少年カメラ・クラブ

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大腸菌の戦略

2011-01-21 10:18:02 | その他
大腸菌、英語ではエシェリキア・コリ、専門家は略してE・コリというらしい。大腸菌といえば、人間の腸にいて消化を助ける役割を持っている場合もあり、他方O-157という恐ろしい食中毒を起こす菌であったりもする。まあ、大腸菌について素人の我々が知っているのは、そのくらいかもしれない。今回は、その大腸菌に関する本 を読んだので紹介しようと思う。

大腸菌に限らず生物というのは、突然変異によって生まれた新しい形質が、偶然その時の環境にマッチすることによって生存確率が高まり、結果進化が起こるとされている。皆さんご存じのダーウィンの進化論である。大腸菌でも、もちろんこうしたことが起こるのだが、何せ大腸菌の分裂の速度は速いので人間なら何万年もかかるような世代の交代が、ごく短い時間(たとえば数時間とか数日)で起こる。この特性を利用して、科学者たちは生物の進化に関するいろんな実験を行うことが出来る。

ある実験で科学者は大腸菌にストレスのかかる状態に置いてみた。たとえば食べ物を殆ど与えないとか、抗生物質を振りかけるとか、とにかく大腸菌をいじめてやるわけである。すると、大多数の大腸菌は、それらのストレスのために死んでしまうが、一部の大腸菌はそのストレスにも耐えてコロニーを作ることもある。ストレスへの耐性を持った大腸菌がさらに分裂を繰り返せば、次第にストレス耐性菌でペトリ皿の中は一杯になることだろう。

ところで、大腸菌の中には傷ついたDNAを修復するポリメラーゼという酵素がある。この酵素、普通は痛んだDNAをきちんと元の状態に戻すのだが、大腸菌が強いストレスを受けると、いつもほどきちんとDNAを修復しないタイプの酵素が働くようになるのだという。この酵素も痛んだDNAを修復することはするのだが、なにぶん間違いをちょこちょこ起こすのでおかしなDNAが頻発するようになる。つまり、大腸菌はストレスのかかった状況になると、突然変異の起こる確率を高くして、その環境に適する形質を獲得しやすくするのだという。こういうメカニズムを「超変異」と呼ぶのだそうだ。これはすごい。

自然淘汰の中で、通常の状況では突然変異はあまり起こらない方が有利である。たいていの変異は生存に有利に働かないから当然である。しかし緊急事態においては、多くの変異が起こった方が有利になる場合が出てくる。大腸菌は、そんなことを知っているかの様に、ヤバくなってくると突然変異を起こしやすいようにするメカニズムが備わっているのだ。

このメカニズム、人間の社会においても使える戦略のような気がする。会社が順風満帆の状況にあるのであれば、かつての日本がそうだったように、きちんと仕事をするエコノミックアニマルがたくさんいた方が生産性も上がって良かった。しかし、市場からのストレスの強い現代においては、ちょっといい加減だけどあれこれやってみる人がたくさんいるような戦略をとった方が良いということになる。まあ、それぞれの取り組みは精度も低く小規模なので、新規ビジネスもなかなかうまくいかない。でもたまに偶然大当たりのくじを引き当てたなら、それを生かして事業化を拡大すれば生き残ることができるという訳だ。

さらに突然変異の確率を増やしている大腸菌において、ランダムな変化がおきるのは、其々の菌のDNAのごく一部に限られるのだという。もしDNAのどの部分でもバラバラに変異を起こすと、化け物みたいな大腸菌が生まれてしまう可能性もある。そこで、彼らは、其々の菌が異なるDNAの部分を変化させることによって、DNA全体がめちゃくちゃになることを防いでいるのだという。突然変異のリスクをコロニー全体で分散していると言えるのかもしれない。このメカニズムを会社に置き換えたらどういうことになるだろう。

ちと、我田引水かな。


カール・ジンマー著、矢野真千子訳、“大腸菌、”NHK出版