イノチ の ショヤ
ホウジョウ タミオ
エキ を でて 20 プン ほど も ゾウキバヤシ の ナカ を あるく と もう ビョウイン の イケガキ が みえはじめる が、 それでも その アイダ には タニ の よう に ひくまった ところ や、 こだかい ヤマ の ダラダラザカ など が あって ジンカ らしい もの は 1 ケン も みあたらなかった。 トウキョウ から わずか 20 マイル そこそこ の ところ で ある が、 オクヤマ へ はいった よう な シズケサ と、 ヒトザト はなれた ケハイ が あった。
ツユキ に はいる ちょっと マエ で、 トランク を さげて あるいて いる オダ は、 10 プン も たたぬ マ に はや じっとり ハダ が あせばんで くる の を おぼえた。 ずいぶん ヘンピ な ところ なん だなあ と おもいながら、 ヒトケ の ない の を サイワイ、 イマ まで まぶか に かぶって いた ボウシ を ずりあげて、 コダチ を すかして トオク を ながめた。 みわたす かぎり アオバ で おおわれた ムサシノ で、 その ナカ に ぽつん ぽつん と うずくまって いる ワラヤネ が なんとなく ゲンシテキ な セキリョウ を しのばせて いた。 まだ セミ の コエ も きこえぬ しずまった ナカ を、 オダ は ぽくぽく と あるきながら、 これから ノチ ジブン は いったい どう なって ゆく の で あろう か と、 フアン で ならなかった。 まっくろい ウズマキ の ナカ へ、 しらずしらず おちこんで ゆく の では あるまい か、 イマ こうして もくもく と ビョウイン へ むかって あるく の が、 ジブン に とって いちばん テキセツ な ホウホウ なの だろう か、 それ イガイ に いきる ミチ は ない の で あろう か、 そういう カンガエ が アト から アト から と つきあがって きて、 カレ は ちょっと アシ を とめて ハヤシ の コズエ を ながめた。 やっぱり イマ しんだ ほう が いい の かも しれない。 コズエ には かたむきはじめた タイヨウ の コウセン が ワカバ の ウエ を ながれて いた。 あかるい ゴゴ で あった。
ビョウキ の センコク を うけて から もう ハントシ を すぎる の で ある が、 その アイダ に、 コウエン を あるいて いる とき でも ガイロ を あるいて いる とき でも、 ジュモク を みる と かならず エダブリ を キ に する シュウカン が ついて しまった。 その エダ の タカサ や、 フトサ など を モクサン して、 この エダ は ほそすぎて ジブン の タイジュウ を ささえきれない とか、 この エダ は たかすぎて のぼる の に タイヘン だ など と いう ふう に、 ときには ワレ を わすれて かんがえる の だった。 キ の エダ ばかり で なく、 ヤッキョク の マエ を とおれば イクツ も スイミンザイ の ナマエ を おもいだして、 ねむって いる よう に アンラク オウジョウ を して いる ジブン の スガタ を おもいえがき、 キシャ デンシャ を みる と その シタ で ヒサン な シ を とげて いる ジブン を おもいえがく よう に なって いた。 けれど こういう ふう に ニチヤ シ を かんがえ、 それ が ひどく なって ゆけば ゆく ほど、 ますます しにきれなく なって ゆく ジブン を ハッケン する ばかり だった。 イマ も オダ は ハヤシ の コズエ を みあげて エダ の グアイ を ながめた の だった が、 すぐ カオ を しかめて もくもく と あるきだした。 いったい オレ は しにたい の だろう か、 いきたい の だろう か、 オレ に しぬ キ が ホントウ に ある の だろう か、 ない の だろう か、 と みずから ただして みる の だった が、 けっきょく どっち とも ハンダン の つかない まま、 ぐんぐん ホ を はやめて いる こと だけ が メイリョウ に わかる の だった。 しのう と して いる ジブン の スガタ が、 イチド ココロ の ナカ に はいって くる と、 どうしても しにきれない、 ニンゲン は こういう シュクメイ を もって いる の だろう か。
フツカ マエ、 ビョウイン へ はいる こと が きまる と、 キュウ に もう イチド ためして みたく なって エノシマ まで でかけて いった。 コンド しねなければ どんな ところ へ でも ゆこう、 そう ケッシン する と、 うまく しねそう に おもわれて、 いそいそ と でかけて いった の だった が、 イワ の ウエ に むらがって いる ショウガクセイ の スガタ や、 ぼうばく と けむった ウナバラ に ふりそそいで いる タイヨウ の アカルサ など を みて いる と、 シ など を かんがえて いる ジブン が ひどく ばかげて くる の だった。 これ では いけない と おもって、 リョウメ を とじ、 なんにも みえない アイダ に とびこむ の が いちばん いい と ガントウ に たつ と キュウ に たすけられそう に おもわれて シヨウ が ない の だった。 たすけられた の では なんにも ならない、 けれど イマ の ジブン は とにかく とびこむ と いう ジジツ が いちばん タイセツ なの だ、 と おもいかえして ナミ の ほう へ カラダ を まげかける と、 「イマ」 オレ は しぬ の だろう か と おもいだした。 「イマ」 どうして オレ は しなねば ならん の だろう、 「イマ」 が どうして オレ の しぬ とき なん だろう、 すると 「イマ」 しななくて も いい よう な キ が して くる の だった。 そこで かって きた ウイスキー を 1 ポン、 やけに たいらげた が すこしも ヨイ が まわって こず、 なんとなく コッケイ な キ が しだして からから と わらった が、 あかい カニ が アシモト に はって くる の を めちゃ に ふみころす と キュウ に どっと マブタ が あつく なって きた の だった。 ヒジョウ に シンケン な シュンカン で ありながら、 アブラ が ミズ の ナカ へ はいった よう に、 その シンケンサ と ココロ が ユウリ して しまう の だった。 そして トウキョウ に むかって デンシャ が うごきだす と、 また ゼツボウ と ジチョウ が よみがえって きて、 あんたん たる キモチ に なった の で ある が、 もう すでに トキ は おそかった。 どうしても しにきれない、 この ジジツ の マエ に カレ は うなだれて しまう より ホカ に ない の だった。
イットキ も はやく モクテキチ に ついて ジブン を ケッテイ する ホカ に ミチ は ない。 オダ は そう かんがえながら セ の たかい ヒイラギ の カキネ に そって あるいて いった。 セイモン まで でる には この カキ を ぐるり と ヒトメグリ しなければ ならなかった。 カレ は ときどき たちどまって、 ヒタイ を カキ に おしつけて インナイ を のぞいた。 おそらくは カンジャ たち の テ で つくられて いる の で あろう、 みずみずしい ソサイルイ の アオバ が メ の とどかぬ かなた まで も つづいて いた。 カンジャ の すんで いる イエ は どこ に ある の か と チュウイ して みた が、 1 ケン も みあたらなかった。 トオク まで つづいた その サイエン の ハテ に、 モリ の よう に ふかい コダチ が みえ、 その コダチ の ナカ に ふとい エントツ が 1 ポン オオゾラ に むかって コクエン を はきだして いた。 カンジャ の セイカツ も その アタリ に ある の で あろう。 エントツ は イチリュウ の コウジョウ に でも ある よう な リッパ な もの で、 オダ は、 ビョウイン に どうして あんな おおきな エントツ が ヒツヨウ なの か、 あやしんだ。 あるいは ヤキバ の エントツ かも しれぬ と おもう と、 これから ゆく サキ が ジゴク の よう に おもわれて きた。 こういう おおきな ビョウイン の こと だ から、 マイニチ おびただしい シニン が ある の で あろう、 それで あんな エントツ も ヒツヨウ なの に ちがいない と おもう と、 にわか に アシ の チカラ が ぬけて いった。 だが あるく に つれて テンカイ して ゆく インナイ の フウケイ が、 また じょじょ に カレ の キモチ を あかるく して いった。 サイエン と ならんで、 シカク に くぎられた イチゴバタケ が みえ、 その ヨコ には モケイ を みる よう に せいぜん と くみあわされた ブドウダナ が、 ナシ の タナ と むかいあって みごと に リッタイテキ な チョウワ を しめして いた。 これ も カンジャ たち が つくって いる の で あろう か、 イマ まで にごった よう な トウキョウ に すんで いた カレ は、 おもわず すばらしい もの だ と つぶやいて、 これ は イソウガイ に インナイ は ヘイワ なの かも しれぬ と おもった。
ミチ は カキネ に そって 1 ケン くらい の ハバ が あり、 カキネ の ハンタイガワ の ゾウキバヤシ の ワカバ が、 くらい まで に かぶさって いた。 カレ が インナイ を のぞきのぞき しながら、 ちょうど ナシバタケ の ヨコ まで きた とき、 おおかた この キンジョ の ヒャクショウ とも おもわれる わかい オトコ が フタリ、 こっち へ むいて あるいて くる の が みえだした。 カレラ は オダ と おなじ よう に インナイ を のぞいて は ナニ か はなしあって いた。 オダ は いや な ところ で ヒト に あって しまった と おもいながら、 ずりあげて あった ボウシ を ふたたび ふかく かぶる と、 シタ を むいて あるきだした。 オダ は ビョウキ の ため に カタホウ の マユゲ が すっかり うすく なって おり、 カワリ に マユズミ が ぬって あった。 カレラ は チカク まで くる と キュウ に ハナシ を ぱたり と やめ、 トランク を さげた オダ の スガタ を、 コウキシン に みちた マナザシ で ながめて とおりすぎた。 オダ は もくもく と シタ を むいて いた が、 カレラ の マナザシ を メイリョウ に ココロ に かんじ、 この キンジョ の モノ で ある なら、 こうして ニュウイン する カンジャ の スガタ を もう イクド も みて いる に ソウイ ない と おもう と、 クツジョク にも にた もの が ひしひし と ココロ に せまって くる の だった。
