を フショク する よう な フユカイ な カタマリ が つねに あった。 ワタクシ は インウツ な カオ を しながら、 ぼんやり アメ の ふる ナカ を あるいて いた。
 ヒカゲ-チョウ の ヨセ の マエ まで きた ワタクシ は、 とつぜん 1 ダイ の ホログルマ に であった。 ワタクシ と クルマ の アイダ には なんの ヘダタリ も なかった ので、 ワタクシ は トオク から その ナカ に のって いる ヒト の オンナ だ と いう こと に キ が ついた。 まだ セルロイド の マド など の できない ジブン だ から、 シャジョウ の ヒト は トオク から その しろい カオ を ワタクシ に みせて いた の で ある。
 ワタクシ の メ には その しろい カオ が たいへん うつくしく うつった。 ワタクシ は アメ の ナカ を あるきながら じっと その ヒト の スガタ に みとれて いた。 ドウジ に これ は ゲイシャ だろう と いう スイサツ が、 ほとんど ジジツ の よう に、 ワタクシ の ココロ に はたらきかけた。 すると クルマ が ワタクシ の 1 ケン ばかり マエ へ きた とき、 とつぜん ワタクシ の みて いた うつくしい ヒト が、 テイネイ な エシャク を ワタクシ に して とおりすぎた。 ワタクシ は ビショウ に ともなう その アイサツ と ともに、 アイテ が、 オオツカ クスオ さん で あった こと に、 はじめて キ が ついた。
 ツギ に あった の は それから イクカ-メ だったろう か、 クスオ さん が ワタクシ に、 「コノアイダ は シツレイ しました」 と いった ので、 ワタクシ は ワタクシ の アリノママ を はなす キ に なった。
「じつは どこ の うつくしい カタ か と おもって みて いました。 ゲイシャ じゃ ない かしら とも かんがえた の です」
 その とき クスオ さん が なんと こたえた か、 ワタクシ は たしか に おぼえて いない けれども、 クスオ さん は ちっとも カオ を あからめなかった。 それから フユカイ な ヒョウジョウ も みせなかった。 ワタクシ の コトバ を ただ ソノママ に うけとった らしく おもわれた。
 それから ずっと たって、 ある ヒ クスオ さん が わざわざ ワセダ へ たずねて きて くれた こと が ある。 しかるに あいにく ワタクシ は サイ と ケンカ を して いた。 ワタクシ は いや な カオ を した まま、 ショサイ に じっと すわって いた。 クスオ さん は サイ と 10 プン ばかり ハナシ を して かえって いった。
 その ヒ は それ で すんだ が、 ほどなく ワタクシ は ニシカタマチ へ あやまり に でかけた。
「じつは ケンカ を して いた の です。 サイ も さだめて ブアイソウ でしたろう。 ワタクシ は また にがにがしい カオ を みせる の も シツレイ だ と おもって、 わざと ひっこんで いた の です」
 これ に たいする クスオ さん の アイサツ も、 イマ では とおい カコ に なって、 もう よびだす こと の できない ほど、 キオク の ソコ に しずんで しまった。
 クスオ さん が しんだ と いう ホウチ の きた の は、 たしか ワタクシ が イチョウ ビョウイン に いる コロ で あった。 シキョ の コウコク-チュウ に、 ワタクシ の ナマエ を つかって さしつかえない か と デンワ で といあわされた こと など も まだ おぼえて いる。 ワタクシ は ビョウイン で 「ある ほど の キク なげいれよ カン の ナカ」 と いう タムケ の ク を クスオ さん の ため に よんだ。 それ を ハイク の すき な ある オトコ が うれしがって、 わざわざ ワタクシ に たのんで、 タンザク に かかせて もって いった の も、 もう ムカシ に なって しまった。

 26

 マス さん が どうして そんな に おちぶれた もの か ワタクシ には わからない。 なにしろ ワタクシ の しって いる マス さん は ユウビン キャクフ で あった。 マス さん の オトウト の ショウ さん も、 ウチ を つぶして ワタクシ の ところ へ ころがりこんで イソウロウ に なって いた が、 これ は まだ マス さん より は シャカイテキ チイ が たかかった。 コドモ の ジブン ホンチョウ の イワシヤ へ ホウコウ に いって いた とき、 ハマ の セイヨウジン が かわいがって、 ガイコク へ つれて ゆく と いった の を ことわった の が、 イマ かんがえる と ザンネン だ など と しじゅう はなして いた。
 フタリ とも ワタクシ の ハハカタ の イトコ に あたる オトコ だった から、 その エンコ で、 マス さん は オトウト に あう ため、 また ワタクシ の チチ に ケイイ を ひょうする ため、 ツキ に イッペン ぐらい は、 ウシゴメ の オク まで センベイ の フクロ など を テミヤゲ に もって、 よく たずねて きた。
 マス さん は その とき なんでも シバ の ハズレ か、 または シナガワ-ヂカク に ショタイ を もって、 ヒトリグラシ の ノンキ な セイカツ を いとなんで いた らしい ので、 ウチ へ くる と よく とまって いった。 たまに かえろう と する と、 アニ たち が よって たかって、 「かえる と ショウチ しない ぞ」 など と おどかした もの で ある。
 トウジ 2 バンメ と 3 バンメ の アニ は、 まだ ナンコウ へ かよって いた。 ナンコウ と いう の は イマ の コウトウ ショウギョウ ガッコウ の イチ に あって、 そこ を ソツギョウ する と、 カイセイ ガッコウ すなわち コンニチ の ダイガク へ はいる ソシキ に なって いた もの らしかった。 カレラ は ヨル に なる と、 ゲンカン に キリ の ツクエ を ならべて、 アシタ の シタヨミ を する。 シタヨミ と いった ところ で、 イマ の ショセイ の やる の とは だいぶ ちがって いた。 グードリッチ の エイコクシ と いった よう な ホン を、 イッセツ ぐらい ずつ よんで、 それから それ を ツクエ の ウエ へ ふせて、 クチ の ウチ で イマ よんだ とおり を アンショウ する の で ある。
 その シタヨミ が すむ と、 だんだん マス さん が ヒツヨウ に なって くる。 ショウ さん も いつのまにか そこ へ カオ を だす。 1 バンメ の アニ も、 キゲン の いい とき は、 わざわざ オク から ゲンカン まで でばって くる。 そうして ミンナ イッショ に なって、 マス さん に からかいはじめる。
「マス さん、 セイヨウジン の ところ へ テガミ を ハイタツ する こと も ある だろう」
「そりゃ ショウバイ だ から いや だって シカタ が ありません、 もって ゆきます よ」
「マス さん は エイゴ が できる の かね」
「エイゴ が できる くらい なら こんな マネ を しちゃ いません」
「しかし ユウビンッ とか なんとか おおきな コエ を ださなくっちゃ ならない だろう」
「そりゃ ニホンゴ で まにあいます よ。 イジン だって、 チカゴロ は ニホンゴ が わかります もの」
「へええ、 ムコウ でも なんとか いう の かね」
「いいます とも。 ペロリ の オクサン なんか、 アナタ よろしい ありがとう と、 ちゃんと ニホンゴ で アイサツ を する くらい です」
 ミンナ は マス さん を ここ まで おびきだして おいて、 どっと わらう の で ある。 それから また 「マス さん なんて いう ん だって、 その オクサン は」 と ナンベン も ヒトツコト を きいて は、 いつまでも ワライ の タネ に しよう と たくらんで かかる。 マス さん も シマイ には ニガワライ を して、 とうとう 「アナタ よろしい」 を ヤメ に して しまう。 すると コンド は 「じゃ マス さん、 ノナカ の イッポンスギ を やって ごらん よ」 と ダレ か が いいだす。
「やれ ったって、 そう おいそれと やれる もん じゃ ありません」
「まあ いい から、 おやり よ。 いよいよ ノナカ の イッポンスギ の ところ まで まいります と……」
 マス さん は それでも にやにや して おうじない。 ワタクシ は とうとう マス さん の ノナカ の イッポンスギ と いう もの を きかず に しまった。 イマ かんがえる と、 それ は なんでも コウシャク か ニンジョウバナシ の イッセツ じゃ ない かしら と おもう。
 ワタクシ の セイジン する コロ には マス さん も もう ウチ へ こなく なった。 おおかた しんだ の だろう。 いきて いれば ナニ か タヨリ の ある はず で ある。 しかし しんだ に して も、 いつ しんだ の か ワタクシ は しらない。

 27

 ワタクシ は シバイ と いう もの に あまり シタシミ が ない。 ことに キュウゲキ は わからない。 これ は コライ から その ホウメン で ハッタツ して きた エンゲイジョウ の ヤクソク を しらない ので、 ブタイ の ウエ に カイテン される トクベツ の セカイ に、 ドウカ する ノウリョク が ワタクシ に かけて いる ため だ とも おもう。 しかし それ ばかり では ない。 ワタクシ が キュウゲキ を みて、 もっとも イヨウ に かんずる の は、 ヤクシャ が シゼン と フシゼン の アイダ を、 ドッチツカズ に ぶらぶら あるいて いる こと で ある。 それ が ワタクシ に、 チュウゴシ と いった よう な おちつけない ココロモチ を ひきおこさせる の も おそらく リ の トウゼン なの だろう。
 しかし ブタイ の ウエ に コドモ など が でて きて、 カン の たかい コエ で、 あわれっぽい こと など を いう とき には、 いかな ワタクシ でも しらずしらず メ に ナミダ が にじみでる。 そうして すぐ、 ああ だまされた な と コウカイ する。 なぜ あんな に やすっぽい ナミダ を こぼした の だろう と おもう。
「どう かんがえて も だまされて なく の は いや だ」 と ワタクシ は ある ヒト に つげた。 シバイズキ の その アイテ は、 「それ が センセイ の ジョウタイ なの でしょう。 ヘイゼイ ナミダ を ヒカエメ に して いる の は、 かえって アナタ の ヨソユキ じゃ ありません か」 と チュウイ した。
 ワタクシ は その セツ に フフク だった ので、 イロイロ の ホウメン から ムコウ を ナットク させよう と して いる うち に、 ワダイ が いつか カイガ の ほう に すべって いった。 その オトコ は このあいだ サンコウヒン と して ビジュツ キョウカイ に でた ジャクチュウ の ギョブツ を タイヘン に うれしがって、 その ヒョウロン を どこ か の ザッシ に のせる とか いう ウワサ で あった。 ワタクシ は また あの ニワトリ の ズ が すこぶる キ に いらなかった ので、 ここ でも シバイ と おなじ よう な ギロン が フタリ の アイダ に おこった。
「いったい キミ に エ を ろんずる シカク は ない はず だ」 と ワタクシ は ついに カレ を バトウ した。 すると この イチゴン が モト に なって、 カレ は ゲイジュツ イチゲンロン を シュチョウ しだした。 カレ の シュイ を かいつまんで いう と、 スベテ の ゲイジュツ は おなじ ミナモト から わいて でる の だ から、 その ウチ の ヒトツ さえ うんと ハラ に いれて おけば、 タ は おのずから かいしえられる リクツ だ と いう の で ある。 ザ に いる ヒト の ウチ で、 カレ に ドウイ する モノ も すくなく なかった。
「じゃ ショウセツ を つくれば、 しぜん ジュウドウ も うまく なる かい」 と ワタクシ が ジョウダン ハンブン に いった。
「ジュウドウ は ゲイジュツ じゃ ありません よ」 と アイテ も わらいながら こたえた。
 ゲイジュツ は ビョウドウカン から シュッタツ する の では ない。 よし そこ から シュッタツ する に して も、 サベツカン に いって はじめて、 ハナ が さく の だ から、 それ を ホンライ の ムカシ へ かえせば、 エ も チョウコク も ブンショウ も、 すっかり ム に きして しまう。 そこ に なんで キョウツウ の もの が あろう。 たとい あった に した ところ で、 ジッサイ の ヤク には たたない。 ヒガ キョウツウ の グタイテキ の もの など の ハッケン も できる はず が ない。
 こういう の が その とき の ワタクシ の ロンシ で あった。 そうして その ロンシ は けっして ジュウブン な もの では なかった。 もっと センポウ の シュチョウ を とりいれて、 シュウトウ な カイシャク を くだして やる ヨチ は いくらでも あった の で ある。
 しかし その とき ザ に いた 1 ニン が、 とつぜん ワタクシ の ギロン を ひきうけて アイテ に むかいだした ので、 ワタクシ も メンドウ だ から つい ソノママ に して おいた。 けれども ワタクシ の カワリ に なった その オトコ と いう の は だいぶ よって いた。 それで ゲイジュツ が どう だの、 ブンゲイ が どう だの と、 しきり に べんずる けれども、 あまり ヨウリョウ を えた こと は いわなかった。 コトバヅカイ さえ すこし へべれけ で あった。 ハジメ の うち は おもしろがって わらって いた ヒトタチ も、 ついには だまって しまった。
「じゃ ゼッコウ しよう」 など と よった オトコ が シマイ に いいだした。 ワタクシ は 「ゼッコウ する なら ソト で やって くれ、 ここ では メイワク だ から」 と チュウイ した。
「じゃ ソト へ でて ゼッコウ しよう か」 と よった オトコ が アイテ に ソウダン を もちかけた が、 アイテ が うごかない ので、 とうとう それぎり に なって しまった。
 これ は コトシ の ガンジツ の デキゴト で ある。 よった オトコ は それから ちょいちょい くる が、 その とき の ケンカ に ついて は ヒトクチ も いわない。

 28

 ある ヒト が ワタクシ の ウチ の ネコ を みて、 「これ は ナン-ダイメ の ネコ です か」 と きいた とき、 ワタクシ は なにげなく 「2 ダイメ です」 と こたえた が、 アト で かんがえる と、 2 ダイメ は もう とおりこして、 そのじつ 3 ダイメ に なって いた。
 ショダイ は ヤドナシ で あった に かかわらず、 ある イミ から して、 だいぶ ユウメイ に なった が、 それ に ひきかえて、 2 ダイメ の ショウガイ は、 シュジン に さえ わすれられる くらい、 タンメイ だった。 ワタクシ は ダレ が それ を どこ から もらって きた か よく しらない。 しかし テノヒラ に のせれば のせられる よう な ちいさい カッコウ を して、 カレ が そこいらじゅう はいまわって いた トウジ を、 ワタクシ は まだ キオク して いる。 この カレン な ドウブツ は、 ある アサ ウチ の モノ が トコ を あげる とき、 あやまって ウエ から ふみころして しまった。 ぐう と いう コエ が した ので、 フトン の シタ に もぐりこんで いる カレ を すぐ ひきだして、 ソウトウ の テアテ を した が、 もう まにあわなかった。 カレ は それから 1 ンチ フツカ して ついに しんで しまった。 その アト へ きた の が すなわち マックロ な イマ の ネコ で ある。
 ワタクシ は この クロネコ を かわいがって も にくがって も いない。 ネコ の ほう でも ウチジュウ のそのそ あるきまわる だけ で、 べつに ワタクシ の ソバ へ よりつこう と いう コウイ を あらわした こと が ない。
 ある とき カレ は ダイドコロ の トダナ へ はいって、 ナベ の ナカ へ おちた、 その ナベ の ナカ には ゴマ の アブラ が いっぱい あった ので、 カレ の カラダ は コスメチック でも ぬりつけた よう に ひかりはじめた。 カレ は その ひかる カラダ で ワタクシ の ゲンコウシ の ウエ に ねた もの だ から、 アブラ が ずっと シタ まで しみとおって、 ワタクシ を ズイブン な メ に あわせた。
 キョネン ワタクシ の ビョウキ を する すこし マエ に、 カレ は とつぜん ヒフビョウ に かかった。 カオ から ヒタイ へ かけて、 ケ が だんだん ぬけて くる。 それ を しきり に ツメ で かく もの だ から、 カサブタ が ぼろぼろ おちて、 アト が アカハダカ に なる。 ワタクシ は ある ヒ ショクジチュウ この みぐるしい ヨウス を ながめて いや な カオ を した。
「ああ カサブタ を こぼして、 もし コドモ に でも デンセン する と いけない から、 ビョウイン へ つれて いって はやく リョウジ を して やる が いい」
 ワタクシ は ウチ の モノ に こう いった が、 ハラ の ナカ では、 コト に よる と ビョウキ が ビョウキ だ から ゼンチ しまい とも おもった。 ムカシ ワタクシ の しって いる セイヨウジン が、 ある ハクシャク から いい イヌ を もらって かわいがって いた ところ、 いつか こんな ヒフビョウ に なやまされだした ので、 キノドク だ から と いって、 イシャ に たのんで ころして もらった こと を、 ワタクシ は よく おぼえて いた の で ある。
「クロロフォーム か ナニ か で ころして やった ほう が、 かえって クツウ が なくって シアワセ だろう」
 ワタクシ は サン、 ヨタビ おなじ コトバ を くりかえして みた が、 ネコ が まだ ワタクシ の おもう とおり に ならない うち に、 ジブン の ほう が ビョウキ で どっと ねて しまった。 その アイダ ワタクシ は ついに カレ を みる キカイ を もたなかった。 ジブン の クツウ が ちょくせつ ジブン を シハイ する せい か、 カレ の ビョウキ を かんがえる ヨユウ さえ でなかった。
 10 ガツ に いって、 ワタクシ は ようやく おきた。 そうして レイ の ごとく くろい カレ を みた。 すると フシギ な こと に、 カレ の みにくい アカハダカ の ヒフ に モト の よう な くろい ケ が はえかかって いた。
「おや なおる の かしら」
 ワタクシ は タイクツ な ビョウゴ の メ を たえず カレ の ウエ に そそいで いた。 すると ワタクシ の スイジャク が だんだん カイフク する に つれて、 カレ の ケ も だんだん こく なって きた。 それ が ヘイゼイ の とおり に なる と、 コンド は イゼン より こえはじめた。
 ワタクシ は ジブン の ビョウキ の ケイカ と カレ の ビョウキ の ケイカ と を ヒカク して みて、 ときどき そこ に ナニ か の インネン が ある よう な アンジ を うける。 そうして すぐ その アト から ばからしい と おもって ビショウ する。 ネコ の ほう では ただ にゃにゃ なく ばかり だ から、 どんな ココロモチ で いる の か ワタクシ には まるで わからない。

 29

 ワタクシ は リョウシン の バンネン に なって できた いわゆる スエッコ で ある。 ワタクシ を うんだ とき、 ハハ は こんな トシ を して カイニン する の は めんぼくない と いった とか いう ハナシ が、 イマ でも おりおり は くりかえされて いる。
 たんに その ため ばかり でも あるまい が、 ワタクシ の リョウシン は ワタクシ が うまれおちる と まもなく、 ワタクシ を サト に やって しまった。 その サト と いう の は、 むろん ワタクシ の キオク に のこって いる はず が ない けれども、 セイジン の ノチ きいて みる と、 なんでも フルドウグ の バイバイ を トセイ に して いた まずしい フウフモノ で あった らしい。
 ワタクシ は その ドウグヤ の ガラクタ と イッショ に、 ちいさい ザル の ナカ に いれられて、 マイバン ヨツヤ の オオドオリ の ヨミセ に さらされて いた の で ある。 それ を ある バン ワタクシ の アネ が ナニ か の ツイデ に そこ を とおりかかった とき みつけて、 かわいそう と でも おもった の だろう、 フトコロ へ いれて ウチ へ つれて きた が、 ワタクシ は その ヨ どうしても ねつかず に、 とうとう ヒトバンジュウ ナキツヅケ に ないた とか いう ので、 アネ は おおいに チチ から しかられた そう で ある。
 ワタクシ は イツゴロ その サト から とりもどされた か しらない。 しかし じき また ある イエ へ ヨウシ に やられた。 それ は たしか ワタクシ の ヨッツ の トシ で あった よう に おもう。 ワタクシ は モノゴコロ の つく 8~9 サイ まで そこ で セイチョウ した が、 やがて ヨウカ に ミョウ な ゴタゴタ が おこった ため、 ふたたび ジッカ へ もどる よう な シギ と なった。
 アサクサ から ウシゴメ へ うつされた ワタクシ は、 うまれた ウチ へ かえった とは キ が つかず に、 ジブン の リョウシン を モトドオリ ソフボ と のみ おもって いた。 そうして あいかわらず カレラ を オジイサン、 オバアサン と よんで ごうも あやしまなかった。 ムコウ でも キュウ に イマ まで の シュウカン を あらためる の が ヘン だ と かんがえた もの か、 ワタクシ に そう よばれながら すました カオ を して いた。
 ワタクシ は フツウ の スエッコ の よう に けっして リョウシン から かわいがられなかった。 これ は ワタクシ の セイシツ が すなお で なかった ため だの、 ひさしく リョウシン に とおざかって いた ため だの、 イロイロ の ゲンイン から きて いた。 とくに チチ から は むしろ カコク に とりあつかわれた と いう キオク が まだ ワタクシ の アタマ に のこって いる。 それだのに アサクサ から ウシゴメ へ うつされた トウジ の ワタクシ は、 なぜか ヒジョウ に うれしかった。 そうして その ウレシサ が ダレ の メ にも つく くらい に いちじるしく ソト へ あらわれた。
 バカ な ワタクシ は、 ホントウ の リョウシン を ジイババ と のみ おもいこんで、 どの くらい の ツキヒ を クウ に くらした もの だろう、 それ を きかれる と まるで わからない が、 なんでも ある ヨ こんな こと が あった。
 ワタクシ が ヒトリ ザシキ に ねて いる と、 マクラモト の ところ で ちいさな コエ を だして、 しきり に ワタクシ の ナ を よぶ モノ が ある。 ワタクシ は おどろいて メ を さました が、 アタリ が マックラ なので、 ダレ が そこ に うずくまって いる の か、 ちょっと ハンダン が つかなかった。 けれども ワタクシ は コドモ だ から ただ じっと して センポウ の いう こと だけ を きいて いた。 すると きいて いる うち に、 それ が ワタクシ の ウチ の ゲジョ の コエ で ある こと に キ が ついた。 ゲジョ は くらい ナカ で ワタクシ に ミミコスリ を する よう に こう いう の で ある。――
「アナタ が オジイサン オバアサン だ と おもって いらっしゃる カタ は、 ホントウ は アナタ の オトッサン と オッカサン なの です よ。 さっき ね、 おおかた その せい で あんな に こっち の ウチ が すき なん だろう、 ミョウ な もの だな、 と いって フタリ で はなして いらしった の を ワタクシ が きいた から、 そっと アナタ に おしえて あげる ん です よ。 ダレ にも はなしちゃ いけません よ。 よ ござんす か」
 ワタクシ は その とき ただ 「ダレ にも いわない よ」 と いった ぎり だった が、 ココロ の ウチ では たいへん うれしかった。 そうして その ウレシサ は ジジツ を おしえて くれた から の ウレシサ では なくって、 たんに ゲジョ が ワタクシ に シンセツ だった から の ウレシサ で あった。 フシギ にも ワタクシ は それほど うれしく おもった ゲジョ の ナ も カオ も まるで わすれて しまった。 おぼえて いる の は ただ その ヒト の シンセツ だけ で ある。

 30

 ワタクシ が こうして ショサイ に すわって いる と、 くる ヒト の オオク が 「もう ゴビョウキ は すっかり オナオリ です か」 と たずねて くれる。 ワタクシ は ナンド も おなじ シツモン を うけながら、 ナンド も ヘントウ に チュウチョ した。 そうして その キョク いつでも おなじ コトバ を くりかえす よう に なった。 それ は 「ええ まあ どうか こうか いきて います」 と いう ヘン な アイサツ に ことならなかった。
 どうか こうか いきて いる。 ――ワタクシ は この イック を ひさしい アイダ シヨウ した。 しかし シヨウ する ごと に、 なんだか フオントウ な ココロモチ が する ので、 ジブン でも じつは やめられる ならば と おもって かんがえて みた が、 ワタクシ の ケンコウ ジョウタイ を いいあらわす べき テキトウ な コトバ は、 タ に どうしても みつからなかった。
 ある ヒ T クン が きた から、 この ハナシ を して、 なおった とも いえず、 なおらない とも いえず、 なんと こたえて いい か わからない と かたったら、 T クン は すぐ ワタクシ に こんな ヘンジ を した。
「そりゃ なおった とは いわれません ね。 そう ときどき サイハツ する よう じゃ。 まあ モト の ビョウキ の ケイゾク なん でしょう」
 この ケイゾク と いう コトバ を きいた とき、 ワタクシ は いい こと を おしえられた よう な キ が した。 それから イゴ は、 「どうか こうか いきて います」 と いう アイサツ を やめて、 「ビョウキ は まだ ケイゾクチュウ です」 と あらためた。 そうして その ケイゾク の イミ を セツメイ する バアイ には、 かならず オウシュウ の タイラン を ヒキアイ に だした。
「ワタクシ は ちょうど ドイツ が レンゴウグン と センソウ を して いる よう に、 ビョウキ と センソウ を して いる の です。 イマ こう やって アナタ と タイザ して いられる の は、 テンカ が タイヘイ に なった から では ない ので、 ザンゴウ の ウチ に はいって、 ビョウキ と ニラメックラ を して いる から です。 ワタクシ の カラダ は ランセイ です。 いつ どんな ヘン が おこらない とも かぎりません」
 ある ヒト は ワタクシ の セツメイ を きいて、 おもしろそう に はは と わらった。 ある ヒト は だまって いた。 また ある ヒト は キノドク-らしい カオ を した。
 キャク の かえった アト で ワタクシ は また かんがえた。 ――ケイゾクチュウ の もの は おそらく ワタクシ の ビョウキ ばかり では ない だろう。 ワタクシ の セツメイ を きいて、 ジョウダン だ と おもって わらう ヒト、 わからない で だまって いる ヒト、 ドウジョウ の ネン に かられて キノドク-らしい カオ を する ヒト、 ――すべて これら の ヒト の ココロ の オク には、 ワタクシ の しらない、 また ジブン たち さえ キ の つかない、 ケイゾクチュウ の もの が いくらでも ひそんで いる の では なかろう か。 もし カレラ の ムネ に ひびく よう な おおきな オト で、 それ が イチド に ハレツ したら、 カレラ は はたして どう おもう だろう。 カレラ の キオク は その とき もはや カレラ に むかって ナニモノ をも かたらない だろう。 カコ の ジカク は とくに きえて しまって いる だろう。 イマ と ムカシ と また その ムカシ の アイダ に なんら の インガ を みとめる こと の できない カレラ は、 そういう ケッカ に おちいった とき、 なんと ジブン を カイシャク して みる キ だろう。 しょせん ワレワレ は ジブン で ユメ の マ に セイゾウ した バクレツダン を、 おもいおもい に いだきながら、 ヒトリ のこらず、 シ と いう とおい ところ へ、 ダンショウ しつつ あるいて ゆく の では なかろう か。 ただ どんな もの を だいて いる の か、 ヒト も しらず ジブン も しらない ので、 シアワセ なん だろう。
 ワタクシ は ワタクシ の ビョウキ が ケイゾク で ある と いう こと に キ が ついた とき、 オウシュウ の センソウ も おそらく いつ の ヨ から か の ケイゾク だろう と かんがえた。 けれども、 それ が どこ から どう はじまって、 どう キョクセツ して ゆく か の モンダイ に なる と まったく ムチシキ なので、 ケイゾク と いう コトバ を かいしない イッパン の ヒト を、 ワタクシ は かえって うらやましく おもって いる。

 31

 ワタクシ が まだ ショウガッコウ に いって いた ジブン に、 キイ ちゃん と いう ナカ の いい トモダチ が あった。 キイ ちゃん は トウジ ナカチョウ の オジサン の ウチ に いた ので、 そう ミチノリ の ちかく ない ワタクシ の ところ から は、 マイニチ あい に ゆく こと が できにくかった。 ワタクシ は おもに ジブン の ほう から でかけない で、 キイ ちゃん の くる の を ウチ で まって いた。 キイ ちゃん は いくら ワタクシ が ゆかない でも、 きっと ムコウ から くる に きまって いた。 そうして その くる ところ は、 ワタクシ の イエ の ナガヤ を かりて、 カミ や フデ を うる マツ さん の モト で あった。
 キイ ちゃん には チチハハ が ない よう だった が、 コドモ の ワタクシ には、 それ が いっこう フシギ とも おもわれなかった。 おそらく きいて みた こと も なかったろう。 したがって キイ ちゃん が なぜ マツ さん の ところ へ くる の か、 その ワケ さえ も しらず に いた。 これ は ずっと アト で きいた ハナシ で ある が、 この キイ ちゃん の オトッサン と いう の は、 ムカシ ギンザ の ヤクニン か ナニ か を して いた とき、 ニセガネ を つくった とか いう ケンギ を うけて、 ジュロウ した まま しんで しまった の だ と いう。 それで アト に とりのこされた サイクン が、 キイ ちゃん を センプ の イエ へ おいた なり、 マツ さん の ところ へ サイエン した の だ から、 キイ ちゃん が ときどき ウミ の ハハ に あい に くる の は アタリマエ の ハナシ で あった。
 なんにも しらない ワタクシ は、 この ジジョウ を きいた とき で すら、 べつだん ヘン な カンジ も おこさなかった くらい だ から、 キイ ちゃん と ふざけまわって あそぶ コロ に、 カレ の キョウグウ など を かんがえた こと は ただ の イチド も なかった。
 キイ ちゃん も ワタクシ も カンガク が すき だった ので、 わかり も しない くせ に、 よく ブンショウ の ギロン など を して おもしろがった。 カレ は どこ から きいて くる の か、 しらべて くる の か、 よく むずかしい カンセキ の ナマエ など を あげて、 ワタクシ を おどろかす こと が おおかった。
 カレ は ある ヒ ワタクシ の ヘヤ ドウヨウ に なって いる ゲンカン に あがりこんで、 フトコロ から 2 サツ ツヅキ の ショモツ を だして みせた。 それ は たしか に シャホン で あった。 しかも カンブン で つづって あった よう に おもう。 ワタクシ は キイ ちゃん から、 その ショモツ を うけとって、 ムイミ に そこここ を ひっくりかえして みて いた。 じつは ナニ が なんだか ワタクシ には さっぱり わからなかった の で ある。 しかし キイ ちゃん は、 それ を しってる か など と ロコツ な こと を いう タチ では なかった。
「これ は オオタ ナンポ の ジヒツ なん だ がね。 ボク の トモダチ が それ を うりたい と いう ので キミ に みせ に きた ん だ が、 かって やらない か」
 ワタクシ は オオタ ナンポ と いう ヒト を しらなかった。
「オオタ ナンポ って いったい ナン だい」
「ショクサンジン の こと さ。 ユウメイ な ショクサンジン さ」
 ムガク な ワタクシ は ショクサンジン と いう ナマエ さえ まだ しらなかった。 しかし キイ ちゃん に そう いわれて みる と、 なんだか キチョウ の ショモツ らしい キ が した。
「いくら なら うる の かい」 と きいて みた。
「50 セン に うりたい と いう ん だ がね。 どう だろう」
 ワタクシ は かんがえた。 そうして なにしろ ねぎって みる の が ジョウサク だ と おもいついた。
「25 セン なら かって も いい」
「それじゃ 25 セン でも かまわない から、 かって やりたまえ」
 キイ ちゃん は こう いいつつ ワタクシ から 25 セン うけとって おいて、 また しきり に その ホン の コウノウ を のべたてた。 ワタクシ には むろん その ショモツ が わからない の だ から、 それほど うれしく も なかった けれども、 なにしろ ソン は しない の だろう と いう だけ の マンゾク は あった。 ワタクシ は その ヨ ナンポ ユウゲン―― たしか そんな ナマエ だ と キオク して いる が、 それ を ツクエ の ウエ に のせて ねた。

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 あくる ヒ に なる と、 キイ ちゃん が また ぶらり と やって きた。
「キミ キノウ かって もらった ホン の こと だ がね」
 キイ ちゃん は それ だけ いって、 ワタクシ の カオ を みながら ぐずぐず して いる。 ワタクシ は ツクエ の ウエ に のせて あった ショモツ に メ を そそいだ。
「あの ホン かい。 あの ホン が どうか した の かい」
「じつは あすこ の ウチ の オヤジ に しれた もの だ から、 オヤジ が たいへん おこって ね。 どうか かえして もらって きて くれ って ボク に たのむ ん だよ。 ボク も イッペン キミ に わたした もん だ から いや だった けれども シカタ が ない から また きた のさ」
「ホン を とり に かい」
「とり に って わけ でも ない けれども、 もし キミ の ほう で サシツカエ が ない なら、 かえして やって くれない か。 なにしろ 25 セン じゃ やすすぎる って いう ん だ から」
 この サイゴ の イチゴン で、 ワタクシ は イマ まで やすく かいえた と いう マンゾク の ウラ に、 ぼんやり ひそんで いた フカイ、 ――フゼン の コウイ から おこる フカイ―― を はっきり ジカク しはじめた。 そうして イッポウ では ずるい ワタクシ を いかる と ともに、 イッポウ では 25 セン で うった センポウ を いかった。 どうして この フタツ の イカリ を ドウジ に やわらげた もの だろう。 ワタクシ は にがい カオ を して しばらく だまって いた。
 ワタクシ の この シンリ ジョウタイ は、 イマ の ワタクシ が コドモ の とき の ジブン を カイコ して カイボウ する の だ から、 ヒカクテキ メイリョウ に えがきだされる よう な ものの、 その バアイ の ワタクシ には ほとんど わからなかった。 ワタクシ さえ ただ にがい カオ を した と いう ケッカ だけ しか ジカク しえなかった の だ から、 アイテ の キイ ちゃん には むろん それ イジョウ わかる はず が なかった。 カッコ の ナカ で いう べき こと かも しれない が、 トシ を とった コンニチ でも、 ワタクシ には よく こんな ゲンショウ が おこって くる。 それで よく ヒト から ゴカイ される。
 キイ ちゃん は ワタクシ の カオ を みて、 「25 セン では ホントウ に やすすぎる ん だ とさ」 と いった。
 ワタクシ は いきなり ツクエ の ウエ に のせて おいた ショモツ を とって、 キイ ちゃん の マエ に つきだした。
「じゃ かえそう」
「どうも シッケイ した。 なにしろ ヤスコウ の もってる もの で ない ん だ から シカタ が ない。 オヤジ の ウチ に ムカシ から あった やつ を、 そっと うって コヅカイ に しよう って いう ん だ から ね」
 ワタクシ は ぷりぷり して なんとも こたえなかった。 キイ ちゃん は タモト から 25 セン だして ワタクシ の マエ へ おきかけた が、 ワタクシ は それ に テ を ふれよう とも しなかった。
「その カネ なら とらない よ」
「なぜ」
「なぜ でも とらない」
「そう か。 しかし つまらない じゃ ない か、 ただ ホン だけ かえす の は。 ホン を かえす くらい なら 25 セン も とりたまい な」
 ワタクシ は たまらなく なった。
「ホン は ボク の もの だよ。 いったん かった イジョウ は ボク の もの に きまってる じゃ ない か」
「そりゃ そう に ちがいない。 ちがいない が ムコウ の ウチ でも こまってる ん だ から」
「だから かえす と いってる じゃ ない か。 だけど ボク は カネ を とる ワケ が ない ん だ」
「そんな わからない こと を いわず に、 まあ とって おきたまい な」
「ボク は やる ん だよ。 ボク の ホン だ けども、 ほしければ やろう と いう ん だよ。 やる ん だ から ホン だけ もってったら いい じゃ ない か」
「そう か そんなら、 そう しよう」
 キイ ちゃん は、 とうとう ホン だけ もって かえった。 そうして ワタクシ は なんの イミ なし に 25 セン の コヅカイ を とられて しまった の で ある。
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ガラスド の ウチ 5

