はにかみ草

。。考えたこととか感じたことをいろいろ書きます。。

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原住民自治推動連盟のデモ

2010-05-18 23:42:43 | 公開
いや~チワスアリさんが元気そうでよかった!!
彼女は肝臓がんの手術をして、いつ死ぬか分からないけど(原住民の権利獲得のために)最後の一分一秒まで燃え尽きると言っていた。ほんとに熱くてすばらしい人だ。どうか長生きしてほしい。

久々に彼女が出てる動画を見て元気が出てきた。
向こうに行ったら絶対デモに参加するぞ。

原住民自治推動連盟のデモの映像です。(5月17日)
中華民国政府の汚職と怠惰を監察院というところに訴えて、原住民族基本法を守るように訴えてる のかな。。。政府は「自治をやる」とは言いつつも、試験的な運用段階にとどめているみたい。自治関係の法律はいろいろ動きがある。

20100517原住民族自治推動聯盟-監察院控訴行動



台湾では88風災で、原住民の部落が壊滅的な打撃をうけて、死者も多数出たのだけど、政府や慈善団体の援助が、原住民を山地から追い出して、平地で同化させようとしたりしてる。新しく建てられた復興支援の家に入居しても、タバコを吸うな、酒を飲むな、ビンロウを食べるな、などの規則が多いそうだ。そんな条件で誰も暮らしたくないよなと思う。

阿里山(雛族(チューズー)の人びとが多く住んでいる山)では、道路を封鎖して「政府は我々をここから追い出すな!」というデモを行なったそうだし。

とにかく向こうは運動がすごい活発みたいだ。
それほど変えていかなければいけないことが多いからだろうけど・・・。

「弱勢群体」(マイノリティ)の運動をもっと知りたい。

990517赴監察院陳訴書
http://www.abohome.org.tw/index.php?option=com_content&view=article&id=4750:990517&catid=95:2010-05-14-06-42-11&Itemid=290

拒絕欺騙 只要自治
http://www.abohome.org.tw/index.php?option=com_content&view=article&id=4755:2010-05-18-04-26-06&catid=95:2010-05-14-06-42-11&Itemid=290


政府の「共治型的原住民族自治」は自治を矮小化し、文化権だけに限定するもの。というのがこれに現れている→「縣政府文化局原住民文化課」。その他の公共事務は今の県政府が権限をもつ。原基法が施行されて5年3ヶ月なのに、原住民族自治区法の初審すら開かれていない。瓦歷斯‧貝林は、馬政府の執政後,《國土規劃法》や《行政區劃法》が,自治の要求を無視し、さらに政府がおこなった5都合併も,5つの山地原住民鄉(台北縣烏來鄉、台中縣和平鄉、高雄縣那瑪夏、桃源及茂林鄉)は事前に同意もなく強制的に合併された。

このほかにも「原基法第3條規定にもとづくと,行政院は審議をするために、協調原基法相關事務,推動委員會という委員会を設置しないといけない。(由行政院院長召集,必須有3分之2的原住民委員席次,並依各族人口比例分配。)

なのにこの委員会は歴代の原民會主委・行政院長によって1回しか開かれておらず、全面的に停止させられている。さらに教育の面でも権利は軽視されていて、原住民高等教育は衰退していってる。
《原住民族教育法》第3條規定によれば,中央主管教育行政機關は原住民族一般教育專責單位を設置すべきだ。しかし法が實施されて13年間,政府の教育部は今にいたるまで設置をしようとしていない。予算も適切に使われているのか。

「我們不要求別的,只要政府依法行政即可!」
私たちは別のものを要求していない。ただ政府が法律に基づいて政治をおこなうべきだ




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一個台灣原住民的經歴(ひとりの台湾原住民の経験)

2010-05-14 02:35:26 | 公開
http://store.pchome.com.tw/renjian/M06071410.htm

原住民族で、視覚障害者の莫那能(モナノン)さんが、新刊書を出したようだ。台湾に行ったら買おう。

『一個台灣原住民的經歷』という本。(ひとりの台湾原住民の経験)


「祖霊之邦」のページに詳しい書評が載っている。ざっと読んだけど、

プロフィールは1956年生まれ,台東県達仁鄉の排灣族(パイワン族)の詩人です。出草之歌にも出てくるひとです。チワスアリさんとも仲がいいみたい。

この本は口述形式で、台湾国語の特徴を残して編集されたそう。モナノンさんは台湾語も話せるらしい。彼は貧困のなかで育ち、幼いころの栄養不良と重労働のせいで、30歳になる前に全盲になった。妹さんは人身売買で売られたそうだ。昔は漢族の女性とは付き合えないほどひどい差別があった。

と書かれている。ここ↓

(他們年輕時,女孩子十三、四歲多一點就常賣給老兵當老婆,男孩子娶不到太太,男孩子到平地工作,根本交不上漢族女朋友。

訳=彼ら(モナノン)が若いとき、女の子は13,14歳で老兵に売られ妻になり、男の子は妻をめとることもできず、平地に働きに行き、漢族の女性と付き合うことも全くできなかった。)

「老婆」は「妻」という意味です。夫は「老公」



序文の一部が、何か訳しづらくてよく分からなかったけど、国民党の軍人が山地の原住民女性を「めとる」という社会問題もあったそうだ。思いっきりモノ扱いだと思える部分があったけど、はっきり訳せない。

「女孩子死了丈夫、或者跟丈夫離婚,把小孩帶回部落,再嫁給部落的人。大家又開玩笑說,這是「媽媽樂」,又說,這是「買一送二」」

訳=女性は夫が死んだり、夫と離婚すると、子どもを連れて部落にもどり、また部落の人にとつぐ。みんなは冗談を笑って言った、「これは「媽媽樂」だ」、また「これは「買一送二」だ」とも言った。

媽媽樂って何だろ。「買一送ニ」は、台湾に行って買い物をするときよくあることだけど、一個買ったらおまけで2個あげるよ って意味だったと思う。「女性を一人「嫁」にしたら、子どももついてきて2人になる」って意味か?

原住民の女性はやっぱり一般の台湾女性よりもさらに差別的な境遇におかれていたのだと思う。


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『幻視するアイヌ』

2010-03-30 17:06:31 | 公開
いま読んでる本です。

これは・・!と思ったところを引用しようと思ったけど、すでに引用されていました。

「『アイヌ』なる状況」 与論島クオリア
http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2010/03/post-59e0.html

このブログを書いてるひとは『奄美自立論』という本の著者です。
奄美自立論も途中まで読んだけど、途中でとまってます。
わりとすぐ読めるので電車のなかでいつか読むか・・と思って。

佐々木昌雄『幻視するアイヌ』では、

民族の幻想性や、日本の同化政策の一番おそろしいところは、民族対民族というやりかたで支配者のやりかたを模倣してしまうところ(と言葉を変えて書いたのは私です。134ページ)という点などがするどく追及されています。しかも1970年代に。アイヌ解放運動の結城庄司(ゆうきしょうじ)さんもかなり批判されている。

あと文化の「継承・保存」というときの問題点など。

「「継承」したのはせいぜい文化の形骸である」112ページ
「もはや「アイヌの文化」は埋れた死体である」114ページ

と言い切ってる・・。それを滅ぼさせたのはもちろん和人なのだけど。
この「和人」の「和」ってのもアイロニカルだと指摘されている。
支配と収奪の歴史を見れば、何が「和」なのかと。

まだちょっとしか読んでないけど、この本はすごい。

上のブログから、佐々木さんの発言だけを引用します。

「「アイヌ」なる者が生み出す共同的意識、つまり「アイヌ」なる者の自らの内にある〈日本〉とは何か? それは例えばしばしば耳にする「アイヌであることに誇りを持とう!」という類の発想にも潜んでいる。

 誤解を避けるために、敢えて言っておこう。「アイヌであることに誇りを持とう!」と叫ばざるをえない心情がどのようなものか、私は知っている。否、知っているというよりも、その心情はむしろ私の心情である。「おまえはアイヌである」という宣告によって、自分の全ての性向・所作・容姿・能力等が予め決められており、遂に人々に伍すことは不可能だ、と思い込んでしまった者が、たとえそれがどんなものであっても、誇りとなりえそうなものが提示されれば、一気にそれへ雪崩れてしまうのを、私の心情から遠いものであるかのようには振舞えない。

 けれども、ある主張の底にある心情が尤もなものだからという理由で、その主張の当否を不問に付したり、かえって心情を宜しとするが故に、その主張を積極的に肯定するとしたら、私は無限にセンチメンタルな、被害者意識の怪物にならざるをえないだろう。「アイヌ」に関わる発言が、己れが「アイヌ」であるということにだけ正当性を確保していたり、「シャモ」であるということだけで罪責を担っていたりするのを、非としなければならない。今や徐々に声高に発言する者が増えてきているが、少なからぬ者たちの発言には、単純な被害←→加害の図式が潜んでいる。それこそ、断罪←→贖罪という、素朴であるが故に模糊たる心情レベルへ、質されるべき問いと解かれるべき答えとを、移し消してしまうものであろう。

