峠★光キリスト教会

横浜から広島県廿日市市へ引越しして 新しく教会を開拓しました
山岳地帯 自然一杯の峠にこの地で初めての教会です

一羽のすずめ

2017-01-24 18:59:01 | 聖書
 イエス・キリストのみ言葉 ルカ12-6〜8

6・・・・5羽のすずめは2アサリオン(ローマの最小銅貨)で売っているでしょう そんなすずめの一羽でも、神の御前には忘れられてはいません

7・・・・それどころか あなたがたの頭の毛さえもみな数えられています 恐れることはありません。あなたがたは たくさんのすずめよりも優れた者です

8・・・・そこであなたがたに言います。誰でもわたしを人の前で認める者は人の子(キリスト)も また その人を 神のみ使いたちの前で認めます 

峠の此処は 下よりも多くの雪が降ります 昨年よりもこの冬は
大雪です 窓から見える雪景色は本当に綺麗ですが雪かきが大変
です  
しばらくすずめ達の姿を見ないねと夫と話していましたが、昨日
陽が射す中に 庭に顔を見せてくれました そして私はいつも
この聖句を思い出すのです 小さなたった一羽のすずめさえも
神様は観ておられ 覚えておられる 私が今見ている目の前の
すずめたち 一羽 一羽を知っておられる マタイ書では一羽の
すずめも父なる神の許可なくして地に落ちることはない と
書いてあります 神様が創造された一羽のすずめのいのちも神様
と無関係ではなく 神様に生かされているのです 
世界中に すずめは何羽いるのだろうか 絶滅危惧種のトキ
やコウノトリは 数えられて保護されているけど すずめの
数を数えることは人間にはきっと不可能でしょう しかし
神様は数えておられ その一羽を知っておられる 
ましてや すずめよりも優れた者に創造された私たち一人
一人を知ってくださって 頭の毛の数さえも数えておられる
詩篇139篇には 母の胎内で 内臓が造られ 骨が組み
合わされている間 胎児の私を見ておられたと書いてある
神様から離れて 愛して心配しておられる方を無視して無関係に生きている人でも神様は見ておられる 神様はその人の人生を全て知っておられる 苦労している時も 涙を流している時も 苦しくて死にたいと思う時も 幸せにいる時も 神様は全てを知っておられる
でも その人は助けて下さる神様を呼ぶことも 感謝をささげて
神様が喜んでくださることも分からない
最初の霊的な人 アダムは罪を犯した後 隠れた 神様は
アダムを見ておられ あえて お前はどこにいるのかと呼ばれた
人間は神様から決して隠れて生きることは出来ない 今でも
呼んでおられる 神様の声を聞いて はい私は此処にいます
と 応答する者を 待っておられる



 

勝利者

2017-01-17 14:44:45 | 私の事
私は子供の時から身体を動かすことが大好きだった 
兄たちに混ざって野球をしたり 鬼ごっこ 缶蹴り
ゴム飛び ドッジボール かくれんぼ 縄跳び
体育の時間が大好きで 体育の成績だけはいつも5だった
全ての遊びの中に勝ち 負けがあって負けず嫌いな私は遊びであっても一生懸命 戦った ある時クラスの男子と喧嘩して覚えていないが何か怒らせる言葉を言ったのか 追いかけられて校内を走って逃げた記憶がある
又 近所の上級生の男の子を怒らせて石を投げられ頭に当たって血が出た 父が怒って相手の子をきつく叱った 頭の傷は残って今でも時々チクッと痛い時がある きっと私が憎まれ口をきいて怒らせたのだろうと思っているが 名前も顔も覚えていないので謝りようがない
友達と遊べないときは 学校の校庭の砂場で 走っては飛び何度も
走っては飛んで いわゆる走り幅跳びなのだがその時は ただ思い切り走って身体がフアッと空中に浮かぶのが気持ち良かった 

中学1年の時 市内全域の中学校合同のスポーツ大会があった 
私は走り幅跳びの代表として出場した 優勝して 表彰台の一番高い所にたって表彰状を貰った でも別に両親から褒められることもなく 両親からは数学 国語等の勉強を頑張るように言われた 貧しい我が家はどうしても公立高校に入ってもらわないと と母から聞いていた  高校に入ってバスケットクラブに入り仲の良い友人と厳しい練習の日々を過ごしていた 
県内で優勝経験のあるチームで監督も選手も勝つための覇気が溢れて よく怒られて 時には1年生全体責任で 砂利の上に正座させられたこともあった
体育の授業で マラソンがあり 外から校内に帰ってきたとき 仲の良い友人が私の前で一番を走り 私は後を走っていた 残り30メートルのとき 私はラストスパートをかけ彼女を追い越して一位でゴールインした その後 彼女が私を無視するようになった なぜだか分からなかったが理由はそのこと以外思いつかない 口もきいてもらえず寂しかった
ある日 帰るとき階段の上で 笑い声がする 振り返ると風が吹いて髪の間の傷がみえたのか彼女と友人が指さして笑っていた 部活でも孤独であった 私たちの代になり一度も優勝しなかった 
私の負けず嫌いの性格が起こした 苦い思い出である