2018-01-05 | ナツメ ソウセキ
 33

 ヨノナカ に すむ ニンゲン の 1 ニン と して、 ワタクシ は まったく コリツ して セイゾン する わけ に ゆかない。 しぜん ヒト と コウショウ の ヒツヨウ が どこ から か おこって くる。 ジコウ の アイサツ、 ヨウダン、 それから もっと こみいった カケアイ―― これら から ダッキャク する こと は、 いかに コタン な セイカツ を おくって いる ワタクシ にも むずかしい の で ある。
 ワタクシ は なんでも ヒト の いう こと を マ に うけて、 すべて ショウメン から カレラ の ゲンゴ ドウサ を カイシャク す べき もの だろう か。 もし ワタクシ が もって うまれた この タンジュン な セイジョウ に ジコ を たくして かえりみない と する と、 ときどき とんでもない ヒト から だまされる こと が ある だろう。 その ケッカ カゲ で バカ に されたり、 ひやかされたり する。 キョクタン な バアイ には、 ジブン の メンゼン で さえ しのぶ べからざる ブジョク を うけない とも かぎらない。
 それでは ヒト は ミナ スレカラシ の ウソツキ ばかり と おもって、 ハジメ から アイテ の コトバ に ミミ も かさず、 ココロ も かたむけず、 ある とき は その リメン に ひそんで いる らしい ハンタイ の イミ だけ を ムネ に おさめて、 それ で かしこい ヒト だ と ジブン を ヒヒョウ し、 また そこ に アンジュウ の チ を みいだしうる だろう か。 そう する と ワタクシ は ヒト を ゴカイ しない とも かぎらない。 そのうえ おそる べき カシツ を おかす カクゴ を、 ショテ から カテイ して、 かからなければ ならない。 ある とき は ヒツゼン の ケッカ と して、 ツミ の ない ヒト を ブジョク する くらい の コウガン を ジュンビ して おかなければ、 コト が コンナン に なる。
 もし ワタクシ の タイド を この リョウメン の どっち か に かたづけよう と する と、 ワタクシ の ココロ に また イッシュ の クモン が おこる。 ワタクシ は わるい ヒト を しんじたく ない。 それから また いい ヒト を すこし でも きずつけたく ない。 そうして ワタクシ の マエ に あらわれて くる ヒト は、 ことごとく アクニン でも なければ、 また ミンナ ゼンニン とも おもえない。 すると ワタクシ の タイド も アイテ-シダイ で イロイロ に かわって ゆかなければ ならない の で ある。
 この ヘンカ は ダレ に でも ヒツヨウ で、 また ダレ でも ジッコウ して いる こと だろう と おもう が、 それ が はたして アイテ に ぴたり と あって スンブン マチガイ の ない ビミョウ な トクシュ な セン の ウエ を アブナゲ も なく あるいて いる だろう か。 ワタクシ の おおいなる ギモン は つねに そこ に わだかまって いる。
 ワタクシ の ヒガミ を ベツ に して、 ワタクシ は カコ に おいて、 オオク の ヒト から バカ に された と いう にがい キオク を もって いる。 ドウジ に、 センポウ の いう こと や する こと を、 わざと ひらたく とらず に、 あんに その ヒト の ヒンセイ に ハジ を かかした と おなじ よう な カイシャク を した ケイケン も たくさん あり は しまい か と おもう。
 ヒト に たいする ワタクシ の タイド は まず イマ まで の ワタクシ の ケイケン から くる。 それから ゼンゴ の カンケイ と シイ の ジョウキョウ から でる。 サイゴ に、 アイマイ な コトバ では ある が、 ワタクシ が テン から さずかった チョッカク が ナニブン か はたらく。 そうして、 アイテ に バカ に されたり、 また アイテ を バカ に したり、 まれ には アイテ に カレ ソウトウ な タイグウ を あたえたり して いる。
 しかし イマ まで の ケイケン と いう もの は、 ひろい よう で、 そのじつ はなはだ せまい。 ある シャカイ の イチブブン で、 ナンド と なく くりかえされた ケイケン を、 タ の イチブブン へ もって ゆく と、 まるで ツウヨウ しない こと が おおい。 ゼンゴ の カンケイ とか シイ の ジョウキョウ とか いった ところ で、 センサ バンベツ なの だ から、 その オウヨウ の クイキ が かぎられて いる ばかり か、 そのじつ センサ バンベツ に シリョ を めぐらさなければ ヤク に たたなく なる。 しかも それ を めぐらす ジカン も、 ザイリョウ も じゅうぶん キュウヨ されて いない バアイ が おおい。
 それで ワタクシ は ともすると じじつ ある の だ か、 また ない の だ か わからない、 きわめて あやふや な ジブン の チョッカク と いう もの を シュイ に おいて、 ヒト を ハンダン したく なる。 そうして ワタクシ の チョッカク が はたして あたった か あたらない か、 ようするに キャッカンテキ ジジツ に よって、 それ を たしかめる キカイ を もたない こと が おおい。 そこ に また ワタクシ の ウタガイ が しじゅう モヤ の よう に かかって、 ワタクシ の ココロ を くるしめて いる。
 もし ヨノナカ に ゼンチ ゼンノウ の カミ が ある ならば、 ワタクシ は その カミ の マエ に ひざまずいて、 ワタクシ に ゴウハツ の ウタガイ を さしはさむ ヨチ も ない ほど あきらか な チョッカク を あたえて、 ワタクシ を この クモン から ゲダツ せしめん こと を いのる。 で なければ、 この フメイ な ワタクシ の マエ に でて くる スベテ の ヒト を、 レイロウ トウテツ な ショウジキモノ に ヘンカ して、 ワタクシ と その ヒト との タマシイ が ぴたり と あう よう な コウフク を さずけたまわん こと を いのる。 イマ の ワタクシ は バカ で ヒト に だまされる か、 あるいは うたがいぶかくて ヒト を いれる こと が できない か、 この リョウホウ だけ しか ない よう な キ が する。 フアン で、 フトウメイ で、 フユカイ に みちて いる。 もし それ が ショウガイ つづく と する ならば、 ニンゲン とは どんな に フコウ な もの だろう。

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 ワタクシ が ダイガク に いる コロ おしえた ある ブンガクシ が きて、 「センセイ は このあいだ コウトウ コウギョウ で コウエン を なすった そう です ね」 と いう から、 「ああ やった」 と こたえる と、 その オトコ が 「なんでも わからなかった よう です よ」 と おしえて くれた。
 それまで ジブン の いった こと に ついて、 その ホウメン の ケネン を まるで もって いなかった ワタクシ は、 カレ の コトバ を きく と ひとしく、 イガイ の カン に うたれた。
「キミ は どうして そんな こと を しってる の」
 この ギモン に たいする カレ の セツメイ は カンタン で あった。 シンセキ だ か チジン だ か しらない が、 なにしろ カレ に カンケイ の ある ある ウチ の セイネン が、 その ガッコウ に かよって いて、 トウジツ ワタクシ の コウエン を きいた ケッカ を、 なんだか わからない と いう コトバ で カレ に つげた の で ある。
「いったい どんな こと を コウエン なすった の です か」
 ワタクシ は セキジョウ で、 カレ の ため に また その コウエン の コウガイ を くりかえした。
「べつに むずかしい とも おもえない こと だろう キミ。 どうして それ が わからない かしら」
「わからない でしょう。 どうせ わかりゃ しません」
 ワタクシ には だんこ たる この ヘンジ が いかにも フシギ に きこえた。 しかし それ より も なお つよく ワタクシ の ムネ を うった の は、 よせば よかった と いう コウカイ の ネン で あった。 ジハク する と、 ワタクシ は この ガッコウ から ナンド と なく コウエン を イライ されて、 ナンド と なく ことわった の で ある。 だから それ を サイゴ に ひきうけた とき の ワタクシ の ハラ には、 どうか して そこ に あつまる チョウシュウ に、 ソウトウ の リエキ を あたえたい と いう キボウ が あった。 その キボウ が、 「どうせ わかりゃ しません」 と いう カンタン な カレ の イチゴン で、 みごと に フンサイ されて しまって みる と、 ワタクシ は わざわざ アサクサ まで ゆく ヒツヨウ が なかった の だ と、 ジブン を かんがえない わけ に ゆかなかった。
 これ は もう 1~2 ネン マエ の ふるい ハナシ で ある が キョネン の アキ また ある ガッコウ で、 どうしても コウエン を やらなければ ギリ が わるい こと に なって、 ついに そこ へ いった とき、 ワタクシ は ふと ワタクシ を コウカイ させた ゼンネン を おもいだした。 それに ワタクシ の ろんじた その とき の ダイモク が、 わかい チョウシュウ の ゴカイ を まねきやすい ナイヨウ を ふくんで いた ので、 ワタクシ は エンダン を おりる マギワ に こう いった。――
「たぶん ゴカイ は ない つもり です が、 もし ワタクシ の イマ おはなし した ウチ に、 はっきり しない ところ が ある なら、 どうぞ シタク まで きて ください。 できる だけ アナタガタ に ゴナットク の いく よう に セツメイ して あげる つもり です から」
 ワタクシ の この コトバ が、 どんな ふう に ハンキョウ を もたらす だろう か と いう ヨキ は、 トウジ の ワタクシ には ほとんど なかった よう に おもう。 しかし それから 4~5 ニチ たって、 3 ニン の セイネン が ワタクシ の ショサイ に はいって きた の は ジジツ で ある。 その ウチ の フタリ は デンワ で ワタクシ の ツゴウ を ききあわせた。 ヒトリ は テイネイ な テガミ を かいて、 メンカイ の ジカン を こしらえて くれ と チュウモン して きた。
 ワタクシ は こころよく それら の セイネン に せっした。 そうして カレラ の ライイ を たしかめた。 ヒトリ の ほう は ワタクシ の ヨソウドオリ、 ワタクシ の コウエン に ついて の スジミチ の シツモン で あった が、 のこる フタリ の ほう は、 アンガイ にも カレラ の ユウジン が その カテイ に たいして とる べき ホウシン に ついて の ギギ を ワタクシ に きこう と した。 したがって これ は ワタクシ の コウエン を、 どう ジッシャカイ に オウヨウ して いい か と いう カレラ の モクゼン に せまった モンダイ を もって きた の で ある。
 ワタクシ は これら 3 ニン の ため に、 ワタクシ の いう べき こと を いい、 セツメイ す べき こと を セツメイ した つもり で ある。 それ が カレラ に どれほど の リエキ を あたえた か、 ケッカ から いう と この ワタクシ にも わからない。 しかし それ だけ に した ところ で ワタクシ には マンゾク なの で ある。 「アナタ の コウエン は わからなかった そう です」 と いわれた とき より も はるか に マンゾク なの で ある。

(この コウ が シンブン に でた 2~3 ニチ アト で、 ワタクシ は コウトウ コウギョウ の ガクセイ から 4~5 ツウ の テガミ を うけとった。 その ヒトビト は ミンナ ワタクシ の コウエン を きいた モノ ばかり で、 いずれ も ワタクシ が ここ で のべた シツボウ を うちけす よう な ジジツ を、 ハンショウ と して かいて きて くれた の で ある。 だから その テガミ は みな コウイ に みちて いた。 なぜ イチ ガクセイ の いった こと を、 チョウシュウ ゼンタイ の イケン と して ソクダン する か など と いう キツモンテキ の もの は ヒトツ も なかった。 それで ワタクシ は ここ に イチゴン を フカ して、 ワタクシ の フメイ を しゃし、 あわせて ワタクシ の ゴカイ を ただして くれた ヒトビト の シンセツ を ありがたく おもう ムネ を オオヤケ に する の で ある。)

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 ワタクシ は コドモ の ジブン よく ニホンバシ の セトモノ-チョウ に ある イセモト と いう ヨセ へ コウシャク を きき に いった。 イマ の ミツコシ の ムコウガワ に いつでも ヒルセキ の カンバン が かかって いて、 その カド を まがる と、 ヨセ は つい コハンチョウ ゆく か ゆかない ミギテ に あった の で ある。
 この セキ は ヨル に なる と、 イロモノ だけ しか かけない ので、 ワタクシ は ヒル より ホカ に アシ を ふみこんだ こと が なかった けれども、 ドスウ から いう と いちばん おおく かよった ところ の よう に おもわれる。 トウジ ワタクシ の いた イエ は むろん タカタ ノ ババ の シタ では なかった。 しかし いくら チリ の ベン が よかった から と いって、 どうして あんな に コウシャク を きき に ゆく ジカン が ワタクシ に あった もの か、 イマ かんがえる と むしろ フシギ な くらい で ある。
 これ も イマ から ふりかえって とおい カコ を ながめる せい でも あろう が、 そこ は ヨセ と して は むしろ ジョウヒン な キブン を キャク に おこさせる よう に できて いた。 コウザ の ミギガワ には チョウバ-ゴウシ の よう な シキリ を ニホウ に たてまわして、 その ナカ に ジョウレン の セキ が もうけて あった。 それから コウザ の ウシロ が エンガワ で、 その サキ が また ニワ に なって いた。 ニワ には ウメ の コボク が ナナメ に イゲタ の ウエ に つきでたり して、 キュウクツ な カンジ の しない ほど の オオゾラ が、 エン から あおがれる くらい に ヨブン の ジメン を とりこんで いた。 その ニワ を ヒガシ に うけて ハナレザシキ の よう な タテモノ も みえた。
 チョウバ-ゴウシ の ウチ に いる レンジュウ は、 ジカン が あまって つかいきれない ユウフク な ヒトタチ なの だ から、 ミンナ ソウオウ な ナリ を して、 ときどき ノンキ そう に タモト から ケヌキ など を だして コンキ よく ハナゲ を ぬいて いた。 そんな のどか な ヒ には、 ニワ の ウメ の キ に ウグイス が きて なく よう な キモチ も した。
 ナカイリ に なる と、 カシ を ハコイリ の まま チャ を うる オトコ が キャク の アイダ へ くばって あるく の が この セキ の シュウカン に なって いた。 ハコ は あさい チョウホウケイ の もの で、 まず ダレ でも ほしい と おもう ヒト の テ の とどく ところ に ヒトツ と いった ふう に ツゴウ よく おかれる の で ある。 カシ の カズ は ヒトハコ に トオ ぐらい の ワリ だった か と おもう が、 それ を たべたい だけ たべて、 アト から その ダイカ を ハコ の ナカ に いれる の が ムゴン の キヤク に なって いた。 ワタクシ は その コロ この シュウカン を めずらしい もの の よう に きょうがって ながめて いた が、 イマ と なって みる と、 こうした オウヨウ で ノンキ な キブン は、 どこ の ヒトヨセバ へ いって も、 もう あじわう こと が できまい と おもう と、 それ が また なんとなく なつかしい。
 ワタクシ は そんな おっとり と ものさびた クウキ の ナカ で、 ふるめかしい コウシャク と いう もの を イロイロ の ヒト から きいた の で ある。 その ナカ には、 すととこ、 のんのん、 ずいずい、 など と いう ミョウ な コトバ を つかう オトコ も いた。 これ は タナベ ナンリュウ と いって、 モト は どこ か の ゲソクバン で あった とか いう ハナシ で ある。 その すととこ、 のんのん、 ずいずい は はなはだ ユウメイ な もの で あった が、 その イミ を リカイ する モノ は ヒトリ も なかった。 カレ は ただ それ を グンゼイ の おしよせる ケイヨウシ と して もちいて いた らしい の で ある。
 この ナンリュウ は とっく の ムカシ に しんで しまった。 その ホカ の モノ も タイテイ は しんで しまった。 ソノゴ の ヨウス を まるで しらない ワタクシ には、 その ジブン ワタクシ を よろこばせて くれた ヒト の ウチ で いきて いる モノ が はたして ナンニン ある の だ か まったく わからなかった。
 ところが いつか ビオンカイ の ボウネンカイ の あった とき、 その バングミ を みたら、 ヨシワラ の タイコモチ の チャバン だの ナン だの が ならべて かいて ある ウチ に、 ワタクシ は たった ヒトリ の トウジ の キュウユウ を みいだした。 ワタクシ は シントミ-ザ へ いって、 その ヒト を みた。 また その コエ を きいた。 そうして カレ の カオ も ノド も ムカシ と ちっとも かわって いない の に おどろいた。 カレ の コウシャク も まったく ムカシ の とおり で あった。 シンポ も しない カワリ に、 タイホ も して いなかった。 20 セイキ の この キュウゲキ な ヘンカ を、 ジブン と ジブン の シュウイ に おそろしく イシキ しつつ あった ワタクシ は、 カレ の マエ に すわりながら、 たえず カレ と ワタクシ と を、 ココロ の ウチ で ヒカク して イッシュ の モクソウ に ふけって いた。
 カレ と いう の は バキン の こと で、 ムカシ イセモト で ナンリュウ の ナカイリマエ を つとめて いた コロ には、 キンリョウ と よばれた ワカテ だった の で ある。

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 ワタクシ の チョウケイ は まだ ダイガク と ならない マエ の カイセイ-コウ に いた の だ が、 ハイ を わずらって チュウト で タイガク して しまった。 ワタクシ とは だいぶ トシ が ちがう ので、 キョウダイ と して の シタシミ より も、 オトナ タイ コドモ と して の カンケイ の ほう が、 ふかく ワタクシ の アタマ に しみこんで いる。 ことに おこられた とき は そうした カンジ が つよく ワタクシ を シゲキ した よう に おもう。
 アニ は イロ の しろい ハナスジ の とおった うつくしい オトコ で あった。 しかし カオダチ から いって も、 ヒョウジョウ から みて も、 どこ か に けわしい ソウ を そなえて いて、 むやみ に ちかよれない と いった フウ の せまった ココロモチ を ヒト に あたえた。
 アニ の ザイガクチュウ には、 まだ チホウ から でて きた コウシンセイ など の いる コロ だった ので、 イマ の セイネン には ソウゾウ の できない よう な キフウ が コウナイ の そこここ に のこって いた らしい。 アニ は ある ジョウキュウセイ に フミ を つけられた と いって、 ワタクシ に はなした こと が ある。 その ジョウキュウセイ と いう の は、 アニ など より も ずっと トシウエ の オトコ で あった らしい。 こんな シュウカン の おこなわれない トウキョウ で そだった カレ は、 はたして その フミ を どう シマツ した もの だろう。 アニ は それ イゴ ガッコウ の フロ で その オトコ と カオ を みあわせる たび に、 キマリ の わるい オモイ を して こまった と いって いた。
 ガッコウ を でた コロ の カレ は、 ヒジョウ に シカク シメン で、 しじゅう かたくるしく かまえて いた から、 チチ や ハハ も たしょう カレ に キ を おく ヨウス が みえた。 そのうえ ビョウキ の せい でも あろう が、 つねに いんきくさい カオ を して、 ウチ に ばかり ひっこんで いた。
 それ が いつ と なく とけて きて、 ヒトガラ が おのずと やわらか に なった と おもう と、 カレ は よく コワタリ トウザン の キモノ に カクオビ など を しめて、 ユウガタ から ウチ を ソト に しはじめた。 ときどき は ムラサキイロ で キッコウガタ を イチメン に すった カメセイ の ウチワ など が チャノマ に ほうりだされる よう に なった。 それ だけ なら まだ いい が、 カレ は ナガヒバチ の マエ へ すわった まま、 しきり に コワイロ を つかいだした。 しかし ウチ の モノ は べつだん それ に トンジャク する ヨウス も みえなかった。 ワタクシ は むろん ヘイキ で あった。 コワイロ と ドウジ に トウハチケン も はじまった。 しかし この ほう は アイテ が いる ので、 そう マイバン は くりかえされなかった が、 なにしろ へんに ブキヨウ な テ を あげたり さげたり して、 ネッシン に やって いた。 アイテ は おもに 3 バンメ の アニ が つとめて いた よう で ある。 ワタクシ は マジメ な カオ を して、 ただ ボウカン して いる に すぎなかった。
 この アニ は とうとう ハイビョウ で しんで しまった。 しんだ の は たしか メイジ 20 ネン だ と おぼえて いる。 すると ソウシキ も すみ、 タイヤ も すんで、 まず ヒトカタヅキ と いう ところ へ ヒトリ の オンナ が たずねて きた。 3 バンメ の アニ が でて オウセツ して みる と、 その オンナ は カレ に こんな こと を きいた。
「ニイサン は しぬ まで、 オクサン を おもち に なりゃ しますまい ね」
 アニ は ビョウキ の ため、 ショウガイ サイタイ しなかった。
「いいえ シマイ まで ドクシン で くらして いました」
「それ を きいて やっと アンシン しました。 ワタクシ の よう な モノ は、 どうせ ダンナ が なくっちゃ いきて いかれない から、 シカタ が ありません けれども、……」
 アニ の イコツ の うめられた テラ の ナ を おすわって かえって いった この オンナ は、 わざわざ コウシュウ から でて きた の で ある が、 もと ヤナギバシ の ゲイシャ を して いる コロ、 アニ と カンケイ が あった の だ と いう ハナシ を、 ワタクシ は その とき はじめて きいた。
 ワタクシ は ときどき この オンナ に あって アニ の こと など を ものがたって みたい キ が しない でも ない。 しかし あったら さだめし オバアサン に なって、 ムカシ とは まるで ちがった カオ を して い は しまい か と かんがえる。 そうして その ココロ も その カオ ドウヨウ に シワ が よって、 からから に かわいて い は しまい か とも かんがえる。 もし そう だ と する と、 かの オンナ が イマ に なって アニ の オトウト の ワタクシ に あう の は、 かの オンナ に とって かえって つらい かなしい こと かも しれない。

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 ワタクシ は ハハ の キネン の ため に ここ で ナニ か かいて おきたい と おもう が、 あいにく ワタクシ の しって いる ハハ は、 ワタクシ の アタマ に たいした ザイリョウ を のこして いって くれなかった。
 ハハ の ナ は チエ と いった。 ワタクシ は イマ でも この チエ と いう コトバ を なつかしい もの の ヒトツ に かぞえて いる。 だから ワタクシ には それ が ただ ワタクシ の ハハ だけ の ナマエ で、 けっして ホカ の オンナ の ナマエ で あって は ならない よう な キ が する。 サイワイ に ワタクシ は まだ ハハ イガイ の チエ と いう オンナ に であった こと が ない。
 ハハ は ワタクシ の 13~14 の とき に しんだ の だ けれども、 ワタクシ の イマ トオク から よびおこす カノジョ の ゲンゾウ は、 キオク の イト を いくら たどって いって も、 オバアサン に みえる。 バンネン に うまれた ワタクシ には、 ハハ の みずみずしい スガタ を おぼえて いる トッケン が ついに あたえられず に しまった の で ある。
 ワタクシ の しって いる ハハ は、 つねに おおきな メガネ を かけて シゴト を して いた。 その メガネ は テツブチ の コフウ な もの で、 タマ の オオキサ が サシワタシ 2 スン イジョウ も あった よう に おもわれる。 ハハ は それ を かけた まま、 すこし アゴ を エリモト へ ひきつけながら、 ワタクシ を じっと みる こと が しばしば あった が、 ロウガン の セイシツ を しらない その コロ の ワタクシ には、 それ が ただ カノジョ の クセ と のみ かんがえられた。 ワタクシ は この メガネ と ともに、 いつでも ハハ の ハイケイ に なって いた 1 ケン の フスマ を おもいだす。 ふるびた ハリマゼ の ウチ に、 ショウジ ジダイ ムジョウ ジンソク ウンヌン と かいた イシズリ など も あざやか に メ に うかんで くる。
 ナツ に なる と ハハ は しじゅう コンムジ の ロ の カタビラ を きて、 ハバ の せまい クロジュス の オビ を しめて いた。 フシギ な こと に、 ワタクシ の キオク に のこって いる ハハ の スガタ は、 いつでも この マナツ の ナリ で アタマ の ナカ に あらわれる だけ なので、 それ から コンムジ の ロ の キモノ と ハバ の せまい クロジュス の オビ を とりのぞく と、 アト に のこる もの は ただ カノジョ の カオ ばかり に なる。 ハハ が かつて エンバナ へ でて、 アニ と ゴ を うって いた ヨウス など は、 カレラ フタリ を くみあわせた ズガラ と して、 ワタクシ の ムネ に おさめて ある ユイイツ の カタミ なの だ が、 そこ でも カノジョ は やはり おなじ カタビラ を きて、 おなじ オビ を しめて すわって いる の で ある。
 ワタクシ は ついぞ ハハ の サト へ つれて ゆかれた オボエ が ない ので、 ながい アイダ ハハ が どこ から ヨメ に きた の か しらず に くらして いた。 ジブン から もとめて ききたがる よう な コウキシン は さらに なかった。 それで その テン も やはり ぼんやり かすんで みえる より ホカ に シカタ が ない の だ が、 ハハ が ヨツヤ オオバンマチ で うまれた と いう ハナシ だけ は たしか に きいて いた。 ウチ は シチヤ で あった らしい。 クラ が イク-トマエ とか あった の だ と、 かつて ヒト から おしえられた よう にも おもう が、 なにしろ その オオバンマチ と いう ところ を、 この トシ に なる まで いまだに とおった こと の ない ワタクシ の こと だ から、 そんな こまか な テン は まるで わすれて しまった。 たとい それ が ジジツ で あった に せよ、 ワタクシ の イマ もって いる ハハ の キネン の ナカ に クラヤシキ など は けっして あらわれて こない の で ある。 おおかた その コロ には もう つぶれて しまった の だろう。
 ハハ が チチ の ところ へ ヨメ に くる まで ゴテン-ボウコウ を して いた と いう ハナシ も おぼろげ に おぼえて いる が、 どこ の ダイミョウ の ヤシキ へ あがって、 どの くらい ながく つとめて いた もの か、 ゴテン-ボウコウ の セイシツ さえ よく わきまえない イマ の ワタクシ には、 ただ あわい カオリ を のこして きえた コウ の よう な もの で、 ほとんど トリトメヨウ の ない ジジツ で ある。
 しかし そう いえば、 ワタクシ は ニシキエ に かいた ゴテン ジョチュウ の はおって いる よう な ハデ な ソウモヨウ の キモノ を ウチ の クラ の ナカ で みた こと が ある。 モミウラ を つけた その キモノ の オモテ には、 サクラ だ か ウメ だ か が イチメン に そめだされて、 トコロドコロ に キンシ や ギンシ の ヌイ も まじって いた。 これ は おそらく トウジ の カイドリ とか いう もの なの だろう。 しかし ハハ が それ を うちかけた スガタ は、 イマ ソウゾウ して も まるで メ に うかばない。 ワタクシ の しって いる ハハ は、 つねに おおきな ロウガンキョウ を かけた オバアサン で あった から。 それ のみ か ワタクシ は この うつくしい カイドリ が ソノゴ コガイマキ に したてなおされて、 その コロ ウチ に できた ビョウニン の ウエ に のせられた の を みた くらい だ から。

 38

 ワタクシ が ダイガク で おすわった ある セイヨウジン が ニホン を さる とき、 ワタクシ は ナニ か センベツ を おくろう と おもって、 ウチ の クラ から タカマキエ に ヒ の フサ の ついた うつくしい フバコ を とりだして きた こと も、 もう ふるい ムカシ で ある。 それ を チチ の マエ へ もって いって もらいうけた とき の ワタクシ は、 まったく なんの キ も つかなかった が、 イマ こうして フデ を とって みる と、 その フバコ も コガイマキ に したてなおされた モミウラ の カイドリ ドウヨウ に、 わかい ジブン の ハハ の オモカゲ を こまやか に やどして いる よう に おもわれて ならない。 ハハ は ショウガイ チチ から キモノ を こしらえて もらった こと が ない と いう ハナシ だ が、 はたして こしらえて もらわない でも すむ くらい な シタク を して きた もの だろう か。 ワタクシ の ココロ に うつる あの コンムジ の ロ の カタビラ も、 ハバ の せまい クロジュス の オビ も、 やはり ヨメ に きた とき から すでに タンス の ナカ に あった もの なの だろう か。 ワタクシ は ふたたび ハハ に あって、 バンジ を ことごとく くちずから きいて みたい。
 イタズラ で ゴウジョウ な ワタクシ は、 けっして セケン の スエッコ の よう に ハハ から あまく とりあつかわれなかった。 それでも ウチジュウ で いちばん ワタクシ を かわいがって くれた モノ は ハハ だ と いう つよい シタシミ の ココロ が、 ハハ に たいする ワタクシ の キオク の ウチ には、 いつでも こもって いる。 アイゾウ を ベツ に して かんがえて みて も、 ハハ は たしか に ヒンイ の ある ゆかしい フジン に ちがいなかった。 そうして チチ より も かしこそう に ダレ の メ にも みえた。 きむずかしい アニ も ハハ だけ には イケイ の ネン を いだいて いた。
「オッカサン は なんにも いわない けれども、 どこ か に こわい ところ が ある」
 ワタクシ は ハハ を ひょうした アニ の この コトバ を、 くらい トオク の ほう から あきらか に ひっぱりだして くる こと が イマ でも できる。 しかし それ は ミズ に とけて ながれかかった ジタイ を、 きっと なって やっと モト の カタチ に かえした よう な きわどい ワタクシ の キオク の ダンペン に すぎない。 その ホカ の こと に なる と、 ワタクシ の ハハ は すべて ワタクシ に とって ユメ で ある。 とぎれとぎれ に のこって いる カノジョ の オモカゲ を いくら タンネン に ひろいあつめて も、 ハハ の ゼンタイ は とても ホウフツ する わけ に ゆかない。 その とぎれとぎれ に のこって いる ムカシ さえ、 ナカバ イジョウ は もう うすれすぎて、 しっかり とは つかめない。
 ある とき ワタクシ は 2 カイ へ あがって、 たった ヒトリ で、 ヒルネ を した こと が ある。 その コロ の ワタクシ は ヒルネ を する と、 よく ヘン な もの に おそわれがち で あった。 ワタクシ の オヤユビ が みるまに おおきく なって、 いつまで たって も とまらなかったり、 あるいは アオムキ に ながめて いる テンジョウ が だんだん ウエ から おりて きて、 ワタクシ の ムネ を おさえつけたり、 または メ を あいて フダン と かわらない シュウイ を げんに みて いる のに、 カラダ だけ が スイマ の トリコ と なって、 いくら もがいて も、 テアシ を うごかす こと が できなかったり、 アト で かんがえて さえ、 ユメ だ か ショウキ だ か ワケ の わからない バアイ が おおかった。 そうして その とき も ワタクシ は この ヘン な もの に おそわれた の で ある。
 ワタクシ は いつ どこ で おかした ツミ か しらない が、 なにしろ ジブン の ショユウ で ない キンセン を タガク に ショウヒ して しまった。 それ を なんの モクテキ で ナン に つかった の か、 その ヘン も メイリョウ で ない けれども、 コドモ の ワタクシ には とても つぐなう わけ に ゆかない ので、 キ の せまい ワタクシ は ねながら たいへん くるしみだした。 そうして シマイ に おおきな コエ を あげて シタ に いる ハハ を よんだ の で ある。
 2 カイ の ハシゴダン は、 ハハ の オオメガネ と はなす こと の できない、 ショウジ ジダイ ムジョウ ジンソク ウンヌン と かいた イシズリ の ハリマゼ に して ある フスマ の、 すぐ ウシロ に ついて いる ので、 ハハ は ワタクシ の コエ を ききつける と、 すぐ 2 カイ へ あがって きて くれた。 ワタクシ は そこ に たって ワタクシ を ながめて いる ハハ に、 ワタクシ の クルシミ を はなして、 どうか して ください と たのんだ。 ハハ は その とき ビショウ しながら、 「シンパイ しない でも いい よ。 オッカサン が いくらでも オカネ を だして あげる から」 と いって くれた。 ワタクシ は たいへん うれしかった。 それで アンシン して また すやすや ねて しまった。
 ワタクシ は この デキゴト が、 ゼンブ ユメ なの か、 または ハンブン だけ ホントウ なの か、 イマ でも うたがって いる。 しかし どうしても ワタクシ は じっさい おおきな コエ を だして ハハ に スクイ を もとめ、 ハハ は また ジッサイ の スガタ を あらわして ワタクシ に イシャ の コトバ を あたえて くれた と しか かんがえられない。 そうして その とき の ハハ の ナリ は、 いつも ワタクシ の メ に うつる とおり、 やはり コンムジ の ロ の カタビラ に ハバ の せまい クロジュス の オビ だった の で ある。

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 キョウ は ニチヨウ なので、 コドモ が ガッコウ へ ゆかない から、 ゲジョ も キ を ゆるした もの と みえて、 イツモ より おそく おきた よう で ある。 それでも ワタクシ の トコ を はなれた の は 7 ジ 15 フン-スギ で あった。 カオ を あらって から、 レイ の とおり トースト と ギュウニュウ と ハンジュク の タマゴ を たべて、 カワヤ に のぼろう と する と、 あいにく コイトリ が きて いる ので、 ワタクシ は しばらく でた こと の ない ウラニワ の ほう へ ホ を うつした。 すると ウエキヤ が モノオキ の ナカ で ナニ か カタヅケモノ を して いた。 フヨウ の スミダワラ を かさねた シタ から イセイ の いい ヒ が もえあがる シュウイ に、 オンナ の コ が 3 ニン ばかり ココロモチ よさそう に ダン を とって いる ヨウス が ワタクシ の チュウイ を ひいた。
「そんな に タキビ に あたる と カオ が マックロ に なる よ」 と いったら、 スエ の コ が、 「いやあー だ」 と こたえた。 ワタクシ は イシガキ の ウエ から トオク に みえる ヤネガワラ の とけつくした シモ に ぬれて、 アサヒ に きらつく イロ を ながめた アト、 また ウチ の ナカ へ ひきかえした。
 シンルイ の コ が きて ソウジ を して いる ショサイ の セイトン する の を まって、 ワタクシ は ツクエ を エンガワ に もちだした。 そこ で ヒアタリ の いい ランカン に ミ を もたせたり、 ホオヅエ を ついて かんがえたり、 また しばらく は じっと うごかず に ただ タマシイ を ジユウ に あそばせて おいて みたり した。
 かるい カゼ が ときどき ハチウエ の キュウカラン の ながい ハ を うごかし に きた。 ニワキ の ナカ で ウグイス が おりおり ヘタ な サエズリ を きかせた。 マイニチ ガラスド の ウチ に すわって いた ワタクシ は、 まだ フユ だ フユ だ と おもって いる うち に、 ハル は いつしか ワタクシ の ココロ を トウヨウ しはじめた の で ある。
 ワタクシ の メイソウ は いつまで すわって いて も ケッショウ しなかった。 フデ を とって かこう と すれば、 かく タネ は ムジンゾウ に ある よう な ココロモチ も する し、 あれ に しよう か、 これ に しよう か と まよいだす と、 もう ナニ を かいて も つまらない の だ と いう ノンキ な カンガエ も おこって きた。 しばらく そこ で たたずんで いる うち に、 コンド は イマ まで かいた こと が まったく ムイミ の よう に おもわれだした。 なぜ あんな もの を かいた の だろう と いう ムジュン が ワタクシ を チョウロウ しはじめた。 ありがたい こと に ワタクシ の シンケイ は しずまって いた。 この チョウロウ の ウエ に のって ふわふわ と たかい メイソウ の リョウブン に のぼって ゆく の が ジブン には タイヘン な ユカイ に なった。 ジブン の バカ な セイシツ を、 クモ の ウエ から みおろして わらいたく なった ワタクシ は、 ジブン で ジブン を ケイベツ する キブン に ゆられながら、 ヨウラン の ナカ で ねむる コドモ に すぎなかった。
 ワタクシ は イマ まで ヒト の こと と ワタクシ の こと を ごちゃごちゃ に かいた。 ヒト の こと を かく とき には、 なるべく アイテ の メイワク に ならない よう に との ケネン が あった。 ワタクシ の ミノウエ を かたる ジブン には、 かえって ヒカクテキ ジユウ な クウキ の ナカ に コキュウ する こと が できた。 それでも ワタクシ は まだ ワタクシ に たいして まったく イロケ を とりのぞきうる テイド に たっして いなかった。 ウソ を ついて セケン を あざむく ほど の ゲンキ が ない に して も、 もっと いやしい ところ、 もっと わるい ところ、 もっと メンモク を しっする よう な ジブン の ケッテン を、 つい ハッピョウ しず に しまった。 セイ-オーガスチン の ザンゲ、 ルソー の ザンゲ、 オピアム-イーター の ザンゲ、 ――それ を いくら たどって いって も、 ホントウ の ジジツ は ニンゲン の チカラ で ジョジュツ できる はず が ない と ダレ か が いった こと が ある。 まして ワタクシ の かいた もの は ザンゲ では ない。 ワタクシ の ツミ は、 ――もし それ を ツミ と いいうる ならば、―― すこぶる あかるい ところ から ばかり うつされて いた だろう。 そこ に ある ヒト は イッシュ の フカイ を かんずる かも しれない。 しかし ワタクシ ジシン は イマ その フカイ の ウエ に またがって、 イッパン の ジンルイ を ひろく みわたしながら ビショウ して いる の で ある。 イマ まで つまらない こと を かいた ジブン をも、 おなじ メ で みわたして、 あたかも それ が タニン で あった か の カン を いだきつつ、 やはり ビショウ して いる の で ある。
 まだ ウグイス が ニワ で ときどき なく。 ハルカゼ が おりおり おもいだした よう に キュウカラン の ハ を うごかし に くる。 ネコ が どこ か で いたく かまれた コメカミ を ヒ に さらして、 あたたかそう に ねむって いる。 サッキ まで ニワ で ゴム フウセン を あげて さわいで いた コドモ たち は、 ミンナ つれだって カツドウ シャシン へ いって しまった。 イエ も ココロ も ひっそり と した うち に、 ワタクシ は ガラスド を あけはなって、 しずか な ハル の ヒカリ に つつまれながら、 うっとり と この コウ を かきおわる の で ある。 そうした アト で、 ワタクシ は ちょっと ヒジ を まげて、 この エンガワ に ヒトネムリ ねむる つもり で ある。
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ココロ 「センセイ と ワタクシ 1」

