言葉の散歩 【歌舞伎・能・クラシック等を巡って】

日本の伝統文化や歴史、音楽、また人生を彩る様々を話題に、ちょっとおしゃべりさせていただきます。

観客席での小さな一幕

2017年05月21日 | 日記
先日、東京都内のあるホールでのこと。
私の隣りの席に、その後のお話し振りから60代後半か70代位に感じられる女性が、お一人で座られました。
しばらくしてその隣りに、もう少し年上の女性が、やはりお一人で。

休憩時間になって、後から来た年長の方(仮にAさんとします)が最初に座った方(Bさん)に何か質問なさったことから会話が始まり、Aさんは言葉少なにではありましたが、徐々に自分の身の上を話し出しました。
これまで夫の介護をしてきたが、自分の手には負えなくなり、最近夫を施設に預けたこと。
それまで住んでいた家を売って、自分は○○駅に近いマンションに越したこと。
子供たちは都内にいるが、頼るわけにはいかないこと。

静かに聞き役に徹していたBさんでしたが、ここまで来て
「失礼ですけれど、お歳はおいくつですか?」
と、初めて質問を口にしました。

Aさんは少しためらいつつ、
「八十八になります。
引っ越しも本当に大変でした。
一人になって、こうして少しは自由な時間もできましたが、何から何まで一人でやらなくてはなりませんし。
今日のチケットをとるのも、初めて一人でやりました。
それに一人暮らしの寂しさもありますしね。」

「そうですか…。」
それから少し黙っていたBさんは、遠慮がちにこう続けました。
「実は私、席は離れているのですが連れがあるんです。
今日のような時、お互いに『この日に行くわよ』と連絡し合って、都合が合えば別々にチケットをとり、終わってから一緒に食事をして別れるという、気軽な付き合いなんです。
もしよろしかったら、この後ご一緒に如何ですか。」

何となく耳に入ってしまった会話の行方に、私はちょっとドキドキしながらAさんの返事を待ちました。

「本当に有り難うございます。
でも主人がいつ倒れるかわからないので、せっかくですが今日は失礼いたします。」
申し訳なさそうなAさんの、これが返事でした。
ちょうど休憩時間も終わりに近づいたせいなのか、その後の二人に会話はありませんでした。

そうですね。やはりそれが良いです。
私はそう思いながら、何故かほんの少しだけ残念な気も…。
いえいえ、もし一緒に食事という結末だったら、今度は勝手にすごく心配になっていたでしょう。
これが仮に自分の親からの事後報告だったとしたら、これからは詳しいことはお話ししないように、そしてお誘いはお断りしてと、強く言っていたと思います。

同時に、Aさんには「ちょっと話したかっただけなのに」、Bさんには「せっかく誘ったのに」、
あるいは「話すのではなかった」「誘うのではなかった」
そんなもやもやが残ってしまった気配を感じました。

ではAさんは、少し深い話をし過ぎたという無防備さはまずかったけれど、話しかけてはいけなかったのか。
Bさんは誘ってはいけなかったのか。

難しくて、私には答えは出せませんでしたが、
Aさんは話しかけなければ、会話をせずに一日が終わってしまったかもしれませんし、
Bさんは、誘わなかったとしても悔いが残ったかもしれません。

善意で、もしくは悪意がなくなされたのであるなら、
明るく楽しい結末でなくても、許されるのではないだろうか。
でも悪意の有無の見極めなど出来ないし、
本人同士にではなく、私のように聞こえてしまった者や周囲に悪意があるかもしれない。
やはり「少し話したい」という気持ちの実現は、相応しい限られた場所、相手にだけにした方が良い。
でも…。

そんなことを、私ももやもや考えているうちに、次の幕開けのために、客席の照明が暗くなりました。



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月イチ歌舞伎で、勘三郎・三津五郎の「らくだ」と、勘三郎・勘九郎・七之助の「連獅子」を観ました

2017年05月15日 | 歌舞伎など
歌舞伎を映画で楽しめる月イチ歌舞伎、五月に始まる10か月、月に一つ(今回のように二つの時も)ずつ舞台の映像を観ることができます。
少しずつ新作が加わったり再上映があったりで、毎年演目は変化していきます。

