言葉の散歩 【歌舞伎・能・クラシック等を巡って】

日本の伝統芸能や音楽を中心に、感じたことを書かせていただきます。

二度目の出会い   ・・・  謡・仕舞、そして能

2017年11月20日 | 歌舞伎・能など
謡や仕舞を習っている方に出会うと、その方がどうして稽古を始めたのかが知りたくなります。

私の周囲に限られるかもしれませんが、男性では、大学時代の部活で始めた方が圧倒的に多く、その殆んどが、誘われるままに部室についていき、帰りに居酒屋にていつのまにか入部、というケースです。
もちろんそれまで能など観たことはなかったという方が多いのですが、意外にもこの「無理やり型」の方が、お仕事が一段落した今、プロの先生について謡・仕舞を学び能を舞われるまでになり、小鼓や大鼓などの囃子の稽古もされたりして、「はまって」いらっしゃることが多いというのは、興味深いことです。

男女を問わず多いと感じるのが、ご本人あるいはご両親が、富山県や新潟県のご出身というケースです。
そのような方は大抵、家に謡本があったとか、ご家族のどなたかがなさっていらしたとおっしゃいます。
また富山ご出身のある方は、ご家族はなさらなかったが、高校通学の電車で同じ車両に乗る人がいつも謡を口ずさんでいて、それがきっかけで興味を持ち、高校で能楽のクラブに入り今に至るとのこと。
新潟ご出身のある方は、高校生の時に、尊敬する国語の先生にお能に連れて行っていただき、強い関心を抱くようになったとのこと。
身近に謡や能があり興味を抱く。
文化の理想的な伝承とはこのようなものではないかと、「富山・新潟型」のお話をうかがうといつも感じます。

一番最近お聞きした方は、定年を迎える頃に、何か声を出すものをやりたいと思い、カラオケ教室にと思っていたところ、友人に先生を紹介されて始めたとのこと。
始めてから能の本を読み、今は積極的に様々な謡会にも参加されるなど、これまた「はまって」いらっしゃいます。


*****


11月17日Eテレ『にっぽんの芸能』の「~旬の和題~ みみより」コーナーで、能楽・喜多流の、世界に能を広めるために立ち上げた活動「能トレーニングプロジェクト東京」が取り上げられていました。
外国人に、謡・仕舞・小鼓を三週間集中して指導するという講座です。
イギリスやオーストラリア等世界各地から、俳優や演劇を学ぶ学生が集まりました。

初日の謡の稽古に、「文章の意味もわからず、いきなり声を出せと言われて、戸惑う生徒。」
とナレーションが入ります。
「演劇には、脚本の内容を深く読み込むことが不可欠」と考え、「自己表現を追及してきた」生徒達にとり、自分が何の役なのか、何を言っているのかわからないこと、そして決められたことをその通りにすることに、受け入れ難さがある様子です。

講座の最終日、これまでの成果を能舞台で発表するという、仕舞の様子が紹介されました。
さて自主練習でも苦労していた、演劇を学ぶ20才のアメリカの青年の番です。
『高砂』の仕舞は、出だしに次のように謡いながら、いくつかの動きをしなくてはなりません。

「げに様々の舞姫の
 声も澄むなり住の江の
 松影も映るなる
 青海波とはこれやらん」

謡いながら動くというのは、日本語がわかる者にとっても、初めたばかりではなかなか難しいことです。
途中で謡がわからなくなってしまいました。
それでも最後まで舞ったのだと思いますが、画面では落ち込んだ様子で楽屋に戻ってきた彼を、外国の方たちが「大丈夫、大丈夫」と慰めるシーンになりました。
「しかし能楽師の大島さんの見方は違いました。」とナレーション。

大島輝久さんはこう述べます。
「彼が最初謡い出す前に、自分の中に非常に大きなエネルギーを籠めて謡い出したんですよね。
それは普段の稽古を大きく超えた力が、あの瞬間彼の中に宿った。
その自分の中に生まれた大きなエネルギーを、ちょっとコントロールしきれずに、謡を間違えてしまった、というか出なくなってしまった。
こちらが一生忘れない、とてもいい舞台だったと思います。」

また生徒の一人である、イスラエル出身の演劇学の教授は、仕舞の舞台を終えて、次のように感想を述べました。
「僕の右手は少し震えていたよ。
能舞台に満ちるエネルギー。
決して止まることのないエネルギーが、この空間にはある。
時に緊迫し、時に緩む、そしてまた緊迫する。
とても美しい。」

プロジェクトに参加した外国の方達の優れた感受性、そしてその言葉が仕舞の一つの特質を適格に表していることに、感銘を受けました。


*****


私が謡・仕舞の稽古を始めたきっかけは、高校時代、母に連れられ、あるいは友人のお母様にお誘いいただき、何度かお能を観に行ったことだったと思います。
けれどもそこで感動したので稽古を、というわけではありませんでした。
正直に申しますと、わからなかったので、知りたいと思った、わかるようになりたいと思った。
それが私の動機だと思います。