2015-09-23 | ナツメ ソウセキ
 ココロ

 ナツメ ソウセキ

 ジョウ、 センセイ と ワタクシ

 1

 ワタクシ は その ヒト を つねに センセイ と よんで いた。 だから ここ でも ただ センセイ と かく だけ で ホンミョウ は うちあけない。 これ は セケン を はばかる エンリョ と いう より も、 その ほう が ワタクシ に とって シゼン だ から で ある。 ワタクシ は その ヒト の キオク を よびおこす ごと に、 すぐ 「センセイ」 と いいたく なる。 フデ を とって も ココロモチ は おなじ こと で ある。 よそよそしい カシラモジ など は とても つかう キ に ならない。
 ワタクシ が センセイ と シリアイ に なった の は カマクラ で ある。 その とき ワタクシ は まだ わかわかしい ショセイ で あった。 ショチュウ キュウカ を リヨウ して カイスイヨク に いった トモダチ から ぜひ こい と いう ハガキ を うけとった ので、 ワタクシ は タショウ の カネ を クメン して、 でかける こと に した。 ワタクシ は カネ の クメン に 2~3 チ を ついやした。 ところが ワタクシ が カマクラ に ついて ミッカ と たたない うち に、 ワタクシ を よびよせた トモダチ は、 キュウ に クニモト から かえれ と いう デンポウ を うけとった。 デンポウ には ハハ が ビョウキ だ から と ことわって あった けれども トモダチ は それ を しんじなかった。 トモダチ は かねて から クニモト に いる オヤ たち に すすまない ケッコン を しいられて いた。 カレ は ゲンダイ の シュウカン から いう と ケッコン する には あまり トシ が わかすぎた。 それに カンジン の トウニン が キ に いらなかった。 それで ナツヤスミ に とうぜん かえる べき ところ を、 わざと さけて トウキョウ の チカク で あそんで いた の で ある。 カレ は デンポウ を ワタクシ に みせて どう しよう と ソウダン を した。 ワタクシ には どうして いい か わからなかった。 けれども じっさい カレ の ハハ が ビョウキ で ある と すれば カレ は もとより かえる べき はず で あった。 それで カレ は とうとう かえる こと に なった。 せっかく きた ワタクシ は ヒトリ とりのこされた。
 ガッコウ の ジュギョウ が はじまる には まだ だいぶ ヒカズ が ある ので、 カマクラ に おって も よし、 かえって も よい と いう キョウグウ に いた ワタクシ は、 とうぶん モト の ヤド に とまる カクゴ を した。 トモダチ は チュウゴク の ある シサンカ の ムスコ で カネ に フジユウ の ない オトコ で あった けれども、 ガッコウ が ガッコウ なの と トシ が トシ なので、 セイカツ の テイド は ワタクシ と そう かわり も しなかった。 したがって ヒトリボッチ に なった ワタクシ は べつに カッコウ な ヤド を さがす メンドウ も もたなかった の で ある。
 ヤド は カマクラ でも ヘンピ な ホウガク に あった。 タマツキ だの アイス クリーム だの と いう ハイカラ な もの には ながい ナワテ を ヒトツ こさなければ テ が とどかなかった。 クルマ で いって も 20 セン は とられた。 けれども コジン の ベッソウ は そこここ に イクツ でも たてられて いた。 それに ウミ へは ごく ちかい ので カイスイヨク を やる には しごく ベンリ な チイ を しめて いた。
 ワタクシ は マイニチ ウミ へ はいり に でかけた。 ふるい くすぶりかえった ワラブキ の アイダ を とおりぬけて イソ へ おりる と、 この ヘン に これほど の トカイ ジンシュ が すんで いる か と おもう ほど、 ヒショ に きた オトコ や オンナ で スナ の ウエ が うごいて いた。 ある とき は ウミ の ナカ が セントウ の よう に くろい アタマ で ごちゃごちゃ して いる こと も あった。 その ナカ に しった ヒト を ヒトリ も もたない ワタクシ も、 こういう にぎやか な ケシキ の ナカ に つつまれて、 スナ の ウエ に ねそべって みたり、 ヒザガシラ を ナミ に うたして そこいら を はねまわる の は ユカイ で あった。
 ワタクシ は じつに センセイ を この ザットウ の アイダ に みつけだした の で ある。 その とき カイガン には カケヂャヤ が 2 ケン あった。 ワタクシ は ふとした ハズミ から その 1 ケン の ほう に ゆきなれて いた。 ハセ ヘン に おおきな ベッソウ を かまえて いる ヒト と ちがって、 メイメイ に センユウ の キガエバ を こしらえて いない ここいら の ヒショキャク には、 ぜひとも こうした キョウドウ キガエジョ と いった ふう な もの が ヒツヨウ なの で あった。 カレラ は ここ で チャ を のみ、 ここ で キュウソク する ホカ に、 ここ で カイスイギ を センタク させたり、 ここ で しおはゆい カラダ を きよめたり、 ここ へ ボウシ や カサ を あずけたり する の で ある。 カイスイギ を もたない ワタクシ にも モチモノ を ぬすまれる オソレ は あった ので、 ワタクシ は ウミ へ はいる たび に その チャヤ へ イッサイ を ぬぎすてる こと に して いた。

 2

 ワタクシ が その カケヂャヤ で センセイ を みた とき は、 センセイ が ちょうど キモノ を ぬいで これから ウミ へ はいろう と する ところ で あった。 ワタクシ は その とき ハンタイ に ぬれた カラダ を カゼ に ふかして ミズ から あがって きた。 フタリ の アイダ には メ を さえぎる イクタ の くろい アタマ が うごいて いた。 トクベツ の ジジョウ の ない かぎり、 ワタクシ は ついに センセイ を みのがした かも しれなかった。 それほど ハマベ が コンザツ し、 それほど ワタクシ の アタマ が ホウマン で あった にも かかわらず、 ワタクシ が すぐ センセイ を みつけだした の は、 センセイ が ヒトリ の セイヨウジン を つれて いた から で ある。
 その セイヨウジン の すぐれて しろい ヒフ の イロ が、 カケヂャヤ へ はいる や いなや、 すぐ ワタクシ の チュウイ を ひいた。 ジュンスイ の ニホン の ユカタ を きて いた カレ は、 それ を ショウギ の ウエ に すぽり と ほうりだした まま、 ウデグミ を して ウミ の ほう を むいて たって いた。 カレ は ワレワレ の はく サルマタ ヒトツ の ホカ ナニモノ も ハダ に つけて いなかった。 ワタクシ には それ が だいいち フシギ だった。 ワタクシ は その フツカ マエ に ユイガハマ まで いって、 スナ の ウエ に しゃがみながら、 ながい アイダ セイヨウジン の ウミ へ はいる ヨウス を ながめて いた。 ワタクシ の シリ を おろした ところ は すこし こだかい オカ の ウエ で、 その すぐ ワキ が ホテル の ウラグチ に なって いた ので、 ワタクシ の じっと して いる アイダ に、 だいぶ オオク の オトコ が シオ を あび に でて きた が、 いずれ も ドウ と ウデ と モモ は だして いなかった。 オンナ は ことさら ニク を かくしがち で あった。 タイテイ は アタマ に ゴム-セイ の ズキン を かぶって、 エビチャ や コン や アイ の イロ を ナミマ に うかして いた。 そういう アリサマ を モクゲキ した ばかり の ワタクシ の メ には、 サルマタ ヒトツ で すまして ミンナ の マエ に たって いる この セイヨウジン が いかにも めずらしく みえた。
 カレ は やがて ジブン の ワキ を かえりみて、 そこ に こごんで いる ニホンジン に、 ヒトコト フタコト ナニ か いった。 その ニホンジン は スナ の ウエ に おちた テヌグイ を ひろいあげて いる ところ で あった が、 それ を とりあげる や いなや、 すぐ アタマ を つつんで、 ウミ の ほう へ あるきだした。 その ヒト が すなわち センセイ で あった。
 ワタクシ は たんに コウキシン の ため に、 ならんで ハマベ を おりて ゆく フタリ の ウシロスガタ を みまもって いた。 すると カレラ は マッスグ に ナミ の ナカ に アシ を ふみこんだ。 そうして トオアサ の イソ-ヂカク に わいわい さわいで いる タニンズ の アイダ を とおりぬけて、 ヒカクテキ ひろびろ した ところ へ くる と、 フタリ とも およぎだした。 カレラ の アタマ が ちいさく みえる まで オキ の ほう へ むいて いった。 それから ひきかえして また イッチョクセン に ハマベ まで もどって きた。 カケヂャヤ へ かえる と、 イド の ミズ も あびず に、 すぐ カラダ を ふいて キモノ を きて、 さっさと どこ へ か いって しまった。
 カレラ の でて いった アト、 ワタクシ は やはり モト の ショウギ に コシ を おろして タバコ を ふかして いた。 その とき ワタクシ は ぽかん と しながら センセイ の こと を かんがえた。 どうも どこ か で みた こと の ある カオ の よう に おもわれて ならなかった。 しかし どうしても いつ どこ で あった ヒト か おもいだせず に しまった。
 その とき の ワタクシ は クッタク が ない と いう より むしろ ブリョウ に くるしんで いた。 それで あくる ヒ も また センセイ に あった ジコク を みはからって、 わざわざ カケヂャヤ まで でかけて みた。 すると セイヨウジン は こない で センセイ ヒトリ ムギワラボウ を かぶって やって きた。 センセイ は メガネ を とって ダイ の ウエ に おいて、 すぐ テヌグイ で アタマ を つつんで、 すたすた ハマ を おりて いった。 センセイ が キノウ の よう に さわがしい ヨッカク の ナカ を とおりぬけて、 ヒトリ で およぎだした とき、 ワタクシ は キュウ に その アト が おいかけたく なった。 ワタクシ は あさい ミズ を アタマ の ウエ まで はねかして ソウトウ の フカサ の ところ まで きて、 そこ から センセイ を メジルシ に ヌキデ を きった。 すると センセイ は キノウ と ちがって、 イッシュ の コセン を えがいて、 ミョウ な ホウコウ から キシ の ほう へ かえりはじめた。 それで ワタクシ の モクテキ は ついに たっせられなかった。 ワタクシ が オカ へ あがって シズク の たれる テ を ふりながら カケヂャヤ に はいる と、 センセイ は もう ちゃんと キモノ を きて イレチガイ に ソト へ でて いった。

 3

 ワタクシ は ツギ の ヒ も おなじ ジコク に ハマ へ いって センセイ の カオ を みた。 その ツギ の ヒ にも また おなじ こと を くりかえした。 けれども モノ を いいかける キカイ も、 アイサツ を する バアイ も、 フタリ の アイダ には おこらなかった。 そのうえ センセイ の タイド は むしろ ヒ-シャコウテキ で あった。 イッテイ の ジコク に ちょうぜん と して きて、 また ちょうぜん と かえって いった。 シュウイ が いくら にぎやか でも、 それ には ほとんど チュウイ を はらう ヨウス が みえなかった。 サイショ イッショ に きた セイヨウジン は ソノゴ まるで スガタ を みせなかった。 センセイ は いつでも ヒトリ で あった。
 ある とき センセイ が レイ の とおり さっさと ウミ から あがって きて、 イツモ の バショ に ぬぎすてた ユカタ を きよう と する と、 どうした ワケ か、 その ユカタ に スナ が いっぱい ついて いた。 センセイ は それ を おとす ため に、 ウシロムキ に なって、 ユカタ を 2~3 ド ふるった。 すると キモノ の シタ に おいて あった メガネ が イタ の スキマ から シタ へ おちた。 センセイ は シロガスリ の ウエ へ ヘコオビ を しめて から、 メガネ の なくなった の に キ が ついた と みえて、 キュウ に そこいら を さがしはじめた。 ワタクシ は すぐ コシカケ の シタ へ クビ と テ を つっこんで メガネ を ひろいだした。 センセイ は ありがとう と いって、 それ を ワタクシ の テ から うけとった。
 ツギ の ヒ ワタクシ は センセイ の アト に つづいて ウミ へ とびこんだ。 そうして センセイ と イッショ の ホウガク に およいで いった。 2 チョウ ほど オキ へ でる と、 センセイ は ウシロ を ふりかえって ワタクシ に はなしかけた。 ひろい あおい ウミ の ヒョウメン に ういて いる もの は、 その キンジョ に ワタクシラ フタリ より ホカ に なかった。 そうして つよい タイヨウ の ヒカリ が、 メ の とどく かぎり ミズ と ヤマ と を てらして いた。 ワタクシ は ジユウ と カンキ に みちた キンニク を うごかして ウミ の ナカ で おどりくるった。 センセイ は また ぱたり と テアシ の ウンドウ を やめて アオムケ に なった まま ナミ の ウエ に ねた。 ワタクシ も その マネ を した。 アオゾラ の イロ が ぎらぎら と メ を いる よう に ツウレツ な イロ を ワタクシ の カオ に なげつけた。 「ユカイ です ね」 と ワタクシ は おおきな コエ を だした。
 しばらく して ウミ の ナカ で おきあがる よう に シセイ を あらためた センセイ は、 「もう かえりません か」 と いって ワタクシ を うながした。 ヒカクテキ つよい タイシツ を もった ワタクシ は、 もっと ウミ の ナカ で あそんで いたかった。 しかし センセイ から さそわれた とき、 ワタクシ は すぐ 「ええ かえりましょう」 と こころよく こたえた。 そうして フタリ で また モト の ミチ を ハマベ へ ひきかえした。
 ワタクシ は これから センセイ と コンイ に なった。 しかし センセイ が どこ に いる か は まだ しらなかった。
 それから ナカ フツカ おいて ちょうど ミッカ-メ の ゴゴ だった と おもう。 センセイ と カケヂャヤ で であった とき、 センセイ は とつぜん ワタクシ に むかって、 「キミ は まだ だいぶ ながく ここ に いる つもり です か」 と きいた。 カンガエ の ない ワタクシ は こういう トイ に こたえる だけ の ヨウイ を アタマ の ナカ に たくわえて いなかった。 それで 「どう だ か わかりません」 と こたえた。 しかし にやにや わらって いる センセイ の カオ を みた とき、 ワタクシ は キュウ に キマリ が わるく なった。 「センセイ は?」 と ききかえさず には いられなかった。 これ が ワタクシ の クチ を でた センセイ と いう コトバ の ハジマリ で ある。
 ワタクシ は その バン センセイ の ヤド を たずねた。 ヤド と いって も フツウ の リョカン と ちがって、 ひろい テラ の ケイダイ に ある ベッソウ の よう な タテモノ で あった。 そこ に すんで いる ヒト の センセイ の カゾク で ない こと も わかった。 ワタクシ が センセイ センセイ と よびかける ので、 センセイ は ニガワライ を した。 ワタクシ は それ が ネンチョウシャ に たいする ワタクシ の クチグセ だ と いって ベンカイ した。 ワタクシ は コノアイダ の セイヨウジン の こと を きいて みた。 センセイ は カレ の フウガワリ の ところ や、 もう カマクラ に いない こと や、 イロイロ の ハナシ を した スエ、 ニホンジン に さえ あまり ツキアイ を もたない のに、 そういう ガイコクジン と チカヅキ に なった の は フシギ だ と いったり した。 ワタクシ は サイゴ に センセイ に むかって、 どこ か で センセイ を みた よう に おもう けれども、 どうしても おもいだせない と いった。 わかい ワタクシ は その とき あんに アイテ も ワタクシ と おなじ よう な カンジ を もって い は しまい か と うたがった。 そうして ハラ の ナカ で センセイ の ヘンジ を ヨキ して かかった。 ところが センセイ は しばらく チンギン した アト で、 「どうも キミ の カオ には ミオボエ が ありません ね。 ヒトチガイ じゃ ない です か」 と いった ので ワタクシ は へんに イッシュ の シツボウ を かんじた。

 4

 ワタクシ は ツキ の スエ に トウキョウ へ かえった。 センセイ の ヒショチ を ひきあげた の は それ より ずっと マエ で あった。 ワタクシ は センセイ と わかれる とき に、 「これから おりおり オタク へ うかがって も よ ござんす か」 と きいた。 センセイ は タンカン に ただ 「ええ いらっしゃい」 と いった だけ で あった。 その ジブン の ワタクシ は センセイ と よほど コンイ に なった つもり で いた ので、 センセイ から もうすこし こまやか な コトバ を ヨキ して かかった の で ある。 それで この ものたりない ヘンジ が すこし ワタクシ の ジシン を いためた。
 ワタクシ は こういう こと で よく センセイ から シツボウ させられた。 センセイ は それ に キ が ついて いる よう でも あり、 また まったく キ が つかない よう でも あった。 ワタクシ は また ケイビ な シツボウ を くりかえしながら、 それ が ため に センセイ から はなれて ゆく キ には なれなかった。 むしろ それ とは ハンタイ で、 フアン に うごかされる たび に、 もっと マエ へ すすみたく なった。 もっと マエ へ すすめば、 ワタクシ の ヨキ する ある もの が、 いつか メノマエ に マンゾク に あらわれて くる だろう と おもった。 ワタクシ は わかかった。 けれども スベテ の ニンゲン に たいして、 わかい チ が こう すなお に はたらこう とは おもわなかった。 ワタクシ は なぜ センセイ に たいして だけ こんな ココロモチ が おこる の か わからなかった。 それ が センセイ の なくなった コンニチ に なって、 はじめて わかって きた。 センセイ は ハジメ から ワタクシ を きらって いた の では なかった の で ある。 センセイ が ワタクシ に しめした トキドキ の そっけない アイサツ や レイタン に みえる ドウサ は、 ワタクシ を とおざけよう と する フカイ の ヒョウゲン では なかった の で ある。 いたましい センセイ は、 ジブン に ちかづこう と する ニンゲン に、 ちかづく ほど の カチ の ない もの だ から よせ と いう ケイコク を あたえた の で ある。 ヒト の ナツカシミ に おうじない センセイ は、 ヒト を ケイベツ する マエ に、 まず ジブン を ケイベツ して いた もの と みえる。
 ワタクシ は むろん センセイ を たずねる つもり で トウキョウ へ かえって きた。 かえって から ジュギョウ の はじまる まで には まだ 2 シュウカン の ヒカズ が ある ので、 その うち に イチド いって おこう と おもった。 しかし かえって フツカ ミッカ と たつ うち に、 カマクラ に いた とき の キブン が だんだん うすく なって きた。 そうして その ウエ に いろどられる ダイトカイ の クウキ が、 キオク の フッカツ に ともなう つよい シゲキ と ともに、 こく ワタクシ の ココロ を そめつけた。 ワタクシ は オウライ で ガクセイ の カオ を みる たび に あたらしい ガクネン に たいする キボウ と キンチョウ と を かんじた。 ワタクシ は しばらく センセイ の こと を わすれた。
 ジュギョウ が はじまって、 1 カゲツ ばかり する と ワタクシ の ココロ に、 また イッシュ の タルミ が できて きた。 ワタクシ は なんだか フソク な カオ を して オウライ を あるきはじめた。 ものほしそう に ジブン の ヘヤ の ナカ を みまわした。 ワタクシ の アタマ には ふたたび センセイ の カオ が ういて でた。 ワタクシ は また センセイ に あいたく なった。
 はじめて センセイ の ウチ を たずねた とき、 センセイ は ルス で あった。 2 ド-メ に いった の は ツギ の ニチヨウ だ と おぼえて いる。 はれた ソラ が ミ に しみこむ よう に かんぜられる いい ヒヨリ で あった。 その ヒ も センセイ は ルス で あった。 カマクラ に いた とき、 ワタクシ は センセイ ジシン の クチ から、 いつでも たいてい ウチ に いる と いう こと を きいた。 むしろ ガイシュツギライ だ と いう こと も きいた。 2 ド きて 2 ド とも あえなかった ワタクシ は、 その コトバ を おもいだして、 ワケ も ない フマン を どこ か に かんじた。 ワタクシ は すぐ ゲンカンサキ を さらなかった。 ゲジョ の カオ を みて すこし チュウチョ して そこ に たって いた。 このまえ メイシ を とりついだ キオク の ある ゲジョ は、 ワタクシ を またして おいて また ウチ へ はいった。 すると オクサン らしい ヒト が かわって でて きた。 うつくしい オクサン で あった。
 ワタクシ は その ヒト から テイネイ に センセイ の デサキ を おしえられた。 センセイ は レイゲツ その ヒ に なる と ゾウシガヤ の ボチ に ある ある ホトケ へ ハナ を タムケ に ゆく シュウカン なの だ そう で ある。 「たったいま でた ばかり で、 10 プン に なる か、 ならない か で ございます」 と オクサン は キノドク そう に いって くれた。 ワタクシ は エシャク して ソト へ でた。 にぎやか な マチ の ほう へ 1 チョウ ほど あるく と、 ワタクシ も サンポ-がてら ゾウシガヤ へ いって みる キ に なった。 センセイ に あえる か あえない か と いう コウキシン も うごいた。 それで すぐ キビス を めぐらした。

 5

 ワタクシ は ボチ の テマエ に ある ナエバタケ の ヒダリガワ から はいって、 リョウホウ に カエデ を うえつけた ひろい ミチ を オク の ほう へ すすんで いった。 すると その ハズレ に みえる チャミセ の ナカ から センセイ らしい ヒト が ふいと でて きた。 ワタクシ は その ヒト の メガネ の フチ が ヒ に ひかる まで ちかく よって いった。 そうして だしぬけ に 「センセイ」 と おおきな コエ を かけた。 センセイ は とつぜん たちどまって ワタクシ の カオ を みた。
「どうして……、 どうして……」
 センセイ は おなじ コトバ を 2 ヘン くりかえした。 その コトバ は しんかん と した ヒル の ウチ に イヨウ な チョウシ を もって くりかえされた。 ワタクシ は キュウ に なんとも こたえられなく なった。
「ワタクシ の アト を つけて きた の です か。 どうして……」
 センセイ の タイド は むしろ おちついて いた。 コエ は むしろ しずんで いた。 けれども その ヒョウジョウ の ウチ には はっきり いえない よう な イッシュ の クモリ が あった。
 ワタクシ は ワタクシ が どうして ここ へ きた か を センセイ に はなした。
「ダレ の ハカ へ まいり に いった か、 サイ が その ヒト の ナ を いいました か」
「いいえ、 そんな こと は なにも おっしゃいません」
「そう です か。 ――そう、 それ は いう はず が ありません ね、 はじめて あった アナタ に。 いう ヒツヨウ が ない ん だ から」
 センセイ は ようやく トクシン した らしい ヨウス で あった。 しかし ワタクシ には その イミ が まるで わからなかった。
 センセイ と ワタクシ は トオリ へ でよう と して ハカ の アイダ を ぬけた。 イサベラ ナニナニ の ハカ だの、 シンボク ロギン の ハカ だの と いう カタワラ に、 イッサイ シュジョウ シツウ ブッショウ と かいた トウバ など が たてて あった。 ゼンケン コウシ ナニナニ と いう の も あった。 ワタクシ は アントクレツ と ほりつけた ちいさい ハカ の マエ で、 「これ は なんと よむ ん でしょう」 と センセイ に きいた。 「アンドレ と でも よませる つもり でしょう ね」 と いって センセイ は クショウ した。
 センセイ は これら の ボヒョウ が あらわす ヒト サマザマ の ヨウシキ に たいして、 ワタクシ ほど に コッケイ も アイロニー も みとめて ない らしかった。 ワタクシ が まるい ハカイシ だの ほそながい ミカゲ の ヒ だの を さして、 しきり に かれこれ いいたがる の を、 ハジメ の うち は だまって きいて いた が、 シマイ に 「アナタ は シ と いう ジジツ を まだ マジメ に かんがえた こと が ありません ね」 と いった。 ワタクシ は だまった。 センセイ も それぎり なんとも いわなく なった。
 ボチ の クギリメ に、 おおきな イチョウ が 1 ポン ソラ を かくす よう に たって いた。 その シタ へ きた とき、 センセイ は たかい コズエ を みあげて、 「もうすこし する と、 きれい です よ。 この キ が すっかり コウヨウ して、 ここいら の ジメン は キンイロ の オチバ で うずまる よう に なります」 と いった。 センセイ は ツキ に イチド ずつ は かならず この キ の シタ を とおる の で あった。
 ムコウ の ほう で デコボコ の ジメン を ならして シン ボチ を つくって いる オトコ が、 クワ の テ を やすめて ワタクシタチ を みて いた。 ワタクシタチ は そこ から ヒダリ へ きれて すぐ カイドウ へ でた。
 これから どこ へ ゆく と いう アテ の ない ワタクシ は、 ただ センセイ の あるく ほう へ あるいて いった。 センセイ は イツモ より クチカズ を きかなかった。 それでも ワタクシ は さほど の キュウクツ を かんじなかった ので、 ぶらぶら イッショ に あるいて いった。
「すぐ オタク へ オカエリ です か」
「ええ べつに よる ところ も ありません から」
 フタリ は また だまって ミナミ の ほう へ サカ を おりた。
「センセイ の オタク の ボチ は あすこ に ある ん です か」 と ワタクシ が また クチ を ききだした。
「いいえ」
「ドナタ の オハカ が ある ん です か。 ――ゴシンルイ の オハカ です か」
「いいえ」
 センセイ は これ イガイ に なにも こたえなかった。 ワタクシ も その ハナシ は それぎり に して きりあげた。 すると 1 チョウ ほど あるいた アト で、 センセイ が フイ に そこ へ もどって きた。
「あすこ には ワタクシ の トモダチ の ハカ が ある ん です」
「オトモダチ の オハカ へ マイゲツ オマイリ を なさる ん です か」
「そう です」
 センセイ は その ヒ これ イガイ を かたらなかった。

 6

 ワタクシ は それから ときどき センセイ を ホウモン する よう に なった。 ゆく たび に センセイ は ザイタク で あった。 センセイ に あう ドスウ が かさなる に つれて、 ワタクシ は ますます しげく センセイ の ゲンカン へ アシ を はこんだ。
 けれども センセイ の ワタクシ に たいする タイド は はじめて アイサツ を した とき も、 コンイ に なった その ノチ も、 あまり カワリ は なかった。 センセイ は いつも しずか で あった。 ある とき は しずかすぎて さびしい くらい で あった。 ワタクシ は サイショ から センセイ には ちかづきがたい フシギ が ある よう に おもって いた。 それでいて、 どうしても ちかづかなければ いられない と いう カンジ が、 どこ か に つよく はたらいた。 こういう カンジ を センセイ に たいして もって いた モノ は、 オオク の ヒト の ウチ で あるいは ワタクシ だけ かも しれない。 しかし その ワタクシ だけ には この チョッカン が ノチ に なって ジジツ の ウエ に ショウコ-だてられた の だ から、 ワタクシ は わかわかしい と いわれて も、 ばかげて いる と わらわれて も、 それ を みこした ジブン の チョッカク を とにかく たのもしく また うれしく おもって いる。 ニンゲン を あいしうる ヒト、 あいせず には いられない ヒト、 それでいて ジブン の フトコロ に いろう と する モノ を、 テ を ひろげて だきしめる こと の できない ヒト、 ――これ が センセイ で あった。
 イマ いった とおり センセイ は しじゅう しずか で あった。 おちついて いた。 けれども ときとして ヘン な クモリ が その カオ を よこぎる こと が あった。 マド に くろい トリカゲ が さす よう に。 さす か と おもう と、 すぐ きえる には きえた が。 ワタクシ が はじめて その クモリ を センセイ の ミケン に みとめた の は、 ゾウシガヤ の ボチ で、 フイ に センセイ を よびかけた とき で あった。 ワタクシ は その イヨウ の シュンカン に、 イマ まで こころよく ながれて いた シンゾウ の チョウリュウ を ちょっと にぶらせた。 しかし それ は たんに イチジ の ケッタイ に すぎなかった。 ワタクシ の ココロ は 5 フン と たたない うち に ヘイソ の ダンリョク を カイフク した。 ワタクシ は それぎり くらそう な この クモ の カゲ を わすれて しまった。 ゆくりなく また それ を おもいださせられた の は、 コハル の つきる に マ の ない ある バン の こと で あった。
 センセイ と はなして いた ワタクシ は、 ふと センセイ が わざわざ チュウイ して くれた イチョウ の タイジュ を メノマエ に おもいうかべた。 カンジョウ して みる と、 センセイ が マイゲツレイ と して ボサン に ゆく ヒ が、 それから ちょうど ミッカ-メ に あたって いた。 その ミッカ-メ は ワタクシ の カギョウ が ヒル で おえる ラク な ヒ で あった。 ワタクシ は センセイ に むかって こう いった。
「センセイ ゾウシガヤ の イチョウ は もう ちって しまった でしょう か」
「まだ カラボウズ には ならない でしょう」
 センセイ は そう こたえながら ワタクシ の カオ を みまもった。 そうして そこ から しばし メ を はなさなかった。 ワタクシ は すぐ いった。
「コンド オハカマイリ に いらっしゃる とき に オトモ を して も よ ござんす か。 ワタクシ は センセイ と イッショ に あすこいら が サンポ して みたい」
「ワタクシ は ハカマイリ に ゆく んで、 サンポ に ゆく ん じゃ ない です よ」
「しかし ついでに サンポ を なすったら ちょうど いい じゃ ありません か」
 センセイ は なんとも こたえなかった。 しばらく して から、 「ワタクシ の は ホントウ の ハカマイリ だけ なん だ から」 と いって、 どこまでも ボサン と サンポ を きりはなそう と する ふう に みえた。 ワタクシ と ゆきたく ない コウジツ だ か なんだか、 ワタクシ には その とき の センセイ が、 いかにも こどもらしくて ヘン に おもわれた。 ワタクシ は なおと サキ へ でる キ に なった。
「じゃ オハカマイリ でも いい から イッショ に つれて いって ください。 ワタクシ も オハカマイリ を します から」
 じっさい ワタクシ には ボサン と サンポ との クベツ が ほとんど ムイミ の よう に おもわれた の で ある。 すると センセイ の マユ が ちょっと くもった。 メ の ウチ にも イヨウ の ヒカリ が でた。 それ は メイワク とも ケンオ とも イフ とも かたづけられない かすか な フアン らしい もの で あった。 ワタクシ は たちまち ゾウシガヤ で 「センセイ」 と よびかけた とき の キオク を つよく おもいおこした。 フタツ の ヒョウジョウ は まったく おなじ だった の で ある。
「ワタクシ は」 と センセイ が いった。 「ワタクシ は アナタ に はなす こと の できない ある リユウ が あって、 ヒト と イッショ に あすこ へ ハカマイリ には ゆきたく ない の です。 ジブン の サイ さえ まだ つれて いった こと が ない の です」

 7

 ワタクシ は フシギ に おもった。 しかし ワタクシ は センセイ を ケンキュウ する キ で その ウチ へ デイリ を する の では なかった。 ワタクシ は ただ ソノママ に して うちすぎた。 イマ かんがえる と その とき の ワタクシ の タイド は、 ワタクシ の セイカツ の ウチ で むしろ たっとむ べき もの の ヒトツ で あった。 ワタクシ は まったく その ため に センセイ と ニンゲン-らしい あたたかい ツキアイ が できた の だ と おもう。 もし ワタクシ の コウキシン が イクブン でも センセイ の ココロ に むかって、 ケンキュウテキ に はたらきかけた なら、 フタリ の アイダ を つなぐ ドウジョウ の イト は、 なんの ヨウシャ も なく その とき ふつり と きれて しまったろう。 わかい ワタクシ は まったく ジブン の タイド を ジカク して いなかった。 それだから たっとい の かも しれない が、 もし まちがえて ウラ へ でた と したら、 どんな ケッカ が フタリ の ナカ に おちて きたろう。 ワタクシ は ソウゾウ して も ぞっと する。 センセイ は それ で なくて も、 つめたい マナコ で ケンキュウ される の を たえず おそれて いた の で ある。
 ワタクシ は ツキ に 2 ド もしくは 3 ド ずつ かならず センセイ の ウチ へ ゆく よう に なった。 ワタクシ の アシ が だんだん しげく なった とき の ある ヒ、 センセイ は とつぜん ワタクシ に むかって きいた。
「アナタ は なんで そう たびたび ワタクシ の よう な モノ の ウチ へ やって くる の です か」
「なんで と いって、 そんな トクベツ な イミ は ありません。 ――しかし オジャマ なん です か」
「ジャマ だ とは いいません」
 なるほど メイワク と いう ヨウス は、 センセイ の どこ にも みえなかった。 ワタクシ は センセイ の コウサイ の ハンイ の きわめて せまい こと を しって いた。 センセイ の モト の ドウキュウセイ など で、 その コロ トウキョウ に いる モノ は ほとんど フタリ か 3 ニン しか ない と いう こと も しって いた。 センセイ と ドウキョウ の ガクセイ など には ときたま ザシキ で ドウザ する バアイ も あった が、 カレラ の いずれ も は ミンナ ワタクシ ほど センセイ に シタシミ を もって いない よう に みうけられた。
「ワタクシ は さびしい ニンゲン です」 と センセイ が いった。 「だから アナタ の きて くださる こと を よろこんで います。 だから なぜ そう たびたび くる の か と いって きいた の です」
「そりゃ また なぜ です」
 ワタクシ が こう ききかえした とき、 センセイ は なんとも こたえなかった。 ただ ワタクシ の カオ を みて 「アナタ は イクツ です か」 と いった。
 この モンドウ は ワタクシ に とって すこぶる フトク ヨウリョウ の もの で あった が、 ワタクシ は その とき ソコ まで おさず に かえって しまった。 しかも それから ヨッカ と たたない うち に また センセイ を ホウモン した。 センセイ は ザシキ へ でる や いなや わらいだした。
「また きました ね」 と いった。
「ええ きました」 と いって ジブン も わらった。
 ワタクシ は ホカ の ヒト から こう いわれたら きっと シャク に さわったろう と おもう。 しかし センセイ に こう いわれた とき は、 まるで ハンタイ で あった。 シャク に さわらない ばかり で なく かえって ユカイ だった。
「ワタクシ は さびしい ニンゲン です」 と センセイ は その バン また コノアイダ の コトバ を くりかえした。 「ワタクシ は さびしい ニンゲン です が、 コト に よる と アナタ も さびしい ニンゲン じゃ ない です か。 ワタクシ は さびしくって も トシ を とって いる から、 うごかず に いられる が、 わかい アナタ は そう は いかない の でしょう。 うごける だけ うごきたい の でしょう。 うごいて ナニ か に ぶつかりたい の でしょう。……」
「ワタクシ は ちっとも さむしく は ありません」
「わかい うち ほど さむしい もの は ありません。 そんなら なぜ アナタ は そう たびたび ワタクシ の ウチ へ くる の です か」
 ここ でも コノアイダ の コトバ が また センセイ の クチ から くりかえされた。
「アナタ は ワタクシ に あって も おそらく まだ さびしい キ が どこ か で して いる でしょう。 ワタクシ には アナタ の ため に その サビシサ を ネモト から ひきぬいて あげる だけ の チカラ が ない ん だ から。 アナタ は ホカ の ほう を むいて いまに テ を ひろげなければ ならなく なります。 いまに ワタクシ の ウチ の ほう へは アシ が むかなく なります」
 センセイ は こう いって さびしい ワライカタ を した。

