言葉の散歩 【歌舞伎・能・クラシック等を巡って】

日本の伝統芸能や音楽を中心に、感じたことを書かせていただきます。

ある偶然   

2017年08月22日 | 歌舞伎・能など
昨年、謡本を購入しに行った帰りの、駅のホームでのことです。
電車までまだだいぶ時間があったので、買った謡本を取り出し、ページを繰っていました。
しばらくして、その立ち読みをしている私の前を、70代半ば位の男性の方が一度通り過ぎようとして立ち止まり、
「あら?あなた〇〇流ですか?}

はい、とお答えすると、
「私も〇〇流ですよ。
 私は今はA先生に習っていて、これからお稽古に行くところなのです。」
そこから、同じ電車に乗って5駅の間の会話が始まりました。

その方は、後で買った本を見せて下さったのですが、私が行ってきたのとは別の、能楽関係の本を扱う書店にいらした帰りだったそうです。
それなので尚更、自分と同じ流儀の謡本を持っている私に、驚かれたようでした。
(表紙や字体が異なるので、一目見れば、少なくとも自分の流儀かどうかはわかると思います。)
そして、若い時から稽古され、ある時からA先生のお父様に、お父様が亡くなられてからはA先生についていること、そして現在ご自分も何人かの方を指導していらっしゃることも話してくださいました。

お住まいの場所も話されたので、もしやと思い、その近くに住む私の先輩のお名前を二人挙げたところ、二人ともよく御存じで、しばしば謡会でご一緒なさるとのこと。
「世間は狭いですねえ。
 いやあ、1000万もの人がいる都会の真ん中で、〇〇流の方とお会いするとは!」
と、ちょっと恥ずかしくなる位喜んでくださいました。

でも考えてみると確かに、近年お能を観る方は多くいらしても、謡や仕舞を習っている人の数は、以前より少なくなっていると思います。
能楽堂で、あるいは能楽関係の書店内でならともかく、ばったり同じ流儀の人に出会うことは、非常に稀な偶然であることが、私にもじわじわ感じられてきました。

色々な話題が出る中、最近自分の声の出し方について気にかかることをお話すると、
「あまり色々考え過ぎず、少年のような気持ちで、素直に出してごらんなさい。」
また、他流のお能を観ますか?とのご質問に、
観ることはあるけれども、違いを感じて、少し戸惑うことがあるとお答えすると、
「私は今『××』の謡を稽古していますが、他の流儀の謡本も見て勉強するために、今日あの書店に寄ったのです。」
と、ここで先程購入なさった他流の謡本が登場しました。
「こちらの流儀の本は、情報量が多く、勉強になりますよ。
 そして私の流儀はこうなのに、こちらの流儀は何故こうなのか、その違いを考えるのです。」

「少年のように、素直に」は、私も常々そうでありたいと思っていたことであり、
「他流との違いの理由を考える」は、うかがって感銘というより、衝撃を受けるお話でした。
こんな出会いの、短い時間の中でしたのに、たくさんのことを教えていただいた気持ちになりました。

後日、私の先輩が、この偶然を、
「えええっ。本当?」
とびっくりなさったのはもちろんです。
そしてその方が、お話し好きな気さくな方ということも教えてくださいました。
1000万以上の人がいる中、謡をしていらして、同じ流儀で、しかもお話し好きな方。
私はものすごく幸運な偶然を掴んだことがわかりました。

いつか機会を見つけ、その方に是非お礼を申し上げようと思っています。



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月イチ歌舞伎『棒しばり』と『喜撰』   ・・・ 中村勘三郎・坂東三津五郎・中村時蔵

2017年08月16日 | 月イチ歌舞伎
毎月一週間、映画で歌舞伎の舞台を楽しむことのできる≪月イチ歌舞伎≫、今回は『棒しばり』と『喜撰』でした。

『棒しばり』の太郎冠者は坂東三津五郎、次郎冠者は中村勘三郎。
二人の主人は、自分が留守の間に、酒好きの二人に飲まれてしまわないよう、太郎冠者のことは両手を棒に縛り付け、次郎冠者のことは後ろ手に縛り、出かけます。
しかし二人はあれこれ工夫して、縛られながらもおおいにお酒を飲み、おおいに踊り、楽しんでしまうという舞踊です。