今年の新シリーズの一番目は5月16日(土)~19日(金)の「連獅子/らくだ」です。


最初の「らくだ」。
今期、また来年度以降の再上映でご覧になる方があると思いますので、すじなどは控えさせていただこうと思います。

ほんの少し感じたことを書かせていただくと、勘三郎さんから発せられる喜劇性が、歌舞伎の表面張力の限界を超えそうになると、三津五郎さんがきっちり演じて抑制を効かせ、でもまた思わぬところで可笑しくてたまらなくなり・・・。
そんなお芝居でした。
この二人の組み合わせならではと思ってしまう私は、とても楽しみ、且つ悲しくなりました。


勘三郎さんと、勘九郎さん・七之助さんの、親子による「連獅子」。
前半は狂言師として、清涼山(文殊菩薩の霊山)にかかる石橋(しゃっきょう)の様や、「獅子の子落とし(※1)」の様子を演じます。
後半は菩薩の使いである獅子としての踊りです。毛振りのシーンはテレビなどにもよく登場します。


とてもとても乱暴ですが、踊りは、美しい形(点)と、それをつなぐ動き(線)で成り立っていると言えると思います。
もしその「点」が弓の的だとすると、勘三郎さんの踊りは、矢が、的のまさに中心を射ているように私は感じます。
「線」は時に激しく、時に緩やかに、あるいは絶妙の配分で流れ、そしてあるべきところに、鋭く、ひたと納まる。
この演目を見ていて、特にそれを強く感じました。


実際に舞台で見るのと映像で見るのとでは、もちろんそれぞれに長所短所がありますが、様々な場所や角度から役者さんを見ることが出来るのは、映像の利点の一つだと思います。

前半の狂言師としての踊りの時に、勘三郎さん・勘九郎さん・七之助さん三人での激しい動きがあり、その直後、勘三郎さんだけは本舞台に残り(子獅子を心配する親獅子)、勘九郎さん・七之助さん二人は花道で座している(谷底に落とされた子獅子が、木陰で動かずにいる)というところがあります。

花道に静かに端正な姿で座る二人。
けれども二人を正面からも後ろからも映すことによって、肩と背中が上下しているのがはっきりとわかります。

私はこれを見て、2年前の別の演目の月イチ歌舞伎で、特別にその日だけ解説してくださった葛西聖司さん(元NHKアナウンサー)の、次のようなお話を思い出しました。


〈 よく踊りはいい運動になるとおっしゃる方がありますが、歌舞伎の舞踊については当てはまらないのです。
激しい動きが続いた後、何事もなかったようにすっとした顔で静止しなくてはいけない。
ハアハア苦しそうにしてはいけないし、口を開けて呼吸してもいけない。
場合によっては呼吸を止めなくてはならないこともある。
つまり有酸素運動になってないんですよ。
むしろ体に負担になっているんじゃないかと思ったりします。〉

毛振りの方は、動きが大きく、大変さが一見してわかります。
また視覚面に加え、三人が勇ましく拍子を踏むことで、聴覚的にも激しさが伝わってきます。
それに比べ前半は、後から思い出すと厳かな印象になってしまいがちでした。
またもし実際の舞台でしたら、この狂言師の場面、本舞台に残った勘三郎さんだけに視線が行ってしまったと思います。
この前半の激しい動きと、役者さんが見せないようにしている苦しい息を、映像によって改めて認識することができて、私としてははっとするものがあり、歌舞伎を愛好する気持ちも強まるように思いました。


特に「らくだ」は、予備知識は必要なく楽しめる演目だと思います。
迷っている方がいらっしゃったら、お奨めしたい月イチ歌舞伎でした。


※1 獅子は、子獅子をわざと深い谷に落とし、這い上がってきたものだけを育てるという伝説。



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「木遣り」  ・・・龍角散ダイレクトのCM・神田祭編を見て

