カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ココロ 「センセイ と ワタクシ 1」

2015-09-23 | ナツメ ソウセキ
 ココロ

 ナツメ ソウセキ

 ジョウ、 センセイ と ワタクシ

 1

 ワタクシ は その ヒト を つねに センセイ と よんで いた。 だから ここ でも ただ センセイ と かく だけ で ホンミョウ は うちあけない。 これ は セケン を はばかる エンリョ と いう より も、 その ほう が ワタクシ に とって シゼン だ から で ある。 ワタクシ は その ヒト の キオク を よびおこす ごと に、 すぐ 「センセイ」 と いいたく なる。 フデ を とって も ココロモチ は おなじ こと で ある。 よそよそしい カシラモジ など は とても つかう キ に ならない。
 ワタクシ が センセイ と シリアイ に なった の は カマクラ で ある。 その とき ワタクシ は まだ わかわかしい ショセイ で あった。 ショチュウ キュウカ を リヨウ して カイスイヨク に いった トモダチ から ぜひ こい と いう ハガキ を うけとった ので、 ワタクシ は タショウ の カネ を クメン して、 でかける こと に した。 ワタクシ は カネ の クメン に 2~3 チ を ついやした。 ところが ワタクシ が カマクラ に ついて ミッカ と たたない うち に、 ワタクシ を よびよせた トモダチ は、 キュウ に クニモト から かえれ と いう デンポウ を うけとった。 デンポウ には ハハ が ビョウキ だ から と ことわって あった けれども トモダチ は それ を しんじなかった。 トモダチ は かねて から クニモト に いる オヤ たち に すすまない ケッコン を しいられて いた。 カレ は ゲンダイ の シュウカン から いう と ケッコン する には あまり トシ が わかすぎた。 それに カンジン の トウニン が キ に いらなかった。 それで ナツヤスミ に とうぜん かえる べき ところ を、 わざと さけて トウキョウ の チカク で あそんで いた の で ある。 カレ は デンポウ を ワタクシ に みせて どう しよう と ソウダン を した。 ワタクシ には どうして いい か わからなかった。 けれども じっさい カレ の ハハ が ビョウキ で ある と すれば カレ は もとより かえる べき はず で あった。 それで カレ は とうとう かえる こと に なった。 せっかく きた ワタクシ は ヒトリ とりのこされた。
 ガッコウ の ジュギョウ が はじまる には まだ だいぶ ヒカズ が ある ので、 カマクラ に おって も よし、 かえって も よい と いう キョウグウ に いた ワタクシ は、 とうぶん モト の ヤド に とまる カクゴ を した。 トモダチ は チュウゴク の ある シサンカ の ムスコ で カネ に フジユウ の ない オトコ で あった けれども、 ガッコウ が ガッコウ なの と トシ が トシ なので、 セイカツ の テイド は ワタクシ と そう かわり も しなかった。 したがって ヒトリボッチ に なった ワタクシ は べつに カッコウ な ヤド を さがす メンドウ も もたなかった の で ある。
 ヤド は カマクラ でも ヘンピ な ホウガク に あった。 タマツキ だの アイス クリーム だの と いう ハイカラ な もの には ながい ナワテ を ヒトツ こさなければ テ が とどかなかった。 クルマ で いって も 20 セン は とられた。 けれども コジン の ベッソウ は そこここ に イクツ でも たてられて いた。 それに ウミ へは ごく ちかい ので カイスイヨク を やる には しごく ベンリ な チイ を しめて いた。
 ワタクシ は マイニチ ウミ へ はいり に でかけた。 ふるい くすぶりかえった ワラブキ の アイダ を とおりぬけて イソ へ おりる と、 この ヘン に これほど の トカイ ジンシュ が すんで いる か と おもう ほど、 ヒショ に きた オトコ や オンナ で スナ の ウエ が うごいて いた。 ある とき は ウミ の ナカ が セントウ の よう に くろい アタマ で ごちゃごちゃ して いる こと も あった。 その ナカ に しった ヒト を ヒトリ も もたない ワタクシ も、 こういう にぎやか な ケシキ の ナカ に つつまれて、 スナ の ウエ に ねそべって みたり、 ヒザガシラ を ナミ に うたして そこいら を はねまわる の は ユカイ で あった。
 ワタクシ は じつに センセイ を この ザットウ の アイダ に みつけだした の で ある。 その とき カイガン には カケヂャヤ が 2 ケン あった。 ワタクシ は ふとした ハズミ から その 1 ケン の ほう に ゆきなれて いた。 ハセ ヘン に おおきな ベッソウ を かまえて いる ヒト と ちがって、 メイメイ に センユウ の キガエバ を こしらえて いない ここいら の ヒショキャク には、 ぜひとも こうした キョウドウ キガエジョ と いった ふう な もの が ヒツヨウ なの で あった。 カレラ は ここ で チャ を のみ、 ここ で キュウソク する ホカ に、 ここ で カイスイギ を センタク させたり、 ここ で しおはゆい カラダ を きよめたり、 ここ へ ボウシ や カサ を あずけたり する の で ある。 カイスイギ を もたない ワタクシ にも モチモノ を ぬすまれる オソレ は あった ので、 ワタクシ は ウミ へ はいる たび に その チャヤ へ イッサイ を ぬぎすてる こと に して いた。

 2

 ワタクシ が その カケヂャヤ で センセイ を みた とき は、 センセイ が ちょうど キモノ を ぬいで これから ウミ へ はいろう と する ところ で あった。 ワタクシ は その とき ハンタイ に ぬれた カラダ を カゼ に ふかして ミズ から あがって きた。 フタリ の アイダ には メ を さえぎる イクタ の くろい アタマ が うごいて いた。 トクベツ の ジジョウ の ない かぎり、 ワタクシ は ついに センセイ を みのがした かも しれなかった。 それほど ハマベ が コンザツ し、 それほど ワタクシ の アタマ が ホウマン で あった にも かかわらず、 ワタクシ が すぐ センセイ を みつけだした の は、 センセイ が ヒトリ の セイヨウジン を つれて いた から で ある。
 その セイヨウジン の すぐれて しろい ヒフ の イロ が、 カケヂャヤ へ はいる や いなや、 すぐ ワタクシ の チュウイ を ひいた。 ジュンスイ の ニホン の ユカタ を きて いた カレ は、 それ を ショウギ の ウエ に すぽり と ほうりだした まま、 ウデグミ を して ウミ の ほう を むいて たって いた。 カレ は ワレワレ の はく サルマタ ヒトツ の ホカ ナニモノ も ハダ に つけて いなかった。 ワタクシ には それ が だいいち フシギ だった。 ワタクシ は その フツカ マエ に ユイガハマ まで いって、 スナ の ウエ に しゃがみながら、 ながい アイダ セイヨウジン の ウミ へ はいる ヨウス を ながめて いた。 ワタクシ の シリ を おろした ところ は すこし こだかい オカ の ウエ で、 その すぐ ワキ が ホテル の ウラグチ に なって いた ので、 ワタクシ の じっと して いる アイダ に、 だいぶ オオク の オトコ が シオ を あび に でて きた が、 いずれ も ドウ と ウデ と モモ は だして いなかった。 オンナ は ことさら ニク を かくしがち で あった。 タイテイ は アタマ に ゴム-セイ の ズキン を かぶって、 エビチャ や コン や アイ の イロ を ナミマ に うかして いた。 そういう アリサマ を モクゲキ した ばかり の ワタクシ の メ には、 サルマタ ヒトツ で すまして ミンナ の マエ に たって いる この セイヨウジン が いかにも めずらしく みえた。
 カレ は やがて ジブン の ワキ を かえりみて、 そこ に こごんで いる ニホンジン に、 ヒトコト フタコト ナニ か いった。 その ニホンジン は スナ の ウエ に おちた テヌグイ を ひろいあげて いる ところ で あった が、 それ を とりあげる や いなや、 すぐ アタマ を つつんで、 ウミ の ほう へ あるきだした。 その ヒト が すなわち センセイ で あった。
 ワタクシ は たんに コウキシン の ため に、 ならんで ハマベ を おりて ゆく フタリ の ウシロスガタ を みまもって いた。 すると カレラ は マッスグ に ナミ の ナカ に アシ を ふみこんだ。 そうして トオアサ の イソ-ヂカク に わいわい さわいで いる タニンズ の アイダ を とおりぬけて、 ヒカクテキ ひろびろ した ところ へ くる と、 フタリ とも およぎだした。 カレラ の アタマ が ちいさく みえる まで オキ の ほう へ むいて いった。 それから ひきかえして また イッチョクセン に ハマベ まで もどって きた。 カケヂャヤ へ かえる と、 イド の ミズ も あびず に、 すぐ カラダ を ふいて キモノ を きて、 さっさと どこ へ か いって しまった。
 カレラ の でて いった アト、 ワタクシ は やはり モト の ショウギ に コシ を おろして タバコ を ふかして いた。 その とき ワタクシ は ぽかん と しながら センセイ の こと を かんがえた。 どうも どこ か で みた こと の ある カオ の よう に おもわれて ならなかった。 しかし どうしても いつ どこ で あった ヒト か おもいだせず に しまった。
 その とき の ワタクシ は クッタク が ない と いう より むしろ ブリョウ に くるしんで いた。 それで あくる ヒ も また センセイ に あった ジコク を みはからって、 わざわざ カケヂャヤ まで でかけて みた。 すると セイヨウジン は こない で センセイ ヒトリ ムギワラボウ を かぶって やって きた。 センセイ は メガネ を とって ダイ の ウエ に おいて、 すぐ テヌグイ で アタマ を つつんで、 すたすた ハマ を おりて いった。 センセイ が キノウ の よう に さわがしい ヨッカク の ナカ を とおりぬけて、 ヒトリ で およぎだした とき、 ワタクシ は キュウ に その アト が おいかけたく なった。 ワタクシ は あさい ミズ を アタマ の ウエ まで はねかして ソウトウ の フカサ の ところ まで きて、 そこ から センセイ を メジルシ に ヌキデ を きった。 すると センセイ は キノウ と ちがって、 イッシュ の コセン を えがいて、 ミョウ な ホウコウ から キシ の ほう へ かえりはじめた。 それで ワタクシ の モクテキ は ついに たっせられなかった。 ワタクシ が オカ へ あがって シズク の たれる テ を ふりながら カケヂャヤ に はいる と、 センセイ は もう ちゃんと キモノ を きて イレチガイ に ソト へ でて いった。