 さて、「アイヌであることに誇りを持とう!」という言いかたに潜む発想とは何か?一言で言えば、己れが所属する血統集団に何らかの価値を付与して、己れがそれに所属するというそのことだけで、己れの存在に価値を付託せんとする発想である。これはこの〈日本〉の根幹的な発想の一つと全く同じである。よしや、この発想が、所謂人種差別・民族差別のどの場合にも見られ、必ずしも〈日本〉独自のものでないとしても、発想の具現のしかたー例えば政治制度の権威の頂点に天皇を乗せ続けていることや、天皇の権威牒由来の説かれかたのように-は、〈日本〉の〈日本〉たる所以であると言ってよいはずであろう。

 だから、「アイヌ」であるそのこと自体は、別段誇るべきことでも卑しむべきことでもない、ということを確保しておかない限り、「シャモ」であるそのこと自体を「アイヌ」に誇り続けてきた〈日本〉の側にある人々と、「誇り高い」「アイヌ」とは、全く同じ列に組みするのであって、遂には血統の優劣を競いあうことでしか、相互の関係を整えてゆけなくなるに至るだろう。そのとき、「アイヌ」は「シャモ」の発想-この〈日本〉の発想をもった「アイヌ」でしかない。

 このような〈日本〉の発想を不知不識に抱え込んでいる者こそ、〈日本〉の意識へ同化しつつある者である。この〈日本〉の施政者たちが推し進めてきた同化政策の真底の恐ろしさは、ここにあるのだ。この〈日本〉に屈服せず、抵抗し、打倒しようという意図の下に、様々のことばで「アイヌの復権」が叫ばれているが、自らの内に浸透している〈日本〉を対自化できない限り、それらの主張は、敵とみなしている当の相手の裏返しにすぎない論理だということを知りえない。例えば、「アイヌ共和国」という轟感的なアドバルーンを掲げた者へ追従する「アイヌ」なる者たちには」次のように言っても何のことかわからないだろう。即ち、君たちの「アイヌ共和国」にも必ず「異民・異族」は創り出されるだろう、と。



感想を書いてくれといわれて急いで書いてしまった。

「民族は幻想」と書いたところで、もちろん差別という現状はあるけど、それに対抗するところで著者は「血」や「血縁」などを持ち出さない。

(↑「「民族性」というものすら、実体のはっきりしない、妄想ではないか、と疑うべきなのだ。」116頁)

162頁「自らの存在理由を問い、自らの在り方を問うて、答えを<異族>なる<血>のうちに見出さんとしても徒労である。答えがあるとすれば、自らの在り様がこの<日本>の在り様と異なり、対立し、その構造を揺さぶることにあるだろう。」とある。

また、この本で北海道旧土人保護法の存続要求があることを知った。奪われた土地を補償せよ、という観点から存続要求が出てるらしい。(141頁)

あと、生物学的な本質主義に陥らずに「アイヌ」を定義しているところ。重要だと思ったので引用します。


「結局、現在、「アイヌ」と言われる者は誰なのか?「アイヌ」が生物学的な意味で「アイヌ人種」なのではない。この<日本>と名乗る共同体が、「アイヌ」と呼ぶから、「アイヌ」なのだ。」

これを読んで、liangさんのブログに書いてあったことを思い出した。
一部引用します。

「呼びかけ」
http://ameblo.jp/tajitajir/entry-10209417331.html

「ところで、はじめに「呼びかけ」があった、というのは、アルチュセールの「国家のイデオロギー装置」を想起させる。「おい、そこのお前」と、警官に呼びかけられることを例に挙げているが、主体とは、そのように外部からの呼びかけによって立ち上げられるものだと、アルチュセールは考えた。」

 「「在日朝鮮人」という存在も、自体的存在ではなく、日本社会(との関わり)の中で生産されるものだ。同様に「日本人」もそう。中国人でも、朝鮮人でもない存在として「日本人」が立ち上げられる。」

 「人種や民族に対する差別の闘いは、この生産装置(の結果/効果)を自覚しておかないなら、必ずや排他的な「民族主義/人種主義」に陥り、権力(支配)の側と同じ排除の構造を模倣する結果となるだろう。」

著者の佐々木さんも、このことを強く主張している。
「日本人」というのを問い直す上で、この本は重要だと思う。
佐々木さんって他にも著作ないか調べてみよう。

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ねこ@図書室

2010-01-05 00:51:12 | ネコ





ずっと前に別れたにゃんちゃんのことを思い出して、なかなか読書がすすみません。。

実は一番うえのねこは、大学の図書室でこっそり飼っていました。(里親さんが来るまでの3日間ぐらいほとんど住み込みでノイローゼ気味になりながら世話をしました。)

本と本のあいだに隠れているにゃんちゃんは、すごくかわいかったです。

院生にみつかって、貼り紙をされたのですが、すべての証拠を隠滅して、運良く逃れました。常識のない行為はやめてくださいと書かれていました。

でも図書室で飼っていることを知ってる大学の職員さんが協力や応援をしてくれました。(ラディカル職員)

このことを友達に話すと、「ラディカルだね」と言われましたが、ネコを好きでないかたの意見を聞くのがおそろしくて、今までほとんど人に言ってませんでした。

当時は、ネコを連れてかえると(私の緊急避難所的な)住居を失う可能性が高く、里親さんが迎えにきてくれるまでねこの世話をする場所がどうしても必要だったのです。

そのため、ほとんど誰もおとずれることのない社会科学系の図書室(広い)の一室をおかりして、にゃんちゃんの世話をしました。

いまもきっと、優しい里親さんに育てられて元気でいてくれていることを願ってます。

今年もすべてのねこが幸せに暮らせますように!!
殺されたり虐待されるねこが減ることを祈ります。

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宋 連玉(そん よんおく)『脱帝国のフェミニズムを求めて 朝鮮女性と植民地主義』

2009-12-29 01:09:19 | 公開
今読んでいる本は、宋 連玉(そん よんおく)さんの『脱帝国のフェミニズムを求めて 朝鮮女性と植民地主義』有志舎 (2009年)です。
本のタイトルからして、読んでおかないといけない本だと思いました。

まだ途中までしか読めていませんが、本書は「植民地主義を克服するために如何なるフェミニズムが有効なのか」(11頁)という観点から書かれています。「日本の女性史研究が植民地主義に鈍感だという評価も否定できない」という批判もあり、「朝鮮の女性たちが植民地主義と闘いながら女性解放を願ったこと」について、3・1独立運動に参加した金マリアの思想の分析や、上海で樹立された臨時政府の憲章の歴史的意義なども紹介されています。(憲章には「大韓民国の人民は男女、貴賎および貧富の階級がなく、一切平等である」という条文があるそうです)

植民地統治下で朝鮮の女性がどのように闘ったのかという歴史は、私はほとんど知らなかったことです。本書には著者が日本軍「慰安婦」の女性をたずねたときのことや、済州島(ちぇじゅど)4・3事件を経験した生野区(いくのく)の女性の証言もあります。

「植民地統治下の社会運動に参加する女性にとって もっとも脅威となったのは官憲による性暴力である(47頁)」という状況で、「男女の不平等を存続させたままの民族独立はありえない」と熱弁をふるう女性もいたと書かれていて、ものすごく危険な状況のなかで植民地主義批判と同時に性差別撤廃の声をあげるなんて、どれほどのことだったのかと想像することしかできません。

第1章「植民地主義とフェミニズム」には著者の個人的な経験も書かれていて、そのなかにどきっとする言葉がありました。

「数少ない女子学生の前で、「女に学歴は必要ない」などと無神経に言ってのける在日朝鮮人男性群にうんざりし、当時一世を風靡(ふうび)したウーマン・リブの思想に心惹かれながらも、その頃の私はなぜか日本の女性たちに同一化することはできなかった。
 多くの歳月が流れた後に、その理由を考えて見るのだが、それはやはり私個人の行く手を遮るのは民族差別であり、日本社会の在日朝鮮人への無知と偏見への失望からだったろう。
 当時私が知り合った日本人女性の持つ枠組みは、日本という国民国家を前提とし、もっぱらその中で性差別を問うものであった。彼女たちは職場での性差別を問題にし、経済的自立を説き、セクシュアリティの平等を叫んでいたが、私たち在日朝鮮人は特別な例外を除いて、男女ともに日本の企業に就職することすら不可能に近く、経済的自立など夢のまた夢だった。」(8-9頁)


「日本という国民国家を前提とし、もっぱらその中で性差別を問うもの」というところは、活動をするうえで常に気をつけないといけないところです。。
コメント (3)
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チワスアリ(高金素梅)さんが告訴された!