カレラ の スガタ が みえなく なる と、 オダ は そこ へ トランク を おいて コシ を おろした。 こんな ビョウイン へ はいらなければ セイ を まっとうする こと の できぬ ミジメサ に、 カレ の キモチ は ふたたび くもった。 メ を あげる と クビ を つるす に テキトウ な エダ は イクホン でも メ に ついた。 この キカイ に やらなければ いつ に なって も やれない に ちがいない、 アタリ を ひとわたり ながめて みた が、 ヒト の ケハイ は なかった。 カレ は ヒトミ を するどく ひからせる と、 にやり と わらって、 よし イマ だ と つぶやいた。 キュウ に ココロ が うきうき して、 こんな ところ で とつぜん やれそう に なって きた の を おもしろく おもった。 ツナ は バンド が あれば ジュウブン で ある。 シンゾウ の コドウ が たかまって くる の を おぼえながら、 カレ は たちあがって バンド に テ を かけた。 その とき とつぜん、 はげしい わらう コエ が インナイ から きこえて きた ので、 ぎょっと して コエ の ほう を みる と、 カキ の ウチガワ を わかい オンナ が フタリ、 ナニ か たのしそう に はなしあいながら ブドウダナ の ほう へ ゆく の だった。 みられた かな、 と おもった が、 はじめて みる インナイ の オンナ だった ので、 キュウ に コウキシン が でて きて、 いそいで トランク を さげる と なに くわぬ カオ で あるきだした。 ヨコメ を つかって のぞいて みる と、 フタリ とも おなじ ボウジマ の ツツソデ を き、 しろい マエカケ が ハイゴ から みる オダ の メ にも ひらひら と うつった。 カオカタチ の みえぬ こと に、 ちょっと シツボウ した が、 ウシロスガタ は なかなか リッパ な もの で、 トウハツ も くろぐろ と あつい の が ムゾウサ に たばねられて あった。 むろん カンジャ に ソウイ あるまい が、 どこ ヒトツ と して カンジャ-らしい シュウアクサ が ない の を みる と、 なぜ とも なく オダ は ほっと アンシン した。 なお ネッシン に ながめて いる と、 カノジョ ら は ずんずん すすんで いって、 ときどき タナ に ウデ を のばし、 ふさふさ と みのった コロ の こと でも おもって いる の か、 ブドウ を とる よう な テツキ を して は、 カオ を みあわせて どっと わらう の だった。 やがて ブドウバタケ を ぬける と、 カノジョ ら は あおあお と しげった サイエン の ナカ へ はいって いった が、 キュウ に ヒトリ が さっと かけだした。 アト の ヒトリ は コシ を おって わらい、 かけて ゆく アイテ を みて いた が、 これ も また アト を おって ばたばた と かけだした。 オニゴッコ でも する よう に フタリ は、 オダ の ほう へ ヨコガオ を ちらちら みせながら、 ちいさく なって ゆく と、 やがて エントツ の シタ の ふかまった コダチ の ナカ へ きえて いった。 オダ は ほっと イキ を ぬいて オンナ の きえた イッテン から メ を そらす と、 とにかく ニュウイン しよう と ケッシン した。
スベテ が フツウ の ビョウイン と ヨウス が ことなって いた。 ウケツケ で オダ が アンナイ を こう と 40 くらい の よく こえた ジムイン が でて きて、
「キミ だな、 オダ タカオ は、 ふうむ」
と いって オダ の カオ を ウエ から シタ から ながめまわす の で あった。
「まあ ケンメイ に チリョウ する ん だね」
ムゾウサ に そう いって ポケット から テチョウ を とりだし、 ケイサツ で される よう な ゲンミツ な ミモト チョウサ を はじめる の だった。 そして トランク の ナカ の ショセキ の ナマエ まで ヒトツヒトツ かきしるされる と、 まだ 23 の オダ は、 はげしい クツジョク を おぼえる と ともに、 ぜんぜん イッパン シャカイ と きりはなされて いる この ビョウイン の ナイブ に どんな イガイ な もの が まちもうけて いる の か と フアン で ならなかった。 それから ジムショ の ヨコ に たって いる ちいさな イエ へ つれて ゆかれる と、
「ここ で しばらく まって いて ください」
と いって ひきあげて しまった。 アト に なって この ちいさな イエ が ガイライ カンジャ の シンサツシツ で ある と しった とき オダ は びっくり した の で あった が、 そこ には べつだん シンサツ キグ が おかれて ある わけ でも なく、 イナカ エキ の マチアイシツ の よう に、 よごれた ベンチ が ヒトツ おかれて ある きり で あった。 マド から ソト を のぞむ と マツ クリ ヒノキ ケヤキ など が はえしげって おり、 それら を とおして トオク に カキネ が ながめられた。 オダ は しばらく コシ を おろして まって いた が、 なんとなく じっと して いられない オモイ が し、 いっそ イマ の アイダ に にげだして しまおう か と イクド も コシ を あげて みたり した。 そこ へ イシャ が ぶらり と やって くる と、 オダ に ボウシ を とらせ、 ちょっと カオ を のぞいて、
「ははあん」
と ヒトツ うなずく と、 もう それ で シンサツ は オシマイ だった。 もちろん オダ ジシン でも みずから ライ に ソウイ ない とは おもって いた の で ある が、
「オキノドク だった ね」
ライ に ちがいない と いう イ を ふくめて そう いわれた とき には、 さすが に がっかり して イチド に ゼンシン の チカラ が ぬけて いった。 そこ へ カンゴシュ とも おもわれる しろい ウワギ を つけた オトコ が やって くる と、
「こちら へ きて ください」
と いって サキ に たって あるきだした。 オトコ に したがって オダ も あるきだした が、 インガイ に いた とき の どことなく ニヒリスティク な キモチ が きえて ゆく と ともに、 じょじょ に ジゴク の ナカ へ でも おちこんで ゆく よう な キョウフ と フアン を おぼえはじめた。 ショウガイ トリカエシ の つかない こと を やって いる よう に おもわれて ならない の だった。
「ずいぶん おおきな ビョウイン です ね」
オダ は だんだん だまって いられない オモイ が して きだして そう たずねる と、
「10 マン ツボ」
ぽきっと キ の エダ を おった よう に ブアイソウ な コタエカタ で、 オトコ は いっそう ホチョウ を はやめて あるく の だった。 オダ は とりつく シマ を うしなった オモイ で あった が、 ハ と ハ の アイダ に ミエガクレ する カキネ を みる と、
「ゼンチ する ヒト も ある の でしょう か」
と しらずしらず の うち に アイガンテキ に すら なって くる の を、 はらだたしく おもいながら、 やはり きかねば おれなかった。
「まあ イッショウ ケンメイ に チリョウ して ごらんなさい」
オトコ は そう いって にやり と わらう だけ だった。 あるいは コウイ を しめした ビショウ で あった かも しれなかった が、 オダ には ブキミ な もの に おもわれた。
フタリ が ついた ところ は、 おおきな ビョウトウ の ウラガワ に ある フロバ で、 すでに わかい カンゴフ が フタリ で オダ の くる の を まって いた。 ミミ まで かぶさって しまう よう な おおきな マスク を カノジョ ら は かけて いて、 それ を みる と ドウジ に オダ は、 おもわず ジブン の ビョウキ を ふりかえって ナサケナサ が つきあがって きた。
フロバ は ビョウトウ と ロウカツヅキ で、 ケダモノ を おもわせる シワガレゴエ や どすどす と あるく アシオト など が いりみだれて きこえて きた。 オダ が そこ へ トランク を おく と、 カノジョ ら は ちらり と オダ の カオ を みた が、 すぐ シセン を そらして、
「ショウドク します から……」
と マスク の ナカ で いった。 ヒトリ が ヨクソウ の フタ を とって カタテ を ひたしながら、
「いい オユ です わ」
はいれ と いう の で あろう、 そう いって ちらと オダ の ほう を みた。 オダ は アタリ を みまわした が、 ダツイカゴ も なく、 ただ、 カタスミ に うすぎたない ゴザ が 1 マイ しかれて ある きり で、
「この ウエ に ぬげ と いう の です か」
と おもわず クチ まで でかかる の を ようやく おさえた が、 はげしく ムネ が なみだって きた。 もはや ドンゾコ に イッポ を ふみこんで いる ジブン の スガタ を、 オダ は メイリョウ に ココロ に えがいた の で あった。 この よごれた ゴザ の ウエ で、 ゼンシン シラミ-だらけ の コジキ や、 フロウ カンジャ が イクニン も キモノ を ぬいだ の で あろう と かんがえだす と、 この カンゴフ たち の メ にも、 もう ジブン は それら の コウロ ビョウシャ と ドウイツ の スガタ で うつって いる に ちがいない と おもわれて きて、 イカリ と カナシミ が イチド に アタマ に のぼる の を かんじた。 シュンジュン した が、 しかし もう どう シヨウ も ない、 なかば ヤケギミ で カクゴ を きめる と、 カレ は ハダカ に なり、 ユブネ の フタ を とった。
「ナニ か ヤクヒン でも はいって いる の です か」
カタテ を ユ の ナカ に いれながら、 サッキ の ショウドク と いう コトバ が ひどく キガカリ だった ので きいて みた。
「いいえ、 タダ の オユ です わ」
よく ひびく、 あかるい コエ で あった が、 カノジョ ら の メ は、 さすが に キノドク そう に オダ を みて いた。 オダ は しゃがんで まず テオケ に 1 パイ を くんだ が、 うすじろく にごった ユ を みる と また ケンオ が つきでて きそう なので、 カレ は メ を とじ、 イキ を つめて イッキ に どぼん と とびこんだ。 ソコ の みえない ホラアナ へ でも ツイラク する オモイ で あった。 すると、
「あのう、 ショウドクシツ へ おくる ヨウイ を させて いただきます から――」