2017年05月10日 | 歌舞伎など
神田祭の粋な唄と映像に、最初は何の広告かと思いましたが、最後にきて、龍角散ダイレクトのCMだとわかりました。

揃いの法被、音頭をとる一人の高い一節に続いて、多くの男性の声が和し、威勢と洗練の両方を感じる映像。
このCMで流れている「木遣り(きやり)」、神田祭木遣り衆によるものだそうです。

これを見て、木遣りを、ちょっと調べてみることにしました。

そもそもは、作業をする時に調子を合わせたり、無事を祈ったりするための労働歌が起源ですが、作業によって2種類に分けられるそうです。

一つ目は、大木や岩などとても重い物を運ぶ時のもの。
二つ目は、土地を突き固める時のもの。
となります。

諏訪の御柱祭には「曳行(えいこう)の木遣り」、「神事(山の神様をお迎え・お送りする)の木遣り」があるそうですが、これは一つ目に属します。
「下諏訪木遣り保存会」のサイトの動画で、迫力ある映像とともに、天に届きそうな甲高い声が印象的な木遣りを聞くことができます。

歌舞伎・文楽の『三十三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)』の「木遣音頭の段」、哀愁を帯びた義太夫・三味線が胸に迫りますが、これも実は母親であった柳の大木を運ぶ場面ですから、一つ目ということになります。


CMの木遣りは、江戸の火消しに伝わるものですが、これは二つ目に属すそうです。(※1)
最初は労働歌でしたが、徐々に棟上げや祝い事、祭りなどで唄われる祝い歌となり、江戸独特の「木遣り」となりました。

平成24年の平成中村座「め組の喧嘩」のフィナーレで、手締めの際に木遣りが唄われたそうですね。
実際にその場に居合わせた方、とても幸運な方でいらっしゃいますね!


以下大変個人的、且つ古い話で恐縮ですが、おつきあいいただければ嬉しいです。
高校生の時でした。
母と、銀座の人通りがあまりない裏道、しかも夜というのは、この時以外ない事ですので、はっきりと覚えています。

銀座の中心地から少し外れた場所であった会の帰り、夜の九時半か十時ごろだったでしょうか、思ったより遅くなった母と私は、家に残してきた父と弟を気にしながら駅に向かっていました。
三々五々ゆっくりと歩いている男性の集団を追い抜こうして、少し足早になっていた私たちが、ちょうどその集団の真ん中あたりになった時、その中の一人が高い、とても良い声で唄い始めました。
すると、周りの皆が声を合わせ始めたのです。

私はそれが何なのかわからず、まず怖いと思いました。
怖さは、状況に対してと、声によって作られる特別な力への畏れの両方でした。

母と私は速度は落とさずに、でも失礼でない程度の抜き方を考えつつ、黙ったまま歩き続けました。
木遣りの声が聞こえなくなった頃に、私はようやくほっとして、
「今のは何というもの?」
と母に尋ね、それが木遣りであることを知りました。

こんなことが私に起こるとは、と思う、特別な思い出の一つです。

お読みくださり、有り難うございました。

CMは、5月1日から10日(今日)まで、首都圏限定の放送だそうですが、龍角散ダイレクトのサイトの、広告ギャラリー(下の方にあります)「祭りののどに 神田祭編」動画でご覧になれるようです。


※1  「日本火消し保存会」のサイトを参考にさせていただきました。


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東京国立博物館の特別展「茶の湯」気ままな鑑賞記録  ・・・「白鷺」「破れ袋」「羽衣」「俊寛」

2017年05月07日 | 博物館・美術館など
東京国立博物館で開催されている特別展「茶の湯」に行ってきました。

茶道はちょっとかじっただけ、憧れつつも門の外から覗き見るばかりの私ですので、いくつかの心に残ったものについて、気ままに感想を書かせていただきます。


最近自分の中で、楽茶碗、特に黒楽への関心が高まっていました。
薄暗い茶室での黒い茶碗、主に手で感じ愛でるのであろうと想像し、興味を感じていたのです。
「けれども期せずして」と言うべきか、「当然の成り行きで」と言うべきなのかわかりませんが、展示を見て涙がこみ上げてくるほど感動したのが、赤楽の「白鷺」でした。