私は踊り手の手首の動きに魅せられることが多いのですが、このように縛られていては手や腕の動きで表現することができません。
それなのに、三津五郎さんと勘三郎さんの束縛されている上半身と、軽やか且つ安定した下半身の動きから、見ている者をわくわくさせるような豊かな表現を感じました。
特に勘三郎さんには、眼や眉から足先に至るまでのちょっとした動きに独特の表情があり、縛られているにも関わらず自由自在という印象を受けました。


『喜撰』は、喜撰法師が三津五郎、お梶が中村時蔵です。
『棒しばり』の後だったせいもあるかもしれませんが、三津五郎さんの、全身を躍動させ且つ制御した、見事な踊りを堪能することができました。
多くの方が多くの場で、高い評価をしていらっしゃると思いますが、楷書の表現での、最大の豊潤と言ったらよいでしょうか。
私はそこに、三津五郎さんの、お家芸とも言える大切な踊りを、全き形で伝える使命感を感じる気がしました。
それは時蔵さんにも当てはまり、「女形の踊り」はこうあるべきという事を示す演技のように感じました。

また『喜撰』は長唄と清元の掛け合いの地ですが、演奏が舞台の雰囲気をぱっと華やかにしたり、踊りに驚くような躍動感を与えるものだと、改めて感じました。
そして素晴らしい踊り手の動きは、曲のリズムや言葉を、非常に印象的なものにするものだとも思いました。

以前観た時よりも、この演目が大変好きになりました。


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テレビで二つの曲に再会しました   ・・・ 清元志寿太夫『三千歳』と石丸寛二『小さな空』

2017年08月05日 | 日記
テレビでの二つの曲の演奏に、とても満たされた気持ちになりました。

一つ目は、昭和20年代30年代に活躍した方を中心に、歌舞伎音楽を支えた名人を紹介する、7月28日の「にっぽんの芸能 新名人列伝」でのことです。
曲は、清元志寿太夫さんの語る『三千歳』。

 *邦楽の種類によって、例えば長唄は「唄」ですが、清元や常磐津では「浄瑠璃」となり、「語る」となります。

志寿太夫さんは、1898年4月生まれ。
1999年1月に100歳で亡くなるまで80年近い年月、その美声の語りで数々の歌舞伎の舞台を彩った、伝説的な方です。
1973年頃から歌舞伎への関心が高まっていった私にとって、見始めた時から、「清元と言えば志寿太夫さん」という存在でした。

亡くなって以降、現在活躍されている太夫さんの『三千歳』を聞く機会がありましたが、今回の番組で志寿太夫さんの浄瑠璃を聞いた時は、その時とは違う感銘がありました。
それはジグソーパズルでピースがぴったりはまった時のような、
「探していたのはこれなんです。」という気持ちでした。
人生の最初の方で聞いた志寿太夫さんの語りが、私にとっての「清元」なのだと、改めて感じました。

『三千歳』は、直次郎が、長く会えず病に臥せりがちになっていた恋人・三千歳のもとを訪ねる、けれども悪事が露見して追われる身である直次郎は、今すぐにも逃亡しなくてはならない、そんな二人の束の間の逢瀬を描いた曲です。

映像は平成元年の放送ですから、志寿太夫さんは90歳を過ぎています。
けれども衰えのない志寿太夫さんの「甲の声」(かんのこえ。高音)が、三千歳の涙を、言葉だけでなく声でも表現しているように感じられ、素晴らしい語りだと思いました。



もう一つは、7月30日「題名のない音楽会」での、武満徹さん作詞・作曲『小さな空』です。
合唱曲として、あるいは歌手のコンサート等でお聞きになり、ご存じの方もいらっしゃると思います。
私が初めて聞いたのも、あるテノール歌手のコンサートの、アンコール曲としてでした。
清らかで瑞々しい声、さりげない歌い方に、何か藤城清治さんの作品を思い出すような情景が浮かんできて、とても感動しました。