と カンゴフ の ヒトリ が いう と、 ホカ の ヒトリ は もう トランク を ひらいて しらべだした。 どうとも ジユウ に して くれ、 ハダカ に なった オダ は、 そう おもう より ホカ に なかった。 ムネ まで くる ふかい ユ の ナカ で カレ は メ を とじ、 ひそひそ と ナニ か はなしあいながら トランク を かきまわして いる カノジョ ら の コエ を きいて いる だけ だった。 たえまなく ビョウトウ から ながれて くる ザツオン が、 カノジョ ら の コエ と いりみだれて、 ダンカイ に なる と、 アタマ の ウエ を くるくる まわった。 その とき ふと カレ は コキョウ の ミカン の キ を おもいだした。 カサ の よう に エダ を あつぼったく しげらせた その シタ で よく ヒルネ を した こと が あった が、 その とき の インショウ が、 イマ こうして メ を とじて モノオト を きいて いる キモチ と イチミャク つうずる もの が ある の かも しれなかった。 また ヘン な とき に おもいだした もの だ と おもって いる と、
「おあがり に なったら、 これ、 きて ください」
と カンゴフ が いって あたらしい キモノ を しめした。 カキネ の ソト から みた オンナ が きて いた の と おなじ ボウジマ の キモノ で あった。
ショウガクセイ に でも きせる よう な ソデ の かるい キモノ を、 フロ から あがって つけおわった とき には、 なんと いう みすぼらしく も コッケイ な スガタ に なった もの か と オダ は イクド も クビ を まげて ジブン を みた。
「それでは オニモツ ショウドクシツ へ おくります から――。 オカネ は 11 エン 86 セン ございました。 2~3 ニチ の うち に キンケン と かえて さしあげます」
キンケン、 とは はじめて きいた コトバ で あった が、 おそらくは この ビョウイン のみ で さだめられた トクシュ な カネ を つかわされる の で あろう と オダ は すぐ スイサツ した が、 はじめて オダ の マエ に ロテイ した ビョウイン の ソシキ の イッタン を つかみとる と ドウジ に、 カンゴク へ ゆく ザイニン の よう な センリツ を おぼえた。 だんだん ミウゴキ も できなく なる の では あるまい か と フアン で ならなく なり、 オヤヅメ を もぎとられた カニ の よう に なって ゆく ジブン の ミジメサ を しった。 ただ ジメン を うろうろ と はいまわって ばかり いる カニ を カレ は おもいうかべて みる の で あった。
その とき ロウカ の ムコウ で どっと あがる カンセイ が きこえて きた。 おもわず カタ を すくめて いる と、 キュウ に ばたばた と かけだす アシオト が ひびいて きた。 トタン に フロバ の イリグチ の ガラスド が あく と、 くさった ナシ の よう な カオ が にゅっと でて きた。 オダ は あっ と ちいさく さけんで イッポ あとずさり、 カオ から さっと チ の ひく の を おぼえた。 キカイ な カオ だった。 ドロ の よう に イロツヤ が まったく なく、 ちょっと つつけば ノウジュウ が とびだす か と おもわれる ほど ぶくぶく と ふくらんで、 その うえ に マユゲ が 1 ポン も はえて いない ため あやしく も マ の ぬけた ノッペラボウ で あった。 かけだした ため か コウフン した イキ を ふうふう はきながら、 きいろく ただれた メ で じろじろ と オダ を みる の で あった。 オダ は ますます カタ を すぼめた が、 はじめて まざまざ と みる ドウビョウシャ だった ので、 おそるおそる では ある が コウキシン を うごかせながら、 イクド も ヨコメ で ながめた。 どすぐろく フハイ した ウリ に カツラ を かぶせる と こんな クビ に なろう か、 アゴ にも マユ にも ケ らしい もの は みあたらない のに、 トウハツ だけ は くろぐろ と アツミ を もった の が、 マイニチ アブラ を つける の か、 クシメ も ただしく サユウ に わけられて いた。 ガンメン と あまり フチョウワ なので、 これ は ひょっと する と キョウジン かも しれぬ と オダ が、 ブキミ な もの を おぼえつつ チュウイ して いる と、
「ナニ を さわいで いた の」
と カンゴフ が きいた。
「ふふふふふ」
と カレ は ただ キショク の わるい ワライカタ を して いた が、 フイ に じろり と オダ を みる と、 いきなり ぴしゃり と ガラスド を しめて かけだして しまった。
やがて その アシオト が ロウカ の ハテ に きえて しまう と、 また こちら へ むかって くる らしい アシオト が こつこつ と きこえだした。 マエ の に くらべて ひどく しずか な アシオト で あった。
「サエキ さん よ」
その オト で わかる の で あろう。 カノジョ ら は カオ を みあわせて うなずきあう ふう で あった。
「ちょっと いそがしかった ので、 おそく なりました」
サエキ は しずか に ガラスド を あけて はいって くる と、 まず そう いった。 セ の たかい オトコ で、 カタホウ の メ が バカ に うつくしく ひかって いた。 カンゴシュ の よう に しろい ウワギ を つけて いた が、 ヒトメ で カンジャ だ と わかる ほど、 ビョウキ は ガンメン を おかして いて、 メ も カタホウ は にごって おり、 その ため か うつくしい ほう の メ が ひどく フチョウワ な カンジ を オダ に あたえた。
「トウチョク なの?」
カンゴフ が カレ の カオ を みあげながら きく と、
「ああ、 そう」
と カンタン に こたえて、
「おつかれ に なった でしょう」
と オダ の ほう を ながめた。 カオカタチ で ネンレイ の ハンダン は コンナン だった が、 その コトバ の ウチ には わかわかしい もの が みちて いて、 オウヘイ だ と おもえる ほど ジシン ありげ な モノ の イイブリ で あった。
「どう でした、 オユ あつく なかった です か」
はじめて ビョウイン の キモノ を まとうた オダ の どことなく ちぐはぐ な ヨウス を ビショウ して ながめて いた。
「ちょうど よかった わね、 オダ さん」
カンゴフ が そう ひきとって オダ を みた。
「ええ」
「ビョウシツ の ほう、 ヨウイ できました の?」
「ああ、 すっかり できました」
と サエキ が こたえる と、 カンゴフ は オダ に、
「この カタ サエキ さん、 アナタ が はいる ビョウシツ の ツキソイ さん です の。 わからない こと あったら、 この カタ に おききなさい ね」
と いって オダ の ニモツ を ぶらさげ、
「では サエキ さん、 よろしく おねがい します わ」
と いいのこして でて いって しまった。
「ボク オダ タカオ です、 よろしく――」
と アイサツ する と、
「ええ、 もう マエ から ぞんじて おります。 ジムショ の ほう から ツウチ が ありました もの です から」
そして、
「まだ たいへん おかるい よう です ね、 なあに ライビョウ おそれる ヒツヨウ ありません よ。 ははは、 では こちら へ いらして ください」
と ロウカ の ほう へ あるきだした。
コダチ を とおして リョウシャ や ビョウトウ の デントウ が みえた。 もう 10 ジ ちかい ジコク で あろう。 オダ は サッキ から マツバヤシ の ナカ に チョリツ して それら の ヒ を ながめて いた。 かなしい の か フアン なの か おそろしい の か、 カレ ジシン でも シキベツ できぬ イジョウ な ココロ の ジョウタイ だった。 サエキ に つれられて はじめて はいった ジュウビョウシツ の コウケイ が ぐるぐる と アタマ の ナカ を カイテン して、 ハナ の つぶれた オトコ や クチ の ゆがんだ オンナ や ガイコツ の よう に メダマ の ない オトコ など が メサキ に ちらついて ならなかった。 ジブン も やがて は ああ なりはてて ゆく で あろう、 ノウジュウ の アクシュウ に すっかり にぶく なった アタマ で そういう こと を かんがえた。 なかば しんじられない、 しんじる こと の おそろしい オモイ で あった。 ――ウミ が しみこんで きいろく なった ホウタイ や ガーゼ が ちらばった ナカ で もくもく と ジュウビョウニン の セワ を して いる サエキ の スガタ が うかんで くる と、 オダ は クビ を ふって あるきだした。 5 ネン-カン も この ビョウイン で くらした と オダ に かたった カレ は、 いったい ナニ を かんがえて いきつづけて いる の で あろう。
オダ を ビョウシツ の シンダイ に つかせて から も、 サエキ は いそがしく シツナイ を いったり きたり して たちはたらいた。 テアシ の フジユウ な モノ には ホウタイ を まいて やり ベン を とって やり、 ショクジ の セワ すら も して やる の で あった。 けれども その ヨウス を しずか に ながめて いる と、 カレ が それら を シンケン に やって ビョウニン たち を いたわって いる の では ない と さっせられる フシ が おおかった。 それ か と いって つらく あたって いる とは もちろん おもえない の で ある が、 なんとなく ごうぜん と して いる よう に みうけられた。 くずれかかった ジュウビョウシャ の コカン に クビ を つっこんで バンソウコウ を はって いる よう な とき でも、 けっして いや な カオ を みせない カレ は、 いや な カオ に なる の を わすれて いる らしい の で あった。 はじめて みる オダ の メ に イジョウ な スガタ と して うつって も、 サエキ に とって は、 おそらくは ニチジョウジ の ちいさな ナミ の ジョウゲ で あろう。 シゴト が ヒマ に なる と オダ の シンシツ へ きて はなす の で あった が、 カレ は けっして オダ を なぐさめよう とは しなかった。 ビョウイン の セイド や カンジャ の ニチジョウ セイカツ に ついて きく と、 しずか な チョウシ で セツメイ した。 イチゴ も ムダ を いうまい と キ を くばって いる よう な セツメイ の シカタ だった が、 そのまま ブンショウ に うつして よい と おもわれる ほど テキセツ な ヒョウゲン で オダ は ヒトツヒトツ ナットク できた。 しかし オダ の カコ に ついて も ビョウキ の グアイ に ついて も、 なにひとつ と して たずねなかった。 また オダ の ほう から カレ の カコ を たずねて みて も、 カレ は わらう ばかり で けっして かたろう とは しなかった。 それでも オダ が、 ハツビョウ する まで ガッコウ に いた こと を はなして から は、 キュウ に コウイ を ふかめて きた よう に みえた。