女性の手でも包み込むことができそうな小ささと、ほのかな色味がなんとも可愛らしい茶碗です。
形はすらりとして清楚な美しさ、「白鷺」という銘がぴったりだと思いました。
樂家初代の長次郎の、ごく初期の作品だそうです。


対照的に圧倒的な迫力で迫ってきたのが、伊賀焼の水差し「破れ袋(やぶれぶくろ)」でした。

口から半分位までは筒形にすとんと落ち、そこからポパイの頬のように膨らんでいて、しかもその膨らみの部分に、縦に横に深い亀裂が入っています。
作為的な場合もあるそうですが、「成形時の無理がたたったのであろうか」と矢部良明氏が述べておられる(※1)ように、意図せずに入ったものかもしれません。
肉厚な肌はぶつぶつとしており、耳も左右非対称、全体に歪みのある形、そこに「これでどうだ」と言っているかのような亀裂。

不完全なのに、その場にあるべくしてあるという不思議な調和感があり、心にぐっと迫ってきました。


能に関心を持っているからかもしれませんが、志野茶碗「羽衣」にもまた、強い興味を感じました。

胴から腰に行くにつれて膨らんでいるようにも見えるほど、どっしりした形です。
また高台が低く小さいので、広い底の全面が、畳に着いてしまいそうに思えます。

内側に描かれた曲線は、天女の舞の優しい飛行に感じられました。
けれども全体から受ける感じは、薄衣の軽やかさ、優雅さではなく、パッションと言えるような力強さで、桃山時代という語から受ける印象とぴったり重なる感じがしました。


「白鷺」と同じく長次郎の、肌にわずかな凹凸があるように見えた黒楽茶碗。
銘は、平家物語にも、また能・歌舞伎にもなっている「俊寛」です。
何故こう名付けられたのか、見ている時にはわからなかったのですが、帰宅してその謂れを知り、とても面白く感じました。
矢部良明氏の著書(※2)から引用させていただきます。

〈利休が、薩摩の門人の要望に応えて長次郎の茶碗を三碗送ったところ、この一碗がとどめ置かれて他の二碗が返され、銘が所望されたので、喜界ケ島に流罪となって一人残された俊寛僧都のエピソードにちなんで名付けたという。〉

私がもしこんな銘を思い付いたとしたら、ガッツポーズをしてしまいそうです。


多くの美しいもの、興味深いものに触れることができた、見応えのある展示でした。
国立近代美術館で開催されている「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」にも、できれば行きたいという気持ちになりつつ帰宅しました。



※1 淡交社『茶道具の世界11 水差 建水』矢部氏は責任編集として執筆されています。

※2 東京美術『すぐわかる 茶の湯の名品茶碗』 矢部良明著 



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テレビで第38回俳優祭を楽しみました   ・・・ 気ままな感想

2017年05月02日 | 歌舞伎など
歌舞伎に関心を持っている方は、きっとご覧になったでしょう。
また実際にいらした方は、熱気を肌で感じ楽しまれたことと思います。
普段は伝統、修練、形式美の世界に生きる役者さん達による、意外性とお遊びの、一日限りの「俳優祭」。

一つ目の演目は「二つ巴」。
仮名手本忠臣蔵のお芝居の、今回は七段目と十一段目を、セリフなし、また衣裳を着けない素踊りで演じる舞踊です。

芝翫さんの大星由良之助には、風格と情、そして瑞々しさを感じ、とても惹きこまれました。
力弥の鷹之資さんには気品と重みがあり、この年齢にしてすごいものが具わっていると思いました。
また歌昇さんの立ち回りがきびきびしていて、若々しい義士らしさを感じました。
新・亀蔵(亀寿)さんの、顔が良いですね。松緑さん演じる小林平八郎と、命のやり取りをしている感じが伝わってきました。