 3

 ワタクシ は ツギ の ヒ も おなじ ジコク に ハマ へ いって センセイ の カオ を みた。 その ツギ の ヒ にも また おなじ こと を くりかえした。 けれども モノ を いいかける キカイ も、 アイサツ を する バアイ も、 フタリ の アイダ には おこらなかった。 そのうえ センセイ の タイド は むしろ ヒ-シャコウテキ で あった。 イッテイ の ジコク に ちょうぜん と して きて、 また ちょうぜん と かえって いった。 シュウイ が いくら にぎやか でも、 それ には ほとんど チュウイ を はらう ヨウス が みえなかった。 サイショ イッショ に きた セイヨウジン は ソノゴ まるで スガタ を みせなかった。 センセイ は いつでも ヒトリ で あった。
 ある とき センセイ が レイ の とおり さっさと ウミ から あがって きて、 イツモ の バショ に ぬぎすてた ユカタ を きよう と する と、 どうした ワケ か、 その ユカタ に スナ が いっぱい ついて いた。 センセイ は それ を おとす ため に、 ウシロムキ に なって、 ユカタ を 2~3 ド ふるった。 すると キモノ の シタ に おいて あった メガネ が イタ の スキマ から シタ へ おちた。 センセイ は シロガスリ の ウエ へ ヘコオビ を しめて から、 メガネ の なくなった の に キ が ついた と みえて、 キュウ に そこいら を さがしはじめた。 ワタクシ は すぐ コシカケ の シタ へ クビ と テ を つっこんで メガネ を ひろいだした。 センセイ は ありがとう と いって、 それ を ワタクシ の テ から うけとった。
 ツギ の ヒ ワタクシ は センセイ の アト に つづいて ウミ へ とびこんだ。 そうして センセイ と イッショ の ホウガク に およいで いった。 2 チョウ ほど オキ へ でる と、 センセイ は ウシロ を ふりかえって ワタクシ に はなしかけた。 ひろい あおい ウミ の ヒョウメン に ういて いる もの は、 その キンジョ に ワタクシラ フタリ より ホカ に なかった。 そうして つよい タイヨウ の ヒカリ が、 メ の とどく かぎり ミズ と ヤマ と を てらして いた。 ワタクシ は ジユウ と カンキ に みちた キンニク を うごかして ウミ の ナカ で おどりくるった。 センセイ は また ぱたり と テアシ の ウンドウ を やめて アオムケ に なった まま ナミ の ウエ に ねた。 ワタクシ も その マネ を した。 アオゾラ の イロ が ぎらぎら と メ を いる よう に ツウレツ な イロ を ワタクシ の カオ に なげつけた。 「ユカイ です ね」 と ワタクシ は おおきな コエ を だした。
 しばらく して ウミ の ナカ で おきあがる よう に シセイ を あらためた センセイ は、 「もう かえりません か」 と いって ワタクシ を うながした。 ヒカクテキ つよい タイシツ を もった ワタクシ は、 もっと ウミ の ナカ で あそんで いたかった。 しかし センセイ から さそわれた とき、 ワタクシ は すぐ 「ええ かえりましょう」 と こころよく こたえた。 そうして フタリ で また モト の ミチ を ハマベ へ ひきかえした。
 ワタクシ は これから センセイ と コンイ に なった。 しかし センセイ が どこ に いる か は まだ しらなかった。
 それから ナカ フツカ おいて ちょうど ミッカ-メ の ゴゴ だった と おもう。 センセイ と カケヂャヤ で であった とき、 センセイ は とつぜん ワタクシ に むかって、 「キミ は まだ だいぶ ながく ここ に いる つもり です か」 と きいた。 カンガエ の ない ワタクシ は こういう トイ に こたえる だけ の ヨウイ を アタマ の ナカ に たくわえて いなかった。 それで 「どう だ か わかりません」 と こたえた。 しかし にやにや わらって いる センセイ の カオ を みた とき、 ワタクシ は キュウ に キマリ が わるく なった。 「センセイ は?」 と ききかえさず には いられなかった。 これ が ワタクシ の クチ を でた センセイ と いう コトバ の ハジマリ で ある。
 ワタクシ は その バン センセイ の ヤド を たずねた。 ヤド と いって も フツウ の リョカン と ちがって、 ひろい テラ の ケイダイ に ある ベッソウ の よう な タテモノ で あった。 そこ に すんで いる ヒト の センセイ の カゾク で ない こと も わかった。 ワタクシ が センセイ センセイ と よびかける ので、 センセイ は ニガワライ を した。 ワタクシ は それ が ネンチョウシャ に たいする ワタクシ の クチグセ だ と いって ベンカイ した。 ワタクシ は コノアイダ の セイヨウジン の こと を きいて みた。 センセイ は カレ の フウガワリ の ところ や、 もう カマクラ に いない こと や、 イロイロ の ハナシ を した スエ、 ニホンジン に さえ あまり ツキアイ を もたない のに、 そういう ガイコクジン と チカヅキ に なった の は フシギ だ と いったり した。 ワタクシ は サイゴ に センセイ に むかって、 どこ か で センセイ を みた よう に おもう けれども、 どうしても おもいだせない と いった。 わかい ワタクシ は その とき あんに アイテ も ワタクシ と おなじ よう な カンジ を もって い は しまい か と うたがった。 そうして ハラ の ナカ で センセイ の ヘンジ を ヨキ して かかった。 ところが センセイ は しばらく チンギン した アト で、 「どうも キミ の カオ には ミオボエ が ありません ね。 ヒトチガイ じゃ ない です か」 と いった ので ワタクシ は へんに イッシュ の シツボウ を かんじた。

 4

 ワタクシ は ツキ の スエ に トウキョウ へ かえった。 センセイ の ヒショチ を ひきあげた の は それ より ずっと マエ で あった。 ワタクシ は センセイ と わかれる とき に、 「これから おりおり オタク へ うかがって も よ ござんす か」 と きいた。 センセイ は タンカン に ただ 「ええ いらっしゃい」 と いった だけ で あった。 その ジブン の ワタクシ は センセイ と よほど コンイ に なった つもり で いた ので、 センセイ から もうすこし こまやか な コトバ を ヨキ して かかった の で ある。 それで この ものたりない ヘンジ が すこし ワタクシ の ジシン を いためた。
 ワタクシ は こういう こと で よく センセイ から シツボウ させられた。 センセイ は それ に キ が ついて いる よう でも あり、 また まったく キ が つかない よう でも あった。 ワタクシ は また ケイビ な シツボウ を くりかえしながら、 それ が ため に センセイ から はなれて ゆく キ には なれなかった。 むしろ それ とは ハンタイ で、 フアン に うごかされる たび に、 もっと マエ へ すすみたく なった。 もっと マエ へ すすめば、 ワタクシ の ヨキ する ある もの が、 いつか メノマエ に マンゾク に あらわれて くる だろう と おもった。 ワタクシ は わかかった。 けれども スベテ の ニンゲン に たいして、 わかい チ が こう すなお に はたらこう とは おもわなかった。 ワタクシ は なぜ センセイ に たいして だけ こんな ココロモチ が おこる の か わからなかった。 それ が センセイ の なくなった コンニチ に なって、 はじめて わかって きた。 センセイ は ハジメ から ワタクシ を きらって いた の では なかった の で ある。 センセイ が ワタクシ に しめした トキドキ の そっけない アイサツ や レイタン に みえる ドウサ は、 ワタクシ を とおざけよう と する フカイ の ヒョウゲン では なかった の で ある。 いたましい センセイ は、 ジブン に ちかづこう と する ニンゲン に、 ちかづく ほど の カチ の ない もの だ から よせ と いう ケイコク を あたえた の で ある。 ヒト の ナツカシミ に おうじない センセイ は、 ヒト を ケイベツ する マエ に、 まず ジブン を ケイベツ して いた もの と みえる。
 ワタクシ は むろん センセイ を たずねる つもり で トウキョウ へ かえって きた。 かえって から ジュギョウ の はじまる まで には まだ 2 シュウカン の ヒカズ が ある ので、 その うち に イチド いって おこう と おもった。 しかし かえって フツカ ミッカ と たつ うち に、 カマクラ に いた とき の キブン が だんだん うすく なって きた。 そうして その ウエ に いろどられる ダイトカイ の クウキ が、 キオク の フッカツ に ともなう つよい シゲキ と ともに、 こく ワタクシ の ココロ を そめつけた。 ワタクシ は オウライ で ガクセイ の カオ を みる たび に あたらしい ガクネン に たいする キボウ と キンチョウ と を かんじた。 ワタクシ は しばらく センセイ の こと を わすれた。
 ジュギョウ が はじまって、 1 カゲツ ばかり する と ワタクシ の ココロ に、 また イッシュ の タルミ が できて きた。 ワタクシ は なんだか フソク な カオ を して オウライ を あるきはじめた。 ものほしそう に ジブン の ヘヤ の ナカ を みまわした。 ワタクシ の アタマ には ふたたび センセイ の カオ が ういて でた。 ワタクシ は また センセイ に あいたく なった。
 はじめて センセイ の ウチ を たずねた とき、 センセイ は ルス で あった。 2 ド-メ に いった の は ツギ の ニチヨウ だ と おぼえて いる。 はれた ソラ が ミ に しみこむ よう に かんぜられる いい ヒヨリ で あった。 その ヒ も センセイ は ルス で あった。 カマクラ に いた とき、 ワタクシ は センセイ ジシン の クチ から、 いつでも たいてい ウチ に いる と いう こと を きいた。 むしろ ガイシュツギライ だ と いう こと も きいた。 2 ド きて 2 ド とも あえなかった ワタクシ は、 その コトバ を おもいだして、 ワケ も ない フマン を どこ か に かんじた。 ワタクシ は すぐ ゲンカンサキ を さらなかった。 ゲジョ の カオ を みて すこし チュウチョ して そこ に たって いた。 このまえ メイシ を とりついだ キオク の ある ゲジョ は、 ワタクシ を またして おいて また ウチ へ はいった。 すると オクサン らしい ヒト が かわって でて きた。 うつくしい オクサン で あった。
 ワタクシ は その ヒト から テイネイ に センセイ の デサキ を おしえられた。 センセイ は レイゲツ その ヒ に なる と ゾウシガヤ の ボチ に ある ある ホトケ へ ハナ を タムケ に ゆく シュウカン なの だ そう で ある。 「たったいま でた ばかり で、 10 プン に なる か、 ならない か で ございます」 と オクサン は キノドク そう に いって くれた。 ワタクシ は エシャク して ソト へ でた。 にぎやか な マチ の ほう へ 1 チョウ ほど あるく と、 ワタクシ も サンポ-がてら ゾウシガヤ へ いって みる キ に なった。 センセイ に あえる か あえない か と いう コウキシン も うごいた。 それで すぐ キビス を めぐらした。