始めてみると、おうむ返しの稽古という形で間近に聞くプロの能楽師の方の謡には、字として書かれた言葉が、例えば景色ならばジオラマのように立体的盛り上がってくるような、劇的な場面ならば何かが動き出すような、そんな感じを受けました。
「謡は究極の朗読」という言葉を聞くことがありますが、それに触れて毎回感動したといっても過言ではないと思います。
もっとも、それは一番最初からではなく、何が何だかわからない謡本の記号がわかるようになってからのことですが…。

そして仕舞にも、前述の外国の方のような言葉は見つけられませんでしたが、止まっていても何かが動いているような感じがしました。
あるいは優れた舞い手が舞台に立つと、空気がとても張りつめたものになることを感じ、次第に舞の稽古にもとても魅力を感じるようになりました。


けれどもこれは、あくまでも稽古事としての話であり、能への最大のアプローチは、ストーリーの読み込みや、言葉の意味・歴史的地理的あるいは文学的背景の理解にあるのではないかと、この頃特に感じます。
語られていること、演じられていることがわかった上でなければ、私には何かを感じることは難しく思われます。


最初の約10年の後の、付いたり離れたりの期間が長かった私としては最近、能と再会したような感覚があります。
若い時よりもゆっくりしたペースではありますが、色々な方向から更に能を知り、最初の動機への答えに近づきたいと思っています。


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言葉にする難しさ  ・・・  能 (宝生流) 『実盛』の感想

2017年11月04日 | 歌舞伎・能など

何かを鑑賞した後に、会場を出てから駅までの道を高揚した気分で歩く、そんな幸せを、大変久しぶりに味わいました。
世阿弥の優れた作品である『実盛』、そして演者の見事な謡と型(舞台上での動き)に心を満たされた、国立能楽堂・定例公演の帰りのことです。

けれども、その舞台の印象や感動を言葉にしようとすると、なかなか考えがまとまりません。
おそらく抽象的で稚拙なものになってしまうと思いますが、思い切って書き始めてみます。

まず『実盛』という能のあらすじを、書かせていただくことにします。

前段は、人々が、念仏称名に与(あずか)ろうと、遊行上人(ゆぎょうしょうにん。ワキ)のもとに集まっているという場面から始まります。
そこに、上人以外の人には見えない霊(前シテ)が現れます。
上人が度重ねて名前を問うと、シテは、200年も前にこの地の戦さで討ち死にした斉藤別当実盛(さいとうべっとうさねもり)の霊と名乗って、姿を消します。

後段のシテは、白髪を長く垂らし、梨子打烏帽子(なしうちえぼし。冑(かぶと)を表します)を着け、腰に太刀を差した武者の姿で現れます。
出陣前の自ら(実盛)の覚悟の支度や合戦の有り様を語り、最後は上人に「どうか弔ってください。」と頼み消えていく、そのようなすじです。



特に後段は見どころ、聞きどころが多いのですが、実盛討ち死に前後のエピソードが、時系列にではなく語られるというのが、この能の特徴の一つです。

最初に語られるのが、彼の死後の話です。
実盛は、老人と侮られないよう、髪、髭を染めて戦に臨みました。
しかし終に打たれてしまった後、実盛を知る敵が不思議に思い池の水で洗ったところ、
「墨は流れ落ちて もとの白髪となりけり。」
誇り高い武士はこうあるべきだ、なんと優美な心だと、その場にいた敵は
「皆感涙をぞながしける。」

次は、髪だけでなく身に着けているものにも、実盛の覚悟がこめられていたことが語られます。
故郷の地が合戦の場になり、その場所で死ぬことを予感した実盛は、「故郷に錦を飾る」という言葉に従い、仕える平宗盛に願って錦の直垂を賜り、それを身に着け、死の覚悟をもって出陣したというのです。

そして最後に、死に際の実盛の、果敢に敵を倒す様子、手塚太郎と相対し激しくやり合うものの、手塚の郎等の手にかかり、無念にも打たれてしまう張りつめた場面が描写されます。

こうした印象深いエピソードを巧みに盛り込んだ素晴らしい脚本に、シテの謡、動き、地謡、囃子が命を吹き込んだと言えばよいでしょうか。
老いを口実にせず、正々堂々と立ち向かおうとする実盛の心映え、それを敵ながらあっぱれと称える源氏方の武者の心、慣れ親しんだ故郷への特別な思い、打たれた無念などが、私の心に迫ってきました。
中でも特にシテの謡と型は、その表現力の豊かさに、眼を見張る思いでした。
前段の、胸に思いはありつつも、ただ有り難い念仏称名を聴きに来たと言うシテ(霊)は、声も暗さを帯び、抑制された謡で、その姿・動きも、どこか実体のない感じのする、小柄な老人でした。
けれども後段、太鼓の入った出羽(デハ)という囃子で再び登場したシテには、老いた姿ではあっても勇猛剛力だったことを偲ばせる重量感が感じられ、老武者らしい、力強い謡、型でした。
烏帽子のせいもあると思いますが、後段のシテは、前段より体が一回り大きく見えました。



