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ヤスクニの人々


倒れそうだけど、ダイジョウブ。

現在のメインサイトは http://mac-mac-mac.blog.so-net.ne.jp/ です。

69人の国会議員が、今日靖国詣を行った。
危ないツートップ、ひとりは代理を遣わせて自分は千鳥ヶ淵へ。もうひとりは海賊退治の現場へ視察中。
習近平さんへの「一応の配慮」を示した形となる。

ヤスクニに敏感な人、関係の無い人様々だろうが、なんで中韓がここまでナーバスになるのかを考えて欲しいし、ヤスクニの本当に「役割」についても深く知るべきだと思う。
そのための8.15なんだから。

私もヤスクニ前を通ったことがあるが、都心でこれほどの緑地は「いい散歩コースだなあ」と感心した。
入ってすぐに「問題の看板」があり、素性がバレるんだけどね。

今日が終戦記念日だけど、沖縄の地上戦が終わったのは9月はじめのこと。
これもあまり知られていない(し、アメリカは隠したがる)。
樺太がロシアに盗られちゃうのが24日。火事場泥棒みたいだ。
日本の支配が終わり、アジアの都市に光が戻ったのは15日。
シベリア抑留が始まるのはもう少し経ってから。

母が、「あの日はいい天気だったなあ。ラジオは何を言ってるのか分からなかったけど、学校の先生たちが泣いてた」とつぶやいていた。

若者たちの「空虚」「無情」「失意」「猜疑」が始まるのも、その青い空の下だった。
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見えないからこそ

御巣鷹の峰に日航機が墜落してから31年。
純粋に「引き算」すると、その日は高校生だった私。
夕方から夜、そして翌日から始まった「報道戦争」の事を今も鮮明に覚えてる。
亡くなられた皆様に、改めてご冥福をお祈りいたします。

さて、自分の未来が見えなくなってから早十数年。病気もそうだし私的な理由もあり
希望の光が完全に閉ざされた。
好きな写真も体調のよい時に数枚撮るのが精いっぱい。
多分カメラを握らない日が長く続けば、生きている意味も見失ったのと同義だろうな。
なので辛くても、苦しくても、何とか1枚1枚を積み重ねている。

ちなみに、外見は健康な人そのものだから誰も心配しない。この点だけはよかった。
本当に不調な時も、あまり気づかれない。つきあいの長い「母親」だけは気づいていたが、
最近はお年を召してきたので感覚が鈍っているようだ。
家族にはバレない。さほど気にされていないから。

見えないからこそ見えるものがあって、見たいものもある。
普段何気なく通り過ぎている景色の中に、ふと立ち止まりたくなる、撮りたくなる瞬間がある。
「病者だから見えるもの」と言うべきか、「病者ゆえに感じるもの」というか。

そうこうしているうちに仕事でも光を失い、今は閑職で事後処理だけを専門に扱っている。
なので、未来はない。未来を作る、リードする役目から外された今は、毎日が忍耐。
面白い訳がない。ただただ学費と養育費のために職場に張り付いているだけだ。

そんな自分の姿が、夜自分を襲ってくる。
逃げたいが、酒も飲めず(薬の関係で飲み合わせ不可)、かといってギャンブルもせず。
温泉も長湯は忌禁で、交感神経と副交感神経のスイッチが壊れている。

厄介な体を引きずりながら、日々を過ごす。

多分こんな思いをしているのは、自分だけじゃないんだろうな、と感じつつ。
真面目に生きてきた人間が報われる社会を作っていかないと、いずれこの国はなくなる。
それだけは確かな気がする。
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こっちも活用


現在のブログは http://mac-mac-mac.blog.so-net.ne.jp/ で更新中です。

でも何となく、昔のほうに書き込んでみたりして。
使い分けもするけど、どっちでも書きたいことを書こうかな、と。

「危険な状況だから」都知事に立候補するとは鳥越俊太郎さんの意見。
ある意味、戦争を知る人は「肌感覚」としてあるんだろうな。危機感が。
戦争を知らない世代が大半を占めるようになった今・・・少子化だけど・・・やはり頼りになるのは戦中戦後を知る人たち。

PKO派遣地域の「内戦」を「戦闘状態とは把握せず」と言ってるくせに、邦人救出のために自衛隊機を飛ばす政府。
現在のPKO隊員たちは「丸腰」だけど、11月のメンバーは武装して行くだろう。
何と言っても、内戦状態でUN支配地域に安全と食糧を求めて住民が数千人単位(昨夜までで5千人とも)で避難してくる。
守るためにも、陸自の隊員たちには「撤退命令」は出せないんだという。