 5

 ワタクシ は ボチ の テマエ に ある ナエバタケ の ヒダリガワ から はいって、 リョウホウ に カエデ を うえつけた ひろい ミチ を オク の ほう へ すすんで いった。 すると その ハズレ に みえる チャミセ の ナカ から センセイ らしい ヒト が ふいと でて きた。 ワタクシ は その ヒト の メガネ の フチ が ヒ に ひかる まで ちかく よって いった。 そうして だしぬけ に 「センセイ」 と おおきな コエ を かけた。 センセイ は とつぜん たちどまって ワタクシ の カオ を みた。
「どうして……、 どうして……」
 センセイ は おなじ コトバ を 2 ヘン くりかえした。 その コトバ は しんかん と した ヒル の ウチ に イヨウ な チョウシ を もって くりかえされた。 ワタクシ は キュウ に なんとも こたえられなく なった。
「ワタクシ の アト を つけて きた の です か。 どうして……」
 センセイ の タイド は むしろ おちついて いた。 コエ は むしろ しずんで いた。 けれども その ヒョウジョウ の ウチ には はっきり いえない よう な イッシュ の クモリ が あった。
 ワタクシ は ワタクシ が どうして ここ へ きた か を センセイ に はなした。
「ダレ の ハカ へ まいり に いった か、 サイ が その ヒト の ナ を いいました か」
「いいえ、 そんな こと は なにも おっしゃいません」
「そう です か。 ――そう、 それ は いう はず が ありません ね、 はじめて あった アナタ に。 いう ヒツヨウ が ない ん だ から」
 センセイ は ようやく トクシン した らしい ヨウス で あった。 しかし ワタクシ には その イミ が まるで わからなかった。
 センセイ と ワタクシ は トオリ へ でよう と して ハカ の アイダ を ぬけた。 イサベラ ナニナニ の ハカ だの、 シンボク ロギン の ハカ だの と いう カタワラ に、 イッサイ シュジョウ シツウ ブッショウ と かいた トウバ など が たてて あった。 ゼンケン コウシ ナニナニ と いう の も あった。 ワタクシ は アントクレツ と ほりつけた ちいさい ハカ の マエ で、 「これ は なんと よむ ん でしょう」 と センセイ に きいた。 「アンドレ と でも よませる つもり でしょう ね」 と いって センセイ は クショウ した。
 センセイ は これら の ボヒョウ が あらわす ヒト サマザマ の ヨウシキ に たいして、 ワタクシ ほど に コッケイ も アイロニー も みとめて ない らしかった。 ワタクシ が まるい ハカイシ だの ほそながい ミカゲ の ヒ だの を さして、 しきり に かれこれ いいたがる の を、 ハジメ の うち は だまって きいて いた が、 シマイ に 「アナタ は シ と いう ジジツ を まだ マジメ に かんがえた こと が ありません ね」 と いった。 ワタクシ は だまった。 センセイ も それぎり なんとも いわなく なった。
 ボチ の クギリメ に、 おおきな イチョウ が 1 ポン ソラ を かくす よう に たって いた。 その シタ へ きた とき、 センセイ は たかい コズエ を みあげて、 「もうすこし する と、 きれい です よ。 この キ が すっかり コウヨウ して、 ここいら の ジメン は キンイロ の オチバ で うずまる よう に なります」 と いった。 センセイ は ツキ に イチド ずつ は かならず この キ の シタ を とおる の で あった。
 ムコウ の ほう で デコボコ の ジメン を ならして シン ボチ を つくって いる オトコ が、 クワ の テ を やすめて ワタクシタチ を みて いた。 ワタクシタチ は そこ から ヒダリ へ きれて すぐ カイドウ へ でた。
 これから どこ へ ゆく と いう アテ の ない ワタクシ は、 ただ センセイ の あるく ほう へ あるいて いった。 センセイ は イツモ より クチカズ を きかなかった。 それでも ワタクシ は さほど の キュウクツ を かんじなかった ので、 ぶらぶら イッショ に あるいて いった。
「すぐ オタク へ オカエリ です か」
「ええ べつに よる ところ も ありません から」
 フタリ は また だまって ミナミ の ほう へ サカ を おりた。
「センセイ の オタク の ボチ は あすこ に ある ん です か」 と ワタクシ が また クチ を ききだした。
「いいえ」
「ドナタ の オハカ が ある ん です か。 ――ゴシンルイ の オハカ です か」
「いいえ」
 センセイ は これ イガイ に なにも こたえなかった。 ワタクシ も その ハナシ は それぎり に して きりあげた。 すると 1 チョウ ほど あるいた アト で、 センセイ が フイ に そこ へ もどって きた。
「あすこ には ワタクシ の トモダチ の ハカ が ある ん です」
「オトモダチ の オハカ へ マイゲツ オマイリ を なさる ん です か」
「そう です」
 センセイ は その ヒ これ イガイ を かたらなかった。

 6

 ワタクシ は それから ときどき センセイ を ホウモン する よう に なった。 ゆく たび に センセイ は ザイタク で あった。 センセイ に あう ドスウ が かさなる に つれて、 ワタクシ は ますます しげく センセイ の ゲンカン へ アシ を はこんだ。
 けれども センセイ の ワタクシ に たいする タイド は はじめて アイサツ を した とき も、 コンイ に なった その ノチ も、 あまり カワリ は なかった。 センセイ は いつも しずか で あった。 ある とき は しずかすぎて さびしい くらい で あった。 ワタクシ は サイショ から センセイ には ちかづきがたい フシギ が ある よう に おもって いた。 それでいて、 どうしても ちかづかなければ いられない と いう カンジ が、 どこ か に つよく はたらいた。 こういう カンジ を センセイ に たいして もって いた モノ は、 オオク の ヒト の ウチ で あるいは ワタクシ だけ かも しれない。 しかし その ワタクシ だけ には この チョッカン が ノチ に なって ジジツ の ウエ に ショウコ-だてられた の だ から、 ワタクシ は わかわかしい と いわれて も、 ばかげて いる と わらわれて も、 それ を みこした ジブン の チョッカク を とにかく たのもしく また うれしく おもって いる。 ニンゲン を あいしうる ヒト、 あいせず には いられない ヒト、 それでいて ジブン の フトコロ に いろう と する モノ を、 テ を ひろげて だきしめる こと の できない ヒト、 ――これ が センセイ で あった。
 イマ いった とおり センセイ は しじゅう しずか で あった。 おちついて いた。 けれども ときとして ヘン な クモリ が その カオ を よこぎる こと が あった。 マド に くろい トリカゲ が さす よう に。 さす か と おもう と、 すぐ きえる には きえた が。 ワタクシ が はじめて その クモリ を センセイ の ミケン に みとめた の は、 ゾウシガヤ の ボチ で、 フイ に センセイ を よびかけた とき で あった。 ワタクシ は その イヨウ の シュンカン に、 イマ まで こころよく ながれて いた シンゾウ の チョウリュウ を ちょっと にぶらせた。 しかし それ は たんに イチジ の ケッタイ に すぎなかった。 ワタクシ の ココロ は 5 フン と たたない うち に ヘイソ の ダンリョク を カイフク した。 ワタクシ は それぎり くらそう な この クモ の カゲ を わすれて しまった。 ゆくりなく また それ を おもいださせられた の は、 コハル の つきる に マ の ない ある バン の こと で あった。
 センセイ と はなして いた ワタクシ は、 ふと センセイ が わざわざ チュウイ して くれた イチョウ の タイジュ を メノマエ に おもいうかべた。 カンジョウ して みる と、 センセイ が マイゲツレイ と して ボサン に ゆく ヒ が、 それから ちょうど ミッカ-メ に あたって いた。 その ミッカ-メ は ワタクシ の カギョウ が ヒル で おえる ラク な ヒ で あった。 ワタクシ は センセイ に むかって こう いった。
「センセイ ゾウシガヤ の イチョウ は もう ちって しまった でしょう か」
「まだ カラボウズ には ならない でしょう」
 センセイ は そう こたえながら ワタクシ の カオ を みまもった。 そうして そこ から しばし メ を はなさなかった。 ワタクシ は すぐ いった。
「コンド オハカマイリ に いらっしゃる とき に オトモ を して も よ ござんす か。 ワタクシ は センセイ と イッショ に あすこいら が サンポ して みたい」
「ワタクシ は ハカマイリ に ゆく んで、 サンポ に ゆく ん じゃ ない です よ」
「しかし ついでに サンポ を なすったら ちょうど いい じゃ ありません か」
 センセイ は なんとも こたえなかった。 しばらく して から、 「ワタクシ の は ホントウ の ハカマイリ だけ なん だ から」 と いって、 どこまでも ボサン と サンポ を きりはなそう と する ふう に みえた。 ワタクシ と ゆきたく ない コウジツ だ か なんだか、 ワタクシ には その とき の センセイ が、 いかにも こどもらしくて ヘン に おもわれた。 ワタクシ は なおと サキ へ でる キ に なった。
「じゃ オハカマイリ でも いい から イッショ に つれて いって ください。 ワタクシ も オハカマイリ を します から」
 じっさい ワタクシ には ボサン と サンポ との クベツ が ほとんど ムイミ の よう に おもわれた の で ある。 すると センセイ の マユ が ちょっと くもった。 メ の ウチ にも イヨウ の ヒカリ が でた。 それ は メイワク とも ケンオ とも イフ とも かたづけられない かすか な フアン らしい もの で あった。 ワタクシ は たちまち ゾウシガヤ で 「センセイ」 と よびかけた とき の キオク を つよく おもいおこした。 フタツ の ヒョウジョウ は まったく おなじ だった の で ある。
「ワタクシ は」 と センセイ が いった。 「ワタクシ は アナタ に はなす こと の できない ある リユウ が あって、 ヒト と イッショ に あすこ へ ハカマイリ には ゆきたく ない の です。 ジブン の サイ さえ まだ つれて いった こと が ない の です」