2009-12-23 18:14:37 | 公開

日本の元軍人や元衆院議員(右翼)が台湾の立法委員のチワスアリさんを告訴するそうです。

彼女たちの日本の植民地主義に抵抗する行動を告訴するなんて絶対認めない!続報があればすぐに載せます。年末に告訴だなんて何のいやがらせでしょうか?告訴の原告は彼女たちの主張をまずはちゃんと知るべきだし、なぜ彼女たちがそのような行動に及ばざるをえなかったか理解しなければなりません。

ここからニュースの転載です。

「台湾女性議員を告訴へ 靖国神社で過激デモ」
http://www.sankei-kansai.com/2009/12/23/20091223-018568.php

 靖国神社(東京都千代田区)で今夏、デモ隊を組織して過激な抗議活動を繰り広げた台湾の高金素梅・立法委員(国会議員)に対し、旧日本軍人や元衆院議員ら4人が、礼拝所不敬や説教等妨害、威力業務妨害、傷害などの罪で28日に東京地検に告訴・告発する。代理人弁護士は「国のために尊い命をささげた戦没者に崇敬の念を抱く日本人の宗教的感情を侵害した不敬行為だ」としている。

 告訴・告発するのは、旧日本軍人で特務機関員を務めた門脇朝秀氏(95)のほか、元衆院議員、西村真悟氏▽元大阪府八尾市議、三宅博氏▽東京都議、古賀俊昭氏。

 告訴・告発状によると、高金委員は8月11日朝、靖国神社境内で台湾先住民ら約50人のデモ隊を引率し、「靖国ノー」「先祖の霊を返せ」と拡声器で連呼しながら行進。デモ隊メンバーは拝殿に上がり、さくを押し倒して土足で奥の間に入り込んだ。これを制止しようとした神社職員らともみ合いになり、押し倒すなどして数人に打撲などの軽傷を負わせたとしている。

 高金委員は元女性タレントで、かつて「高砂族」と総称された台湾先住民の一つ、タイヤル族出身の母を持つ。先の大戦で戦死した「高砂義勇隊」の元兵士らの靖国神社への合祀(ごうし)の抗議活動を主導するなど反日活動家として知られる。

 戦後、台湾先住民と親交を深めている門脇氏は「先住民は親日的な人が多く、私が知る範囲で高金委員の言動に賛成する人はいない」と話す。代理人の徳永信一弁護士(大阪弁護士会)は「日本の大切な慰霊の場で公然と起こされ、争う余地のない犯罪行為なのに、全く捜査、処罰されないのはおかしい。多くの賛同者を募り、追加の告訴・告発も行う」と話している。


転載おわり

(追記)
参考リンク→「Apes! Not Monkeys! はてな別館」さんも記事を書かれています。
■[戦後責任]西村真悟らが高金素梅・立法委員を告訴・告発
詳しくは上記のサイトを。今後もエントリーを書かれるようです。


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台湾情報など

2009-11-22 00:36:10 | 公開
(今日も手当ての出ない休日出勤・・)

私はまだ台湾語は単語を少ししか知らないレベルですが、リズムがすごく好きな歌があります。
「愛情恰恰(アイチン チィァチィァ)」という曲です。字幕を見ても漢語(北京語)なのかどうかよく分かりませんが、多分台湾語っぽいです。(私の好きな歌手が歌っています)

http://www.youtube.com/watch?v=YhLqSw00YAY

発音は漢語と似てるところもあるけど、漢語よりかなり複雑だと聞きます。
よく分からないので「アイチンダ チァチァ」のとこだけ適当に口ずさんでいます。台湾に行ったら漢語だけでなく台湾語も習いたいです。

彼女(張惠妹)が紹介されるときはよく「原住民族だから歌も踊りもうまい」とうふうに紹介されたりしますが、それもひとつのステレオタイプといえると思います。(「黒人の身体能力が高い」などと同じで。)

原住民族の多くは教育を受ける機会が台湾のほかの民族に比べて限られていたり、退学率が高いなどさまざまな構造的な問題があるとチワスアリさんの対談集で書いてありました。なので経済的な上昇も限られていて、芸能界やスポーツ選手に多いということもあるかもしれません。日本のなかでも民族的マイノリティの人びとにそういう状況が多いとも立花涼(たちばなりょう)某師の『ポスト構造主義物語論』(新幹社・2009年)にも書いてありました。

ちなみにこの本はmy恩師が書かれた本です。宣伝にリンクを。→『ポスト構造主義物語論―玄月「眷属」をめぐる思考のエチカ 』



あと最近よく見てる台湾のHPとえば、原住民の立法委員・高金素梅(かおちんすーめい=民族名はチワスアリ)さんの「祖霊之邦」があります。語学を勉強できる時間が限られているので、週に1回パソコンに向かって電子辞書で少し単語を調べるぐらいしか今のところはできていません。あとは彼女の本も少しずつ読みすすめています。

「祖霊之邦」http://www.abohome.org.tw/index.php

ここで近頃書かれていることは、今年の8月8日に起こった台湾での水害・風害への寄付金を、中国政府の胡錦濤(フージンタオ)がチワスアリさんたちに支援したということで、メディアでは「中国政府と原住民族の統一戦線」などと報じられていることへの批判などです。寄付金は2000万人民元だそうです。(っていくらだろう。計算苦手で・・・)

・メディアでの報道
胡錦濤見高金素梅和原住民郷長
(こきんとうが高金素梅と原住民の郷長に会う)@北京




胡錦濤的一億 台灣該不該接受?
(フージンタオ(胡錦濤)の一億を台湾は受け取るべきか)




台湾に行かなくてもyoutubeでこうやって報道が見られるのでほんとに便利です。
もちろん実際に長期間滞在してみたいけど…。

メディアの「統一戦線」という言葉に対してチワスさんたちは「面對災難,難道還要有黨派之爭嗎?面對災民,為什麼還要有什麼藍色、色、紅色的爭執呢!」(災難にあっているのに、なぜ党派争いをしないといけないのか。被災者にむかって青色、緑色、赤色の論争がなぜ必要なのか!)と書いてあります。(訳はなんとなくこんな感じみたいな…。)

青、緑は台湾の政党のイメージカラーだそうです。
(台湾在住の安穏日記さんによると、「国民党のイメージカラーは青(藍)、民進党が緑」だとあります。→http://d.hatena.ne.jp/annoncita/20090617/1245227489

チワスアリさんはメディアで多く報道されているみたいで、「立法議院での出席率が低い」とかそういうあまり重大でないことも言われているみたいです。
出席率なんかより、彼女たちが毎年夏に靖国に来て、抗議行動をしていることの詳しい内容や歴史をもっと報道すべきではないのかと思います。表面ばかり取りざたされているのはよくないですね。

出席率低 高金素梅:我只為原住民問政


(言葉の面では、「問政」とか、「報備」といった言葉が辞書になくて分かりませんが。。)

http://www.youtube.com/watch?v=GqU5WhNW-B8&feature=related

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ネコの夢

2009-09-23 16:24:13 | ネコ
去年のいまごろ、姿を消したにゃんちゃんと、1年ぶりに再会する夢を見ました。




あんなになついてくれたのに、いきなりどこかに行ってしまって、もしかして交通事故にあったのかとか、誰かにさらわれたのかもしれないと ずっと不安でした。

きっと自分の落ち着ける場所を探して旅に出たのかなと思うことにしてます。

今日は1年ぶりに夢の中で会えて、ものすごく嬉しかったです。
会った瞬間は、私の姿を見るとすぐに寄ってきてくれて、すりすりしてくれました。


そしてしばらくして、私が大学の教室で授業を受けていたとき、なぜかにゃんちゃんが一番前のドアから入ってきてしまったのです。

すると、ネコ嫌いの教官が、思いっきりにゃんちゃんを足で蹴飛ばしました。

それを見てあわてふためいた私は、泣きながらにゃんちゃんを病院に連れて行ったのですが、そこでお医者さんに「ろっ骨などの骨がほとんど折れているので、治療費が200万ほどかかる」と言われました。

200万だなんて、ほとんど借金しないと払えない金額なので、借金してでも治療費を払うか、みすみすにゃんちゃんが苦しんで死んでいくのを見守るしかないのかという二者択一をせまられて、ものすごく苦しみました。

借金を払えなくなったら私が首吊り自殺をしないといけなくなるし・・・。

苦しんでいたところで、悪夢から目覚めたのですが、あまりにも衝撃が大きすぎてしばらく体がだるい状態が続きました。

起きてから治療費のことを考えていて、このブログのアクセス数が大体1日200~250ぐらいあるので、見た人に1万円ずつカンパをしてもらうというのを思いついたのですが、そんな大金が払えない貧乏な人のほうが多数ではないのかと思います。

でも考えてみれば、動物愛護法違反でその大学教授に全額払わせてやればよかったです。

夢なのにこんなにリアルだなんて・・と自分でもよく思います。



久々の再会なのに、かなり苦しい再会になってしまいました。
いまもどこかで交通事故などに会わずに、無事に生きてくれていることを願うだけです。

いつも写真を見ては、にゃんちゃんのことを思い出して祈っています。


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休息日の読書 日本台湾学会の論文集

2009-09-21 21:53:02 | 公開

今回の休みの日のあいだに、友人にゆずっていただいた日本台湾学会の論文集を読みます。そのかたには、いろいろ台湾の情報を教えていただいて、すごく感謝しています。

第11回のシンポジウムの内容は、「台湾原住民族にとっての霧社(むしゃ)事件」です。

http://wwwsoc.nii.ac.jp/jats/taikai/taikai11.html


むしゃ事件でネット上で読めるものは、在台の安穏日記さんの記事などがあります。

→「夏旅その7 霧社」http://d.hatena.ne.jp/annoncita/20090914/1252919167

日本の植民地支配に対して、原住民が蜂起し、それを日本軍が毒ガスなどを使って原住民族を虐殺した事件です。
論文集には、事件の遺族の Takun Walisさん((漢名:邱建堂さん、南投県仁愛郷公所民政課長)が論文を書かれています。
あらためて証言を読んでみると、日本人が原住民族にしたことのすさまじい暴力がいくつもあります。

奴隷や動物のように労働力を奪い、山地の自然を収奪し、原住民同士で殺し合いをさせ、日本人が原住民の部落の様子を偵察するために原住民族の女性を「娶(めと)」い、経済的な封鎖も行い…。