今回の番組では、つのだたかしさんのリュートと石丸幹二さんの歌でした。 
リュートのしみじみした音色、自然でぬくもりのある声、そしてやはりさりげない弾き方・歌い方に、今度は歌詞の中の主人公の気持ちが浮かび上がってくる感じがして、とてもとても感動しました。



 ※ この日の「題名の…」では、つのだたかしさんのリュートだけの演奏にも、大変魅力を感じました。
   8月6日(日)午後11時から、BS朝日で再放送があるようです。
   






   小さな空 (作詞・作曲 武満徹)

  青空みたら綿のような雲が
  悲しみをのせて飛んでいった
  いたずらが過ぎて叱られて泣いた
  こどもの頃を憶(おも)いだした

  夕空みたら教会の窓の
  ステンドグラスが眞赫(まっか)に燃えてた
  いたずらが過ぎて叱られて泣いた
  こどもの頃を憶いだした

  夜空をみたら小さな星が
  涙のように光っていた
  いたずらが過ぎて叱られて泣いた
  こどもの頃を憶いだした


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涼しさの記憶   ・・・ 夏の京都で

2017年08月01日 | 日記
先日母校の構内を、久しぶりに歩いたせいかもしれません。
30年以上前の、学生時代の夏の事を思い出しました。

ゼミ旅行の行先は京都でした。
各見学場所へ、途中の交通手段は各自ですが全員集合し、先生も同行という旅行でした。

京都大学の一室で、先生のご友人に一日だけの特別講義をしていただいたり、表千家不審庵を見学したり、南禅寺の琵琶湖疏水を見たりしましたが、中でも一番強く印象に残っているのは、和菓子の老舗「御粽(おんちまき)司・川端道喜(かわばたどうき)」さんを訪問させていただいたことです。

伺ったのがお店だったかどうかはよく覚えていないのですが、古いお宅のように思える建物でした。
暑い中を歩いて来て中に入ると、そこは薄暗い、とても広い土間のような場所でした。
クーラーなどついていなかったのにひんやりとしていて、ほっとしたことが思い出されます。
全員でお座敷に上がらせていただき、御当主の方のお話をうかがい、季節や月ごとの御菓子の描かれた巻物や、秀吉直筆の書状の御軸などを拝見しました。
応仁の乱以降の混乱で困窮していた時代、御所に毎日お菓子を献上した初代に、天皇の信が大変厚かったと、たしかその場で先生が話してくださったように思います。

そしてその後、一人一人に粽と麦茶を出してくださいました。
「この粽は大変貴重なんだから、ゆっくりよく味わっていただくように!」
男子が多かったせいもあり、皆に行き渡る前に、先生がそう声を張り上げていらした記憶があります。
先生が指導していらしたもう一つの大学の学生も一緒で、少なくとも50人以上はいたと思いますが、井戸水で作ってくださったという麦茶も、当時のことだからとはいえガラス器で出してくださったことも、今思うと有り難かったと思います。
京都の名水で作られた、そしてお手数をかけて下さった麦茶、とてもとても美味しかったです。

何だか、冷たい麦茶の入ったガラス器の感触も思い出すような気がします。
懐かしい「涼しさ」の思い出です。


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よく見た夢   

2017年07月25日 | 歌舞伎・能など
ご無沙汰をしてしまいました。
お散歩の途中にお立ち寄りくださった方には、失礼いたしました。
大切なお客様を、冷たい麦茶一つ差し上げず、お帰ししてしまった気持ちです。

少し体調を崩しておりました。
このところ毎年、五月の末から六月七月と不調に襲われて、様々な症状が出てしまいます。
夏バテの一種なのかもしれません。
今回は思い切って病院を変えてみたほどでしたが、ようやく薬も定まり、日常生活に問題ない範囲に落ち着いてきました。
失礼をお許しください。

