(1)円安による費用増は、漁業、畜産業、食品業、流通業(全日本トラック協会)、紙パルプ、電機産業・・・・あらゆる分野に及ぶ。
さらに大きな問題は発電用燃料費の値上がりで、燃料費調整制度によって自動的に電気代に転嫁されることだ。この結果、あらゆる産業活動と家計に負担が増える。
(2)2007年の円安より今のほうが費用増が深刻になる理由は次のとおり。
(a)当時は輸出が伸びていたため、経済成長率が高かった。現在は、円安になったにもかかわらず、輸出量は増加していない。
(b)当時は貿易収支が黒字であったため、日本全体として見れば、円安によって利益を受ける産業のほうが多かった。しかし、現在の貿易収支は大幅な赤字だ。円安になったとき、黒字国では黒字が拡大するが、赤字国では赤字が拡大してしまう。
(c)実質為替レートで見れば、現在のほうが円安である。名目レートだけを見れば、1ドル120円程度にまでなった2007年ごろに比べると、まだ円高であるとの印象を持つ人が多いだろう。しかし、各国の物価上昇率の差を調整した実質レートで見れば、現在のほうが2007年より円安になっている。・・・・海外では物価が上昇しているので、輸入品の現地価格は上昇しているし、それに円安の影響が加わるから、円建ての輸入品価格は2007年当時より高くなる。
(3)円安によるコスト増加に対処するには、単に被害を受けている産業に補助を与えるだけでは不十分だ。
円安は、所得移転を引き起こしているからだ。
実体経済に対するプラスの効果は生じていない。所得移転だけが起きている。
よって、補助するのであれば、円安で利益を得る産業(典型は自動車)に特別税を課し、これを財源とすべきだ。円安利益は、企業努力によって得た利益ではなく、「棚からぼた餅」的に得た不労所得だから。よって、課税されるのは当然だ。それを財源として、円安で損失を被った産業(典型は食料品加工)に配るべきだ。
法人税の減税が検討されようとしているが、本来必要なのは、こうした政策だ。内需喚起の観点からしても。
(4)ただし、財政を通じて個別産業に補填するのは問題が多い。補助基準、補助額、家計は対象外か・・・・etc.。客観的に答を与えるのは困難なので、政治的に声が強いところに集中する。
補助対象はいくらでも広がる可能性があるから、収拾がつかなくなる。
いったん補助を始めれば、他の分野からの要求を拒絶できなくなる。
(5)価格転嫁できなければ業者の利益が減るし、転嫁できれば家計の負担が増える。
2013年度の貿易赤字は10兆円を超えるだろう。2割の円安によって2兆円のトランスファーが生じる。これは、消費税1%引き上げるのとほぼ同じだ。
消費税率引き上げに反対しながら、円安によるコストアップに反対しないのでは、まったく筋が通らない。
円安がさらに進んだらどうするか、という問題もある。あるいは逆に、円高になったらそれまでの政策を逆転すべきか、という問題もある。
(6)以上のような問題があるので、財政を通じる措置をとるのではなく、円安そのものを阻止すべきだ。円安阻止こそ、現在の日本で行われるべき経済政策だ。
円安阻止には口先介入だけでも効果がある。政府が円安をいくらでも許容すると見られているので、円安に向けた投機を行いやすい。政府がある程度以上の円安は好ましくないという判断を示せば、そのことだけで為替市場には大きな影響が及ぶ。
円安で政権支持率が上がる、という構図はすでに崩れている。
「円安になり株価が上がっても恩恵は私のところに届かない」というアベノミクスに対する批判には、「しかしいずれ恩恵は私にも届くだろう」という期待が含まれていた。
しかし、事態は変わった。空気は変わった。「円安は私の仕事を、生活を脅かしている」
安部首相は、政治的な観点からみても、円安を阻止すべき段階に来ていることを認識すべきだ。
□野口悠紀雄「円安による費用増はすでに政治的問題 ~「超」整理日記No.667~」(「週刊ダイヤモンド」2013年7月13日号)