 8

 サイワイ に して センセイ の ヨゲン は ジツゲン されず に すんだ。 ケイケン の ない トウジ の ワタクシ は、 この ヨゲン の ウチ に ふくまれて いる メイハク な イギ さえ リョウカイ しえなかった。 ワタクシ は いぜん と して センセイ に あい に いった。 そのうち いつのまにか センセイ の ショクタク で メシ を くう よう に なった。 シゼン の ケッカ オクサン とも クチ を きかなければ ならない よう に なった。
 フツウ の ニンゲン と して ワタクシ は オンナ に たいして レイタン では なかった。 けれども トシ の わかい ワタクシ の イマ まで ケイカ して きた キョウグウ から いって、 ワタクシ は ほとんど コウサイ-らしい コウサイ を オンナ に むすんだ こと が なかった。 それ が ゲンイン か どう か は ギモン だ が、 ワタクシ の キョウミ は オウライ で であう しり も しない オンナ に むかって おおく はたらく だけ で あった。 センセイ の オクサン には その マエ ゲンカン で あった とき、 うつくしい と いう インショウ を うけた。 それから あう たんび に おなじ インショウ を うけない こと は なかった。 しかし それ イガイ に ワタクシ は これ と いって とくに オクサン に ついて かたる べき ナニモノ も もたない よう な キ が した。
 これ は オクサン に トクショク が ない と いう より も、 トクショク を しめす キカイ が こなかった の だ と カイシャク する ほう が セイトウ かも しれない。 しかし ワタクシ は いつでも センセイ に フゾク した イチブブン の よう な ココロモチ で オクサン に たいして いた。 オクサン も ジブン の オット の ところ へ くる ショセイ だ から と いう コウイ で、 ワタクシ を ぐうして いた らしい。 だから チュウカン に たつ センセイ を とりのければ、 つまり フタリ は ばらばら に なって いた。 それで はじめて シリアイ に なった とき の オクサン に ついて は、 ただ うつくしい と いう ホカ に なんの カンジ も のこって いない。
 ある とき ワタクシ は センセイ の ウチ で サケ を のまされた。 その とき オクサン が でて きて ソバ で シャク を して くれた。 センセイ は イツモ より ユカイ そう に みえた。 オクサン に 「オマエ も ひとつ おあがり」 と いって、 ジブン の のみほした サカズキ を さした。 オクサン は 「ワタクシ は……」 と ジタイ しかけた アト、 メイワク そう に それ を うけとった。 オクサン は きれい な マユ を よせて、 ワタクシ の ハンブン ばかり ついで あげた サカズキ を、 クチビル の サキ へ もって いった。 オクサン と センセイ の アイダ に シモ の よう な カイワ が はじまった。
「めずらしい こと。 ワタクシ に のめ と おっしゃった こと は めった に ない のに ね」
「オマエ は きらい だ から さ。 しかし たまに は のむ と いい よ。 いい ココロモチ に なる よ」
「ちっとも ならない わ。 くるしい ぎり で。 でも アナタ は たいへん ゴユカイ そう ね、 すこし ゴシュ を めしあがる と」
「トキ に よる と たいへん ユカイ に なる。 しかし いつでも と いう わけ には いかない」
「コンヤ は いかが です」
「コンヤ は いい ココロモチ だね」
「これから マイバン すこし ずつ めしあがる と よ ござんす よ」
「そう は いかない」
「めしあがって ください よ。 その ほう が さむしく なくって いい から」
 センセイ の ウチ は フウフ と ゲジョ だけ で あった。 いく たび に タイテイ は ひそり と して いた。 たかい ワライゴエ など の きこえる ためし は まるで なかった。 ある とき は ウチ の ナカ に いる モノ は センセイ と ワタクシ だけ の よう な キ が した。
「コドモ でも ある と いい ん です がね」 と オクサン は ワタクシ の ほう を むいて いった。 ワタクシ は 「そう です な」 と こたえた。 しかし ワタクシ の ココロ には なんの ドウジョウ も おこらなかった。 コドモ を もった こと の ない その とき の ワタクシ は、 コドモ を ただ うるさい もの の よう に かんがえて いた。
「ヒトリ もらって やろう か」 と センセイ が いった。
「モライッコ じゃ、 ねえ アナタ」 と オクサン は また ワタクシ の ほう を むいた。
「コドモ は いつまで たったって できっこ ない よ」 と センセイ が いった。
 オクサン は だまって いた。 「なぜ です」 と ワタクシ が カワリ に きいた とき センセイ は 「テンバツ だ から さ」 と いって たかく わらった。

 9

 ワタクシ の しる かぎり センセイ と オクサン とは、 ナカ の いい フウフ の イッツイ で あった。 カテイ の イチイン と して くらした こと の ない ワタクシ の こと だ から、 ふかい ショウソク は むろん わからなかった けれども、 ザシキ で ワタクシ と タイザ して いる とき、 センセイ は ナニ か の ツイデ に、 ゲジョ を よばない で、 オクサン を よぶ こと が あった。 (オクサン の ナ は シズ と いった) センセイ は 「おい シズ」 と いつでも フスマ の ほう を ふりむいた。 その ヨビカタ が ワタクシ には やさしく きこえた。 ヘンジ を して でて くる オクサン の ヨウス も はなはだ すなお で あった。 ときたま ゴチソウ に なって、 オクサン が セキ へ あらわれる バアイ など には、 この カンケイ が いっそう あきらか に フタリ の アイダ に えがきだされる よう で あった。
 センセイ は ときどき オクサン を つれて、 オンガクカイ だの シバイ だの に いった。 それから フウフヅレ で 1 シュウカン イナイ の リョコウ を した こと も、 ワタクシ の キオク に よる と、 2~3 ド イジョウ あった。 ワタクシ は ハコネ から もらった エハガキ を まだ もって いる。 ニッコウ へ いった とき は モミジ の ハ を 1 マイ ふうじこめた ユウビン も もらった。
 トウジ の ワタクシ の メ に うつった センセイ と オクサン の アイダガラ は まず こんな もの で あった。 その ウチ に たった ヒトツ の レイガイ が あった。 ある ヒ ワタクシ が イツモ の とおり、 センセイ の ゲンカン から アンナイ を たのもう と する と、 ザシキ の ほう で ダレ か の ハナシゴエ が した。 よく きく と、 それ が ジンジョウ の ダンワ で なくって、 どうも イサカイ らしかった。 センセイ の ウチ は ゲンカン の ツギ が すぐ ザシキ に なって いる ので、 コウシ の マエ に たって いた ワタクシ の ミミ に その イサカイ の チョウシ だけ は ほぼ わかった。 そうして その ウチ の ヒトリ が センセイ だ と いう こと も、 ときどき たかまって くる オトコ の ほう の コエ で わかった。 アイテ は センセイ より も ひくい オン なので、 ダレ だ か はっきり しなかった が、 どうも オクサン らしく かんぜられた。 ないて いる よう でも あった。 ワタクシ は どうした もの だろう と おもって ゲンカンサキ で まよった が、 すぐ ケッシン を して そのまま ゲシュク へ かえった。
 ミョウ に フアン な ココロモチ が ワタクシ を おそって きた。 ワタクシ は ショモツ を よんで も のみこむ ノウリョク を うしなって しまった。 ヤク 1 ジカン ばかり する と センセイ が マド の シタ へ きて ワタクシ の ナ を よんだ。 ワタクシ は おどろいて マド を あけた。 センセイ は サンポ しよう と いって、 シタ から ワタクシ を さそった。 さっき オビ の アイダ へ くるんだ まま の トケイ を だして みる と、 もう 8 ジ-スギ で あった。 ワタクシ は かえった なり まだ ハカマ を つけて いた。 ワタクシ は それなり すぐ オモテ へ でた。
 その バン ワタクシ は センセイ と イッショ に ビール を のんだ。 センセイ は がんらい シュリョウ に とぼしい ヒト で あった。 ある テイド まで のんで、 それ で よえなければ、 よう まで のんで みる と いう ボウケン の できない ヒト で あった。
「キョウ は ダメ です」 と いって センセイ は クショウ した。
「ユカイ に なれません か」 と ワタクシ は キノドク そう に きいた。
 ワタクシ の ハラ の ナカ には しじゅう サッキ の こと が ひっかかって いた。 サカナ の ホネ が ノド に ささった とき の よう に、 ワタクシ は くるしんだ。 うちあけて みよう か と かんがえたり、 よした ほう が よかろう か と おもいなおしたり する ドウヨウ が、 ミョウ に ワタクシ の ヨウス を そわそわ させた。
「キミ、 コンヤ は どうか して います ね」 と センセイ の ほう から いいだした。 「じつは ワタクシ も すこし ヘン なの です よ。 キミ に わかります か」
 ワタクシ は なんの コタエ も しえなかった。
「じつは さっき サイ と すこし ケンカ を して ね。 それで くだらない シンケイ を コウフン させて しまった ん です」 と センセイ が また いった。
「どうして……」
 ワタクシ には ケンカ と いう コトバ が クチ へ でて こなかった。
「サイ が ワタクシ を ゴカイ する の です。 それ を ゴカイ だ と いって きかせて も ショウチ しない の です。 つい ハラ を たてた の です」
「どんな に センセイ を ゴカイ なさる ん です か」
 センセイ は ワタクシ の この トイ に こたえよう とは しなかった。
「サイ が かんがえて いる よう な ニンゲン なら、 ワタクシ だって こんな に くるしんで い や しない」
 センセイ が どんな に くるしんで いる か、 これ も ワタクシ には ソウゾウ の およばない モンダイ で あった。
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ココロ 「センセイ と ワタクシ 2」

2015-09-08 | ナツメ ソウセキ
 10

 フタリ が かえる とき あるきながら の チンモク が 1 チョウ も 2 チョウ も つづいた。 その アト で とつぜん センセイ が クチ を ききだした。
「わるい こと を した。 おこって でた から サイ は さぞ シンパイ を して いる だろう。 かんがえる と オンナ は かわいそう な もの です ね。 ワタクシ の サイ など は ワタクシ より ホカ に まるで タヨリ に する もの が ない ん だ から」
 センセイ の コトバ は ちょっと そこ で とぎれた が、 べつに ワタクシ の ヘンジ を キタイ する ヨウス も なく、 すぐ その ツヅキ へ うつって いった。
「そう いう と、 オット の ほう は いかにも ココロジョウブ の よう で すこし コッケイ だ が。 キミ、 ワタクシ は キミ の メ に どう うつります かね。 つよい ヒト に みえます か、 よわい ヒト に みえます か」
「チュウグライ に みえます」 と ワタクシ は こたえた。 この コタエ は センセイ に とって すこし アンガイ らしかった。 センセイ は また クチ を とじて、 ムゴン で あるきだした。
 センセイ の ウチ へ かえる には ワタクシ の ゲシュク の つい ソバ を とおる の が ジュンロ で あった。 ワタクシ は そこ まで きて、 マガリカド で わかれる の が センセイ に すまない よう な キ が した。 「ついでに オタク の マエ まで オトモ しましょう か」 と いった。 センセイ は たちまち テ で ワタクシ を さえぎった。
「もう おそい から はやく かえりたまえ。 ワタクシ も はやく かえって やる ん だ から、 サイクン の ため に」
 センセイ が サイゴ に つけくわえた 「サイクン の ため に」 と いう コトバ は ミョウ に その とき の ワタクシ の ココロ を あたたか に した。 ワタクシ は その コトバ の ため に、 かえって から アンシン して ねる こと が できた。 ワタクシ は ソノゴ も ながい アイダ この 「サイクン の ため に」 と いう コトバ を わすれなかった。
 センセイ と オクサン の アイダ に おこった ハラン が、 たいした もの で ない こと は これ でも わかった。 それ が また めった に おこる ゲンショウ で なかった こと も、 ソノゴ たえず デイリ を して きた ワタクシ には ほぼ スイサツ が できた。 それ どころ か センセイ は ある とき こんな カンソウ すら ワタクシ に もらした。
「ワタクシ は ヨノナカ で オンナ と いう もの を たった ヒトリ しか しらない。 サイ イガイ の オンナ は ほとんど オンナ と して ワタクシ に うったえない の です。 サイ の ほう でも、 ワタクシ を テンカ に ただ ヒトリ しか ない オトコ と おもって くれて います。 そういう イミ から いって、 ワタクシタチ は もっとも コウフク に うまれた ニンゲン の イッツイ で ある べき はず です」
 ワタクシ は イマ ゼンゴ の ユキガカリ を わすれて しまった から、 センセイ が なんの ため に こんな ジハク を ワタクシ に して きかせた の か、 はっきり いう こと が できない。 けれども センセイ の タイド の マジメ で あった の と、 チョウシ の しずんで いた の とは、 いまだに キオク に のこって いる。 その とき ただ ワタクシ の ミミ に イヨウ に ひびいた の は、 「もっとも コウフク に うまれた ニンゲン の イッツイ で ある べき はず です」 と いう サイゴ の イック で あった。 センセイ は なぜ コウフク な ニンゲン と いいきらない で、 ある べき はず で ある と ことわった の か。 ワタクシ には それ だけ が フシン で あった。 ことに そこ へ イッシュ の チカラ を いれた センセイ の ゴキ が フシン で あった。 センセイ は じじつ はたして コウフク なの だろう か、 また コウフク で ある べき はず で ありながら、 それほど コウフク で ない の だろう か。 ワタクシ は ココロ の ウチ で うたぐらざる を えなかった。 けれども その ウタガイ は イチジ かぎり どこ か へ ほうむられて しまった。
 ワタクシ は そのうち センセイ の ルス に いって、 オクサン と フタリ サシムカイ で ハナシ を する キカイ に であった。 センセイ は その ヒ ヨコハマ を シュッパン する キセン に のって ガイコク へ ゆく べき ユウジン を シンバシ へ おくり に いって ルス で あった。 ヨコハマ から フネ に のる ヒト が、 アサ 8 ジ ハン の キシャ で シンバシ を たつ の は その コロ の シュウカン で あった。 ワタクシ は ある ショモツ に ついて センセイ に はなして もらう ヒツヨウ が あった ので、 あらかじめ センセイ の ショウダク を えた とおり、 ヤクソク の 9 ジ に ホウモン した。 センセイ の シンバシ-ユキ は ゼンジツ わざわざ コクベツ に きた ユウジン に たいする レイギ と して その ヒ とつぜん おこった デキゴト で あった。 センセイ は すぐ かえる から ルス でも ワタクシ に まって いる よう に と いいのこして いった。 それで ワタクシ は ザシキ へ あがって、 センセイ を まつ アイダ、 オクサン と ハナシ を した。

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 その とき の ワタクシ は すでに ダイガクセイ で あった。 はじめて センセイ の ウチ へ きた コロ から みる と ずっと セイジン した キ で いた。 オクサン とも だいぶ コンイ に なった ノチ で あった。 ワタクシ は オクサン に たいして なんの キュウクツ も かんじなかった。 サシムカイ で イロイロ の ハナシ を した。 しかし それ は トクショク の ない タダ の ダンワ だ から、 イマ では まるで わすれて しまった。 その ウチ で たった ヒトツ ワタクシ の ミミ に とまった もの が ある。 しかし それ を はなす マエ に、 ちょっと ことわって おきたい こと が ある。
 センセイ は ダイガク シュッシン で あった。 これ は ハジメ から ワタクシ に しれて いた。 しかし センセイ の なにも しない で あそんで いる と いう こと は、 トウキョウ へ かえって すこし たって から はじめて わかった。 ワタクシ は その とき どうして あそんで いられる の か と おもった。
 センセイ は まるで セケン に ナマエ を しられて いない ヒト で あった。 だから センセイ の ガクモン や シソウ に ついて は、 センセイ と ミッセツ の カンケイ を もって いる ワタクシ より ホカ に ケイイ を はらう モノ の ある べき はず が なかった。 それ を ワタクシ は つねに おしい こと だ と いった。 センセイ は また 「ワタクシ の よう な モノ が ヨノナカ へ でて、 クチ を きいて は すまない」 と こたえる ぎり で、 とりあわなかった。 ワタクシ には その コタエ が ケンソン-すぎて かえって セケン を レイヒョウ する よう にも きこえた。 じっさい センセイ は ときどき ムカシ の ドウキュウセイ で イマ チョメイ に なって いる ダレカレ を とらえて、 ひどく ブエンリョ な ヒヒョウ を くわえる こと が あった。 それで ワタクシ は ロコツ に その ムジュン を あげて ウンヌン して みた。 ワタクシ の セイシン は ハンコウ の イミ と いう より も、 セケン が センセイ を しらない で ヘイキ で いる の が ザンネン だった から で ある。 その とき センセイ は しずんだ チョウシ で、 「どうしても ワタクシ は セケン に むかって はたらきかける シカク の ない オトコ だ から シカタ が ありません」 と いった。 センセイ の カオ には ふかい イッシュ の ヒョウジョウ が ありあり と きざまれた。 ワタクシ には それ が シツボウ だ か、 フヘイ だ か、 ヒアイ だ か、 わからなかった けれども、 なにしろ ニノク の つげない ほど に つよい もの だった ので、 ワタクシ は それぎり なにも いう ユウキ が でなかった。
 ワタクシ が オクサン と はなして いる アイダ に、 モンダイ が しぜん センセイ の こと から そこ へ おちて きた。
「センセイ は なぜ ああ やって、 ウチ で かんがえたり ベンキョウ したり なさる だけ で、 ヨノナカ へ でて シゴト を なさらない ん でしょう」
「あの ヒト は ダメ です よ。 そういう こと が きらい なん です から」
「つまり くだらない こと だ と さとって いらっしゃる ん でしょう か」
「さとる の さとらない の って、 ――そりゃ オンナ だ から ワタクシ には わかりません けれど、 おそらく そんな イミ じゃ ない でしょう。 やっぱり ナニ か やりたい の でしょう。 それでいて できない ん です。 だから キノドク です わ」
「しかし センセイ は ケンコウ から いって、 べつに どこ も わるい ところ は ない よう じゃ ありません か」
「ジョウブ です とも。 なんにも ジビョウ は ありません」
「それ で なぜ カツドウ が できない ん でしょう」
「それ が わからない のよ、 アナタ。 それ が わかる くらい なら ワタクシ だって、 こんな に シンパイ し や しません。 わからない から キノドク で たまらない ん です」
 オクサン の ゴキ には ヒジョウ に ドウジョウ が あった。 それでも クチモト だけ には ビショウ が みえた。 ソトガワ から いえば、 ワタクシ の ほう が むしろ マジメ だった。 ワタクシ は むずかしい カオ を して だまって いた。 すると オクサン が キュウ に おもいだした よう に また クチ を ひらいた。
「わかい とき は あんな ヒト じゃ なかった ん です よ。 わかい とき は まるで ちがって いました。 それ が まったく かわって しまった ん です」
「わかい とき って イツゴロ です か」 と ワタクシ が きいた。
「ショセイ ジダイ よ」
「ショセイ ジダイ から センセイ を しって いらっしゃった ん です か」
 オクサン は キュウ に うすあかい カオ を した。

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 オクサン は トウキョウ の ヒト で あった。 それ は かつて センセイ から も オクサン ジシン から も きいて しって いた。 オクサン は 「ホントウ いう と アイノコ なん です よ」 と いった。 オクサン の チチオヤ は たしか トットリ か どこ か の デ で ある のに、 オカアサン の ほう は まだ エド と いった ジブン の イチガヤ で うまれた オンナ なので、 オクサン は ジョウダン ハンブン そう いった の で ある。 ところが センセイ は まったく ホウガク チガイ の ニイガタ ケンジン で あった。 だから オクサン が もし センセイ の ショセイ ジダイ を しって いる と すれば、 キョウリ の カンケイ から で ない こと は あきらか で あった。 しかし うすあかい カオ を した オクサン は それ より イジョウ の ハナシ を したく ない よう だった ので、 ワタクシ の ほう でも ふかく は きかず に おいた。
 センセイ と シリアイ に なって から センセイ の なくなる まで に、 ワタクシ は ずいぶん イロイロ の モンダイ で センセイ の シソウ や ジョウソウ に ふれて みた が、 ケッコン トウジ の ジョウキョウ に ついて は、 ほとんど ナニモノ も ききえなかった。 ワタクシ は トキ に よる と、 それ を ゼンイ に カイシャク して も みた。 ネンパイ の センセイ の こと だ から、 なまめかしい カイソウ など を わかい モノ に きかせる の は わざと つつしんで いる の だろう と おもった。 トキ に よる と、 また それ を わるく も とった。 センセイ に かぎらず、 オクサン に かぎらず、 フタリ とも ワタクシ に くらべる と、 イチジダイ マエ の インシュウ の ウチ に セイジン した ため に、 そういう つやっぽい モンダイ に なる と、 ショウジキ に ジブン を カイホウ する だけ の ユウキ が ない の だろう と かんがえた。 もっとも どちら も スイソク に すぎなかった。 そうして どちら の スイソク の ウラ にも、 フタリ の ケッコン の オク に よこたわる はなやか な ロマンス の ソンザイ を カテイ して いた。
 ワタクシ の カテイ は はたして あやまらなかった。 けれども ワタクシ は ただ コイ の ハンメン だけ を ソウゾウ に えがきえた に すぎなかった。 センセイ は うつくしい レンアイ の ウラ に、 おそろしい ヒゲキ を もって いた。 そうして その ヒゲキ の どんな に センセイ に とって みじめ な もの で ある か は アイテ の オクサン に まるで しれて いなかった。 オクサン は イマ でも それ を しらず に いる。 センセイ は それ を オクサン に かくして しんだ。 センセイ は オクサン の コウフク を ハカイ する マエ に、 まず ジブン の セイメイ を ハカイ して しまった。
 ワタクシ は イマ この ヒゲキ に ついて ナニゴト も かたらない。 その ヒゲキ の ため に むしろ うまれでた とも いえる フタリ の レンアイ に ついて は、 さっき いった とおり で あった。 フタリ とも ワタクシ には ほとんど なにも はなして くれなかった。 オクサン は ツツシミ の ため に、 センセイ は また それ イジョウ の ふかい リユウ の ため に。
 ただ ヒトツ ワタクシ の キオク に のこって いる こと が ある。 ある とき ハナジブン に ワタクシ は センセイ と イッショ に ウエノ へ いった。 そうして そこ で うつくしい イッツイ の ナンニョ を みた。 カレラ は むつまじそう に よりそって ハナ の シタ を あるいて いた。 バショ が バショ なので、 ハナ より も そちら を むいて メ を そばだてて いる ヒト が たくさん あった。
「シンコン の フウフ の よう だね」 と センセイ が いった。
「ナカ が よさそう です ね」 と ワタクシ が こたえた。
 センセイ は クショウ さえ しなかった。 フタリ の ナンニョ を シセン の ホカ に おく よう な ホウガク へ アシ を むけた。 それから ワタクシ に こう きいた。
「キミ は コイ を した こと が あります か」
 ワタクシ は ない と こたえた。
「コイ を したく は ありません か」
 ワタクシ は こたえなかった。
「したく ない こと は ない でしょう」
「ええ」
「キミ は イマ あの オトコ と オンナ を みて、 ひやかしました ね。 あの ヒヤカシ の ウチ には キミ が コイ を もとめながら アイテ を えられない と いう フカイ の コエ が まじって いましょう」
「そんな ふう に きこえました か」
「きこえました。 コイ の マンゾク を あじわって いる ヒト は もっと あたたかい コエ を だす もの です。 しかし…… しかし キミ、 コイ は ザイアク です よ。 わかって います か」
 ワタクシ は キュウ に おどろかされた。 なんとも ヘンジ を しなかった。

 13

 ワレワレ は グンシュウ の ナカ に いた。 グンシュウ は いずれ も うれしそう な カオ を して いた。 そこ を とおりぬけて、 ハナ も ヒト も みえない モリ の ナカ へ くる まで は、 おなじ モンダイ を クチ に する キカイ が なかった。
「コイ は ザイアク です か」 と ワタクシ が その とき とつぜん きいた。
「ザイアク です。 たしか に」 と こたえた とき の センセイ の ゴキ は マエ と おなじ よう に つよかった。
「なぜ です か」
「なぜ だ か いまに わかります。 いまに じゃ ない、 もう わかって いる はず です。 アナタ の ココロ は とっく の ムカシ から すでに コイ で うごいて いる じゃ ありません か」
 ワタクシ は いちおう ジブン の ムネ の ナカ を しらべて みた。 けれども そこ は アンガイ に クウキョ で あった。 おもいあたる よう な もの は なんにも なかった。
「ワタクシ の ムネ の ナカ に これ と いう モクテキブツ は ヒトツ も ありません。 ワタクシ は センセイ に なにも かくして は いない つもり です」
「モクテキブツ が ない から うごく の です。 あれば おちつける だろう と おもって うごきたく なる の です」
「イマ それほど うごいちゃ いません」
「アナタ は ものたりない ケッカ ワタクシ の ところ に うごいて きた じゃ ありません か」
「それ は そう かも しれません。 しかし それ は コイ とは ちがいます」
「コイ に のぼる カイダン なん です。 イセイ と だきあう ジュンジョ と して、 まず ドウセイ の ワタクシ の ところ へ うごいて きた の です」
「ワタクシ には フタツ の もの が まったく セイシツ を コト に して いる よう に おもわれます」
「いや おなじ です。 ワタクシ は オトコ と して どうしても アナタ に マンゾク を あたえられない ニンゲン なの です。 それから、 ある トクベツ の ジジョウ が あって、 なおさら アナタ に マンゾク を あたえられない で いる の です。 ワタクシ は じっさい オキノドク に おもって います。 アナタ が ワタクシ から ヨソ へ うごいて いく の は シカタ が ない。 ワタクシ は むしろ それ を キボウ して いる の です。 しかし……」
 ワタクシ は へんに かなしく なった。
「ワタクシ が センセイ から はなれて ゆく よう に おおもい に なれば シカタ が ありません が、 ワタクシ に そんな キ の おこった こと は まだ ありません」
 センセイ は ワタクシ の コトバ に ミミ を かさなかった。
「しかし キ を つけない と いけない。 コイ は ザイアク なん だ から。 ワタクシ の ところ では マンゾク が えられない カワリ に キケン も ない が、 ――キミ、 くろい ながい カミ で しばられた とき の ココロモチ を しって います か」
 ワタクシ は ソウゾウ で しって いた。 しかし ジジツ と して は しらなかった。 いずれ に して も センセイ の いう ザイアク と いう イミ は もうろう と して よく わからなかった。 そのうえ ワタクシ は すこし フユカイ に なった。
「センセイ、 ザイアク と いう イミ を もっと はっきり いって きかして ください。 それ で なければ この モンダイ を ここ で きりあげて ください。 ワタクシ ジシン に ザイアク と いう イミ が はっきり わかる まで」
「わるい こと を した。 ワタクシ は アナタ に マコト を はなして いる キ で いた。 ところが ジッサイ は、 アナタ を じらして いた の だ。 ワタクシ は わるい こと を した」
 センセイ と ワタクシ とは ハクブツカン の ウラ から ウグイスダニ の ホウガク に しずか な ホチョウ で あるいて いった。 カキ の スキマ から ひろい ニワ の イチブ に しげる クマザサ が ユウスイ に みえた。
「キミ は ワタクシ が なぜ マイゲツ ゾウシガヤ の ボチ に うまって いる ユウジン の ハカ へ まいる の か しって います か」
 センセイ の この トイ は まったく トツゼン で あった。 しかも センセイ は ワタクシ が この トイ に たいして こたえられない と いう こと も よく ショウチ して いた。 ワタクシ は しばらく ヘンジ を しなかった。 すると センセイ は はじめて キ が ついた よう に こう いった。
「また わるい こと を いった。 じらせる の が わるい と おもって、 セツメイ しよう と する と、 その セツメイ が また アナタ を じらせる よう な ケッカ に なる。 どうも シカタ が ない。 この モンダイ は これ で やめましょう。 とにかく コイ は ザイアク です よ、 よ ござんす か。 そうして シンセイ な もの です よ」
 ワタクシ には センセイ の ハナシ が ますます わからなく なった。 しかし センセイ は それぎり コイ を クチ に しなかった。

 14

 トシ の わかい ワタクシ は ややともすると イチズ に なりやすかった。 すくなくとも センセイ の メ には そう うつって いた らしい。 ワタクシ には ガッコウ の コウギ より も センセイ の ダンワ の ほう が ユウエキ なの で あった。 キョウジュ の イケン より も センセイ の シソウ の ほう が ありがたい の で あった。 トド の ツマリ を いえば、 キョウダン に たって ワタクシ を シドウ して くれる えらい ヒトビト より も ただ ヒトリ を まもって オオク を かたらない センセイ の ほう が えらく みえた の で あった。
「あんまり のぼせちゃ いけません」 と センセイ が いった。
「さめた ケッカ と して そう おもう ん です」 と こたえた とき の ワタクシ には ジュウブン の ジシン が あった。 その ジシン を センセイ は うけがって くれなかった。
「アナタ は ネツ に うかされて いる の です。 ネツ が さめる と いや に なります。 ワタクシ は イマ の アナタ から それほど に おもわれる の を、 くるしく かんじて います。 しかし これから サキ の アナタ に おこる べき ヘンカ を ヨソウ して みる と、 なお くるしく なります」
「ワタクシ は それほど ケイハク に おもわれて いる ん です か。 それほど フシンヨウ なん です か」
「ワタクシ は オキノドク に おもう の です」
「キノドク だ が シンヨウ されない と おっしゃる ん です か」
 センセイ は メイワク そう に ニワ の ほう を むいた。 その ニワ に、 コノアイダ まで おもそう な あかい つよい イロ を ぽたぽた てんじて いた ツバキ の ハナ は もう ヒトツ も みえなかった。 センセイ は ザシキ から この ツバキ の ハナ を よく ながめる クセ が あった。
「シンヨウ しない って、 とくに アナタ を シンヨウ しない ん じゃ ない。 ニンゲン ゼンタイ を シンヨウ しない ん です」
 その とき イケガキ の ムコウ で キンギョウリ らしい コエ が した。 その ホカ には なんの きこえる もの も なかった。 オオドオリ から 2 チョウ も ふかく おれこんだ コウジ は ぞんがい しずか で あった。 ウチ の ナカ は イツモ の とおり ひっそり して いた。 ワタクシ は ツギノマ に オクサン の いる こと を しって いた。 だまって ハリシゴト か ナニ か して いる オクサン の ミミ に ワタクシ の ハナシゴエ が きこえる と いう こと も しって いた。 しかし ワタクシ は まったく それ を わすれて しまった。
「じゃ オクサン も シンヨウ なさらない ん です か」 と センセイ に きいた。
 センセイ は すこし フアン な カオ を した。 そうして チョクセツ の コタエ を さけた。
「ワタクシ は ワタクシ ジシン さえ シンヨウ して いない の です。 つまり ジブン で ジブン が シンヨウ できない から、 ヒト も シンヨウ できない よう に なって いる の です。 ジブン を のろう より ホカ に シカタ が ない の です」
「そう むずかしく かんがえれば、 ダレ だって たしか な もの は ない でしょう」
「いや かんがえた ん じゃ ない。 やった ん です。 やった アト で おどろいた ん です。 そうして ヒジョウ に こわく なった ん です」
 ワタクシ は もうすこし サキ まで おなじ ミチ を たどって ゆきたかった。 すると フスマ の カゲ で 「アナタ、 アナタ」 と いう オクサン の コエ が 2 ド きこえた。 センセイ は 2 ド-メ に 「ナン だい」 と いった。 オクサン は 「ちょっと」 と センセイ を ツギノマ へ よんだ。 フタリ の アイダ に どんな ヨウジ が おこった の か、 ワタクシ には わからなかった。 それ を ソウゾウ する ヨユウ を あたえない ほど はやく センセイ は また ザシキ へ かえって きた。
「とにかく あまり ワタクシ を シンヨウ して は いけません よ。 いまに コウカイ する から。 そうして ジブン が あざむかれた ヘンポウ に、 ザンコク な フクシュウ を する よう に なる もの だ から」
「そりゃ どういう イミ です か」
「かつて は その ヒト の ヒザ の マエ に ひざまずいた と いう キオク が、 コンド は その ヒト の アタマ の ウエ に アシ を のせさせよう と する の です。 ワタクシ は ミライ の ブジョク を うけない ため に、 イマ の ソンケイ を しりぞけたい と おもう の です。 ワタクシ は イマ より いっそう さびしい ミライ の ワタクシ を ガマン する カワリ に、 さびしい イマ の ワタクシ を ガマン したい の です。 ジユウ と ドクリツ と オノレ と に みちた ゲンダイ に うまれた ワレワレ は、 その ギセイ と して ミンナ この サビシミ を あじわわなくて は ならない でしょう」
 ワタクシ は こういう カクゴ を もって いる センセイ に たいして、 いう べき コトバ を しらなかった。

 15

 ソノゴ ワタクシ は オクサン の カオ を みる たび に キ に なった。 センセイ は オクサン に たいして も しじゅう こういう タイド に でる の だろう か。 もし そう だ と すれば、 オクサン は それ で マンゾク なの だろう か。
 オクサン の ヨウス は マンゾク とも フマンゾク とも キメヨウ が なかった。 ワタクシ は それほど ちかく オクサン に セッショク する キカイ が なかった から。 それから オクサン は ワタクシ に あう たび に ジンジョウ で あった から。 サイゴ に センセイ の いる セキ で なければ ワタクシ と オクサン とは めった に カオ を あわせなかった から。
 ワタクシ の ギワク は まだ その うえ にも あった。 センセイ の ニンゲン に たいする この カクゴ は どこ から くる の だろう か。 ただ つめたい メ で ジブン を ナイセイ したり ゲンダイ を カンサツ したり した ケッカ なの だろう か。 センセイ は すわって かんがえる タチ の ヒト で あった。 センセイ の アタマ さえ あれば、 こういう タイド は すわって ヨノナカ を かんがえて いて も しぜん と でて くる もの だろう か。 ワタクシ には そう ばかり とは おもえなかった。 センセイ の カクゴ は いきた カクゴ らしかった。 ヒ に やけて レイキャク しきった セキゾウ カオク の リンカク とは ちがって いた。 ワタクシ の メ に えいずる センセイ は たしか に シソウカ で あった。 けれども その シソウカ の まとめあげた シュギ の ウラ には、 つよい ジジツ が おりこまれて いる らしかった。 ジブン と きりはなされた タニン の ジジツ で なくって、 ジブン ジシン が ツウセツ に あじわった ジジツ、 チ が あつく なったり ミャク が とまったり する ほど の ジジツ が、 たたみこまれて いる らしかった。
 これ は ワタクシ の ムネ で スイソク する が もの は ない。 センセイ ジシン すでに そう だ と コクハク して いた。 ただ その コクハク が クモ の ミネ の よう で あった。 ワタクシ の アタマ の ウエ に ショウタイ の しれない おそろしい もの を おおいかぶせた。 そうして なぜ それ が おそろしい か ワタクシ にも わからなかった。 コクハク は ぼうと して いた。 それでいて あきらか に ワタクシ の シンケイ を ふるわせた。
 ワタクシ は センセイ の この ジンセイカン の キテン に、 ある キョウレツ な レンアイ ジケン を カテイ して みた。 (むろん センセイ と オクサン との アイダ に おこった)。 センセイ が かつて コイ は ザイアク だ と いった こと から てらしあわせて みる と、 たしょう それ が テガカリ にも なった。 しかし センセイ は げんに オクサン を あいして いる と ワタクシ に つげた。 すると フタリ の コイ から こんな エンセイ に ちかい カクゴ が でよう はず が なかった。 「かつて は その ヒト の マエ に ひざまずいた と いう キオク が、 コンド は その ヒト の アタマ の ウエ に アシ を のせさせよう と する」 と いった センセイ の コトバ は、 ゲンダイ イッパン の タレカレ に ついて もちいられる べき で、 センセイ と オクサン の アイダ には あてはまらない もの の よう でも あった。
 ゾウシガヤ に ある ダレ だ か わからない ヒト の ハカ、 ――これ も ワタクシ の キオク に ときどき うごいた。 ワタクシ は それ が センセイ と ふかい エンコ の ある ハカ だ と いう こと を しって いた。 センセイ の セイカツ に ちかづきつつ ありながら、 ちかづく こと の できない ワタクシ は、 センセイ の アタマ の ナカ に ある イノチ の ダンペン と して、 その ハカ を ワタクシ の アタマ の ナカ にも うけいれた。 けれども ワタクシ に とって その ハカ は まったく しんだ もの で あった。 フタリ の アイダ に ある イノチ の トビラ を あける カギ には ならなかった。 むしろ フタリ の アイダ に たって、 ジユウ の オウライ を さまたげる マモノ の よう で あった。
 そうこう して いる うち に、 ワタクシ は また オクサン と サシムカイ で ハナシ を しなければ ならない ジキ が きた。 その コロ は ヒ の つまって ゆく せわしない アキ に、 ダレ も チュウイ を ひかれる ハダサム の キセツ で あった。 センセイ の フキン で トウナン に かかった モノ が サン、 ヨッカ つづいて でた。 トウナン は いずれ も ヨイ の クチ で あった。 たいした もの を もって ゆかれた ウチ は ほとんど なかった けれども、 はいられた ところ では かならず ナニ か とられた。 オクサン は キミ を わるく した。 そこ へ センセイ が ある バン ウチ を あけなければ ならない ジジョウ が できて きた。 センセイ と ドウキョウ の ユウジン で チホウ の ビョウイン に ホウショク して いる モノ が ジョウキョウ した ため、 センセイ は ホカ の 2~3 メイ と ともに、 ある ところ で その ユウジン に メシ を くわせなければ ならなく なった。 センセイ は ワケ を はなして、 ワタクシ に かえって くる アイダ まで の ルスバン を たのんだ。 ワタクシ は すぐ ひきうけた。