 7

 ワタクシ は フシギ に おもった。 しかし ワタクシ は センセイ を ケンキュウ する キ で その ウチ へ デイリ を する の では なかった。 ワタクシ は ただ ソノママ に して うちすぎた。 イマ かんがえる と その とき の ワタクシ の タイド は、 ワタクシ の セイカツ の ウチ で むしろ たっとむ べき もの の ヒトツ で あった。 ワタクシ は まったく その ため に センセイ と ニンゲン-らしい あたたかい ツキアイ が できた の だ と おもう。 もし ワタクシ の コウキシン が イクブン でも センセイ の ココロ に むかって、 ケンキュウテキ に はたらきかけた なら、 フタリ の アイダ を つなぐ ドウジョウ の イト は、 なんの ヨウシャ も なく その とき ふつり と きれて しまったろう。 わかい ワタクシ は まったく ジブン の タイド を ジカク して いなかった。 それだから たっとい の かも しれない が、 もし まちがえて ウラ へ でた と したら、 どんな ケッカ が フタリ の ナカ に おちて きたろう。 ワタクシ は ソウゾウ して も ぞっと する。 センセイ は それ で なくて も、 つめたい マナコ で ケンキュウ される の を たえず おそれて いた の で ある。
 ワタクシ は ツキ に 2 ド もしくは 3 ド ずつ かならず センセイ の ウチ へ ゆく よう に なった。 ワタクシ の アシ が だんだん しげく なった とき の ある ヒ、 センセイ は とつぜん ワタクシ に むかって きいた。
「アナタ は なんで そう たびたび ワタクシ の よう な モノ の ウチ へ やって くる の です か」
「なんで と いって、 そんな トクベツ な イミ は ありません。 ――しかし オジャマ なん です か」
「ジャマ だ とは いいません」
 なるほど メイワク と いう ヨウス は、 センセイ の どこ にも みえなかった。 ワタクシ は センセイ の コウサイ の ハンイ の きわめて せまい こと を しって いた。 センセイ の モト の ドウキュウセイ など で、 その コロ トウキョウ に いる モノ は ほとんど フタリ か 3 ニン しか ない と いう こと も しって いた。 センセイ と ドウキョウ の ガクセイ など には ときたま ザシキ で ドウザ する バアイ も あった が、 カレラ の いずれ も は ミンナ ワタクシ ほど センセイ に シタシミ を もって いない よう に みうけられた。
「ワタクシ は さびしい ニンゲン です」 と センセイ が いった。 「だから アナタ の きて くださる こと を よろこんで います。 だから なぜ そう たびたび くる の か と いって きいた の です」
「そりゃ また なぜ です」
 ワタクシ が こう ききかえした とき、 センセイ は なんとも こたえなかった。 ただ ワタクシ の カオ を みて 「アナタ は イクツ です か」 と いった。
 この モンドウ は ワタクシ に とって すこぶる フトク ヨウリョウ の もの で あった が、 ワタクシ は その とき ソコ まで おさず に かえって しまった。 しかも それから ヨッカ と たたない うち に また センセイ を ホウモン した。 センセイ は ザシキ へ でる や いなや わらいだした。
「また きました ね」 と いった。
「ええ きました」 と いって ジブン も わらった。
 ワタクシ は ホカ の ヒト から こう いわれたら きっと シャク に さわったろう と おもう。 しかし センセイ に こう いわれた とき は、 まるで ハンタイ で あった。 シャク に さわらない ばかり で なく かえって ユカイ だった。
「ワタクシ は さびしい ニンゲン です」 と センセイ は その バン また コノアイダ の コトバ を くりかえした。 「ワタクシ は さびしい ニンゲン です が、 コト に よる と アナタ も さびしい ニンゲン じゃ ない です か。 ワタクシ は さびしくって も トシ を とって いる から、 うごかず に いられる が、 わかい アナタ は そう は いかない の でしょう。 うごける だけ うごきたい の でしょう。 うごいて ナニ か に ぶつかりたい の でしょう。……」
「ワタクシ は ちっとも さむしく は ありません」
「わかい うち ほど さむしい もの は ありません。 そんなら なぜ アナタ は そう たびたび ワタクシ の ウチ へ くる の です か」
 ここ でも コノアイダ の コトバ が また センセイ の クチ から くりかえされた。
「アナタ は ワタクシ に あって も おそらく まだ さびしい キ が どこ か で して いる でしょう。 ワタクシ には アナタ の ため に その サビシサ を ネモト から ひきぬいて あげる だけ の チカラ が ない ん だ から。 アナタ は ホカ の ほう を むいて いまに テ を ひろげなければ ならなく なります。 いまに ワタクシ の ウチ の ほう へは アシ が むかなく なります」
 センセイ は こう いって さびしい ワライカタ を した。

 8

 サイワイ に して センセイ の ヨゲン は ジツゲン されず に すんだ。 ケイケン の ない トウジ の ワタクシ は、 この ヨゲン の ウチ に ふくまれて いる メイハク な イギ さえ リョウカイ しえなかった。 ワタクシ は いぜん と して センセイ に あい に いった。 そのうち いつのまにか センセイ の ショクタク で メシ を くう よう に なった。 シゼン の ケッカ オクサン とも クチ を きかなければ ならない よう に なった。
 フツウ の ニンゲン と して ワタクシ は オンナ に たいして レイタン では なかった。 けれども トシ の わかい ワタクシ の イマ まで ケイカ して きた キョウグウ から いって、 ワタクシ は ほとんど コウサイ-らしい コウサイ を オンナ に むすんだ こと が なかった。 それ が ゲンイン か どう か は ギモン だ が、 ワタクシ の キョウミ は オウライ で であう しり も しない オンナ に むかって おおく はたらく だけ で あった。 センセイ の オクサン には その マエ ゲンカン で あった とき、 うつくしい と いう インショウ を うけた。 それから あう たんび に おなじ インショウ を うけない こと は なかった。 しかし それ イガイ に ワタクシ は これ と いって とくに オクサン に ついて かたる べき ナニモノ も もたない よう な キ が した。
 これ は オクサン に トクショク が ない と いう より も、 トクショク を しめす キカイ が こなかった の だ と カイシャク する ほう が セイトウ かも しれない。 しかし ワタクシ は いつでも センセイ に フゾク した イチブブン の よう な ココロモチ で オクサン に たいして いた。 オクサン も ジブン の オット の ところ へ くる ショセイ だ から と いう コウイ で、 ワタクシ を ぐうして いた らしい。 だから チュウカン に たつ センセイ を とりのければ、 つまり フタリ は ばらばら に なって いた。 それで はじめて シリアイ に なった とき の オクサン に ついて は、 ただ うつくしい と いう ホカ に なんの カンジ も のこって いない。
 ある とき ワタクシ は センセイ の ウチ で サケ を のまされた。 その とき オクサン が でて きて ソバ で シャク を して くれた。 センセイ は イツモ より ユカイ そう に みえた。 オクサン に 「オマエ も ひとつ おあがり」 と いって、 ジブン の のみほした サカズキ を さした。 オクサン は 「ワタクシ は……」 と ジタイ しかけた アト、 メイワク そう に それ を うけとった。 オクサン は きれい な マユ を よせて、 ワタクシ の ハンブン ばかり ついで あげた サカズキ を、 クチビル の サキ へ もって いった。 オクサン と センセイ の アイダ に シモ の よう な カイワ が はじまった。
「めずらしい こと。 ワタクシ に のめ と おっしゃった こと は めった に ない のに ね」
「オマエ は きらい だ から さ。 しかし たまに は のむ と いい よ。 いい ココロモチ に なる よ」
「ちっとも ならない わ。 くるしい ぎり で。 でも アナタ は たいへん ゴユカイ そう ね、 すこし ゴシュ を めしあがる と」
「トキ に よる と たいへん ユカイ に なる。 しかし いつでも と いう わけ には いかない」
「コンヤ は いかが です」
「コンヤ は いい ココロモチ だね」
「これから マイバン すこし ずつ めしあがる と よ ござんす よ」
「そう は いかない」
「めしあがって ください よ。 その ほう が さむしく なくって いい から」
 センセイ の ウチ は フウフ と ゲジョ だけ で あった。 いく たび に タイテイ は ひそり と して いた。 たかい ワライゴエ など の きこえる ためし は まるで なかった。 ある とき は ウチ の ナカ に いる モノ は センセイ と ワタクシ だけ の よう な キ が した。
「コドモ でも ある と いい ん です がね」 と オクサン は ワタクシ の ほう を むいて いった。 ワタクシ は 「そう です な」 と こたえた。 しかし ワタクシ の ココロ には なんの ドウジョウ も おこらなかった。 コドモ を もった こと の ない その とき の ワタクシ は、 コドモ を ただ うるさい もの の よう に かんがえて いた。
「ヒトリ もらって やろう か」 と センセイ が いった。
「モライッコ じゃ、 ねえ アナタ」 と オクサン は また ワタクシ の ほう を むいた。
「コドモ は いつまで たったって できっこ ない よ」 と センセイ が いった。
 オクサン は だまって いた。 「なぜ です」 と ワタクシ が カワリ に きいた とき センセイ は 「テンバツ だ から さ」 と いって たかく わらった。

 9

 ワタクシ の しる かぎり センセイ と オクサン とは、 ナカ の いい フウフ の イッツイ で あった。 カテイ の イチイン と して くらした こと の ない ワタクシ の こと だ から、 ふかい ショウソク は むろん わからなかった けれども、 ザシキ で ワタクシ と タイザ して いる とき、 センセイ は ナニ か の ツイデ に、 ゲジョ を よばない で、 オクサン を よぶ こと が あった。 (オクサン の ナ は シズ と いった) センセイ は 「おい シズ」 と いつでも フスマ の ほう を ふりむいた。 その ヨビカタ が ワタクシ には やさしく きこえた。 ヘンジ を して でて くる オクサン の ヨウス も はなはだ すなお で あった。 ときたま ゴチソウ に なって、 オクサン が セキ へ あらわれる バアイ など には、 この カンケイ が いっそう あきらか に フタリ の アイダ に えがきだされる よう で あった。
 センセイ は ときどき オクサン を つれて、 オンガクカイ だの シバイ だの に いった。 それから フウフヅレ で 1 シュウカン イナイ の リョコウ を した こと も、 ワタクシ の キオク に よる と、 2~3 ド イジョウ あった。 ワタクシ は ハコネ から もらった エハガキ を まだ もって いる。 ニッコウ へ いった とき は モミジ の ハ を 1 マイ ふうじこめた ユウビン も もらった。
 トウジ の ワタクシ の メ に うつった センセイ と オクサン の アイダガラ は まず こんな もの で あった。 その ウチ に たった ヒトツ の レイガイ が あった。 ある ヒ ワタクシ が イツモ の とおり、 センセイ の ゲンカン から アンナイ を たのもう と する と、 ザシキ の ほう で ダレ か の ハナシゴエ が した。 よく きく と、 それ が ジンジョウ の ダンワ で なくって、 どうも イサカイ らしかった。 センセイ の ウチ は ゲンカン の ツギ が すぐ ザシキ に なって いる ので、 コウシ の マエ に たって いた ワタクシ の ミミ に その イサカイ の チョウシ だけ は ほぼ わかった。 そうして その ウチ の ヒトリ が センセイ だ と いう こと も、 ときどき たかまって くる オトコ の ほう の コエ で わかった。 アイテ は センセイ より も ひくい オン なので、 ダレ だ か はっきり しなかった が、 どうも オクサン らしく かんぜられた。 ないて いる よう でも あった。 ワタクシ は どうした もの だろう と おもって ゲンカンサキ で まよった が、 すぐ ケッシン を して そのまま ゲシュク へ かえった。
 ミョウ に フアン な ココロモチ が ワタクシ を おそって きた。 ワタクシ は ショモツ を よんで も のみこむ ノウリョク を うしなって しまった。 ヤク 1 ジカン ばかり する と センセイ が マド の シタ へ きて ワタクシ の ナ を よんだ。 ワタクシ は おどろいて マド を あけた。 センセイ は サンポ しよう と いって、 シタ から ワタクシ を さそった。 さっき オビ の アイダ へ くるんだ まま の トケイ を だして みる と、 もう 8 ジ-スギ で あった。 ワタクシ は かえった なり まだ ハカマ を つけて いた。 ワタクシ は それなり すぐ オモテ へ でた。
 その バン ワタクシ は センセイ と イッショ に ビール を のんだ。 センセイ は がんらい シュリョウ に とぼしい ヒト で あった。 ある テイド まで のんで、 それ で よえなければ、 よう まで のんで みる と いう ボウケン の できない ヒト で あった。
「キョウ は ダメ です」 と いって センセイ は クショウ した。
「ユカイ に なれません か」 と ワタクシ は キノドク そう に きいた。
 ワタクシ の ハラ の ナカ には しじゅう サッキ の こと が ひっかかって いた。 サカナ の ホネ が ノド に ささった とき の よう に、 ワタクシ は くるしんだ。 うちあけて みよう か と かんがえたり、 よした ほう が よかろう か と おもいなおしたり する ドウヨウ が、 ミョウ に ワタクシ の ヨウス を そわそわ させた。
「キミ、 コンヤ は どうか して います ね」 と センセイ の ほう から いいだした。 「じつは ワタクシ も すこし ヘン なの です よ。 キミ に わかります か」
 ワタクシ は なんの コタエ も しえなかった。
「じつは さっき サイ と すこし ケンカ を して ね。 それで くだらない シンケイ を コウフン させて しまった ん です」 と センセイ が また いった。
「どうして……」
 ワタクシ には ケンカ と いう コトバ が クチ へ でて こなかった。
「サイ が ワタクシ を ゴカイ する の です。 それ を ゴカイ だ と いって きかせて も ショウチ しない の です。 つい ハラ を たてた の です」
「どんな に センセイ を ゴカイ なさる ん です か」
 センセイ は ワタクシ の この トイ に こたえよう とは しなかった。
「サイ が かんがえて いる よう な ニンゲン なら、 ワタクシ だって こんな に くるしんで い や しない」
 センセイ が どんな に くるしんで いる か、 これ も ワタクシ には ソウゾウ の およばない モンダイ で あった。
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ココロ 「センセイ と ワタクシ 2」