優れた能、優れた演者であっても、必ずしも名舞台が生まれるとは限りませんし、見る側のその日のコンディションも、感じ方を左右することになると思います。
私にとって、今回の『実盛』はその条件がうまく重なったようでした。
心満たされる鑑賞ができたことを、本当に嬉しく思いました。



≪シテ≫武田孝史
≪ワキ≫工藤和哉  ≪ワキツレ≫則久英志・梅村昌功
≪アイ≫能村晶人

≪笛≫一噌庸二 ≪小鼓≫曽和正博 ≪大鼓≫山本哲也 ≪太鼓≫前川光長

≪後見≫宝生和英・小倉伸二郎

≪地謡≫金森隆晋 佐野玄宣 小倉健太郎 大友順 (前列) 
     佐野由於 高橋章 大坪喜美雄 金森秀祥 (後列)




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ドイツパンの名店 Bäckerei Brotheim

2017年10月26日 | グルメ
世田谷区弦巻にあるドイツパンのお店、ベッカライ・ブロートハイムに行ってきました。


   


調べたところ、ベッカライはドイツ語のベーカリー、ブロートはブレッドとのことで、意味がわかってみると親しみを感じる店名です。
「こだわり」という言葉は嫌い、「こだわり」というのは職人にとっては「当たり前」ということ、とおっしゃる、明石克彦さんのお店で、ドイツパンはもちろん、フランスパン、イタリアのスイーツもあるとのこと。

袋詰めされているもの以外は、注文してケースから出してもらいます。
言いなれない名前なので、ちょっと緊張しつつ購入したのは…。


詳しくない私ですが、ドイツと言えばライ麦のパンだと思ったので、三種類の黒パンがセットになった「シュニッテンブロート」(切り分けられたパン)
 


   



「ラウゲンプレッツェル」



   



そして売り切れのことも多いと聞いたイタリアンスイーツ「カンノーリ」



   



「ミートパイ」



   



日持ちする「パネットーネ」を買って帰りました。



   



帰宅後いただいてみました。


ライ麦のパンのセットには、プレーンなもの、ヒマワリの種が香ばしいもの、松の実が練り込まれているのではと思うものが入っていました。
それぞれに素材による違った風味・舌触りが感じられ、「味わう」楽しさがあります。
そして噛むほどにうま味を感じるように思い、これがライ麦パンの魅力だとしたら、是非これからその楽しみを深めたいと思いました。

プレッツェルは甘さは全くなく、外側に大きな結晶の塩がついていて、噛み応えのある、目の詰まったパンという感じでした。


想像以上に美味しかったのが、注文してから中にクリームを入れてくれたカンノーリです。
見た感じはカスタードのクリーム入りのデニッシュですが、意外なほどにしつこさがありません。
外側のパイには甘さはなく、クリームも少しチーズの風味を感じる軽い甘味、「サクサク」と「しっとり」が口の中で混ざり合ってとても美味しかったです。
私は大好きになりました。


そしてミートパイ、これも外はサクっとして中はしっとり、とても良いお味でした。


   


田園都市線「桜新町」駅から徒歩5.6分の所にあります。

少しパンの名前もわかりましたので、今度は緊張せずに注文できると思います。
是非また他の種類のパンも、そしてライ麦のブロートとカンノーリは必ず、買いに行きたいと思います。



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主役が登場する前に   ・・・ 児童書『ゲド戦記』 ・ 能『楊貴妃』

2017年10月19日 | 歌舞伎・能など
自分が子供の時に読んだ本を開くと、物語の世界と共に懐かしさも広がって、とても愛着を感じます。
でも、これは10数年前に、息子にと思って購入し、今は私の本棚に収まっている本です。
『影との戦い』。

   

10月21日で88歳になる、アーシュラ・k・ル=グウィンの『ゲド戦記』の第一巻です。
ハリー・ポッターシリーズに影響を与えたとも言われ、またアニメ映画化された『ゲド戦記』、ご存じの方も多いと思います。

書店の児童書の棚から手に取ったこの本の、最後の方にある、シリーズを紹介・宣伝するページには、こうありました。


無数の島々と海からなるアースシー。少年ゲドは、自分に不思議な力が具わっているのを知り、魔法の学院に入って、厳しい修行をつむ。
並はずれた魔法の力を持つ男ゲドの波瀾万丈の生涯を軸に、アースシー世界の光と闇を描く壮大な物語。
深い思想とすぐれた構成力を持つ本格ファンタジー。