このような歴史が日本の教科書に書かれていないことからして、加害の事実を学校で教えることから逃げているということを意味すると思います。

「起義」(=蜂起)は、日本人支配者に対する怒りと耐えがたさから起こり、数十年間その事実を語れない状況にあったその事実を無視して、「台湾は親日の人が多い」というのは、日本人の多数派の歴史認識でしょう。



私が数年前、中国に1ヶ月留学に行きたいということを年配の親戚に伝えると「何で「支那」なんかに」という反応をされました。なのに今度台湾に行きたいと伝えると、「台湾料理っておいしいんやろ。台湾は行きたい」という返事が帰ってきました。
この裏返したような反応には驚いてしまいました。

「何で「支那」なんかに・・」という言葉には、中国に言っても何も学ぶことがないとか、危険で社会主義の危ない国といった否定的なイメージがあるんだと思います。もちろんものすごく気分が悪いし、そんな認識を持っているのは歴史を直視しない態度から来ているのでしょう。

ほかの人にも台湾に行きたいということを話すと、「台湾は親日的なんでしょ」と言われます。この「親日=台湾」、「反日=中国、韓国」といった二項対立の図式も、小林よしのりや大手のメディアによってつくられたイメージであって、そのような二項対立の枠組みを使って相手に反論したくはありません。
そんな枠組みにはあてはまらない、多様な歴史観があるからです。

日本人の学生のなかにも、「中国のお土産なんていらん」とか言うひともいるみたいです。(一緒に南京に行った学生から聞きました。)

その一緒に行った学生のなかにも、歩いてる中国人を見て、「日本ではあんな格好せーへんよな」とか言いながら、馬鹿にしてる人が数人いました。本当にものすごく気分が悪くて、今でもあからさまな蔑視が存在してることを感じました。一体中国に何をしにきたんだと言いたくなります。

原因は日本の教育にもあると思いますが、このような支配的な歴史観とは違う、少数者からの歴史も、ちゃんと学ぶ必要があると思います。




あとは、「台湾セクシャル・マイノリティ文学―邱妙律『ある鰐の手記』」という本も買ったので、近いうちに読みたいです。台湾のレズビアン文学で有名らしいです。

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最近読んだ文章

2009-09-13 21:28:40 | 公開
なかなか時間がなくて本の感想も書けないですが、最近読んだ論文や本でよかったものに、次の文章などがあります。

論文→・島袋まりあ「沖縄の「混血児」とその母親を語る政治性」(『アジア新世紀3 アイデンティティ』岩波書店、2002年)

本→・酒井直樹『希望と憲法 日本国憲法の発話主体と応答』(以文社、2008年)
酒井さんの本はすごく難しいと聞いていたけど、この本は分かりやすくて読みやすかった。「国民」や「国際世界(=西洋)」から排除されてきた「残余」の視点から歴史を語るという試み。

酒井さんの本では、まだ『死産される日本語・日本人―「日本」の歴史‐地政的配置』は読んでいないので、そのうち読みたい。自民族中心主義を批判するという感じらしい。

07年に出た『日本/映像/米国―共感の共同体と帝国的国民主主義 』は最近買ったので、そのうち読む予定。この3冊はmy恩師が教えてくださった本です。



あと雑誌『インパクション』の170号が、特集「反天皇制というレジスタンス その軌跡と展望」で、面白い文章が集まっててものすごく読み応えがあった。

今回は、レズビアンとして闘っている堀江有里(ほりえ・ゆり)さんの文章があったから買おうと思った。→論文は、「同性婚・戸籍制度・天皇制をめぐる〈断想〉」。
同性婚を認めるべきと要求する声のなかに、国家による管理を批判する声が少ないという批判や、天皇制や民族差別に反対することと、堀江さんがレズビアンとして(異性愛中心主義など)に闘っていくことはつながっていると書いてあった。


他にも沖縄関係では、 新城郁夫 「海―その望ましい未来」の沖縄の現在  明仁の沖縄・再論」 や、大浦信行・比嘉豊光・徐京植・白川昌生・鵜飼哲・毛利嘉孝の6名による対談「沖縄・九条・天皇・検閲・表現をめぐって  緊急アートアクション2009「アトミックサンシャイン」沖縄展の検閲に抗議する! シンポジウムより」が特によかった。

よかったよかったばっかりで感想かけてないですが・・・。引用したいけど時間がない・・。


水田ふうさんが書いた「天皇制、さわってみればよく判る  向井孝の軌跡」はユーモアがあって笑いながら読んだ。関西弁で書かれてるのがいい。

ふうさんが、天皇制反対のデモで叫んだシュプレヒコールに
「天皇てなんや 人殺しやんけ」というのが書いてあって、そのとおりだと思った。天皇の罪はアジア人を大量に虐殺した罪。

ビラなどで人の注目を集める方法として、ヒロヒトの顔写真を載せて、その横に「この顔見たら110番」という文があったり。表現が豊かだし、ああいうのだったら注目集めやすいよなと思う。あとビラを駅で配る以外に、ビルの屋上からばらまくとか。運動の仕方が面白い。

「天皇制 さわらぬ神にたたりなし」という歌も書かれてたけど、天皇制が日本でどれだけタブーとされているか、天皇制についてふれた瞬間公安が飛んで監視してくるとか、この文章を読んだらすごくリアルに伝わってくる。

北原恵さんの「アート・アクティヴィズム 58 《遠近を抱えて》の遠景と近景―戦後美術における天皇表象」も、美術における天皇の描かれ方を扱ってる。アートの政治性とか。

でも雑誌とかで天皇制について言及するって勇気いるだろうなと思う。すごい攻撃がきそうだし。(ブログも、「慰安婦」問題や在特会関連のことを書くとすぐにアクセスが多くなるけど・・・)






働いたら本が読めなくなることが一番恐怖でしたが、通勤電車の数十分しか読む時間がないけど、それでも月に数冊読めるので毎日の楽しみはそれだけという感じです。今一番の恐怖は残業が増えることと休日出勤が毎週のようにあることです。何でこんなに休みが少ないのか。11月は4回も休日出勤(朝から晩まで)があるので、何としても有給を取ってやろうと思う。権利を行使してやる。

「有給をとらせていただいてよろしいでしょうか。」とか絶対に言いたくない。(とか言いながら、実際はおどおどしながら「有給とってもいいですか?」とか聞いてしまいそうだけど・・・)

考えてみれば「お給料をいただく」とか、「雇っていただく」とか、何でそんな経営者にこびるような言葉づかいをしなきゃいけないんだと思う。従業員がいないと成り立たないのに。

もっと本を読む時間をよこせと言いたい。

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出草之歌ー台湾原住民族の吶喊(とっかん) 背山一戦

2009-09-06 15:43:31 | 公開
(2週間前の休みの日に書いた映画の話を出すのを忘れてました。。平日はなかなか書けないので、休みの日に書きためてます。)

ひさびさに「出草之歌(チューツァオジーグー)」のHPを見ると、DVDとCDがセットで発売しているのを知って(3900円ぐらいで)、さっそく申し込んだ。大学2回生のときに初めて見たドキュメンタリーで、台湾原住民族の闘い(@日本、台湾、アメリカなど)をうつした映画。またどうしても見たいと思っていた。

http://headhunters.ddo.jp/

主人公はチワスアリさん。私が彼女のことを初めて知ったのは、高橋哲哉(たかはしてつや)さんの『靖国問題』(ちくま新書)を読んだときだった。原住民族の祖霊が加害者と一緒に靖国にまつられていて、その合祀を取り消す運動をしている。スローガンは、「還我祖霊(ホワンウォーズーリン)」(=祖霊を返せ)

高橋さんの『戦後責任論』(講談社)は、自分が何かを考えるときの基盤になっているような本で、この本に出会ったことは人生ですごく大きなことだと思う。日本軍「慰安婦」問題のことを考えるようになったのもこの本がきっかけだった。

(中学生のとき、社会の先生(若い男性だった)が、「慰安婦」問題を真剣に教えようとしてくれたことも覚えてる。ふざけて興味本位で先生に質問してた男子生徒もいたけど・・・)


9月には京都でも上映されるそうです。
http://headhunters.ddo.jp/Book11.htm

映画では、長い間音楽が流れていて、彼女・彼たちはいつも原住民の音楽とともにあるんだと思った。靖国で祖霊を取り戻す儀式をするときも、大阪の裁判所に入っていくときも、裁判が棄却されたあと、高いビルの下で伝統的な衣装をきて、抗議をするときも。右翼の中年の男性が「台湾の国会議員は日本の法律も守らんのか?道通してくれよ」などと文句をつけてくるときも。靖国の前で警察にバスのなかに閉じ込められて、それに抗議するときも・・・(数年前の8月15日の抗議)

「私たちはいつも動物のように扱われてきた。バスのなかに閉じ込められるなんて、日本の警察は右翼を守って正義をまもらないのか」と、チワスさんが泣きながら抗議してた。

あと、立法院(国会)が休会中は山中の部落を行脚しているらしい。

今回の台風でも山地がものすごく被害をうけたそうだ。
以前の大地震でも原住民の住む地域は政府の復興支援から取り残された。
それで、飛魚雲豹音楽工団という音楽のグループがつくられたらしい。
(CDを売ってそのお金を被害を受けたかたに援助してる。)