2015-09-08 | ナツメ ソウセキ
 10

 フタリ が かえる とき あるきながら の チンモク が 1 チョウ も 2 チョウ も つづいた。 その アト で とつぜん センセイ が クチ を ききだした。
「わるい こと を した。 おこって でた から サイ は さぞ シンパイ を して いる だろう。 かんがえる と オンナ は かわいそう な もの です ね。 ワタクシ の サイ など は ワタクシ より ホカ に まるで タヨリ に する もの が ない ん だ から」
 センセイ の コトバ は ちょっと そこ で とぎれた が、 べつに ワタクシ の ヘンジ を キタイ する ヨウス も なく、 すぐ その ツヅキ へ うつって いった。
「そう いう と、 オット の ほう は いかにも ココロジョウブ の よう で すこし コッケイ だ が。 キミ、 ワタクシ は キミ の メ に どう うつります かね。 つよい ヒト に みえます か、 よわい ヒト に みえます か」
「チュウグライ に みえます」 と ワタクシ は こたえた。 この コタエ は センセイ に とって すこし アンガイ らしかった。 センセイ は また クチ を とじて、 ムゴン で あるきだした。
 センセイ の ウチ へ かえる には ワタクシ の ゲシュク の つい ソバ を とおる の が ジュンロ で あった。 ワタクシ は そこ まで きて、 マガリカド で わかれる の が センセイ に すまない よう な キ が した。 「ついでに オタク の マエ まで オトモ しましょう か」 と いった。 センセイ は たちまち テ で ワタクシ を さえぎった。
「もう おそい から はやく かえりたまえ。 ワタクシ も はやく かえって やる ん だ から、 サイクン の ため に」
 センセイ が サイゴ に つけくわえた 「サイクン の ため に」 と いう コトバ は ミョウ に その とき の ワタクシ の ココロ を あたたか に した。 ワタクシ は その コトバ の ため に、 かえって から アンシン して ねる こと が できた。 ワタクシ は ソノゴ も ながい アイダ この 「サイクン の ため に」 と いう コトバ を わすれなかった。
 センセイ と オクサン の アイダ に おこった ハラン が、 たいした もの で ない こと は これ でも わかった。 それ が また めった に おこる ゲンショウ で なかった こと も、 ソノゴ たえず デイリ を して きた ワタクシ には ほぼ スイサツ が できた。 それ どころ か センセイ は ある とき こんな カンソウ すら ワタクシ に もらした。
「ワタクシ は ヨノナカ で オンナ と いう もの を たった ヒトリ しか しらない。 サイ イガイ の オンナ は ほとんど オンナ と して ワタクシ に うったえない の です。 サイ の ほう でも、 ワタクシ を テンカ に ただ ヒトリ しか ない オトコ と おもって くれて います。 そういう イミ から いって、 ワタクシタチ は もっとも コウフク に うまれた ニンゲン の イッツイ で ある べき はず です」
 ワタクシ は イマ ゼンゴ の ユキガカリ を わすれて しまった から、 センセイ が なんの ため に こんな ジハク を ワタクシ に して きかせた の か、 はっきり いう こと が できない。 けれども センセイ の タイド の マジメ で あった の と、 チョウシ の しずんで いた の とは、 いまだに キオク に のこって いる。 その とき ただ ワタクシ の ミミ に イヨウ に ひびいた の は、 「もっとも コウフク に うまれた ニンゲン の イッツイ で ある べき はず です」 と いう サイゴ の イック で あった。 センセイ は なぜ コウフク な ニンゲン と いいきらない で、 ある べき はず で ある と ことわった の か。 ワタクシ には それ だけ が フシン で あった。 ことに そこ へ イッシュ の チカラ を いれた センセイ の ゴキ が フシン で あった。 センセイ は じじつ はたして コウフク なの だろう か、 また コウフク で ある べき はず で ありながら、 それほど コウフク で ない の だろう か。 ワタクシ は ココロ の ウチ で うたぐらざる を えなかった。 けれども その ウタガイ は イチジ かぎり どこ か へ ほうむられて しまった。
 ワタクシ は そのうち センセイ の ルス に いって、 オクサン と フタリ サシムカイ で ハナシ を する キカイ に であった。 センセイ は その ヒ ヨコハマ を シュッパン する キセン に のって ガイコク へ ゆく べき ユウジン を シンバシ へ おくり に いって ルス で あった。 ヨコハマ から フネ に のる ヒト が、 アサ 8 ジ ハン の キシャ で シンバシ を たつ の は その コロ の シュウカン で あった。 ワタクシ は ある ショモツ に ついて センセイ に はなして もらう ヒツヨウ が あった ので、 あらかじめ センセイ の ショウダク を えた とおり、 ヤクソク の 9 ジ に ホウモン した。 センセイ の シンバシ-ユキ は ゼンジツ わざわざ コクベツ に きた ユウジン に たいする レイギ と して その ヒ とつぜん おこった デキゴト で あった。 センセイ は すぐ かえる から ルス でも ワタクシ に まって いる よう に と いいのこして いった。 それで ワタクシ は ザシキ へ あがって、 センセイ を まつ アイダ、 オクサン と ハナシ を した。

 11

 その とき の ワタクシ は すでに ダイガクセイ で あった。 はじめて センセイ の ウチ へ きた コロ から みる と ずっと セイジン した キ で いた。 オクサン とも だいぶ コンイ に なった ノチ で あった。 ワタクシ は オクサン に たいして なんの キュウクツ も かんじなかった。 サシムカイ で イロイロ の ハナシ を した。 しかし それ は トクショク の ない タダ の ダンワ だ から、 イマ では まるで わすれて しまった。 その ウチ で たった ヒトツ ワタクシ の ミミ に とまった もの が ある。 しかし それ を はなす マエ に、 ちょっと ことわって おきたい こと が ある。
 センセイ は ダイガク シュッシン で あった。 これ は ハジメ から ワタクシ に しれて いた。 しかし センセイ の なにも しない で あそんで いる と いう こと は、 トウキョウ へ かえって すこし たって から はじめて わかった。 ワタクシ は その とき どうして あそんで いられる の か と おもった。
 センセイ は まるで セケン に ナマエ を しられて いない ヒト で あった。 だから センセイ の ガクモン や シソウ に ついて は、 センセイ と ミッセツ の カンケイ を もって いる ワタクシ より ホカ に ケイイ を はらう モノ の ある べき はず が なかった。 それ を ワタクシ は つねに おしい こと だ と いった。 センセイ は また 「ワタクシ の よう な モノ が ヨノナカ へ でて、 クチ を きいて は すまない」 と こたえる ぎり で、 とりあわなかった。 ワタクシ には その コタエ が ケンソン-すぎて かえって セケン を レイヒョウ する よう にも きこえた。 じっさい センセイ は ときどき ムカシ の ドウキュウセイ で イマ チョメイ に なって いる ダレカレ を とらえて、 ひどく ブエンリョ な ヒヒョウ を くわえる こと が あった。 それで ワタクシ は ロコツ に その ムジュン を あげて ウンヌン して みた。 ワタクシ の セイシン は ハンコウ の イミ と いう より も、 セケン が センセイ を しらない で ヘイキ で いる の が ザンネン だった から で ある。 その とき センセイ は しずんだ チョウシ で、 「どうしても ワタクシ は セケン に むかって はたらきかける シカク の ない オトコ だ から シカタ が ありません」 と いった。 センセイ の カオ には ふかい イッシュ の ヒョウジョウ が ありあり と きざまれた。 ワタクシ には それ が シツボウ だ か、 フヘイ だ か、 ヒアイ だ か、 わからなかった けれども、 なにしろ ニノク の つげない ほど に つよい もの だった ので、 ワタクシ は それぎり なにも いう ユウキ が でなかった。
 ワタクシ が オクサン と はなして いる アイダ に、 モンダイ が しぜん センセイ の こと から そこ へ おちて きた。
「センセイ は なぜ ああ やって、 ウチ で かんがえたり ベンキョウ したり なさる だけ で、 ヨノナカ へ でて シゴト を なさらない ん でしょう」
「あの ヒト は ダメ です よ。 そういう こと が きらい なん です から」
「つまり くだらない こと だ と さとって いらっしゃる ん でしょう か」
「さとる の さとらない の って、 ――そりゃ オンナ だ から ワタクシ には わかりません けれど、 おそらく そんな イミ じゃ ない でしょう。 やっぱり ナニ か やりたい の でしょう。 それでいて できない ん です。 だから キノドク です わ」
「しかし センセイ は ケンコウ から いって、 べつに どこ も わるい ところ は ない よう じゃ ありません か」
「ジョウブ です とも。 なんにも ジビョウ は ありません」
「それ で なぜ カツドウ が できない ん でしょう」
「それ が わからない のよ、 アナタ。 それ が わかる くらい なら ワタクシ だって、 こんな に シンパイ し や しません。 わからない から キノドク で たまらない ん です」
 オクサン の ゴキ には ヒジョウ に ドウジョウ が あった。 それでも クチモト だけ には ビショウ が みえた。 ソトガワ から いえば、 ワタクシ の ほう が むしろ マジメ だった。 ワタクシ は むずかしい カオ を して だまって いた。 すると オクサン が キュウ に おもいだした よう に また クチ を ひらいた。
「わかい とき は あんな ヒト じゃ なかった ん です よ。 わかい とき は まるで ちがって いました。 それ が まったく かわって しまった ん です」
「わかい とき って イツゴロ です か」 と ワタクシ が きいた。
「ショセイ ジダイ よ」
「ショセイ ジダイ から センセイ を しって いらっしゃった ん です か」
 オクサン は キュウ に うすあかい カオ を した。