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 ワタクシ の いった の は まだ ヒ の つく か つかない クレガタ で あった が、 キチョウメン な センセイ は もう ウチ に いなかった。 「ジカン に おくれる と わるい って、 つい いましがた でかけました」 と いった オクサン は、 ワタクシ を センセイ の ショサイ へ アンナイ した。
 ショサイ には テーブル と イス の ホカ に、 タクサン の ショモツ が うつくしい セガワ を ならべて、 ガラスゴシ に デントウ の ヒカリ で てらされて いた。 オクサン は ヒバチ の マエ に しいた ザブトン の ウエ へ ワタクシ を すわらせて、 「ちっと そこいら に ある ホン でも よんで いて ください」 と ことわって でて いった。 ワタクシ は ちょうど シュジン の カエリ を まちうける キャク の よう な キ が して すまなかった。 ワタクシ は かしこまった まま タバコ を のんで いた。 オクサン が チャノマ で ナニ か ゲジョ に はなして いる コエ が きこえた。 ショサイ は チャノマ の エンガワ を つきあたって おれまがった カド に ある ので、 ムネ の イチ から いう と、 ザシキ より も かえって かけはなれた シズカサ を りょうして いた。 ヒトシキリ で オクサン の ハナシゴエ が やむ と、 アト は しんと した。 ワタクシ は ドロボウ を まちうける よう な ココロモチ で、 じっと しながら キ を どこ か に くばった。
 30 プン ほど する と、 オクサン が また ショサイ の イリグチ へ カオ を だした。 「おや」 と いって、 かるく おどろいた とき の メ を ワタクシ に むけた。 そうして キャク に きた ヒト の よう に しかつめらしく ひかえて いる ワタクシ を おかしそう に みた。
「それ じゃ キュウクツ でしょう」
「いえ、 キュウクツ じゃ ありません」
「でも タイクツ でしょう」
「いいえ。 ドロボウ が くる か と おもって キンチョウ して いる から タイクツ でも ありません」
 オクサン は テ に コウチャ-ヂャワン を もった まま、 わらいながら そこ に たって いた。
「ここ は スミッコ だ から バン を する には よく ありません ね」 と ワタクシ が いった。
「じゃ シツレイ です が もっと マンナカ へ でて きて ちょうだい。 ゴタイクツ だろう と おもって、 オチャ を いれて もって きた ん です が、 チャノマ で よろしければ あちら で あげます から」
 ワタクシ は オクサン の アト に ついて ショサイ を でた。 チャノマ には きれい な ナガヒバチ に テツビン が なって いた。 ワタクシ は そこ で チャ と カシ の ゴチソウ に なった。 オクサン は ねられない と いけない と いって、 チャワン に テ を ふれなかった。
「センセイ は やっぱり ときどき こんな カイ へ おでかけ に なる ん です か」
「いいえ めった に でた こと は ありません。 チカゴロ は だんだん ヒト の カオ を みる の が きらい に なる よう です」
 こう いった オクサン の ヨウス に、 べつだん こまった もの だ と いう フウ も みえなかった ので、 ワタクシ は つい ダイタン に なった。
「それじゃ オクサン だけ が レイガイ なん です か」
「いいえ ワタクシ も きらわれて いる ヒトリ なん です」
「そりゃ ウソ です」 と ワタクシ が いった。 「オクサン ジシン ウソ と しりながら そう おっしゃる ん でしょう」
「なぜ」
「ワタクシ に いわせる と、 オクサン が すき に なった から セケン が きらい に なる ん です もの」
「アナタ は ガクモン を する カタ だけ あって、 なかなか オジョウズ ね。 カラッポ な リクツ を つかいこなす こと が。 ヨノナカ が きらい に なった から、 ワタクシ まで も きらい に なった ん だ とも いわれる じゃ ありません か。 それ と おんなじ リクツ で」
「リョウホウ とも いわれる こと は いわれます が、 この バアイ は ワタクシ の ほう が ただしい の です」
「ギロン は いや よ。 よく オトコ の カタ は ギロン だけ なさる のね、 おもしろそう に。 カラ の サカズキ で よく ああ あきず に ケンシュウ が できる と おもいます わ」
 オクサン の コトバ は すこし てひどかった。 しかし その コトバ の ミミザワリ から いう と、 けっして モウレツ な もの では なかった。 ジブン に ズノウ の ある こと を アイテ に みとめさせて、 そこ に イッシュ の ホコリ を みいだす ほど に オクサン は ゲンダイテキ で なかった。 オクサン は それ より もっと ソコ の ほう に しずんだ ココロ を ダイジ に して いる らしく みえた。

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 ワタクシ は まだ その アト に いう べき こと を もって いた。 けれども オクサン から いたずらに ギロン を しかける オトコ の よう に とられて は こまる と おもって エンリョ した。 オクサン は のみほした コウチャ-ヂャワン の ソコ を のぞいて だまって いる ワタクシ を そらさない よう に、 「もう 1 パイ あげましょう か」 と きいた。 ワタクシ は すぐ チャワン を オクサン の テ に わたした。
「イクツ? ヒトツ? フタッツ?」
 ミョウ な もの で カクザトウ を つまみあげた オクサン は、 ワタクシ の カオ を みて、 チャワン の ナカ へ いれる サトウ の カズ を きいた。 オクサン の タイド は ワタクシ に こびる と いう ほど では なかった けれども、 サッキ の つよい コトバ を つとめて うちけそう と する アイキョウ に みちて いた。
 ワタクシ は だまって チャ を のんだ。 のんで しまって も だまって いた。
「アナタ たいへん だまりこんじまった のね」 と オクサン が いった。
「ナニ か いう と また ギロン を しかける なんて、 しかりつけられそう です から」 と ワタクシ は こたえた。
「まさか」 と オクサン が ふたたび いった。
 フタリ は それ を イトグチ に また ハナシ を はじめた。 そうして また フタリ に キョウツウ な キョウミ の ある センセイ を モンダイ に した。
「オクサン、 サッキ の ツヅキ を もうすこし いわせて くださいません か。 オクサン には カラ な リクツ と きこえる かも しれません が、 ワタクシ は そんな ウワノソラ で いってる こと じゃ ない ん だ から」
「じゃ おっしゃい」
「イマ オクサン が キュウ に いなく なった と したら、 センセイ は ゲンザイ の とおり で いきて いられる でしょう か」
「そりゃ わからない わ、 アナタ。 そんな こと、 センセイ に きいて みる より ホカ に シカタ が ない じゃ ありません か。 ワタクシ の ところ へ もって くる モンダイ じゃ ない わ」
「オクサン、 ワタクシ は マジメ です よ。 だから にげちゃ いけません。 ショウジキ に こたえなくっちゃ」
「ショウジキ よ。 ショウジキ に いって ワタクシ には わからない のよ」
「じゃ オクサン は センセイ を どの くらい あいして いらっしゃる ん です か。 これ は センセイ に きく より むしろ オクサン に うかがって いい シツモン です から、 アナタ に うかがいます」
「なにも そんな こと を ひらきなおって きかなくって も いい じゃ ありません か」
「まじめくさって きく が もの は ない。 わかりきってる と おっしゃる ん です か」
「まあ そう よ」
「その くらい センセイ に チュウジツ な アナタ が キュウ に いなく なったら、 センセイ は どう なる ん でしょう。 ヨノナカ の どっち を むいて も おもしろそう で ない センセイ は、 アナタ が キュウ に いなく なったら アト で どう なる でしょう。 センセイ から みて じゃ ない。 アナタ から みて です よ。 アナタ から みて、 センセイ は コウフク に なる でしょう か、 フコウ に なる でしょう か」
「そりゃ ワタクシ から みれば わかって います。 (センセイ は そう おもって いない かも しれません が)。 センセイ は ワタクシ を はなれれば フコウ に なる だけ です。 あるいは いきて いられない かも しれません よ。 そう いう と、 オノボレ に なる よう です が、 ワタクシ は イマ センセイ を ニンゲン と して できる だけ コウフク に して いる ん だ と しんじて います わ。 どんな ヒト が あって も ワタクシ ほど センセイ を コウフク に できる モノ は ない と まで おもいこんで います わ。 それだから こうして おちついて いられる ん です」
「その シンネン が センセイ の ココロ に よく うつる はず だ と ワタクシ は おもいます が」
「それ は ベツモンダイ です わ」
「やっぱり センセイ から きらわれて いる と おっしゃる ん です か」
「ワタクシ は きらわれてる とは おもいません。 きらわれる ワケ が ない ん です もの。 しかし センセイ は セケン が きらい なん でしょう。 セケン と いう より チカゴロ では ニンゲン が きらい に なって いる ん でしょう。 だから その ニンゲン の 1 ニン と して、 ワタクシ も すかれる はず が ない じゃ ありません か」
 オクサン の きらわれて いる と いう イミ が やっと ワタクシ に のみこめた。

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 ワタクシ は オクサン の リカイリョク に カンシン した。 オクサン の タイド が キュウシキ の ニホン の オンナ-らしく ない ところ も ワタクシ の チュウイ に イッシュ の シゲキ を あたえた。 それ で オクサン は その コロ はやりはじめた いわゆる あたらしい コトバ など は ほとんど つかわなかった。
 ワタクシ は オンナ と いう もの に ふかい ツキアイ を した ケイケン の ない ウカツ な セイネン で あった。 オトコ と して の ワタクシ は、 イセイ に たいする ホンノウ から、 ドウケイ の モクテキブツ と して つねに オンナ を ゆめみて いた。 けれども それ は なつかしい ハル の クモ を ながめる よう な ココロモチ で、 ただ ばくぜん と ゆめみて いた に すぎなかった。 だから ジッサイ の オンナ の マエ へ でる と、 ワタクシ の カンジョウ が とつぜん かわる こと が ときどき あった。 ワタクシ は ジブン の マエ に あらわれた オンナ の ため に ひきつけられる カワリ に、 その バ に のぞんで かえって ヘン な ハンパツリョク を かんじた。 オクサン に たいした ワタクシ には そんな キ が まるで でなかった。 ふつう ナンニョ の アイダ に よこたわる シソウ の フヘイキン と いう カンガエ も ほとんど おこらなかった。 ワタクシ は オクサン の オンナ で ある と いう こと を わすれた。 ワタクシ は ただ セイジツ なる センセイ の ヒヒョウカ および ドウジョウカ と して オクサン を ながめた。
「オクサン、 ワタクシ が このまえ なぜ センセイ が セケンテキ に もっと カツドウ なさらない の だろう と いって、 アナタ に きいた とき に、 アナタ は おっしゃった こと が あります ね。 モト は ああ じゃ なかった ん だ って」
「ええ いいました。 じっさい あんな じゃ なかった ん です もの」
「どんな だった ん です か」
「アナタ の キボウ なさる よう な、 また ワタクシ の キボウ する よう な たのもしい ヒト だった ん です」
「それ が どうして キュウ に ヘンカ なすった ん です か」
「キュウ に じゃ ありません、 だんだん ああ なって きた のよ」
「オクサン は その アイダ しじゅう センセイ と イッショ に いらしった ん でしょう」
「むろん いました わ。 フウフ です もの」
「じゃ センセイ が そう かわって ゆかれる ゲンイン が ちゃんと わかる べき はず です がね」
「それだから こまる のよ。 アナタ から そう いわれる と じつに つらい ん です が、 ワタクシ には どう かんがえて も、 カンガエヨウ が ない ん です もの。 ワタクシ は イマ まで ナンベン あの ヒト に、 どうぞ うちあけて ください って たのんで みた か わかりゃ しません」
「センセイ は なんと おっしゃる ん です か」
「なんにも いう こと は ない、 なんにも シンパイ する こと は ない、 オレ は こういう セイシツ に なった ん だ から と いう だけ で、 とりあって くれない ん です」
 ワタクシ は だまって いた。 オクサン も コトバ を とぎらした。 ゲジョベヤ に いる ゲジョ は ことり とも オト を させなかった。 ワタクシ は まるで ドロボウ の こと を わすれて しまった。
「アナタ は ワタクシ に セキニン が ある ん だ と おもって や しません か」 と とつぜん オクサン が きいた。
「いいえ」 と ワタクシ が こたえた。
「どうぞ かくさず に いって ください。 そう おもわれる の は ミ を きられる より つらい ん だ から」 と オクサン が また いった。 「これ でも ワタクシ は センセイ の ため に できる だけ の こと は して いる つもり なん です」
「そりゃ センセイ も そう みとめて いられる ん だ から、 だいじょうぶ です。 ゴアンシン なさい、 ワタクシ が ホショウ します」
 オクサン は ヒバチ の ハイ を かきならした。 それから ミズサシ の ミズ を テツビン に さした。 テツビン は たちまち ナリ を しずめた。
「ワタクシ は とうとう シンボウ しきれなく なって、 センセイ に ききました。 ワタクシ に わるい ところ が ある なら エンリョ なく いって ください、 あらためられる ケッテン なら あらためる から って、 すると センセイ は、 オマエ に ケッテン なんか ありゃ しない、 ケッテン は オレ の ほう に ある だけ だ と いう ん です。 そう いわれる と、 ワタクシ かなしく なって シヨウ が ない ん です、 ナミダ が でて なお の こと ジブン の わるい ところ が ききたく なる ん です」
 オクサン は メ の ウチ に ナミダ を いっぱい ためた。
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ココロ 「センセイ と ワタクシ 3」

2015-08-23 | ナツメ ソウセキ
 19

 はじめ ワタクシ は リカイ の ある ニョショウ と して オクサン に たいして いた。 ワタクシ が その キ で はなして いる うち に、 オクサン の ヨウス が しだいに かわって きた。 オクサン は ワタクシ の ズノウ に うったえる カワリ に、 ワタクシ の ハート を うごかしはじめた。 ジブン と オット の アイダ には なんの ワダカマリ も ない、 また ない はず で ある のに、 やはり ナニ か ある。 それだのに メ を あけて みきわめよう と する と、 やはり なんにも ない。 オクサン の ク に する ヨウテン は ここ に あった。
 オクサン は サイショ ヨノナカ を みる センセイ の メ が エンセイテキ だ から、 その ケッカ と して ジブン も きらわれて いる の だ と ダンゲン した。 そう ダンゲン して おきながら、 ちっとも そこ に おちついて いられなかった。 ソコ を わる と、 かえって その ギャク を かんがえて いた。 センセイ は ジブン を きらう ケッカ、 とうとう ヨノナカ まで いや に なった の だろう と スイソク して いた。 けれども どう ホネ を おって も、 その スイソク を つきとめて ジジツ と する こと が できなかった。 センセイ の タイド は どこまでも オット-らしかった。 シンセツ で やさしかった。 ウタガイ の カタマリ を その ヒ その ヒ の ジョウアイ で つつんで、 そっと ムネ の オク に しまって おいた オクサン は、 その バン その ツツミ の ナカ を ワタクシ の マエ で あけて みせた。
「アナタ どう おもって?」 と きいた。 「ワタクシ から ああ なった の か、 それとも アナタ の いう ジンセイカン とか なんとか いう もの から、 ああ なった の か。 かくさず いって ちょうだい」
 ワタクシ は なにも かくす キ は なかった。 けれども ワタクシ の しらない ある もの が そこ に ソンザイ して いる と すれば、 ワタクシ の コタエ が ナン で あろう と、 それ が オクサン を マンゾク させる はず が なかった。 そうして ワタクシ は そこ に ワタクシ の しらない ある もの が ある と しんじて いた。
「ワタクシ には わかりません」
 オクサン は ヨキ の はずれた とき に みる あわれ な ヒョウジョウ を その トッサ に あらわした。 ワタクシ は すぐ ワタクシ の コトバ を つぎたした。
「しかし センセイ が オクサン を きらって いらっしゃらない こと だけ は ホショウ します。 ワタクシ は センセイ ジシン の クチ から きいた とおり を オクサン に つたえる だけ です。 センセイ は ウソ を つかない カタ でしょう」
 オクサン は なんとも こたえなかった。 しばらく して から こう いった。
「じつは ワタクシ すこし おもいあたる こと が ある ん です けれども……」
「センセイ が ああいう ふう に なった ゲンイン に ついて です か」
「ええ。 もし それ が ゲンイン だ と すれば、 ワタクシ の セキニン だけ は なくなる ん だ から、 それ だけ でも ワタクシ たいへん ラク に なれる ん です が、……」
「どんな こと です か」
 オクサン は いいしぶって ヒザ の ウエ に おいた ジブン の テ を ながめて いた。
「アナタ ハンダン して くだすって。 いう から」
「ワタクシ に できる ハンダン なら やります」
「ミンナ は いえない のよ。 みんな いう と しかられる から。 しかられない ところ だけ よ」
 ワタクシ は キンチョウ して ツバキ を のみこんだ。
「センセイ が まだ ダイガク に いる ジブン、 たいへん ナカ の いい オトモダチ が ヒトリ あった のよ。 その カタ が ちょうど ソツギョウ する すこし マエ に しんだ ん です。 キュウ に しんだ ん です」
 オクサン は ワタクシ の ミミ に ささやく よう な ちいさな コエ で、 「じつは ヘンシ した ん です」 と いった。 それ は 「どうして」 と ききかえさず には いられない よう な イイカタ で あった。
「それっきり しか いえない のよ。 けれども その こと が あって から ノチ なん です。 センセイ の セイシツ が だんだん かわって きた の は。 なぜ その カタ が しんだ の か、 ワタクシ には わからない の。 センセイ にも おそらく わかって いない でしょう。 けれども それから センセイ が かわって きた と おもえば、 そう おもわれない こと も ない のよ」
「その ヒト の ハカ です か、 ゾウシガヤ に ある の は」
「それ も いわない こと に なってる から いいません。 しかし ニンゲン は シンユウ を ヒトリ なくした だけ で、 そんな に ヘンカ できる もの でしょう か。 ワタクシ は それ が しりたくって たまらない ん です。 だから そこ を ひとつ アナタ に ハンダン して いただきたい と おもう の」
 ワタクシ の ハンダン は むしろ ヒテイ の ほう に かたむいて いた。

 20

 ワタクシ は ワタクシ の つらまえた ジジツ の ゆるす かぎり、 オクサン を なぐさめよう と した。 オクサン も また できる だけ ワタクシ に よって なぐさめられたそう に みえた。 それで フタリ は おなじ モンダイ を いつまでも はなしあった。 けれども ワタクシ は もともと コト の オオネ を つかんで いなかった。 オクサン の フアン も じつは そこ に ただよう うすい クモ に にた ギワク から でて きて いた。 ジケン の シンソウ に なる と、 オクサン ジシン にも オオク は しれて いなかった。 しれて いる ところ でも すっかり は ワタクシ に はなす こと が できなかった。 したがって なぐさめる ワタクシ も、 なぐさめられる オクサン も、 ともに ナミ に ういて、 ゆらゆら して いた。 ゆらゆら しながら、 オクサン は どこまでも テ を だして、 おぼつかない ワタクシ の ハンダン に すがりつこう と した。
 10 ジ-ゴロ に なって センセイ の クツ の オト が ゲンカン に きこえた とき、 オクサン は キュウ に イマ まで の スベテ を わすれた よう に、 マエ に すわって いる ワタクシ を ソッチノケ に して たちあがった。 そうして コウシ を あける センセイ を ほとんど デアイガシラ に むかえた。 ワタクシ は とりのこされながら、 アト から オクサン に ついて いった。 ゲジョ だけ は ウタタネ でも して いた と みえて、 ついに でて こなかった。
 センセイ は むしろ キゲン が よかった。 しかし オクサン の チョウシ は さらに よかった。 いましがた オクサン の うつくしい メ の ウチ に たまった ナミダ の ヒカリ と、 それから くろい マユゲ の ネ に よせられた ハチ の ジ を キオク して いた ワタクシ は、 その ヘンカ を イジョウ な もの と して チュウイ-ぶかく ながめた。 もし それ が イツワリ で なかった ならば、 (じっさい それ は イツワリ とは おもえなかった が)、 イマ まで の オクサン の ウッタエ は センチメント を もてあそぶ ため に とくに ワタクシ を アイテ に こしらえた、 いたずら な ジョセイ の ユウギ と とれない こと も なかった。 もっとも その とき の ワタクシ には オクサン を それほど ヒヒョウテキ に みる キ は おこらなかった。 ワタクシ は オクサン の タイド の キュウ に かがやいて きた の を みて、 むしろ アンシン した。 これ ならば そう シンパイ する ヒツヨウ も なかった ん だ と かんがえなおした。
 センセイ は わらいながら 「どうも ごくろうさま、 ドロボウ は きません でした か」 と ワタクシ に きいた。 それから 「こない んで ハリアイ が ぬけ や しません か」 と いった。
 かえる とき、 オクサン は 「どうも おきのどくさま」 と エシャク した。 その チョウシ は いそがしい ところ を ヒマ を つぶさせて キノドク だ と いう より も、 せっかく きた のに ドロボウ が はいらなくって キノドク だ と いう ジョウダン の よう に きこえた。 オクサン は そう いいながら、 さっき だした セイヨウガシ の ノコリ を、 カミ に つつんで ワタクシ の テ に もたせた。 ワタクシ は それ を タモト へ いれて、 ヒトドオリ の すくない ヨサム の コウジ を キョクセツ して にぎやか な マチ の ほう へ いそいだ。
 ワタクシ は その バン の こと を キオク の ウチ から ひきぬいて ここ へ くわしく かいた。 これ は かく だけ の ヒツヨウ が ある から かいた の だ が、 ジツ を いう と、 オクサン に カシ を もらって かえる とき の キブン では、 それほど トウヤ の カイワ を おもく みて いなかった。 ワタクシ は その ヨクジツ ヒルメシ を くい に ガッコウ から かえって きて、 ユウベ ツクエ の ウエ に のせて おいた カシ の ツツミ を みる と、 すぐ その ナカ から チョコレート を ぬった トビイロ の カステラ を だして ほおばった。 そうして それ を くう とき に、 ひっきょう この カシ を ワタクシ に くれた フタリ の ナンニョ は、 コウフク な イッツイ と して ヨノナカ に ソンザイ して いる の だ と ジカク しつつ あじわった。
 アキ が くれて フユ が くる まで カクベツ の こと も なかった。 ワタクシ は センセイ の ウチ へ デハイリ を する ツイデ に、 イフク の アライハリ や シタテカタ など を オクサン に たのんだ。 それまで ジュバン と いう もの を きた こと の ない ワタクシ が、 シャツ の ウエ に くろい エリ の かかった もの を かさねる よう に なった の は この とき から で あった。 コドモ の ない オクサン は、 そういう セワ を やく の が かえって タイクツ シノギ に なって、 けっく カラダ の クスリ だ ぐらい の こと を いって いた。
「こりゃ テオリ ね。 こんな ジ の いい キモノ は イマ まで ぬった こと が ない わ。 そのかわり ぬいにくい のよ そりゃあ。 まるで ハリ が たたない ん です もの。 おかげで ハリ を 2 ホン おりました わ」
 こんな クジョウ を いう とき で すら、 オクサン は べつに めんどうくさい と いう カオ を しなかった。

 21

 フユ が きた とき、 ワタクシ は ぐうぜん クニ へ かえらなければ ならない こと に なった。 ワタクシ の ハハ から うけとった テガミ の ナカ に、 チチ の ビョウキ の ケイカ が おもしろく ない ヨウス を かいて、 イマ が イマ と いう シンパイ も あるまい が、 トシ が トシ だ から、 できる なら ツゴウ して かえって きて くれ と たのむ よう に つけたして あった。
 チチ は かねて から ジンゾウ を やんで いた。 チュウネン イゴ の ヒト に しばしば みる とおり、 チチ の この ヤマイ は マンセイ で あった。 そのかわり ヨウジン さえ して いれば キュウヘン の ない もの と トウニン も カゾク の モノ も しんじて うたがわなかった。 げんに チチ は ヨウジョウ の おかげ ヒトツ で、 コンニチ まで どうか こうか しのいで きた よう に キャク が くる と フイチョウ して いた。 その チチ が、 ハハ の ショシン に よる と、 ニワ へ でて ナニ か して いる ハズミ に とつぜん メマイ が して ひっくりかえった。 カナイ の モノ は ケイショウ の ノウイッケツ と おもいちがえて、 すぐ その テアテ を した。 アト で イシャ から どうも そう では ない らしい、 やはり ジビョウ の ケッカ だろう と いう ハンダン を えて、 はじめて ソットウ と ジンゾウビョウ と を むすびつけて かんがえる よう に なった の で ある。
 フユヤスミ が くる には まだ すこし マ が あった。 ワタクシ は ガッキ の オワリ まで まって いて も サシツカエ あるまい と おもって 1 ニチ フツカ ソノママ に して おいた。 すると その 1 ニチ フツカ の アイダ に、 チチ の ねて いる ヨウス だの、 ハハ の シンパイ して いる カオ だの が ときどき メ に うかんだ。 その たび に イッシュ の ココログルシサ を なめた ワタクシ は、 とうとう かえる ケッシン を した。 クニ から リョヒ を おくらせる テカズ と ジカン を はぶく ため、 ワタクシ は イトマゴイ-かたがた センセイ の ところ へ いって、 いる だけ の カネ を イチジ たてかえて もらう こと に した。
 センセイ は すこし カゼ の キミ で、 ザシキ へ でる の が オックウ だ と いって、 ワタクシ を その ショサイ に とおした。 ショサイ の ガラスド から フユ に いって まれ に みる よう な なつかしい やわらか な ニッコウ が ツクエカケ の ウエ に さして いた。 センセイ は この ヒアタリ の いい ヘヤ の ナカ へ おおきな ヒバチ を おいて、 ゴトク の ウエ に かけた カナダライ から たちあがる ユゲ で、 イキ の くるしく なる の を ふせいで いた。
「タイビョウ は いい が、 ちょっと した カゼ など は かえって いや な もの です ね」 と いった センセイ は、 クショウ しながら ワタクシ の カオ を みた。
 センセイ は ビョウキ と いう ビョウキ を した こと の ない ヒト で あった。 センセイ の コトバ を きいた ワタクシ は わらいたく なった。
「ワタクシ は カゼ ぐらい なら ガマン します が、 それ イジョウ の ビョウキ は まっぴら です。 センセイ だって おなじ こと でしょう。 こころみに やって ゴラン に なる と よく わかります」
「そう かね。 ワタクシ は ビョウキ に なる くらい なら、 シビョウ に かかりたい と おもってる」
 ワタクシ は センセイ の いう こと に かくべつ チュウイ を はらわなかった。 すぐ ハハ の テガミ の ハナシ を して、 カネ の ムシン を もうしでた。
「そりゃ こまる でしょう。 その くらい なら イマ テモト に ある はず だ から もって ゆきたまえ」
 センセイ は オクサン を よんで、 ヒツヨウ の キンガク を ワタクシ の マエ に ならべさせて くれた。 それ を オク の チャダンス か ナニ か の ヒキダシ から だして きた オクサン は、 しろい ハンシ の ウエ へ テイネイ に かさねて、 「そりゃ ゴシンパイ です ね」 と いった。
「ナンベン も ソットウ した ん です か」 と センセイ が きいた。
「テガミ には なんとも かいて ありません が。 ――そんな に ナンド も ひっくりかえる もの です か」
「ええ」
 センセイ の オクサン の ハハオヤ と いう ヒト も ワタクシ の チチ と おなじ ビョウキ で なくなった の だ と いう こと が はじめて ワタクシ に わかった。
「どうせ むずかしい ん でしょう」 と ワタクシ が いった。
「そう さね。 ワタクシ が かわられれば かわって あげて も いい が。 ――ハキケ は ある ん です か」
「どう です か、 なんとも かいて ない から、 おおかた ない ん でしょう」
「ハキケ さえ こなければ まだ だいじょうぶ です よ」 と オクサン が いった。
 ワタクシ は その バン の キシャ で トウキョウ を たった。

 22

 チチ の ビョウキ は おもった ほど わるく は なかった。 それでも ついた とき は、 トコ の ウエ に アグラ を かいて、 「ミンナ が シンパイ する から、 まあ ガマン して こう じっと して いる。 なに もう おきて も いい のさ」 と いった。 しかし その ヨクジツ から は ハハ が とめる の も きかず に、 とうとう トコ を あげさせて しまった。 ハハ は ふしょうぶしょう に フトオリ の フトン を たたみながら 「オトウサン は オマエ が かえって きた ので、 キュウ に キ が つよく オナリ なん だよ」 と いった。 ワタクシ には チチ の キョドウ が さして キョセイ を はって いる よう にも おもえなかった。
 ワタクシ の アニ は ある ショク を おびて とおい キュウシュウ に いた。 これ は マンイチ の こと が ある バアイ で なければ、 ヨウイ に チチハハ の カオ を みる ジユウ の きかない オトコ で あった。 イモウト は タコク へ とついだ。 これ も キュウバ の マ に あう よう に、 おいそれと よびよせられる オンナ では なかった。 キョウダイ 3 ニン の ウチ で、 いちばん ベンリ なの は やはり ショセイ を して いる ワタクシ だけ で あった。 その ワタクシ が ハハ の イイツケドオリ ガッコウ の カギョウ を ほうりだして、 ヤスミ マエ に かえって きた と いう こと が、 チチ には おおきな マンゾク で あった。
「コレシキ の ビョウキ に ガッコウ を やすませて は キノドク だ。 オカアサン が あまり ぎょうさん な テガミ を かく もの だ から いけない」
 チチ は クチ では こう いった。 こう いった ばかり で なく、 イマ まで しいて いた トコ を あげさせて、 イツモ の よう な ゲンキ を しめした。
「あんまり カルハズミ を して また ぶりかえす と いけません よ」
 ワタクシ の この チュウイ を チチ は ユカイ そう に しかし きわめて かるく うけた。
「なに だいじょうぶ、 これ で イツモ の よう に ヨウジン さえ して いれば」
 じっさい チチ は だいじょうぶ らしかった。 イエ の ナカ を ジユウ に オウライ して、 イキ も きれなければ、 メマイ も かんじなかった。 ただ カオイロ だけ は フツウ の ヒト より も たいへん わるかった が、 これ は また イマ はじまった ショウジョウ でも ない ので、 ワタクシタチ は かくべつ それ を キ に とめなかった。
 ワタクシ は センセイ に テガミ を かいて オンシャク の レイ を のべた。 ショウガツ ジョウキョウ する とき に ジサン する から それまで まって くれる よう に と ことわった。 そうして チチ の ビョウジョウ の おもった ほど ケンアク で ない こと、 この ブン なら とうぶん アンシン な こと、 メマイ も ハキケ も カイム な こと など を かきつらねた。 サイゴ に センセイ の フウジャ に ついて も イチゴン の ミマイ を つけくわえた。 ワタクシ は センセイ の フウジャ を じっさい かるく みて いた ので。
 ワタクシ は その テガミ を だす とき に けっして センセイ の ヘンジ を ヨキ して いなかった。 だした アト で チチ や ハハ と センセイ の ウワサ など を しながら、 はるか に センセイ の ショサイ を ソウゾウ した。
「コンド トウキョウ へ ゆく とき には シイタケ でも もって いって おあげ」
「ええ、 しかし センセイ が ほした シイタケ なぞ を くう かしら」
「うまく は ない が、 べつに きらい な ヒト も ない だろう」
 ワタクシ には シイタケ と センセイ を むすびつけて かんがえる の が ヘン で あった。
 センセイ の ヘンジ が きた とき、 ワタクシ は ちょっと おどろかされた。 ことに その ナイヨウ が トクベツ の ヨウケン を ふくんで いなかった とき、 おどろかされた。 センセイ は ただ シンセツズク で、 ヘンジ を かいて くれた ん だ と ワタクシ は おもった。 そう おもう と、 その カンタン な 1 ポン の テガミ が ワタクシ には タイソウ な ヨロコビ に なった。 もっとも これ は ワタクシ が センセイ から うけとった ダイイチ の テガミ には ソウイ なかった が。
 ダイイチ と いう と ワタクシ と センセイ の アイダ に ショシン の オウフク が たびたび あった よう に おもわれる が、 ジジツ は けっして そう で ない こと を ちょっと ことわって おきたい。 ワタクシ は センセイ の セイゼン に たった 2 ツウ の テガミ しか もらって いない。 その 1 ツウ は イマ いう この カンタン な ヘンショ で、 アト の 1 ツウ は センセイ の しぬ マエ とくに ワタクシ-アテ で かいた たいへん ながい もの で ある。
 チチ は ビョウキ の セイシツ と して、 ウンドウ を つつしまなければ ならない ので、 トコ を あげて から も、 ほとんど ソト へは でなかった。 イチド テンキ の ごく おだやか な ヒ の ゴゴ ニワ へ おりた こと が ある が、 その とき は マンイチ を きづかって、 ワタクシ が ひきそう よう に ソバ に ついて いた。 ワタクシ が シンパイ して ジブン の カタ へ テ を かけさせよう と して も、 チチ は わらって おうじなかった。

 23

 ワタクシ は タイクツ な チチ の アイテ と して よく ショウギバン に むかった。 フタリ とも ブショウ な タチ なので、 コタツ に あたった まま、 バン を ヤグラ の ウエ へ のせて、 コマ を うごかす たび に、 わざわざ テ を カケブトン の シタ から だす よう な こと を した。 ときどき モチゴマ を なくして、 ツギ の ショウブ の くる まで ソウホウ とも しらず に いたり した。 それ を ハハ が ハイ の ナカ から みつけだして、 ヒバシ で はさみあげる と いう コッケイ も あった。
「ゴ だ と バン が たかすぎる うえ に、 アシ が ついて いる から、 コタツ の ウエ では うてない が、 そこ へ くる と ショウギバン は いい ね、 こうして ラク に させる から。 ブショウモノ には もってこい だ。 もう イチバン やろう」
 チチ は かった とき は かならず もう イチバン やろう と いった。 そのくせ まけた とき にも、 もう イチバン やろう と いった。 ようするに、 かって も まけて も、 コタツ に あたって、 ショウギ を さしたがる オトコ で あった。 ハジメ の うち は めずらしい ので、 この インキョ-じみた ゴラク が ワタクシ にも ソウトウ の キョウミ を あたえた が、 すこし ジジツ が たつ に つれて、 わかい ワタクシ の キリョク は その くらい な シゲキ で マンゾク できなく なった。 ワタクシ は キン や キョウシャ を にぎった コブシ を アタマ の ウエ へ のばして、 ときどき おもいきった アクビ を した。
 ワタクシ は トウキョウ の こと を かんがえた。 そうして みなぎる シンゾウ の チシオ の オク に、 カツドウ カツドウ と うちつづける コドウ を きいた。 フシギ にも その コドウ の オト が、 ある ビミョウ な イシキ ジョウタイ から、 センセイ の チカラ で つよめられて いる よう に かんじた。
 ワタクシ は ココロ の ウチ で、 チチ と センセイ と を ヒカク して みた。 リョウホウ とも セケン から みれば、 いきて いる か しんで いる か わからない ほど おとなしい オトコ で あった。 ヒト に みとめられる と いう テン から いえば どっち も レイ で あった。 それでいて、 この ショウギ を さしたがる チチ は、 たんなる ゴラク の アイテ と して も ワタクシ には ものたりなかった。 かつて ユウキョウ の ため に ユキキ を した オボエ の ない センセイ は、 カンラク の コウサイ から でる シタシミ イジョウ に、 いつか ワタクシ の アタマ に エイキョウ を あたえて いた。 ただ アタマ と いう の は あまり に ひややかすぎる から、 ワタクシ は ムネ と いいなおしたい。 ニク の ナカ に センセイ の チカラ が くいこんで いる と いって も、 チ の ナカ に センセイ の イノチ が ながれて いる と いって も、 その とき の ワタクシ には すこしも コチョウ で ない よう に おもわれた。 ワタクシ は チチ が ワタクシ の ホントウ の チチ で あり、 センセイ は また いう まで も なく、 アカ の タニン で ある と いう メイハク な ジジツ を、 ことさら に メノマエ に ならべて みて、 はじめて おおきな シンリ でも ハッケン した か の ごとく に おどろいた。
 ワタクシ が のつそつ しだす と ゼンゴ して、 チチ や ハハ の メ にも イマ まで めずらしかった ワタクシ が だんだん チンプ に なって きた。 これ は ナツヤスミ など に クニ へ かえる ダレ でも が イチヨウ に ケイケン する ココロモチ だろう と おもう が、 トウザ の 1 シュウカン ぐらい は シタ にも おかない よう に、 ちやほや もてなされる のに、 その トウゲ を テイキ-どおり とおりこす と、 アト は そろそろ カゾク の ネツ が さめて きて、 シマイ には あって も なくって も かまわない もの の よう に ソマツ に とりあつかわれがち に なる もの で ある。 ワタクシ も タイザイチュウ に その トウゲ を とおりこした。 そのうえ ワタクシ は クニ へ かえる たび に、 チチ にも ハハ にも わからない ヘン な ところ を トウキョウ から もって かえった。 ムカシ で いう と、 ジュシャ の イエ へ キリシタン の ニオイ を もちこむ よう に、 ワタクシ の もって かえる もの は チチ とも ハハ とも チョウワ しなかった。 むろん ワタクシ は それ を かくして いた。 けれども もともと ミ に ついて いる もの だ から、 だすまい と おもって も、 いつか それ が チチ や ハハ の メ に とまった。 ワタクシ は つい おもしろく なくなった。 はやく トウキョウ へ かえりたく なった。
 チチ の ビョウキ は さいわい ゲンジョウ イジ の まま で、 すこしも わるい ほう へ すすむ モヨウ は みえなかった。 ネン の ため に わざわざ トオク から ソウトウ の イシャ を まねいたり して、 シンチョウ に シンサツ して もらって も やはり ワタクシ の しって いる イガイ に イジョウ は みとめられなかった。 ワタクシ は フユヤスミ の つきる すこし マエ に クニ を たつ こと に した。 たつ と いいだす と、 ニンジョウ は ミョウ な もの で、 チチ も ハハ も ハンタイ した。
「もう かえる の かい、 まだ はやい じゃ ない か」 と ハハ が いった。
「まだ 4~5 ニチ いて も まにあう ん だろう」 と チチ が いった。
 ワタクシ は ジブン の きめた シュッタツ の ヒ を うごかさなかった。