本の最初に戻り、ページをめくってみましたら、もくじ、物語の題名に続いて、本文の出だしの前のページに、次のように書かれていました。


 ことばは沈黙に
 光は闇に
 生は死の中にこそあるものなれ
 飛翔せるタカの
 虚空にこそ輝ける如くに
     -『エアの創造』-


この詩が、物語の展開や結末、雰囲気を暗示しているとしたらとても面白そうだと思い購入、すぐには読みそうもない息子の前に、まず私自身が読んでみようと思ったのです。

読み進んでみると、『エアの創造』が、物語の中での「この世の最古の歌」であること、またこの物語の雰囲気を象徴し、この第一巻の結末を暗示するものだということもわかってきて益々ひきこまれ、結局最終巻『ゲド戦記外伝』までの全6冊を読み続けてしまいました。
ユングの影響を受けているとも言われる、人の心の深い所まで分け入っていく物語に、これは子供向けなのだろうかと思うこともしばしぱあり、時には線をひきたくなることもありました。
そして原作が優れているだけでなく、清水真砂子さん(1941-)の格調の高い翻訳にもまた魅了されました。

シリーズの中でも、私は特にこの第一巻が一番心に残りました。



先日、能『楊貴妃』を観てきました。

楊貴妃はご存じの通り、中国唐時代の、玄宗皇帝に寵愛された傾国の美女ですが、美女であるが故に、若くして命を失うことにもなりました。
彼女の死以来、皇帝の嘆きは治まることがなく、せめて貴妃の死後の魂の在処を知りたいと考えました。
(能には玄宗皇帝は登場しません。)
命を受けた玄宗皇帝の使者(ワキ)が、天上から黄泉の国まで探し歩きますが見つからず、今度は常世の国である蓬莱宮(ほうらいきゅう)に探しに向かうというところから、能は始まります。


何もない能舞台上に、最初に囃子方(笛、小鼓、大鼓)が、そして地謡の方々が座に着きます。
次に、死後の楊貴妃の住む宮殿を表す作り物(人が立って入っていられる大きさの、縦長の四角い枠。まわりに布が幕のように巻かれている。)が運び出されます。

最初の登場人物、玄宗皇帝の使者が舞台に出る前に、まず囃子の演奏が始まります。
『次第(しだい)』という囃子です。

地の底から湧いて来るようなかけ声、楽器の音と音の間に生まれる重苦しい空気。
日の差すこともなく、そこかしこに悲しみが揺らめいているような、暗く澱んだ世界を、私はこの囃子に感じました。
能の囃子は、その曲の空気・位を作る、とても重要な役割を担っていると聞きますが、今回の『次第』の囃子はその役割通り、私を瞬時に物語の世界に導いてくれたように思いました。


この後使者は、蓬莱宮の太真殿という宮殿にいた楊貴妃(シテ)に会い、その証拠として、玉でできた「かんざし」と、玄宗と貴妃との間に交わされた、二人だけが知る言葉を聞きます。
帰ろうとする使者を留め、楊貴妃はもう一度その「かんざし」を着けて、かつての玄宗との日々を思いつつ舞います。
再び「かんざし」を受け取った使者が帰って行く姿を見送る楊貴妃。

最後シテは、作り物、つまり宮殿に入って座る形を取り、扇で顔を隠し、
「伏し沈みてぞ、留まりける」
という地謡で、ドラマは終わりになりました。

能ではしばしば、恨みや悲しみにとらわれた霊が現世に現れ、僧の念仏の力などにより成仏するという展開があります。
けれどもこのお能は、楊貴妃は永遠の悲しみの世界に留まるという結末です。

絶世の美女、傾国の美人、妖艶。
楊貴妃を語る時にしばしば使われる言葉ですが、この日の貴妃は、そのようなイメージとは少し違って、私には清楚な、少女のような女性に感じられました。
光の加減でサーモンピンクにも薄い橙色にも見えた唐織の衣裳のせいだったかもしれませんし、能面のせいだったのかもしれませんが、最後の場面、使者を見送った後、いつもの宮殿に戻って泣き伏してしまった彼女に、背中をさすってあげたいような、そんな気持ちになってしまいました。

10月8日喜多能楽堂、燦(さん)の会の公演でのことです。


 シテ   佐々木 多門
 ワキ   宝生 欣哉
 間狂言  河野 佑紀

 大鼓   亀井 広忠
 小鼓   森澤 勇司
 笛     槻宅 聡

 地謡   大島 輝久   狩野 了一
        内田 成信   大村 定
        友枝 雄人   塩津 哲生
        金子 敬一郎 長島 茂   
 

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 辿り着いたところに   ・・・ 小鼓の会

2017年10月12日 | 歌舞伎・能など
澄んだ空気、秋の雲、金木犀の香りを運ぶ風。
10月になり、すっかり秋らしくなりました。
4日は、雲の切れ間に、皓々たる仲秋の名月を楽しまれた方も多かったのではないかと思います。
9月末、そんな季節にぴったりの謡を聞くことができました。
小鼓を習っている先輩二人が出演する発表会でのことです。