「石橋」に続いての、三津五郎さん、勘三郎さん、団十郎さんの映像は、可笑しく且つ懐かしく、涙が出そうになりました。

いよいよ「かぐや姫」とオペラ「トゥーランドット」をミックスした大作「月光姫恋暫(かぐやひめこいのしばらく)」。

菊之助さんのお爺さんに対して、妙に世話っぽい海老蔵さんのお婆さんが可笑しくて、
でもインタビューの時の海老蔵さん、なんと気遣いのある立派な応対でしょうか。

猿之助さん、海老蔵さん、菊之助さん、勘九郎さん、染五郎さん、弥十郎さん、七之助さん、獅童さん、松也さん。
ものすごく豪華なだんまりですね。

猿之助さんのかぐや姫の、猛々しい花道の引っ込み、
続く勘九郎さんは恋ダンスの六方、
かぐや姫の言葉にみんなでずっこける・・・。
舞台上で笑いを取るのは、気持ちが良いものなのでしょうね。
みなさん楽しそうに演じていましたね。

七之助さんはじめ、ギャグ担当でない方々の熱演、
また仁左衛門さん、玉三郎さん、吉右衛門さん、菊五郎さん、幸四郎さん…、
このようなベテラン世代の方々が少し登場するだけで、
ぐっと歌舞伎味が濃くなります。


「俳優祭」、多くの若い方も楽しんだそうです。
世代を超えて同じものを楽しめるというのは、何だかとても嬉しいものです。



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GINZA SIXの能楽堂での『翁』(2) と 草間彌生さんのインスタレーション

2017年04月27日 | 
(1)でお話ししたように、普通の能とは異なる、特別な存在の『翁』。

舞台の最初は、翁の面の入っている箱をうやうやしく捧げ持った面箱持、次に翁役の演者(今回は観世清和さん)、続いて舞台を勤める方達が次々に登場します。
そして翁の演者は、舞台の正面に座し、沈黙のお辞儀をします。

私は今回舞台を観て、そのお辞儀に、
「このような私ですが、精進潔斎致し、全身全霊でこの役を勤めます。」
という敬虔なメッセージをとても強く感じ、感銘を受けました。

そしてこの日は、舞台を鑑賞して感動したというよりも、その場の空気が引き締まるような厳かな、そしてエネルギーに満ちた儀式に臨場したと言うのが相応しいように思いました。


当日渡されたリーフレットに、5月7日(日)Eテレで14:30~16:30に放送されると書かれていました。
興味をお持ちの方は是非ご覧になってください。


全ての番組が終了し、地上階へ…。

もう一つとても楽しみだった、草間彌生さんのカボチャです。

     

期間限定で天井から吊り下げられています。

     

インスタレーションと言うそうですね。
『翁』の舞台に臨場し、草間さんの作品に触れて、この日は心にエネルギーが湧いてくるような感じがしました。



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GINZA SIXに開場した観世能楽堂で『翁』を観てきました(1)

2017年04月25日 | 
今まで、杮落しやオープン記念等には縁の無い私でしたが、今回珍しく、4月20日銀座にオープンしたGINZA SIXに行ってきました。




渋谷の松濤から、このGINZA SIXの地下三階に移転した観世能楽堂の「開場記念祝賀能」を観るためです。





能楽堂にはビルの裏側、三原通りに面した入り口のエスカレーターで下ります。

ロビーの内に外に、著名な方々からの胡蝶蘭や豪華なお花が所狭しと並び、弥が上にもお祝いの気分が高まります。

市川海老蔵さんや尾上菊五郎さん、吉永小百合さんからも…。







(開場初日には、お花はもっと元気で華やかだったと思います。)

演目のメインは『翁』です。

ロビーには今日の舞台で使われる面の写真が展示されていました。




『翁』がどのようなものか、詳しくは専門家の方にお願いするとして、その特徴を二つの言葉から、簡単にお話したいと思います。


     「『翁』は能にして能にあらず」


これはこの演目の解説によく登場する言葉です。


確かに『翁』は普通の能とは、多くの点で異なっています。

例えば『翁』は、頻繁にいつでも演じられる演目ではなく、現代では年の初めや大きな慶び事の際に舞われます。

また演じられる内容を簡単に言ってしまうと、千歳(せんざい)、翁、三番叟が順に舞って終わりとなります。
ドラマとしてのストーリーはありません。

全体を通して、謡の中には「千代」「千秋万歳」「千歳」「鶴」「亀」「天下泰平」「国土安穏」等の縁起のよい言葉がふんだんに使われています。
また言葉にも動きにも、寿ぎの表現や、平安や実りを祈る気持ちが表されているとされています。