戦いは全ての事の中にある スポーツだけに勝ち負けがあるのではない 受験戦争 就職
社会人になっても仕事の戦い 商売の戦い 勝ち組 負け組を何によって分けるのか
どうして人は戦うのか 何のために 選挙の戦いにトランプ氏は勝った 華やかな世界で 勝ち組の人は満面の笑みでガッツポーズをする 人々は手が痛くなるほど拍手で栄誉を称える しかしその裏に隠れている陰を誰が見ているのだろうか
人間の歴史以来 地球の中で戦争がない時があったのだろうか 人間が人間を殺す戦いは休むことなく続く 民族同士 家族戦争 親が子供を 子供が親を 憎しみはどうして生まれるのか 復讐はなぜ消えないのか それは人の心から発生しているのは確かである 

悪魔は霊的な暗闇の世界に在って この世の王 この世の神となって支配している
悪魔とは ディアブロス 破壊者 偽善者 分裂させる者である

天から遣わされた神の子イエス・キリストは 罪のない方 悪の全くない方である 
自ら 全人類の罪を許すため いのちを差し出された 3日目に復活されたキリストは悪魔の死の権威を完全に無にした完全な勝利者となられたのです。 悪魔は罪のない方を殺したことにより完全に敗北者になりました
  
私たちが 神を愛したのではなく神が私たちを愛し 私たちの罪のためになだめの供え物としての御子を使わされました。ここに愛があるのです
愛する者たち 神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、わたしたちも又 互いに愛し合うべきべきです ヨハネ1・4-10・11 

神を愛するとは 神の命令を守ることです その命令は重荷とはなりません なぜなら
神によって生まれたものは皆 世に勝つからです 私たちの信仰 これこそ世に打ち勝った勝利です 世に勝つ者とは誰でしょう イエスを神の御子と信じる者ではありませんか
                    ヨハネ1 5-3〜6
互いに愛し合いなさい 隣人を愛しなさい 裁いてはいけません 許し合いなさい・・・・・・イエス・キリストの御言葉 戦いは私の心にあり この命令に従うとき私たちは勝利者になるのです。
 






                           

悪魔

2017-01-10 22:15:52 | 聖書
イエスが天から来られた救い主と信じないで イエスを捕らえて殺そうと企んでいたユダヤ人たちに イエスは語って言われた。

 「あなた方は、あなた方の父である悪魔から出た者であって、あなた方の父の欲望を成し遂げたいと願っているのです 悪魔は初めから人殺しであり真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは 自分にふさわしい話し方をしているのす。なぜなら彼は偽りものであり、また偽りの父であるからです」 ヨハネ8-44

悪魔は天に在って初めて罪を犯した被造物です。罪は悪魔から初まりました。
彼の罪は、自分も神になれるという最高の傲慢でした。
 
神様は最初の霊的な人アダムをエデンの園に置き 彼にみ言葉を与えました 神は人に命じて仰せられた。「あなたは園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし善悪の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるそのとき、あなたは死ぬ」 悪魔はアダムの妻にそっと近づき 蛇を利用して(自分を隠して)語りかけます
 
蛇・・・園にあるどんな木からも食べてはならないと神は本当に言われたのですか?
女・・・私たちは園にある木の実を食べてよいのです しかし園の中央にある木の実についてはそれを食べてはならない 触れてもいけない あなたがたが死ぬ  といけないからだと仰せになりました
蛇・・・あなたがたは決して死にません あなたがたがそれを食べるその時あなた方の目が開け、あなた方が神のようになり善悪を知るようになることを神は知っているのです 

そこで女が見るとその木はまことに食べるのに良く 目に慕わしく 賢くするという木はいかにも好ましかった それで女はその実をとって食べ 一緒にいた夫にも与えたので夫も食べた 

 天にいて知恵に満ちていた天使長が知恵を腐らし人を惑わすために知恵を使うものになった 蛇の舌は2枚舌であるように悪魔は言葉をうまく使い分けて人を巧みにだました。
 園には十分過ぎる食べ物があるのに この木の実だけは食べてはならないとの命令は簡単に
 守ることができたはず 神のようになれるという誘惑はそんなに魅力的なのであろうか
 神のようになろうとする惑わしを確かに人間は受けそれは 社会の中に現れている
 女が蛇に騙されたといっても アダムが女が食べさせたと言い訳をしても アダムは自分の意志で食べた 彼は不従順の罪を犯した そして死んだ しかし彼の肉体の命は長寿を全うし
多くの子孫を残したが罪のゆえに死んだ霊は 彼の子孫に現在にまでつながって 生まれてくる子孫は原罪により霊が死んで生まれてくる ローマ5-12「 そういうわけで ちょうど一人の人によって罪が世界に入り 罪によって死が入り、こうして死が全人類に広がったのと同様に、---それというのも全人類が罪を犯したからです」
 そよ風の吹くころ 神の声を聞いて アダムと妻は 木の間に隠れた
 神はアダムに呼びかけ彼に仰せられた あなたはどこにいるのか
 今も 神様は あなたはどこにいるのかと呼びかけておられる 
 罪を犯した人間を神様は深く愛された 全人類の罪の許しのための計画がここから始まった また悪魔を完全に滅ぼしてしまう神様の計画も同時に始まった