この日の発表会は、能舞台ではなく、新橋の料亭の広間で行われました。


   


畳の上に椅子が並べられ、腰かけて鑑賞できました。
中央に発表会の主役の小鼓、向かって右側に、謡の能楽師の方が一名もしくは二名座ります。
鼓をなさる方は、謡も稽古していることが多く、その方の習っている流儀の能楽師の方が謡を勤めます。



   


先輩は、一人は「野宮(ののみや)」、もう一人は「山姥(やまうば)」を、無事立派に打たれました。

その他にも何番か聞かせていただいた中、お若い女性もいらっしゃいました。
合戦の場にあっても風流の心を忘れない源氏の武将・梶原源太景季(かじわらのげんたかげすえ)を主人公とした「箙(えびら)」の一部、裂帛の掛け声と力強い鼓に、謡にも力が入って、能の世界を楽しませていただきました。

謡の言葉を楽しんだのは、「小督(こごう)」です。
高倉天皇に寵愛された美しい女性の名前が題名になっていますが、源仲国(みなもとのなかくに)という武士が主役の能です。

平清盛により宮中から追放された小督局(こごうのつぼね)を、天皇の命で探しに行くというストーリー。
片折戸(かたおりど。片開きの戸)があり、琴の音が聞こえる家。
手掛かりはこの二つです。

 嵯峨野の方(かた)の秋の空
 さこそ心も澄み渡る
 片折戸をしるべにて
 明月に鞭をあげて
 駒を早め急がん

(この嵯峨野の辺りに来てみると、秋の空が美しい。その景色のように心も澄み渡るようだ。片折戸を道しるべとして、美しい月の下、鞭を当てて馬を急がせ、早く探そう。)

 もしやと思ひ
 ここかしこに駒を駆け寄せかけよせて
 控へ控へ聞けども
 琴弾く人はなかりけり
 月にやあくがれ出で給ふと
 法輪に参れば
 琴こそ聞え来にけれ
 峯の嵐か松風か
 それかあらぬか尋ぬる人の琴の音か
 楽は何ぞと聞きたれば
 夫を想ひて恋ふる名の想夫恋(そうぶれん)なるぞ嬉しき

(もしかしてここかと思い、あちらこちらに馬を駆け寄せては止まって聞いても、琴を弾く人はいない。美しい月に誘われて、お出かけになったかと法輪寺に参ってみると、なんと琴の音が聞こえてきた。吹き下ろしてくる強い風か、松を鳴らす風か、それとも探していた方の琴の音か。何の曲かと聞いてみると、夫のことを想い慕うという名の曲「想夫恋」であることが大変嬉しい。)

現代語にすると、何だか味気なくなってしまいますが、この謡を聞き、くっきりと白く輝く月の下、一人の武士が、天皇の思われ人を尋ねあるき、そしてようやく聞こえてくる琴の音。
なにか絵巻物のように、秋の夜の情景が浮かんできました。
そうさせてくれる鼓と謡だったのだと思います。


家に帰り、「小督」の謡本をめくっていましたら、はらりと小さい紙が落ちました。
見ると、かつて能楽堂でこのお能を観た時のチラシです。

昭和59年10月14日、33年前の宝生会月並能。

 「小督」當山孝道
 「葛城」佐野萌
 「殺生石」近藤乾之助

とあります。
惜しくも亡くなられた佐野萌さん、近藤乾之助さんのお名前に、懐かしさでいっぱいになりました。
そしてこの時に観た「小督」の記憶も、一層蘇りました。


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洋菓子店 AU BON BIEUX TEMPS

2017年10月04日 | グルメ

行ってみたいと思いながら、なかなか機会のなかった洋菓子のお店に、先日行ってきました。
ウィキペディアにも「日本におけるフランス伝統菓子の第一人者として知られる」とある、河田勝彦さん(1944-)のお店、世田谷区等々力(とどろき)にあります。

お店の名前は AU BON BIEUX TEMPS (オーボンヴュータン)、直訳すれば「良き古き時代」となるでしょうか。
でもお店のホームページには「オーボンヴュータン―――思い出の時―――」と書かれています。

その後に、こんな言葉が続きます。

「恋している菓子、すねている菓子、哲学している菓子。
フランス菓子ほど表情豊かな食べ物はありません。
フランスでの9年間の職人生活は私を"菓子の狂宴"に酔わせてしまいました。
それが、私のオーボンヴュータンでした。
妍(けん)を競うフランス菓子の魅力をご堪能ください。」


   


店内のカフェで、ケーキと紅茶を。

   

デリス・オ・フランボアーズ。
程よい甘さ、ラズベリーの爽やかな酸味、また「フワフワ」とか「とろける」ではなく、口にしっかりと留まるスポンジも私には嬉しい、なんとも美味しいケーキでした。

