今日も魚が旨い

ノーバイトを楽しむブラックバス釣行記と、アマチュア演劇人としての演劇日記。たまに詩吟の話。まぁ要するに趣味の語り場。

1年生がなんだ!

2009年01月25日 | 演劇
今日から新しいメンバーが加わった。
高校演劇出身者(全くの演劇未経験者)ではない人の参加は、記憶にあるうちでは3人目。
これまで100人ほどの人が彗のメンバーとして活動した中での、この数。

しかし、経験者だからと言って何が勝っているわけでもない。
重要なのは「やりたい」と言う意思なのだ。

…そう伝えた。



誰もが最初は未経験で、ましてや、異様なほどテンションが高い稽古場での劇団員と、初対面でいきなり大きな声で会話できるわけも無い。
思い起こせば、自分も高校1年生で演劇部のドアをノックした時は妙にオドオドした挙動不審なヤツだったに違いない。
はじめて台詞をしゃべったときは、どう言っていいのか解からなかった。
今から思えば、どう言うもこう言うもない訳で。
大概の台詞は普段の会話とそれほど大きく違わない。
「感情込めて!」とか、そんな事考えたりしながらしゃべることなんてむしろ稀で。思ったことを思ったままにしゃべっていただけだったはずだ。
芝居に登場する人物達だって、そう思ったからそう言っただけのはずなんだ。




これからおよそ1ヶ月の稽古で、今日から加わった新規メンバーがどこまで出来るようになるかは、正直、未知数。
でも、初舞台を思い切り楽しんで欲しいと思っている。

会場入りしてからの時間の足りなさを
本番直前のワクワクとドキドキが入り混じった緊張感を
幕切れ直後のあの妙な興奮を
一緒に楽しんでもらいたいと思っている。

まだ“馴染めてませんオーラ”を漂わせていた新人を相手にしゃべっていた時に、自分の初舞台のころの姿を見た気がした。






また新たな風を稽古場に運んできてくれた事に感謝しながら、気温0度の稽古場で、明日からもがんばろう。

サメは全てが回遊魚ではない

2009年01月18日 | 演劇
『ナイトライダーⅢ ~だから、食べる前からソースかけるなよ~』公演まで50日を切った。そしてこの物語の全貌が明らかになった。
明らかになったところで改めて自らの芝居に取り組む姿勢を正した。


“回遊魚”と言われる魚は、そういう分類があるわけではない。
(※注:ここで言う分類とは、いわゆる▲▲目●●科…みたいなやつ)
一般的には、泳ぐ(前進する)事で口から水(酸素)を取り入れるタイプの魚の総称だ。
魚が呼吸するためには、エラに新鮮な水を通して溶けている酸素を取り入れるのが普通だ。(あえてこう言うには、皮膚呼吸や肺呼吸に近い事をするものもいるので。)
じっとしている魚が、口をパクパクしているのを見たことがある人も沢山いるだろう。あれは、口を開けた時に口の中に水を取り入れ、口を閉じる時にエラ蓋を開けて取り入れた水をエラに通しているのだ。二重ポンプ構造のような仕組みで呼吸している。
これに対して、回遊魚と言われる魚たちはこの二重ポンプ構造がないか苦手な魚といえる。例えばマグロは泳ぐ時に口を半開きにしている。自身が泳ぐ(前進する)事で、半開きの口から新鮮な水を取り入れ、エラを通して酸素を得ているのだ。

タイトルにある通り、サメは全種がこのような二重ポンプ構造をもたないのではない。数本のスリットのようなエラ蓋をパカパカさせて、岩陰でジッとしているものも沢山いる。


今回の物語にはサメが登場する。
ここに出てくるサメは“回遊魚”タイプのサメだ。
人食いザメとして映画ジョーズのモデルとなったホオジロザメやアオザメに代表されるような、サメだ。
彼らは強靭な体と共に、鋭い嗅覚を備えている。数キロの彼方の血の匂いを嗅ぎつけて来るだけの鋭い嗅覚だ。それは、彼らが大海原でその巨体を維持するために必要な、生き抜いていくために必要な能力だ。

これからますます激しさを増す稽古を生き抜いていくだけの能力を、我々は備えていなければならない。
現代社会を生き抜いていくだけの能力を、現代人たちは備えていなければならない。
自然界における生存競争とは、かくも厳しいものなのだよ。人間社会もやっぱり自然界の中にあったんだ。


…後半は芝居の内容とは直接関係がないかも知れません。

稽古始めに誓いをたてる

2009年01月11日 | 演劇
まだ脚本が揃わず、なんともモヤモヤした日を過ごしている。
それでも本が無いなら無いなりに積んでおきたい鍛錬はあるもので、稽古の日はもっぱらそういう事に時間を費やしているのだ。

しかし多くの場合、脚本が無いとモチベーションが上がらず基礎的な鍛錬を怠る者も多いのが実状。
今作と直接的に結びつかない稽古ともなると、明らかに参加意欲は下がっている。見れば解かる。
そんな中にあっても頑張っている諸君!必ず成果が舞台で出る!

正直に言うと、役者としての資質を問われた時に、「上手い」「下手」よりも「稽古にきちんと出る事」の方こそ重要視している。直接作品創りに関わらない内容の稽古であっても、どこかに通じるものがある…とその先を想像して取り組む姿勢がその役者の“伸びしろ”だと思うからだ。
伸びる可能性…これが即ち役者としての資質。だと思う。少なくともウチの劇団においては。

そうやって過ごしてきた「ナイトライダーⅢ」の稽古もすでに1ヶ月以上が経過した。

そして否応無く本番の日にちは迫ってくる。
この1ヶ月あまりの時間が参加者達にどんな影響を与えたかは、舞台で見てやって欲しい。


劇団創立12年目にして始めて主役をやる。
稽古もいよいよ本格化してくる。
そんな時期になって、共に劇団を支えてきたが志半ばにして病魔に倒れた同い年の霊前に誓いをたててきた。