他にも近頃、若い時とは違ってきたと思うことはもう数えきれない程ですが、その一つに私は、夢を見なくなった事があります。

謡と仕舞の稽古にもっと精を出せていた頃、何十回も見た夢があります。
基本は、舞台に立ち、さあ仕舞をという時、何も覚えていない事に気がつくというもの。
それが発表会に向かう途中や、出を待つ時になったり、あるいは舞台ではなくて、先生のお稽古で次は私の番という時になったりもしました。

自分は何と気が小さいのだろうと思っていましたが、舞台で活躍されているある能楽師の方が、夢の中で、舞台でさあ舞おうとした瞬間、何の動きの記憶もないことに気づき、血の気がひくような恐怖を覚えて目覚めることがあると書いていらっしゃるのを見つけました。

プロの方にとっての、その夢の恐ろしさは、私ごときの比ではないと思います。

一生懸命稽古しても、舞台で上手くいかないこともある。
舞台はこわいものだ。
けれども稽古しなければ、上手くいく可能性すらない。
だから稽古するしかないのだ。

これは当時私が教えを受けていた師の、忘れられない言葉です。


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もしまたこんな事があったら   ・・・ N響オーチャード定期第95回

2017年07月14日 | 音楽
N響のオーチャードホールでの定期演奏会に初めて行ってきました。
指揮は  マルティン・ジークフリート
曲目は  エルガーのチェロ協奏曲
     ブラームスの交響曲第一番

好きな曲が並ぶ、嬉しいプログラムです。

マルティン・ジークフリートさんは、私は「初めまして」、
チェロ協奏曲のソリストの、クレメンス・ハーゲンさんは、どこかで見たお顔と思いながらわからなかったのですが、プロフィールを見て初めて、ハーゲン四重奏団のハーゲンさんだと気が付きました。

エルガーの協奏曲は、クァルテットの名手として、またソリストとしても活躍するハーゲンさんの、とても安定感のある演奏に魅了されました。

ブラームスの交響曲第一番。
家には、随分前に買ったCDですが、バーンスタインとウィーン・フィル、カール・ベームとベルリン・フィルの二枚があります。
私は前者を聞くことが多いのですがそうした録音と、以前一度だけ演奏会で聞いた時の記憶も含めて、私の中で勝手に作り上げていたイメージとは、少し異なる演奏に思えました。

今回の演奏では、音の厚味がある大きな場面場面の、むしろ間にスポットを当て、そこの静かな風景を、時間をかけて丁寧に描きだしているように感じたのです。
そして第4楽章は、私の中に勝手にある「いつものテンポ」(※1)より、少し速い感じがしました。
けれどもそのちょっとした違和感を感じることによって、今まで気付かなかった細部の美しさを意識するとともに、指揮者の意図をもっと知りたい、この曲をもっと聞きたいという気持ちが強くなりました。

また第2楽章の後半の、コンサート・マスターのヴァイオリンによる甘美なメロディーは、演奏する姿を目の当たりにすることによって、より一層心に迫って来、とても感動しました。

アンコールは、モーツァルトのディヴェルティメントK136の第3楽章、
弦楽器の音がさざ波、あるいはそよ風のように軽やかで繊細で、もっともっと聞いていたい素敵なモーツァルトでした。
ウィーン出身であるジークフリートさんだからこその音色なのかもしれないと、勝手に想像しました。


夕食の支度を少し済ませてきたので、のんびりとホールを出、階下のお店を覗いたりしながらBunkamuraの出口へ。
するとそこになんと、先程甘美なヴァイオリンを奏でていらしたコンサート・マスターの篠崎史紀さんが、ピンク系の(たぶんピンクだったと思います)エレガントな私服姿で立っていらして、びっくりしてしまいました。
じろじろ見ては失礼かと思い、会釈だけして通り過ぎたのですが、後になって、
せっかくあの「まろさま」をステージ以外の所でお見かけしたのですから、
もうちょっと何かお伝えできなかったかと、後悔しました。

それで、もしまたこんな事があった時のために、
「今とても素敵な演奏に感動したばかりなのに、こんなところでお会いできて、とても嬉しいです。」
という雰囲気の醸し出せる黙礼を、是非マスターしておこうと思いました。