同じ地域で、中国の隊員には死者が出てる。彼らは内戦の当事者と銃撃戦。
日本は「宿舎内待機命令」。
申し訳ないが、日本はこのやり方しかできないし、危険な地域には行けない。

はずだったのにね・・・。

非常事態条項で報道の自由を奪い、基本的人権を停止し、徴兵を始める。
そんな日本はいやだ。

この道は いつか来た道

戻ってはいけない。繰り返してはいけない。
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京都の市議会議員選挙に立候補した親友が当選した。府議を1期、その後市議に鞍替えして1期つとめ、2期目が始まる事になった。
学生の時は「議員になる」なんて全く縁のない生活を送り、ラテンアメリカをこよなく愛すノリノリの性格だった。
それが今は、府民のため、市民のために走り回るという行動を生業としている。
いい意味で感激、平たく言えばビックリである。
忙しい四年間がまた始まる。私にはとても無理な職業である。

大学の寮で一年間同部屋だったヤツも、父親の地盤を引き継ぎ大阪で議員をやってる。
勉強もせずゴロゴロゴロゴロ転がってばかりで、夜だけはシャンとして遊びまくり、翌朝の1コマ目は絶対に起きてこない法学部生。
あまりに・・・だったので、~~ちゃん、本当、大丈夫?なんて何度聞いたことか。
都内でサラリーマンを数年経験し、大阪に帰り議員秘書を経験。そのあと「満を持して」出馬。
お父さんの功績により、当選はしたものの1年生議員は大変だったようで、色々感じることがあったらしい。
本人の良さがどんどん出てきて日に日に成長したらしい。一期目の終わりには「有望な若手議員」として党派を問わず期待されていた。
そんなとき東京で会う機会があり、彼は照れたように「JIQ、本当心配かけたよなー。おれ、大丈夫。頑張るから」とちょっぴり
汗かきながら話してきた。二人で大笑いした。人生何があるかは分からない。そんなもんか。そうだな。

頑張ってる友人に囲まれている割には、何も成長のない私。
人生って「悩み」の異名だよねえなんてつぶやいてる。
楽な道を選んだ罰ゲームの真っ最中。人生ゲームで後半「丸裸」になるパターン。
誰を責める訳でもないし、誰からも責められる筋合いはない(と思うが)。

誰かのために生きること。と、自分の夢を、自分の生きたい道をあきらめるのは違うこと。
今頃になって気づいてももう遅い。
地縁血縁なんてここまで来れば関係ない。骨肉の争いは、得るものがなくても、一方的な形でも始まるときは始まる。
人間「絶対」「不変」なんてものはないんだなとつくづく・・・。

そんなとき、何でも語れる友がいれば。
いたはずなんだけど、気づけば何かしら修復できない温度差がある。

よき理解者たちも、今は昔の物語。


今日、注文していた古事記(池澤夏樹:訳)が来た。のんびり読もうと思う。
日本の不幸と迷いの根源。神話から始まる天皇家のあやふやな系統符。
日本を作った神々の末裔が象徴として現存する国。

別にいいとか悪いとかじゃなくて、この曖昧さが何となく居心地悪い。

そんなことも、朝まで語れる友もいたなあと懐かしみつつ。



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あんぽ?んっ?たんなるパフォーマンス?



いつから「与党協議」が「国民の意見を集約した会合」になったのか?
結論ありきで進んだ結果、自民内部でも「大丈夫かな?説明できないぞ」という不安の声も。

地方統一選が終われば、露骨に安保法政や時限立法を廃して恒久法とする各種の声が既成事実として上がる。
防衛大学校で帽子を投げ上げてる人たちは、現場に行かないからいいでしょう。
でもね、中卒高卒で自衛隊入隊のメンバーは実弾飛び交うであろう現地に行く可能性がある、ということ。

私が高校生の時は「自衛隊に3年行って、いろんな資格や免許を取ってから除隊して、そこからいろんな道に
進もうかな」なんて考えも事実あった。給料がもらえる上に資格も取れる。会社の同僚にも陸海空それぞれの
自衛官として3~10年活躍して、現在はトラックドライバーという人も事実、いる。

最近になって「俺たちは災害救助や放射能汚染の最前線でボランティアをやるために入隊したんじゃない!」という
つぶやきが多く聞かれてきて、特に阪神淡路・東日本大震災後にはそれを理由除隊する人が多かったという(関係者:談)。
一度除隊しても、希望があれば「即応予備自衛官」として月一の訓練を受けながら有事の際に出動することができる。
東北の「即応予備自衛官」の「初出動」は先の震災であった・・・。

