クリスマス豪雪

2011-10-22 11:51:45 | Autobiography
二学期の終業式の日。
1980 年 12 月 24 日…昭和当時の話…今の様に学校が週休二日だったわけでもなく、天皇誕生日も4月だったし、成人式も 1 月 15 日で固定だったし、冬休みは年末の1週間と年始の1週間ピッタリで終わり。
寒波が押し寄せているとは小4のおいらにはわかるわけも無く…。
朝から雪は降っていたものの、特に問題なく学校に登校…だが…瞬く間に雪は降り積もり、帰りの時刻は腰の高さまで…。
小4の腰の高さだから、40cm くらいだと思うが、道に出来た歩行者の轍を一列になってかきわけて帰った記憶がある。

仙台近郊の地域は、普段あまり雪は降らない…。
全く降らないわけではないのだが、あまり積もらないのだ。
それよりも、凍って寒い…という地域。

泉市で迎える3回目の冬…今までに経験した事がない大雪が、ロマンチックなホワイトクリスマスにするハズだった。
だが、それだけでは済まなかった。







1980 (昭和 55 )年 12 月 25 日の河北新報朝刊に載ったこの写真は、仙台市内の道路が大雪と停電による交通信号まひなどで渋滞している様子を写したものです。

東北地方の南部太平洋側は24日、暴風雪に見舞われて、電力、交通、電話が大混乱。農林、水産も大きな被害を被りました。
台風並みに発達した低気圧によるもので、積雪は仙台市内で25センチを記録。
東北線は雪の影響としては戦後初めて全面ストップし、仙台市内ではバス路線がズタズタになりました。太平洋岸では、消息不明、座礁など海難事故が10件に達し、多くの犠牲者が出ました。
また、送電鉄塔の倒壊が相次ぎ、停電は東北6県で約61万戸。かつてないクリスマスイブとなりました。
(河北新報社 ニュースの記憶 より)

雪はやむ気配も無く降り続け、住んでいた団地内を東西に横断する送電線鉄塔が…折れる。
しかも、隣り合わせの3基が揃って…だ。
折れる方向が間違えていたら…と思うほどの距離に自宅があり、背筋が寒くなったのを覚えている。

その日から3日間、電気が止まった。
地域で10本の鉄塔が折れたのだそうだ…ライフラインの喪失で街は大パニック。
ガキンチョだったおいらは兎に角、年末の忙しい最中、大人たちは大変だっただろうと思う。

ホワイトクリスマス…の度に思い出す、豪雪の記憶。
雪は恐ろしい…と初めて感じた夜。

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