またオリジナル・ブレンドの紅茶も大変魅力的でした。
上手に説明出来ませんが、マリアージュの「マルコ・ポーロ」を思い出すような、柔らかい、フランスらしいお味でした。

   


実は日曜日、昼食を済ませてから、のんびり15:30位に行ってしまいましたが、もしお訪ねになるとしたら、もう少し早い時間をおすすめします。
ケーキとしては、もうこの一種類が6,7個残っているだけでしたので、一緒に行った四人とも同じケーキという、少々滑稽な絵になってしまいました。
でももし他に選択肢があったら選ばなかったと思う、こんなに美味しいフランボアーズに巡り合えて、私はよかったと思いました。
「これは、人気がないから売れ残ったわけではない!」
というのが全員の一致した意見でした。

焼き菓子、アイスケーキ、チョコレート、ゼリー・・・。
たくさんの種類のケーキが並んでいる時間はもっとだったと思いますが、ケーキのケースが寂しくなってからも、様々なフランスの味を求めて、お店にはひっきりなしのお客様でした。
カフェの方も、お昼にはランチがあり、またお茶とケーキはもちろん、それ以外にもパテやテリーヌ、ソーセージ、グラタン等とアルコールもいただけるようです。
カフェにはカウンターがあって、その一角はクラシックなバーのような雰囲気です。
ただそれほど広くはありませんので、時間帯によって待つ事があるかもしれません。


東急大井町線「尾山台」から5分程、環八沿いにあります。
(申し訳ありません。半日ほど「東急東横線」と記述してしまいました。「東急大井町線」に訂正させていただきます。)

今度はもっと早くに行き、色々なお味を楽しみたいと思います。


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能のシテと視界

2017年09月28日 | 歌舞伎・能など
以前、当時30代だった能楽師の方の奥様から、ご主人について、
「お能のシテを勤める一週間位前になると、一日中不機嫌になり、可笑しいことを言っても全然笑わなくなる。」
とお聞きしたことがあります。

その方その方で随分違いはあるようですが、シテとして能を舞う前には、どなたでもかなりの緊張状態に置かれることは想像に難くありません。

能楽師の方であるなら、シテを勤めることが決まる前から、新作や珍しい能は例外として、その能の謡や舞は覚えていて当然と言えます。
そしてシテを演じるとなれば、失敗のないよう稽古を重ね、若い能楽師の方ならば先輩や囃子の方にも教えを乞うなどして、万全を期すはずです。

それでも人間ですから、時には言葉を間違えたり忘れるということがあるようです。
学割を使って、あるいは社会人になりたての頃に頻繁に観ていた時には、不思議に一度もありませんでしたが、多いわけではないここ4年間の中で、私は二回、能の途中にシテが謡を忘れたという出来事を経験しました。

その二回とももちろん、そのシテの方の能を観たいと思い、特に二度目については、見巧者二人が太鼓判を押す能楽師の方の舞台でした。
また当日前半のプログラムが、非常に力のこもった熱演で感動しましたので、続く能への期待もとても膨らんでいました。
そしていよいよ舞台が始まり、しっとりとした地謡に登場した姿は大変美しく、役の風情たっぷりの出だしでした。
ところが、少し進んだ時点でのある一句の、最初の語「今は」で止まってしまったのです。
「今は」、大変しばしば登場する語、その後に続く謡の選択を迷ってしまったのではないかと思います。

そのような時の例に従い、後見が後ろから続きの謡を教えました。
一度目。
二度目の後見の声を聞いて、シテは漸く続きを謡い始めました。
以前経験した時も、ほぼ同じような感じだったと記憶しています。

時にはあることと思いつつ、物語の世界の主役と見ていた人が、そこからは一人の能役者さんに見えてしまい、最後まで何となくはらはらしてしまいました。
ちょっと残念でしたが、前半の演目に満足したことを収穫として帰路につきました。

駅まで歩きながら、そう言えば私が経験した二度とも、後見からの声掛けが二度必要だったと思いました。

能楽師の方の記憶力、少なくとも能、謡についての記憶は、当然のことではありますがいつもさすがと感服します。
まるで録音の早送りのように最初から最後まで謡っていらっしゃる様子はしばしば拝見しますし、たぶん常時何十、いえ百を超える謡を暗記していらっしゃるのではないかと思います。
しかもシテを勤める準備をした謡、もし忘れたり迷ったりしても、一言つけてもらえれば、即座に続きが出てきそうに思うのに、何故二度必要なのか。

考えて、これが正解とわかったわけではありませんが、以前着けさせてもらった時の、中は暗くて、外は大変狭く遠くにしか見えない、まるで長いトンネルのこちらから向こうを見ているような、能面からの視界を思い出しました。
例えば眼帯をつけた時など、眼帯側から声を掛けられると聞き取りづらくて、人の聴覚は視覚によって補われていることを感じたことがあります。
能面を着けたシテは、たぶん一度では、後見の声が聞き取れなかったのではないかと思いました。

