古い格子戸にシャガール展のポスター
奈良の人は粋だ(奈良駅近くにて)
「奈良って、いいところだなあー」
小路に迷い込んだとき、いきなり結論づけてしまった。
肩を並べるようにして建っている木造家屋は、それぞれに磨き上げられていて、路上にはチリ一つ落ちていない。
『書道教室』と看板が掛けられた古民家の前を、日傘を差した女性が歩いていく。
低い軒並みと、路上には瓦屋根の影。
しんとした昼下がり。強烈な太陽。
その日。
伊丹空港に降り立った我々は、スカイブルーのバスで奈良市街まで向かったのでありました。
「まずはホテルに荷物を預けて、それから柿の葉ずしで有名な『平宗』でお昼にしましょう」
「いいですな。本物の柿の葉ずしは、食べたことがない」
奈良駅前でバスを降り、「おおむね、こっち」と検討をつけて、ホテルの方角に向かって歩き出す。
そうしたら、上記のような小路に入り込んでしまったのだ。
「これも旅の醍醐味...」と、雰囲気の良さそうな通りを選んで、進む。
スーツケースの車輪ががらがらと鳴る音が、大きく響くほど、ひっそり閑としている。
「あっ、平宗があった」
「や、本当だ。先に昼を食べてしまうか」
ピンぼけにて失敬 これが本物の柿の葉ずし
格子戸を開けると、カウンターに入っていたご主人が、声を掛けてくる。
「テーブルでも、奥の座敷でも、どちらでもどうぞ。ま、カウンターでしたら、私らはお話が出来るんでいいんですけどね」
否やはないのであります。ご主人の正面席へ、ようやく腰を落ち着ける。
地元の人との触れあいこそ、旅の面白さ。ずっと心に残る想い出になるのであります。
そこでは
ビール中瓶×1 470円(たぶん)
柿の葉ずし盛り合わせ×1 860円
鮎ずし(吉野川で捕れた鮎)×1 870円
赤だし×1 290円(たぶん)
を発注。
柿の葉ずしは、鯖と鮭。ほのかに甘さの感じられる寿司飯に、酢でしめたネタの脂、風味が移っている。
食べる直前まで、重しを掛けて馴染ませている(馴れる)、その手間がすごい。
たまらない美味さなんであります。
「むらさき(醤油)欲しかったら、おっしゃってくださいね」
と言われていたのだが、 必要なかった。
猿沢池と、五重塔
この、ご主人と思っていた男性は、たまたま、別の店からヘルプに来ていたのだという。
この人との話が、面白かった。
押し寿司の話。旅先で食べるものの話。ファストフードと伝統食の話。
ヘルパーご主人はおっしゃる。
「私は、どこかに行ったら、“それなり”の値段のするものしか食べません。美味しいもんを作ろうと思ったら、まずそれなりの材料がいるし、手間が掛かる。だから、料理が安いということは、そういうもんが抜けた分だけ安いということです」
そんなお話を聞きつつ、話しつつ。
鮎ずしも美味い。
酢でしめた鮎を噛むと、口中にほのかな香草の香りが立ち昇る。
香魚とも言われる鮎。その香りが味わえる、繊細な押し寿司なのであります。
「奈良って、いいところだなあー」
ビールの軽い酔いを自覚しながら、我々はホテルへと向かったのでありました。
つづくぅ
その1へ