「イマ まで ハナシアイテ が すくなくて こまって おりました」
と いった サエキ の カオ には あきらか に ヨロコビ が みえ、 セイネン ドウシ と して の シタシミ が おのずと めばえた の で あった。 だが それ と ドウジ に、 イマ こうして ライシャ サエキ と したしく なって ゆく ジブン を おもいうかべる と オダ は、 いう べからざる ケンオ を おぼえた。 これ では いけない と おもいつつ ホンノウテキ に ケンオ が つきあがって きて ならない の で あった。
サエキ を おもい ビョウシツ を おもいうかべながら、 オダ は くらい マツバヤシ の ナカ を あるきつづけた。 どこ へ ゆこう と いう アテ が ある わけ では なかった。 メ を そむける バショ すら ない ビョウシツ が たえられなかった から とびだして きた の だった。
ハヤシ を ぬける と すぐ ヒイラギ の カキ に ぶつかって しまった。 ほとんど ムイシキテキ に カキネ に すがる と、 チカラ を いれて ゆすぶって みた。 カネ を うばわれて しまった イマ は もう トウソウ する こと すら ゆるされて いない の だった。 しかし カレ は チュウイ-ぶかく カキ を のりこえはじめた。 どんな こと が あって も この インナイ から でなければ ならない。 この インナイ で しんで は ならない と つよく おもわれた の だった。 ソト に でる と ほっと アンシン し、 アタリ を いっそう チュウイ しながら ゾウキバヤシ の ナカ へ はいって ゆく と、 そろそろ と オビ を といた。 オレ は ジサツ する の では けっして ない。 ただ、 イマ しなねば ならぬ よう に ケッテイ されて しまった の だ、 ナニモノ が ケッテイ した の か それ は しらぬ、 が とにかく そう すべて さだまって しまった の だ と くちばしる よう に つぶやいて、 ズジョウ の クリ の エダ に オビ を かけた。 フロバ で もらった ビョウイン の オビ は、 ナワ の よう に よれよれ と なって いて、 じっくり と クビ が しまりそう で あった。 すると、 ビョウイン で もらった オビ で しぬ こと が ひどく なさけなく なって きだした。 しかし オビ の こと など どうでも いい では ない か と おもいかえして、 2~3 ド こころみに ひっぱって みる と、 ぽってり と アオバ を つけた エダ が ゆさゆさ と すずしい オト を たてた。 まだ ホンキ に しぬ キ では なかった が、 とにかく ハシ を ゆわえて まず クビ を ひっかけて みる と、 ちょうど グアイ よく しっくり と クビ に かかって、 コンド は アゴ を うごかせて エダ を ゆすって みた。 エダ が かなり ふとかった ので アゴ では なかなか ゆれず、 いたかった。 もちろん これ では ひくすぎる の で ある が、 それなら どれ くらい の タカサ が よかろう か と かんがえた。 イシタイ と いう の は たいてい 1 シャク くらい も クビ が ながく なって いる もの だ と もう イクド も きかされた こと が あった ので、 ウソ か ホント か わからなかった が、 もう ヒトツ ウエ の エダ に オビ を かければ モウシブン は あるまい と かんがえた。 しかし 1 シャク も クビ が ながなが と のびて ぶらさがって いる ジブン の シニザマ は ずいぶん あやしげ な もの に ちがいない と おもいだす と、 あさましい よう な キ も して きた。 どうせ ここ は ビョウイン だ から、 その うち に テゴロ な ヤクヒン でも こっそり テ に いれて それから に した ほう が よほど よい よう な キ が して きた。 しかし、 と クビ を かけた まま、 いつでも こういう つまらぬ よう な こと を かんがえだして は、 それ に ジャマ されて しねなかった の だ と おもい、 その つまらぬ こと こそ ジブン を ここ まで ずるずる と ひきずって きた ショウタイ なの だ と きづいた。 それでは―― と オビ に クビ を のせた まま かんがえこんだ。
その とき かさかさ と オチバ を ふんで あるく ヒト の アシオト が きこえて きた。 これ は いけない と クビ を ひっこめよう と した トタン に、 はいて いた ゲタ が ひっくりかえって しまった。
「しまった」
さすが に ギョウテン して ちいさく さけんだ。 ぐぐっと オビ が ケイブ に くいこんで きた。 コキュウ も できない。 アタマ に チ が のぼって がーん と なりだした。
しぬ、 しぬ。
ムガ ムチュウ で アシ を もがいた。 と、 こつり ゲタ が アシサキ に ふれた。
「ああ びっくり した」
ようやく ゆるんだ オビ から クビ を はずして ほっと した が、 ワキノシタ や セスジ には つめたい アセ が でて どきん どきん と シンゾウ が はげしかった。 いくら フカク の こと とは いえ、 ジサツ しよう と して いる モノ が、 これ くらい の こと に どうして びっくり する の だ、 この ゼッコウ の キカイ に、 と くやしがりながら、 しかし もう イチド クビ を ひっかけて みる キモチ は おこって こなかった。
ふたたび カキ を のりこす と、 カレ は もくもく と ビョウトウ へ むかって あるきだした。 ――ココロ と ニクタイ が どうして こう も ブンレツ する の だろう。 だが、 オレ は、 いったい ナニ を かんがえて いた の だろう。 オレ には ココロ が フタツ ある の だろう か、 オレ の きづかない もう ヒトツ の ココロ とは いったい ナニモノ だ。 フタツ の ココロ は つねに あいはんする もの なの か、 ああ、 オレ は もう エイエン に しねない の では あるまい か、 ナンマンネン でも、 オレ は いきて いなければ ならない の か、 シ と いう もの は、 オレ には あたえられて いない の か、 オレ は、 もう どう したら いい ん だ。
だが ビョウトウ の まぢかく まで くる と、 アクム の よう な シツナイ の コウケイ が よみがえって しぜん と アシ が とまって しまった。 はげしい ケンオ が つきあがって きて、 どうしても アシ を うごかす キ が しない の だった。 しかたなく キビス を かえして あるきだした が、 ふたたび ハヤシ の ナカ へ はいって ゆく キ には なれなかった。 それでは ヒルマ カキ の ソト から みた カジュエン の ほう へ でも いって みよう と 2~3 ポ アシ を うごかせはじめた が、 それ も また すぐ いや に なって しまった。 やっぱり ビョウシツ へ かえる ほう が いちばん いい よう に おもわれて きて、 ふたたび キビス を かえした の だった が、 すると もう むんむん と ウミ の ニオイ が ハナ を あっして きて、 そこ へ たちどまる より シカタ が なかった。 さて どこ へ いったら いい もの か と トホウ に くれ、 とにかく どこ か へ ゆかねば ならぬ の だ が、 と ココロ が いらだって きた。 アタリ は くらく、 すぐ チカク の ビョウトウ の ながい ロウカ の ガラスド が あかるく うきでて いる の が みえた。 カレ は ぼんやり チョリツ した まま しんと した その アカルサ を ながめて いた が、 その アカルサ が ミョウ に しらじらしく みえだして、 だんだん セスジ に ミズ を そそがれる よう な スゴミ を おぼえはじめた。 これ は どうした こと だろう と おもって おおきく メ を みはって みた が、 ぞくぞく と キキ は せまって くる イッポウ だった。 カラダ が コキザミ に ふるえだして、 ゼンシン が こおりついて しまう よう な サムケ が して きだした。 じっと して いられなく なって いそいで また キビス を かえした が、 はたと トウワク して しまった。 ぜんたい オレ は どこ へ ゆく つもり なん だ。 どこ へ いったら いい ん だ、 ハヤシ や カジュエン や サイエン が オレ の ユキバ で ない こと だけ は メイリョウ に わかって いる、 そして ひつぜん どこ か へ ゆかねば ならぬ、 それ も また メイリョウ に わかって いる の だ。 それだのに、
「オレ は、 どこ へ、 いきたい ん だ」
ただ、 ばくぜん と した ショウリョ に ココロ が いるる ばかり で あった。 ――ユキバ が ない どこ へも ユキバ が ない。 コウヤ に まよった タビビト の よう に、 コドク と フアン が ひしひし と ゼンシン を つつんで きた。 あつい もの の カタマリ が こみあげて きて、 ひくひく と ムネ が オエツ しだした が、 フシギ に イッテキ の ナミダ も でない の だった。
「オダ さん」
フイ に よぶ サエキ の コエ に オダ は どきん と ヒトツ おおきな コドウ が うって、 ふらふらっ と メマイ が した。 あやうく ころびそう に なる カラダ を、 やっと ささえた が、 ノド が かれて しまった よう に コエ が でなかった。
「どうした ん です か」
わらって いる らしい コエ で サエキ は いいながら ちかよって くる と、
「どうか した の です か」
と きいた。 その コエ で オダ は ようやく ヘイジョウ な キモチ を とりもどし、
「いえ ちょっと メマイ が しまして」
しかし ジブン でも びっくり する ほど、 ひっつる よう に かわいた コエ だった。
「そう です か」
サエキ は コトバ を きり、 ナニ か かんがえる ヨウス だった が、
「とにかく、 もう おそい です から、 ビョウシツ へ かえりましょう」
と いって あるきだした。 サエキ の しっかり した アシドリ に オダ も、 なんとなく アンシン して したがった。