現在は活動をしていないと映画の字幕でかかれていましたが、音楽団の活動を紹介するHPを見つけました。
http://eastasia.cside.ne.jp/concert_index.htm

youtubeでは彼女たちの音楽も聞けます。
泰雅古訓(タイヤル族の音楽)


一番好きな曲です。
出草は、首狩りの意味

飛魚雲豹花崗演出- 出草


今年もチワスさんたちは靖国で抗議するために日本に来られました。
彼女たちに何度も同じことをさせてしまう前に、日本の人たちの中で、靖国合祀に反対するひとがもっと増えないといけないと思いました。

チワスさんは数年前肝臓ガンになって、いつ死ぬか分からないと映画のなかでも言っていた。


自分も彼女たちの運動につらなりたいと思います。
彼女たちの運動はすべての少数派とつながるという原則があるので、
漢族や国際的に支援する人を求めていると言っていました。
(米日の帝国主義に抵抗するという原則も。)

彼女・彼らの要求のひとつに、原住民族の自治区をつくるという目標があるそうです。

今年の靖国抗議行動の写真などはここにあります。
http://www.mkimpo.com/diary/2009/yasukunix_09-08-08.html

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チワスアリ(高金素梅(カオチンスーメイ))さんの本の訳(一部)

2009-08-12 15:41:39 | 公開
パソコンのキーボードの接続がおかしくなって数日間入力できなかったり、
このまえはマウスが反応しなくなって かなりいらいらして マウスを机にたたきつけたりしてしまいましたが、無事どちらとも動くようになりました。でもまた動かなくなる可能性が大です。やっぱりワイヤレスマウスとキーボードは二度と買いません。WindowsがこわれたらMacを買おうかと思います。

「We hate ビルゲイツ」だし。(私たちはビルゲイツがきらい)

ところで、先日は、台湾から靖国の合祀に反対するため、原住民族の立法委員のチワス・アリさんや韓国のイ・ヒジャさんたち、中国からも数十名のかたが東京に来られていたそうです。関東に住んでいたら何があっても参加していたと思いますが、参加できないので、遠くから応援していました。

日韓台団体が靖国反対行動 「遺族望まぬ合祀やめて」」
右翼総結集、 8 日のキャンドルデモへの緊急協力要請/ヤスクニの闇へ キャンドル」(デモの動画もあります。)

台湾に住んだら、必ず国会(「立法院」といいます)前などにいくとおもうので、また1年後ぐらいにいろいろ報告しようと思います。




それで、2年前にチワスさんの対談本の序を訳したことを思い出して、ここに載せることにしました。誤訳もあると思いますし、読みにくい部分も多いですが、彼女たちがどういうことを主張しているかが 少しでも伝わればいいと思ったので載せます。本当は別の場所に載る予定だったのですが、その計画がなくなって、ずっと放置していました。

原文は台湾の「国語」(北京語=漢語=いわゆる「中国語」)で書かれています。

民族名は吉娃斯阿麗(チワスアリ)さん(漢族の名前は「高金素梅(カオチンスーメイ)」さんです)は、台湾の立法委員などで、原住民族の権利獲得のために活動されています。彼女はタイヤル族出身で、歌手や女優を経て立法議会議員に転身しました。

本は、台湾の著名な政治・時事評論家の胡忠信(フーチョンシン)氏の対談録である『你愿意听我的声音嗎?』(あなたは私の声を聴きたいですか?)です。

休みのあいだは本の続きを訳そうと思います。

*ここから

序 土地は私たちの永遠の母親である
吉娃斯阿麗(高金素梅)



この3年余間、多くの人が私に対して「理解できない」といい、ある人は非難し、ある人は賛同し、ある人は芸能界の「金素梅」を以って政治での「高金素梅」を分析しようとし、ある人は私の血液成分まで分析した。これらの推測や分析は何もないのに空騒ぎをするようなものであり、その分析の答案はまさに「歴史」にある。
隠され、歪曲された歴史を元に戻すなら、高金素梅のなすあらゆる行為は歴史の軌道上にあるのである……すべての友人と同胞に感謝し、あなた方の指摘と指導をもって序となす。



 2002年の初め、タイヤル族の吉娃斯・阿麗、漢名は高金素梅である私はある偶然の機会があり、一枚の拡大された写真と出会った。レンズの前のあの瞬間、あの姿は台湾を侵略した一人の日本軍人であり、手には大きな刀を持って、まさに我々のタイヤル族の抗日勇士の頭を切り落としていた。見よ、見よ、私の肌には鳥肌が立ちはじめ、目の周りに涙が溢れ出し、熱い血が上にのぼり額を衝いた。とうとう私は「私は何者か」をはっきり悟ったのである。
 歴史の偶然が高金素梅にこの一枚の写真を見させ、この一枚の写真が高金素梅に原住民族の復興運動の元に戻れない道を歩ませた。これは歴史の必然である。



多元と平等の価値の跡をたどる

西暦1492年、コロンブスが新大陸を発見し、人類のいわゆる「新文明」を創始した。新文明は数百年来西洋の強国がもたらした富や繁栄であるが、新文明はまた全世界の原住民族に壊滅的な災難をもたらした。新文明はアメリカ大陸での最初の百年間、一億余りのインディアンを消滅させた。新文明がオーストラリアにたどり着き、95%のアボリジニがいなくなった。新文明が台湾に着き、十いくつの原住民族が完全に消滅した。新文明の興隆はたった数百年しかないのにも関わらず、数千年の人類の古代文明が未曾有の巨大な変化をこうむった。そこで、人類は民族の古い生活の智恵を改めて顧み、進化論の「物が競い天が選ぶ(訳者注:自然淘汰・弱肉強食の意と思われる。)・適者生存」の観点が疑われるようになった。そこで、「物の多様性、文化の多元」が提起され始めた。人と人との間は平等であるべきであり、エスニックグループとエスニックグループの間も平等であるべきであるという考え方が進歩的な思想の主流となった。

 台湾は一つの小さい島であるが、この島にはなんと20個近くの異なる民族が存在している。これは世界でもめったにないエスニックグループの宝庫であり、このような貴重な条件なら本来は燦爛とした多元的な文化の宝庫が発展できるはずだ。しかし残念なことに、台湾はずっと多元的な民族の思潮がなく、今日まで漢文化の中の びん南文化である台湾文化が、甚だしきに至っては びん南ナショナリズム(訳者注:直訳は「福佬ショーヴィニズム」)に変化してしまった。


 何故社会は「多元・平等」でなければならないのか?もし多元の思考がなければ、平等は個人と個人の間の偽りの平等に変化する。これは西洋の人権論の陥穽である。一つ例をあげて説明すると、現行の法律の枠組みでは「漢族のあなた」と「タイヤル族の私」は平等である。私たちは同じように6歳のときから国家が提供する国民義務教育を受ける。しかし、以下のことを考えた人がいるだろうか?「漢族のあなた」が受ける教育は漢民族教育であり、教科書の字はあなたたちの字であり、教室で使われる言語はあなたたちの言語であり、教科書の歴史はあなたたち漢民族の歴史である。対照的に私(タイヤル族の吉娃斯阿麗)は平等な義務教育の下でも、不平等な異民族教育を受けている。私たちは母語を失い、伝統文化を失った。これはおかしな現象であり、法律によればあなたと私は平等であるが、同じ法律によっても「あなたの漢族」と「私のタイヤル族」は不平等である。個人と個人の間は平等であるが、集団と集団の間は不平等である。これはまさに「多元平等」の考え方を結び付けていない原因である。だから、いまもし私が原住民族は自己の民族教育のシステムを必要としていると話せば、皆は理解できるはずだと思う。



「配慮」はいらない。「平等」でさえあればいい。

 何人かの人は私が一族の同胞を連れて抗争するのを見て、私が過激な人種差別主義者だと考えるが、この見方は歪曲されたものである。台湾の歴来の指導者や政治人物はいつも「原住民の面倒をみる」と言うのを好むが、この50数年を私たちに見させてみれば、彼らが原住民を「配慮」した結果どのような様子になっただろう?