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さらに大きな問題は発電用燃料費の値上がりで、燃料費調整制度によって自動的に電気代に転嫁されることだ。この結果、あらゆる産業活動と家計に負担が増える。
(2)2007年の円安より今のほうが費用増が深刻になる理由は次のとおり。
(a)当時は輸出が伸びていたため、経済成長率が高かった。現在は、円安になったにもかかわらず、輸出量は増加していない。
(b)当時は貿易収支が黒字であったため、日本全体として見れば、円安によって利益を受ける産業のほうが多かった。しかし、現在の貿易収支は大幅な赤字だ。円安になったとき、黒字国では黒字が拡大するが、赤字国では赤字が拡大してしまう。
(c)実質為替レートで見れば、現在のほうが円安である。名目レートだけを見れば、1ドル120円程度にまでなった2007年ごろに比べると、まだ円高であるとの印象を持つ人が多いだろう。しかし、各国の物価上昇率の差を調整した実質レートで見れば、現在のほうが2007年より円安になっている。・・・・海外では物価が上昇しているので、輸入品の現地価格は上昇しているし、それに円安の影響が加わるから、円建ての輸入品価格は2007年当時より高くなる。
(3)円安によるコスト増加に対処するには、単に被害を受けている産業に補助を与えるだけでは不十分だ。
円安は、所得移転を引き起こしているからだ。
実体経済に対するプラスの効果は生じていない。所得移転だけが起きている。
よって、補助するのであれば、円安で利益を得る産業(典型は自動車)に特別税を課し、これを財源とすべきだ。円安利益は、企業努力によって得た利益ではなく、「棚からぼた餅」的に得た不労所得だから。よって、課税されるのは当然だ。それを財源として、円安で損失を被った産業(典型は食料品加工)に配るべきだ。
法人税の減税が検討されようとしているが、本来必要なのは、こうした政策だ。内需喚起の観点からしても。
(4)ただし、財政を通じて個別産業に補填するのは問題が多い。補助基準、補助額、家計は対象外か・・・・etc.。客観的に答を与えるのは困難なので、政治的に声が強いところに集中する。
補助対象はいくらでも広がる可能性があるから、収拾がつかなくなる。
いったん補助を始めれば、他の分野からの要求を拒絶できなくなる。
(5)価格転嫁できなければ業者の利益が減るし、転嫁できれば家計の負担が増える。
2013年度の貿易赤字は10兆円を超えるだろう。2割の円安によって2兆円のトランスファーが生じる。これは、消費税1%引き上げるのとほぼ同じだ。
消費税率引き上げに反対しながら、円安によるコストアップに反対しないのでは、まったく筋が通らない。
円安がさらに進んだらどうするか、という問題もある。あるいは逆に、円高になったらそれまでの政策を逆転すべきか、という問題もある。
(6)以上のような問題があるので、財政を通じる措置をとるのではなく、円安そのものを阻止すべきだ。円安阻止こそ、現在の日本で行われるべき経済政策だ。
円安阻止には口先介入だけでも効果がある。政府が円安をいくらでも許容すると見られているので、円安に向けた投機を行いやすい。政府がある程度以上の円安は好ましくないという判断を示せば、そのことだけで為替市場には大きな影響が及ぶ。
円安で政権支持率が上がる、という構図はすでに崩れている。
「円安になり株価が上がっても恩恵は私のところに届かない」というアベノミクスに対する批判には、「しかしいずれ恩恵は私にも届くだろう」という期待が含まれていた。
しかし、事態は変わった。空気は変わった。「円安は私の仕事を、生活を脅かしている」
安部首相は、政治的な観点からみても、円安を阻止すべき段階に来ていることを認識すべきだ。
□野口悠紀雄「円安による費用増はすでに政治的問題 ~「超」整理日記No.667~」(「週刊ダイヤモンド」2013年7月13日号)
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