ホウジョウ タミオ
エキ を でて 20 プン ほど も ゾウキバヤシ の ナカ を あるく と もう ビョウイン の イケガキ が みえはじめる が、 それでも その アイダ には タニ の よう に ひくまった ところ や、 こだかい ヤマ の ダラダラザカ など が あって ジンカ らしい もの は 1 ケン も みあたらなかった。 トウキョウ から わずか 20 マイル そこそこ の ところ で ある が、 オクヤマ へ はいった よう な シズケサ と、 ヒトザト はなれた ケハイ が あった。
ツユキ に はいる ちょっと マエ で、 トランク を さげて あるいて いる オダ は、 10 プン も たたぬ マ に はや じっとり ハダ が あせばんで くる の を おぼえた。 ずいぶん ヘンピ な ところ なん だなあ と おもいながら、 ヒトケ の ない の を サイワイ、 イマ まで まぶか に かぶって いた ボウシ を ずりあげて、 コダチ を すかして トオク を ながめた。 みわたす かぎり アオバ で おおわれた ムサシノ で、 その ナカ に ぽつん ぽつん と うずくまって いる ワラヤネ が なんとなく ゲンシテキ な セキリョウ を しのばせて いた。 まだ セミ の コエ も きこえぬ しずまった ナカ を、 オダ は ぽくぽく と あるきながら、 これから ノチ ジブン は いったい どう なって ゆく の で あろう か と、 フアン で ならなかった。 まっくろい ウズマキ の ナカ へ、 しらずしらず おちこんで ゆく の では あるまい か、 イマ こうして もくもく と ビョウイン へ むかって あるく の が、 ジブン に とって いちばん テキセツ な ホウホウ なの だろう か、 それ イガイ に いきる ミチ は ない の で あろう か、 そういう カンガエ が アト から アト から と つきあがって きて、 カレ は ちょっと アシ を とめて ハヤシ の コズエ を ながめた。 やっぱり イマ しんだ ほう が いい の かも しれない。 コズエ には かたむきはじめた タイヨウ の コウセン が ワカバ の ウエ を ながれて いた。 あかるい ゴゴ で あった。
ビョウキ の センコク を うけて から もう ハントシ を すぎる の で ある が、 その アイダ に、 コウエン を あるいて いる とき でも ガイロ を あるいて いる とき でも、 ジュモク を みる と かならず エダブリ を キ に する シュウカン が ついて しまった。 その エダ の タカサ や、 フトサ など を モクサン して、 この エダ は ほそすぎて ジブン の タイジュウ を ささえきれない とか、 この エダ は たかすぎて のぼる の に タイヘン だ など と いう ふう に、 ときには ワレ を わすれて かんがえる の だった。 キ の エダ ばかり で なく、 ヤッキョク の マエ を とおれば イクツ も スイミンザイ の ナマエ を おもいだして、 ねむって いる よう に アンラク オウジョウ を して いる ジブン の スガタ を おもいえがき、 キシャ デンシャ を みる と その シタ で ヒサン な シ を とげて いる ジブン を おもいえがく よう に なって いた。 けれど こういう ふう に ニチヤ シ を かんがえ、 それ が ひどく なって ゆけば ゆく ほど、 ますます しにきれなく なって ゆく ジブン を ハッケン する ばかり だった。 イマ も オダ は ハヤシ の コズエ を みあげて エダ の グアイ を ながめた の だった が、 すぐ カオ を しかめて もくもく と あるきだした。 いったい オレ は しにたい の だろう か、 いきたい の だろう か、 オレ に しぬ キ が ホントウ に ある の だろう か、 ない の だろう か、 と みずから ただして みる の だった が、 けっきょく どっち とも ハンダン の つかない まま、 ぐんぐん ホ を はやめて いる こと だけ が メイリョウ に わかる の だった。 しのう と して いる ジブン の スガタ が、 イチド ココロ の ナカ に はいって くる と、 どうしても しにきれない、 ニンゲン は こういう シュクメイ を もって いる の だろう か。
フツカ マエ、 ビョウイン へ はいる こと が きまる と、 キュウ に もう イチド ためして みたく なって エノシマ まで でかけて いった。 コンド しねなければ どんな ところ へ でも ゆこう、 そう ケッシン する と、 うまく しねそう に おもわれて、 いそいそ と でかけて いった の だった が、 イワ の ウエ に むらがって いる ショウガクセイ の スガタ や、 ぼうばく と けむった ウナバラ に ふりそそいで いる タイヨウ の アカルサ など を みて いる と、 シ など を かんがえて いる ジブン が ひどく ばかげて くる の だった。 これ では いけない と おもって、 リョウメ を とじ、 なんにも みえない アイダ に とびこむ の が いちばん いい と ガントウ に たつ と キュウ に たすけられそう に おもわれて シヨウ が ない の だった。 たすけられた の では なんにも ならない、 けれど イマ の ジブン は とにかく とびこむ と いう ジジツ が いちばん タイセツ なの だ、 と おもいかえして ナミ の ほう へ カラダ を まげかける と、 「イマ」 オレ は しぬ の だろう か と おもいだした。 「イマ」 どうして オレ は しなねば ならん の だろう、 「イマ」 が どうして オレ の しぬ とき なん だろう、 すると 「イマ」 しななくて も いい よう な キ が して くる の だった。 そこで かって きた ウイスキー を 1 ポン、 やけに たいらげた が すこしも ヨイ が まわって こず、 なんとなく コッケイ な キ が しだして からから と わらった が、 あかい カニ が アシモト に はって くる の を めちゃ に ふみころす と キュウ に どっと マブタ が あつく なって きた の だった。 ヒジョウ に シンケン な シュンカン で ありながら、 アブラ が ミズ の ナカ へ はいった よう に、 その シンケンサ と ココロ が ユウリ して しまう の だった。 そして トウキョウ に むかって デンシャ が うごきだす と、 また ゼツボウ と ジチョウ が よみがえって きて、 あんたん たる キモチ に なった の で ある が、 もう すでに トキ は おそかった。 どうしても しにきれない、 この ジジツ の マエ に カレ は うなだれて しまう より ホカ に ない の だった。
イットキ も はやく モクテキチ に ついて ジブン を ケッテイ する ホカ に ミチ は ない。 オダ は そう かんがえながら セ の たかい ヒイラギ の カキネ に そって あるいて いった。 セイモン まで でる には この カキ を ぐるり と ヒトメグリ しなければ ならなかった。 カレ は ときどき たちどまって、 ヒタイ を カキ に おしつけて インナイ を のぞいた。 おそらくは カンジャ たち の テ で つくられて いる の で あろう、 みずみずしい ソサイルイ の アオバ が メ の とどかぬ かなた まで も つづいて いた。 カンジャ の すんで いる イエ は どこ に ある の か と チュウイ して みた が、 1 ケン も みあたらなかった。 トオク まで つづいた その サイエン の ハテ に、 モリ の よう に ふかい コダチ が みえ、 その コダチ の ナカ に ふとい エントツ が 1 ポン オオゾラ に むかって コクエン を はきだして いた。 カンジャ の セイカツ も その アタリ に ある の で あろう。 エントツ は イチリュウ の コウジョウ に でも ある よう な リッパ な もの で、 オダ は、 ビョウイン に どうして あんな おおきな エントツ が ヒツヨウ なの か、 あやしんだ。 あるいは ヤキバ の エントツ かも しれぬ と おもう と、 これから ゆく サキ が ジゴク の よう に おもわれて きた。 こういう おおきな ビョウイン の こと だ から、 マイニチ おびただしい シニン が ある の で あろう、 それで あんな エントツ も ヒツヨウ なの に ちがいない と おもう と、 にわか に アシ の チカラ が ぬけて いった。 だが あるく に つれて テンカイ して ゆく インナイ の フウケイ が、 また じょじょ に カレ の キモチ を あかるく して いった。 サイエン と ならんで、 シカク に くぎられた イチゴバタケ が みえ、 その ヨコ には モケイ を みる よう に せいぜん と くみあわされた ブドウダナ が、 ナシ の タナ と むかいあって みごと に リッタイテキ な チョウワ を しめして いた。 これ も カンジャ たち が つくって いる の で あろう か、 イマ まで にごった よう な トウキョウ に すんで いた カレ は、 おもわず すばらしい もの だ と つぶやいて、 これ は イソウガイ に インナイ は ヘイワ なの かも しれぬ と おもった。
ミチ は カキネ に そって 1 ケン くらい の ハバ が あり、 カキネ の ハンタイガワ の ゾウキバヤシ の ワカバ が、 くらい まで に かぶさって いた。 カレ が インナイ を のぞきのぞき しながら、 ちょうど ナシバタケ の ヨコ まで きた とき、 おおかた この キンジョ の ヒャクショウ とも おもわれる わかい オトコ が フタリ、 こっち へ むいて あるいて くる の が みえだした。 カレラ は オダ と おなじ よう に インナイ を のぞいて は ナニ か はなしあって いた。 オダ は いや な ところ で ヒト に あって しまった と おもいながら、 ずりあげて あった ボウシ を ふたたび ふかく かぶる と、 シタ を むいて あるきだした。 オダ は ビョウキ の ため に カタホウ の マユゲ が すっかり うすく なって おり、 カワリ に マユズミ が ぬって あった。 カレラ は チカク まで くる と キュウ に ハナシ を ぱたり と やめ、 トランク を さげた オダ の スガタ を、 コウキシン に みちた マナザシ で ながめて とおりすぎた。 オダ は もくもく と シタ を むいて いた が、 カレラ の マナザシ を メイリョウ に ココロ に かんじ、 この キンジョ の モノ で ある なら、 こうして ニュウイン する カンジャ の スガタ を もう イクド も みて いる に ソウイ ない と おもう と、 クツジョク にも にた もの が ひしひし と ココロ に せまって くる の だった。
