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恐山あれこれ日記

院代(住職代理)が書いてます。

大仕事

2012年05月30日 | インポート

 定年まで無事に仕事を勤め上げ、さてこれから、地域の活動や趣味に、そして家族に、これまで以上に時間と力を注ごうと思っていた矢先、彼は急な病魔に倒れました。そして1年、懸命なリハビリが功を奏し、彼は自力で歩けるまで、文字通りあと一歩のところまできました。ところが、ここまで回復したのに、再び病が彼を打ち倒しました。

「おとうさんが、お和尚さんに会いたいと言うんです」

 家族にそう言われて、私は彼の病室に入りました。

「・・・、本当だね、思ってもみないことになっちゃったね。残念だよね・・・。でも、部屋に入れてくれてありがとう。嬉しいよ」

「そうか・・・。想像することしかできないが、この状態はつらいよね。痛いだろうし、動けないんだからね。ぼくもほんの一時、半身不随になったことがあるけど、それでさえ、切なかったからね」

「さっき、奥さんに聞いたらさ、旦那は、死にたいとか、もう楽になりたいとか言わないんだってね。偉いね。言いたい時だってあるかもしれないのにさ。でもね、それ言われると、実際、家族はつらくてさ。ぼくも亡くなった親父に言われて、切なかったもんだよ。旦那、立派だよ」 

 それまで手を覆っていたガーゼの手袋を家族に外させて、彼の手が私の手にのびてきました。

「ぼく、坊さんだしさ、旦那との付き合いだから、正直に言うけれど、もう残り時間が多くないって、旦那、思ってるでしょ。だから、言うけれど、これから毎日、丁寧に大事に生きないといけないね」

「それでね、旦那の年頃の人たちにはさ、奥さんに看病されたり世話されることを、当たり前に思ってるところがあったりするんだよね、ときどき。でも、それはダメだと思うよ。いろいろ辛いのをこらえてやってるんだよ、きっと。いたわって、感謝しないとね。ぼく、親父が偉かったと思ったのは、母親にいつも、ありがとうと言ってたよ」

「あとね、長く生きてるとさ、あのとき謝っておけばよかったなと思うことが、一つや二つはあるでしょ。それね、今のうちに謝っておいたほうがいいね」

「旦那がいま、こうやって苦しくても、最期まできちんと生きてることが、とても大切だよ。孫たちさ、毎日呼んで、話しかけて、孫の話も聞けるだけ聞いてやりなよ」

「旦那、これから先、いよいよ、一生の大仕事だぜ。人は面倒でさ、一人で勝手に死んで朽ち果てるわけにはいかないんだよね。ただ死ぬわけにはいかない。死んで見せなきゃいけないんだ」

「旦那、また近いうちに会おう。お互い、会えるようにしよう。話をしよう。ほんと、会ってくれてありがとね、今日」

追記:次回「仏教・私流」は6月28日(木)午後6時半から、東京赤坂・豊川稲荷別院にて、行います。


「無常」の無常

2012年05月20日 | インポート

 その筋の書物を読んでいると、時々、たとえば「一切はAである」とか「Aこそすべてである」というような言い方を目にすることがあります。が、しかし、私はこの言い方は無意味だと思います。

 言葉で「Aである」と言うなら、それと同時に「非A」の領域が成立するでしょう。「A」とは「非A」との区別でしか規定できないからです。とすれば、「一切」とか「すべて」という以上、「非A」も含まなければなりません。すると、この言い方は「非AはAである」という意味もあるわけです。

 このあからさまな矛盾を説明するには、「非Aは、一見そう見えるけれど、実はAなのだ」という無理矢理な理屈を用意しなければなりません。そこで出てこざるを得ないのは、「A」と「非A」を「超越」した、あるいは「アウフヘーベン」した、いわば「超A」のごとき観念です。

 しかし、「超A」と言ったが最後、「非超A」がまたぞろ成立しますから、キリがありません。所詮、無意味なのです。

 とすると、「諸行無常」という言葉を「一切は無常である」という意味に解釈したらどうなるのか。それもまた同じことで、「非無常」、つまり「常」も含むのか。だとすると、その矛盾をどう説明するのか?

 説明しません。そうです。含みます。このことを言い換えれば、「諸行無常」も無常だと言うことです。観点を別に取り、ものの考え方を切り替えれば、「一切は常である」のです。「無常」とは、結局、あらゆる条件を無視して「一切」だの「すべて」など言えないのだ、という認識であり、それは仏教の言説でさえ、言説である以上は、例外になり得ないのです。


開山しました

2012年05月10日 | インポート

 F1000058 今年も5月1日、恐山は開山しました。写真は前日4月30日のものです。参道には、多いところで2メートルに近い残雪がありました。宇曾利山湖の水面にも、まだ氷が溶けきらずに浮いています。お稲荷様の社から見た境内にも、あちらこちらに雪見えています。この雪は、ゴールデンウィークが明けても、まだかなり残っていました。

 以下、今年の開山にあたって行った院代の挨拶です。

 皆様、恐山開山の今日、ようこそお参りいただきました。この中には、昨年に引き続いてご参拝の方もおられることでしょうが、私が思うに、少なからぬ感慨がおありではないでしょうか。

 何より、私に昨年来の思いが深くございます。それはもちろん、昨年の開山前、3月11日の大F1000055 震災です。あの震災の前と後では、日本の風景と日本人の有りようが根本的に変わってしまったと思います。

 どう変わったのか、それは人によって、いろいろな思い、感じ方があるでしょう。また、人一人の中に、様々な考えもあるでしょう。

 私が震災をきっかけにこの一年、つくづくと感じ入ったことの一つは、「別れる」ということの意味です。

F1000056 「人生は出会い」だという人がいます。そして「一期一会」という言葉もあります。それほど人との出会いは大きな意味を持つということでしょう。

 しかし、考えてみれば当たり前のことながら、ならばこそ、人生は別れであり、「一期一離」でしょう。

 もし、人との出会いが重要だというならば、それは、出会いがお互いの存在の中に意味と価値を作り出すからです。言い方を換えれば、他者が自己として生きるようになったからです。そうなったなら、たとえその他者が目の前から物理的にいなくなっても、自己はその他者を「不在」という形式で、意味付け直さねばなりません。

「別れる」とはそういうことです。ただいなくなるなら、それこそ「行方不明」でしょう。「別れる」とは「不在」において、出会い直すことなのです。

 本日ここで、皆様にご先祖様や懐かしい方のご供養をお勤めいただくのは、それぞれの「別れ」がそれなりに穏やかにすみ、懐かしい方との新しい出会いが落ち着いているということではないでしょうか。

 膨大な被災地の犠牲者やご遺族のことを思うとき、私は、本日ここにお参り頂いた方々が、もし私の想像通り、穏やかな別れを経験したのだとするならば、それは本当によろしかったな、喜ぶべきことだったなと、心より思う次第です。

 本日はお参り、まことにお疲れ様でした。 (以上)