能舞台の柱の存在、また囃子の大鼓(おおつづみ)と小鼓(こつづみ)の方が正座ではなく腰かけている理由は、能面からの視界の目印のためだと聞いています。

 
 ≪左から大鼓、小鼓、笛≫

また橋掛かりが本舞台に向かって緩やかに上りの傾斜がついているのも、その感覚で橋掛かりの終わりを知るためと聞きました。
能楽師の方となれば、一年に何番も、多い方は10番以上も舞われるのですから、慣れているのではと思ってしまいますが、とても名高い能楽師の方が、お若い頃に舞台から落ちたことがあるともうかがいました。

暗く、極度に狭められた視界、それだけでも孤独を感じるように思います。
それがプロと言ってしまえばそれまでですが、間違わず、忘れず、完全に謡い、舞わなくてはと思う気持ちを想像すると、舞台前に不機嫌になったり笑えなくなったりするのも理解できる気がしました。
そして今日のシテの方の無念な気持ちも想像しました。


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最近気に入っています   ・・・  気軽なティータイムに

2017年09月20日 | グルメ

    


近所のスーパーで、食料品の買い物のついでに買える、気軽なクッキー、
JULES DESTROOPER(ジュールス・デストルーパー)社の
APPLE THINS(アップルシン)。


   


   


同じシリーズに、バタークリスプ、アーモンドシンもあり、どれもしっかりした甘味があり、少しで満足感を得られるのですが、アップルシンは、アップルチップの酸味があるからか、この中では比較的あっさりとしています。
薄くてぱりっとした食感でシナモン風味、昔ながらのクッキーという感じがします。
このジュールス・デストルーパー社は、1886年創業、ベルギーの王室御用達だそうです。

少し涼しい風が吹き、秋を感じ始めると、こんなリンゴのクッキーやアップルティー(私はミルクを入れるのが好きです)がいただきたくなります。


季節を問わず飲みたくなるのが、ルピシアのフレーバードティー、「ロゼ ロワイヤル」です。

「華やかなスパークリングワインの香りに重なるイチゴの香り。ルピシアを代表するフレーバード紅茶」と書いてあります。
毎日飲むわけではないのでティーバッグで買っていますが、残りが少なくなると、買っておかなくてはと思うお茶です。



   
   


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将棋のお守り と 薪能『清経』 ・・・ 千駄ヶ谷の鳩森八幡神社 

2017年09月12日 | 歌舞伎・能など
新宿駅からJR総武線各駅停車で二つ目の「千駄ヶ谷」駅。
鳩森(はとのもり)八幡神社は、そこから歩いて5分程です。
今回初めて伺いました。

将棋に詳しい方はご存じかもしれません。
将棋会館とは、道を隔てていますが隣りと言える位の近さです。
神社内に、日本将棋連盟から奉納された「将棋堂」があって、
一月には連盟の方達が参列する「将棋堂祈願祭」、
夏には「大山15世名人記念将棋大会」も行われます。
(鳩森八幡神社のホームページで、今年度の祈願祭や将棋大会の様子の写真を見ることができます。)

社務所に並ぶ様々な種類のお守りやお札の中、最近話題なのが「大手守」です。


 


〈 棋力が向上し、様々な局面で指し勝てますようご祈願されています 〉
と書かれています。
将棋を指さなくても欲しくなる、 意匠も素敵なお守りです。
500円です。

今年の例大祭は9月9日(土)と10日(日)で、
一日目は日本舞踊、私は
二日目の薪能の献納を拝見しに伺いました。


   



  



   




午後6時半、金春(こんぱる)流櫻間会(※)による薪能の献納の始まりです。
松明から篝への火入式、仕舞、独吟(一人で謡う)に続き、いよいよ能『清経(きよつね)』。
平清盛の嫡男である重盛の三男・平清経が主人公です。


     


舞台の開始前にアナウンスがあり、フラッシュはたかないようにとのことでしたが、撮影が可能でした。
古い簡易なカメラで撮った拙い写真ですが、プログラムに書かれていたあらすじに、何枚か添えさせていただきます。
≪ ≫内は私が書きました。


   





  * あらすじ


平家の武運と自らの運命を悟り、入水した平清経。
その家来、粟津三郎は留守を守る清経の妻の元へ、遺髪を持ち面目もない報告に現れる。
 
 ≪清経の妻。ツレ≫
   


 ≪粟津三郎(あわずのさぶろう)。ワキ≫
  


  
 ≪ワキを演じるのは、下掛(しもがかり)宝生流能楽師の森常好さん≫



清経の妻は夫の死を知ると、戦死ならばいざ知らず、自分を置き去りにした死を恨めしく思い悲しみに暮れる。

  

三郎は遺髪を手渡すものの、妻は夫を恨み、遺髪を返してしまう。

   