カレラ の スガタ が みえなく なる と、 オダ は そこ へ トランク を おいて コシ を おろした。 こんな ビョウイン へ はいらなければ セイ を まっとうする こと の できぬ ミジメサ に、 カレ の キモチ は ふたたび くもった。 メ を あげる と クビ を つるす に テキトウ な エダ は イクホン でも メ に ついた。 この キカイ に やらなければ いつ に なって も やれない に ちがいない、 アタリ を ひとわたり ながめて みた が、 ヒト の ケハイ は なかった。 カレ は ヒトミ を するどく ひからせる と、 にやり と わらって、 よし イマ だ と つぶやいた。 キュウ に ココロ が うきうき して、 こんな ところ で とつぜん やれそう に なって きた の を おもしろく おもった。 ツナ は バンド が あれば ジュウブン で ある。 シンゾウ の コドウ が たかまって くる の を おぼえながら、 カレ は たちあがって バンド に テ を かけた。 その とき とつぜん、 はげしい わらう コエ が インナイ から きこえて きた ので、 ぎょっと して コエ の ほう を みる と、 カキ の ウチガワ を わかい オンナ が フタリ、 ナニ か たのしそう に はなしあいながら ブドウダナ の ほう へ ゆく の だった。 みられた かな、 と おもった が、 はじめて みる インナイ の オンナ だった ので、 キュウ に コウキシン が でて きて、 いそいで トランク を さげる と なに くわぬ カオ で あるきだした。 ヨコメ を つかって のぞいて みる と、 フタリ とも おなじ ボウジマ の ツツソデ を き、 しろい マエカケ が ハイゴ から みる オダ の メ にも ひらひら と うつった。 カオカタチ の みえぬ こと に、 ちょっと シツボウ した が、 ウシロスガタ は なかなか リッパ な もの で、 トウハツ も くろぐろ と あつい の が ムゾウサ に たばねられて あった。 むろん カンジャ に ソウイ あるまい が、 どこ ヒトツ と して カンジャ-らしい シュウアクサ が ない の を みる と、 なぜ とも なく オダ は ほっと アンシン した。 なお ネッシン に ながめて いる と、 カノジョ ら は ずんずん すすんで いって、 ときどき タナ に ウデ を のばし、 ふさふさ と みのった コロ の こと でも おもって いる の か、 ブドウ を とる よう な テツキ を して は、 カオ を みあわせて どっと わらう の だった。 やがて ブドウバタケ を ぬける と、 カノジョ ら は あおあお と しげった サイエン の ナカ へ はいって いった が、 キュウ に ヒトリ が さっと かけだした。 アト の ヒトリ は コシ を おって わらい、 かけて ゆく アイテ を みて いた が、 これ も また アト を おって ばたばた と かけだした。 オニゴッコ でも する よう に フタリ は、 オダ の ほう へ ヨコガオ を ちらちら みせながら、 ちいさく なって ゆく と、 やがて エントツ の シタ の ふかまった コダチ の ナカ へ きえて いった。 オダ は ほっと イキ を ぬいて オンナ の きえた イッテン から メ を そらす と、 とにかく ニュウイン しよう と ケッシン した。
スベテ が フツウ の ビョウイン と ヨウス が ことなって いた。 ウケツケ で オダ が アンナイ を こう と 40 くらい の よく こえた ジムイン が でて きて、
「キミ だな、 オダ タカオ は、 ふうむ」
と いって オダ の カオ を ウエ から シタ から ながめまわす の で あった。
「まあ ケンメイ に チリョウ する ん だね」
ムゾウサ に そう いって ポケット から テチョウ を とりだし、 ケイサツ で される よう な ゲンミツ な ミモト チョウサ を はじめる の だった。 そして トランク の ナカ の ショセキ の ナマエ まで ヒトツヒトツ かきしるされる と、 まだ 23 の オダ は、 はげしい クツジョク を おぼえる と ともに、 ぜんぜん イッパン シャカイ と きりはなされて いる この ビョウイン の ナイブ に どんな イガイ な もの が まちもうけて いる の か と フアン で ならなかった。 それから ジムショ の ヨコ に たって いる ちいさな イエ へ つれて ゆかれる と、
「ここ で しばらく まって いて ください」
と いって ひきあげて しまった。 アト に なって この ちいさな イエ が ガイライ カンジャ の シンサツシツ で ある と しった とき オダ は びっくり した の で あった が、 そこ には べつだん シンサツ キグ が おかれて ある わけ でも なく、 イナカ エキ の マチアイシツ の よう に、 よごれた ベンチ が ヒトツ おかれて ある きり で あった。 マド から ソト を のぞむ と マツ クリ ヒノキ ケヤキ など が はえしげって おり、 それら を とおして トオク に カキネ が ながめられた。 オダ は しばらく コシ を おろして まって いた が、 なんとなく じっと して いられない オモイ が し、 いっそ イマ の アイダ に にげだして しまおう か と イクド も コシ を あげて みたり した。 そこ へ イシャ が ぶらり と やって くる と、 オダ に ボウシ を とらせ、 ちょっと カオ を のぞいて、
「ははあん」
と ヒトツ うなずく と、 もう それ で シンサツ は オシマイ だった。 もちろん オダ ジシン でも みずから ライ に ソウイ ない とは おもって いた の で ある が、
「オキノドク だった ね」
ライ に ちがいない と いう イ を ふくめて そう いわれた とき には、 さすが に がっかり して イチド に ゼンシン の チカラ が ぬけて いった。 そこ へ カンゴシュ とも おもわれる しろい ウワギ を つけた オトコ が やって くる と、
「こちら へ きて ください」
と いって サキ に たって あるきだした。 オトコ に したがって オダ も あるきだした が、 インガイ に いた とき の どことなく ニヒリスティク な キモチ が きえて ゆく と ともに、 じょじょ に ジゴク の ナカ へ でも おちこんで ゆく よう な キョウフ と フアン を おぼえはじめた。 ショウガイ トリカエシ の つかない こと を やって いる よう に おもわれて ならない の だった。
「ずいぶん おおきな ビョウイン です ね」
オダ は だんだん だまって いられない オモイ が して きだして そう たずねる と、
「10 マン ツボ」
ぽきっと キ の エダ を おった よう に ブアイソウ な コタエカタ で、 オトコ は いっそう ホチョウ を はやめて あるく の だった。 オダ は とりつく シマ を うしなった オモイ で あった が、 ハ と ハ の アイダ に ミエガクレ する カキネ を みる と、
「ゼンチ する ヒト も ある の でしょう か」
と しらずしらず の うち に アイガンテキ に すら なって くる の を、 はらだたしく おもいながら、 やはり きかねば おれなかった。
「まあ イッショウ ケンメイ に チリョウ して ごらんなさい」
オトコ は そう いって にやり と わらう だけ だった。 あるいは コウイ を しめした ビショウ で あった かも しれなかった が、 オダ には ブキミ な もの に おもわれた。
フタリ が ついた ところ は、 おおきな ビョウトウ の ウラガワ に ある フロバ で、 すでに わかい カンゴフ が フタリ で オダ の くる の を まって いた。 ミミ まで かぶさって しまう よう な おおきな マスク を カノジョ ら は かけて いて、 それ を みる と ドウジ に オダ は、 おもわず ジブン の ビョウキ を ふりかえって ナサケナサ が つきあがって きた。
フロバ は ビョウトウ と ロウカツヅキ で、 ケダモノ を おもわせる シワガレゴエ や どすどす と あるく アシオト など が いりみだれて きこえて きた。 オダ が そこ へ トランク を おく と、 カノジョ ら は ちらり と オダ の カオ を みた が、 すぐ シセン を そらして、
「ショウドク します から……」
と マスク の ナカ で いった。 ヒトリ が ヨクソウ の フタ を とって カタテ を ひたしながら、
「いい オユ です わ」
はいれ と いう の で あろう、 そう いって ちらと オダ の ほう を みた。 オダ は アタリ を みまわした が、 ダツイカゴ も なく、 ただ、 カタスミ に うすぎたない ゴザ が 1 マイ しかれて ある きり で、
「この ウエ に ぬげ と いう の です か」
と おもわず クチ まで でかかる の を ようやく おさえた が、 はげしく ムネ が なみだって きた。 もはや ドンゾコ に イッポ を ふみこんで いる ジブン の スガタ を、 オダ は メイリョウ に ココロ に えがいた の で あった。 この よごれた ゴザ の ウエ で、 ゼンシン シラミ-だらけ の コジキ や、 フロウ カンジャ が イクニン も キモノ を ぬいだ の で あろう と かんがえだす と、 この カンゴフ たち の メ にも、 もう ジブン は それら の コウロ ビョウシャ と ドウイツ の スガタ で うつって いる に ちがいない と おもわれて きて、 イカリ と カナシミ が イチド に アタマ に のぼる の を かんじた。 シュンジュン した が、 しかし もう どう シヨウ も ない、 なかば ヤケギミ で カクゴ を きめる と、 カレ は ハダカ に なり、 ユブネ の フタ を とった。
「ナニ か ヤクヒン でも はいって いる の です か」
カタテ を ユ の ナカ に いれながら、 サッキ の ショウドク と いう コトバ が ひどく キガカリ だった ので きいて みた。
「いいえ、 タダ の オユ です わ」
よく ひびく、 あかるい コエ で あった が、 カノジョ ら の メ は、 さすが に キノドク そう に オダ を みて いた。 オダ は しゃがんで まず テオケ に 1 パイ を くんだ が、 うすじろく にごった ユ を みる と また ケンオ が つきでて きそう なので、 カレ は メ を とじ、 イキ を つめて イッキ に どぼん と とびこんだ。 ソコ の みえない ホラアナ へ でも ツイラク する オモイ で あった。 すると、
「あのう、 ショウドクシツ へ おくる ヨウイ を させて いただきます から――」