今ラジオでは「公明党が、憲法改正の時はもう少し簡単にできるように・・・」なんて恐ろしいニュースが流れた。
自民との差がないどころか、いつ改憲派に変わったのか?釈然としない。

自公を勝たせすぎた・・・そう悔やんでる人もいるだろうけどもう遅い。


***

翁長知事、いよいよ「工事中止要請」「海底作業中止指示」出しましたね。
沖縄防衛局は無視、官房長官は「遺憾」と。何が遺憾だ。
辺野古移転なんか踏みつぶしちゃえ。

とは、一概に言えないようで・・・。

知事選に投票に行った人たちの「民意」は「移設反対」が多かった。
なので、当然賛成する人もいる。

今、過激なメディアでは「キャンプ・シュワブ」に引き釣りこまれた「反対派」の人たちの写真をアップで載せるけど、
あの場面をかなり「引いて」撮影すると、全く別の印象を受ける。

写真は真実を伝える。が、恣意的に使われることもある。
望遠で切り抜いた写真があるのなら、広角で俯瞰する視野も必要かと。
今までの戦場カメラマンやサルガド氏が望遠レンズを使わなかったのは、別にレンジファインダーだからではない。

最近の望遠レンズの性能はすごいし、デジカメの性能もいい。うまく使えば、合成(ねつ造)写真なんてカンタン。

注意するのは、同じ写真に同じ人を二人登場させないことかな?

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American Sniper


正義って、何なのか?
家族って、何なのか?

考えちゃいますね・・・。この映画。

誰かのために(彼の場合は「国」のため。正義のため)戦う。
その中には「家族」も入るんだけど・・・。

「体だけ帰ってきて、ココロはどこに忘れてきたの?こんなの嫌だ」っていう奥さんの
気持ちも分かりますが、悲惨な戦争の中の人も、僕らサラリーマンもある意味同じで
ココロは「現場」(戦場や職場)にある場合が多いんです。
とくに、責任を持つようになると・・・

それを責められてもなあ・・・辛いよね・・・という思いを持った。

限界ギリギリで、「もう戻りたい」と思った時に、主人公の奥さんみたいに
「よく戻ってきたね」と受け入れるか、「昔のあなたと違う」と拒絶されるか。

大きな違いです。


仕事や趣味や非営利団体での活動が「最高に楽しい!」時期って、男女問わずあるでしょう。
そのときって、家族だったり恋人だったり、そっちに気が行かない場合がある。
相手には悪いなと思いつつも。
結婚しない人たち、大学4年になっても「恋愛経験無し」、仕事に熱中して「恋も家庭も私には不要」と突っ走る・・・多くなったのも分かる気がする。

主人公の奥さんは、寂しい時は寂しいとストレートに相手にぶつける。黙っていても分からない。
分かってもらうまで突っ込み続ける。素直でかわいいです。
戻る場所があるんだな、と思うから、最悪の状況の中で(銃撃戦のさなかで)衛星携帯で「帰りたい」と男が格好悪く叫べる。愛だよなあ。

親友も、家庭は面倒・・・といって独身でバリバリ仕事してたり、結婚はするけど子供は作らず、海外に拠点を置いて、さらにそこから世界中を飛び回るなんて女史もいる。
充実感を一番に考える。自分の人生好きなように生きてやる!みたいな。
将来は分からないけど、そのまま充実して走りきるんだろうな。

主人公は充実感が途切れたあとの「脱力感」「空虚」を奥さんのチカラで乗り越え、別の形で充実感のある仕事をしていく。結局はそのために死を迎えるのだけど。

ある意味うらやましい。


時間があれば、是非ご覧ください。
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内面はもろいかも


今週は・・・日曜の被災地撮影、3.11、職場での対外的なやりとり等々、精神的にかなりきつかった。
反動で不眠はひどくなるわ疲れは抜けないわで、今日はいよいよダウンとなった。
頑張ったものの午後4時半頃に「ごめんね~」と言いながら控室でバタン・・・次に気づいたのは6時半。
手持ちの仕事は終わってたので、同僚も「休んでれば」とほっといてくれる。

おかげで少しは「脳の疲れ」「ココロの疲れ」が取れた気がする。

見かけによらず、内面はもろいかも。

こんな緊張感の中で4年もいたら・・・避難を続ける被災された方々のご苦労が身にしみる。
大変だろうな。だけでは済まされない。
いろんなところで「立ち話」に参加させていただいたが、コミュニティーのあり方も考え方も場所場所で違う。
通常でも人付き合いが好きな人、うまい人、下手な人、嫌いな人がいる。
人の和の中で落ち着く人、一人の空間が欲しい人、放って置いてという人。
夜に調子を戻す人、夜に不調になる人。それもまた、人によって様々だ。