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 オクサン は トウキョウ の ヒト で あった。 それ は かつて センセイ から も オクサン ジシン から も きいて しって いた。 オクサン は 「ホントウ いう と アイノコ なん です よ」 と いった。 オクサン の チチオヤ は たしか トットリ か どこ か の デ で ある のに、 オカアサン の ほう は まだ エド と いった ジブン の イチガヤ で うまれた オンナ なので、 オクサン は ジョウダン ハンブン そう いった の で ある。 ところが センセイ は まったく ホウガク チガイ の ニイガタ ケンジン で あった。 だから オクサン が もし センセイ の ショセイ ジダイ を しって いる と すれば、 キョウリ の カンケイ から で ない こと は あきらか で あった。 しかし うすあかい カオ を した オクサン は それ より イジョウ の ハナシ を したく ない よう だった ので、 ワタクシ の ほう でも ふかく は きかず に おいた。
 センセイ と シリアイ に なって から センセイ の なくなる まで に、 ワタクシ は ずいぶん イロイロ の モンダイ で センセイ の シソウ や ジョウソウ に ふれて みた が、 ケッコン トウジ の ジョウキョウ に ついて は、 ほとんど ナニモノ も ききえなかった。 ワタクシ は トキ に よる と、 それ を ゼンイ に カイシャク して も みた。 ネンパイ の センセイ の こと だ から、 なまめかしい カイソウ など を わかい モノ に きかせる の は わざと つつしんで いる の だろう と おもった。 トキ に よる と、 また それ を わるく も とった。 センセイ に かぎらず、 オクサン に かぎらず、 フタリ とも ワタクシ に くらべる と、 イチジダイ マエ の インシュウ の ウチ に セイジン した ため に、 そういう つやっぽい モンダイ に なる と、 ショウジキ に ジブン を カイホウ する だけ の ユウキ が ない の だろう と かんがえた。 もっとも どちら も スイソク に すぎなかった。 そうして どちら の スイソク の ウラ にも、 フタリ の ケッコン の オク に よこたわる はなやか な ロマンス の ソンザイ を カテイ して いた。
 ワタクシ の カテイ は はたして あやまらなかった。 けれども ワタクシ は ただ コイ の ハンメン だけ を ソウゾウ に えがきえた に すぎなかった。 センセイ は うつくしい レンアイ の ウラ に、 おそろしい ヒゲキ を もって いた。 そうして その ヒゲキ の どんな に センセイ に とって みじめ な もの で ある か は アイテ の オクサン に まるで しれて いなかった。 オクサン は イマ でも それ を しらず に いる。 センセイ は それ を オクサン に かくして しんだ。 センセイ は オクサン の コウフク を ハカイ する マエ に、 まず ジブン の セイメイ を ハカイ して しまった。
 ワタクシ は イマ この ヒゲキ に ついて ナニゴト も かたらない。 その ヒゲキ の ため に むしろ うまれでた とも いえる フタリ の レンアイ に ついて は、 さっき いった とおり で あった。 フタリ とも ワタクシ には ほとんど なにも はなして くれなかった。 オクサン は ツツシミ の ため に、 センセイ は また それ イジョウ の ふかい リユウ の ため に。
 ただ ヒトツ ワタクシ の キオク に のこって いる こと が ある。 ある とき ハナジブン に ワタクシ は センセイ と イッショ に ウエノ へ いった。 そうして そこ で うつくしい イッツイ の ナンニョ を みた。 カレラ は むつまじそう に よりそって ハナ の シタ を あるいて いた。 バショ が バショ なので、 ハナ より も そちら を むいて メ を そばだてて いる ヒト が たくさん あった。
「シンコン の フウフ の よう だね」 と センセイ が いった。
「ナカ が よさそう です ね」 と ワタクシ が こたえた。
 センセイ は クショウ さえ しなかった。 フタリ の ナンニョ を シセン の ホカ に おく よう な ホウガク へ アシ を むけた。 それから ワタクシ に こう きいた。
「キミ は コイ を した こと が あります か」
 ワタクシ は ない と こたえた。
「コイ を したく は ありません か」
 ワタクシ は こたえなかった。
「したく ない こと は ない でしょう」
「ええ」
「キミ は イマ あの オトコ と オンナ を みて、 ひやかしました ね。 あの ヒヤカシ の ウチ には キミ が コイ を もとめながら アイテ を えられない と いう フカイ の コエ が まじって いましょう」
「そんな ふう に きこえました か」
「きこえました。 コイ の マンゾク を あじわって いる ヒト は もっと あたたかい コエ を だす もの です。 しかし…… しかし キミ、 コイ は ザイアク です よ。 わかって います か」
 ワタクシ は キュウ に おどろかされた。 なんとも ヘンジ を しなかった。

 13

 ワレワレ は グンシュウ の ナカ に いた。 グンシュウ は いずれ も うれしそう な カオ を して いた。 そこ を とおりぬけて、 ハナ も ヒト も みえない モリ の ナカ へ くる まで は、 おなじ モンダイ を クチ に する キカイ が なかった。
「コイ は ザイアク です か」 と ワタクシ が その とき とつぜん きいた。
「ザイアク です。 たしか に」 と こたえた とき の センセイ の ゴキ は マエ と おなじ よう に つよかった。
「なぜ です か」
「なぜ だ か いまに わかります。 いまに じゃ ない、 もう わかって いる はず です。 アナタ の ココロ は とっく の ムカシ から すでに コイ で うごいて いる じゃ ありません か」
 ワタクシ は いちおう ジブン の ムネ の ナカ を しらべて みた。 けれども そこ は アンガイ に クウキョ で あった。 おもいあたる よう な もの は なんにも なかった。
「ワタクシ の ムネ の ナカ に これ と いう モクテキブツ は ヒトツ も ありません。 ワタクシ は センセイ に なにも かくして は いない つもり です」
「モクテキブツ が ない から うごく の です。 あれば おちつける だろう と おもって うごきたく なる の です」
「イマ それほど うごいちゃ いません」
「アナタ は ものたりない ケッカ ワタクシ の ところ に うごいて きた じゃ ありません か」
「それ は そう かも しれません。 しかし それ は コイ とは ちがいます」
「コイ に のぼる カイダン なん です。 イセイ と だきあう ジュンジョ と して、 まず ドウセイ の ワタクシ の ところ へ うごいて きた の です」
「ワタクシ には フタツ の もの が まったく セイシツ を コト に して いる よう に おもわれます」
「いや おなじ です。 ワタクシ は オトコ と して どうしても アナタ に マンゾク を あたえられない ニンゲン なの です。 それから、 ある トクベツ の ジジョウ が あって、 なおさら アナタ に マンゾク を あたえられない で いる の です。 ワタクシ は じっさい オキノドク に おもって います。 アナタ が ワタクシ から ヨソ へ うごいて いく の は シカタ が ない。 ワタクシ は むしろ それ を キボウ して いる の です。 しかし……」
 ワタクシ は へんに かなしく なった。
「ワタクシ が センセイ から はなれて ゆく よう に おおもい に なれば シカタ が ありません が、 ワタクシ に そんな キ の おこった こと は まだ ありません」
 センセイ は ワタクシ の コトバ に ミミ を かさなかった。
「しかし キ を つけない と いけない。 コイ は ザイアク なん だ から。 ワタクシ の ところ では マンゾク が えられない カワリ に キケン も ない が、 ――キミ、 くろい ながい カミ で しばられた とき の ココロモチ を しって います か」
 ワタクシ は ソウゾウ で しって いた。 しかし ジジツ と して は しらなかった。 いずれ に して も センセイ の いう ザイアク と いう イミ は もうろう と して よく わからなかった。 そのうえ ワタクシ は すこし フユカイ に なった。
「センセイ、 ザイアク と いう イミ を もっと はっきり いって きかして ください。 それ で なければ この モンダイ を ここ で きりあげて ください。 ワタクシ ジシン に ザイアク と いう イミ が はっきり わかる まで」
「わるい こと を した。 ワタクシ は アナタ に マコト を はなして いる キ で いた。 ところが ジッサイ は、 アナタ を じらして いた の だ。 ワタクシ は わるい こと を した」
 センセイ と ワタクシ とは ハクブツカン の ウラ から ウグイスダニ の ホウガク に しずか な ホチョウ で あるいて いった。 カキ の スキマ から ひろい ニワ の イチブ に しげる クマザサ が ユウスイ に みえた。
「キミ は ワタクシ が なぜ マイゲツ ゾウシガヤ の ボチ に うまって いる ユウジン の ハカ へ まいる の か しって います か」
 センセイ の この トイ は まったく トツゼン で あった。 しかも センセイ は ワタクシ が この トイ に たいして こたえられない と いう こと も よく ショウチ して いた。 ワタクシ は しばらく ヘンジ を しなかった。 すると センセイ は はじめて キ が ついた よう に こう いった。
「また わるい こと を いった。 じらせる の が わるい と おもって、 セツメイ しよう と する と、 その セツメイ が また アナタ を じらせる よう な ケッカ に なる。 どうも シカタ が ない。 この モンダイ は これ で やめましょう。 とにかく コイ は ザイアク です よ、 よ ござんす か。 そうして シンセイ な もの です よ」
 ワタクシ には センセイ の ハナシ が ますます わからなく なった。 しかし センセイ は それぎり コイ を クチ に しなかった。