このようなことから『翁』は、国語学者の小山弘志さんが使われている「祝禱の歌舞」という言葉がぴったりのように思います(※1)。


舞台に注連飾りがされているのにも、「祝禱」の舞台であることが伝わってきます。




この他、観客がわかるだけでも、演者の舞台への登場の仕方や地謡の座る場所に始まる他の能との相違点は、枚挙に暇がありません。
そして、見えないところにも、特別なことがあるそうなのです。


     「『翁』こそ能」


祝賀能の五日間、この「翁」の翁役を勤める観世清和さんは、「新版 あらすじで読む名作能50選」(※2)で、『翁』を演じる際には、舞台裏でも様々特別なことがあることを述べていらっしゃいます。

例えば演者の精進潔斎(水垢離、別の食事など)、鏡の間(※3)に略式の祭壇をしつらえ、そこで全員が洗米、塩、お神酒をいただくこと、舞台へ、また演者へ切り火をすることなどです。

また「舞台上で面を掛けて、外すというのも特異」と述べられています。

観世さんは、この「日常」から「非日常」へのテンションを高めること、そして日常から能面の扱いやその他の所作を大切にするという意味において、

「『翁』には、能役者としての必須科目すべてのエキスがあります。
ですから、私は『翁』こそ能であると思うのです。」
と言っていらっしゃいます。


『翁』が、舞台に演者が登場する随分前から始まっていることがわかるとともに、「能にあらず」「こそ能」と、相反しているように見えるこの二つの言葉が、いずれも端的に『翁』の真髄を述べたものであることがわかります。
 

※1「新編 日本古典文学全集58 謡曲集①」(小学館)「翁」の作者についての項にある。

※2 多田富雄監修 世界文化社 2015年初版発行

※3 舞台に登場する前の控えの間。大きな鏡がある。


次回もう少しお付き合いをお願いいたします。


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TVで見た舞妓さんの店出し ・・・BS『美の壺 京友禅』 と BSプレミアムカフェ『祇園・継承のとき』

2017年04月18日 | 歌舞伎など
京都の舞妓さんが、お披露目のためにお茶屋さんや舞の師匠のもとに挨拶に回ることを、「店出し」というそうです。
最近短い間に、二つの番組でその様子が映されたのですが、受けた印象が、それぞれでとても違ったことを面白く感じました。

一つは『美の壺 京友禅』です。

京友禅の様々な染めや金彩加工の技術、その作品である着物が紹介され、最後に舞妓さんの店出しの、紋付の装いが紹介されました。
黒地に、染め・絞(しぼ)り・金の刺繍で、貝桶と貝が描かれた着物に、西陣織のだらりの帯、可愛らしく美しい「まめ章さん」の姿です。
これは今年の二月のことだそうです。

「おめでとうさんどす。」
「綺麗やなあ。」
「頑張ってください。」
の声に送られて、男衆(おとこし)さんと何十軒ものお茶屋や舞の宗家の所を回ります。
二月半ばながら柔らかな陽のさす、良い天気です。
遠巻きにではありますが、大勢のカメラを持った人々が従っています。
男衆さんは、舞妓さんの若いお父さん位の年齢でしょうか。
薄い藍色の着物に縹(はなだ)色の羽織、明るい感じのいでたちです。
舞妓さんと男衆さんが談笑しながら歩いていく場面、まめ章さんの笑顔が印象的です。