※1

私の「いつも」はたぶん、バーンスタインのCDによって作られたと思います。
比較してみたところ、第4楽章について、
カール・ベームの録音は16分34秒、
バーンスタインは17分54秒です。
でも少し調べてみたところ、指揮者によっては
19分以上ということもあるようなので、
バーンスタインの演奏は、特に遅いというわけではなさそうです。




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小鼓と太鼓   

2017年07月07日 | 歌舞伎・能など
謡・仕舞の先輩のお宅で、小鼓と太鼓を見せていただきました。

小鼓は随分前に、国立能楽堂の鑑賞教室ロビーの楽器体験コーナーで触らせてもらったことがありましたが、太鼓をこんなに間近で見、触らせていただいたのは初めてでした。

先輩の太鼓の、黒い漆塗りの胴には、品の良い花の金蒔絵が施されており、それが美しかったのはもちろんなのですが、撥の当たる面もとても美しく感じました。
黒い漆の枠にキナリの牛皮が張られていて、中央にそれよりも白い「撥皮」(ばちかわ。鹿皮だそうです)が貼られています。
黒い枠部分には、皮をとめる鋲がリズムカルに並び、また「調」(しらべ。胴を挟んだ上下の皮面を結ぶ紐)の朱色が顔をのぞかせています。
抑え気味の光の中で見ると、このくっきりした色の組み合わせがとても美しく、音だけでなく視覚的にも日本らしさを感じる気がしました。

見せて下さった先輩によると、楽器をお稽古すると、謡がよくわかるようになって、とても楽しいそうです。
その日小鼓と太鼓を少し打って聞かせてくださったのですが、普段の先輩の気さくな雰囲気とは違い、周囲の空気がぴりりと引き締まるような、気迫のある演奏でした。


楽器自体は同じですが、能舞台で活躍する小鼓・太鼓もあれば、歌舞伎の舞台で活躍するものもあります。

大変前のことですが、偶々歌舞伎の鳴り物の、小鼓を専門になさる方とお話をする機会がありました。
その時にお聞きした話です。

ある月の歌舞伎の公演で、その方は「船弁慶」に出演していました。
太鼓の方と話しているうち、後半のある箇所をもっと荒々しい感じに打ちたいという共通の思いを持っていることがわかります。
そこで二人は他の誰にも言わずに、その日の舞台を、自分たちの思う感じで打ったそうなのです。

幕が下りてすぐに、主役(平知盛)を演じた大御所の俳優さんから楽屋に来るようにとの伝言がありました。
20代前半だった二人が、恐る恐る楽屋に行くと、その俳優さんから
「あそこ、ああいう風にやりたかったんだよ。有り難う!」
と、嬉しそうに握手を求められたとのことでした。

この話を聞いた時には、話してくださった方の嬉しさ、達成感がとてもわかる気がして、良いお話だと感動しました。
そして随分時が経った今は、若い方たちに仕掛けられた演奏で、満足する舞台が勤められた俳優さんの気持ちを想像して、何だか私まで嬉しくなります。
握手をしたくなるのが、わかる気がします。


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雨の降る日に     ・・・ 「五月雨」の俳句

2017年06月30日 | 日記
「五月雨」の俳句というと、松尾芭蕉の

 五月雨をあつめて早し最上川 

が浮かん来るのですが、これからはこちらの句になるかもしれないという作品に出合いました。
6月17日(土)日本経済新聞の俳壇、黒田杏子さん選の一句で、
横須賀の門馬恵子さんという方の、次のような作品です。

 さみだるる金色堂も師の肩も

平泉中尊寺、師と歩いている。
五月雨が、金色堂に、そして師の肩に降りかかっている。

もちろん字数を考えての語選び、でも「師」という言葉に、私は後ろにいる人の、前を行く先生に対するあたたかい気持ちを感じました。
尊敬、思慕、あるいは心配でしょうか。