 14

 トシ の わかい ワタクシ は ややともすると イチズ に なりやすかった。 すくなくとも センセイ の メ には そう うつって いた らしい。 ワタクシ には ガッコウ の コウギ より も センセイ の ダンワ の ほう が ユウエキ なの で あった。 キョウジュ の イケン より も センセイ の シソウ の ほう が ありがたい の で あった。 トド の ツマリ を いえば、 キョウダン に たって ワタクシ を シドウ して くれる えらい ヒトビト より も ただ ヒトリ を まもって オオク を かたらない センセイ の ほう が えらく みえた の で あった。
「あんまり のぼせちゃ いけません」 と センセイ が いった。
「さめた ケッカ と して そう おもう ん です」 と こたえた とき の ワタクシ には ジュウブン の ジシン が あった。 その ジシン を センセイ は うけがって くれなかった。
「アナタ は ネツ に うかされて いる の です。 ネツ が さめる と いや に なります。 ワタクシ は イマ の アナタ から それほど に おもわれる の を、 くるしく かんじて います。 しかし これから サキ の アナタ に おこる べき ヘンカ を ヨソウ して みる と、 なお くるしく なります」
「ワタクシ は それほど ケイハク に おもわれて いる ん です か。 それほど フシンヨウ なん です か」
「ワタクシ は オキノドク に おもう の です」
「キノドク だ が シンヨウ されない と おっしゃる ん です か」
 センセイ は メイワク そう に ニワ の ほう を むいた。 その ニワ に、 コノアイダ まで おもそう な あかい つよい イロ を ぽたぽた てんじて いた ツバキ の ハナ は もう ヒトツ も みえなかった。 センセイ は ザシキ から この ツバキ の ハナ を よく ながめる クセ が あった。
「シンヨウ しない って、 とくに アナタ を シンヨウ しない ん じゃ ない。 ニンゲン ゼンタイ を シンヨウ しない ん です」
 その とき イケガキ の ムコウ で キンギョウリ らしい コエ が した。 その ホカ には なんの きこえる もの も なかった。 オオドオリ から 2 チョウ も ふかく おれこんだ コウジ は ぞんがい しずか で あった。 ウチ の ナカ は イツモ の とおり ひっそり して いた。 ワタクシ は ツギノマ に オクサン の いる こと を しって いた。 だまって ハリシゴト か ナニ か して いる オクサン の ミミ に ワタクシ の ハナシゴエ が きこえる と いう こと も しって いた。 しかし ワタクシ は まったく それ を わすれて しまった。
「じゃ オクサン も シンヨウ なさらない ん です か」 と センセイ に きいた。
 センセイ は すこし フアン な カオ を した。 そうして チョクセツ の コタエ を さけた。
「ワタクシ は ワタクシ ジシン さえ シンヨウ して いない の です。 つまり ジブン で ジブン が シンヨウ できない から、 ヒト も シンヨウ できない よう に なって いる の です。 ジブン を のろう より ホカ に シカタ が ない の です」
「そう むずかしく かんがえれば、 ダレ だって たしか な もの は ない でしょう」
「いや かんがえた ん じゃ ない。 やった ん です。 やった アト で おどろいた ん です。 そうして ヒジョウ に こわく なった ん です」
 ワタクシ は もうすこし サキ まで おなじ ミチ を たどって ゆきたかった。 すると フスマ の カゲ で 「アナタ、 アナタ」 と いう オクサン の コエ が 2 ド きこえた。 センセイ は 2 ド-メ に 「ナン だい」 と いった。 オクサン は 「ちょっと」 と センセイ を ツギノマ へ よんだ。 フタリ の アイダ に どんな ヨウジ が おこった の か、 ワタクシ には わからなかった。 それ を ソウゾウ する ヨユウ を あたえない ほど はやく センセイ は また ザシキ へ かえって きた。
「とにかく あまり ワタクシ を シンヨウ して は いけません よ。 いまに コウカイ する から。 そうして ジブン が あざむかれた ヘンポウ に、 ザンコク な フクシュウ を する よう に なる もの だ から」
「そりゃ どういう イミ です か」
「かつて は その ヒト の ヒザ の マエ に ひざまずいた と いう キオク が、 コンド は その ヒト の アタマ の ウエ に アシ を のせさせよう と する の です。 ワタクシ は ミライ の ブジョク を うけない ため に、 イマ の ソンケイ を しりぞけたい と おもう の です。 ワタクシ は イマ より いっそう さびしい ミライ の ワタクシ を ガマン する カワリ に、 さびしい イマ の ワタクシ を ガマン したい の です。 ジユウ と ドクリツ と オノレ と に みちた ゲンダイ に うまれた ワレワレ は、 その ギセイ と して ミンナ この サビシミ を あじわわなくて は ならない でしょう」
 ワタクシ は こういう カクゴ を もって いる センセイ に たいして、 いう べき コトバ を しらなかった。

 15

 ソノゴ ワタクシ は オクサン の カオ を みる たび に キ に なった。 センセイ は オクサン に たいして も しじゅう こういう タイド に でる の だろう か。 もし そう だ と すれば、 オクサン は それ で マンゾク なの だろう か。
 オクサン の ヨウス は マンゾク とも フマンゾク とも キメヨウ が なかった。 ワタクシ は それほど ちかく オクサン に セッショク する キカイ が なかった から。 それから オクサン は ワタクシ に あう たび に ジンジョウ で あった から。 サイゴ に センセイ の いる セキ で なければ ワタクシ と オクサン とは めった に カオ を あわせなかった から。
 ワタクシ の ギワク は まだ その うえ にも あった。 センセイ の ニンゲン に たいする この カクゴ は どこ から くる の だろう か。 ただ つめたい メ で ジブン を ナイセイ したり ゲンダイ を カンサツ したり した ケッカ なの だろう か。 センセイ は すわって かんがえる タチ の ヒト で あった。 センセイ の アタマ さえ あれば、 こういう タイド は すわって ヨノナカ を かんがえて いて も しぜん と でて くる もの だろう か。 ワタクシ には そう ばかり とは おもえなかった。 センセイ の カクゴ は いきた カクゴ らしかった。 ヒ に やけて レイキャク しきった セキゾウ カオク の リンカク とは ちがって いた。 ワタクシ の メ に えいずる センセイ は たしか に シソウカ で あった。 けれども その シソウカ の まとめあげた シュギ の ウラ には、 つよい ジジツ が おりこまれて いる らしかった。 ジブン と きりはなされた タニン の ジジツ で なくって、 ジブン ジシン が ツウセツ に あじわった ジジツ、 チ が あつく なったり ミャク が とまったり する ほど の ジジツ が、 たたみこまれて いる らしかった。
 これ は ワタクシ の ムネ で スイソク する が もの は ない。 センセイ ジシン すでに そう だ と コクハク して いた。 ただ その コクハク が クモ の ミネ の よう で あった。 ワタクシ の アタマ の ウエ に ショウタイ の しれない おそろしい もの を おおいかぶせた。 そうして なぜ それ が おそろしい か ワタクシ にも わからなかった。 コクハク は ぼうと して いた。 それでいて あきらか に ワタクシ の シンケイ を ふるわせた。
 ワタクシ は センセイ の この ジンセイカン の キテン に、 ある キョウレツ な レンアイ ジケン を カテイ して みた。 (むろん センセイ と オクサン との アイダ に おこった)。 センセイ が かつて コイ は ザイアク だ と いった こと から てらしあわせて みる と、 たしょう それ が テガカリ にも なった。 しかし センセイ は げんに オクサン を あいして いる と ワタクシ に つげた。 すると フタリ の コイ から こんな エンセイ に ちかい カクゴ が でよう はず が なかった。 「かつて は その ヒト の マエ に ひざまずいた と いう キオク が、 コンド は その ヒト の アタマ の ウエ に アシ を のせさせよう と する」 と いった センセイ の コトバ は、 ゲンダイ イッパン の タレカレ に ついて もちいられる べき で、 センセイ と オクサン の アイダ には あてはまらない もの の よう でも あった。
 ゾウシガヤ に ある ダレ だ か わからない ヒト の ハカ、 ――これ も ワタクシ の キオク に ときどき うごいた。 ワタクシ は それ が センセイ と ふかい エンコ の ある ハカ だ と いう こと を しって いた。 センセイ の セイカツ に ちかづきつつ ありながら、 ちかづく こと の できない ワタクシ は、 センセイ の アタマ の ナカ に ある イノチ の ダンペン と して、 その ハカ を ワタクシ の アタマ の ナカ にも うけいれた。 けれども ワタクシ に とって その ハカ は まったく しんだ もの で あった。 フタリ の アイダ に ある イノチ の トビラ を あける カギ には ならなかった。 むしろ フタリ の アイダ に たって、 ジユウ の オウライ を さまたげる マモノ の よう で あった。
 そうこう して いる うち に、 ワタクシ は また オクサン と サシムカイ で ハナシ を しなければ ならない ジキ が きた。 その コロ は ヒ の つまって ゆく せわしない アキ に、 ダレ も チュウイ を ひかれる ハダサム の キセツ で あった。 センセイ の フキン で トウナン に かかった モノ が サン、 ヨッカ つづいて でた。 トウナン は いずれ も ヨイ の クチ で あった。 たいした もの を もって ゆかれた ウチ は ほとんど なかった けれども、 はいられた ところ では かならず ナニ か とられた。 オクサン は キミ を わるく した。 そこ へ センセイ が ある バン ウチ を あけなければ ならない ジジョウ が できて きた。 センセイ と ドウキョウ の ユウジン で チホウ の ビョウイン に ホウショク して いる モノ が ジョウキョウ した ため、 センセイ は ホカ の 2~3 メイ と ともに、 ある ところ で その ユウジン に メシ を くわせなければ ならなく なった。 センセイ は ワケ を はなして、 ワタクシ に かえって くる アイダ まで の ルスバン を たのんだ。 ワタクシ は すぐ ひきうけた。

 16

 ワタクシ の いった の は まだ ヒ の つく か つかない クレガタ で あった が、 キチョウメン な センセイ は もう ウチ に いなかった。 「ジカン に おくれる と わるい って、 つい いましがた でかけました」 と いった オクサン は、 ワタクシ を センセイ の ショサイ へ アンナイ した。
 ショサイ には テーブル と イス の ホカ に、 タクサン の ショモツ が うつくしい セガワ を ならべて、 ガラスゴシ に デントウ の ヒカリ で てらされて いた。 オクサン は ヒバチ の マエ に しいた ザブトン の ウエ へ ワタクシ を すわらせて、 「ちっと そこいら に ある ホン でも よんで いて ください」 と ことわって でて いった。 ワタクシ は ちょうど シュジン の カエリ を まちうける キャク の よう な キ が して すまなかった。 ワタクシ は かしこまった まま タバコ を のんで いた。 オクサン が チャノマ で ナニ か ゲジョ に はなして いる コエ が きこえた。 ショサイ は チャノマ の エンガワ を つきあたって おれまがった カド に ある ので、 ムネ の イチ から いう と、 ザシキ より も かえって かけはなれた シズカサ を りょうして いた。 ヒトシキリ で オクサン の ハナシゴエ が やむ と、 アト は しんと した。 ワタクシ は ドロボウ を まちうける よう な ココロモチ で、 じっと しながら キ を どこ か に くばった。
 30 プン ほど する と、 オクサン が また ショサイ の イリグチ へ カオ を だした。 「おや」 と いって、 かるく おどろいた とき の メ を ワタクシ に むけた。 そうして キャク に きた ヒト の よう に しかつめらしく ひかえて いる ワタクシ を おかしそう に みた。
「それ じゃ キュウクツ でしょう」
「いえ、 キュウクツ じゃ ありません」
「でも タイクツ でしょう」
「いいえ。 ドロボウ が くる か と おもって キンチョウ して いる から タイクツ でも ありません」
 オクサン は テ に コウチャ-ヂャワン を もった まま、 わらいながら そこ に たって いた。
「ここ は スミッコ だ から バン を する には よく ありません ね」 と ワタクシ が いった。
「じゃ シツレイ です が もっと マンナカ へ でて きて ちょうだい。 ゴタイクツ だろう と おもって、 オチャ を いれて もって きた ん です が、 チャノマ で よろしければ あちら で あげます から」
 ワタクシ は オクサン の アト に ついて ショサイ を でた。 チャノマ には きれい な ナガヒバチ に テツビン が なって いた。 ワタクシ は そこ で チャ と カシ の ゴチソウ に なった。 オクサン は ねられない と いけない と いって、 チャワン に テ を ふれなかった。
「センセイ は やっぱり ときどき こんな カイ へ おでかけ に なる ん です か」
「いいえ めった に でた こと は ありません。 チカゴロ は だんだん ヒト の カオ を みる の が きらい に なる よう です」
 こう いった オクサン の ヨウス に、 べつだん こまった もの だ と いう フウ も みえなかった ので、 ワタクシ は つい ダイタン に なった。
「それじゃ オクサン だけ が レイガイ なん です か」
「いいえ ワタクシ も きらわれて いる ヒトリ なん です」
「そりゃ ウソ です」 と ワタクシ が いった。 「オクサン ジシン ウソ と しりながら そう おっしゃる ん でしょう」
「なぜ」
「ワタクシ に いわせる と、 オクサン が すき に なった から セケン が きらい に なる ん です もの」
「アナタ は ガクモン を する カタ だけ あって、 なかなか オジョウズ ね。 カラッポ な リクツ を つかいこなす こと が。 ヨノナカ が きらい に なった から、 ワタクシ まで も きらい に なった ん だ とも いわれる じゃ ありません か。 それ と おんなじ リクツ で」
「リョウホウ とも いわれる こと は いわれます が、 この バアイ は ワタクシ の ほう が ただしい の です」
「ギロン は いや よ。 よく オトコ の カタ は ギロン だけ なさる のね、 おもしろそう に。 カラ の サカズキ で よく ああ あきず に ケンシュウ が できる と おもいます わ」
 オクサン の コトバ は すこし てひどかった。 しかし その コトバ の ミミザワリ から いう と、 けっして モウレツ な もの では なかった。 ジブン に ズノウ の ある こと を アイテ に みとめさせて、 そこ に イッシュ の ホコリ を みいだす ほど に オクサン は ゲンダイテキ で なかった。 オクサン は それ より もっと ソコ の ほう に しずんだ ココロ を ダイジ に して いる らしく みえた。