・原住民の人口は全台湾の2%を占める。もしこの割合に基づいて台湾政府の予算経費を分配すると、原住民は毎年約400億の予算があるべきである。しかし実際台湾政府は原住民に50数億しか分配しない。

・原住民の人口は明らかに2%であるのに、たった1%の教育経費しか獲得していない。
・台湾の毎年の交通建設経費は約2千数億であるのに、土地の面積の半分を占める原住民の地域はたった1億しかない。

・台湾の上水道の普及率は94%であるのに、原住民族の地域は44%である。
(しかも一旦雨が降れば土のせいで汚れた簡易上水道になる)
・台湾は1万8千余の病院があるのに、土地の半分の面積を占める原住民の地域には一軒の病院もない。
・原住民の地域は台湾の土地の半分を占めるのに、消防員とその施設はたった1%である。



再び以下の数字を見ると、先程言ったあれらの予算分配が以下の結果を引き起こしたのを見て欲しい。

・原住民族の失業率は台湾の平均失業率の3倍である。
・原住民の児童の中退率は台湾の平均数の4倍である。
・原住民の平均寿命は男性は平均より11歳、女性は8歳下回る。



 台湾の歴来の指導者や政治人物は「融合」という名詞を言うのをまだ好むが、私が言いたいのは、「民族の平等」なくして「社会の団結」はなく、「社会の団結」なくして「社会の進歩」はなく、永遠に「族群融合」もない。台湾には「族群融合」が必要であり、政策上、必ず先に「平等な資源の分配」から始め、思想教育上必ずまず先に指導者が「原住民族が台湾の主人」であることを率先して認めなければならない。さもなくば、原住民族に言わせれば、台湾の政権は本質上全て、現在の政権も含めて、「外来植民政権」であろう。



住まいがなければどこに国があろうか

台湾原住民族は音楽・文化あるいは口述歴史においてだけでなく、「戦争に反対し、平和を愛する」という哲学の精神が至る所に溢れており、私たちは平和を愛する民族である。しかし、「軍購」は「平和の破壊」に最も有効な手段であり、このように言うことができる。

(訳者注:本文では「軍購」(直訳は「軍が買うもの」である)となっている。軍事費は中国語では「軍費」であるが、「軍購」は何と訳していいか分からないので、一応「軍購」のままにしておく。)」

 あるとき、ある軍の将校が私に「「軍購」を支持する」と言い、続けて「ひっくり返った巣の下には割れていない卵はない。国がなければどこに住まいがあろう。我々は強大な国防力を必要としてこそ、原住民の部落をも保護できる。」と言った。そのとき私は率直に彼に応えた。「申し訳ありませんが、将校、原住民族の見方はちょうど反対です。私たちは言いたい。住まいがなくてどこに国があるでしょうか?台湾は五十数年来天文学的な人民の血と汗のお金をつかい武器を買いました。しかし、原住民族の部落や家は、今なおぼろぼろの部落や家です。原住民族がどうして軍購を支持しなければいけないのでしょうか?私たちは民族教育を必要としていますが潜水艦は必要ではなく、上水道は必要ですがミサイルは必要なく、病院は必要ですが大砲はいらない。」政府は憲法が私たちに与えた基本的生存権や教育権・発展権を奪った。どうして私たちに「国がなくてどこに住まいがあろうか」ということを要求できるのだろう。



私たちは大自然の中の一部である
原住民族は台湾で少なくとも数千年の歴史があり、我々の生活の智恵はずっと「分かち合い共有すること」である。我々の生活の智恵は全て大自然と共に暮らしてきた経験からきており、各族の口述の歴史にはこのような例や生活の智恵に満ちている。卑南族のある部落ではこのような口述の歴史がある。部落は、「鹿がいっぱいになると患いになる」ため、村を他の場所に移す。大武山の隣のパイワン族は、このような口述の歴史を持っている。山や谷川のえびが多くなったら人の足を刺すので、部落は村を移すことにする。現在の知識人は我々の口述歴史のこれらの自然を尊重する行為を理解しにくいと思うが、これらは我々原住民族の最も誇りとする生活の智恵である。我々は大自然を尊重し、まさに大自然の一部なのである。(訳者注:人が動物を殺したりするのではなく、自然を尊重するという意味だと思います。)

 数百年前、ある外国人がこの島嶼に侵入してきた。オランダ人が来て、最初の1年で2万枚のニホンジカ(訳者注:「梅花鹿」とある)の鹿皮を外へ送り出した。2年目には15万枚送り出し、オランダ人が台湾にいた期間、ニホンジカは絶滅した。日本人が台湾に来た51年間、この島の半分以上のヒノキが切り倒され持っていかれた。国民政府が来て、残っていた半分のヒノキが切られ、お金に換えられた。今日、台湾は雨が降ると災害が起き、雨が降らなければ水がなくなり旱魃が起こる。これは完全に、数百年来外来の侵入者が「開墾開発する」という功利的な意識のために原住民族の生活哲学を破壊した結果である。たとえ2年前に政府が北タイヤル地区に馬告国家公園をつくろうとしても、それは依然として「開発観光」の意識が政策を制定しているのである。開発は利益が生ずるが、利益は人の心を惑わす。当時の少なくない学者や知識人が政府の開発の立場にたち、タイヤル族が伝統領域を保護する「反馬告」の行為を非難した。そのとき「反馬告」は成功したけれども、我々は本当に無限に残念だと感じている。台湾の多数の知識人は「恥じ入る心」を以って原住民族の生活の智恵を振り返るべきだ。(訳者注:馬告国家公園とは、民進党政権になってから、タイヤル族の土地を国立公園にするという計画)



漢人は教育される必要がある
2002年、「原住民族反馬告大会」前夜の十月二十五日の晩、前台北市文化局長の龍応台が、凱達格蘭道にいる原住民族の同胞をたずねたときに、私の「V1492」での批判に答えて言った。



 私は二つの請求と願望がある
一つ目の請求はこれである。私は原住民がその声を更に大きく出せるようになり、私たち漢人にどのように歴史を見るか教えてくれることを望む。私たちがどのように1492年を理解し、原住民族がどのように1985年を考えるか、どのように1945年を見るか、我々漢人は教育される必要がある。原住民は今日の2002年が果たしてどのようなことであり、どのようにそれを見るのか。
あなたたちの観点からこの一点が見出せる。「我々漢人は教育されることが必要である」

 二つ目の請求は、原住民の声は非常に大きく、かつ非常に鮮明で、これで我々漢人に「我々がいかに眼中に人がいないかのように尊大で傲慢であるか。」ということに気づかせることが出来るということである。我々漢人の中には、客家人・外省人あるいは福佬人に関わらず、大声で「我々の権力がどのように傷を受けたか」と叫んでいる。しかし意外にも、そう叫ぶものは、原住民はその道をどのように歩いてきたかということは見えていない。原住民族たちが我々漢人に自分のことを知らしめ、必要な謙虚さがどれぐらいなのかを気づかせてくれることを希望する。
 一つの願望は、今日原住民族がこの場所に立っていて、あなたたちの発する声が少しの間ではなく、長く久しいものであれる必要があるということである。それは安定と鮮明な声を形成するだけでなく、かつ力を形成し、一年、また一年経つにつれて運動が結果を生み出せるようにすべきである。


 龍応台の話は私を深く感動させた。原住民の運動の道は孤独ではない。


 土地は私たちの永遠の母親である
最後に、パイワン族の詩人の莫那能の話を引用する。原住民族の同胞はともにこれに勉めよう。


 小さいころ、母親が早くに逝ってしまい、私はvuvu(=祖母)について大きくなった。あるとき、vuvuが私を負ぶって山に登り田んぼで働いていた。途中私をおろして休憩した。私は「vuvuは私のvuvuで、私のIna(=母親)でもあるんだね。」と言った。vuvuは私の頭を撫でて答えた。「Monanen、間違ってるよ!私の背中はあなたの一時の揺りかごにすぎない。土地こそが私たちの永遠の母親なんだよ。」



(vuvuとInaは原住民のことばだと思います)



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『大日本帝国のクレオール 植民地期台湾の日本語文学』

2009-08-01 13:51:09 | 公開
電車のなかで、少しずつ フェイ・阮(ユアン)・クリーマンさんの『大日本帝国のクレオール 植民地期台湾の日本語文学』(慶応義塾大学出版会、2007年)を読んでいます。半分ちょっと読みましたが、少し紹介しようと思います。

読売新聞書評「黙殺されてきた作品群」
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20080115bk05.htm

「異文化混交文学 台湾での評価」
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20071228bk03.htm


本書では、「植民地時代の台湾にて日本語で書かれたテクストは、日本の文学史では一言も言及されていない」ということと、国民党から民進党への政権交代が実現しても文学史は中国中心で、そのために忘却に追いやられてきた日本語文学をよみがえらせることが目的とされています。

植民地時代のテクストから「抵抗」という要素を抽出しようとしたり、支配者と被支配者の二項対立で語られる傾向が多い文学作品のなかから、「明白な白と黒の間に存在する、割り切れない矛盾や曖昧さに満ちた灰色の部分に焦点をあてる試み」ともかかれています。


日本語世代の『台湾万葉集』や、台湾におもむいた日本の作家の作品群の分析や、林芙美子(はやしふみこ)の『浮雲』の分析では、女性の植民地体験と戦争責任が問われています。

『浮雲』の分析では、女性の主人公であるゆき子が、内地(日本)では下級事務員として働いて、男性から性的関係も強要されるという日々を送るのですが、植民地のインドシナに赴任してからは、ベトナム人の女中をやとい、日本よりも充実した生活を享受していたという記述がありました。植民地で暮らす機会があった日本人の女性だからこそ享受できた特権だと思います。

第1章の「「南方」の系譜」、第2章の「「土人」の懐柔」」では、
日本が南方を「未踏の地、天然の美、そして「土人」」というまなざしで見て、領土を拡張し、「未開人」=「蕃人(ファンレン)」である台湾原住民族を教化し同化するという植民地主義的使命の表象に焦点があてられています。
アイヌや沖縄のことももちろん言及されています。

日本人が台湾原住民族に対して向けたまなざしは、「怠惰、不服従、不道徳、迷信を信じる、乱交、人食い」であり、「人食い」という言葉を見て、本橋哲也(もとはしてつや)氏の『ポストコロニアリズム』で書かれていた「カリバニズム」の概念を思い出しました。

西洋はアフリカを植民地にするとき、日本と同じように現地人を「人食い」とみなし懐柔しますが、アフリカ人を大量に虐殺する西洋のほうが「人食い」ではないのかという批判など。(すごい単純化してますが・・)