もう一つの番組は『祇園・継承のとき~井上八千代から三千子へ』(初回放送2000年)です。

祇園の舞「井上流」の家元・四世井上八千代さん(放送時)から、孫の三千子さん(現在五世井上八千代)へ、家元と「八千代」の名が継承される際の、稽古と心の動きを追った、非常に興味深い作品です。
その中に登場する店出しも、季節は雪のちらつく頃です。
どんより曇った空、途中から小雨も降り始めました。
舞妓さんは、前と同じく黒地の着物、模様は枝垂桜でしょうか、ほかにもあでやかな花や橘、松等が描かれています。
『美の壺』よりも年配の男衆さんは、路考茶(ろこうちゃ。色の名前)の着物に鈍色(にびいろ)の羽織、全体的に少し茶色がかった灰色のような、渋い装いです。
使われている映像では、話すこともなく黙々と次の場所に向かっていきます。
井上流の稽古場の一室で、三千子さんが、八千代さんからの言葉を伝えます。
「行儀良くおいきやす。」
「初めが大事やさかい、行儀ようせなあきまへん。」

番組の中で、井上流の舞は、「御所風の上品な立ち居振る舞いと、白拍子の舞を合わせて生まれた」とあり、また「一点一画を疎かにしない」厳しい稽古が特徴と述べられていることから想像すると、単にお座敷で行儀よくしていなさい、というのではなく、舞の修行を真面目にこつこつとやっていきなさいという励ましにも感じます。
また舞妓、やがて芸妓という仕事人として、人の道にはずれることはせず真摯に生きていきなさいとも、受け取れる気がしました。

門から出てきた、ほっそりした美しい舞妓さんの、ちょっと手を伸ばしてかんざしを直す仕ぐさに、少し緊張がとけた気持ちが表れているように感じました。


それぞれの番組のテーマに応じて、同じ出来事でも、醸し出される空気は随分違って感じられました。
そして十代の娘さんの、晴れがましい日の華やいだ気持ちと、奥の深い特別な世界に一歩を踏み出す緊張感、この二つは、たぶん店出しのどの舞妓さんの心の中にも溢れているのだろうと、想像しました。

* 放送されたのは、プレミアムカフェが先でした。

* これは我が家の数少ない帯にあった、貝の刺繍です。着物や帯では、貝はこのように華やかに装飾して描くことが多いようです。
まめ章さんの着ていたものも、あでやかな彩がなされたり絞りが施されたりして、とても綺麗でした。

     



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佐渡と能(2)   ・・・ 大久保長安のこと

2017年04月10日 | 
佐渡と能(1)に少し登場した大久保長安ですが、今まで名前だけは知っていたものの、意識は素通りしていたようで、どのような人物なのかほとんど知りませんでした。

奉行になった長安は、能を演じられるだけのメンバーを引き連れて佐渡に行ったということから、形ばかりの視察の後はのんびり遊興、奉行の職を勤めた功により相応の地位について、やがて家督を譲り穏やかに一生を終えた武士を、私は勝手に想像していました。

ところが素通りしたものの気になって、今回ちょっと振り返って見ましたら、予想外の人物がそこに立っていたのです。


予想外だったことを3つ挙げさせていただきます。

1つ目はその出身です。
彼の祖父は、春日大社お抱えの金春流の能楽師でした。
そして父は狂言方の能楽師となり、武田信玄に抱えられていたのです。
長安とその兄も、最初は能楽師としてでしたが、すぐに士分にとりたてられ、兄弟揃って信玄の家臣となりました。
長篠の合戦で武田は敗北、兄は戦死しましたが、生き延びた長安はやがて家康に見いだされ、ここに徳川の家臣となったのでした。

佐渡に能を持って行ったのは、もちろん贅沢な楽しみのためだったと思いますが、能の家に生まれ育ち、自らもかつては能楽師であった彼にとって、能は常に傍らになくてはならないものだったのかもしれません。

2つ目は、家臣としての手腕と異例の出世です。
徳川の直轄地における彼の業績の主だったものを、箇条書きで挙げてみます。

・関東一帯の検地、土地台帳の作成
・警備・治安維持のための軍団の組織
・街道や海・河川の交通網の整備
・佐渡をはじめ石見、甲斐、生野、伊豆などの鉱山奉行

最後の鉱山奉行については、有能な山師の確保、新しい採掘法や製錬技術の導入などにより、採掘量を増やしました。
また例えば、佐渡にも慶長13年から14年にかけて再度渡っているのですが、
「このときの目的は、鉱山における湧水問題の解決のためである。」と川上隆志氏は著書『江戸の金山奉行 大久保長安の謎』(現代書館)で述べておられます。
このようなことから、佐渡奉行として、自ら積極的に金山の経営にあたったことが想像されます。