 24

 トウキョウ へ かえって みる と、 マツカザリ は いつか とりはらわれて いた。 マチ は さむい カゼ の ふく に まかせて、 どこ を みて も これ と いう ほど の ショウガツ-めいた ケイキ は なかった。
 ワタクシ は さっそく センセイ の ウチ へ カネ を かえし に いった。 レイ の シイタケ も ついでに もって いった。 ただ だす の は すこし ヘン だ から、 ハハ が これ を さしあげて くれ と いいました と わざわざ ことわって オクサン の マエ へ おいた。 シイタケ は あたらしい カシオリ に いれて あった。 テイネイ に レイ を のべた オクサン は、 ツギノマ へ たつ とき、 その オリ を もって みて、 かるい の に おどろかされた の か、 「こりゃ なんの オカシ」 と きいた。 オクサン は コンイ に なる と、 こんな ところ に きわめて タンパク な こどもらしい ココロ を みせた。
 フタリ とも チチ の ビョウキ に ついて、 いろいろ ケネン の トイ を くりかえして くれた ナカ に、 センセイ は こんな こと を いった。
「なるほど ヨウダイ を きく と、 イマ が イマ どう と いう こと も ない よう です が、 ビョウキ が ビョウキ だ から よほど キ を つけない と いけません」
 センセイ は ジンゾウ の ヤマイ に ついて ワタクシ の しらない こと を おおく しって いた。
「ジブン で ビョウキ に かかって いながら、 キ が つかない で ヘイキ で いる の が あの ヤマイ の トクショク です。 ワタクシ の しった ある シカン は、 とうとう それ で やられた が、 まったく ウソ の よう な シニカタ を した ん です よ。 なにしろ ソバ に ねて いた サイクン が カンビョウ を する ヒマ も なんにも ない くらい なん です から ね。 ヨナカ に ちょっと くるしい と いって、 サイクン を おこした ぎり、 あくる アサ は もう しんで いた ん です。 しかも サイクン は オット が ねて いる と ばかり おもってた ん だ って いう ん だ から」
 イマ まで ラクテンテキ に かたむいて いた ワタクシ は キュウ に フアン に なった。
「ワタクシ の オヤジ も そんな に なる でしょう か。 ならん とも いえない です ね」
「イシャ は なんと いう の です」
「イシャ は とても なおらない と いう ん です。 けれども トウブン の ところ シンパイ は あるまい とも いう ん です」
「それじゃ いい でしょう。 イシャ が そう いう なら。 ワタクシ の イマ はなした の は キ が つかず に いた ヒト の こと で、 しかも それ が ずいぶん ランボウ な グンジン なん だ から」
 ワタクシ は やや アンシン した。 ワタクシ の ヘンカ を じっと みて いた センセイ は、 それから こう つけたした。
「しかし ニンゲン は ケンコウ に しろ ビョウキ に しろ、 どっち に して も もろい もの です ね。 いつ どんな こと で どんな シニヨウ を しない とも かぎらない から」
「センセイ も そんな こと を かんがえて おいで です か」
「いくら ジョウブ の ワタクシ でも、 まんざら かんがえない こと も ありません」
 センセイ の クチモト には ビショウ の カゲ が みえた。
「よく ころり と しぬ ヒト が ある じゃ ありません か。 シゼン に。 それから あっ と おもう マ に しぬ ヒト も ある でしょう。 フシゼン な ボウリョク で」
「フシゼン な ボウリョク って ナン です か」
「なんだか それ は ワタクシ にも わからない が、 ジサツ する ヒト は ミンナ フシゼン な ボウリョク を つかう ん でしょう」
「すると ころされる の も、 やはり フシゼン な ボウリョク の おかげ です ね」
「ころされる ほう は ちっとも かんがえて いなかった。 なるほど そう いえば そう だ」
 その ヒ は それで かえった。 かえって から も チチ の ビョウキ の こと は それほど ク に ならなかった。 センセイ の いった シゼン に しぬ とか、 フシゼン の ボウリョク で しぬ とか いう コトバ も、 ソノバカギリ の あさい インショウ を あたえた だけ で、 アト は なんら の コダワリ を ワタクシ の アタマ に のこさなかった。 ワタクシ は イマ まで イクタビ か テ を つけよう と して は テ を ひっこめた ソツギョウ ロンブン を、 いよいよ ホンシキ に かきはじめなければ ならない と おもいだした。

 25

 その トシ の 6 ガツ に ソツギョウ する はず の ワタクシ は、 ぜひとも この ロンブン を セイキ-どおり 4 ガツ いっぱい に かきあげて しまわなければ ならなかった。 2、 3、 4 と ユビ を おって あまる ジジツ を カンジョウ して みた とき、 ワタクシ は すこし ジブン の ドキョウ を うたぐった。 ホカ の モノ は よほど マエ から ザイリョウ を あつめたり、 ノート を ためたり して、 ヨソメ にも いそがしそう に みえる のに、 ワタクシ だけ は まだ なんにも テ を つけず に いた。 ワタクシ には ただ トシ が あらたまったら おおいに やろう と いう ケッシン だけ が あった。 ワタクシ は その ケッシン で やりだした。 そうして たちまち うごけなく なった。 イマ まで おおきな モンダイ を クウ に えがいて、 ホネグミ だけ は ほぼ できあがって いる くらい に かんがえて いた ワタクシ は、 アタマ を おさえて なやみはじめた。 ワタクシ は それから ロンブン の モンダイ を ちいさく した。 そうして ねりあげた シソウ を ケイトウテキ に まとめる テスウ を はぶく ため に、 ただ ショモツ の ナカ に ある ザイリョウ を ならべて、 それ に ソウトウ な ケツロン を ちょっと つけくわえる こと に した。
 ワタクシ の センタク した モンダイ は センセイ の センモン と エンコ の ちかい もの で あった。 ワタクシ が かつて その センタク に ついて センセイ の イケン を たずねた とき、 センセイ は いい でしょう と いった。 ロウバイ した キミ の ワタクシ は、 さっそく センセイ の ところ へ でかけて、 ワタクシ の よまなければ ならない サンコウショ を きいた。 センセイ は ジブン の しって いる カギリ の チシキ を、 こころよく ワタクシ に あたえて くれた うえ に、 ヒツヨウ の ショモツ を 2~3 サツ かそう と いった。 しかし センセイ は この テン に ついて ごうも ワタクシ を シドウ する ニン に あたろう と しなかった。
「チカゴロ は あんまり ショモツ を よまない から、 あたらしい こと は しりません よ。 ガッコウ の センセイ に きいた ほう が いい でしょう」
 センセイ は イチジ ヒジョウ の ドクショカ で あった が、 ソノゴ どういう ワケ か、 マエ ほど この ホウメン に キョウミ が はたらかなく なった よう だ と、 かつて オクサン から きいた こと が ある の を、 ワタクシ は その とき ふと おもいだした。 ワタクシ は ロンブン を ヨソ に して、 そぞろ に クチ を ひらいた。
「センセイ は なぜ モト の よう に ショモツ に キョウミ を もちえない ん です か」
「なぜ と いう ワケ も ありません が。 ……つまり いくら ホン を よんで も それほど えらく ならない と おもう せい でしょう。 それから……」
「それから、 まだ ある ん です か」
「まだ ある と いう ほど の リユウ でも ない が、 イゼン は ね、 ヒト の マエ へ でたり、 ヒト に きかれたり して しらない と ハジ の よう に キマリ が わるかった もの だ が、 チカゴロ は しらない と いう こと が、 それほど の ハジ で ない よう に みえだした もの だ から、 つい ムリ にも ホン を よんで みよう と いう ゲンキ が でなく なった の でしょう。 まあ はやく いえば おいこんだ の です」
 センセイ の コトバ は むしろ ヘイセイ で あった。 セケン に セナカ を むけた ヒト の クミ を おびて いなかった だけ に、 ワタクシ には それほど の テゴタエ も なかった。 ワタクシ は センセイ を おいこんだ とも おもわない カワリ に、 えらい とも カンシン せず に かえった。
 それから の ワタクシ は ほとんど ロンブン に たたられた セイシンビョウシャ の よう に メ を あかく して くるしんだ。 ワタクシ は 1 ネン-ゼン に ソツギョウ した トモダチ に ついて、 いろいろ ヨウス を きいて みたり した。 その ウチ の 1 ニン は シメキリ の ヒ に クルマ で ジムショ へ かけつけて ようやく まにあわせた と いった。 タ の 1 ニン は 5 ジ を 15 フン ほど おくらして もって いった ため、 あやうく はねつけられよう と した ところ を、 シュニン キョウジュ の コウイ で やっと ジュリ して もらった と いった。 ワタクシ は フアン を かんずる と ともに ドキョウ を すえた。 マイニチ ツクエ の マエ で セイコン の つづく かぎり はたらいた。 で なければ、 うすぐらい ショコ に はいって、 たかい ホンダナ の あちらこちら を みまわした。 ワタクシ の メ は コウズカ が コットウ でも ほりだす とき の よう に セビョウシ の キンモジ を あさった。
 ウメ が さく に つけて さむい カゼ は だんだん ムキ を ミナミ へ かえて いった。 それ が ひとしきり たつ と、 サクラ の ウワサ が ちらほら ワタクシ の ミミ に きこえだした。 それでも ワタクシ は バシャウマ の よう に ショウメン ばかり みて、 ロンブン に むちうたれた。 ワタクシ は ついに 4 ガツ の ゲジュン が きて、 やっと ヨテイドオリ の もの を かきあげる まで、 センセイ の シキイ を またがなかった。

 26

 ワタクシ の ジユウ に なった の は、 ヤエザクラ の ちった エダ に いつしか あおい ハ が かすむ よう に のびはじめる ショカ の キセツ で あった。 ワタクシ は カゴ を ぬけだした コトリ の ココロ を もって、 ひろい テンチ を ヒトメ に みわたしながら、 ジユウ に ハバタキ を した。 ワタクシ は すぐ センセイ の ウチ へ いった。 カラタチ の カキ が くろずんだ エダ の ウエ に、 もえる よう な メ を ふいて いたり、 ザクロ の かれた ミキ から、 つやつやしい チャカッショク の ハ が、 やわらかそう に ニッコウ を うつして いたり する の が、 みちみち ワタクシ の メ を ひきつけた。 ワタクシ は うまれて はじめて そんな もの を みる よう な メズラシサ を おぼえた。
 センセイ は うれしそう な ワタクシ の カオ を みて、 「もう ロンブン は かたづいた ん です か、 ケッコウ です ね」 と いった。 ワタクシ は 「おかげで ようやく すみました。 もう なんにも する こと は ありません」 と いった。
 じっさい その とき の ワタクシ は、 ジブン の なす べき スベテ の シゴト が すでに ケツリョウ して、 これから サキ は いばって あそんで いて も かまわない よう な はれやか な ココロモチ で いた。 ワタクシ は かきあげた ジブン の ロンブン に たいして ジュウブン の ジシン と マンゾク を もって いた。 ワタクシ は センセイ の マエ で、 しきり に その ナイヨウ を チョウチョウ した。 センセイ は イツモ の チョウシ で、 「なるほど」 とか、 「そう です か」 とか いって くれた が、 それ イジョウ の ヒヒョウ は すこしも くわえなかった。 ワタクシ は ものたりない と いう より も、 いささか ヒョウシヌケ の キミ で あった。 それでも その ヒ ワタクシ の キリョク は、 インジュン-らしく みえる センセイ の タイド に ギャクシュウ を こころみる ほど に いきいき して いた。 ワタクシ は あおく よみがえろう と する おおきな シゼン の ナカ に、 センセイ を さそいだそう と した。
「センセイ どこ か へ サンポ しましょう。 ソト へ でる と たいへん いい ココロモチ です」
「どこ へ」
 ワタクシ は どこ でも かまわなかった。 ただ センセイ を つれて コウガイ へ でたかった。
 1 ジカン の ノチ、 センセイ と ワタクシ は モクテキ-どおり シ を はなれて、 ムラ とも マチ とも クベツ の つかない しずか な ところ を アテ も なく あるいた。 ワタクシ は カナメ の カキ から わかい やわらかい ハ を もぎとって シバブエ を ならした。 ある カゴシマジン を トモダチ に もって、 その ヒト の マネ を しつつ シゼン に ならいおぼえた ワタクシ は、 この シバブエ と いう もの を ならす こと が ジョウズ で あった。 ワタクシ が トクイ に それ を ふきつづける と、 センセイ は しらん カオ を して ヨソ を むいて あるいた。
 やがて ワカバ に とざされた よう に こんもり した こだかい ヒトカマエ の シタ に ほそい ミチ が ひらけた。 モン の ハシラ に うちつけた ヒョウサツ に ナニナニ-エン と ある ので、 その コジン の テイタク で ない こと が すぐ しれた。 センセイ は ダラダラノボリ に なって いる イリグチ を ながめて、 「はいって みよう か」 と いった。 ワタクシ は すぐ 「ウエキヤ です ね」 と こたえた。
 ウエコミ の ナカ を ヒトウネリ して オク へ のぼる と ヒダリガワ に ウチ が あった。 あけはなった ショウジ の ウチ は がらん と して ヒト の カゲ も みえなかった。 ただ ノキサキ に すえた おおきな ハチ の ナカ に かって ある キンギョ が うごいて いた。
「しずか だね。 ことわらず に はいって も かまわない だろう か」
「かまわない でしょう」
 フタリ は また オク の ほう へ すすんだ。 しかし そこ にも ヒトカゲ は みえなかった。 ツツジ が もえる よう に さきみだれて いた。 センセイ は その ウチ で カバイロ の タケ の たかい の を さして、 「これ は キリシマ でしょう」 と いった。
 シャクヤク も トツボ あまり イチメン に うえつけられて いた が、 まだ キセツ が こない ので ハナ を つけて いる の は 1 ポン も なかった。 この シャクヤクバタケ の ソバ に ある ふるびた エンダイ の よう な もの の ウエ に センセイ は ダイノジナリ に ねた。 ワタクシ は その あまった ハジ の ほう に コシ を おろして タバコ を ふかした。 センセイ は あおい すきとおる よう な ソラ を みて いた。 ワタクシ は ワタクシ を つつむ ワカバ の イロ に ココロ を うばわれて いた。 その ワカバ の イロ を よくよく ながめる と、 いちいち ちがって いた。 おなじ カエデ の キ でも おなじ イロ を エダ に つけて いる もの は ヒトツ も なかった。 ほそい スギナエ の イタダキ に なげかぶせて あった センセイ の ボウシ が カゼ に ふかれて おちた。

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 ワタクシ は すぐ その ボウシ を とりあげた。 トコロドコロ に ついて いる アカツチ を ツメ で はじきながら センセイ を よんだ。
「センセイ ボウシ が おちました」
「ありがとう」
 カラダ を ハンブン おこして それ を うけとった センセイ は、 おきる とも ねる とも かたづかない その シセイ の まま で、 ヘン な こと を ワタクシ に きいた。
「トツゼン だ が、 キミ の ウチ には ザイサン が よっぽど ある ん です か」
「ある と いう ほど ありゃ しません」
「まあ どの くらい ある の かね。 シツレイ の よう だ が」
「どの くらい って、 ヤマ と デンジ が すこし ある ぎり で、 カネ なんか まるで ない ん でしょう」
 センセイ が ワタクシ の イエ の ケイザイ に ついて、 トイ-らしい トイ を かけた の は これ が はじめて で あった。 ワタクシ の ほう は まだ センセイ の クラシムキ に かんして、 なにも きいた こと が なかった。 センセイ と シリアイ に なった ハジメ、 ワタクシ は センセイ が どうして あそんで いられる か を うたぐった。 ソノゴ も この ウタガイ は たえず ワタクシ の ムネ を さらなかった。 しかし ワタクシ は そんな あらわ な モンダイ を センセイ の マエ に もちだす の を ブシツケ と ばかり おもって いつでも ひかえて いた。 ワカバ の イロ で つかれた メ を やすませて いた ワタクシ の ココロ は、 ぐうぜん また その ウタガイ に ふれた。
「センセイ は どう なん です。 どの くらい の ザイサン を もって いらっしゃる ん です か」
「ワタクシ は ザイサンカ と みえます か」
 センセイ は ヘイゼイ から むしろ シッソ な ナリ を して いた。 それに カナイ は コニンズ で あった。 したがって ジュウタク も けっして ひろく は なかった。 けれども その セイカツ の ブッシツテキ に ゆたか な こと は、 ウチワ に はいりこまない ワタクシ の メ に さえ あきらか で あった。 ようするに センセイ の クラシ は ゼイタク と いえない まで も、 あたじけなく きりつめた ムダンリョクセイ の もの では なかった。
「そう でしょう」 と ワタクシ が いった。
「そりゃ その くらい の カネ は ある さ。 けれども けっして ザイサンカ じゃ ありません。 ザイサンカ なら もっと おおきな ウチ でも つくる さ」
 この とき センセイ は おきあがって、 エンダイ の ウエ に アグラ を かいて いた が、 こう いいおわる と、 タケ の ツエ の サキ で ジメン の ウエ へ エン の よう な もの を かきはじめた。 それ が すむ と、 コンド は ステッキ を つきさす よう に マッスグ に たてた。
「これ でも モト は ザイサンカ なん だ がなあ」
 センセイ の コトバ は ハンブン ヒトリゴト の よう で あった。 それで すぐ アト に ついて ゆきそこなった ワタクシ は、 つい だまって いた。
「これ でも モト は ザイサンカ なん です よ、 キミ」 と いいなおした センセイ は、 ツギ に ワタクシ の カオ を みて ビショウ した。 ワタクシ は それでも なんとも こたえなかった。 むしろ ブチョウホウ で こたえられなかった の で ある。 すると センセイ が また モンダイ を ヨソ へ うつした。
「アナタ の オトウサン の ビョウキ は ソノゴ どう なりました」
 ワタクシ は チチ の ビョウキ に ついて ショウガツ イゴ なんにも しらなかった。 ツキヅキ クニ から おくって くれる カワセ と ともに くる カンタン な テガミ は、 レイ の とおり チチ の シュセキ で あった が、 ビョウキ の ウッタエ は その ウチ に ほとんど みあたらなかった。 そのうえ ショタイ も たしか で あった。 この シュ の ビョウニン に みる フルエ が すこしも フデ の ハコビ を みだして いなかった。
「なんとも いって きません が、 もう いい ん でしょう」
「よければ ケッコウ だ が、 ――ビョウショウ が ビョウショウ なん だ から ね」
「やっぱり ダメ です かね。 でも トウブン は もちあってる ん でしょう。 なんとも いって きません よ」
「そう です か」
 ワタクシ は センセイ が ワタクシ の ウチ の ザイサン を きいたり、 ワタクシ の チチ の ビョウキ を たずねたり する の を、 フツウ の ダンワ―― ムネ に うかんだ まま を その とおり クチ に する、 フツウ の ダンワ と おもって きいて いた。 ところが センセイ の コトバ の ソコ には リョウホウ を むすびつける おおきな イミ が あった。 センセイ ジシン の ケイケン を もたない ワタクシ は むろん そこ に キ が つく はず が なかった。
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ココロ 「センセイ と ワタクシ 4」

2015-08-08 | ナツメ ソウセキ
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「キミ の ウチ に ザイサン が ある なら、 イマ の うち に よく シマツ を つけて もらって おかない と いけない と おもう がね、 ヨケイ な オセワ だ けれども。 キミ の オトウサン が タッシャ な うち に、 もらう もの は ちゃんと もらって おく よう に したら どう です か。 マンイチ の こと が あった アト で、 いちばん メンドウ の おこる の は ザイサン の モンダイ だ から」
「ええ」
 ワタクシ は センセイ の コトバ に たいした チュウイ を はらわなかった。 ワタクシ の カテイ で そんな シンパイ を して いる モノ は、 ワタクシ に かぎらず、 チチ に しろ ハハ に しろ、 ヒトリ も ない と ワタクシ は しんじて いた。 そのうえ センセイ の いう こと の、 センセイ と して、 あまり に ジッサイテキ なの に ワタクシ は すこし おどろかされた。 しかし そこ は ネンチョウシャ に たいする ヘイゼイ の ケイイ が ワタクシ を ムクチ に した。
「アナタ の オトウサン が なくなられる の を、 イマ から ヨソウ して かかる よう な コトバヅカイ を する の が キ に さわったら ゆるして くれたまえ。 しかし ニンゲン は しぬ もの だ から ね。 どんな に タッシャ な モノ でも、 いつ しぬ か わからない もの だ から ね」
 センセイ の コウキ は めずらしく にがにがしかった。
「そんな こと を ちっとも キ に かけちゃ いません」 と ワタクシ は ベンカイ した。
「キミ の キョウダイ は ナンニン でした かね」 と センセイ が きいた。
 センセイ は その うえ に ワタクシ の カゾク の ニンズ を きいたり、 シンルイ の ウム を たずねたり、 オジ や オバ の ヨウス を とい など した。 そうして サイゴ に こう いった。
「ミンナ いい ヒト です か」
「べつに わるい ニンゲン と いう ほど の モノ も いない よう です。 たいてい イナカモノ です から」
「イナカモノ は なぜ わるく ない ん です か」
 ワタクシ は この ツイキュウ に くるしんだ。 しかし センセイ は ワタクシ に ヘンジ を かんがえさせる ヨユウ さえ あたえなかった。
「イナカモノ は トカイ の モノ より、 かえって わるい くらい な もの です。 それから、 キミ は イマ、 キミ の シンセキ なぞ の ウチ に、 これ と いって、 わるい ニンゲン は いない よう だ と いいました ね。 しかし わるい ニンゲン と いう イッシュ の ニンゲン が ヨノナカ に ある と キミ は おもって いる ん です か。 そんな イカタ に いれた よう な アクニン は ヨノナカ に ある はず が ありません よ。 ヘイゼイ は ミンナ ゼンニン なん です、 すくなくとも ミンナ フツウ の ニンゲン なん です。 それ が、 いざ と いう マギワ に、 キュウ に アクニン に かわる ん だ から おそろしい の です。 だから ユダン が できない ん です」
 センセイ の いう こと は、 ここ で きれる ヨウス も なかった。 ワタクシ は また ここ で ナニ か いおう と した。 すると ウシロ の ほう で イヌ が キュウ に ほえだした。 センセイ も ワタクシ も おどろいて ウシロ を ふりかえった。
 エンダイ の ヨコ から コウブ へ かけて うえつけて ある スギナエ の ソバ に、 クマザサ が ミツボ ほど チ を かくす よう に しげって はえて いた。 イヌ は その カオ と セ を クマザサ の ウエ に あらわして、 さかん に ほえたてた。 そこ へ トオ ぐらい の コドモ が かけて きて イヌ を しかりつけた。 コドモ は キショウ の ついた くろい ボウシ を かぶった まま センセイ の マエ へ まわって レイ を した。
「オジサン、 はいって くる とき、 ウチ に ダレ も いなかった かい」 と きいた。
「ダレ も いなかった よ」
「ネエサン や オッカサン が カッテ の ほう に いた のに」
「そう か、 いた の かい」
「ああ。 オジサン、 こんちわ って、 ことわって はいって くる と よかった のに」
 センセイ は クショウ した。 フトコロ から ガマグチ を だして、 5 セン の ハクドウ を コドモ の テ に にぎらせた。
「オッカサン に そう いっとくれ。 すこし ここ で やすまして ください って」
 コドモ は リコウ そう な メ に ワライ を みなぎらして、 うなずいて みせた。
「イマ セッコウチョウ に なってる ところ なん だよ」
 コドモ は こう ことわって、 ツツジ の アイダ を シタ の ほう へ かけおりて いった。 イヌ も シッポ を たかく まいて コドモ の アト を おいかけた。 しばらく する と おなじ くらい の トシカッコウ の コドモ が 2~3 ニン、 これ も セッコウチョウ の おりて いった ほう へ かけて いった。

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 センセイ の ダンワ は、 この イヌ と コドモ の ため に、 ケツマツ まで シンコウ する こと が できなく なった ので、 ワタクシ は ついに その ヨウリョウ を えない で しまった。 センセイ の キ に する ザイサン ウンヌン の ケネン は その とき の ワタクシ には まったく なかった。 ワタクシ の セイシツ と して、 また ワタクシ の キョウグウ から いって、 その とき の ワタクシ には、 そんな リガイ の ネン に アタマ を なやます ヨチ が なかった の で ある。 かんがえる と これ は ワタクシ が まだ セケン に でない ため でも あり、 また じっさい その バ に のぞまない ため でも あったろう が、 とにかく わかい ワタクシ には なぜか カネ の モンダイ が トオク の ほう に みえた。
 センセイ の ハナシ の ウチ で ただ ヒトツ ソコ まで ききたかった の は、 ニンゲン が いざ と いう マギワ に、 ダレ でも アクニン に なる と いう コトバ の イミ で あった。 たんなる コトバ と して は、 これ だけ でも ワタクシ に わからない こと は なかった。 しかし ワタクシ は この ク に ついて もっと しりたかった。
 イヌ と コドモ が さった アト、 ひろい ワカバ の ソノ は ふたたび モト の シズカサ に かえった。 そうして ワレワレ は チンモク に とざされた ヒト の よう に しばらく うごかず に いた。 うるわしい ソラ の イロ が その とき しだいに ヒカリ を うしなって きた。 メノマエ に ある キ は たいがい カエデ で あった が、 その エダ に したたる よう に ふいた かるい ミドリ の ワカバ が、 だんだん くらく なって ゆく よう に おもわれた。 とおい オウライ を ニグルマ を ひいて ゆく ヒビキ が ごろごろ と きこえた。 ワタクシ は それ を ムラ の オトコ が ウエキ か ナニ か を のせて エンニチ へ でも でかける もの と ソウゾウ した。 センセイ は その オト を きく と、 キュウ に メイソウ から イキ を ふきかえした ヒト の よう に たちあがった。
「もう、 そろそろ かえりましょう。 だいぶ ヒ が ながく なった よう だ が、 やっぱり こう あんかん と して いる うち には、 いつのまにか くれて ゆく ん だね」
 センセイ の セナカ には、 さっき エンダイ の ウエ に アオムキ に ねた アト が いっぱい ついて いた。 ワタクシ は リョウテ で それ を はらいおとした。
「ありがとう。 ヤニ が こびりついて や しません か」
「きれい に おちました」
「この ハオリ は つい こないだ こしらえた ばかり なん だよ。 だから むやみ に よごして かえる と、 サイ に しかられる から ね。 ありがとう」
 フタリ は また ダラダラザカ の チュウト に ある ウチ の マエ へ きた。 はいる とき には ダレ も いる ケシキ の みえなかった エン に、 オカミサン が、 15~16 の ムスメ を アイテ に、 イトマキ へ イト を まきつけて いた。 フタリ は おおきな キンギョバチ の ヨコ から、 「どうも オジャマ を しました」 と アイサツ した。 オカミサン は 「いいえ オカマイモウシ も いたしません で」 と レイ を かえした アト、 さっき コドモ に やった ハクドウ の レイ を のべた。
 カドグチ を でて 2~3 チョウ きた とき、 ワタクシ は ついに センセイ に むかって クチ を きった。
「さきほど センセイ の いわれた、 ニンゲン は ダレ でも いざ と いう マギワ に アクニン に なる ん だ と いう イミ です ね。 あれ は どういう イミ です か」
「イミ と いって、 ふかい イミ も ありません。 ――つまり ジジツ なん です よ。 リクツ じゃ ない ん だ」
「ジジツ で サシツカエ ありません が、 ワタクシ の うかがいたい の は、 いざ と いう マギワ と いう イミ なん です。 いったい どんな バアイ を さす の です か」
 センセイ は わらいだした。 あたかも ジキ の すぎた イマ、 もう ネッシン に セツメイ する ハリアイ が ない と いった ふう に。
「カネ さ キミ。 カネ を みる と、 どんな クンシ でも すぐ アクニン に なる のさ」
 ワタクシ には センセイ の ヘンジ が あまり に ヘイボン-すぎて つまらなかった。 センセイ が チョウシ に のらない ごとく、 ワタクシ も ヒョウシヌケ の キミ で あった。 ワタクシ は すまして さっさと あるきだした。 いきおい センセイ は すこし おくれがち に なった。 センセイ は アト から 「おいおい」 と コエ を かけた。
「そら みたまえ」
「ナニ を です か」
「キミ の キブン だって、 ワタクシ の ヘンジ ヒトツ で すぐ かわる じゃ ない か」
 まちあわせる ため に ふりむいて たちどまった ワタクシ の カオ を みて、 センセイ は こう いった。

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 その とき の ワタクシ は ハラ の ナカ で センセイ を にくらしく おもった。 カタ を ならべて あるきだして から も、 ジブン の ききたい こと を わざと きかず に いた。 しかし センセイ の ほう では、 それ に キ が ついて いた の か、 いない の か、 まるで ワタクシ の タイド に こだわる ヨウス を みせなかった。 イツモ の とおり チンモクガチ に おちつきはらった ホチョウ を すまして はこんで いく ので、 ワタクシ は すこし ゴウハラ に なった。 なんとか いって ひとつ センセイ を やっつけて みたく なって きた。
「センセイ」
「ナン です か」
「センセイ は さっき すこし コウフン なさいました ね。 あの ウエキヤ の ニワ で やすんで いる とき に。 ワタクシ は センセイ の コウフン した の を めった に みた こと が ない ん です が、 キョウ は めずらしい ところ を ハイケン した よう な キ が します」
 センセイ は すぐ ヘンジ を しなかった。 ワタクシ は それ を テゴタエ の あった よう にも おもった。 また マト が はずれた よう にも かんじた。 シカタ が ない から アト は いわない こと に した。 すると センセイ が いきなり ミチ の ハジ へ よって いった。 そうして きれい に かりこんだ イケガキ の シタ で、 スソ を まくって ショウベン を した。 ワタクシ は センセイ が ヨウ を たす アイダ ぼんやり そこ に たって いた。
「やあ シッケイ」
 センセイ は こう いって また あるきだした。 ワタクシ は とうとう センセイ を やりこめる こと を ダンネン した。 ワタクシタチ の とおる ミチ は だんだん にぎやか に なった。 イマ まで ちらほら と みえた ひろい ハタケ の シャメン や ヒラチ が、 まったく メ に いらない よう に サユウ の イエナミ が そろって きた。 それでも ところどころ タクチ の スミ など に、 エンドウ の ツル を タケ に からませたり、 カナアミ で ニワトリ を カコイガイ に したり する の が カンセイ に ながめられた。 シチュウ から かえる ダバ が しきりなく すれちがって いった。 こんな もの に しじゅう キ を とられがち な ワタクシ は、 サッキ まで ムネ の ナカ に あった モンダイ を どこ か へ ふりおとして しまった。 センセイ が とつぜん そこ へ アトモドリ を した とき、 ワタクシ は じっさい それ を わすれて いた。
「ワタクシ は さっき そんな に コウフン した よう に みえた ん です か」
「そんな に と いう ほど でも ありません が、 すこし……」
「いや みえて も かまわない。 じっさい コウフン する ん だ から。 ワタクシ は ザイサン の こと を いう と きっと コウフン する ん です。 キミ には どう みえる か しらない が、 ワタクシ は これ で たいへん シュウネン-ぶかい オトコ なん だ から。 ヒト から うけた クツジョク や ソンガイ は、 10 ネン たって も 20 ネン たって も わすれ や しない ん だ から」
 センセイ の コトバ は モト より も なお コウフン して いた。 しかし ワタクシ の おどろいた の は、 けっして その チョウシ では なかった。 むしろ センセイ の コトバ が ワタクシ の ミミ に うったえる イミ ソノモノ で あった。 センセイ の クチ から こんな ジハク を きく の は、 いかな ワタクシ にも まったく の イガイ に ソウイ なかった。 ワタクシ は センセイ の セイシツ の トクショク と して、 こんな シュウジャクリョク を いまだかつて ソウゾウ した こと さえ なかった。 ワタクシ は センセイ を もっと よわい ヒト と しんじて いた。 そうして その よわくて たかい ところ に、 ワタクシ の ナツカシミ の ネ を おいて いた。 イチジ の キブン で センセイ に ちょっと タテ を ついて みよう と した ワタクシ は、 この コトバ の マエ に ちいさく なった。 センセイ は こう いった。
「ワタクシ は ヒト に あざむかれた の です。 しかも チ の つづいた シンセキ の モノ から あざむかれた の です。 ワタクシ は けっして それ を わすれない の です。 ワタクシ の チチ の マエ には ゼンニン で あった らしい カレラ は、 チチ の しぬ や いなや ゆるしがたい フトクギカン に かわった の です。 ワタクシ は カレラ から うけた クツジョク と ソンガイ を コドモ の とき から キョウ まで しょわされて いる。 おそらく しぬ まで ショワサレドオシ でしょう。 ワタクシ は しぬ まで それ を わすれる こと が できない ん だ から。 しかし ワタクシ は まだ フクシュウ を しず に いる。 かんがえる と ワタクシ は コジン に たいする フクシュウ イジョウ の こと を げんに やって いる ん だ。 ワタクシ は カレラ を にくむ ばかり じゃ ない、 カレラ が ダイヒョウ して いる ニンゲン と いう もの を、 イッパン に にくむ こと を おぼえた の だ。 ワタクシ は それ で タクサン だ と おもう」
 ワタクシ は イシャ の コトバ さえ クチ へ だせなかった。