 17

 ワタクシ は まだ その アト に いう べき こと を もって いた。 けれども オクサン から いたずらに ギロン を しかける オトコ の よう に とられて は こまる と おもって エンリョ した。 オクサン は のみほした コウチャ-ヂャワン の ソコ を のぞいて だまって いる ワタクシ を そらさない よう に、 「もう 1 パイ あげましょう か」 と きいた。 ワタクシ は すぐ チャワン を オクサン の テ に わたした。
「イクツ? ヒトツ? フタッツ?」
 ミョウ な もの で カクザトウ を つまみあげた オクサン は、 ワタクシ の カオ を みて、 チャワン の ナカ へ いれる サトウ の カズ を きいた。 オクサン の タイド は ワタクシ に こびる と いう ほど では なかった けれども、 サッキ の つよい コトバ を つとめて うちけそう と する アイキョウ に みちて いた。
 ワタクシ は だまって チャ を のんだ。 のんで しまって も だまって いた。
「アナタ たいへん だまりこんじまった のね」 と オクサン が いった。
「ナニ か いう と また ギロン を しかける なんて、 しかりつけられそう です から」 と ワタクシ は こたえた。
「まさか」 と オクサン が ふたたび いった。
 フタリ は それ を イトグチ に また ハナシ を はじめた。 そうして また フタリ に キョウツウ な キョウミ の ある センセイ を モンダイ に した。
「オクサン、 サッキ の ツヅキ を もうすこし いわせて くださいません か。 オクサン には カラ な リクツ と きこえる かも しれません が、 ワタクシ は そんな ウワノソラ で いってる こと じゃ ない ん だ から」
「じゃ おっしゃい」
「イマ オクサン が キュウ に いなく なった と したら、 センセイ は ゲンザイ の とおり で いきて いられる でしょう か」
「そりゃ わからない わ、 アナタ。 そんな こと、 センセイ に きいて みる より ホカ に シカタ が ない じゃ ありません か。 ワタクシ の ところ へ もって くる モンダイ じゃ ない わ」
「オクサン、 ワタクシ は マジメ です よ。 だから にげちゃ いけません。 ショウジキ に こたえなくっちゃ」
「ショウジキ よ。 ショウジキ に いって ワタクシ には わからない のよ」
「じゃ オクサン は センセイ を どの くらい あいして いらっしゃる ん です か。 これ は センセイ に きく より むしろ オクサン に うかがって いい シツモン です から、 アナタ に うかがいます」
「なにも そんな こと を ひらきなおって きかなくって も いい じゃ ありません か」
「まじめくさって きく が もの は ない。 わかりきってる と おっしゃる ん です か」
「まあ そう よ」
「その くらい センセイ に チュウジツ な アナタ が キュウ に いなく なったら、 センセイ は どう なる ん でしょう。 ヨノナカ の どっち を むいて も おもしろそう で ない センセイ は、 アナタ が キュウ に いなく なったら アト で どう なる でしょう。 センセイ から みて じゃ ない。 アナタ から みて です よ。 アナタ から みて、 センセイ は コウフク に なる でしょう か、 フコウ に なる でしょう か」
「そりゃ ワタクシ から みれば わかって います。 (センセイ は そう おもって いない かも しれません が)。 センセイ は ワタクシ を はなれれば フコウ に なる だけ です。 あるいは いきて いられない かも しれません よ。 そう いう と、 オノボレ に なる よう です が、 ワタクシ は イマ センセイ を ニンゲン と して できる だけ コウフク に して いる ん だ と しんじて います わ。 どんな ヒト が あって も ワタクシ ほど センセイ を コウフク に できる モノ は ない と まで おもいこんで います わ。 それだから こうして おちついて いられる ん です」
「その シンネン が センセイ の ココロ に よく うつる はず だ と ワタクシ は おもいます が」
「それ は ベツモンダイ です わ」
「やっぱり センセイ から きらわれて いる と おっしゃる ん です か」
「ワタクシ は きらわれてる とは おもいません。 きらわれる ワケ が ない ん です もの。 しかし センセイ は セケン が きらい なん でしょう。 セケン と いう より チカゴロ では ニンゲン が きらい に なって いる ん でしょう。 だから その ニンゲン の 1 ニン と して、 ワタクシ も すかれる はず が ない じゃ ありません か」
 オクサン の きらわれて いる と いう イミ が やっと ワタクシ に のみこめた。

 18

 ワタクシ は オクサン の リカイリョク に カンシン した。 オクサン の タイド が キュウシキ の ニホン の オンナ-らしく ない ところ も ワタクシ の チュウイ に イッシュ の シゲキ を あたえた。 それ で オクサン は その コロ はやりはじめた いわゆる あたらしい コトバ など は ほとんど つかわなかった。
 ワタクシ は オンナ と いう もの に ふかい ツキアイ を した ケイケン の ない ウカツ な セイネン で あった。 オトコ と して の ワタクシ は、 イセイ に たいする ホンノウ から、 ドウケイ の モクテキブツ と して つねに オンナ を ゆめみて いた。 けれども それ は なつかしい ハル の クモ を ながめる よう な ココロモチ で、 ただ ばくぜん と ゆめみて いた に すぎなかった。 だから ジッサイ の オンナ の マエ へ でる と、 ワタクシ の カンジョウ が とつぜん かわる こと が ときどき あった。 ワタクシ は ジブン の マエ に あらわれた オンナ の ため に ひきつけられる カワリ に、 その バ に のぞんで かえって ヘン な ハンパツリョク を かんじた。 オクサン に たいした ワタクシ には そんな キ が まるで でなかった。 ふつう ナンニョ の アイダ に よこたわる シソウ の フヘイキン と いう カンガエ も ほとんど おこらなかった。 ワタクシ は オクサン の オンナ で ある と いう こと を わすれた。 ワタクシ は ただ セイジツ なる センセイ の ヒヒョウカ および ドウジョウカ と して オクサン を ながめた。
「オクサン、 ワタクシ が このまえ なぜ センセイ が セケンテキ に もっと カツドウ なさらない の だろう と いって、 アナタ に きいた とき に、 アナタ は おっしゃった こと が あります ね。 モト は ああ じゃ なかった ん だ って」
「ええ いいました。 じっさい あんな じゃ なかった ん です もの」
「どんな だった ん です か」
「アナタ の キボウ なさる よう な、 また ワタクシ の キボウ する よう な たのもしい ヒト だった ん です」
「それ が どうして キュウ に ヘンカ なすった ん です か」
「キュウ に じゃ ありません、 だんだん ああ なって きた のよ」
「オクサン は その アイダ しじゅう センセイ と イッショ に いらしった ん でしょう」
「むろん いました わ。 フウフ です もの」
「じゃ センセイ が そう かわって ゆかれる ゲンイン が ちゃんと わかる べき はず です がね」
「それだから こまる のよ。 アナタ から そう いわれる と じつに つらい ん です が、 ワタクシ には どう かんがえて も、 カンガエヨウ が ない ん です もの。 ワタクシ は イマ まで ナンベン あの ヒト に、 どうぞ うちあけて ください って たのんで みた か わかりゃ しません」
「センセイ は なんと おっしゃる ん です か」
「なんにも いう こと は ない、 なんにも シンパイ する こと は ない、 オレ は こういう セイシツ に なった ん だ から と いう だけ で、 とりあって くれない ん です」
 ワタクシ は だまって いた。 オクサン も コトバ を とぎらした。 ゲジョベヤ に いる ゲジョ は ことり とも オト を させなかった。 ワタクシ は まるで ドロボウ の こと を わすれて しまった。
「アナタ は ワタクシ に セキニン が ある ん だ と おもって や しません か」 と とつぜん オクサン が きいた。
「いいえ」 と ワタクシ が こたえた。
「どうぞ かくさず に いって ください。 そう おもわれる の は ミ を きられる より つらい ん だ から」 と オクサン が また いった。 「これ でも ワタクシ は センセイ の ため に できる だけ の こと は して いる つもり なん です」
「そりゃ センセイ も そう みとめて いられる ん だ から、 だいじょうぶ です。 ゴアンシン なさい、 ワタクシ が ホショウ します」
 オクサン は ヒバチ の ハイ を かきならした。 それから ミズサシ の ミズ を テツビン に さした。 テツビン は たちまち ナリ を しずめた。
「ワタクシ は とうとう シンボウ しきれなく なって、 センセイ に ききました。 ワタクシ に わるい ところ が ある なら エンリョ なく いって ください、 あらためられる ケッテン なら あらためる から って、 すると センセイ は、 オマエ に ケッテン なんか ありゃ しない、 ケッテン は オレ の ほう に ある だけ だ と いう ん です。 そう いわれる と、 ワタクシ かなしく なって シヨウ が ない ん です、 ナミダ が でて なお の こと ジブン の わるい ところ が ききたく なる ん です」
 オクサン は メ の ウチ に ナミダ を いっぱい ためた。
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