徳川の統治を支えるとも言えるような重要な仕事を、着々と成し遂げていった長安は、佐渡奉行に任命された年、処務(後の勘定)奉行、そして年寄(後の老中)にも任命され、事実上徳川の直轄地統治のトップとなり、権勢を誇ることとなります。
ところが…。

3つ目は、彼の死後です。
中風を患った長安は、慶長18年69歳で亡くなりました。
その地位・権勢に相応しい盛大な葬儀が行われるはずでした。
けれども死の数日後、不正な蓄財という科で葬儀中止の命が下ります。
その約2か月後には息子7人全員の切腹、その後数か月の内に近親者、姻戚にあたる者達も処分を受けたのでした。
長安の徳川への貢献は、まるで彼の死とともに葬り去られてしまったような結末だったのです。

解明されていないことも多い長安の人生、その他の罪の有無にも処罰の重さの理由についても諸説あり、多くの作家が小説にもしていますが、穏やかではなかったことは事実のようです。


佐渡金山を訪ねた時、平成元年まで採掘されていたと知りびっくりしましたが、今は金山としての役目を終え、静かに眠っています。
最初の印象とは随分違った大久保長安は、業績を称えられることもなく、子供は切腹させられてしまいました。

     

けれども金山の発見と大久保長安の人生が交わったことで、今日まで佐渡に多くの能舞台が残り、多くの能が舞われるに至っています。
私にはそのめぐりあわせががとても面白く、また不思議に思えてならないのです。

30年ほど前は、新潟港から佐渡の両津港までホバークラフトで、私は少々酔いそうになってしまいましたが、4年前再訪の折のジェットファイルは、殆ど上下の揺れを感じることなく、とてもなめらかで快適な一時間でした。
今度は、是非お能を観に、また佐渡を訪ねたいと思っています。

     

     



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ティーブレイク ・・・ アメリカ【HARNEY & SONS】シナモンたっぷりの紅茶

2017年04月05日 | グルメ
アメリカのお土産に、紅茶をもらいました。
紅茶というと、すぐに英国、フランスのブランドは浮かんでくるのですが、ニューヨーク土産に紅茶?
最初は少し戸惑いました。
でも…。





HARNEY&SONSは、1983年にジョン・ハーニーがニューヨークで設立したブランドとのこと。
英国ロンドンでも、紅茶のオスカー賞と言われるアフタヌーン・ティー賞を受賞するなど高い評価を受けていて、特に創作茶に人気があるそうなのです。

今日は二銘柄もらったうちの一つ、 HOT CINNAMON SPICE を飲んでみることにしました。

蓋を開けると、かなり濃厚にシナモンの香りが漂ってきます。
飛んでしまうのがもったいなくて、急いで蓋をしました。

サシェのタイプで、気軽に淹れられます。
抽出時間は5minutsとありましたが、今回3分にしてみました。

ブラックティーが主体ですので、見た感じは普通の紅茶です。
さてお味は…。



まずその甘さにびっくりしました。
スイートクローヴの効果でしょうか。
舌の先ではなく、奥の方でしっかり感じる甘さですが、後にしつこく残りません。
シナモンの味と香りも想像ほど強くなく、程よい具合の主張です。
少し冷めても優しい味わいで、美味しくいただけました。
甘いもの好きな私ですが、お茶だけで満たされた気持ちになりました。

最近シナモンは、健康効果・美容効果で注目されていますね。
毛細血管の保護・修復、血行の促進から、冷えの改善、血液さらさら、美肌が期待できるとのこと。
どんなものでもとり過ぎは注意ですが、このお茶なら大丈夫そうです。

寒い季節に、また私のようなお年頃の女性には、味も効果も嬉しいプレゼントでした。


*原材料 Blend of black teas, three types of cinnamon, orange peel, sweet cloves, natural and artificial flavers
*国内でも、通販、Dean&Delucaの店舗などで購入できるようです。



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