その夜、泣き伏した妻の夢枕に清経の霊が現れる。

  


妻は共に死のうとの約束を破り置き去りにされた恨みを語る。
それを聞いた清経は、西海にての合戦の様子と運命を悟って月の夜舟より覚悟の入水をした有様や、修羅道に落ちた苦しみを物語って聞かせ、終には跡を頼んで成仏して行く。

 

  

  

  






 ≪お能が終わり、最初は火の勢いが強く、ぱちぱちと火の粉が舞っていた篝火も、今は静かに燃え尽きる時を待つばかりです。≫
   




 *  撮り終えて・・・


お能の舞台を撮影するのは初めて、撮影のタイミングを少し急いでしまったところもありますし、流儀の違いからか、想像していた型と違って上手くとらえられなかったり、他の観客の方の動きに合わせてカメラを構える位置も変えたりと、思った通りにはいかないこともありました。
けれどもその反省も含めて、とても勉強になりました。
シャッター・チャンスを逃さないよう、いつもに増して言葉、動きに意識が集中し、大変印象深く拝見することができたように思います。
橋掛かりの脇のススキが揺れる様子、木々の葉擦れの音、虫の音等、秋の夜の風情を体中で感じながらの『清経』の鑑賞、大変に贅沢なひと時でした。
貴重な経験をさせていただき、とても有り難く思いました。



※櫻間会 ・・・ 金春流能楽師・櫻間右陣(さくらまうじん)さんの主宰される会。右陣さんは『清経』では後見(舞台の左奥に控え、全てに目を配る)をなさり、またお能の前には、仕舞『羽衣 切(きり)』を舞われました。

     


初夏にも同舞台にて薪能を催していらっしゃいます。そちらは有料の公演です。


※囃子方能楽師の皆様
     

左から大鼓(おおつづみ)柿原孝則さん、小鼓・飯富孔明さん、笛・成田寛人さんです。
 

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歩いている時に聞こえてきました   ・・・ 杉並能楽堂

2017年09月07日 | 歌舞伎・能など
近所を歩いている時、楽器や歌の練習の音が聞こえてくることがあります。
それがとても上手ならばもちろん、初心のものであっても、どんな方かと想像して楽しい気持ちになります。

ピアノのことが多いのですが、最近では、あるお宅の車庫からドラムを練習している音が聞こえてきたり、また別のお宅からは、プッチーニのオペラ「ジャンニ・スキッキ」のアリア『私のお父さん』を練習する女性の声が聞こえてきたこともありました。
歩く時間がまちまちのせいか、残念ながら聞こえてきたのは、どちらもその時一回限りです。

家の近くに、能楽師の方が教えている謡・仕舞の教室があります。
教室の近くでその能楽師の方とすれ違ったことはあるのですが、謡の稽古が聞こえてきたことはありません。
立派なビルですので、声は漏れては来ないのでしょう。

私が学生だった時、とあるマンションの廊下を歩いていましたら、謡が聞こえてきたことがあります。
声の聞こえるお宅の付近まで行くと、玄関に網戸が設置されていて、ドアが少し開いていました。
ドアが開いていることを知らずに、奥の部屋で御主人が稽古を始めてしまったのかもしれません。
立ち止まって聞いているわけにもいかず、何の謡かはわかりませんでしたが、年配の男性の声で、とてもお上手だと思いました。


東京の杉並区和田にある「杉並能楽堂」、東京メトロ丸ノ内線の「中野富士見町」から、歩いて数分の住宅街にあります。
小鼓をお稽古なさっている方の発表会に伺ったのが、最初の訪問です。
その時は一人で行きましたが、場所はすぐにわかりました。
歩いていくうち、小鼓、大鼓(おおつづみ)、太鼓、笛の音が聞こえてきたからです。
ビルの中に入っていることの多い最近の能楽堂では、なかなか経験することのない嬉しい驚きで、わくわくした気持ちが高まったように思いました。

ここは大蔵流狂言方の山本東次郎家の舞台です。
杉並区の公式ホームページによると、二世東次郎則忠が、明治43年文京区弓町(現文京区本郷二丁目)に創建したものを、昭和4年この地に移築再建したものだそうです。
(現在の当主は、多くの舞台で活躍なさっていらっしゃり、人間国宝である四世山本東次郎さんです。)

使い込まれた舞台、柱、橋掛かり。
とても落ち着いた感じがします。


  


  

見所(観客席)は、緩やかな階段状の畳敷きです。

 


古いお宅のとても大きな広間という感じで、部屋の二つの面は大きな窓になっており、日の光が差し込みます。
また舞台に立たせていただくと、窓の外のお庭の緑が目に入りました。
狂言や能が、日々の普通の暮らしや自然と穏やかに混ざり合っている、とても貴重な舞台だと思いました。


街の中にさりげなく存在する、由緒ある舞台。
永く残していただきたい能楽堂です。



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