南方への関心から書かれた島田啓三の『冒険ダン吉』では、「無学で未開」の「土人」を登場させることにより、日本の文化的優越性が再肯定される日本版オリエンタリズムの性格が浮き彫りにされています。

1940年代では、台湾人の青年が死を目前にして、「君が代」を立派にうたいとおすという物語も教科書に掲載されたそうで、支配の後期には、「内地」のエキゾティックな空想を満たすことよりも、植民地全土から天皇への忠誠を勝ち取ることが目的でした。(42ページ)


原住民族が支配に対して抵抗しても、日本人植民者の目から見れば、「教化努力をありがたがらない」とか、抵抗するのは原住民の野性性と暴発と見なされ、日本人が彼・彼女らを強制労働で搾取したということはかえりみられなかったとあります。

原住民族で日本軍「慰安婦」にされた女性もおられて、証言を聞いたことがありますが、いままでほとんど聞かれてこなかった原住民族自身の声を聞かなければならないと思います。

今は台湾でチワスアリさんという原住民族の女性が国会で活躍していますが(今年の夏は反靖国のいっかんで、日本にも来られるそうです。)、原住民族の運動も多様なものがあるだろうし、台湾に行ったら是非彼女たちに会って活動に参加したいです。

2009 平和の灯を!ヤスクニの闇へ キャンドル行動-東アジアからヤスクニを見る




第6章の「言語政策と文化的アイデンティティ」もおもしろかったですが、長くなるのでまたの機会に・・。
帝国的言説とは異なる文化的アイデンティティを主張した、郷土文学派が台湾語で書くことを主張しようとすると、大陸中国とのつながりにとって障害になるという反論があったり、台湾語と日本語どちらを選ぶかという葛藤があったり・・。

台湾は言語的にものすごく複雑だとあらためて思いました。
それはオランダ、中国清朝、日本、国民党などの支配があったからのことですが…。

しかし国民党の支配がはじまり、日本語と台湾語が禁止されてからは、かつて強制された日本語で書くことが標準中国語文化に対する抵抗の表現でもあったとあり、その視点はいままでかんがえたことがなかったので、おどろきでもありました。


なお、著者は小林よしのりのように、台湾で遭遇した植民地的郷愁を内省することなく受容しようとする勢力に対しては、「植民地的郷愁という幻想で根底にある現実」を覆い隠すことを許してはならない。この言語的暴力の犠牲者たちは、植民地化の傷を負っているのだ」と、すごく批判的です。

(「日本がなつかしい」という言葉をきいて、「台湾はやっぱり親日的だ」などと勘違いする日本人とか↑)



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台湾・霧社(むしゃ)の写真。

2009-07-12 00:03:07 | 公開
今日は台湾留学の奨学金申請の書類を漢語(中国語)で書いていたけど(気が早い)、やっぱり簡体字(かんたいじ:大陸で使われる字)ではなく、繁体字(はんたいじ:台湾で使われる画数の多い漢字)で書かないといけないのかなとか、

日本で一般的に使われる「中国語」という言い方を、「漢語」(漢民族の言葉)ではなく「華語」と書くべきなのかとか、中国(南京)に行ったことがあるとか書いていいのかといろいろなことを考えながら書きました。

「中国語」といっても、中国には漢語以外に広東語、上海語、ウイグル語などの少数民族の言葉などいろいろあるので、「国」のことばと言ってしまっていのかという問題があるということを、金静美(きむちょんみ)さんがおっしゃっていました。

今度「漢語」と「華語」のちがいを台湾の友達に聞いてみようと思います。



1年半前に台湾に行ったとき、私を連れて行ってくれた友達のだんなさんが旅行を計画してくださいました。そのおかげで、ずっと行きたいと思っていた、台湾中部の霧社(むしゃ)というところに行くことができました。

霧社は、今は地図上で見ると「仁愛郷(れんあいしゃん)」という地名になっていました。

1930年の霧社事件で、日本軍が毒ガスを投下して原住民族を虐殺した現場です。日帝に対して蜂起した指導者のモーナルーダオの死体も、日本政府が原住民の人体構造を研究するために遺体を標本にしたそうです。その遺体は台北帝国大学(いまの台湾大学)で解剖されたと、チワスアリさんたちが作った冊子に書いてありました。

霧社には、その蜂起の指導者のモーナルーダオ(莫那魯道)の銅像があります。


入り口











説明をかけなくてすみません。壁画は私の解釈では、原住民族が日本軍に立ち向かっているところだと思います。


近くには教会もありました。



山中は原住民が多いので、役所の前にはこういう看板もありました。


道路にはこういう模様が。



車中からとった湖です。



山中の中学校には、「正々堂々とした中国人になろう」という標語がありました。
国民党の教育方針なのでしょうか。

友達に聞くと、いまは原住民族の多いクラスでは、彼・彼女たちの言葉で授業がされることもあるそうです。

日本の小学校で朝鮮語・中国語が教えられるというところをイメージしましたが、今の状況では(大多数は)実現しそうにないと思ってしまいました。




最後に、私が応援しているチワスアリさん(民族名です。漢語の名前は「高金素梅(カオチンスーメイ)」です。)の選挙関係の看板を載せます。
台湾に行ったら国会前とか是非行ってみたいです。

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金静美さんの講演、「故郷・国家・世界、そして・・・解放のインターナショナリズムへ」

2009-06-21 15:08:03 | 公開
昨日は、大阪の河合塾(かわいじゅく)という予備校でおこなわれた、金静美(きむ・ちょんみ)さんの講演会を聞きにいってきました。(前ここで紹介しました。)本当にすばらしい1日になりました。

一番最初に書いてしまうのですが、昨日死ぬほど驚いたことは、金さんがなんと私のブログの記事をいくつか見てくださっていたということでした!ぎゃおー!うれしいー!驚きのあまり言葉が出ませんでした。



講演を主催したT先生は、まず金さんをなぜお呼びしたかということから話されました。金さんの著作は、

『中国東北部における抗日朝鮮・中国民衆史序説』(現代企画室、1992年)
『水平運動研究史──民族差別批判』(現代企画室、1994年)
『故郷の世界史──解放のインターナショナリズムへ』(現代企画室、1996年)

などがあります。私は2年前に、『故郷の世界史』を読み、天皇制や侵略戦争への金さんの激しい怒りを感じ、ぜひご本人にいつかお会いしたいと熱望していました。上の2冊は、ちょっとお値段が高くて(8000円ぐらい)、まだ手にいれていませんが、いつか読みたいです。

T先生は、「金さんの本は、日本人以外の視点で、中国語や朝鮮語の文献をもちいて、満州でなにがあったのかを日本の外部から調べつくした。日本の内部に閉じこもることへの風穴をあけた」ということをおっしゃいました。また、その問いかけは、「日本人」がどういう日本社会をつくっていくのか、自分の問題としてどう受け止めるかということでもあると問題提起されました。


講演のタイトルである「解放のインターナショナリズムへ」は、Tさんの言葉では「私たちを「○○人」に押し込めようとする近代の国家システムにどうあらがうか、ナショナルからどう解放されてインターナショナルの連帯をつくっていうのか」、という意味に解釈できると思います。

しかし日本国籍や選挙権をもつ大多数の「日本人」が、その政治的責任を放棄して一気に「地球人」などになるということはできません。

日々日本語を話すことにより、日本人につくられていき、公(おおやけ)の歴史ばかりを見ることによって、支配者の歴史と一体化してしまう、そのような「日本人」こそ批判されねばなりません。そこから抜け出すために、漢語などの「中国語」や朝鮮語や台湾語、原住民族のことば、アジア地域の言語を学ぶ必要があるし、今まで歴史に埋もれてきたひとびとの声を聞き、応答しなければいけない。


日本帝国主義の犯罪をあばきたてることを「自虐史観」といって、マジョリティの歴史をまもろうとする動きが大きくなっていますが、歴史に書かれてこなかった人々のことをもっと知らなければいけないし、そうでなければ勝者の歴史しか見ないことになってしまうでしょう。


(これは私の意見ですが)、日本国籍を持つ自分は、法的政治的権利を行使して差別的な日本社会のありかたを変えていく必要がある。でも、文化的同一性などの「日本人性」は同時に解体していかなければならないと思います。
被害者に「日本人は許すことができない」といわれて「いや、私日本人に同一化したくないんで。」などということは、責任逃れに他なりません。

そこで糾弾される「日本人」とは、戦後責任を負おうとしない、自分たちの「平和」だけに閉じこもろうとする日本人なのでしょう。それを変えないかぎり、他者の声を聞かないかぎり、いつまでも被害者のひとびとに「日本人を許さない」と言わせ続けてしまうし、そこからのがれることはできないと思います。




講演では、『日本が占領した海南島(Hainandao:はいなんだお)で 60年前は昨日のこと』(企画・制作 紀州鉱山(きしゅうこうざん)の真実を明らかにする会)というドキュメンタリーを見ました。

このタイトルも、海南島の被害者のことばだそうです。

講演を始めるとき、金さんは涙をおさえられず、話すたびに一息つきながらお話をされましたが、私も涙なしには見ることができませんでした。


うつしだされたのは、海南島の三亜市田独鎮南丁村(サンヤーシー ティェンドゥーチェン ナンディンツゥン)の「朝鮮村」(チャオシエンツゥン)です。
そこは、植民地下の朝鮮の刑務所から連衡された朝鮮人が、鉱山や鉄道敷設などの強制連行をさせられ、虐殺された場所なのだそうです。
朝鮮人だけでなく、台湾人、香港人も強制労働をさせられたという証言がありました。

