言葉の散歩 【歌舞伎・能・クラシック等を巡って】

日本の伝統芸能や音楽を中心に、感じたことを書かせていただきます。

今年の発表会で

2021年09月16日 | 歌舞伎・能など

大変ご無沙汰いたしました。

どこからともなく香る金木犀に、

もう秋なのだと、改めて時の流れの速さを感じます。

 

今年の夏は、コロナ、医療逼迫、

以前とは随分変わってしまった気象、相次ぐ災害と、

不自由と不安の多い日々でした。

皆様、いかがお過ごしでしたでしょうか。

 

昨年のコロナ第1波の始まり以来、

様々な催しは中止になることも多く、

開催されても参加は控えましたが、

波が低い時期には、

家族との徒歩での長距離街巡りや美術館、

またこの一年間では二回ほど能の鑑賞も楽しむことができました。

(一公演では一番だけ観るに留めたので、

「呉服」と「三山」の二番だけでしたが。)

 

謡と仕舞の稽古については、

昨年は長い期間リモートに切り替えていただいたので、

謡だけになってしまっていましたが、

秋からは先生のお宅で謡・仕舞ともにの形に戻り、

今年前半には大変幸運にも、能楽堂での発表会で、

舞囃子を舞うことができました。

けれども今回のコロナ第5波で、7月からまたリモートになりました。

 

今年の発表会について、先生からは

「昨年は中止になってしまい、せっかく稽古したものが

舞台にかけられず残念でしたが、今年は別の曲にしましょう。

今まで稽古していない男舞はどうですか。」

とのお話がありました。

けれども私は、腕が思うように上がらない四十肩のような症状と、

しばしば見舞われる腰痛に悩まされていたため、

速度と凛々しさの求められる男舞は無理と判断し、

再考をお願いしました。

 

そこで先生が決めてくださったのは「山姥」でした。

複雑な型があるわけではありませんが、

「三クセの一つと言われる難しい曲だから、頑張って。」との

先輩のお言葉、

また心配してくれたある友は、

「山姥」の舞台となる境川(富山県と新潟県の県境近く)

についての文章や、謡の解釈に大変参考になる古い文献を

コピーして送ってくれました。

他にも、先輩方からの貴重な資料や励まし、

三年前に国立能楽堂で拝見した宝生流のお能の記憶、

今年テレビで拝見した金剛流のお能にも、

大きな力をいただきました。

 

直前にこれまでになく腰痛が悪化し、

どうなるか不安でしたが、

有り難いことに当日は、少々の痛みがあったものの、

最後まで無事に舞うことができました。

 

このような会の常、多くの方が声をかけて下さり、

感想をくださいましたが、

小中高と同じ女子校で育った、

能、歌舞伎、茶道…日本の古典文化に造詣の深い、

また私の能の稽古についての思いや、今回の腰痛など、

様々を知っていて下さる三人の友の、

舞えたことを喜んで下さる暖かい感想は本当に嬉しく、

心の宝箱に大事に収めました。

また能楽堂からの帰り際、

年下の女性の方から呼び止められ、

「お舞台を拝見して、私もこれから一生懸命お稽古して、

 いつかぜひ山姥を舞えるようになりたいと思いました。」

と言っていただいて、とても嬉しい気持ちになりました。

 

けれどもそんなお言葉を頂けたのは、

腰痛だった私の、リアル「山ン婆」感が強かったのかもしれません…。

 

「山姥」の中に、次のような箇所があります。

シテである山姥自身が、山姥とはどのようなものか、

語る謡(実際には地謡)の一部分です。

 

「さて人間に遊ぶ事、或時は山賎(やまがつ)の、

樵路(しょうろ)に通ふ花の陰、休む重荷に肩をかし

月諸共に山を出で里まで送るをりもあり、

又或時は織姫の、五百機(いおはた)立つる窓に入って、

枝の鶯糸繰り紡績(ほうせき)の宿に身をおき人を助くる業をのみ、

賤(しず)の目に見えぬ鬼とや人のいふらん」

 

山姥は人と交わることもあります。

ある時は、木こりが花の咲く木の下で休んでいる時に、

重い薪を背負い、月が出る頃に山を下り、

里まで持って行ってあげることもあります。

またある時は、機織りの娘さんの部屋に入って、

鶯が巣を作る時のように糸を紡ぎ、

手助けすることもあります。

このように人を手伝ってあげるのですが、

普通の人の目には見えず、

「鬼の仕業だ」と言われるのです。

 

このような意味になるでしょうか。

この謡に触れると、私は以前、

静嘉堂文庫美術館の「能をめぐる美の世界」展で見た

山姥の能面を思い出します。

ほんのり赤味のある顔は日焼けのようにも思え、

いくつか展示されていた山姥面の中で、

一番人間味が濃く、鬼からは程遠く感じました。

山で独り生きてきたが故の、ひと時の人恋しさ、優しさ、

けれども執着を振り払う強さ、人を超越した不思議な力、

そして悲しさ…

そんな「山姥」の全てを孕んでいるような、

とても美しい能面だと思いました。

 

  静嘉堂文庫美術館

「能をめぐる美の世界

  ー静嘉堂・岩﨑家蒐集の能面と古面ー」図録より



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