と カンゴフ の ヒトリ が いう と、 ホカ の ヒトリ は もう トランク を ひらいて しらべだした。 どうとも ジユウ に して くれ、 ハダカ に なった オダ は、 そう おもう より ホカ に なかった。 ムネ まで くる ふかい ユ の ナカ で カレ は メ を とじ、 ひそひそ と ナニ か はなしあいながら トランク を かきまわして いる カノジョ ら の コエ を きいて いる だけ だった。 たえまなく ビョウトウ から ながれて くる ザツオン が、 カノジョ ら の コエ と いりみだれて、 ダンカイ に なる と、 アタマ の ウエ を くるくる まわった。 その とき ふと カレ は コキョウ の ミカン の キ を おもいだした。 カサ の よう に エダ を あつぼったく しげらせた その シタ で よく ヒルネ を した こと が あった が、 その とき の インショウ が、 イマ こうして メ を とじて モノオト を きいて いる キモチ と イチミャク つうずる もの が ある の かも しれなかった。 また ヘン な とき に おもいだした もの だ と おもって いる と、
「おあがり に なったら、 これ、 きて ください」
と カンゴフ が いって あたらしい キモノ を しめした。 カキネ の ソト から みた オンナ が きて いた の と おなじ ボウジマ の キモノ で あった。
ショウガクセイ に でも きせる よう な ソデ の かるい キモノ を、 フロ から あがって つけおわった とき には、 なんと いう みすぼらしく も コッケイ な スガタ に なった もの か と オダ は イクド も クビ を まげて ジブン を みた。
「それでは オニモツ ショウドクシツ へ おくります から――。 オカネ は 11 エン 86 セン ございました。 2~3 ニチ の うち に キンケン と かえて さしあげます」
キンケン、 とは はじめて きいた コトバ で あった が、 おそらくは この ビョウイン のみ で さだめられた トクシュ な カネ を つかわされる の で あろう と オダ は すぐ スイサツ した が、 はじめて オダ の マエ に ロテイ した ビョウイン の ソシキ の イッタン を つかみとる と ドウジ に、 カンゴク へ ゆく ザイニン の よう な センリツ を おぼえた。 だんだん ミウゴキ も できなく なる の では あるまい か と フアン で ならなく なり、 オヤヅメ を もぎとられた カニ の よう に なって ゆく ジブン の ミジメサ を しった。 ただ ジメン を うろうろ と はいまわって ばかり いる カニ を カレ は おもいうかべて みる の で あった。
その とき ロウカ の ムコウ で どっと あがる カンセイ が きこえて きた。 おもわず カタ を すくめて いる と、 キュウ に ばたばた と かけだす アシオト が ひびいて きた。 トタン に フロバ の イリグチ の ガラスド が あく と、 くさった ナシ の よう な カオ が にゅっと でて きた。 オダ は あっ と ちいさく さけんで イッポ あとずさり、 カオ から さっと チ の ひく の を おぼえた。 キカイ な カオ だった。 ドロ の よう に イロツヤ が まったく なく、 ちょっと つつけば ノウジュウ が とびだす か と おもわれる ほど ぶくぶく と ふくらんで、 その うえ に マユゲ が 1 ポン も はえて いない ため あやしく も マ の ぬけた ノッペラボウ で あった。 かけだした ため か コウフン した イキ を ふうふう はきながら、 きいろく ただれた メ で じろじろ と オダ を みる の で あった。 オダ は ますます カタ を すぼめた が、 はじめて まざまざ と みる ドウビョウシャ だった ので、 おそるおそる では ある が コウキシン を うごかせながら、 イクド も ヨコメ で ながめた。 どすぐろく フハイ した ウリ に カツラ を かぶせる と こんな クビ に なろう か、 アゴ にも マユ にも ケ らしい もの は みあたらない のに、 トウハツ だけ は くろぐろ と アツミ を もった の が、 マイニチ アブラ を つける の か、 クシメ も ただしく サユウ に わけられて いた。 ガンメン と あまり フチョウワ なので、 これ は ひょっと する と キョウジン かも しれぬ と オダ が、 ブキミ な もの を おぼえつつ チュウイ して いる と、
「ナニ を さわいで いた の」
と カンゴフ が きいた。
「ふふふふふ」
と カレ は ただ キショク の わるい ワライカタ を して いた が、 フイ に じろり と オダ を みる と、 いきなり ぴしゃり と ガラスド を しめて かけだして しまった。
やがて その アシオト が ロウカ の ハテ に きえて しまう と、 また こちら へ むかって くる らしい アシオト が こつこつ と きこえだした。 マエ の に くらべて ひどく しずか な アシオト で あった。
「サエキ さん よ」
その オト で わかる の で あろう。 カノジョ ら は カオ を みあわせて うなずきあう ふう で あった。
「ちょっと いそがしかった ので、 おそく なりました」
サエキ は しずか に ガラスド を あけて はいって くる と、 まず そう いった。 セ の たかい オトコ で、 カタホウ の メ が バカ に うつくしく ひかって いた。 カンゴシュ の よう に しろい ウワギ を つけて いた が、 ヒトメ で カンジャ だ と わかる ほど、 ビョウキ は ガンメン を おかして いて、 メ も カタホウ は にごって おり、 その ため か うつくしい ほう の メ が ひどく フチョウワ な カンジ を オダ に あたえた。
「トウチョク なの?」
カンゴフ が カレ の カオ を みあげながら きく と、
「ああ、 そう」
と カンタン に こたえて、
「おつかれ に なった でしょう」
と オダ の ほう を ながめた。 カオカタチ で ネンレイ の ハンダン は コンナン だった が、 その コトバ の ウチ には わかわかしい もの が みちて いて、 オウヘイ だ と おもえる ほど ジシン ありげ な モノ の イイブリ で あった。
「どう でした、 オユ あつく なかった です か」
はじめて ビョウイン の キモノ を まとうた オダ の どことなく ちぐはぐ な ヨウス を ビショウ して ながめて いた。
「ちょうど よかった わね、 オダ さん」
カンゴフ が そう ひきとって オダ を みた。
「ええ」
「ビョウシツ の ほう、 ヨウイ できました の?」
「ああ、 すっかり できました」
と サエキ が こたえる と、 カンゴフ は オダ に、
「この カタ サエキ さん、 アナタ が はいる ビョウシツ の ツキソイ さん です の。 わからない こと あったら、 この カタ に おききなさい ね」
と いって オダ の ニモツ を ぶらさげ、
「では サエキ さん、 よろしく おねがい します わ」
と いいのこして でて いって しまった。
「ボク オダ タカオ です、 よろしく――」
と アイサツ する と、
「ええ、 もう マエ から ぞんじて おります。 ジムショ の ほう から ツウチ が ありました もの です から」
そして、
「まだ たいへん おかるい よう です ね、 なあに ライビョウ おそれる ヒツヨウ ありません よ。 ははは、 では こちら へ いらして ください」
と ロウカ の ほう へ あるきだした。
コダチ を とおして リョウシャ や ビョウトウ の デントウ が みえた。 もう 10 ジ ちかい ジコク で あろう。 オダ は サッキ から マツバヤシ の ナカ に チョリツ して それら の ヒ を ながめて いた。 かなしい の か フアン なの か おそろしい の か、 カレ ジシン でも シキベツ できぬ イジョウ な ココロ の ジョウタイ だった。 サエキ に つれられて はじめて はいった ジュウビョウシツ の コウケイ が ぐるぐる と アタマ の ナカ を カイテン して、 ハナ の つぶれた オトコ や クチ の ゆがんだ オンナ や ガイコツ の よう に メダマ の ない オトコ など が メサキ に ちらついて ならなかった。 ジブン も やがて は ああ なりはてて ゆく で あろう、 ノウジュウ の アクシュウ に すっかり にぶく なった アタマ で そういう こと を かんがえた。 なかば しんじられない、 しんじる こと の おそろしい オモイ で あった。 ――ウミ が しみこんで きいろく なった ホウタイ や ガーゼ が ちらばった ナカ で もくもく と ジュウビョウニン の セワ を して いる サエキ の スガタ が うかんで くる と、 オダ は クビ を ふって あるきだした。 5 ネン-カン も この ビョウイン で くらした と オダ に かたった カレ は、 いったい ナニ を かんがえて いきつづけて いる の で あろう。
オダ を ビョウシツ の シンダイ に つかせて から も、 サエキ は いそがしく シツナイ を いったり きたり して たちはたらいた。 テアシ の フジユウ な モノ には ホウタイ を まいて やり ベン を とって やり、 ショクジ の セワ すら も して やる の で あった。 けれども その ヨウス を しずか に ながめて いる と、 カレ が それら を シンケン に やって ビョウニン たち を いたわって いる の では ない と さっせられる フシ が おおかった。 それ か と いって つらく あたって いる とは もちろん おもえない の で ある が、 なんとなく ごうぜん と して いる よう に みうけられた。 くずれかかった ジュウビョウシャ の コカン に クビ を つっこんで バンソウコウ を はって いる よう な とき でも、 けっして いや な カオ を みせない カレ は、 いや な カオ に なる の を わすれて いる らしい の で あった。 はじめて みる オダ の メ に イジョウ な スガタ と して うつって も、 サエキ に とって は、 おそらくは ニチジョウジ の ちいさな ナミ の ジョウゲ で あろう。 シゴト が ヒマ に なる と オダ の シンシツ へ きて はなす の で あった が、 カレ は けっして オダ を なぐさめよう とは しなかった。 ビョウイン の セイド や カンジャ の ニチジョウ セイカツ に ついて きく と、 しずか な チョウシ で セツメイ した。 イチゴ も ムダ を いうまい と キ を くばって いる よう な セツメイ の シカタ だった が、 そのまま ブンショウ に うつして よい と おもわれる ほど テキセツ な ヒョウゲン で オダ は ヒトツヒトツ ナットク できた。 しかし オダ の カコ に ついて も ビョウキ の グアイ に ついて も、 なにひとつ と して たずねなかった。 また オダ の ほう から カレ の カコ を たずねて みて も、 カレ は わらう ばかり で けっして かたろう とは しなかった。 それでも オダ が、 ハツビョウ する まで ガッコウ に いた こと を はなして から は、 キュウ に コウイ を ふかめて きた よう に みえた。