金さんたちはそこで遺骨の発掘作業をされ、遺骨のそばからは、鉄片や手帳
服の白いボタンなどが出てきたそうです。虐殺の現場をみた証言者は、青い服をきた朝鮮人が、鉄線で木に手をしばられ、棒でたたかれながら火に焼かれるところを見て、そのときの悲鳴がまだ離れないと言っていました。また、朝鮮人に同胞を殺させたそうです。

こうやって言葉にしていくと、映像での証言者の身振りや手振り、悲鳴を再現する声などは ここでは分からないですね…。映像で伝えることもメディアのうちの重要なひとつだと思います。


日本軍にひざを殴られ、足がまがってしまった女性、刀の傷跡などを見ると、私が南京にいったときにお会いした、南京大虐殺を生き延びた 夏淑琴(シァ・シュ-チン)さんを思い出しました。
海南島でのようなことは、日本が侵略した各地でおこってしまったことであり、いまだに語られていないこともたくさんあるでしょう。

金さんたちが調査にいったときも、「あなたたちに話すのが最初だ」という声も多かったそうです。恥ずかしいことに、私は海南島の位置すらあいまいでした・・。
いつか是非訪れてみたいと思います。


「自分が翌日殺され、その自分の遺体を埋める穴をほらされた」という場面や、首を切られるところを再現する場面もあり、それを見ていると、台湾の原住民族が日本人に首を切られる写真を思い出しました。


このようにして殺されたかたの数はあまりにも多いし、数だけを見ているとその人の顔を思い浮かべ想像するのが困難になってしまいます・・。数として示されることで、一人ひとりの人生や顔に思いいたらなくなってしまうというか…。


また、当時日本軍がつくらせた飛行場のコンクリートが、いまも人びとの生活を妨げているそうです。海と山、田園風景やにわとりなどが住んでいる風景に、無機質なコンクリートがおおいかぶさっていました。
動物も人間も自然も、日本の南方侵略の拠点として資源を収奪され、自給自足であった海南島のひとびとを餓死においやったと 金さんは言われました。

重要だなと思ったのは「海南島の人の暮らしに比べて、日本が豊かなのはなぜか、それは奪ったものを返していないからだ」とおっしゃったことです。
人から奪ったものを土台にして日本は「繁栄」しました。しかしそのような偽善の「平和」、「豊かさ」は維持するべきなのでしょうか?

質疑応答で ある塾生が、「金さんの話を聞いて、それは「平和に暮らしたい」というひとの願いをさまたげることになる。」とか「知らないこともマイノリティなんだから、分かるように説明してほしい」という声がありました。

それにものすごく腹がたって、「それは勉強不足で無知だ」と抗議した女性もいたし、T先生も「言葉の乱用ですよ」と指摘し、また別のかたは「そんな平和なんて守らなくていい」と議論をしました。

私もむかついて冷や汗をかいたので、「これだけ金さんが説明してまだ「説明してほしい」って何ですか?マイノリティに説明責任を課すのはおかしい。自分で勉強したらいいじゃないですか」といいました。怒りで手が震えました。

しかしその塾生のような意見は、日本社会の大多数の声を代表しているように見えます。自分たちの「平和」だけ守れたらいいのでしょうか?

でもあとで金さんと話しをすると、「ああいうふうに自分の意見を言いにくるのはいいことだ」とおっしゃっていました。「この議論をできたことだけでも来たかいがある」とも質疑応答のときに言われ、びっくりしました!ほのぼのと「河合塾の若い子は元気でいいですね」とおっしゃるところを聞くと、金さんすごい・・。私ももうちょっと冷静に言えばよかったと反省するのでした。


また、民族名で発言されたかたもいて、あとで話しにいくと、(私のことを)「どっかで見たことある」と言われ、話をしているうちに、2年前にある集まりでお会いしたことを思い出し、驚きの再会という出来事もありました。ドキュメンタリーを制作しているそうで、先週の河合塾での雨宮かりんさんの講演も参加されたそうです。在特会のデモの話もちょっとされたので、「おぉ、こんなところに仲間が!」と、心臓の鼓動が早くなりました。

「雨宮かりんさんが右翼の時代、よりどころは天皇でもなんでもよかったと言っていた。自分も小林よしのりにひかれた。どういう気持ちで若者が右傾化していくのか分析したい」とおっしゃいました。

共通の友人もいることが発覚して、やっぱり世間はせまいですね。

その日は東京から来られたかたとも友人になることができて、嬉しい出会いがたくさんでした。
かなり長くなってしまって、またブクマに「長すぎて読めない」タグをつけられたらどうしようと焦りますが、最後にもうちょっと書きます。

ドキュメンタリーの最後で、韓国の音楽とともに、世界各地での抵抗の写真がうつしだされました。「日本の侵略時代は、反日・抗日闘争の時代であった。それはまだ終わっていない」という字幕とともに。


イラクでの戦争の写真からはじまり、海南島での女性戦士たち、チェチェンの写真、海南島のオオカミ、沖縄のジュゴン、朝鮮の3・1独立運動、パレスチナのアパルトヘイトウォール・・・。世界各地に、侵略者によって殺されたひとびとの遺骨が埋まっている、日本人にはぜひ、加害者の証言をあつめたドキュメンタリーをつくってほしいとおっしゃいました。

金さんたちは虐殺にかかわった日本軍の名簿を手にいれて、住所を調べ家までたずねたそうですが、誰一人として加害の責任を証言しようとしないし、口をとざして寿命をまっとうしているといいました。玄関で追い返されたこともあるそうです。


「侵略犯罪に時効はない」し、「人を殺してものを奪って喜ぶ日本人のモラル」を私たちが変えていかなければならないと、強く思いました。ほんとうに、あれだけ人を殺した日本人が「勤勉で礼儀ただしい」とか、ありえないですね・・。




やっぱりドキュメンタリーを見ていると、いつか通訳になりたいと思いました。
ビジネスのために漢語(「中国語」)を勉強するひとは多いですが、ああいうふうに被害者の言葉を聞き取って、伝える媒介になれたらいいのに・・。
なのでもっと漢語を勉強しようと思いました。将来は通訳をして生きたいです。
語学は持続が大事なので、4年間続けてきたことを中断せずにやっていきたいです。それも恩師のありがたい影響です。




どんどん長くなりますが、最後の最後に日の丸について書いておきます。

金さんは、「国旗国家法で、植民地の人たちに強制された日の丸を日本人が無条件に受け入れているのはなぜか」と言われました。日本が海南島を侵略したときも、「海南島人は無知蒙昧(むちもうまい)だ。日章旗がひるがえることを喜んでいる」と日本のマスメディアが報道したそうです。


先日の在特会反対デモで、日の丸の赤い○を うんこにした旗がありました。


私は最初、それはユーモアだと思って支持したのですが、いろんなかたに意見を聞くと、「ユーモアを共有する人たちの間でしか通じない」という問題性もあるし、
在特会まではいかなくても、「健全なナショナリズム」をよそおい、日の丸を支持する人とどう丁寧に対話をするのかといった課題もあると指摘されました。

また、自分の意見ですが、日の丸を拒否する日本人の存在を可視化させたという点では意義があるし、すべてを否定することはできないと思います。
対話をしていく責任も引き受けなければなりません。


あるところでは、(「ふせいぎを ゆるさず、そんざいと そんげんを まもるために たたかう みんしゅうの ための はた」)Fさんに、

「いかりを わらいに かえることは できても、きょうふを わらいに かえることは できないと おもいます。きょうふ している ひとが むりに わらおうと すると、きっと とても ひきつった わらいかたに なるように おもいます。 」

と批判をいただきました。

侵略されるときに日の丸を見たひとびとがもし 日の丸をうんこにした旗を見ても、私のようにすぐ笑えないかもしれないし、つらい記憶を思い出す人も必ずいると思います。
それを抜きに、単に面白いと言ってしまう自分の発言は批判的に見なければいけないです。

でも、「あの旗を見ても被害者は笑わないだろう」と、被害者の反応を決めてしまうことはできないようにも思います。それは被害者を一面的にとらえることにもつながってしまいます。

書いていて思い出しましたが、在日朝鮮人で日本軍「慰安婦」であった宋神道(そんしんど)さんは、『俺の心は負けてない』とうドキュメンタリーで、証言か裁判後の集会で思いっきり歌を歌われたり、集会に来ているひとに「はい、そこのあんた」と発言をうながしたり、一般的に思い浮かべる被害者の女性像とは印象がまったく違うかたでした。

被害者といえば、つい自分は、泣いて証言するところとか、苦しんだり怒ったりするところを主に想像してしまいますが、それはある面でしか人をとらえていないことになります。つねに同質化に対し、差異をさしこんでいかなければいけません。


ここで書いた発言は私が解釈したものなので、発言されたかたたちの真意とはじゃっかんずれるところがあるかもしれないことは おことわり?しておきます。

ブクマコメントでのお返事は量が膨大すぎてひとつひとつ返せません。
ここに書いたことでみなさんへのお返事とします。(あと平日はほとんど書けないのでそれもご了解ください)

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