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 その ヒ の ダンワ も ついに これぎり で ハッテン せず に しまった。 ワタクシ は むしろ センセイ の タイド に イシュク して、 サキ へ すすむ キ が おこらなかった の で ある。
 フタリ は シ の ハズレ から デンシャ に のった が、 シャナイ では ほとんど クチ を きかなかった。 デンシャ を おりる と まもなく わかれなければ ならなかった。 わかれる とき の センセイ は、 また かわって いた。 ツネ より は はれやか な チョウシ で、 「これから 6 ガツ まで は いちばん キラク な とき です ね。 コト に よる と ショウガイ で いちばん キラク かも しれない。 せいだして あそびたまえ」 と いった。 ワタクシ は わらって ボウシ を とった。 その とき ワタクシ は センセイ の カオ を みて、 センセイ は はたして ココロ の どこ で、 イッパン の ニンゲン を にくんで いる の だろう か と うたぐった。 その メ、 その クチ、 どこ にも エンセイテキ の カゲ は さして いなかった。
 ワタクシ は シソウジョウ の モンダイ に ついて、 おおいなる リエキ を センセイ から うけた こと を ジハク する。 しかし おなじ モンダイ に ついて、 リエキ を うけよう と して も、 うけられない こと が まま あった と いわなければ ならない。 センセイ の ダンワ は ときとして フトク ヨウリョウ に おわった。 その ヒ フタリ の アイダ に おこった コウガイ の ダンワ も、 この フトク ヨウリョウ の イチレイ と して ワタクシ の ムネ の ウチ に のこった。
 ブエンリョ な ワタクシ は、 ある とき ついに それ を センセイ の マエ に うちあけた。 センセイ は わらって いた。 ワタクシ は こう いった。
「アタマ が にぶくて ヨウリョウ を えない の は かまいません が、 ちゃんと わかってる くせ に、 はっきり いって くれない の は こまります」
「ワタクシ は なんにも かくして や しません」
「かくして いらっしゃいます」
「アナタ は ワタクシ の シソウ とか イケン とか いう もの と、 ワタクシ の カコ と を、 ごちゃごちゃ に かんがえて いる ん じゃ ありません か。 ワタクシ は ヒンジャク な シソウカ です けれども、 ジブン の アタマ で まとめあげた カンガエ を むやみ に ヒト に かくし や しません。 かくす ヒツヨウ が ない ん だ から。 けれども ワタクシ の カコ を ことごとく アナタ の マエ に ものがたらなくて は ならない と なる と、 それ は また ベツモンダイ に なります」
「ベツモンダイ とは おもわれません。 センセイ の カコ が うみだした シソウ だ から、 ワタクシ は オモキ を おく の です。 フタツ の もの を きりはなしたら、 ワタクシ には ほとんど カチ の ない もの に なります。 ワタクシ は タマシイ の ふきこまれて いない ニンギョウ を あたえられた だけ で、 マンゾク は できない の です」
 センセイ は あきれた と いった ふう に、 ワタクシ の カオ を みた。 マキタバコ を もって いた その テ が すこし ふるえた。
「アナタ は ダイタン だ」
「ただ マジメ なん です。 マジメ に ジンセイ から キョウクン を うけたい の です」
「ワタクシ の カコ を あばいて も です か」
 あばく と いう コトバ が、 とつぜん おそろしい ヒビキ を もって、 ワタクシ の ミミ を うった。 ワタクシ は イマ ワタクシ の マエ に すわって いる の が、 ヒトリ の ザイニン で あって、 フダン から ソンケイ して いる センセイ で ない よう な キ が した。 センセイ の カオ は あおかった。
「アナタ は ホントウ に マジメ なん です か」 と センセイ が ネン を おした。 「ワタクシ は カコ の インガ で、 ヒト を うたぐりつけて いる。 だから じつは アナタ も うたぐって いる。 しかし どうも アナタ だけ は うたぐりたく ない。 アナタ は うたぐる には あまり に タンジュン-すぎる よう だ。 ワタクシ は しぬ マエ に たった ヒトリ で いい から、 ヒト を シンヨウ して しにたい と おもって いる。 アナタ は その たった ヒトリ に なれます か。 なって くれます か。 アナタ は ハラ の ソコ から マジメ です か」
「もし ワタクシ の イノチ が マジメ な もの なら、 ワタクシ の イマ いった こと も マジメ です」
 ワタクシ の コエ は ふるえた。
「よろしい」 と センセイ が いった。 「はなしましょう。 ワタクシ の カコ を のこらず、 アナタ に はなして あげましょう。 そのかわり……。 いや それ は かまわない。 しかし ワタクシ の カコ は アナタ に とって それほど ユウエキ で ない かも しれません よ。 きかない ほう が まし かも しれません よ。 それから、 ――イマ は はなせない ん だ から、 その つもり で いて ください。 テキトウ の ジキ が こなくっちゃ はなさない ん だ から」
 ワタクシ は ゲシュク へ かえって から も イッシュ の アッパク を かんじた。

 32

 ワタクシ の ロンブン は ジブン が ヒョウカ して いた ほど に、 キョウジュ の メ には よく みえなかった らしい。 それでも ワタクシ は ヨテイドオリ キュウダイ した。 ソツギョウシキ の ヒ、 ワタクシ は かびくさく なった ふるい フユフク を コウリ の ナカ から だして きた。 シキジョウ に ならぶ と、 どれ も これ も ミナ あつそう な カオ ばかり で あった。 ワタクシ は カゼ の とおらない アツラシャ の シタ に ミップウ された ジブン の カラダ を もてあました。 しばらく たって いる うち に テ に もった ハンケチ が ぐしょぐしょ に なった。
 ワタクシ は シキ が すむ と すぐ かえって ハダカ に なった。 ゲシュク の 2 カイ の マド を あけて、 トオメガネ の よう に ぐるぐる まいた ソツギョウ ショウショ の アナ から、 みえる だけ の ヨノナカ を みわたした。 それから その ソツギョウ ショウショ を ツクエ の ウエ に ほうりだした。 そうして ダイノジナリ に なって、 ヘヤ の マンナカ に ねそべった。 ワタクシ は ねながら ジブン の カコ を かえりみた。 また ジブン の ミライ を ソウゾウ した。 すると その アイダ に たって ヒトクギリ を つけて いる この ソツギョウ ショウショ なる もの が、 イミ の ある よう な、 また イミ の ない よう な ヘン な カミ に おもわれた。
 ワタクシ は その バン センセイ の イエ へ ゴチソウ に まねかれて いった。 これ は もし ソツギョウ したら その ヒ の バンサン は ヨソ で くわず に、 センセイ の ショクタク で すます と いう マエ から の ヤクソク で あった。
 ショクタク は ヤクソクドオリ ザシキ の エン チカク に すえられて あった。 モヨウ の おりだされた あつい ノリ の こわい テーブルクロース が うつくしく かつ きよらか に デントウ の ヒカリ を いかえして いた。 センセイ の ウチ で メシ を くう と、 きっと この セイヨウ リョウリテン に みる よう な しろい リンネル の ウエ に、 ハシ や チャワン が おかれた。 そうして それ が かならず センタク シタテ の マッシロ な もの に かぎられて いた。
「カラ や カフス と おなじ こと さ。 よごれた の を もちいる くらい なら、 いっそ ハジメ から イロ の ついた もの を つかう が いい。 しろければ ジュンパク で なくっちゃ」
 こう いわれて みる と、 なるほど センセイ は ケッペキ で あった。 ショサイ など も じつに きちり と かたづいて いた。 ムトンジャク な ワタクシ には、 センセイ の そういう トクショク が おりおり いちじるしく メ に とまった。
「センセイ は カンショウ です ね」 と かつて オクサン に つげた とき、 オクサン は 「でも キモノ など は、 それほど キ に しない よう です よ」 と こたえた こと が あった。 それ を ソバ に きいて いた センセイ は、 「ホントウ を いう と、 ワタクシ は セイシンテキ に カンショウ なん です。 それで しじゅう くるしい ん です。 かんがえる と じつに ばかばかしい ショウブン だ」 と いって わらった。 セイシンテキ に カンショウ と いう イミ は、 ぞくに いう シンケイシツ と いう イミ か、 または リンリテキ に ケッペキ だ と いう イミ か、 ワタクシ には わからなかった。 オクサン にも よく つうじない らしかった。
 その バン ワタクシ は センセイ と ムカイアワセ に、 レイ の しろい タクフ の マエ に すわった。 オクサン は フタリ を サユウ に おいて、 ヒトリ ニワ の ほう を ショウメン に して セキ を しめた。
「おめでとう」 と いって、 センセイ が ワタクシ の ため に サカズキ を あげて くれた。 ワタクシ は この サカズキ に たいして それほど うれしい キ を おこさなかった。 むろん ワタクシ ジシン の ココロ が この コトバ に ハンキョウ する よう に、 とびたつ ウレシサ を もって いなかった の が、 ヒトツ の ゲンイン で あった。 けれども センセイ の イイカタ も けっして ワタクシ の ウレシサ を そそる うきうき した チョウシ を おびて いなかった。 センセイ は わらって サカズキ を あげた。 ワタクシ は その ワライ の ウチ に、 ちっとも イジ の わるい アイロニー を みとめなかった。 ドウジ に めでたい と いう シンジョウ も くみとる こと が できなかった。 センセイ の ワライ は、 「セケン は こんな バアイ に よく おめでとう と いいたがる もの です ね」 と ワタクシ に ものがたって いた。
 オクサン は ワタクシ に 「ケッコウ ね。 さぞ オトウサン や オカアサン は オヨロコビ でしょう」 と いって くれた。 ワタクシ は とつぜん ビョウキ の チチ の こと を かんがえた。 はやく あの ソツギョウ ショウショ を もって いって みせて やろう と おもった。
「センセイ の ソツギョウ ショウショ は どう しました」 と ワタクシ が きいた。
「どうした かね。 ――まだ どこ か に しまって あった かね」 と センセイ が オクサン に きいた。
「ええ、 たしか しまって ある はず です が」
 ソツギョウ ショウショ の アリドコロ は フタリ とも よく しらなかった。

 33

 メシ に なった とき、 オクサン は ソバ に すわって いる ゲジョ を ツギ へ たたせて、 ジブン で キュウジ の ヤク を つとめた。 これ が おもてだたない キャク に たいする センセイ の イエ の シキタリ らしかった。 ハジメ の 1~2 カイ は ワタクシ も キュウクツ を かんじた が、 ドスウ の かさなる に つけ、 チャワン を オクサン の マエ へ だす の が、 なんでも なくなった。
「オチャ? ゴハン? ずいぶん よく たべる のね」
 オクサン の ほう でも おもいきって エンリョ の ない こと を いう こと が あった。 しかし その ヒ は、 ジコウ が ジコウ なので、 そんな に からかわれる ほど ショクヨク が すすまなかった。
「もう オシマイ。 アナタ チカゴロ たいへん ショウショク に なった のね」
「ショウショク に なった ん じゃ ありません。 あつい んで くわれない ん です」
 オクサン は ゲジョ を よんで ショクタク を かたづけさせた アト へ、 あらためて アイス クリーム と ミズガシ を はこばせた。
「これ は ウチ で こしらえた のよ」
 ヨウ の ない オクサン には、 テセイ の アイス クリーム を キャク に ふるまう だけ の ヨユウ が ある と みえた。 ワタクシ は それ を 2 ハイ かえて もらった。
「キミ も いよいよ ソツギョウ した が、 これから ナニ を する キ です か」 と センセイ が きいた。 センセイ は ハンブン エンガワ の ほう へ セキ を ずらして、 シキイギワ で セナカ を ショウジ に もたせて いた。
 ワタクシ には ただ ソツギョウ した と いう ジカク が ある だけ で、 これから ナニ を しよう と いう アテ も なかった。 ヘンジ に ためらって いる ワタクシ を みた とき、 オクサン は 「キョウシ?」 と きいた。 それ にも こたえず に いる と、 コンド は、 「じゃ オヤクニン?」 と また きかれた。 ワタクシ も センセイ も わらいだした。
「ホントウ いう と、 まだ ナニ を する カンガエ も ない ん です。 じつは ショクギョウ と いう もの に ついて、 まったく かんがえた こと が ない くらい なん です から。 だいち どれ が いい か、 どれ が わるい か、 ジブン が やって みた うえ で ない と わからない ん だ から、 センタク に こまる わけ だ と おもいます」
「それ も そう ね。 けれども アナタ は ひっきょう ザイサン が ある から そんな ノンキ な こと を いって いられる のよ。 これ が こまる ヒト で ごらんなさい。 なかなか アナタ の よう に おちついちゃ いられない から」
 ワタクシ の トモダチ には ソツギョウ しない マエ から、 チュウガク キョウシ の クチ を さがして いる ヒト が あった。 ワタクシ は ハラ の ナカ で オクサン の いう ジジツ を みとめた。 しかし こう いった。
「すこし センセイ に かぶれた ん でしょう」
「ろく な カブレカタ を して くださらない のね」
 センセイ は クショウ した。
「かぶれて も かまわない から、 そのかわり このあいだ いった とおり、 オトウサン の いきてる うち に、 ソウトウ の ザイサン を わけて もらって おおきなさい。 それ で ない と けっして ユダン は ならない」
 ワタクシ は センセイ と イッショ に、 コウガイ の ウエキヤ の ひろい ニワ の オク で はなした、 あの ツツジ の さいて いる 5 ガツ の ハジメ を おもいだした。 あの とき カエリミチ に、 センセイ が コウフン した ゴキ で、 ワタクシ に ものがたった つよい コトバ を、 ふたたび ミミ の ソコ で くりかえした。 それ は つよい ばかり で なく、 むしろ すごい コトバ で あった。 けれども ジジツ を しらない ワタクシ には ドウジ に テッテイ しない コトバ でも あった。
「オクサン、 オタク の ザイサン は よっぽど ある ん です か」
「なんだって そんな こと を おきき に なる の」
「センセイ に きいて も おしえて くださらない から」
 オクサン は わらいながら センセイ の カオ を みた。
「おしえて あげる ほど ない から でしょう」
「でも どの くらい あったら センセイ の よう に して いられる か、 ウチ へ かえって ひとつ チチ に ダンパン する とき の サンコウ に します から きかして ください」
 センセイ は ニワ の ほう を むいて、 すまして タバコ を ふかして いた。 アイテ は しぜん オクサン で なければ ならなかった。
「どの くらい って ほど ありゃ しません わ。 まあ こうして どうか こうか くらして ゆかれる だけ よ、 アナタ。 ――そりゃ どうでも いい と して、 アナタ は これから ナニ か なさらなくっちゃ ホントウ に いけません よ。 センセイ の よう に ごろごろ ばかり して いちゃ……」
「ごろごろ ばかり して い や しない さ」
 センセイ は ちょっと カオ だけ むけなおして、 オクサン の コトバ を ヒテイ した。

 34

 ワタクシ は その ヨ 10 ジ-スギ に センセイ の イエ を じした。 2~3 ニチ うち に キコク する はず に なって いた ので、 ザ を たつ マエ に ワタクシ は ちょっと イトマゴイ の コトバ を のべた。
「また とうぶん オメ に かかれません から」
「9 ガツ には でて いらっしゃる ん でしょう ね」
 ワタクシ は もう ソツギョウ した の だ から、 かならず 9 ガツ に でて くる ヒツヨウ も なかった。 しかし あつい サカリ の 8 ガツ を トウキョウ まで きて おくろう とも かんがえて いなかった。 ワタクシ には イチ を もとめる ため の キチョウ な ジカン と いう もの が なかった。
「まあ 9 ガツ-ゴロ に なる でしょう」
「じゃ ずいぶん ごきげんよう。 ワタクシタチ も この ナツ は コト に よる と どこ か へ ゆく かも しれない のよ。 ずいぶん あつそう だ から。 いったら また エハガキ でも おくって あげましょう」
「どちら の ケントウ です。 もし いらっしゃる と すれば」
 センセイ は この モンドウ を にやにや わらって きいて いた。
「なに まだ ゆく とも ゆかない とも きめて い や しない ん です」
 セキ を たとう と した とき に、 センセイ は キュウ に ワタクシ を つらまえて、 「ときに オトウサン の ビョウキ は どう なん です」 と きいた。 ワタクシ は チチ の ケンコウ に ついて ほとんど しる ところ が なかった。 なんとも いって こない イジョウ、 わるく は ない の だろう くらい に かんがえて いた。
「そんな に たやすく かんがえられる ビョウキ じゃ ありません よ。 ニョウドクショウ が でる と、 もう ダメ なん だ から」
 ニョウドクショウ と いう コトバ も イミ も ワタクシ には わからなかった。 コノマエ の フユヤスミ に クニ で イシャ と カイケン した とき に、 ワタクシ は そんな ジュツゴ を まるで きかなかった。
「ホントウ に ダイジ に して おあげなさい よ」 と オクサン も いった。 「ドク が ノウ へ まわる よう に なる と、 もう それっきり よ、 アナタ。 ワライゴト じゃ ない わ」
 ムケイケン な ワタクシ は キミ を わるがりながら も、 にやにや して いた。
「どうせ たすからない ビョウキ だ そう です から、 いくら シンパイ したって シカタ が ありません」
「そう オモイキリ よく かんがえれば、 それまで です けれども」
 オクサン は ムカシ おなじ ビョウキ で しんだ と いう ジブン の オカアサン の こと でも おもいだした の か、 しずんだ チョウシ で こう いった なり シタ を むいた。 ワタクシ も チチ の ウンメイ が ホントウ に キノドク に なった。
 すると センセイ が とつぜん オクサン の ほう を むいた。
「シズ、 オマエ は オレ より サキ へ しぬ だろう かね」
「なぜ」
「なぜ でも ない、 ただ きいて みる のさ。 それとも オレ の ほう が オマエ より マエ に かたづく かな。 たいてい セケン じゃ ダンナ が サキ で、 サイクン が アト へ のこる の が アタリマエ の よう に なってる ね」
「そう きまった わけ でも ない わ。 けれども オトコ の ほう は どうしても、 そら トシ が ウエ でしょう」
「だから サキ へ しぬ と いう リクツ なの かね。 すると オレ も オマエ より サキ に アノヨ へ いかなくっちゃ ならない こと に なる ね」
「アナタ は トクベツ よ」
「そう かね」
「だって ジョウブ なん です もの。 ほとんど わずらった ためし が ない じゃ ありません か。 そりゃ どうしたって ワタクシ の ほう が サキ だわ」
「サキ かな」
「ええ、 きっと サキ よ」
 センセイ は ワタクシ の カオ を みた。 ワタクシ は わらった。
「しかし もし オレ の ほう が サキ へ ゆく と する ね。 そう したら オマエ どう する」
「どう する って……」
 オクサン は そこ で くちごもった。 センセイ の シ に たいする ソウゾウテキ な ヒアイ が、 ちょっと オクサン の ムネ を おそった らしかった。 けれども ふたたび カオ を あげた とき は、 もう キブン を かえて いた。
「どう する って、 シカタ が ない わ、 ねえ アナタ。 ロウショウ フジョウ って いう くらい だ から」
 オクサン は ことさら に ワタクシ の ほう を みて ジョウダン-らしく こう いった。

 35

 ワタクシ は たてかけた コシ を また おろして、 ハナシ の クギリ の つく まで フタリ の アイテ に なって いた。
「キミ は どう おもいます」 と センセイ が きいた。
 センセイ が サキ へ しぬ か、 オクサン が はやく なくなる か、 もとより ワタクシ に ハンダン の つく べき モンダイ では なかった。 ワタクシ は ただ わらって いた。
「ジュミョウ は わかりません ね。 ワタクシ にも」
「これ ばかり は ホントウ に ジュミョウ です から ね。 うまれた とき に ちゃんと きまった ネンスウ を もらって くる ん だ から シカタ が ない わ。 センセイ の オトウサン や オカアサン なんか、 ほとんど おんなじ よ、 アナタ、 なくなった の が」
「なくなられた ヒ が です か」
「まさか ヒ まで おんなじ じゃ ない けれども。 でも まあ おんなじ よ。 だって つづいて なくなっちまった ん です もの」
 この チシキ は ワタクシ に とって あたらしい もの で あった。 ワタクシ は フシギ に おもった。
「どうして そう イチド に しなれた ん です か」
 オクサン は ワタクシ の トイ に こたえよう と した。 センセイ は それ を さえぎった。
「そんな ハナシ は およし よ。 つまらない から」
 センセイ は テ に もった ウチワ を わざと ばたばた いわせた。 そうして また オクサン を かえりみた。
「シズ、 オレ が しんだら この ウチ を オマエ に やろう」
 オクサン は わらいだした。
「ついでに ジメン も ください よ」
「ジメン は ヒト の もの だ から シカタ が ない。 そのかわり オレ の もってる もの は みんな オマエ に やる よ」
「どうも ありがとう。 けれども ヨコモジ の ホン なんか もらって も シヨウ が ない わね」
「フルホンヤ に うる さ」
「うれば いくら ぐらい に なって」
 センセイ は いくら とも いわなかった。 けれども センセイ の ハナシ は、 ヨウイ に ジブン の シ と いう とおい モンダイ を はなれなかった。 そうして その シ は かならず オクサン の マエ に おこる もの と カテイ されて いた。 オクサン も サイショ の うち は、 わざと タワイ の ない ウケコタエ を して いる らしく みえた。 それ が いつのまにか、 カンショウテキ な オンナ の ココロ を おもくるしく した。
「オレ が しんだら、 オレ が しんだら って、 まあ ナンベン おっしゃる の。 ゴショウ だ から もう イイカゲン に して、 オレ が しんだら は よして ちょうだい。 エンギ でも ない。 アナタ が しんだら、 なんでも アナタ の オモイドオリ に して あげる から、 それ で いい じゃ ありません か」
 センセイ は ニワ の ほう を むいて わらった。 しかし それぎり オクサン の いやがる こと を いわなく なった。 ワタクシ も あまり ながく なる ので、 すぐ セキ を たった。 センセイ と オクサン は ゲンカン まで おくって でた。
「ゴビョウニン を オダイジ に」 と オクサン が いった。
「また 9 ガツ に」 と センセイ が いった。
 ワタクシ は アイサツ を して コウシ の ソト へ アシ を ふみだした。 ゲンカン と モン の アイダ に ある こんもり した モクセイ の ヒトカブ が、 ワタクシ の ユクテ を ふさぐ よう に、 ヤイン の ウチ に エダ を はって いた。 ワタクシ は 2~3 ポ うごきだしながら、 くろずんだ ハ に おおわれて いる その コズエ を みて、 きたる べき アキ の ハナ と カ を おもいうかべた。 ワタクシ は センセイ の ウチ と この モクセイ と を、 イゼン から ココロ の ウチ で、 はなす こと の できない もの の よう に、 イッショ に キオク して いた。 ワタクシ が ぐうぜん その キ の マエ に たって、 ふたたび この ウチ の ゲンカン を またぐ べき ツギ の アキ に オモイ を はせた とき、 イマ まで コウシ の アイダ から さして いた ゲンカン の デントウ が ふっと きえた。 センセイ フウフ は それぎり オク へ はいった らしかった。 ワタクシ は ヒトリ くらい オモテ へ でた。
 ワタクシ は すぐ ゲシュク へは もどらなかった。 クニ へ かえる マエ に ととのえる カイモノ も あった し、 ゴチソウ を つめた イブクロ に クツロギ を あたえる ヒツヨウ も あった ので、 ただ にぎやか な マチ の ほう へ あるいて いった。 マチ は まだ ヨイ の クチ で あった。 ヨウジ も なさそう な ナンニョ が ぞろぞろ うごく ナカ に、 ワタクシ は キョウ ワタクシ と イッショ に ソツギョウ した ナニガシ に あった。 カレ は ワタクシ を むりやり に ある バー へ つれこんだ。 ワタクシ は そこ で ビール の アワ の よう な カレ の キエン を きかされた。 ワタクシ の ゲシュク へ かえった の は 12 ジ-スギ で あった。

 36

 ワタクシ は その ヨクジツ も アツサ を おかして、 タノマレモノ を かいあつめて あるいた。 テガミ で チュウモン を うけた とき は なんでも ない よう に かんがえて いた の が、 いざ と なる と たいへん オックウ に かんぜられた。 ワタクシ は デンシャ の ナカ で アセ を ふきながら、 ヒト の ジカン と テスウ に キノドク と いう カンネン を まるで もって いない イナカモノ を にくらしく おもった。
 ワタクシ は この ヒトナツ を ムイ に すごす キ は なかった。 クニ へ かえって から の ニッテイ と いう よう な もの を あらかじめ つくって おいた ので、 それ を リコウ する に ヒツヨウ な ショモツ も テ に いれなければ ならなかった。 ワタクシ は ハンニチ を マルゼン の 2 カイ で つぶす カクゴ で いた。 ワタクシ は ジブン に カンケイ の ふかい ブモン の ショセキダナ の マエ に たって、 スミ から スミ まで 1 サツ ずつ テンケン して いった。
 カイモノ の ウチ で いちばん ワタクシ を こまらせた の は オンナ の ハンエリ で あった。 コゾウ に いう と、 いくらでも だして は くれる が、 さて どれ を えらんで いい の か、 かう ダン に なって は、 ただ まよう だけ で あった。 そのうえ アタイ が きわめて フテイ で あった。 やすかろう と おもって きく と、 ヒジョウ に たかかったり、 たかかろう と かんがえて、 きかず に いる と、 かえって たいへん やすかったり した。 あるいは いくら くらべて みて も、 どこ から カカク の サイ が でる の か ケントウ の つかない の も あった。 ワタクシ は まったく よわらせられた。 そうして ココロ の ウチ で、 なぜ センセイ の オクサン を わずらわさなかった か を くいた。
 ワタクシ は カバン を かった。 むろん ワセイ の カトウ な シナ に すぎなかった が、 それでも カナグ や など が ぴかぴか して いる ので、 イナカモノ を おどかす には ジュウブン で あった。 この カバン を かう と いう こと は、 ワタクシ の ハハ の チュウモン で あった。 ソツギョウ したら あたらしい カバン を かって、 その ナカ に イッサイ の ミヤゲモノ を いれて かえる よう に と、 わざわざ テガミ の ナカ に かいて あった。 ワタクシ は その モンク を よんだ とき に わらいだした。 ワタクシ には ハハ の リョウケン が わからない と いう より も、 その コトバ が イッシュ の コッケイ と して うったえた の で ある。
 ワタクシ は イトマゴイ を する とき センセイ フウフ に のべた とおり、 それから ミッカ-メ の キシャ で トウキョウ を たって クニ へ かえった。 この フユ イライ チチ の ビョウキ に ついて センセイ から イロイロ の チュウイ を うけた ワタクシ は、 いちばん シンパイ しなければ ならない チイ に ありながら、 どういう もの か、 それ が たいして ク に ならなかった。 ワタクシ は むしろ チチ が いなく なった アト の ハハ を ソウゾウ して キノドク に おもった。 その くらい だ から ワタクシ は ココロ の どこ か で、 チチ は すでに なくなる べき もの と カクゴ して いた に ちがいなかった。 キュウシュウ に いる アニ へ やった テガミ の ナカ にも、 ワタクシ は チチ の とても モト の よう な ケンコウタイ に なる ミコミ の ない こと を のべた。 イチド など は ショクム の ツゴウ も あろう が、 できる なら くりあわせて この ナツ ぐらい イチド カオ だけ でも み に かえったら どう だ と まで かいた。 そのうえ トシヨリ が フタリ ぎり で イナカ に いる の は さだめて こころぼそい だろう、 ワレワレ も コ と して イカン の イタリ で ある と いう よう な カンショウテキ な モンク さえ つかった。 ワタクシ は じっさい ココロ に うかぶ まま を かいた。 けれども かいた アト の キブン は かいた とき とは ちがって いた。
 ワタクシ は そうした ムジュン を キシャ の ナカ で かんがえた。 かんがえて いる うち に ジブン が ジブン に キ の かわりやすい ケイハクモノ の よう に おもわれて きた。 ワタクシ は フユカイ に なった。 ワタクシ は また センセイ フウフ の こと を おもいうかべた。 ことに 2~3 ニチ マエ バンメシ に よばれた とき の カイワ を おもいだした。
「どっち が サキ へ しぬ だろう」
 ワタクシ は その バン センセイ と オクサン の アイダ に おこった ギモン を ヒトリ クチ の ウチ で くりかえして みた。 そうして この ギモン には ダレ も ジシン を もって こたえる こと が できない の だ と おもった。 しかし どっち が サキ へ しぬ と はっきり わかって いた ならば、 センセイ は どう する だろう。 オクサン は どう する だろう。 センセイ も オクサン も、 イマ の よう な タイド で いる より ホカ に シカタ が ない だろう と おもった。 (シ に ちかづきつつ ある チチ を クニモト に ひかえながら、 この ワタクシ が どう する こと も できない よう に)。 ワタクシ は ニンゲン を はかない もの に かんじた。 ニンゲン の どう する こと も できない もって うまれた ケイハク を、 はかない もの に かんじた。
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ココロ 「リョウシン と ワタクシ 1」

2015-07-23 | ナツメ ソウセキ
 チュウ、 リョウシン と ワタクシ

 1

 ウチ へ かえって アンガイ に おもった の は、 チチ の ゲンキ が このまえ みた とき と たいして かわって いない こと で あった。
「ああ かえった かい。 そう か、 それでも ソツギョウ が できて まあ ケッコウ だった。 ちょっと おまち、 イマ カオ を あらって くる から」
 チチ は ニワ へ でて ナニ か して いた ところ で あった。 ふるい ムギワラボウ の ウシロ へ、 ヒヨケ の ため に くくりつけた うすぎたない ハンケチ を ひらひら させながら、 イド の ある ウラテ の ほう へ まわって いった。
 ガッコウ を ソツギョウ する の を フツウ の ニンゲン と して トウゼン の よう に かんがえて いた ワタクシ は、 それ を ヨキ イジョウ に よろこんで くれる チチ の マエ に キョウシュク した。
「ソツギョウ が できて まあ ケッコウ だ」
 チチ は この コトバ を ナンベン も くりかえした。 ワタクシ は ココロ の ウチ で この チチ の ヨロコビ と、 ソツギョウシキ の あった バン センセイ の ウチ の ショクタク で、 「おめでとう」 と いわれた とき の センセイ の カオツキ と を ヒカク した。 ワタクシ には クチ で いわって くれながら、 ハラ の ソコ で けなして いる センセイ の ほう が、 それほど にも ない もの を めずらしそう に うれしがる チチ より も、 かえって コウショウ に みえた。 ワタクシ は シマイ に チチ の ムチ から でる いなかくさい ところ に フカイ を かんじだした。
「ダイガク ぐらい ソツギョウ したって、 それほど ケッコウ でも ありません。 ソツギョウ する モノ は マイトシ ナンビャクニン だって あります」
 ワタクシ は ついに こんな クチ の キキヨウ を した。 すると チチ が ヘン な カオ を した。
「なにも ソツギョウ した から ケッコウ と ばかり いう ん じゃ ない。 そりゃ ソツギョウ は ケッコウ に ちがいない が、 オレ の いう の は もうすこし イミ が ある ん だ。 それ が オマエ に わかって いて くれ さえ すれば、……」
 ワタクシ は チチ から その アト を きこう と した。 チチ は はなしたく なさそう で あった が、 とうとう こう いった。
「つまり、 オレ が ケッコウ と いう こと に なる のさ。 オレ は オマエ の しってる とおり の ビョウキ だろう。 キョネン の フユ オマエ に あった とき、 コト に よる と もう ミツキ か ヨツキ ぐらい な もの だろう と おもって いた のさ。 それ が どういう シアワセ か、 キョウ まで こうして いる。 タチイ に フジユウ なく こうして いる。 そこ へ オマエ が ソツギョウ して くれた。 だから うれしい のさ。 せっかく タンセイ した ムスコ が、 ジブン の いなく なった アト で ソツギョウ して くれる より も、 ジョウブ な うち に ガッコウ を でて くれる ほう が オヤ の ミ に なれば うれしい だろう じゃ ない か。 おおきな カンガエ を もって いる オマエ から みたら、 たかが ダイガク を ソツギョウ した ぐらい で、 ケッコウ だ ケッコウ だ と いわれる の は あまり おもしろく も ない だろう。 しかし オレ の ほう から みて ごらん、 タチバ が すこし ちがって いる よ。 つまり ソツギョウ は オマエ に とって より、 この オレ に とって ケッコウ なん だ。 わかった かい」
 ワタクシ は イチゴン も なかった。 あやまる イジョウ に キョウシュク して うつむいて いた。 チチ は ヘイキ な うち に ジブン の シ を カクゴ して いた もの と みえる。 しかも ワタクシ の ソツギョウ する マエ に しぬ だろう と おもいさだめて いた と みえる。 その ソツギョウ が チチ の ココロ に どの くらい ひびく か も かんがえず に いた ワタクシ は まったく オロカモノ で あった。 ワタクシ は カバン の ナカ から ソツギョウ ショウショ を とりだして、 それ を ダイジ そう に チチ と ハハ に みせた。 ショウショ は ナニ か に おしつぶされて、 モト の カタチ を うしなって いた。 チチ は それ を テイネイ に のした。
「こんな もの は まいた なり テ に もって くる もの だ」
「ナカ に シン でも いれる と よかった のに」 と ハハ も カタワラ から チュウイ した。
 チチ は しばらく それ を ながめた アト、 たって トコノマ の ところ へ いって、 ダレ の メ にも すぐ はいる よう な ショウメン へ ショウショ を おいた。 イツモ の ワタクシ なら すぐ なんとか いう はず で あった が、 その とき の ワタクシ は まるで ヘイゼイ と ちがって いた。 チチ や ハハ に たいして すこしも ちからう キ が おこらなかった。 ワタクシ は だまって チチ の なす が まま に まかせて おいた。 いったん クセ の ついた トリノコガミ の ショウショ は、 なかなか チチ の ジユウ に ならなかった。 テキトウ な イチ に おかれる や いなや、 すぐ オノレ に シゼン な イキオイ を えて たおれよう と した。

 2

 ワタクシ は ハハ を カゲ へ よんで チチ の ビョウジョウ を たずねた。
「オトウサン は あんな に ゲンキ そう に ニワ へ でたり ナニ か して いる が、 あれ で いい ん です か」
「もう なんとも ない よう だよ。 おおかた よく オナリ なん だろう」
 ハハ は あんがい ヘイキ で あった。 トカイ から かけへだたった モリ や タ の ナカ に すんで いる オンナ の ツネ と して、 ハハ は こういう こと に かけて は まるで ムチシキ で あった。 それにしても このまえ チチ が ソットウ した とき には、 あれほど おどろいて、 あんな に シンパイ した もの を、 と ワタクシ は ココロ の ウチ で ヒトリ いな カンジ を いだいた。
「でも イシャ は あの とき とても むずかしい って センコク した じゃ ありません か」
「だから ニンゲン の カラダ ほど フシギ な もの は ない と おもう ん だよ。 あれほど オイシャ が ておもく いった もの が、 イマ まで しゃんしゃん して いる ん だ から ね。 オカアサン も ハジメ の うち は シンパイ して、 なるべく うごかさない よう に と おもってた ん だ がね。 それ、 あの キショウ だろう。 ヨウジョウ は しなさる けれども、 ゴウジョウ で ねえ。 ジブン が いい と おもいこんだら、 なかなか ワタシ の いう こと なんか、 ききそう にも なさらない ん だ から ね」
 ワタクシ は このまえ かえった とき、 ムリ に トコ を あげさして、 ヒゲ を そった チチ の ヨウス と タイド と を おもいだした。 「もう だいじょうぶ、 オカアサン が あんまり ぎょうさん-すぎる から いけない ん だ」 と いった その とき の コトバ を かんがえて みる と、 まんざら ハハ ばかり せめる キ にも なれなかった。 「しかし ハタ でも すこし は チュウイ しなくっちゃ」 と いおう と した ワタクシ は、 とうとう エンリョ して なんにも クチ へ ださなかった。 ただ チチ の ヤマイ の セイシツ に ついて、 ワタクシ の しる カギリ を おしえる よう に はなして きかせた。 しかし その ダイブブン は センセイ と センセイ の オクサン から えた ザイリョウ に すぎなかった。 ハハ は べつに カンドウ した ヨウス も みせなかった。 ただ 「へえ、 やっぱり おんなじ ビョウキ で ね。 オキノドク だね。 イクツ で オナクナリ かえ、 その カタ は」 など と きいた。
 ワタクシ は シカタ が ない から、 ハハ を ソノママ に して おいて ちょくせつ チチ に むかった。 チチ は ワタクシ の チュウイ を ハハ より は マジメ に きいて くれた。 「もっとも だ。 オマエ の いう とおり だ。 けれども、 オレ の カラダ は ひっきょう オレ の カラダ で、 その オレ の カラダ に ついて の ヨウジョウホウ は、 タネン の ケイケンジョウ、 オレ が いちばん よく こころえて いる はず だ から ね」 と いった。 それ を きいた ハハ は クショウ した。 「それ ごらん な」 と いった。
「でも、 あれ で オトウサン は ジブン で ちゃんと カクゴ だけ は して いる ん です よ。 コンド ワタクシ が ソツギョウ して かえった の を たいへん よろこんで いる の も、 まったく その ため なん です。 いきてる うち に ソツギョウ は できまい と おもった の が、 タッシャ な うち に メンジョウ を もって きた から、 それ が うれしい ん だ って、 オトウサン は ジブン で そう いって いました ぜ」
「そりゃ、 オマエ、 クチ で こそ そう オイイ だ けれども ね。 オナカ の ナカ では まだ だいじょうぶ だ と おもって おいで の だよ」
「そう でしょう か」
「まだまだ 10 ネン も 20 ネン も いきる キ で おいで の だよ。 もっとも ときどき は ワタシ にも こころぼそい よう な こと を オイイ だ がね。 オレ も この ブン じゃ もう ながい こと も あるまい よ、 オレ が しんだら、 オマエ は どう する、 ヒトリ で この ウチ に いる キ か なんて」
 ワタクシ は キュウ に チチ が いなく なって ハハ ヒトリ が とりのこされた とき の、 ふるい ひろい イナカヤ を ソウゾウ して みた。 この イエ から チチ ヒトリ を ひきさった アト は、 ソノママ で たちゆく だろう か。 アニ は どう する だろう か。 ハハ は なんと いう だろう か。 そう かんがえる ワタクシ は また ここ の ツチ を はなれて、 トウキョウ で キラク に くらして ゆける だろう か。 ワタクシ は ハハ を メノマエ に おいて、 センセイ の チュウイ―― チチ の ジョウブ で いる うち に、 わけて もらう もの は、 わけて もらって おけ と いう チュウイ を、 ぐうぜん おもいだした。
「なに ね、 ジブン で しぬ しぬ って いう ヒト に しんだ ためし は ない ん だ から アンシン だよ。 オトウサン なんぞ も、 しぬ しぬ って いいながら、 これから サキ まだ ナンネン いきなさる か わかるまい よ。 それ より か だまってる ジョウブ の ヒト の ほう が けんのん さ」
 ワタクシ は リクツ から でた とも トウケイ から きた とも しれない、 この チンプ な よう な ハハ の コトバ を もくねん と きいて いた。