「イマ まで ハナシアイテ が すくなくて こまって おりました」
と いった サエキ の カオ には あきらか に ヨロコビ が みえ、 セイネン ドウシ と して の シタシミ が おのずと めばえた の で あった。 だが それ と ドウジ に、 イマ こうして ライシャ サエキ と したしく なって ゆく ジブン を おもいうかべる と オダ は、 いう べからざる ケンオ を おぼえた。 これ では いけない と おもいつつ ホンノウテキ に ケンオ が つきあがって きて ならない の で あった。
サエキ を おもい ビョウシツ を おもいうかべながら、 オダ は くらい マツバヤシ の ナカ を あるきつづけた。 どこ へ ゆこう と いう アテ が ある わけ では なかった。 メ を そむける バショ すら ない ビョウシツ が たえられなかった から とびだして きた の だった。
ハヤシ を ぬける と すぐ ヒイラギ の カキ に ぶつかって しまった。 ほとんど ムイシキテキ に カキネ に すがる と、 チカラ を いれて ゆすぶって みた。 カネ を うばわれて しまった イマ は もう トウソウ する こと すら ゆるされて いない の だった。 しかし カレ は チュウイ-ぶかく カキ を のりこえはじめた。 どんな こと が あって も この インナイ から でなければ ならない。 この インナイ で しんで は ならない と つよく おもわれた の だった。 ソト に でる と ほっと アンシン し、 アタリ を いっそう チュウイ しながら ゾウキバヤシ の ナカ へ はいって ゆく と、 そろそろ と オビ を といた。 オレ は ジサツ する の では けっして ない。 ただ、 イマ しなねば ならぬ よう に ケッテイ されて しまった の だ、 ナニモノ が ケッテイ した の か それ は しらぬ、 が とにかく そう すべて さだまって しまった の だ と くちばしる よう に つぶやいて、 ズジョウ の クリ の エダ に オビ を かけた。 フロバ で もらった ビョウイン の オビ は、 ナワ の よう に よれよれ と なって いて、 じっくり と クビ が しまりそう で あった。 すると、 ビョウイン で もらった オビ で しぬ こと が ひどく なさけなく なって きだした。 しかし オビ の こと など どうでも いい では ない か と おもいかえして、 2~3 ド こころみに ひっぱって みる と、 ぽってり と アオバ を つけた エダ が ゆさゆさ と すずしい オト を たてた。 まだ ホンキ に しぬ キ では なかった が、 とにかく ハシ を ゆわえて まず クビ を ひっかけて みる と、 ちょうど グアイ よく しっくり と クビ に かかって、 コンド は アゴ を うごかせて エダ を ゆすって みた。 エダ が かなり ふとかった ので アゴ では なかなか ゆれず、 いたかった。 もちろん これ では ひくすぎる の で ある が、 それなら どれ くらい の タカサ が よかろう か と かんがえた。 イシタイ と いう の は たいてい 1 シャク くらい も クビ が ながく なって いる もの だ と もう イクド も きかされた こと が あった ので、 ウソ か ホント か わからなかった が、 もう ヒトツ ウエ の エダ に オビ を かければ モウシブン は あるまい と かんがえた。 しかし 1 シャク も クビ が ながなが と のびて ぶらさがって いる ジブン の シニザマ は ずいぶん あやしげ な もの に ちがいない と おもいだす と、 あさましい よう な キ も して きた。 どうせ ここ は ビョウイン だ から、 その うち に テゴロ な ヤクヒン でも こっそり テ に いれて それから に した ほう が よほど よい よう な キ が して きた。 しかし、 と クビ を かけた まま、 いつでも こういう つまらぬ よう な こと を かんがえだして は、 それ に ジャマ されて しねなかった の だ と おもい、 その つまらぬ こと こそ ジブン を ここ まで ずるずる と ひきずって きた ショウタイ なの だ と きづいた。 それでは―― と オビ に クビ を のせた まま かんがえこんだ。
その とき かさかさ と オチバ を ふんで あるく ヒト の アシオト が きこえて きた。 これ は いけない と クビ を ひっこめよう と した トタン に、 はいて いた ゲタ が ひっくりかえって しまった。
「しまった」
さすが に ギョウテン して ちいさく さけんだ。 ぐぐっと オビ が ケイブ に くいこんで きた。 コキュウ も できない。 アタマ に チ が のぼって がーん と なりだした。
しぬ、 しぬ。
ムガ ムチュウ で アシ を もがいた。 と、 こつり ゲタ が アシサキ に ふれた。
「ああ びっくり した」
ようやく ゆるんだ オビ から クビ を はずして ほっと した が、 ワキノシタ や セスジ には つめたい アセ が でて どきん どきん と シンゾウ が はげしかった。 いくら フカク の こと とは いえ、 ジサツ しよう と して いる モノ が、 これ くらい の こと に どうして びっくり する の だ、 この ゼッコウ の キカイ に、 と くやしがりながら、 しかし もう イチド クビ を ひっかけて みる キモチ は おこって こなかった。
ふたたび カキ を のりこす と、 カレ は もくもく と ビョウトウ へ むかって あるきだした。 ――ココロ と ニクタイ が どうして こう も ブンレツ する の だろう。 だが、 オレ は、 いったい ナニ を かんがえて いた の だろう。 オレ には ココロ が フタツ ある の だろう か、 オレ の きづかない もう ヒトツ の ココロ とは いったい ナニモノ だ。 フタツ の ココロ は つねに あいはんする もの なの か、 ああ、 オレ は もう エイエン に しねない の では あるまい か、 ナンマンネン でも、 オレ は いきて いなければ ならない の か、 シ と いう もの は、 オレ には あたえられて いない の か、 オレ は、 もう どう したら いい ん だ。
だが ビョウトウ の まぢかく まで くる と、 アクム の よう な シツナイ の コウケイ が よみがえって しぜん と アシ が とまって しまった。 はげしい ケンオ が つきあがって きて、 どうしても アシ を うごかす キ が しない の だった。 しかたなく キビス を かえして あるきだした が、 ふたたび ハヤシ の ナカ へ はいって ゆく キ には なれなかった。 それでは ヒルマ カキ の ソト から みた カジュエン の ほう へ でも いって みよう と 2~3 ポ アシ を うごかせはじめた が、 それ も また すぐ いや に なって しまった。 やっぱり ビョウシツ へ かえる ほう が いちばん いい よう に おもわれて きて、 ふたたび キビス を かえした の だった が、 すると もう むんむん と ウミ の ニオイ が ハナ を あっして きて、 そこ へ たちどまる より シカタ が なかった。 さて どこ へ いったら いい もの か と トホウ に くれ、 とにかく どこ か へ ゆかねば ならぬ の だ が、 と ココロ が いらだって きた。 アタリ は くらく、 すぐ チカク の ビョウトウ の ながい ロウカ の ガラスド が あかるく うきでて いる の が みえた。 カレ は ぼんやり チョリツ した まま しんと した その アカルサ を ながめて いた が、 その アカルサ が ミョウ に しらじらしく みえだして、 だんだん セスジ に ミズ を そそがれる よう な スゴミ を おぼえはじめた。 これ は どうした こと だろう と おもって おおきく メ を みはって みた が、 ぞくぞく と キキ は せまって くる イッポウ だった。 カラダ が コキザミ に ふるえだして、 ゼンシン が こおりついて しまう よう な サムケ が して きだした。 じっと して いられなく なって いそいで また キビス を かえした が、 はたと トウワク して しまった。 ぜんたい オレ は どこ へ ゆく つもり なん だ。 どこ へ いったら いい ん だ、 ハヤシ や カジュエン や サイエン が オレ の ユキバ で ない こと だけ は メイリョウ に わかって いる、 そして ひつぜん どこ か へ ゆかねば ならぬ、 それ も また メイリョウ に わかって いる の だ。 それだのに、
「オレ は、 どこ へ、 いきたい ん だ」
ただ、 ばくぜん と した ショウリョ に ココロ が いるる ばかり で あった。 ――ユキバ が ない どこ へも ユキバ が ない。 コウヤ に まよった タビビト の よう に、 コドク と フアン が ひしひし と ゼンシン を つつんで きた。 あつい もの の カタマリ が こみあげて きて、 ひくひく と ムネ が オエツ しだした が、 フシギ に イッテキ の ナミダ も でない の だった。
「オダ さん」
フイ に よぶ サエキ の コエ に オダ は どきん と ヒトツ おおきな コドウ が うって、 ふらふらっ と メマイ が した。 あやうく ころびそう に なる カラダ を、 やっと ささえた が、 ノド が かれて しまった よう に コエ が でなかった。
「どうした ん です か」
わらって いる らしい コエ で サエキ は いいながら ちかよって くる と、
「どうか した の です か」
と きいた。 その コエ で オダ は ようやく ヘイジョウ な キモチ を とりもどし、
「いえ ちょっと メマイ が しまして」
しかし ジブン でも びっくり する ほど、 ひっつる よう に かわいた コエ だった。
「そう です か」
サエキ は コトバ を きり、 ナニ か かんがえる ヨウス だった が、
「とにかく、 もう おそい です から、 ビョウシツ へ かえりましょう」
と いって あるきだした。 サエキ の しっかり した アシドリ に オダ も、 なんとなく アンシン して したがった。