東北では、多くのカウンセラーが必要、とも言われる。
自分の家族を亡くした事実を隠したまま、傷ついた人たちの叫びをじっと聞き続けたご婦人もいらっしゃる。
では、その人の叫びを誰が受け止めるのか?
はき出さずに我慢を続ければ、その人のココロは回復不能になる。
元気そうに振る舞う人ほど、苦しい現場でリーダーを買って出る人ほど、傷つきやすく誰からもフォローされない。
注意すべき点だと思う。

笑顔の裏に、多くの涙と葛藤がある。

震災は多くの人の人生を変えた。

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数字


67% ・・・ 復興の進み具合が遅い。全く復興しないと感じている。

83% ・・・ 未来に希望が見えない。全く見えない。

毎年NHKが岩手・宮城・福島の被災者に同じ内容でアンケート調査をしている。今年の結果。

数字を使って嘘をつくのは人間で、数字自身は嘘をつかない。

この数字を使って何をすべきか考えるのは、人間だ。

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まだ揺れの中


午後2時46分が過ぎた。

今日は北海道で発達した低気圧のおかげで、暴風雪。
出勤時だけで大型トラック同士の衝突事故1件、道路逸脱8台あった。
別の意味で、自然の厳しさを見せつけられる。

四年前のこの時間は、停電が始まった頃かな。

仙台新港では、地震の後、津波が来るまでの間は気温がぐんと下がり、雪に変わっていた。
同僚は営業冷蔵庫の屋上(6Fの上だから、7F相当)で震えながら、建物4Fまで押し寄せた
津波の姿、近所のキリンビール工場が破壊される姿、自分が乗ってきた大型トラックが
お風呂で遊ぶおもちゃのようにくるくる回りながら、内陸側に流されていくのを見送っていた。

まだ、あの日の揺れの中にいる。

昨日、「想像ラジオ」の著者、いとうせいこうさんから長男くん宛てにサイン本が届いた。
先日の某感想文コンテストで全国入賞したのを喜んでいただき、「ありがとう」と添えられた
本が河出出版の編集部経由で学校に送られてきたのだ。

感想文だから、「書き手」の思いにインスパイヤされて自分の思いを整理しながら書くことが出来た。いとうせいこうさんの深い思いに少しでも近づくことができ、そこから長男君なりに思索を深められたんだと思う。思ってもない激励に、親子揃って恐縮する思いだ。

亡き人たちとの交流は続く。どのような未来が描かれるか。じっと見守っていることだろう。
彼の地では、何が起こっても不思議ではない。


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これまでの日々


 復興も

  収束も無き

    四年かな


***

丸5年で、復興予算が終わる。
今日になって宰相が「平成28年度からの5年間の復興予算を」と言い出した。
その前に、失政を詫びなさい。丸投げの。
杓子定規の霞ヶ関も。復興予算の4割しか執行されてない上に、すべてが「被災地での事業」ではないことも。

マスコミは、なるべく「前向きな人」「頑張ってる人」を取材したがる。
しかし、一度取材された方が翌年「さらにこんなに頑張ってます」という記事や報道を見たことがない。
一部の心あるジャーナリストをのぞけば、誤解を恐れずに言えば・・・メディアにとっての取材対象は「使い捨て」の方が楽だ。
光を浴びせ、モデルケースにする。その人が現実にぶつかり葛藤し、躓いてしまってもフォローはしない。

ただ、次の対象を探すだけだ。

NHK仙台放送局に、気骨のあるアンカーマン・・・いや、報道者がいる。津田さんという人。
震災発生から現在まで、被災地をくまなく取材し、再会を約し、また取材し・・・
オン・エアの部分でも、東北弁が出る場面もある。ことばが標準語なら、聞き出せないことが多すぎる。
民放を含めても、津田さん以上に被災者に寄り添い、被災者の喜怒哀楽を伝える人を私は知らない。
残念なことに、何も変わらない状況に、最近の津田さんの顔や声は以前より厳しさと、時に怒りを感じる事がある。
社内では・・・気づいている人も多いだろう。多分津田さんもまた、消耗していくだけなのかも知れない。

被災地からの声も、もしかすれば放送が終わる可能性もある。

被災地自体が、忘れ去られてゆく。


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