 3

 ワタクシ の ため に あかい メシ を たいて キャク を する と いう ソウダン が チチ と ハハ の アイダ に おこった。 ワタクシ は かえった トウジツ から、 あるいは こんな こと に なる だろう と おもって、 ココロ の ウチ で あんに それ を おそれて いた。 ワタクシ は すぐ ことわった。
「あんまり ぎょうさん な こと は よして ください」
 ワタクシ は イナカ の キャク が きらい だった。 のんだり くったり する の を、 サイゴ の モクテキ と して やって くる カレラ は、 ナニ か コト が あれば いい と いった フウ の ヒト ばかり そろって いた。 ワタクシ は コドモ の とき から カレラ の セキ に じする の を こころぐるしく かんじて いた。 まして ジブン の ため に カレラ が くる と なる と、 ワタクシ の クツウ は いっそう はなはだしい よう に ソウゾウ された。 しかし ワタクシ は チチ や ハハ の テマエ、 あんな ヤヒ な ヒト を あつめて さわぐ の は よせ とも いいかねた。 それで ワタクシ は ただ あまり ぎょうさん だ から と ばかり シュチョウ した。
「ぎょうさん ぎょうさん と オイイ だ が、 ちっとも ぎょうさん じゃ ない よ。 ショウガイ に ニド と ある こと じゃ ない ん だ から ね、 オキャク ぐらい する の は アタリマエ だよ。 そう エンリョ を おし で ない」
 ハハ は ワタクシ が ダイガク を ソツギョウ した の を、 ちょうど ヨメ でも もらった と おなじ テイド に、 おもく みて いる らしかった。
「よばなくって も いい が、 よばない と また なんとか いう から」
 これ は チチ の コトバ で あった。 チチ は カレラ の カゲグチ を キ に して いた。 じっさい カレラ は こんな バアイ に、 ジブン たち の ヨキドオリ に ならない と、 すぐ なんとか いいたがる ヒトビト で あった。
「トウキョウ と ちがって イナカ は うるさい から ね」
 チチ は こう も いった。
「オトウサン の カオ も ある ん だ から」 と ハハ が また つけくわえた。
 ワタクシ は ガ を はる わけ にも いかなかった。 どうでも フタリ の ツゴウ の いい よう に したら と おもいだした。
「つまり ワタクシ の ため なら、 よして ください と いう だけ なん です。 カゲ で ナニ か いわれる の が いや だ から と いう ゴシュイ なら、 そりゃ また ベツ です。 アナタガタ に フリエキ な こと を ワタクシ が しいて シュチョウ したって シカタ が ありません」
「そう リクツ を いわれる と こまる」
 チチ は にがい カオ を した。
「なにも オマエ の ため に する ん じゃ ない と オトウサン が おっしゃる ん じゃ ない けれども、 オマエ だって セケン への ギリ ぐらい は しって いる だろう」
 ハハ は こう なる と オンナ だけ に しどろもどろ な こと を いった。 そのかわり クチカズ から いう と、 チチ と ワタクシ を フタリ よせて も なかなか かなう どころ では なかった。
「ガクモン を させる と ニンゲン が とかく りくつっぽく なって いけない」
 チチ は ただ これ だけ しか いわなかった。 しかし ワタクシ は この カンタン な イック の ウチ に、 チチ が ヘイゼイ から ワタクシ に たいして もって いる フヘイ の ゼンタイ を みた。 ワタクシ は その とき ジブン の コトバヅカイ の かどばった ところ に キ が つかず に、 チチ の フヘイ の ほう ばかり を ムリ の よう に おもった。
 チチ は その ヨ また キ を かえて、 キャク を よぶ なら いつ に する か と ワタクシ の ツゴウ を きいた。 ツゴウ の いい も わるい も なし に ただ ぶらぶら ふるい イエ の ナカ に ネオキ して いる ワタクシ に、 こんな トイ を かける の は、 チチ の ほう が おれて でた の と おなじ こと で あった。 ワタクシ は この おだやか な チチ の マエ に こだわらない アタマ を さげた。 ワタクシ は チチ と ソウダン の うえ ショウタイ の ヒドリ を きめた。
 その ヒドリ の まだ こない うち に、 ある おおきな こと が おこった。 それ は メイジ テンノウ の ゴビョウキ の ホウチ で あった。 シンブンシ で すぐ ニホンジュウ へ しれわたった この ジケン は、 1 ケン の イナカヤ の ウチ に タショウ の キョクセツ を へて ようやく まとまろう と した ワタクシ の ソツギョウ イワイ を、 チリ の ごとく に ふきはらった。
「まあ ゴエンリョ もうした ほう が よかろう」
 メガネ を かけて シンブン を みて いた チチ は こう いった。 チチ は だまって ジブン の ビョウキ の こと も かんがえて いる らしかった。 ワタクシ は つい コノアイダ の ソツギョウシキ に レイネン の とおり ダイガク へ ギョウコウ に なった ヘイカ を おもいだしたり した。

 4

 コゼイ な ニンズ には ひろすぎる ふるい イエ が ひっそり して いる ナカ に、 ワタクシ は コウリ を といて ショモツ を ひもときはじめた。 なぜか ワタクシ は キ が おちつかなかった。 あの めまぐるしい トウキョウ の ゲシュク の 2 カイ で、 とおく はしる デンシャ の オト を ミミ に しながら、 ページ を 1 マイ 1 マイ に まくって いく ほう が、 キ に ハリ が あって ココロモチ よく ベンキョウ が できた。
 ワタクシ は ややともすると ツクエ に もたれて ウタタネ を した。 ときには わざわざ マクラ さえ だして ホンシキ に ヒルネ を むさぼる こと も あった。 メ が さめる と、 セミ の コエ を きいた。 ウツツ から つづいて いる よう な その コエ は、 キュウ に やかましく ミミ の ソコ を かきみだした。 ワタクシ は じっと それ を ききながら、 ときに かなしい オモイ を ムネ に いだいた。
 ワタクシ は フデ を とって トモダチ の ダレカレ に みじかい ハガキ または ながい テガミ を かいた。 その トモダチ の ある モノ は トウキョウ に のこって いた。 ある モノ は とおい コキョウ に かえって いた。 ヘンジ の くる の も、 タヨリ の とどかない の も あった。 ワタクシ は もとより センセイ を わすれなかった。 ゲンコウシ へ サイジ で 3 マイ ばかり クニ へ かえって から イゴ の ジブン と いう よう な もの を ダイモク に して かきつづった の を おくる こと に した。 ワタクシ は それ を ふうじる とき、 センセイ は はたして まだ トウキョウ に いる だろう か と うたぐった。 センセイ が オクサン と イッショ に ウチ を あける バアイ には、 50-ガッコウ の キリサゲ の オンナ の ヒト が どこ から か きて、 ルスバン を する の が レイ に なって いた。 ワタクシ が かつて センセイ に あの ヒト は ナン です か と たずねたら、 センセイ は なんと みえます か と ききかえした。 ワタクシ は その ヒト を センセイ の シンルイ と おもいちがえて いた。 センセイ は 「ワタクシ には シンルイ は ありません よ」 と こたえた。 センセイ の キョウリ に いる ツヅキアイ の ヒトビト と、 センセイ は いっこう オンシン の トリヤリ を して いなかった。 ワタクシ の ギモン に した その ルスバン の オンナ の ヒト は、 センセイ とは エン の ない オクサン の ほう の シンセキ で あった。 ワタクシ は センセイ に ユウビン を だす とき、 ふと ハバ の ほそい オビ を ラク に ウシロ で むすんで いる その ヒト の スガタ を おもいだした。 もし センセイ フウフ が どこ か へ ヒショ に でも いった アト へ この ユウビン が とどいたら、 あの キリサゲ の オバアサン は、 それ を すぐ テンチサキ へ おくって くれる だけ の キテン と シンセツ が ある だろう か など と かんがえた。 そのくせ その テガミ の ウチ には これ と いう ほど の ヒツヨウ の こと も かいて ない の を、 ワタクシ は よく ショウチ して いた。 ただ ワタクシ は さびしかった。 そうして センセイ から ヘンジ の くる の を ヨキ して かかった。 しかし その ヘンジ は ついに こなかった。
 チチ は コノマエ の フユ に かえって きた とき ほど ショウギ を さしたがらなく なった。 ショウギバン は ホコリ の たまった まま、 トコノマ の スミ に かたよせられて あった。 ことに ヘイカ の ゴビョウキ イゴ チチ は じっと かんがえこんで いる よう に みえた。 マイニチ シンブン の くる の を まちうけて、 ジブン が いちばん サキ へ よんだ。 それから その ヨミガラ を わざわざ ワタクシ の いる ところ へ もって きて くれた。
「おい ごらん、 キョウ も テンシサマ の こと が くわしく でて いる」
 チチ は ヘイカ の こと を、 つねに テンシサマ と いって いた。
「もったいない ハナシ だ が、 テンシサマ の ゴビョウキ も、 オトウサン の と まあ にた もの だろう な」
 こう いう チチ の カオ には ふかい ケネン の クモリ が かかって いた。 こう いわれる ワタクシ の ムネ には また チチ が いつ たおれる か わからない と いう シンパイ が ひらめいた。
「しかし だいじょうぶ だろう。 オレ の よう な くだらない モノ でも、 まだ こうして いられる くらい だ から」
 チチ は ジブン の タッシャ な ホショウ を ジブン で あたえながら、 いまにも オノレ に おちかかって きそう な キケン を ヨカン して いる らしかった。
「オトウサン は ホントウ に ビョウキ を こわがってる ん です よ。 オカアサン の おっしゃる よう に、 10 ネン も 20 ネン も いきる キ じゃ なさそう です ぜ」
 ハハ は ワタクシ の コトバ を きいて トウワク そう な カオ を した。
「ちっと また ショウギ でも さす よう に すすめて ごらん な」
 ワタクシ は トコノマ から ショウギバン を とりおろして、 ホコリ を ふいた。

 5

 チチ の ゲンキ は しだいに おとろえて いった。 ワタクシ を おどろかせた ハンケチ-ツキ の ふるい ムギワラ ボウシ が しぜん と カンキャク される よう に なった。 ワタクシ は くろい すすけた タナ の ウエ に のって いる その ボウシ を ながめる たび に、 チチ に たいして キノドク な オモイ を した。 チチ が イゼン の よう に、 かるがる と うごく アイダ は、 もうすこし つつしんで くれたら と シンパイ した。 チチ が じっと すわりこむ よう に なる と、 やはり モト の ほう が タッシャ だった の だ と いう キ が おこった。 ワタクシ は チチ の ケンコウ に ついて よく ハハ と はなしあった。
「まったく キ の せい だよ」 と ハハ が いった。 ハハ の アタマ は ヘイカ の ヤマイ と チチ の ヤマイ と を むすびつけて かんがえて いた。 ワタクシ には そう ばかり とも おもえなかった。
「キ じゃ ない、 ホントウ に カラダ が わるか ない ん でしょう か。 どうも キブン より ケンコウ の ほう が わるく なって ゆく らしい」
 ワタクシ は こう いって、 ココロ の ウチ で また トオク から ソウトウ の イシャ でも よんで、 ひとつ みせよう かしら と シアン した。
「コトシ の ナツ は オマエ も つまらなかろう。 せっかく ソツギョウ した のに、 オイワイ も して あげる こと が できず、 オトウサン の カラダ も あの とおり だし。 それに テンシサマ の ゴビョウキ で。 ――いっそ の こと、 かえる すぐに オキャク でも よぶ ほう が よかった ん だよ」
 ワタクシ が かえった の は 7 ガツ の 5~6 ニチ で、 チチ や ハハ が ワタクシ の ソツギョウ を いわう ため に キャク を よぼう と いいだした の は、 それから 1 シュウカン-ゴ で あった。 そうして いよいよ と きめた ヒ は それから また 1 シュウカン の ヨ も サキ に なって いた。 ジカン に ソクバク を ゆるさない ユウチョウ な イナカ に かえった ワタクシ は、 おかげで このもしく ない シャコウジョウ の クツウ から すくわれた も おなじ こと で あった が、 ワタクシ を リカイ しない ハハ は すこしも そこ に キ が ついて いない らしかった。
 ホウギョ の ホウチ が つたえられた とき、 チチ は その シンブン を テ に して、 「ああ、 ああ」 と いった。
「ああ、 ああ、 テンシサマ も とうとう おかくれ に なる。 オレ も……」
 チチ は その アト を いわなかった。
 ワタクシ は くろい ウスモノ を かう ため に マチ へ でた。 それ で ハタザオ の タマ を つつんで、 それ で ハタザオ の サキ へ 3 ズン ハバ の ヒラヒラ を つけて、 モン の トビラ の ヨコ から ナナメ に オウライ へ さしだした。 ハタ も くろい ヒラヒラ も、 カゼ の ない クウキ の ナカ に だらり と さがった。 ワタクシ の ウチ の ふるい モン の ヤネ は ワラ で ふいて あった。 アメ や カゼ に うたれたり また ふかれたり した その ワラ の イロ は とくに ヘンショク して、 うすく ハイイロ を おびた うえ に、 トコロドコロ の デコボコ さえ メ に ついた。 ワタクシ は ヒトリ モン の ソト へ でて、 くろい ヒラヒラ と、 しろい メリンス の ジ と、 ジ の ナカ に そめだした あかい ヒノマル の イロ と を ながめた。 それ が うすぎたない ヤネ の ワラ に うつる の も ながめた。 ワタクシ は かつて センセイ から 「アナタ の ウチ の カマエ は どんな テイサイ です か。 ワタクシ の キョウリ の ほう とは だいぶ オモムキ が ちがって います かね」 と きかれた こと を おもいだした。 ワタクシ は ジブン の うまれた この ふるい イエ を、 センセイ に みせたく も あった。 また センセイ に みせる の が はずかしく も あった。
 ワタクシ は また ヒトリ イエ の ナカ へ はいった。 ジブン の ツクエ の おいて ある ところ へ きて、 シンブン を よみながら、 とおい トウキョウ の アリサマ を ソウゾウ した。 ワタクシ の ソウゾウ は ニッポンイチ の おおきな ミヤコ が、 どんな に くらい ナカ で どんな に うごいて いる だろう か の ガメン に あつめられた。 ワタクシ は その くろい なり に うごかなければ シマツ の つかなく なった トカイ の、 フアン で ざわざわ して いる ナカ に、 イッテン の トウカ の ごとく に センセイ の イエ を みた。 ワタクシ は その とき この トウカ が オト の しない ウズ の ナカ に、 しぜん と まきこまれて いる こと に キ が つかなかった。 しばらく すれば、 その ヒ も また ふっと きえて しまう べき ウンメイ を、 メノマエ に ひかえて いる の だ とは もとより キ が つかなかった。
 ワタクシ は コンド の ジケン に ついて センセイ に テガミ を かこう か と おもって、 フデ を とりかけた。 ワタクシ は それ を 10 ギョウ ばかり かいて やめた。 かいた ところ は すんずん に ひきさいて クズカゴ へ なげこんだ。 (センセイ に あてて そういう こと を かいて も シカタ が ない とも おもった し、 ゼンレイ に ちょうして みる と、 とても ヘンジ を くれそう に なかった から)。 ワタクシ は さびしかった。 それで テガミ を かく の で あった。 そうして ヘンジ が くれば いい と おもう の で あった。

 6

 8 ガツ の ナカバゴロ に なって、 ワタクシ は ある ホウユウ から テガミ を うけとった。 その ナカ に チホウ の チュウガク キョウイン の クチ が ある が ゆかない か と かいて あった。 この ホウユウ は ケイザイ の ヒツヨウジョウ、 ジブン で そんな イチ を さがしまわる オトコ で あった。 この クチ も ハジメ は ジブン の ところ へ かかって きた の だ が、 もっと いい チホウ へ ソウダン が できた ので、 あまった ほう を ワタクシ に ゆずる キ で、 わざわざ しらせて きて くれた の で あった。 ワタクシ は すぐ ヘンジ を だして ことわった。 シリアイ の ナカ には、 ずいぶん ホネ を おって、 キョウシ の ショク に ありつきたがって いる モノ が ある から、 その ほう へ まわして やったら よかろう と かいた。
 ワタクシ は ヘンジ を だした アト で、 チチ と ハハ に その ハナシ を した。 フタリ とも ワタクシ の ことわった こと に イゾン は ない よう で あった。
「そんな ところ へ いかない でも、 まだ いい クチ が ある だろう」
 こう いって くれる ウラ に、 ワタクシ は フタリ が ワタクシ に たいして もって いる カブン な キボウ を よんだ。 ウカツ な チチ や ハハ は、 フソウトウ な チイ と シュウニュウ と を ソツギョウ シタテ の ワタクシ から キタイ して いる らしかった の で ある。
「ソウトウ の クチ って、 チカゴロ じゃ そんな うまい クチ は なかなか ある もの じゃ ありません。 ことに ニイサン と ワタクシ とは センモン も ちがう し、 ジダイ も ちがう ん だ から、 フタリ を おなじ よう に かんがえられちゃ すこし こまります」
「しかし ソツギョウ した イジョウ は、 すくなくとも ドクリツ して やって いって くれなくっちゃ こっち も こまる。 ヒト から アナタ の ところ の ゴジナン は、 ダイガク を ソツギョウ なすって ナニ を して おいで です か と きかれた とき に ヘンジ が できない よう じゃ、 オレ も カタミ が せまい から」
 チチ は ジュウメン を つくった。 チチ の カンガエ は ふるく すみなれた キョウリ から ソト へ でる こと を しらなかった。 その キョウリ の ダレカレ から、 ダイガク を ソツギョウ すれば いくら ぐらい ゲッキュウ が とれる もの だろう と きかれたり、 まあ 100 エン ぐらい な もの だろう か と いわれたり した チチ は、 こういう ヒトビト に たいして、 ガイブン の わるく ない よう に、 ソツギョウ シタテ の ワタクシ を かたづけたかった の で ある。 ひろい ミヤコ を コンキョチ と して かんがえて いる ワタクシ は、 チチ や ハハ から みる と、 まるで アシ を ソラ に むけて あるく キタイ な ニンゲン に ことならなかった。 ワタクシ の ほう でも、 じっさい そういう ニンゲン の よう な キモチ を おりおり おこした。 ワタクシ は あからさま に ジブン の カンガエ を うちあける には、 あまり に キョリ の ケンカク の はなはだしい チチ と ハハ の マエ に もくねん と して いた。
「オマエ の よく センセイ センセイ と いう カタ に でも おねがい したら いい じゃ ない か。 こんな とき こそ」
 ハハ は こう より ホカ に センセイ を カイシャク する こと が できなかった。 その センセイ は ワタクシ に クニ へ かえったら チチ の いきて いる うち に はやく ザイサン を わけて もらえ と すすめる ヒト で あった。 ソツギョウ した から、 チイ の シュウセン を して やろう と いう ヒト では なかった。
「その センセイ は ナニ を して いる の かい」 と チチ が きいた。
「なんにも して いない ん です」 と ワタクシ が こたえた。
 ワタクシ は とく の ムカシ から センセイ の なにも して いない と いう こと を チチ にも ハハ にも つげた つもり で いた。 そうして チチ は たしか に それ を キオク して いる はず で あった。
「なにも して いない と いう の は、 また どういう ワケ かね。 オマエ が それほど ソンケイ する くらい な ヒト なら ナニ か やって いそう な もの だ がね」
 チチ は こう いって、 ワタクシ を ふうした。 チチ の カンガエ では、 ヤク に たつ モノ は ヨノナカ へ でて ミンナ ソウトウ の チイ を えて はたらいて いる。 ひっきょう ヤクザ だ から あそんで いる の だ と ケツロン して いる らしかった。
「オレ の よう な ニンゲン だって、 ゲッキュウ こそ もらっちゃ いない が、 これ でも あそんで ばかり いる ん じゃ ない」
 チチ は こう も いった。 ワタクシ は それでも まだ だまって いた。
「オマエ の いう よう な えらい カタ なら、 きっと ナニ か クチ を さがして くださる よ。 たのんで ゴラン なの かい」 と ハハ が きいた。
「いいえ」 と ワタクシ は こたえた。
「じゃ シカタ が ない じゃ ない か。 なぜ たのまない ん だい。 テガミ でも いい から おだし な」
「ええ」
 ワタクシ は ナマヘンジ を して セキ を たった。

 7

 チチ は あきらか に ジブン の ビョウキ を おそれて いた。 しかし イシャ の くる たび に うるさい シツモン を かけて アイテ を こまらす タチ でも なかった。 イシャ の ほう でも また エンリョ して なんとも いわなかった。
 チチ は シゴ の こと を かんがえて いる らしかった。 すくなくとも ジブン が いなく なった アト の わが イエ を ソウゾウ して みる らしかった。
「コドモ に ガクモン を させる の も、 ヨシアシ だね。 せっかく シュギョウ を させる と、 その コドモ は けっして ウチ へ かえって こない。 これ じゃ テ も なく オヤコ を カクリ する ため に ガクモン させる よう な もの だ」
 ガクモン を した ケッカ アニ は イマ エンゴク に いた。 キョウイク を うけた インガ で、 ワタクシ は また トウキョウ に すむ カクゴ を かたく した。 こういう コ を そだてた チチ の グチ は もとより フゴウリ では なかった。 ナガネン すみふるした イナカヤ の ナカ に、 たった ヒトリ とりのこされそう な ハハ を えがきだす チチ の ソウゾウ は もとより さびしい に ちがいなかった。
 わが イエ は うごかす こと の できない もの と チチ は しんじきって いた。 その ナカ に すむ ハハ も また イノチ の ある アイダ は、 うごかす こと の できない もの と しんじて いた。 ジブン が しんだ アト、 この コドク な ハハ を、 たった ヒトリ ガランドウ の わが イエ に とりのこす の も また はなはだしい フアン で あった。 それだのに、 トウキョウ で いい チイ を もとめろ と いって、 ワタクシ を しいたがる チチ の アタマ には ムジュン が あった。 ワタクシ は その ムジュン を おかしく おもった と ドウジ に、 その おかげ で また トウキョウ へ でられる の を よろこんだ。
 ワタクシ は チチ や ハハ の テマエ、 この チイ を できる だけ の ドリョク で もとめつつ ある ごとく に よそおわなくて は ならなかった。 ワタクシ は センセイ に テガミ を かいて、 イエ の ジジョウ を くわしく のべた。 もし ジブン の チカラ で できる こと が あったら なんでも する から シュウセン して くれ と たのんだ。 ワタクシ は センセイ が ワタクシ の イライ に とりあうまい と おもいながら この テガミ を かいた。 また とりあう つもり でも、 セケン の せまい センセイ と して は どう する こと も できまい と おもいながら この テガミ を かいた。 しかし ワタクシ は センセイ から この テガミ に たいする ヘンジ が きっと くる だろう と おもって かいた。
 ワタクシ は それ を ふうじて だす マエ に ハハ に むかって いった。
「センセイ に テガミ を かきました よ。 アナタ の おっしゃった とおり。 ちょっと よんで ごらんなさい」
 ハハ は ワタクシ の ソウゾウ した ごとく それ を よまなかった。
「そう かい、 それじゃ はやく おだし。 そんな こと は ヒト が キ を つけない でも、 ジブン で はやく やる もの だよ」
 ハハ は ワタクシ を まだ コドモ の よう に おもって いた。 ワタクシ も じっさい コドモ の よう な カンジ が した。
「しかし テガミ じゃ ヨウ は たりません よ。 どうせ、 9 ガツ に でも なって、 ワタクシ が トウキョウ へ でて から で なくっちゃ」
「そりゃ そう かも しれない けれども、 また ひょっと して、 どんな いい クチ が ない とも かぎらない ん だ から、 はやく たのんで おく に こした こと は ない よ」
「ええ。 とにかく ヘンジ は くる に きまって ます から、 そう したら また おはなし しましょう」
 ワタクシ は こんな こと に かけて キチョウメン な センセイ を しんじて いた。 ワタクシ は センセイ の ヘンジ の くる の を ココロマチ に まった。 けれども ワタクシ の ヨキ は ついに はずれた。 センセイ から は 1 シュウカン たって も なんの タヨリ も なかった。
「おおかた どこ か へ ヒショ に でも いって いる ん でしょう」
 ワタクシ は ハハ に むかって イイワケ-らしい コトバ を つかわなければ ならなかった。 そうして その コトバ は ハハ に たいする イイワケ ばかり で なく、 ジブン の ココロ に たいする イイワケ でも あった。 ワタクシ は しいて も ナニ か の ジジョウ を カテイ して センセイ の タイド を ベンゴ しなければ フアン に なった。
 ワタクシ は ときどき チチ の ビョウキ を わすれた。 いっそ はやく トウキョウ へ でて しまおう か と おもったり した。 その チチ ジシン も オノレ の ビョウキ を わすれる こと が あった。 ミライ を シンパイ しながら、 ミライ に たいする ショチ は いっこう とらなかった。 ワタクシ は ついに センセイ の チュウコクドオリ ザイサン ブンパイ の こと を チチ に いいだす キカイ を えず に すぎた。

 8

 9 ガツ ハジメ に なって、 ワタクシ は いよいよ また トウキョウ へ でよう と した。 ワタクシ は チチ に むかって とうぶん イマ まで-どおり ガクシ を おくって くれる よう に と たのんだ。
「ここ に こうして いたって、 アナタ の おっしゃる とおり の チイ が えられる もの じゃ ない です から」
 ワタクシ は チチ の キボウ する チイ を うる ため に トウキョウ へ ゆく よう な こと を いった。
「むろん クチ の みつかる まで で いい です から」 とも いった。
 ワタクシ は ココロ の ウチ で、 その クチ は とうてい ワタクシ の アタマ の ウエ に おちて こない と おもって いた。 けれども ジジョウ に うとい チチ は また あくまでも その ハンタイ を しんじて いた。
「そりゃ わずか の アイダ の こと だろう から、 どうにか ツゴウ して やろう。 そのかわり ながく は いけない よ。 ソウトウ の チイ を え-シダイ ドクリツ しなくっちゃ。 がんらい ガッコウ を でた イジョウ、 でた あくる ヒ から ヒト の セワ に なんぞ なる もの じゃ ない ん だ から。 イマ の わかい モノ は、 カネ を つかう ミチ だけ こころえて いて、 カネ を とる ほう は まったく かんがえて いない よう だね」
 チチ は この ホカ にも まだ イロイロ の コゴト を いった。 その ナカ には、 「ムカシ の オヤ は コ に くわせて もらった のに、 イマ の オヤ は コ に くわれる だけ だ」 など と いう コトバ が あった。 それら を ワタクシ は ただ だまって きいて いた。
 コゴト が ひととおり すんだ と おもった とき、 ワタクシ は しずか に セキ を たとう と した。 チチ は いつ ゆく か と ワタクシ に たずねた。 ワタクシ には はやい だけ が よかった。
「オカアサン に ヒ を みて もらいなさい」
「そう しましょう」
 その とき の ワタクシ は チチ の マエ に ぞんがい おとなしかった。 ワタクシ は なるべく チチ の キゲン に さからわず に、 イナカ を でよう と した。 チチ は また ワタクシ を ひきとめた。
「オマエ が トウキョウ へ ゆく と ウチ は また さみしく なる。 なにしろ オレ と オカアサン だけ なん だ から ね。 その オレ も カラダ さえ タッシャ なら いい が、 この ヨウス じゃ いつ キュウ に どんな こと が ない とも いえない よ」
 ワタクシ は できる だけ チチ を なぐさめて、 ジブン の ツクエ を おいて ある ところ へ かえった。 ワタクシ は とりちらした ショモツ の アイダ に すわって、 こころぼそそう な チチ の タイド と コトバ と を、 イクタビ か くりかえし ながめた。 ワタクシ は その とき また セミ の コエ を きいた。 その コエ は コノアイダジュウ きいた の と ちがって、 ツクツクボウシ の コエ で あった。 ワタクシ は ナツ キョウリ に かえって、 にえつく よう な セミ の コエ の ナカ に じっと すわって いる と、 へんに かなしい ココロモチ に なる こと が しばしば あった。 ワタクシ の アイシュウ は いつも この ムシ の はげしい ネ と ともに、 ココロ の ソコ に しみこむ よう に かんぜられた。 ワタクシ は そんな とき には いつも うごかず に、 ヒトリ で ヒトリ を みつめて いた。
 ワタクシ の アイシュウ は この ナツ キセイ した イゴ しだいに ジョウチョウ を かえて きた。 アブラゼミ の コエ が ツクツクボウシ の コエ に かわる ごとく に、 ワタクシ を とりまく ヒト の ウンメイ が、 おおきな リンネ の ウチ に、 そろそろ うごいて いる よう に おもわれた。 ワタクシ は さびしそう な チチ の タイド と コトバ を くりかえしながら、 テガミ を だして も ヘンジ を よこさない センセイ の こと を また おもいうかべた。 センセイ と チチ とは、 まるで ハンタイ の インショウ を ワタクシ に あたえる テン に おいて、 ヒカク の ウエ にも、 レンソウ の ウエ にも、 イッショ に ワタクシ の アタマ に のぼりやすかった。
 ワタクシ は ほとんど チチ の スベテ も しりつくして いた。 もし チチ を はなれる と すれば、 ジョウアイ の ウエ に オヤコ の ココロノコリ が ある だけ で あった。 センセイ の オオク は まだ ワタクシ に わかって いなかった。 はなす と ヤクソク された その ヒト の カコ も まだ きく キカイ を えず に いた。 ようするに センセイ は ワタクシ に とって うすぐらかった。 ワタクシ は ぜひとも そこ を とおりこして、 あかるい ところ まで ゆかなければ キ が すまなかった。 センセイ と カンケイ の たえる の は ワタクシ に とって おおいな クツウ で あった。 ワタクシ は ハハ に ヒ を みて もらって、 トウキョウ へ たつ ヒドリ を きめた。

 9

 ワタクシ が いよいよ たとう と いう マギワ に なって、 (たしか フツカ マエ の ユウガタ の こと で あった と おもう が、) チチ は また とつぜん ひっくりかえった。 ワタクシ は その とき ショモツ や イルイ を つめた コウリ を からげて いた。 チチ は フロ へ はいった ところ で あった。 チチ の セナカ を ながし に いった ハハ が おおきな コエ を だして ワタクシ を よんだ。 ワタクシ は ハダカ の まま ハハ に ウシロ から だかれて いる チチ を みた。 それでも ザシキ へ つれて もどった とき、 チチ は もう だいじょうぶ だ と いった。 ネン の ため に マクラモト に すわって、 ヌレテヌグイ で チチ の アタマ を ひやして いた ワタクシ は、 9 ジ-ゴロ に なって ようやく カタバカリ の ヤショク を すました。
 ヨクジツ に なる と チチ は おもった より ゲンキ が よかった。 とめる の も きかず に あるいて ベンジョ へ いったり した。
「もう だいじょうぶ」
 チチ は キョネン の クレ たおれた とき に ワタクシ に むかって いった と おなじ コトバ を また くりかえした。 その とき は はたして クチ で いった とおり まあ だいじょうぶ で あった。 ワタクシ は コンド も あるいは そう なる かも しれない と おもった。 しかし イシャ は ただ ヨウジン が カンヨウ だ と チュウイ する だけ で、 ネン を おして も はっきり した こと を はなして くれなかった。 ワタクシ は フアン の ため に、 シュッタツ の ヒ が きて も ついに トウキョウ へ たつ キ が おこらなかった。
「もうすこし ヨウス を みて から に しましょう か」 と ワタクシ は ハハ に ソウダン した。
「そうして おくれ」 と ハハ が たのんだ。
 ハハ は チチ が ニワ へ でたり セド へ おりたり する ゲンキ を みて いる アイダ だけ は ヘイキ で いる くせ に、 こんな こと が おこる と また ヒツヨウ イジョウ に シンパイ したり キ を もんだり した。
「オマエ は キョウ トウキョウ へ ゆく はず じゃ なかった か」 と チチ が きいた。
「ええ、 すこし のばしました」 と ワタクシ が こたえた。
「オレ の ため に かい」 と チチ が ききかえした。
 ワタクシ は ちょっと チュウチョ した。 そう だ と いえば、 チチ の ビョウキ の おもい の を ウラガキ する よう な もの で あった。 ワタクシ は チチ の シンケイ を カビン に したく なかった。 しかし チチ は ワタクシ の ココロ を よく みぬいて いる らしかった。
「キノドク だね」 と いって、 ニワ の ほう を むいた。
 ワタクシ は ジブン の ヘヤ に はいって、 そこ に ほうりだされた コウリ を ながめた。 コウリ は いつ もちだして も さしつかえない よう に、 かたく くくられた まま で あった。 ワタクシ は ぼんやり その マエ に たって、 また ナワ を とこう か と かんがえた。
 ワタクシ は すわった まま コシ を うかした とき の おちつかない キブン で、 また サン、 ヨッカ を すごした。 すると チチ が また ソットウ した。 イシャ は ゼッタイ に アンガ を めいじた。
「どうした もの だろう ね」 と ハハ が チチ に きこえない よう な ちいさな コエ で ワタクシ に いった。 ハハ の カオ は いかにも こころぼそそう で あった。 ワタクシ は アニ と イモウト に デンポウ を うつ ヨウイ を した。 けれども ねて いる チチ には、 ほとんど なんの クモン も なかった。 ハナシ を する ところ など を みる と、 カゼ でも ひいた とき と まったく おなじ こと で あった。 そのうえ ショクヨク は フダン より も すすんだ。 ハタ の モノ が、 チュウイ して も ヨウイ に いう こと を きかなかった。
「どうせ しぬ ん だ から、 うまい もの でも くって しななくっちゃ」
 ワタクシ には うまい もの と いう チチ の コトバ が コッケイ にも ヒサン にも きこえた。 チチ は うまい もの を クチ に いれられる ミヤコ には すんで いなかった の で ある。 ヨ に いって カキモチ など を やいて もらって ぼりぼり かんだ。
「どうして こう かわく の かね。 やっぱり シン に ジョウブ の ところ が ある の かも しれない よ」
 ハハ は シツボウ して いい ところ に かえって タノミ を おいた。 そのくせ ビョウキ の とき に しか つかわない かわく と いう ムカシフウ の コトバ を、 なんでも たべたがる イミ に もちいて いた。
 オジ が ミマイ に きた とき、 チチ は いつまでも ひきとめて かえさなかった。 さむしい から もっと いて くれ と いう の が おも な リユウ で あった が、 ハハ や ワタクシ が、 たべたい だけ モノ を たべさせない と いう フヘイ を うったえる の も、 その モクテキ の ヒトツ で あった らしい。
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