例えば、敬愛する先生と、今共に中尊寺にいて、一緒の雨に打たれているという感慨。

また、例えば恩師との中尊寺、かつてはどこかに行く時は先生に引率されていた自分達なのに、今は先生の足元が気にかかる。
そのような年齢になられた先生の肩にも雨が降りかかっている。
懐かしい記憶、師弟それぞれに流れた長い時への思い、先生にいつまでも元気でいていただきたい気持ち。
そんなふうにも感じました。

私も訪ねた中尊寺、二度とも「先生」と一緒の旅でした。
それで一層この俳句に、とてもしみじみとした余情を感じるのかもしれません。

そしてまた、

 五月雨の降り残してや光堂

を作った芭蕉に従う、曽良の気持ちにも思えました。



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小林麻央さんの全うした職業  ・・・   日経新聞『春秋』を読んで

2017年06月25日 | 歌舞伎・能など
この数日に渡っての様々な報道で、麻央さんの残したものの大きさ、多さを、改めて認識しました。
その中で、6月24日㈯日本経済新聞朝刊『春秋』欄を読んで、初めて気づいたことがあります。

記事では、麻央さんがブログを始めたこと、内容への高い評価の後、最後にこうありました。

 病に心まで支配されず、生を楽しもうとし続けた記録。
 伝えることのプロとして貴重な仕事を残してくれた。

あっ、と思って最初に戻ってもう一度読んでみると、記事はこのように始まっていました。

 「私が今死んだら、人はどう思うでしょうか」。
 おとつい病で亡くなったアナウンサーの小林麻央さんが、昨年つづった文の一節だ。


私は、麻央さんの、市川海老蔵さんという役者さんの妻、
お二人のお子さんの母という、とてもとても大きな仕事の印象が強く、
「アナウンサー」であったことを通過点のように思ってしまいがちでした。
けれどもご本人が意識されていたかどうかに関わらず、
アナウンスすることへの使命感、
伝えるべきことを誠実に、思いやりとユーモアを持って、
そして客観的な目で見ることを忘れずに、伝え続けた能力は
アナウンサーとしてのものでもあったという捉え方に、
これを読むことで気づくことができました。
麻央さんがブログを始めたことについても、
また改めて感じるところがありました。


私にそのようなことを考えさせてくれた『春秋』の記事に、
感銘を受けました。


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市川海老蔵さんの涙に    ・・・ 小林麻央さんのすごいところ

2017年06月23日 | 歌舞伎・能など
劇場の舞台で繰り広げられる様々な場面には、時にとても感銘を受けますが、
「現実」という舞台の哀しみの場面に触れるのは、本当につらい気持ちになります。

今日は、昼ごろから昨日小林麻央さんが亡くなった事が報道され、
午後の海老蔵さんの会見、そして多くの番組で麻央さんの映像やブログの記事が紹介されました。

それを見て、麻央さんのすごいところを改めて感じ、惜しむ気持ちが一層強くなりました。

たおやかなのに、確固とした自分、強さがある。
ここ数年は、心身の苦しさと戦いつつ、周囲への思いやり・感謝・笑顔を絶やさなかった。
そして何より、ご本人がおっしゃったように、人生を病気だけでは終わらせず、自らの意志と行動で幸せに満ちたものにした。
そのような麻央さん、多くの人の心に感銘を与える、本当に立派な一生だったと思います。

今日の会見で、気丈に誠実に話しながらも時折感情を抑えきれなくなる海老蔵さんの涙に、
また胸が痛くなるようなお話の内容に、
麻央さんとの心のつながりの深さが感じられ、
彼女の人生が、大変な試練を乗り越えなくてはならなかったけれども、
とてもとてもお幸せでもあったことが、伝わってくる気がしました。

苦しさから解放された麻央さんには、
本当にお疲れ様でした、どうかゆっくりお休みください、
ご家族はもちろん、多くの人の心の中で、麻央さんは永く生き続けていらっしゃると思います、
と申し上げたいです。

海老蔵さんには、
大切な人が亡くなると、自分を取り巻くものの均衡が変わりますが、
自分の内部にも、不均衡が生じることがあるように思います、
どうか少しだけ感受性を鈍くして、心身をお労りください、
と申し上げたいです。




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